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主計はは忙しい その2
2026-08-08 16:35

主計はは忙しい その2

0201 260808 山本周五郎 主計はは忙しい その2 朗読:冨士原圭希
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サマリー

山本周五郎作「主計は忙しい」の第二話。主人公の梶江は、剣術の稽古に励む傍ら、多くの依頼や相談に対応する多忙な日々を送っている。そんな中、娘の織江から妹の縁談について催促される。また、梶江は密かに芝新明の美しい女性・園地に「おぎ節」を習いに行っており、その秘密の逢瀬が描かれる。稽古と秘密の逢瀬の間で揺れ動く梶江の姿が、彼の人間的な魅力と多忙な日常を浮き彫りにしている。

稽古と日常の始まり
おしゃべり本棚 この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
山本周五郎作 数江は忙しいその2
平之助は苦い顔で何か言おうとしたが、数江はもう振り返って さあ河村行こうか
と次の者に稽古を挑んでいた。 2時間して道場を上がると、裸になって裏の井戸端へ飛び出した。
普通は雑用をする内門人に世話をさせるのだが、 彼は一人でガラガラ水を汲み上げ、5、6杯肩から浴びて、肌の赤くなるまで手拭いでこする。
春とは言っても2月初旬のことでまだかなり寒いが、 これは真冬の烈風や雪の日でも同じことだ。
キュッキュッと音のするほど体をこすっていると、庭を回って一人の娘がこっちへ来た。 この家の娘、織江である。
上背もあるし、手も足ものびのびとした豊かな体つきで、 眉の長い目元の優しいおっとりとした顔立ちをしていた。
「やあ、これは。」
梶江はびっくりして、まだ濡れている体へ浴衣をひっかけた。
これはどうも、おはようございます。
いや、もうそれほど早くはありませんな。
どうなさいました、何か御用ですか。
こんなところへ参って失礼ですけれど、 お部屋ではいつもお人がいらっしゃいますので。
織江はこう言って彼の目を見た。
それにもうずいぶん日も経っておりますから、 どうなったかと思いまして。
とおっしゃると。
ああ、そうですか、節句のお支度のことですね。
いいえ、いつかお話し下すったあの、 あのことでございますわ。
わかりました、妹のことをお譲りする話でしょう。
梶江はにこりと笑う。
大丈夫ですよ、まだ話してはありませんが、 あいつ嫁に行くんですから。
ことを三面ももって嫁に行けやしません。
必ずお譲りするようにしますから、 安心していらっしゃい。
私ことのことなど申し上げてはおりませんわ。
ことでもない。
梶江は狼狽する。
というと一体。
ああ、ああわかった、あれですね、 あの古竜堂で持ってきた茶壺。
その時向うで八一郎が呼び立てた。
牧野先生、お客ですよ。
よし、今行く。
私あさってから松野を連れて江の島へ参ります。
梶江は口早にこう言った。
行き帰り十日はかかると存じますから、 その間に話をお決めになって下さいまし。
今度こそお願いいたします。
はあ、承知しました。
しかし江の島へいらっしゃるって何です、 何か御用でもあるんですか。
お客様が待っておいてですわ。
もういらっしゃいまし。
梶江はやれやれというふうに頭を振った。
江の島から鎌倉へ見物に行くということは半年も前からの話で、 よく御存じのはずではございませんの。
貴方のお忙しいことを知っていますから我慢いたしますけれど。
いいえ、ようございますわ。いらっしゃいまし。
ただ、あのことだけはお忘れのないようにお願いいたしましてよ。
はあ、確かに。
必ず今度は大丈夫です。
道場への依頼と対応
接待には五人の客が待っていた。
三人は若い武家の入門希望者であった。
彼はそれを杉原兵衛之助に引き継いだ。
腕の程度を見て入門の諾費を決めるのである。
他の一人は麹町の秋元田島の上の家臣で、
出迎子に来てもらいたいという相談。
もう一人は下屋の横川又江門という剣法師藩の使者で、
三月傍日、柴跡小屋まで奉納試合をするが、
その時当道場からも参加してもらえますか、
という申し込みであった。
この二つは自分の一存では決められない。
待たせておいて死の部屋へ行った。
そこはこの建物の西の端にあり、
室の木を林にした庭に面し、
西側の窓の外は竹やぶになっていた。
一郎在門はその窓に寄って
鶯の鳴くのを聞いていた。
まだ五十二の若さであるが、
病弱になってから生やしたあごひげがほとんど白く、
骨だった頬や鋭い目のあたりに
ひぼんな人のきらめきが感じられるけれども、
全体としては焼水の色がかなり強く現れていた。
秋元くおはやかましいので評判だ。
渡りや杉原では到底行けないだろう。
底本はもう手一杯であろうし、
お断りするほうがよくはないか。
私でよければ参ります。
決して手一杯などということはございませんから。
一郎はこう言ってすぐ次へ移る。
ほうのう次合はどういたしますか。
下屋の横川というのは確か年流だと思いますが、
ちょっとかんばしくない噂を耳にしたことがあります。
こちらに草原湖があるからといって断るがよかろう。
益もないことだ。
はい、では私これから稽古に出ます。
接待へ戻って二人にそれぞれ転辞をし、
出る支度をしているとまた客だ。
一人は相模屋吉兵衛という武具屋。
これは道場で使う面小手や市内の修理新帳を扱っている。
一人は大工の当僚で、
道場の一部を直す相談である。
彼らとの話が済むなり、
石井雄作という内門人に道具を持たせて、
数えは出た。
密かな逢瀬:おぎ節の稽古
麻布六本木の脇坂家から飯倉の松平井が、
次に芝桜川町の松平宇京家、
あたご下の島津兵部、
そして金杉町の戸田大学という順である。
戸田を済ませて出ると、
もう町は黄昏だった。
やあご苦労、帰っていいよ。
数えは雄作にこう言った。
俺は用事があって銀座のほうへ回るからな。
じゃ。
そしてさっさと歩き出した。
雄作はそれを見送りながらにやにや笑った。
出稽古の帰りには、
三日に一度必ず銀座へ回ると言って別れる。
半年ばかり前からのことで、
おかしいと思ったから、
ある日その後をつけてみた。
すると銀座などというのは嘘で、
芝新明の華やかな町へ行き、
とある横丁の粋な作りの家へ入る。
近所で聞くと、
御義節を教える家だそうで、
師匠は園地という美しいので評判の女だということであった。
あの忙しい体でよくそこまで手が回るな、
呆れたものだ。
道場へ帰ってその話をすると、
みんなそう言ってあっけにとられた。
中には、またそのくらいの道楽がなければ、
帰って体が続かんだろうというものもあり、
先生の耳へはいれないようにと注意しあったものである。
そんなことがあろうとは夢にも知らず、
和江は例の急ぎ足で新明へやってくると、
問題の粋な作りの家へ、
やあごめんと言いながら、
無遠慮に上がり込んだ。
あら、牧野さんですか、
ちょっと待って下さいな。
襖の向うでそういう声がした時、
すでに和江はその襖を上げていた。
あらいけません、こんな格好なのよ。
いま風呂から帰ったところらしい。
肌ぬぎになって鏡へ向っていた女が、
両袖で胸を隠しながら振り返った。
これが園地である。
なるほど美しい。
柔らかな肉つきのやや濃えた体つきであるが、
背丈が小作りで関節が締まっているから、
むしろ形よく痩せて見えるくらいだ。
年はもう三十二になるのだが、
二十三歳より上には見えない。
こんな商売に似合わず、
あだっぽいというより、
やぼったい感じで、
それが一種の人懐っこい美しさを表していた。
これはどうも。
かずえは少しも騒がず、
向うの部屋は空いているかね。
ええ、お支度ができているでしょう。
じゃあ御免をこむるよ。
こう言って次の間へ行く。
そこは女主人の寝間らしく、
色生めかしいヤグが延べてある。
かずえは羽織と袴を脱いだなり、
その中へ潜り込んで寝てしまった。
これは相当けしからぬ仕掛けである。
彼ほどの人間が、
核のごとき自堕落な振る舞いをするとは何事であるか、
読者はこう遁拠されるかもしれない。
だが心配は御無用。
一時間ぐっすり眠った彼は、
飛び起きて顔を洗うと、
その地を相手に真面目くさって、
おぎえぶしの稽古を始めた。
いえ、そうじゃないんですよ。
よう御座いますか。
ツツン、ツンツン、チチチチツンツツン。
ハギのしずくのハラハラとしずく、
こう張るんです。
はい。
私は張ってるつもりなんだよね。
ハギのしずく、
いえ、しずくですよ。
はい。
丸一時間のハギのしずくでいじめられ、
汗のしずくをぬぐって立ち上がると、
まっしぐらに虎の門外にある長池の神屋敷へ帰り、
ほとんど門限ぎりぎりに飛び込んだ。
帰宅と母の問いかけ
家では朝が早いから、
父も妹もたいていは寝ている。
母親だけはどんなに遅くとも、
食事の支度をして待っていてくれるが、
このごろは特に帰りの遅いことが続くので、
それとなしに探るような目で見られるのがうるさかった。
このごろだいぶお帰りが遅いのですね。
母親は汁を温めに立ちながら云った。
お忙しいのだろうけれど、
こんなに遅くなるのなら、
食事をなすってこなければ独ですよ。
でも食事は家のに限りますからね。
母上のお手料理をいただいては、
よそのは食べられやしません。
まったくですよ。
彼は母の追及を避けるために、
無意味な言葉を続ける。
原介はまたあさって来るんですか。
へえ、農家はうまく行ってるんですね。
お手伝いとしても使える男だ。
だから農家でも相当でしょうね。
一度私も会いたいのだけれど、
こう忙しくては。
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