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おしゃべり本棚。 この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
山本修吾朗作 花宵
第1回 1
聖之助の木を書き、お聖書をつくづくと見ていた母親の稲は、静かに押し戻してやりながら、「よくお出来でした。」と優しく言った。
あなたの字はのびのびとしていて、見ていると心がすがすがしくなります。 けれど、もう少し丁寧にお書きなさると、もっと見事になると思います。
この次は、これよりお上手なのを見せていただきましょうね。 はい。
聖之助はあっさりとお辞儀をした。 弟の英三郎はそれを待ちかねたように、自分の木よがきを母の方へ差し出した。
「今日こそ褒めていただけるぞー。」 お師匠様のところから帰る道々、そう思い続けてきたのであった。
なぜなら兄のものには点がないけれども、彼のものには点が二つついていたからである。 そのお師匠様が二つ点をつけるなどということは、全く珍しいことであった。
今日こそ兄上に勝てるんだ。 そう思いながら英三郎は自慢そうにチラチラと兄の方を目の隅で見た。
聖之助は知らぬ顔で庭を見ていた。 良いお点をいただいておいででした。
稲はよくよく文字を見てから言った。 お点は良いと思いますけれど、
母にはお前の字は良いとは思えません。 いつも言う通りお前は兄様の字をよく拝見して、
もっともっと勉強しなければいけないと思います。 英三郎、お分かりですか?
母の声はきつかった。 今日こそ褒めてもらえると信じていた英三郎は、思いの他の言葉に胸がいっぱいになり、
ちょっと返事もできなかったが、 母のきつい声を聞いてようやくそこへ手をつきながら、
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はい と答えた。
そして兄の後から廊下へ出ると、素早く指で目を拭った。 聖之助は威張って肩を張り、自分たちの部屋へ入るとき、
えへん、ぷい、と言った。 英三郎は黙って自分の机の前へ行って座った。
英三郎、山へ行かないのか? 行きません。
どうしてさ、行くと約束したじゃないか。 英三郎は清書を二つに折って引き出しへしまい、
本箱の中から手に当たった書物を取り出して机の上に広げた。 聖之助はずかずかとそばへ寄ってきて弟の肩を押した。
武士の子が約束を破るという法はないぞ。 さあ一緒に行こう。
嫌です。 なぜ嫌なんだ。
勉強するんです。 英三郎は広げた書物の上へかぶさるようにしながら言った。
母上が勉強しろとおっしゃったんですから。 だから私は勉強するんです。
それなら帰ってからだっていいじゃないか。 勉強の時間は決まっているのに今日だけそんなことを言うのはへそまがりだぞ。
だって母上が。 英三郎。
不意に廊下で母親の声がした。 兄弟はびっくりして振り返った。
母親は障子の外に立ち止まったまま。 兄様が行こうと言いなさるのになぜ行かないのです。
母は今すぐ勉強なさいとは申しません。 行っておいでなさい。
お許しが出た。行こう英三郎。 聖之助はいきなり弟の手を取って立たせた。
母親は静かに奥の方へ去った。 母上はどうしてあんなに兄上だけご悲喜になさるのだろう。
やっぱり あの噂が本当なのではないかしら。
夜になって寝前入ってから英三郎はいつも考える同じことをまた考え巡らした。 ずっと前にはそうではなかった。
父が生きていた頃には そんな不平は少しも感じなかった。
それが2年前の秋に父が亡くなってから にわかに母は厳しくなった。
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ただ厳しくなったのではない。 兄に対しては前と少しも変わらないのに
英三郎にだけはずいぶん細かいところまで厳しいのである。 武家では徴用の順が厳重だから
兄に対して弟が一段低い礼を取るのは当然であるが この頃では英三郎の身につける衣服や袴まで兄のお下がりと決まってしまった。
英三郎お前がいけません どんな場合でも母はそう言って彼を叱った。
どんなに兄が無理な時でも叱られるのは彼だった。 お前が悪いのです英三郎兄様に詫びをなさい。
そういうことが度重なるに従って 英三郎の朧な記憶の中から
ある一つの言葉が蘇ってきた。 それはもうずっと昔のことであるが
兄と二人で庭で遊んでいた時 客間の披露宴のところから父と来客の老人とがこっちを見ていた。
二人は英三郎と静之助の遊んでいる様を眺めていたらしかったが そのうちにふと客の老人が独り言のようにつぶやいた。
まるで 誠の兄弟でございますなぁ。
言葉はその通りではなかったかもしれない けれども英三郎の記憶にはそういう意味で残っていた。
その時は妙なことを言うご老人だと思っただけですぐ忘れてしまったけれども この頃になって一人で考えることが多くなるのと一緒に
その老人の不思議な言葉がしきりと思い出されるのであった もしや自分は
ママの子ではないかしら 考えるだけでも目の前が暗くなるような気持ちであるが
ともすると英三郎はそのことを思い続けるようになった そうだ
本当にそうかもしれない 彼はよくそうつぶやいた
そしてだんだんと口数が少なくなり 自分の部屋に閉じこもってひっそりと本を読んでいることなどが多くなった
そういう時に読むのは決まってそが物語であった ことに小袖恋のくだりはいく度繰り返して読んでも飽きなかった
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小袖恋のくだりは十郎助成と五郎と義務根の兄弟がいよいよ父の敵を討ちに行く時 それとは言わず母へいとま恋をする
兄の十郎は母に可愛がられているので選別にと言って母から小袖をもらう それで五郎が私にもとお願いをするが
五郎は前に母の心に逆らって感動されていたため いくらお願いしても小袖がもらえないのである
姉妹には兄の取りなしでようやく感動を許され小袖ももらえるのであるが 母につれなく叱られて五郎の身もよもなく泣くところが
永沢朗にはいかにも悲しく読むたびに涙が出て仕方がないのだった その世も同じことを考え続けた後永沢朗はまた
蘇我物語を取り出し 有明安丼の日を細くして読みながら寝た
そんなことはかつてないのに 小袖恋のくだりでまた泣かされた後泣きながらとろとろと眠ってしまったらしい
永沢朗 永沢朗
と呼ばれてはっと目を覚ますと 枕元に母が座っていた
彼はびっくりして起き直った 母の右手には蘇我物語の本が握られていた
明かりをつけたまま寝るとは何事です はい
お悪うございました それだけではありません
ヤグの中で本など読んではならぬといつも母が言ってあるのを忘れたのですか 永沢朗は両手をついて顔を伏せた
お許しください母上もう決して致しません 今夜はもう老けているから許してあげます
母はそう言いながら立った 顔が汚れていますよ
洗ってきてすぐにおやすみなさい この本は
母が預かります
×少女隊の春のキーナと青いリロアです
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