00:08
こんばんは、ほかひびとラジオのTaitoです。
えーっと、歩きながらね、喋ってるんですけども、
あのー、まあ、じゅうつなぎでね、いろいろ喋ったりとか、あのー、して、
まあ、とはいえ、要は、連想で広がっていくっていう面白さとね、
全く、えーっと、要はポンポンポンポン広がっていくって面白さと、
あのー、ひとつのものを掘り下げるって面白さってどっちもあるっていうのがあって、
まあ、それはやっぱり、あのー、最初の方に話したんですけども、
あのー、歩行の、歩くっていうことの面白さにも通じるなと思ったんですけど、
まあ、歩きながらこうね、わーって喋ってるときに、
てか、あれはまあ、普段歩いてるときに、あのー、いろんなところ行ったり来たりとかすると、
でもそれは目的がないから、じゃあどこで切り上げるかってなったときに、
もういいやっていう、帰ろう!みたいなタイミングで帰るんですよね。
これは、要は次右曲がってみよう、左曲がってみようみたいなものを、
本当に思い、なんか感じるままに歩いて行ったときに、
それが一直線でどっかに向かってるもんじゃないから、
止めどきっていうのはないんですよ。
これはすごく連想的な、あのー、徘徊的な、巡回的な、
あのー、思考回路だし歩き方だと思うんですけども、
ある意味で、あの遠くに見えてる地平線に向かってずーっと歩いていくみたいな、
まあ一つのものを掘り下げて掘り下げていくっていう、
あの感じというか一つのものに突き進んでいくみたいなもので、
それはゴールっていうものにたどり着いたときに終わりがあったりとかするけど、
そのゴールみたいなものも、
例えば地平線の向こうみたいなものをゴールに描いてたとしたら、
そこには終わりがないと。
なんかこれは千葉雅也が言ってるんですけども、
この連想的なもの、ポンポンポンポン行く、
他のこと他のことっていう考え方と、
一つのものにぐわーっと固執するみたいな、
まあなんかあれみたいなね、
あの好きぞとパラドみたいな言葉も、
まあ昔あったけど、
まあそれみたいな感じであったとしたら、
03:00
それは結局、千葉雅也はそれを連想の方をユーモアって言ってて、
掘り下げていくみたいな方をアイロニーって言ってるんですけど、
ユーモアとアイロニーの先にはどちらもナンセンスに至る道があるみたいな感じをしてて、
連想ばっかりしてても結局物事はまとまらないっていうか、
本当にただ広がっていっちゃうばっかりだから、
どこかで終止符を打たなきゃいけない。
アイロニーばっかりでずっと一つのことを掘り下げて、
なんでなんでとかってやってても、
それをどこかでプッと切り替えて、
まあそれとは関係なくさっていう、
まあ一種の、なんだろう、
なんだ?
まあユーモアに戻る必要がある。
ユーモアだけでも最終的にはダメだし、
アイロニーだけでもダメ。
そのナンセンスっていうものに陥らないような反復運動が大事だみたいなことをね、
勉強の哲学っていう本の中で言ってて、
それなーって思ったんですけども、
まあこれいろんなことに言えるっていうか、
歩くっていうことに関しても、
ふらふらふらふら、行き当てもなく歩いてると、
急にね、もういいやってなるときがあるっていうか、
帰ろうってなるときがあるんですよ。
それは意外と身体勢に基づいているというか、
意外でもないか、
疲れるっていうことの意味だなと思うんですけど、
人間がね、ずっと活動的でいられないのは、
当然睡眠が必要だからで、
身体の限界によって、
よし、やめた。とりあえず今日はおしまいっていうのができると思うんで、
その意味のない切断っていうのが、
非意味的切断みたいなことを千葉さんは言ってて、
切断と接続っていうのが対比で使われている中で、
切り上げるっていうか、浮上してくるというか、
アイロニーからユーモアに移行して、
ユーモアからアイロニーを挟む、移行するっていう、
その反復運動が大事みたいなことを言ってました。
06:02
それは僕もめちゃくちゃわかるなと思って、
それはそれで何を話したかったかっていうと、
歩き疲れたよっていう話なんだけど、
身体っていうものはね、精神の基盤だから、
いっぱいいっぱい考え込んで、
わかんないけど、恋人と喧嘩して、
夜遅くまでずっと話し込んでても、
なんか意外と疲れたとかって言って、
なんか一眠りしたら、
なんかどうでもよくなったりというか、
一旦熱が冷めたりとか、
一旦ご飯だとかって言った時に、
なんか場が変わったりとかする感じってあると思うんですけども、
行き詰まったら、
非意味的切断によって、
今向き合っているものから、
一旦離れてみるっていうのが大事なのかなと思ったりします。
なんか啓発的な物言いになったけども、
啓発ってね、いいよね。
エンライトメントっていう言葉がすごいいいと思って、
啓蒙か。
啓蒙ってエンライトメントって言うんだけど、
火を灯すみたいな意味で、
全く関係ない話になった。
これはユーモアです。
ユーモアっていうのは面白いとかっていう意味じゃなくて、
連想によって話が飛躍していくことみたいなことね。
飛躍といえばみたいな感じで、
どんどん変わっていくことをユーモアで、
それで言うとさ、みたいな感じで、
ずっと話が深掘りされていくことをアイロンに言って、
言うみたいです。
それで言うじゃない?
これもまたアイロンに、ユーモアなんだけど、
この接続詞って面白いなと思ってて、
何か物事を考えるときに、
接続詞を先に決めちゃうんですよ。
例えば、
ブレストじゃないけどアイディアを考えようみたいなときに、
そもそもさ、みたいな、
分かんない、これ接続詞っていうのか分かんないけど、
そもそもさっていうのを言うと、
全部そもそもさ、そもそもさって話が連想していく。
それで言うとさっていうと、
要は本題とは関係なくてもいいですよっていう意味の接続詞なんで、
それで言うとって、
言うとどんどんどんどん話が飛躍していく。
っていうことはつまりって言うと、
話がどんどんどんどん深掘りされていくみたいな。
何人かいる場で話をあっち行ったりこっち行ったり、
動かしたいなと思ったら、
09:01
ちょっと嫌なやつになるかもしれないけど、
それで言うとさとかって言って、
広げる人間になってみたり、
そもそもさとかって言って、
転覆する人になったり、
ってことはつまりさって言って、
深掘りして深掘りして、
もういいわってなるところまでみんなを誘導してあげると、
ちょっと場が乱れて面白くなるかもしれませんね。
僕はそういう話し方をしちゃいます。
反省しちゃいます。
以上です。