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出来事の因果は波のように。16両編成の現在。
2026-04-05 14:03

出来事の因果は波のように。16両編成の現在。

※1.5倍速推奨
問題が表出した時には既に取り返しがつかない/船の軌跡と波が到達するまでの時間/今は存在しないオリオン座の星の光/診断テストは過去2ヶ月くらいの自分/失恋初日/実感は遅れてやってくる/村上春樹『街とその不確かな壁』/影響力にも波がある/現在には幅がある/1両編成の現在・16両編成の現在/現代アーティストが落とす一滴/文化のインストールには時間が掛かる/※識字率の普及には500年は嘘です(実際は100年前後らしい🙇‍♂️)部屋は過去でできている/プールの中で感じる関係性の波/池の波紋の広がり/出来事には因果がある/


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00:07
こんばんは、ほかひびとラジオのTaitoです。
昼間はアート業界で働きながら、夜は下北沢で新聞の編集をしたり、ラジオを撮ったりしています。
昨日ね、なんか別れて、別れたのではない。
すでに別れていたのだったっていうね。何回かタイトルを書き直して出したんですけど。
ちなみにこれはね、1.5倍速で再生する。なんだか2倍速ぐらいで再生するのがちょうどいいかなと思ってるんですけれども。
問題はね、怒ったより前に怒っているっていうことを話したいんですけれども。
人間関係みたいなのはね、ある種亀裂を産んだりとかって、してあれってなるときってあるじゃないですか。
あれ、なんかチューニングが合ってないなみたいな。
で、なんならそれを言語化できないまま、ある種それが噴き出したときには、もうすでに問題は沈黙の中に宿ってるみたいなね。
問題が表出したときには、もうそれはすでに取り返しがつかないものなんだみたいなのもあるなと思っていて。
僕はよくそれを、それっていうかね、なんかそれ的なる、ある種の時差みたいなものをね、波に例えるんですけれども。
昔、昔っつっても3、4年前ぐらいにね、川の近くに住んでいて、東京の東側のね、隅田川の近くに住んでて。
よく、いつもの通り、いつもの通りっていうかね、歩きながら、川沿いを歩きながらね、船を眺めてたんですよ。
館船とか通るんですよね、あの辺。柳橋だったりとかかな。
で、船がぐーって通り過ぎて、自分が川のね、対岸っていうか、川岸から船を眺めてると、
自分の真横にいる船が起こした波っていうのは、うねうねうね、ここね、こっちに近づいてくるまでに時間がかかるんですよね。
で、実際にその波が到達する頃には、岸の方にね、こっちの岸の方に到達するまでには、ある種時間がすごくかかって、
その時には船はもう遠ざかってるみたいなね。
だから、ある、なんかね、星とか、オリオン座の一番端っこの、いわゆる、あの、なんだ、何の星だかわかんないけどオリオン座って、
なんか人間のが矢を打ってるみたいなね、弓を構えてるみたいなやつですよね、確か。
あそこの肩の部分、脇の部分にあたる、あのオリオン座の一番左上の星っていうのは真っ赤なんですけど、
03:05
もうあれはないらしいですよね、わかんない、これをちょっと現地と、あの、あの実際、なんかそんなことを伝え聞いたんですけれども、
だからその光っていうのはね、あの、今遅れて届いてるからまだあることになってるんですけど、
それはもう存在しないみたいなね、まあこういう、なんか、スペースロマンチックみたいなね、今作った造語ですけど、
あの宇宙のロマンみたいなのはね、すごいあるなぁと思うんですけど、
何光年もね、先にあると、光の速度とはいえ、それがこっちに届くまでにはものすごく時間がかかるみたいなね、
これはなんか、まあ一つの時差、波みたいなもので、
あの、まあなんかこう、自己、自分、なんだろうな、性格診断みたいなね、こうあるじゃないですか、なんていうの、診断テストみたいなね、
そういうのもだいたい、あの、直近2ヶ月ぐらいの、自分の、こう、要素をパッケージングして答えたりとかしますよね、
だから別に普段は、あの、全然、なんだろうな、あの、おしゃべりだったりとかするのに、
直近2ヶ月人と会ってないなぁとかってなると、新しい環境に行って人と喋るのは苦手だ、まる、みたいなね、
意外と人間って、その、振り返れないんですよね、長い時間を。
90日、細胞が生まれ変わるっていうのは、僕は何回も言ってますけれども、
まあそういうもんで、だから、ここのとこ調子が悪いなぁとかって思ってるっていうのは、
だいたい、ここ1、2ヶ月なり、2週間、3週間、それぐらいのスパンで、ようやく自分の中の実感として届いてくるみたいなね、
まあ、なんか、筋トレとかするときに、自分で実感できるのは、初めてから3ヶ月後、
人から見ても実感でき、てか、わかるぐらいの変化があるのは、6ヶ月後、みたいなのがあるけど、
そういう時差みたいなのがあるんですよね。
まあだから、この、別れたっていうね、別れるっていうことになったときには、もうすでに別れているっていうのは、取り返しようもないことで、
まあ今日はね、取り返しもないなぁとかって思いながら、出演初日、村上春樹の、あの、なんだ、壁、なんだ、壁と不確かな壁、違うな、不確かな壁とその、みたいな、本をね、あれってなんだっけ、タイトルめっちゃ忘れちゃった。
やつをね、あの、めちゃくちゃ読んでて、あ、やばい、本を忘れてしまった、まあいいや、読んで、あの、ドワーって読んでね、
あの、なんか村上春樹の小説っていうの、ある種、ある種ってことをめっちゃ使っちゃうな、あの、もうすでに取り返しもつかないものっていうね、
突然誰かが、要は女性がいなくなって、猫が逃げて、それを、なんか取り戻すためには、もうすでに、あのとき、もっと悲しんでおくべきだったとかね、いろいろこう、過去の、なんだろうな、
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自分が、表に表示させなかった感情みたいなのことを、無意識の中で辿るみたいなね、そういう、あの物語が多いんですけれども、うーん、そういうのはね、とても切ないですよね、もう分かってはいるけれども、それは取り返しがつかないみたいなね、
まあでも、なんだろうな、ある種その波、みたいなのは、あの、別に何に対しても言えることで、例えば自分が新聞を始めました、みたいなものが、人に届くまでには、当然時間がかかるし、なんか、あ、この人こういうことをやり始めたんだな、とかっていうのは、時間がかかるんですよね。
うーん、誰かがそれを受け取るまでにも、ラジオを始めました、一人語りのラジオを始めましたっていうのを、続けているうちに、あ、この人は、一人でなんかベラベラ喋ってる人なんだなっていうのが、認知されるようになるまでにも時間がかかると。
まあ基本的にはそういうタイムラグの中を生きていて、自分の、なんだろうな、現在っていうのは、ある種幅があるものなんですよね。
なんか偉そうに哲学的なことを語ってるふうですけど、なんか僕はその現在っていうものをそれぐらいの幅で捉えていて、
なんかよく、1両編成の現在と16両編成の現在があるな、とかっていうことを思うんですけど、なんか日々ね、仕事に追われてるみたいなときは、今これをやんなきゃいけないっていうね、
なんか言ってみれば、電車の一つの座席みたいなものを現在と捉えている、みたいな時間軸もあれば、
今週1週間はこんな感じだな、ぐらいな感じで、1両ぐらいのものを現在と捉えてるときもあれば、
ここ1年はこんな感じだったな、とか、ここ5年ぐらいこういう人生だな、みたいな、5年に振り返るわけで、ちょっと割とレベル高いなって感じですけども、
16両編成で捉えるみたいなときもあれば、もっと長く捉えるときもあるみたいな。
アーティストとかはね、それを50年とか100年とかのスパンで考えるわけですよね。
もう、なんか、ヘミニズムとか、LGBTQみたいな、そういうのって、日本とかでは今になってようやく、なんかね、受け入れられたりとかして、受け入れられるっていうね、
当たり前の所有のものとしてなってますけど、そんなの、現代アーティストって言われるよね、
なんか、ジュリー・シカゴとかはもう50年前とかから同じようなこと言ってやって、
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ディナーパーティーっていう作品残したりとか、なんかそういう一つ、社会を変える最初の一滴みたいなのを、もうしばらく前に落としてるんですよね。
それがこう、なんだろう、ビジネスになったりとか、文化としてインストールされるにはものすごく時間がかかるっていう波がありましてね。
うーん、全部そうですよ、文化っていうのは。なんか偉そうだな。
式自立とかね、普及するまでに500年くらいかかってますからね、確か。
そういう波の中で、人間は生きてるんだなぁと思ったりとかすると、なんか、
なんか、過去、今っていうものをね、認知するときにはもうすべて過去の積み重ねだし、
今自分の部屋の中にある、今ね、部屋の中で歩き回りながら喋ってるっていうのは雨だからなんですけれども、
部屋の中にあるものっていうのも全部、どこかで買った、何らかの理由で買ったものたちに囲まれてるわけですよね。
その時にはあの時興味あった本とか、あの時なんかテンション上がって買った割と高めのオリーブオイルとかね、
なんか全然買ったけどつけてないサングラスとかっていうのが家の周りにあるわけ、家の中にあるわけですよね。
そういう現在っていうものを象徴するものっていうのも、すでに過去の積み重ねだって考えると、
何かが伝わるには必ず波のような時差があるっていうのは、なんか自分の中でいつも思ってることであります。
なんか波の話で言うと、僕は水泳をね、泳ぐのが好きだったんですけど、好きっていうかたまーに泳ぎたくなるんですけど、
その時に感じたんですよね。人間の関係、さっきの船の話と似てますけど、
人間の関係っていうのは普通に生きてれば何かしら絶対に交往し合ってるわけで、関係し合ってるわけなんですけど、
普段その普通に生きてると分かりづらいんですよ、そういう影響っていうのは。
でもプールの中にちょぽんってひとたび入ると、なんだろうな、全然ここ先のレーンとかで水中でウォーキングしてるおばちゃんとかの歩く波がこっちに伝わってきて、
ちょっとこうレーンがね、一つ一つ揺れていって揺れていって自分に伝わるんですよね。
前にコトノハノニワのオープニングの波紋が好きみたいな話をしたんですけども、公園で池を見たりとかってするのも好きで、
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なんかあっちの方でちゃぽんって魚が飛び跳ねたりとかすると、その波がふわふわふわふわふわふわふわふわって広がって、
こっちの方に、岸の方に届く時には弱くなってるんですけど、岸に届くとバーって跳ね返って、その岸の形に合わせて拡散してもう一回、
要は池の方向に折り返すみたいなね、なんかそういう波の循環みたいなのがあって、
でそれがいずれ抵抗みたいなものに負けて、また一つの水面の静寂みたいなものを生むんですけれども、
そういえば金沢に鈴木大生の記念館みたいなのがあって、そこでちゃぽんってね急に、
波紋が生まれて綺麗なね、水で敷き詰められた庭にファーって広がっていくみたいなのがあったんですけど、
それもねすごいそういうことを感じさせられましたね。
出来事には因果があるって言えばいいのか、
因果があるっていうことで済ませていいのかわかんないけど、
伝わる、何かが伝わるっていうのは時間がかかると。
だからそういう人間関係の歪みみたいなのも本当に本当に常に一両編成で、
常に一座席分ぐらいの感じで大事に大事に扱っていかないと取りこぼしてしまって、
後になっては取り返しがつかないみたいなことがあるんだなと思ったりした土曜日でした。
ありがとうございました。
14:03

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