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一つ身の着物 前編
2024-08-10 16:15

一つ身の着物 前編

098 240810 壺井栄 一つ身の着物 前編 朗読:田畑竜介
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おしゃべり本棚。この時間は、福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
坪井栄作 一つ身の着物
前編 赤ん坊の名を右踏みと言った
生後1年で孤児になり私の家へ来ることになった 赤ん坊の姫おばあさんにあたる人から
この話を持ち込まれる前に私たち夫婦はもうその覚悟でいたのだが いよいよとなると様々な難問題が湧いてきた
しかしだからといって肩を外すわけにも行くまいと考えられたので とにかく引き取ろうということになった
そのうちどこからか救いの手が伸びてくるだろうという空頼みもあったし また一方では
赤ん坊という新鮮な存在がもうとっくに所老を過ぎた私たちの沈滞した家庭生活を若返らせもしようかというとてつもない希望も抱かせられた
家に赤ん坊ができるなんてなかなかいいじゃないか この度老妻に男の子が生まれましたとみんなに通知して一つお祝いをしてもらうんだね
夫がそう言うと娘のまさこまでが乗り気になって本気な顔で言った そうよそうよ
本当に家ではこれまでよその赤ちゃんにばかりお祝いしてるんですもの 今度はそうしましょうよ
みんな驚くわよ ねえお母さん私が育てるからさ
家に生まれた子だと思ったら育てるの当たり前ですもの まるで私一人が二の足でも踏んでいるような言い方に私はにやりとし
そりゃそうさ家に生まれたと思えばいいんだけどね なかなかそうは思えないからね
なぜ だってどっちの子供さ
お母さんが産んだつもりになるのかそれともまさこかね あら失礼ね
まさこは顔をあからめてキャッキャッと笑う 実施のない私たちはこのまさこをも小さい時から育てたのである
03:01
まさこは私の命にあたる 結果として
生母の生命を奪ってこの世に生まれてきたまさこを私たちが育てることになったのは 正直に言って3分の迷惑と七分の義理からであったが
お父さんお母さんと呼ばれて一つ屋根に暮らしているうちに いつか義理や迷惑は消えてしまって自然な情に結ばれた
平穏無事な親と子になっている それどころかまさこはもう厳然たる存在で私たちの家庭でまさこの部門を占めていた
まさこを抜いては全く私たちの生活は形を変えねばならぬほど 彼女は私たちにとってありがたい存在だった
あまり健康でない私は朝寝坊の寝床の中で台所の朝の音を聞きながら隣の夫に
本当にまさこがいればこそよもう23ですからね あなたもあんまりガミガミ言わないでよ
まさこがいなければ私たちは誰からもお父さんお母さんって呼ばれなかったのよ
夫がまさこをこっぴどく叱りつけたりした翌朝など私はよくこんなことを言った すると夫はひとまず私の言葉を素直に受け
分かったよ分かったよ しかしねガミガミ言うのは本当は隔てがないから言うんだがね
わからないかなぁ それにお前は俺だけが口やかましいように言うけれどお前だっていい加減言ってる
よ そりゃあ私は自分のつながりですもの
聞く方も流せるのよそこへ行くとあなたはいわば義理の中よ 冗談じゃない
20年も一緒に暮らして義理もへちまもあるかい 愛情なんてものはね絶対にそんなものじゃないよ
もしもまさこがそんな風に考えているなら俺は本当に怒るよ いつもの口癖だった
しかしそれがただ口癖だけでないのを私は知っていた 真実の心を割ってみたならば血のつながっている私よりも夫の方が純粋な情愛を
まさこに抱いているかもしれないと思うことがよくある しかし若いまさこはそれを見抜くまでに至っていない
だがまさことしては両親の愛情を計りにかけてみなければならないほど複雑 にはならなくても良いらしい
父親に叱られて拗ねてみることはあっても結局は一人っ子の苦労以外の苦労はあまり 知らずに育ってしまったのだ
06:10
彼女の日頃の言葉の中には一人っ子の嘆きがいつもあった だから今赤ん坊が来るかもしれぬということになると彼女は単純に喜んでしまった
右踏みなんて珍しい名前ね 右踏みちゃんなんて呼びにくいから私右棒って呼ぶわ
でも右棒も変ね なんて呼ぼうかな
まさこは楽しそうに目を細くしていた それに水をぶっかけるように私はわざと言ってみる
そんなことよりもさ大変なんだよまさこ その右棒という子がお前普通の子ならいいけれど初行くの遅れた
手のかかる子らしいよ いいわよ
いいわよって言うがね子育てなんてそんな生やさしいことじゃないのよ まさこで身に染みたからね
じゃあ断るっていうのそんなわけにはいきそうもないからため息なんだよ そんなら仕方がないじゃないの
私弟ができたと思って可愛がってやるわ 御恩返しにね
どれの御恩返しさ お母さんのよ
ああそりゃありがたいそんならまさこに頼むわね 大丈夫よ夜も抱いて寝るわよ
やれやれ お締めの洗濯なんて絶対にお母さんの手借りないわ
朝のうちにちょこちょこっと済ませるからいい ああ
簡単だね 大丈夫
だって私よりも若い人が子供産んでるもの 私は子供好きですもの
本当に大丈夫と思う どこの赤ちゃんでもすぐ懐くんだもの
それでは万事まさこに任せて私はおばあちゃんってことになろうかね それでいいわ
私の年で2人くらいのお母さんの人もあってよ まさこはなかなか積極的だった
彼女が乗り気になってくれることは何よりもありがたかった 赤ん坊は私の兄の孫に当たるので
まさこにとってもいとこ違いというわけだから 将来力になり合うのも不自然ではないと密かに私は考えた
だがそれを見届けるだけの生命が私にあるかどうかの自信はなかった しかし見届けねばならぬこともないだろうし見届けたいために引き取るのではなおさらない
09:05
のだから精一杯に育てさえすればあとはまた後の風が吹くだろう 秋バレンの暖かい日
私たちは夫婦連れで赤ん坊を引き取りに出かけた 赤ん坊は横浜に母と2人で暮らしていたのだが母親の死後親戚に預けられていた
8歳を頭に4人の男の子があるというその借り親の家での一月たらずの明け暮れは 赤ん坊にとっては憂鬱極まるものであったらしい
つまり4人の幼い男の子たちは子犬を可愛がると同じように 赤ん坊をかまったのでもあろうか
赤ん坊はすっかり気難し屋になっていた その1ヶ月の仮の母はそれが赤ん坊の転生ででもあるように言った
右ふみちゃんはとても子供嫌いでしてねー 子供を見ると泣き出すんですよ
しかし大人を見ても笑いはしなかった 泣きも笑いもせずただ物上な力ない眼差しで私たちを見た
何の意思も現せないその眼差し 4人のいたずらっ子に取り巻かれた生活から大人ばかりの家に連れて行かれるとも知らず
他人の手から手小荷物のように渡される一人の赤ん坊 右ふみちゃん
さあ今日からはこのしょうかーちゃんがお母さんよ
泣きも嘆きもされず赤ん坊は私の手の中に渡された 1月前に見た時よりも痩せてしぼんでいた
抱いてみてその軽さにもびっくりせずにいられなかった 焼け跡のでこぼこ道を歩いて帰りながら
私は自然な動作で背の甲を軽く揺さぶり 母親らしく話しかけている自分の姿を不思議に思わずにはいられなかった
不思議は私だけでなく 夫までが神妙に父親らしく脇に連れ添っているのだ
しかもおしめの包みを片手に下げている 私たちは本当に名や老いの育て分があるのね
埋めないんだからそれぐらいのことあってもいいのかもしれんな そうかもしれない
だけどこうして無理やりでもないけれどとにかく強引に背負わされてさ さあ今日からお母さんだよと宣告されても正直なところ
12:04
まだ愛情よりも不憫さの方が強い感じね それが可哀想だと思わない
これがお母さんだようなんてずいぶん越見ですよ サビトタンの掘った手小屋がてんてんと散らばっているその間を塗って焼け跡の通路は
でこぼこしながら往来へ伸びている パッテン少女隊の春のキーナと青いリロアです
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