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おしゃべり本棚。この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
坪井栄作 一つ身の着物
後編 秋晴れの暖かい日
私たちは夫婦連れで赤ん坊を引き取りに出かけた 赤ん坊は横浜に母と2人で暮らしていたのだが
母親の死後親戚に預けられていた 8歳を頭に4人の男の子があるというその狩親の家での一月足らずの明け暮れは
赤ん坊にとっては憂鬱極まるものであったらしい つまり4人の幼い男の子たちは子犬をかわいがると同じように
赤ん坊をかまったのでもあろうか 赤ん坊はすっかり気難し屋になっていた
その1ヶ月の狩りの母はそれが赤ん坊の転生ででもあるように言った 右文ちゃんはとても子供嫌いでしてね
子供を見ると泣き出すんですよ しかし
大人を見ても笑いはしなかった 泣きも笑いもせずただ物憂な力ない眼差しで私たちを見た
何の意思も現せないその眼差し 4人のいたずらっ子に取り巻かれた生活から大人ばかりの家に連れて行かれるとも知らず
他人の手からて子荷物のように渡される一人の赤ん坊 右文ちゃん
さあ今日からはこの小母ちゃんがお母さんよ 泣きも嘆きもされず赤ん坊は私の手の中に渡された
一月前に見た時よりも痩せてしぼんでいた 抱いてみてその軽さにもびっくりせずにいられなかった
焼け跡のでこぼこ道を歩いて帰りながら私は自然な動作で背の甲を軽く揺さぶり 母親らしく話しかけている自分の姿を不思議に思わずにはいられなかった
不思議は私だけでなく夫までが神妙に父親らしく脇に連れ添っているのだ しかもお締めの包みを片手に下げている
私たちは本当に名や老いの育て分があるのね 埋めないんだからそれぐらいのことあってもいいのかもしれんな
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そうかもしれない だけどこうして無理矢理でもないけれどとにかく強引に背負わされてさ
さあ今日からお母さんだよーっと宣告されても正直なところ まだ愛情よりも不憫さの方が強い感じね
それがかわいそうだと思わない
うーん これがお母さんだよーなんてずいぶんえっけんですよ
錆とたんの掘った手小屋がてんてんと散らばっているその間を縫って 焼け跡の通路はでこぼこしながら往来へ伸びている
焼けとたんに囲まれた小さな小屋の人たちが思い思いの足跡で踏み固め 繋いで行く太々しい記録なのだ
5つと7つくらいの男の子が地べたに足を投げ出してぼんやりとこちらを見ている 光のない目の色
変わった人種かと思うほど赤黒い皮膚の色 そのそばに母親らしいやはり色の黒い女が
野天でさつまいもを切っている まないたは柱のような四角な木切れだった
人も家も大人も子供もまないたもさつまいもも ドス黒い煙にいぶされたような色だった
畳にすればわずか2枚ほどのその哀れな住居の前を人々は無遠慮に歩いている 見られることも見ることも何とも思っちゃいられぬ風景である
しかしあの裸足の男の子には母親がある 空襲では助かって病気で死ぬなんて
純ちゃんも死にきれなかったでしょうね その子を私が育てるなんて不思議だ
私はため息をした 死んでいった若いそして貧しかった母の名を純子という
彼女は死のとこで私たちの名を呼び 赤ん坊を頼むと言ったそうである
まったく死にきれなかったろう 空襲で助かって終戦を迎えた途端に死ぬなんて
要するに戦争で死んだようなものさ 金でもあって闇のものでうんっと食ってれば抵抗力もあったろうからな
栄養不足の哀れな若い未亡人はひょいとつまずいて倒れた霧 立ち上がる力がなかったのだ
あたら若い生命を飢えですり減らすなどなんという悲しさだろう しかもこれから先8000万の日本人は8人に1人の餓死者を出すだろうと新聞は報じていた
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8人に1人 この迫り来る飢餓戦を赤ん坊をもろとも踏み越えて行けるかどうか
私は思わず背の甲を振り返った 赤ん坊は寝息もかすかにぐったりと首を横に曲げていた
晴れた秋空の下ではその顔色は余計に黄色く黒ずんで見える 行き着く先も知らず流れる水のように従順なその姿のどこに
生後1年の発落さがよどっているのだろうか あたら男の子よ欲しくて欲しくてならない人もあるだろうに
ただいっぺんの義理と不憫さの中で育つなんてかわいそうよ 私の馬鹿正直さはこの子を可愛いとも可愛らしいとも言えなかった
今に可愛くなるよよちよち歩き出したり片言を言い出したりするようになれば 親子の情なんて自然に湧いてくるさ
それはそうよ 私がつらがっているのは今の気持ちなのこの出発が悲しいのよ
愛情の中に迎えられていないということ 私なんてずいぶん白状なんだわ
私は涙ぐんでいた 正直なんだろ
夫が取り成すように言う どうだかね
とにかく嘘でない気持ちなのよ 私この子を可愛いとはまだ思えないんだもの
でもまさこで助かるわ まさこは無条件らしいから
それで勘弁してもらおう 俺たちだって何も条件なんかないぜ
そうだわそうね まさこじゃないけどうちに生まれたと思えばそれでいいんだわ
たとえ憎くたってそれでいいんだから そうさ
ポカッと男の子ができるなんていいよ あんたもまさこもまるで棚の上のぼた餅ぐらいに考えているのね
そう考えた方が楽しいよ 本部するのは私ですからね
そう深刻に考えるなよ 家へ帰るとまさこは玄関の外で待ち受けていた
気が軽くなって私は思わずただいまと若々しく言った さあさあ右ふみちゃんお前さんの家だよ
私の手は子育てに慣れた女の手つきをしておぶいひもを解いていた するすると滑らせるようにして茶の間の真ん中に座らせると
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赤ん坊は急に怯えた声を出し両手を広げて私にかじりついてきた ああよしよしよしよし
抱き寄せて背を撫でてやるとやっと安心したらしい だが夫にもまさこにも行こうとしなかった
わずか3時間ほど馴染んだだけでこれだけの信頼を見せる右ふみの動作は痛く私の 心を打った
部屋の隅で子守唄を歌ってやるとすぐ眠った 20年ぶりの子守唄だった
それはまさこに歌ってやったと同じ子守唄だった まさこが忍び足で後ろからそっと覗いている
明日になればまさこになれるよ おっぱいをやったり抱っこしたりそれをまさこが受け持ったら
たちまちまさこっこになるわよ 少しがっかりしているようなまさこの機嫌を取るように私は言った
疲れたでしょお母さん 音符して肩張らなかったもみましょうか
キューンと答えて私は急いで次の間に行き 座布団の隅掛けに寝かせつけた
何しろ20年ぶりだもの肩も張るさ まさこはやはりついてきて寝かせ方を見ている
明日から私がするわ ありがとう
私はもう隠そうとせずまさこの前で目をしばたたいた 後でねまさこ右踏みのおべべを縫うのを手伝っておくれよ
何にも着替え持ってないのよ あら何にも
1枚も そうこれから支度に取り掛かるという季節だったから無理もないさ
去年のものはダメだもの小さくてその上 スフや人権だものね
合わせなの ああ合わせも受番もよ
一摘みをまたぬうなんてことがあろうとは思わなかったね これも20年ぶり
そうとも でもね
赤ん坊の着物ってものは 喉が詰まって切れた言葉を私は慌てて継ぎ足した
楽しみなものさ 塗っているうちにだんだん愛情と絡みついてきたまさこの小さい時のことを
思い出したのである 数学教師芸人の高田先生だよ
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