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ほかひびとラジオのTaitoです。
昼間はアート業界で働きながら、夜中は野良の編集者として、下北沢拠点に新聞を作ってラジオを撮ったりしています。
今日はゲストがいるんですけれども、一緒に下北沢で麒麟新聞ジラフっていうのを作っている高橋くんです。
どうも、高橋です。お願いします。
ほかひびとっていうのが、織口忍の用語で、民族学のね。
漂白する人とか、歩く人、小好き者っていう意味がある。
ひびきさんと一緒に撮っている丸人ラジオは、2人が会って喋る、久しぶりに再会して喋るとか、定期的に会ってみたいなことなんだけど、
ほかひびとはなんか、俺が個人で出していく感じで、
それこそ、もっと喋りたいことってすごいたくさんあるんだけど、一緒に新聞作っている話とかってあるけど、
月一とかでひびきさんと会っていると、なんか追いつかなかったりとかするから、
ひびきさんと喋る時は、山梨だったりとか、こういうコミュニティがどんどん拡張しているっていうところをできるだけフィーチャーして、
ほかひびとラジオはこの下北沢で今起こっているみたいなことを、喋れたらいいなという感じ。
そういう感じなんですよね。
高橋くん的にどうですか?新聞作り始めて。
高橋くん、キリン新聞を一緒に編集するっていうので、先月号から一緒にやってるんだけど。
感想みたいな。
クソなんでもいい、マジで。
なんか、おもろいなとかは思いますよね、単純に。
あと人と話す機会が増えるなっていうか。
依頼するからね、俺らはね。
それがいいよなっていうか。
久々の人とも話せるし、いいねっていう感じかな。
俺なんか一人で喋ってる時に、なんか制作してるんだと思う。
創作と表現を介した共同体を作りたい、それを民間伝承みたいに残したいっていうことを言っていて、
この編集っていう作業自体がすごいおもろいのっていうのが、
要は話す言い訳を俺は制作してるんだなっていう気持ちになるわけ。
この人ともう一度会う約束を制作してたりとか、
言い訳、口実みたいなのを作ってるがゆえに、
新聞をやってるっていうだけで、
マル君と喋んなきゃみたいな、ヒロムと喋んなきゃみたいな。
それ結構さ、よくない?
めっちゃいい。
なんか俺もそれいいなって思ってる。
なんかね、
それこそ3号目で、
編集後期かなって書いた。
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3号目の編集後期は、高橋君が紙面をほぼ占領してて。
編集長とデザイナーは、アートディレクターは隅に追いやられてるっていうのがね。
高橋君のキャラを物語っていいよね。
なんかね、通行手形みたいなのを書いた気がする。
よくいいよね。
それだなって思ってて。
通行手形。
さっきの話もそれだなって思ってて、僕は。
だからなんか、
一個話す話題というか、
話す相手も、
なんだかんだ忙しいと思ったりするから、
時間を取ること自体そもそもありがたいじゃないですか。
っていう、
でもその理由として新聞がなってくると結構、
いいなっていうか、
後ろ目立たさがないっていう。
後ろ目立たさがないんだよね。
それがよくて。
で、いろんな人と話すし、そうなんだこうなんだみたいな。
ある種仲良くなるきっかけの人だなっていうのは、
なんか、
編集とはいえ、
あんまりその、編集編集みたいな感じでもないから。
そうだね。俺らの遊び道具って感じするよね。
そう、それに近いね。
それがいいなって思いました。
なんか、
民間運動みたいなものとかに関心があるわけじゃん。
ある種、無名の、
特命性の表現物みたいなものが、
生活に馴染んでいることそのものの美っていうか、
面白さみたいなところに関心がある、
っていう、なんか理解で、
その、ソイポイとか、
ヒリン新聞とか、ジラフとかっていうものの、
なんかこう営みを見るとなんかこうやっぱり、
まあ、それでしかない。
それでしかないけど、
アーカイバーとしてはこう、
なんかこう来るものあるよね。
残したいっていうか、この生活史を残したいっていう感じというか。
あるし、きっと多分、
民間運動の人たちも、
最初の方はこういう感じなんじゃないかなみたいな、
小さい広がり方してる。
ドタバタというか、
広がり方としてこう、
常に手触りを残しながらの、
広がり方をしているみたいな、
ところっていうのは結構やっぱり、
なんか、
民間運動と重ねたらそこも、
最初はこんな感じだったのかなみたいな。
のもなんか、
なんとなく思うみたいなのはありますかね。
そうですね。
高橋くんは、
これインタビューモード入るわ。
高橋露天坊として、
単価未満のエッセイを書いてて、
高橋ヨッソとして、
編集部に関わってるわけじゃないですか。
これどう?
編集ってちょっと俯瞰した目線で、
俺よく言うけど、
ちょっとなんだろうな。
俯瞰した目線で、
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このコミュニティを伝えるっていう仕事があるけど、
読み手も考えつつっていうこともあるからね。
それってまた表現とは別っていうかさ、
自己表現で何でも言っていい、
ずらしが可能な場所とはちょっと違うから。
高橋くんの良さがちゃんと生きるのはやっぱり、
自分の表現も同時にあると思うけど。
どうですかこのバイネーム。
っていう意味で言うと、
あんまり、
直感的な話で、
あんま違いを感じてないっていうのが、
なんとなくあるっていう。
結局ずらしをずっとやってるなっていうか。
なんかそれはあるんで、
例えばなんだろうな。
とある人に依頼するってなった時に、
得意なことはこうだとみたいな。
っていう風に言われるじゃないですか。
でもおもろいのはこっちなんだけど、
ずらしというか。
それを結構自分はやってるなとか思ったりするんで。
飛行依頼をする時もってことだよね。
時もだし。
まあなんかそれである種バランスを取ろうとしてるっていうのは、
まあ何事も自分はそうだなっていう感じなんだよね。
正直いろんな人に頼みたいことっていうかさ、
この人のここを知ってほしいとかってたくさんあるじゃん。
めちゃめちゃありますよ。
でもそこをあえてずらしでいくみたいなのって、
遊びだし。
そう。だし、この新聞に関しては、
なんかそういう場であってほしいなっていうか、
なんか遊んでもらいたいっていうか。
それこそユーマンみたいに写真をバシッて撮ってくれる人に
写真を頼むとかもありだけど、
なんか重ねみたいに、
俳優やってて役者やってて、
曲本も書いてるっていう人に、
なんかあえて4コマ漫画頼んでみるみたいなのも、
本人からしたら自分の生活の実績じゃないかもしれないけど、
ある種重ねを間接的に知ってもらう手法になるっていうかね。
そうだね。まさにその通りだね。
逆にどうなんですか?
逆にどうなんですか?
何が?
新聞。
ざっくり聞かないでよ。
新聞。
意図的にこの日から始めようとかってなったんですか?
それとも、
例えば映画で出したとかじゃん。
あれじゃないですか。小物で。
あ、はいはいはいはい。
で、なんかなんとなくやるみたいな構想はずっとあってみたいな。
そもそもキリン新聞って、
外部用に説明すると、
コンセっていう、
4月号の表紙を書いてくれたサミコが、
映画を去年ずっと作ってたんだよね。
ボーナス全部使って。
それでここら辺の人たちみんな、
俳優陣として巻き込んで映画を作って、
俺もそれで撮影のアーカイブっていうか、
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一緒に写真撮りに行ったりとか、
手伝ったりとか色々してて、
ハイエース運転したりとかしてたんだよね。
それで、
フライヤーっていうか、
表紙作りたい、
デザインやりたいとかになったりとか、
小物で新聞が欲しいってなったから、
俺がサミコとバーって話して、
じゃあ俺その新聞の内容を書くよって言って、
首を長くして待っているっていう、
シルののつくんのことを書いた文章を入れて、
もう一つ、それは俺の遊び心として入れて、
本ちゃんはキリン新聞、
鈴鳴りでこんな事件が起こりましたみたいな、
サミコの映画に出てくる、
事件の一面記事みたいなのを書いたよね。
物語の伏跡になるような。
それのデザイナーを奥谷がやってて、
にお願いして、
結局今世のフライヤーも奥谷が作って、
みたいな感じになってるから、
なんとなくキリン新聞っていうものから、
チームが生まれたなっていう感じがあって、
それで、
俺がやってるヒチヘンゲという写真集のプロジェクトの時に、
中間発表としてフライヤー出すか、
ってなったらキリン新聞のパロディーやったら、
みんなも呼べるかなみたいな、
ノリで、ただフライヤー出すだけだとつまんないから、
とかって思って、
キリン新聞のパロディーをやってみんなを、
サッカーこんなことやってますよ、
響きがいなさく始ますよ、
みたいなのをやり始めたんだよね。
そしたらなんか、
制作体制で、
それこそデザイナーとも一緒に揉めたんだけど、
これ毎回出していきたいね、
みたいな話になってて、
俺は元々、
マレビトラジオを書き起こしにしたやつを
ジンにしてたことがあったから、
去年、一昨年くらい。
だからマレビト通信っていうのをね、
ウィークリで配りたいなと思って、
てかウィークリで、
メールニュースにしたいとか、
ノートに書いたりとか、
ジンみたいな形にしたいなーってずっと思ってたんだけど、
いろんなことが重なって、
ヒチェンゲの写真集のプロジェクトになったりとかして、
なんかこう、
コマ切れに出せるものが少なくなっていっちゃって、
大きいプロジェクトが進みすぎて、
オープンマイクの進めとかね、
そういうものを、
俺が全部抱え込んじゃうと、
絶対に止まるから、
小出しにできる、
なんか場所欲しいなーと思って、
ヒチェンゲもマレビトラジオも、
なんか、俺が感じたニュースとか、
色々伝えたいことも、
みんなの作品も、
みんなから集めたエッセイとかも、
全部出して、
これをずっと続けておけば、
俺の活動は全部前に進んでるっていう状況を作りたかったんだよね。
まぁまぁ俺目線の話で言う。
俺にとっては、
オープンマイクも、
ジラフも、
なんか山梨も、
なんだろうな、
自分がやってるプロジェクトも、
全部地続きに、
なんか創作の現場っていうのを抑えて、
創作と表現を介した、
なんか人間を知るっていうことの手続きっていうのを、
残していきたいっていうことに尽きるし、
それを続けていった先に、
さっき言ったけど、
新しい、
オルタナ共同体みたいな、
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共同体で言うとなんかうるさんくさいけど、
お帰りみたいな、
ふるさとみたいな場所を作りたいみたいな。
で、そいつが手土産として、
また作品を持ってきた時に、
うわぁ、あれがこうなったんだって思えるような、
場所を作りたい。
そうだね。
だからこれは回覧版になるね。
そうだね。
通行手形でもあるんだろうね。
今日も、
オープンマイクで、
高橋くんが、
バチバチに売ってくれてね。
12部売れましたね。
6000円ですね。
商売繁盛ですね。
結構、
すごいこと。
やばくない?
結構すごいこと。
12部ってやばくない?
今思ったけど。
うん。
そこオープン帯っていうところ空いてるんで。
俺がやっぱ、
編集部に高橋くんを勝手に巻き込んだわけじゃない?
まあね、でも巻き込まれに行ったみたいなこともあるけどね。
ある種。
最初のね、3号の、
奥づけに勝手に高橋くんの名前を書いちゃったんだよね。
俺が引き入れたかったからね。
そして、
その話ちょっとしましたよね。
知らなかったでしたっけ?巻き込む前に。
手伝ってくらいの感じ。
手伝ってみたいな話をしてて。
要はね、高橋くんが、
マルビトラジオでも話したんだけど。
そうなんだ。
なんかこう、距離を取る人っていうか。
それこそ他人っぽいっていうか。
一つの場所には依存しないし、
俺はいろんな場所に出たり入ったりする人間ですよっていう、
マルビト性が高いわけよ、高橋くんって。
だから何か責任を、
招わせてコミットして役割をもらうみたいなことをすると、
急に自由を感じられなくなっちゃいそうなところから、
ふらーっと軸足を抜いて逃げてるところが、
逃げてるっていうか、漂ってるところが高橋くんのめっちゃ魅力だなって。
思うっていう大前提の上、
この新聞を一緒にやるのは高橋くんしかいないと。
まあまあまあ。
だから一旦記任新聞に地に足つけてくれっていうのを、
俺が懇願したみたいなところもあるんだけど。
いわゆるオープンマイクとかその辺って、
要は残さなくても、
それがBとしてあるっていう側面があるイベントというか。
完成物じゃないからね。
だから残りづらいコミュニティというか。
オープンマイクとかやってるけど、
どうな感じなんて言うと正直わかんないじゃないですか。
ぱっと見。
だからその辺がうまく伝わり方として、
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外の新しく来た人とかに伝えるときに、
なんかそれって結構もったいないことじゃないですか。
絶対そういうことやりたい人っていっぱいいると思うんで。
そこがなんか、
もっとなんか面白い人来ればいいなとか。
だからそう、結構これは新聞自体は、
それに結構人役買うんじゃないかなっていう。
そうね。
織口忍の用語でよりしろっていう言葉があって、
神様とか祖先とか昔の教導体で、
年に1回とか帰ってきたりとかお盆で帰ってきたりとかあるじゃん。
そういうときに、
日語って言うんだけど、
出しを出したりとか祭りのときにね。
背の高いオブジェみたいなの作るわけが、
鳥居みたいなものでもなんでもいいんだけど、
それは神様が目印にするみたいな、
遠くから来る人、外部から来る人が目印になるものをよりしろっていうんだけど。
それなんだよね、ラジオも新聞も。
よりしろを作ってるんだなと思って。
この指止まれみたいな感じで、
集まってくれた人が自分たちが届けたいものを体験できて、
それは一つ通行手形として、
アーカイブされたものがあるからこそ、
寄りつける余白があるっていう感じ。
そういうのを作りたいな。
確かに。
学生時代に岩手県に行ったことがあって、
1月だったんですけど、
それが雷砲神ですね。
スネカっていう雷砲神を見学しに行ったんですけど、
いわゆる生ハゲみたいな人たちが、
的な感じで、
民家を回ってくるみたいな、
それを写真撮ったりとか、
みたいなので行ってたんですけど、
駅に戻るじゃないですか、終わって、
駅に戻ろうってなって、
駅に戻ったらめちゃめちゃ藁が落ちてて、
生ハゲってそうだよね。
掃除してる中学生とかがいて、
大変だねみたいな話しかけたら、
これ拾うと何かいいことがあるんですよみたいな。
いいねーってなって。
それいいねーってなって。
それがね、すっごい自分の中でずっと残ってて。
なんか結構それって、
オープンマイク終わった後の祭りみたいなのって結構あるじゃないですか。
あるね。
それって結構新聞チックだなって思うんですよね。
自分は。
だから藁になればいいなと。
きれい新聞か。
なんか俺が聞いてて思ったのは、
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なんかある種、祭りとか行事みたいなものが、
共同体の一つのさ、
なんだろうな、
共同元素みたいなのが生んでいくわけじゃん。
で、中に生活とともに、
そういうものをやっていかなきゃいけないわけじゃん。
みんな仕事してる中で、
月に1回集まってこういうイベントをするわけだけど、
そこには終電があるとか生活があるから、
片付けをするっていうところまでがセットじゃん。
だからその生ハゲの話に関しても、
藁を片付けるっていうことにある種インセンティブを与えないと、
生活に戻れないと思うよね。
そういうのを藁をもらうと、
いいことがあるみたいな感じにしても。
藁を自分から拾うと、
いいことがあるみたいな。
面白いね、それ。
それも民間伝承っぽいなと思って、
いいねってなったんですけどね。
それっぽさもね、
出せればなと。
そんな感じですね。
なるほどね。
何してんだお前。
そんな感じですね。
ヒロムファイがいましたね。
ヒロムファイ線っていうのは説明があれですけども、
新聞読んでください。
新聞読んでください。
キリン新聞のジラフの4月号でもね、
高橋くんが取材してエッセイを書いてるんですけどね。
クラシックピアノがめちゃくちゃ上手い人でね。
これまでね、そいっぽいは、
俺ら世代というかね、31世代でやってたんですけれども、
30代前半の世代、
30代前後の世代でニューヨークから持って帰ってきてやってたんですけど、
それが下北に移ってきて4周年を経つっていうタイミングで、
じわじわと新世代に移り変わっているっていうね、
25歳、26歳、それくらいの年齢のヒロムに、
そいっぽいのいろいろになってもらいたいなと俺は思っているんですけども、
そういう人に感じる記事もあります。
寒いね、戻るか。
終わり?
終わり。
ありがとうございました。