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こんばんは、ほかひびとラジオのTaitoです。
歩きながらラジオを録っています。
下北沢拠点にいろいろやってます。
えーっとね、あのー、とりあえず、
あのー、このポッドキャストみたいなのをね、一人でやり始めてから、
いくつか動画をバー、動画じゃないな、音源をバーって撮った、収録したんですけども、
なんか、この短いスパンで、スプリント的な感じでね、
一日のうちに何回も撮ったりとかっていうのをね、やったりとかしてるんですけど、
うーん、これ結構面白いなと思って、
なんかこう、文章を書いたりとかするときも、
なんかこう、一挙に構造体、一つの構造体を作ろうと思うと、
まあ難しいというか、構造ができるんだけど、
内容ができてなくて、内容を書き始めると構造が歪むみたいなのがあって、
部分と全体がこう、入れ替わっちゃうみたいなね、
こう、絵じゃないけど、
みたいな悩みで、
これがね、要は、万人における悩みなのか、
自分の能力の無さによる悩みなのかっていうのはね、
一概には言えないっていうか、結構危ういところで、
あれこれ自分だけかもっていうね、ところもおったりとかしたんですけども、
まあでもね、テキストっていうのはね、
増殖を続けたりとかするっていうか、
一個テキストがあると、増えたがる感じがして、
それはこうね、まとまろうとする力と、
まとまりたくないという力を両方をはらんでる気がするんですよね。
だから一つの段落、っていうか構造を決めきった中に、
埋めていこうっていうのももちろん一つの動きなんですけども、
そこからはみ出したいっていうのがね、
そもそも言葉っていうものが持つ力っていうね、気がして、
それはどういうことかっていうと、
言葉っていうのは、言葉それだけじゃ、
伝えられないものを伝えるためにあるわけじゃないですか。
だからなんか、増えてっちゃうみたいな、
なんかこう足りないんじゃないかみたいな、
気持ちになっちゃうっていうのはね、
難しくて。
僕が新聞を作ってるんですけど、
新聞の中でね、一緒に編集をやってる高橋くんっていう人がね、
単価未満っていう連載を持ってて、
まあ単価未満と言いながら、
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エッセイを書いて単価を添えるっていうやつなんですけど、
これはね、僕たちだけの、
編集部の内側だけの秘密っていうか、
要は宇宙プロジェクトにしようっていう話をしてたんですけど、
ここでザラッと言っちゃうと、
いずれこの文字が減ってって、
本当に単価未満になったらおもろいよねみたいな話をしてて、
なんかね、やっぱこの連載おもろいなと思ったのが、
単価で言いたいことを、
なんだろうな、
うまく言えないときって単価より増えるんですよね。
それそうだと思うんですけど、
選ぶのに時間かかるから。
だから単価を作るより、単価より長いものを作るほうが簡単なんですよね。
これって結構難しい問題だなと思って、
言葉を短くする、構造が決まっててそこから動かないっていうのはね、
制約の中の自由っていう感じがして、
これはね、向き合わなきゃいけない問題ですよね。
僕が好きなドスモンスっていうね、
ソーシットっていう人の歌詞の中で、
吉原二郎の縁ぐらいには自由でっていうね、
リリックがあるんですけど、
吉原二郎っていうのは、
具体っていうね、
芸術運動、芸術団体があったときにね、
丸を描いてた人なんですけど、
丸がね、
琴声を取れた丸じゃないんですけれども、
丸を描くということは決まっていて、
その中のこう、生まれてしまった歪みみたいなやつがね、
なんていうんだろうな、
あんまり詳しくないっていうか、
アートをやってる人間としてどうかって感じなんですけども、
でもその自由、
この制限の中で、
なんか、
存分に自由を侵してるっていう感じが、
確かにあって、
それは面白いなと思うんですよね。
今回なんで、
ラジオ、
こうやってポッドキャストをパパって出していくのが、
面白いなって思ったかっていうと、
なんかある種の構造を決めないまま、
即興的に喋っていって、話が飛躍するわけですよね。
だから最初からこれを喋りたいと思ったものがなかったり、
あったとしても、
ポンポン飛び散ってしまうと。
だから本来は何々についてっていうタイトルで、
それについてだけ喋って終わりってした方が、
聞きやすいんですけれども、
そこから離れていっちゃうっていうか、
入り口と出口が違うみたいな感じがね。
僕は、
なんかすごい楽だなと思って。
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でも本当はもっと短くして、
入り口と出口がちょっと違うぐらいの感じのやつを、
一つ言った方がちょうどいいのかもしれないんですけど、
どちらにしても、
要は、
なんか構造体を作るんじゃなくて、
即興に出したものをぶつって、
ぶつ切りするみたいなのを出していくっていうのはね、
なんか断片的で、
断章を書いてる感じがして、
すごいいいんですよね。
僕が、
ちょっと早口になっちゃったんで、
落とします。
僕が大学の時にすごく好きだった、
アメリカの作家で、
チャールズ・ブコウスキーっていう人がいるんですけど、
その人がね、
死をポケットに入れてっていう、
晩年に書いた、
日記というか、
みたいなのがあるんですけど、
何時何分みたいなのが書いてあって、
今日は競馬で負けたとか勝ったとか、
そういうのが書いてあるんですけども、
それがね、すごい、
わーって始まって、
結構下品な言葉を使ったりとかする人で、
演習部と喧嘩したり酔っ払ったり、
女性となんだかんだあったりとかっていうのがね、
書かれてるんですけど、
それはね、本当に、
なんかね、筋道立ってるっていうよりはね、
もっとこう、エネルギーみたいなのがボッて湧き上がって、
ブツンって切れてみたいな。
でもちょっと最後、
アポリズムっぽいっていうか、
最後だけなんかオシャレで効いてるから、
なんかまとまってるくさいみたいな、
書き方をする人ね、
すごい好きなんですよね。
雑な感じというか。
シャールズ・ブコウスキーに関しては、
無防備っていうね、
言葉で表されることが多くてというよりは、
そういうことを表伝で書いてる人がいて、
無防備って確かにそういうことだなみたいな、
思いましたね。
で、彼は、
タイプライターをね、
手にした時に、
マシンガンを手に入れたような喜びだみたいな感じでね、
書き殴りまくってたんですよ。
それまで何で書いてたかわかんないですけど、
タイプライターだったかな?
書くのが遅い手書きだったのかわかんないけど、
物で書いたのをタイプライター的なもの?
で、タイプライターかな?
まあまあいいや。
で、書き始めてから、
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もう文字が進む一方で、
ザーッて書けるみたいな。
脳みそとタイプライターが直結してるみたいな。
自分はマシンガンをぶっぱなしてんだみたいな感じでね、
書くっていうことがね、
なんか生きる喜びと直結してるみたいなね、
エネルギーと衝動みたいなのが、
その文章の中には残ってて、
僕は、
なんかその内側から出てくるエネルギーみたいなものに、
感動しましたね。
うん、すごく正直で、
そう、
こいつは精神病棟にぶち込んだほうがいいみたいなね、
ことを言う人もいたっていうか、
あの、いたんですけども、
そんなの必要ないぐらいには、
もう、自己開示をね、文章の中で進ませているっていう感じの、
明け助けな人でね、
なんか知り合いみたいに言ってるけど、
なんかその断片性というかね、
書き切るみたいな感じは、
あの、このラジオにも通じるところがあるなと思いながらね、
エネルギーっていう意味では、
ぐだぐだ喋ってるんで、そんなにないですけれども、
夜中だし、歩いてるし、外だし、
うん、でもなんかたまにこう、
えっと、断章みたいなのがね、
断片的な章というか、断章が、
まとまってる本とかって見るの結構好きで、
脈絡が別にずっとあるわけじゃないけど、
なんか繋がってるみたいなね。
なんか、スペクタクルの社会っていうね、
あの、ギーズ・ウォール、
あれなんだっけ、名前忘れちゃった。
まあ、そんな感じの人が書いた、
あの、学生、もっと前の、
学生運動とかだから、
それぐらいの時に読まれた本があるんですけど、
それはね、アスタリスクかなんかで、
ぷって区切って、
細かい断章がバーッと並んでて、
ちょっとこう、
なんか、社会主義運動とか、
共産主義運動とか、
その辺の、
あの、人たちの、
あの、
なんか筆続書になったような本だと、
だった気がするんですけど、
あれもね、なんかこうね、
断片をバーッと読んでいくと、
なんか体に染みてくるみたいな感じがあって、
結構面白かったですね。
あと、
あの、恋愛のディスクールっていうね、
ローランバルトが書いてるやつ、
書いてる、書いてるんじゃなくて、
あの、
なんか変算してるやつがあるんですけど、
それとか、
まあディスクールっていうのはこう、
書かれたこと、言われたこと、
みたいな、
競技、みたいな、
競技、
まあ書かれたことみたいな、
言説か、
言説だな、
言説っていう意味があって、
その、
古今東西のいろいろな小説とか、
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から、
あの恋愛にまつわる部分だけを抜き出して、
それを、
断片的にバーッと並べた、
あの本があるんですけど、
それを読んだりとかすると、
なんか、
物語があるわけでもないんですけれども、
人類がどう恋愛っていうものと向き合ってたか、
みたいなのが、
なんとなくわかってくるみたいなね、
感じがあって、
まあまとめると、
うん、
鼻水が止まんないっていう話ですね。
あ、荒れたわ。