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藪の中 その2
2026-05-23 15:53

藪の中 その2

0190 260523 芥川龍之介 藪の中 その2 朗読:植草俊
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サマリー

語り手は、妻を奪うために夫を殺そうと計画するが、予期せぬ事態に直面する。夫を殺した後、妻も姿を消し、語り手は一人残される。最終的に、語り手は罪を告白し、裁きを受け入れる覚悟をする。

00:04
この時間は、福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
妻を奪うための計画
できるだけ男を殺さずに、女を奪おうと決心したのです。が、あの山品の駅路では、とてもそんなことはできません。
そこで私は、山の中へ、あの夫婦を連れ込む工夫をしました。これも、造作はありません。
私は、あの夫婦と道連れになると、向こうの山には古塚がある。この古塚を暴いてみたら、鏡や太刀がたくさん出た。
私は、誰も知らないように、山の陰の矢部の中へ、そういうものを埋めてある。もし望み手があるならば、どれでも安い値に売り渡したい、という話をしたのです。
男はいつか私の話に、だんだん心を動かし始めました。それから、どうです。欲というものは恐ろしいではありませんか。
それから、半時も経たないうちに、あの夫婦は私と一緒に山道へ馬を向けていたのです。私は矢部の前へ来ると、宝はこの中に埋めてある。見に来てくれ、と言いました。
男は欲に渇いていますから、依存のあるはずはありません。が、女は馬も降りずに待っているというのです。また、あの矢部の茂っているのを見ては、そういうのも無理はありますまい。
私はこれも実を言えば思う壺にはまったのですから、女一人を残したまま、男と矢部の中へ入りました。矢部はしばらくの間は竹ばかりです。が、半丁ほど行ったところにやや開いた杉村がある。
私の仕事を仕遂げるのには、これほど都合のいい場所はありません。私は矢部を押し分けながら、宝は杉の下に埋めてある、ともっともらしい嘘をつきました。
男は私にそう言われると、もう痩せ杉が空いて見える方へ一生懸命に進んで行きます。そのうちに竹がまばらになると、何本も杉が並んでいる。私はそこへ来るが早いか、いきなり相手を組み伏せました。
男も太刀を履いているだけに力は相当にあったようですが、不意を打たれてはたまりません。たちまち、一本の杉の根形へくくりつけられてしまいました。
縄ですか。縄は盗人のありがたさに、いつ兵を超えるかわかりませんから、ちゃんと腰につけていたのです。もちろん声を出させないためにも、竹の落ち葉をほおばらせれば、ほかに面倒はありません。
妻の激しい抵抗と夫の死
私は男を片付けてしまうと、今度はまた女のところへ、「男が急病を起こしたらしいから、見に来てくれ。」と言いに行きました。これも、つぼしに当たったのは申し上げるまでもありますまい。
女は一目傘を脱いだまま、私に手を取られながら、矢部の奥へ入って行きました。ところが、そこへ来てみると、男は杉の根に縛られている。
女はそれを一目見るなり、いつのまに懐から出していたか、きらりと、さすがを引き抜きました。私はまだ今までに、あのくらい気象の激しい女は一人も見たことがありません。
もしそのときでも油断していたらば、ひと月にひばらをつかれたでしょう。あいや、それは身をかわしたところが、むにむざんに切りたてられるうちには、どんなけがもしかねなかったのです。
が、私も多情丸ですから、どうにかこうにか立ちも抜かずに、とうとうさすがを打ち落としました。いくら気のまさった女でも、獲物がなければ仕方ありません。私はとうとう、思い通り、男の命は取らずとも、女を手に入れることができたのです。男の命は取らずとも。
そうです。私はその上にも、男を殺すつもりはなかったのです。
ところが、泣き伏した女をあとに、矢部の外へ逃げようとすると、女は突然、私の腕へすがりつきました。しかも、きれきれに叫ぶのを聞けば、あなたが死ぬか、夫が死ぬか、どちらかひとり死んでくれ、二人の男に恥をみせるのは、死ぬよりもつらいというのです。
あいや、そのうちどちらにしろ、生き残った男に連れ添いたい、そうもあえぎあえぎ言うのです。私はそのとき、茫然と、男を殺したい気になりました。こんなことを申し上げると、きっと私は、あなた方より残酷な人間に見えるでしょう。
しかしそれは、あなた方が、あの女の顔を見ないからです。ことにその一瞬間の燃えるような瞳を見ないからです。私は、女と目を合わせたとき、たとい雷に打ち殺されても、この女を妻にしたいと思いました。
妻にしたい。私の念頭にあったのは、ただこういう一時だけです。これは、あなた方の思うように、癒しい色欲ではありません。もしそのとき、色欲のほかに何も望みがなかったとすれば、私は女を蹴倒しても、きっと逃げてしまったでしょう。
男もそうすれば、私の立ちに血をぬることにはならなかったのです。が、薄暗い矢布の中にじっと女の顔を見た刹那。私は、男を殺さない限り、ここは去るまいと覚悟しました。
しかし、男を殺すにしても、卑怯な殺し方はしたくありません。私は、男の縄を解いた上、立ち打ちをしろと言いました。杉の根形に落ちていたのは、そのとき捨て忘れた縄なのです。
男は血相を変えたまま、太い立ちを引き抜きました。と思うと、口も聞かずに、ふんぜんと私へ飛びかかりました。その立ち打ちがどうなったかは、申し上げるまでもありますまい。
私の立ちは、二十三号めに相手の胸を貫きました。二十三号めに。どうか、それを忘れずにください。私は今でも、このことだけは感心と思っているのです。私と二十号を切り結んだ者は、天下にあの男一人だけですから。
妻の失踪と語り手の決断
私は、男が倒れると同時に、血に染まった刀を下げたなり、女の方を振り返りました。するとどうです。あの女は、どこにもいないではありませんか。私は、女がどちらへ逃げたか、杉村の間を探してみましたが、竹の落ち葉の上には、それらしい跡も残っていません。
また、耳をすませてみても、聞えるのは、ただ男の喉に、断末魔の音がするだけです。ことによると、あの女は、私が立ち打ちを始めるが早いか、人の助けでも呼ぶために、矢部をくぐって逃げたのかもしれない。
私はそう考えると、今度は私の命ですから、太刀や弓矢を奪ったなり、すぐにまた元の山道へ出ました。そこには、まだ女の馬が静かに草を食っています。その後のことは、申し上げるだけ、無用の口数に過ぎますまい。
ただ、都へ入る前に、太刀だけは、もう手放していました。私の白状はこれだけです。どうせ一度は、お家の小杖に掛ける首と思っていますから、どうか、ごっけいに合わせてください。
問い合わせ先
お問い合わせご予約は、スタービル博多祇園のホームページからどうぞ。
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