没回3
2026-05-11 18:23

没回3


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サマリー

このラジオでは、パーソナリティが久しぶりに歩きながら収録を行っていること、そして最近ラジオ収録に飽きてしまった心境を語っています。以前は習慣化していたラジオも、自分の声を聞き返すことに鬱陶しさを感じ、一時的に離れていました。しかし、歩きながら話すスタイルを復活させたとのことです。 最近の出来事として、山梨への旅行やキャンプ体験について触れています。自然に触れることで、普段使っていない感受性が刺激され、焚き火の奥深さや、海のない町の寿司屋の美味しさなどを体験しました。また、地方の密なコミュニティに触れ、その良さと大変さの両面を感じたようです。都市と地方の人間関係の密度について考察し、どちらの立場にも大変さがあることを指摘しています。 さらに、パーソナリティは思いついたことを文章にし、それをまとめる活動に没頭していることを明かしています。これは執筆活動というより、後で使えるような文脈を整理しておくためのもので、編集やフィールドワークへの関心につながっています。特に、歴史上の人物や出来事を体系化・編集した人々、例えば中国の歴史を編集した人物やメンデレーフの元素周期表の作成に感銘を受け、その編集能力の高さに驚いています。最後に、実家で家族史や地域の歴史を調べる中で、身近な場所にも物語があることを発見し、情報への探求心が刺激されたことを語っています。

ラジオ収録スタイルの変化と飽き
こんばんは、ほかひびとラジオです。
久しぶりの収録ですね。
久々に歩きながら撮ってますね。
歩きながら喋りますみたいな。
立てつけて、最初は始めたけど、
全然やってねえや、それと思って。
なんだかんだで、架線とかあって、人とがすれ違って、
その変形にするのめんどくさいなと思ってたら、
家の中をぐるぐる歩きながら喋るっていうのはね、
実は最近の定番になってたんですけど。
久々に歩いてますね。
もう完全に1ヶ月ぐらいラジオをやるぐらいのとこまではね、
自分の中ではなんとなく習慣になってていい感じだなと思ってたんですけど、
ここ数日間で割と飽きましたね。
飽きたなーっていう。
前回どんな話してたっけと思って、振り返ってポッドキャストを聞くと、
なんか自分の声鬱陶しいなみたいな。
そこに入って、聞いてらんねえみたいな感じで切り替えちゃいましたね。
一旦そのログみたいな感じで見戻すみたいな方向にしようかなと思って、
とりあえずザラザラ歩きながら喋ってるっていうのを復活させたんですけれども、
数日間で割と心変わりするもんだなっていう感じですね。
山梨旅行と地方のコミュニティ
最近は、
オープンマイクみたいな音がどうのこうのみたいな話をして、
で、
なんかノートでもね、
オープンマイクロームみたいなやつをね、
なんかいろいろ書いてみたいとかしたんですよね、そういや。
なんですけども、
その後何してたんだろう。
ここ1週間ぐらい振り返ってますね。
えーと、
山梨に行って、
あとあるキャンプ場なんですけど、
いろいろこう自然に触れて、
なんか自分のいろんな使ってない感受性みたいなのをやっぱり山に行くと感じるなみたいな感じで、
焚き火の仕方とかをね、いろいろ勉強したりとか、
焚き火の仕方を勉強する。
いやただご飯食べただけなんですけども、
なんか、
焚き火って奥深みたいなことをね思ったりとか。
そんな別に取り沙汰するような話でもないんですけど、
山梨行って温泉入ったりとかね、
キャンプしたりとか、
ダラダラ過ごしたりとか。
あとね、
寿司屋さんに行ったんですけどね、
海がない町の寿司屋っていうのはね、
海そのものを再現しようとする欲求がね、
強烈なんでね、
めちゃくちゃうまいっていうことを知りましたね。
いやーでもなんか、
地方に行くとね、
すごい密なコミュニティみたい、
コミュニティっていうかね、
お互いの顔知ってるみたいな、ある人の、
小さい共同体みたいな、
ものをね、目の当たりにするんですけど。
いやー、その濃密な密度が、
いいなーと思う反面大変そうだなーと思うところも、
やっぱり同時にあるっていう感じがしますね。
僕はそういうのがね、
苦手なところも若干あったりとか、
しなくもなくもないみたいなところがあるんでね。
なんかまあ、いいな。
都市と地方でどっちも、
同じように人間関係があって、
その密度みたいなやつは、
人によってまちまちだとは思うけれども、
なんか遠くから見てると、
わりと憧れ的に見えるところでも、
実際中に入ってみると、
大変なところあるんだろうなーみたいなのがね、
どの立場にとってもね、あると思うんでね。
もうちょっと一気にするみたいなことができたりとか、
複数の視点を持てるっていうのはね、
大事なんだろうなーっていうのは思いますけどね。
自然からの学びと食体験
そうそうそう。
まあでも、なんかそんな、
何かあったってわけではなく、
いろいろ考えたって感じでね。
でもね、本当に自然から学べることが多いなーっていうのをね、
それだけ言うとね、なんかちょっと変ですけども、
なんかね、感じるんですよねー。
ちゃんと言語化していきたい感じはしますよねー。
まあ飯うまいって感じることとかもね、結構その筆頭で。
なんかね、魚食べるみたいなね、焼いて食べるみたいな。
そういう、ただのね、バーベキューにしても、
自分の口に入ってくるまでに。
何だろうなー。
いろいろ工程を踏むっていうかね。
塩加減をチェックしたり、火加減をチェックしたりとかして、
まあシンプルなんですけど、
それをのんびり食べるっていうだけでね、
結構、アザースみたいな気持ちになるっていうか、
いや、ちょっと本当おかしなこと言ってんな。
いただきますってことの意味が分かるなーっていう気持ちになるっていう感じがありますよねー。
まあ普通に、なんか前に耳のカラスっていうかね、
年の音響みたいな話をしましたけど、
割と静かなところで静遠してて、
力の強い声で見てるのもね、
まあ気持ちいいなーっていう感じはしますよねー、普通に。
文章作成と編集・フィールドワークへの関心
で、何の話?
あ、そうそうそう。
最近なんか思いついたらね、すぐ文章にして、
割と精度を高めて高めて、
なんか黒道とかと壁打ちしながら文章を作ってて、
あーなんか納得いくなって思ったら、
とりあえず公開するみたいなのをやっててね。
執筆活動というよりはね、
なんとなく後で使えそうな自分にとっての、
意味ありげなコンテキストっていうのをね、
こう、ちゃんとまとめておきたいなーみたいな気持ちでね、
あの文章を作ってるんですけども、
なんか、そうねー、
編集とかをやっていきたいなーとかっていうのを思ってるんですけども、
新聞を作ったりとかね、そういうのも一つ、
っていうかそれの、
主題みたいなところであるんですけども、
なんかこの人たちはこういう生活をしていたよ、みたいな、
あのー民間伝承というかね、
そういう、
なんか民族学的なフィールドワークみたいなのね、
本当は勉強したいんですけどもね、
それを、それ、
もうどきみたいなやつをね、
なんかやっていくのがなんか楽しいなーっていう感じがしていて、
じゃあ、自分たちの活動とか自分の周りにある人たちの、
あのー動きをどうアーカイブしていく、
変算していくかみたいなことを考えるとね、
なんかいろんな、あのー、
個々の東西のね、編集者的な役割というかね、
変算者的な役割をした人のことがすごく気になってね、
必ずしもその雑誌編集っていうとか、
劇図編集とか、
変算とか、
とかに携わったっていう人だけじゃなくて、
いろいろリサーチしてたりとかして、
それもね文章で、
ノートで出したりとかしたんですけども、
結構ね特殊な人たちをリサーチしてね、
うん、
なんか、
しばせんとかね、わかりやすく、
あの、ものすっごい、
あの、
なんだ、
複雑で広大な、
中国っていうものの歴史を、
どういう手腕で編集したのかみたいなことをね、
リサーチしてみたいとかしてね、
まあ年代記みたいな書き方で歴史を書いたりもすれば、
烈伝みたいな書き方で、
だんだん絶伝的な、
人にフォーカスした、
こう、エキトード、
英雄感みたいなものをね、
残したりとかする、
烈伝っていう手法があったりとかね、
なんかその構造自体を作った人っていうのは、
やっぱり面白いなあと思って、
他にもなんか引用語形を、
まとめた人とかもね、
リサーチされてたんですけどね、
ああいう、
当時の中国にとってアカデミックな領域でもあったと思う、
アカデミックっていう言葉もなんか、
あれですけど、
まあまあ、もっと、
人々にとってのね、
なんかリアリティに入ってたと思うんですけど、
ああいう、
引用語形とかね、水明学みたいなやつを組み上げて、
あの一つの、
バルバルのね、
力学とかね、いろんなものがあったものをね、
体系に仕立て上げた人っていうね、
やっぱすごい、ものすごい編集能力でね、
なんかすごいんですよ。
メンデレーフの元素周期表と編集能力
まあ、
当然その、
占いっていう、
なんか東洋的な占いの、
と同時に、
シンプル宗教みたいな価値観も、
中国人のね、
当然ね、
人たちは持ち合わせてるから、
儒教だったりとか、
老僧説だったりとか、
なんだ、儒教かそれ、
まあわかんないけど、
道教とかね、
なんか他のものものがいろいろ、
ある中で、
一つの体系を作るっていうのはね、
交換可能な言葉っていうのを見出しとして付けなきゃいけないんですけどもね、
そういう編集術っていうのはね、
なるほど、すげーって思わせるっていうかね、
寛容なんですよね基本的にそういう、
なんか、
変算する人っていうのはね、
あれもこれも包括しようとする感じがね、
なんかいろんな手腕に出てて、
面白かったですね。
あと、
メンデレーフっていうね、
もうなんか古今東西の編集者的なる人間っていうのをね、
リサーチしてる中で、
メンデレーフが出てくるっていうのはね、
なかなか、
僕的にはね、グッとくるポイントなんですけど、
まあ宗教を発明した人とかをね、
リサーチして、
まあ、
地球上のあらゆる幻想みたいなやつをね、
本当に体系化して、
一つの拡張しても受け入れられるような、
あの構造みたいなのをね、
作り上げたっていう意味ではね、
編集能力だかと思ってびっくりしましたね。
編集能力って言うのかな?
まあ、ここには今は存在してないけど、
この元素が入るだろうみたいなところをね、
やっぱり科学っていう分野なんで、
なんかね、
要は構造から予言するんですよね。
そういうことができるっていうのはね、
本当に、
まあ科学だからできるのかなって感じだけど、
まあ、
例えば自分が作りたい新聞みたいなものが、
新聞でも何でもいいんだけど、
本みたいなのがあったときに、
ここに見出しがあると。
ここには何か書かれるべきだけども、
今は見つかってないから置いておくみたいなね、
ことができて、
後で何かそれが記事になったりとか、
文章になったりとか、
何かその書けたものを埋めるピースとして、
見つけ、
誰かが見つけてくるみたいなことがあったりとか。
いや、これはメンデレーフ的な構造、
編集のやり方をね、
大徳さんのところなのかなという気がしますけどね。
その他のリサーチ対象と実家の歴史探訪
いやー、編集っていう観点でね、
物事を見ると結構面白いですねっていうのは、
ちょっと前までハマってましたね。
あと誰調べたかな、
マクルーハンとか、
フンボルトっていう、
何か自然の体型を、
自然の体型?
まあ、植生とか、
動物とか、
植生…
これだけ、
自分でわーって書いたつもりでいて、
内容を全然覚えてないというのはやばいですね。
すてげえなと思ったっていうので、
フンボルトあたりはね、
ちょっともう飽き始めましたね。
こういうもんじゃないと思うんですけどね。
リサーチっていうのは。
最近、実家に帰ったらね、
結構、
家をうるうらないものっていうことを知ってて、
何かもう本当に、
どこでもあったりすることが多いなと思うんですけど。
それでね、いろいろとつの歴史とかね、
家族史みたいなもんね。
結構振り返って、
古い、
書物を漁ったりとか、
実家を整理して、
残らされてた文章を読んだりとか、
何か、
その土地の歴史みたいなのが割と詳細に書かれてる。
行政が出した本とかをね、
いろいろ読み漁っててね。
あーなるほどと。
ここ、
この家ができて、
何か、
自分がたまに帰るみたいなところには、
こういう物語があったんだなーっていうのを、
割とね、
考えさせられたりとかして。
転がってるね、情報っていうのはね、
本当にそこらじゅうにあると思うんですけど、
意外と、
何か本腰入れて調べたことなかったなーみたいなやつはね、
何かグッと興味持つと、
結構視界が開けるなーっていう感じはしますね。
最近の活動とまとめ
何かダラダラ中傷的なことを話してますけども、
ちょっと久々のラジオで、
あー来てきたというのと同時に、
あー最近こんなこと考えて、いろいろ考えてるけども、
まあ喋るつより、
何か、
テキストに書き出して、
コンテキスト貯めてみたいなことやってる方が、
ちょっと面白くて、いろいろ興味を打ちながら、
いろいろ書いてたのと、
何か、
ずーっとね、東京にいたんで、
しばらく地方、山梨と静岡なんですけど、
静岡をずっと、
しばらく滞在して、
いろいろ感じるところがありましたってことですねー。
今回はこんな感じです。
ありがとうございます。
18:23

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