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夢十夜 第六夜 第七夜
2025-04-12 15:55

夢十夜 第六夜 第七夜

0132 250412 夏目漱石 夢十夜 第六夜 第七夜 朗読:龍山康朗
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おしゃべり本棚。 この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
夏目漱石 夢十夜
第六夜。 運慶が五穀寺の三門で仁王を刻んでいるという評判だから散歩ながらに行ってみると、自分より先にもう大勢集まってしきりに下馬票をやっていた。
三門の前五六軒のところには大きな赤松があって、 その幹が斜めに三門のいらかを隠して遠い青空まで伸びている。
松の緑と朱縫の紋が互いに移り合って見事に見える。 その上、松の位置がいい。
門の左の端を目障りにならないように端に切っていって、上になるほど幅を広く屋根まで突き出しているのが何となく古風である。
鎌倉時代とも思われる。ところが見ている者はみんな自分と同じく明治の人間である。 そのうちでも社婦が一番多い。
辻町をして退屈だから立っているに沿いない。 大きなもんだなあと言っている。
人間をこしらえるよりもよっぽど骨が折れるだろうとも言っている。 そうかと思うと、
へえ、仁王だねえ。今でも仁王を掘るのかねえ。 ええ、そうかねえ。
わしはまだ仁王はみんな古いのばかりかと思ってたと言った男がある。 どうも強そうですねえ。
何だって言いますぜ。昔から誰が強いって仁王ほど強い人はないって言いますぜ。 何でも大和だけの見事よりも強いんだってからねえと話しかけた男も
ある。 この男は尻をはしょって帽子をかぶらずにいた。
よほど無教育な男と見える。 雲啓は見物人の評判にはいさいとんじゃくなく、
のみと土を動かしている。 一向振り向きもしない。
高いところに乗って仁王の顔のあたりをしきりに掘り抜いていく。 雲啓は頭に小さいえぼしのようなものをのせて、
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大きな袖を背中でくくっている。 その様子がいかにも古くさい。
わいわい言っている見物人とはまるで釣り合いが取れないようである。 自分はどうして今自分まで雲啓が生きているのかな
と思った。 どうも不思議なことがあるものだと考えながら、
やはり立って見ていた。 しかし雲啓の方では不思議とも期待ともとんと感じえない様子で、
一生懸命に掘っている。仰向いてこの態度を眺めていた一人の若い男が、 自分の方を振り向いて、
さすがは雲啓だな。眼中に我々なしだ。 天下の英雄はただ仁王と我とあるのみという態度だ。
あっぱれだと言って褒め出した。 自分はこの言葉を面白いと思った。
それでちょっと若い男の方を見ると、 若い男はすかさず、
あののみと土の使い方を見たまえ。 大自在の妙境に達していると言った。
よくは無造作にのみを使って思うようなまみえや花ができるもんだなあ。 と自分はあんまり感心したから一人ごとのように言った。
するとさっきの若い男が、 なにあれはまみえや花をのみで作るんじゃない。
あの通りのまみえや花が木の中に埋まっているのを、 のみと土の力で掘り出すまでだ。
まるで土の中から石を掘り出すようなものだから、 決して間違うはずはないと言った。
自分はこの時初めて、彫刻とはそんなものかと思い出した。 果たしてそうなら誰にでもできることだと思い出した。
それで急に自分も二王が掘ってみたくなったから、 見物をやめてさっそく家へ帰った。
道具箱からのみと金槌を持ち出して裏へ出てみると、 千田手の嵐で倒れた菓子を薪にするつもりで小引きに引かせた手頃なやつがたくさん積んでやった。
自分は一番大きいのを選んで勢いよく掘り始めてみたが、 不幸にして二王は見当らなかった。
その次のにも運悪く掘り当てることができなかった。 三番目にも二王はいなかった。
自分は積んである薪を片っ端から掘ってみたが、 どれもこれも二王を隠しているのはなかった。
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ついに明治の機には到底二王は埋まっていないものだと悟った。 それで運慶が今日まで生きている理由もほぼわかった。
第七夜。何でも大きな船に乗っている。 この船が毎日毎夜少しの絶え間なく黒い煙を吐いて波を切って進んでいく。
凄まじい音である。けれどもどこへ行くんだかわからない。 ただ波の底から焼火橋のような太陽が出る。
それが高い穂柱の真上まで来てしばらくかかっているかと思うと、 いつの間にか大きな船を追い越して先へ行ってしまう。
そうしてしまいには焼火橋のようにジュッと行って、 また波の底に沈んでいく。
そのたんびに青い波が遠くの向うで、 二王の色にわきかえる。
すると船は凄まじい音を立ててその後を追っかけていく。 けれども決して追いつかない。
ある時、自分は船の男をつらまえて聞いてみた。
この船は西へ行くんですか。
船の男はけげんな顔をしてしばらく自分を見ていたが、 やがて、
なぜ、と問い返した。
落ちて行く日を追いかけるようだから。
船の男はからからと笑った。
そうして向うの方へ行ってしまった。
自分は大変心細くなった。
いつ丘へ上がれることかわからない。
そうしてどこへ行くのだか知れない。
ただ黒い煙を吐いて波を切って行くことだけは確かである。
その波はすこぶる広いものであった。
彩現もなく青く見える。
時には紫にもなった。
ただ、船の動く周りだけはいつでも真っ白に泡を吹いていた。
自分は大変心細かった。
こんな船にいるより、いっそ身を投げて死んでしまおうかと思った。
乗り合いはたくさんいた。
大抵は偉人のようであった。
しかし、いろいろな顔をしていた。
空が曇って船が揺れたとき、
一人の女が手すりに寄りかかってしきりに泣いていた。
目を拭くハンケチの色が白く見えた。
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しかし、体にはサラサのような洋服を着ていた。
この女を見たときに、
悲しいのは自分ばかりではないのだと気がついた。
ある晩、甲板の上に出て一人で星を眺めていたら、
一人の偉人が来て天文学を知っているかと尋ねた。
自分はつまらないから死のうとさえ思っている。
天文学など知る必要がない。
黙っていた。
するとその偉人が金牛球の頂にある七星の話をして聞かせた。
そうして、星も海もみんな神の作ったものだと言った。
最後に、自分に神を信仰するかと尋ねた。
自分は空を見て黙っていた。
あるときサローンに入ったら、
派手な衣装を着た若い女が向こう向きになってピアノを弾いていた。
そのそばに、背の高い立派な男が立って、小歌を歌っている。
その口が大変大きく見えた。
けれども、二人は二人以外のことにはまるで頓着していない様子であった。
船に乗っていることさえ忘れているようであった。
自分はますますつまらなくなった。
とうとう死ぬことに決心した。
それで、ある晩あたりに人のいない自分、
思い切って海の中へ飛び込んだ。
ところが、
自分の足が甲板から離れて船と縁が切れたその刹那に、
急に命が惜しくなった。
心の底から寄せばよかったと思った。
けれども、もう遅い。
自分はイヤでもオウでも海の中へ入らなければならない。
ただ大変高く出来ていた船と見えて、
体は船を離れたけれども足は容易に水につかない。
しかし捕まえるものがないから
次第次第に水に近づいてくる。
いくら足を縮めても近づいてくる。
水の色は黒かった。
そのうち、船は例の通り黒い煙を吐いて通り過ぎてしまった。
自分はどこへ行くんだかわからない船でも、
やっぱり乗っている方が良かったと初めて悟りながら、
しかもその悟りを利用することが出来ずに、
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無限の後悔と恐怖等を抱いて、
黒い波の方へ静かに落ちていった。
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