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自分じゃなくていい
2026-04-25 10:01

自分じゃなくていい

#生成AI #自分
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サマリー

Taitoは、新聞編集作業で自身がボトルネックになっていることに気づき、AIの活用や「自分じゃなくてもいい」という考え方の重要性を語ります。AIは文章作成や情報整理を効率化し、コアな判断以外はAIに任せることで、より多くのプロジェクトを並行して進められるようになります。また、友人とのラジオ制作においても、形式にとらわれず、本当に共有したいと思った時にだけコンテンツを作成するという柔軟なアプローチを提案し、自身の時間や能力を最大限に活用していくことの重要性を強調しています。

新聞編集作業とAI活用の始まり
こんにちは、ほかひびとラジオのTaitoです。
下北沢拠点に新聞を作ったり、ラジオを撮ったりしていますっていうことでね、
新聞が割と過剰に入っていてね、
次の満月、5月2日に出すんですけれども、
その編集作業みたいなデザインみたいなやつを、
なんか僕がね、ボトルネックで温まってる部分ってやつを、
昨日の夜中にブワーッてやって、
もうディスコードで作業してるんですけど、チーム内は。
もうめちゃくちゃメンションしまくって、夜中に。
できました、できました、できました、
明日確認してくださいみたいな感じで送って、
今日デザインのあの人がね、作業してくれてるんですけれども、
いやー、なんかもう自分で考えるとダメですね、本当に。
いやー、もうなんか、最近もうAIにハマってて、
っていうのはもうずっと言ってて、
で、もうこれ考えといてとか、
もうウェブサイトとか作ったりとか色々してるんですけど、別件でね。
けど、なんだろうな、コアの部分っていうか、
判断みたいな部分は、当然自分で行っていくとはいえ、
その判断すらも、なんだろうな、
過去の自分だったらどう判断するかみたいなやつを
目重なっていったりとかしたら、
ある程度は投げれるなって思って、
やっぱ強く最近思うのは、
自分じゃなくてもいいっていうこと。
自分じゃなくてもいいことは自分じゃなくてもいいっていうのをね、
もう完全にトトロ人なんですけれども、思っていて、
AIによる効率化と文章作成
なんだろうな、だからもう文章とかに関しても、
まあ、なんだろう、本当に平行処理ができるからやっぱりAIって、
いろいろタブを開きながら、
このプロジェクトのこれやって、
あのプロジェクトのこれやって、
別のプロジェクトのあれやって、
なんとなくノートに思いついたこと、記事書いて、
記事溜まってったからこれマガジンにしようみたいな感じで
まとめたりとかっていうのを色々してるんですけれども、
なんかね、もともと僕文章書くの結構好きで、
自分で文章書いてるんですけど、
なんかやっぱ自分が書きたいと思う文章だったり、
日記みたいなものと手紙みたいなものと、
なんか概念をまとめておきたいとかって、
なんかやっぱ全然別の本質があるから、
文章だからといって一律になんか文章が好き、
文章書きたい人だからといって一律に自分が文章書く必要もないなと思って、
なんか割とバーって考え事したやつを、
マークダウンにしたやつを、
これ結構有用だな、情報だなって、
情報だなと思うやつに関しては、
普通にAIで完全にポンって出してやってるんですけど、
ここに自分の個性っていうか、
自分が書いたという事実だけを持って個性とするみたいなのも、
めちゃくちゃ便宜的っていうか、
普通に嘘だなと思って、
自分の作品でもないし、
ていうかそもそも自分から出たものって自分のものじゃないっていう、
感覚でいるんですよね。
作品と自己の分離、そして新聞制作への応用
だからもう、
何だろうな、
なんか友達がAIから、
違うな、
自分の色んな様子とかを飲み込んだAIが、
自分の死後に、
社会的な評価を得た時に、
自分は喜べるのかみたいなことを言ってて、
それそもそも、
作品物が自分のものだっていう、
感覚から来てるんだなと思って、
別に否定するわけじゃないけど、
自分から外に出たものと自分って、
本当は関係ないよなっていうのを勝手に思ったりとかして、
思いましたね。
死んだら骨だと。
なんかすごい嫌味ったらしい回収方法しちゃったんですけれども、
それは申し訳ないなと思いつつ。
でもね、
全部そうで自分の、
何だろうな、新聞に関しても、
最終、
最終自分はもう本当に、
何だろうな、
寄稿者みたいな感じで、
1ページこういうテーマで、
こういう思惑でテーマを考えましたみたいな、
やつだけをやって、
あとはもう、
他の人から上がってきたもので作るとか、
寄稿だけでないとせよみたいな方法にしたいな、
と思ってますね。
頑張ることへの価値観の変化と本質の追求
時間がないっていうか、
何て言うんだろうな、
やりたいことがいっぱいあるっていうのもあるし、
何だろうな、
頑張って作るみたいなことに対する、
頑張るみたいなことに対する価値って、
すごい落ちてるなと思って。
それこそ、
前の会社とかで、
資料とか頑張って作ってるたりとかもしたんですけど、
そこには、
僕頑張ったんですみたいなものを、
資料に乗っけてる感みたいなのもあって、
それはそれで大事なんですけど、
何だろうな、
ある種の戦術として、
けど、
うーん、みたいな。
頑張ったことを別に評価されなくてもいいな、
みたいなことを思ったりとかしてね。
だからといってババッと作って、
早さみたいなものだけで評価するみたいなのも違うんですけど、
要は内容っていうか本質っていうか、
必要かどうかみたいなところが、
何だろうな、
バチッと届くかどうかみたいなのが大事だなと思ったりとかして、
ラジオ制作における形式の見直し
それとは別件で、
今、自分じゃなくていいことは自分じゃなくていいっていうことを話したんですけど、
友達と一緒にラジオを撮ってて、
アレビトラジオって別のラジオなんですけど、
それをマイク立ててちゃんと撮ってるんですけど、
結構編集が大変だな、みたいな。
って思ったときに、
昨日思いついて、
友達と一緒にやってる響きっていうね、
相方に電話しようと思ったんですけど、
ラジオの形変えたほうが良い、
もっと軽くしたほうが良くね、みたいな話を電話しようと思ったら、
今電話できる?って夜中の12時ぐらいに連絡したら、
返信が来なかったんですよ。
2分ぐらい経って、
いや1分ぐらい経って。
うわーって思って、
忙しいのかと思って。
夜中の12時に1分待って忙しいって判断する自分もどうかと思うんですけど、
これ話したいと思って、
スタンドFMでね、
それこそこのラジオで限定公開のリンクを作って、
話したいことを送ったんですよ。
要するに、
これまでマイク立ててやってたやつって、
ちょっと面倒くさいからやらなくて良くねっていうのと、
コンテンツにする作品にするみたいな意味でラジオを撮ってたけど、
そのラジオを撮るっていうのを決めてるが故に、
今週話したいことあるけど話せねえなとか、
割と思いついたことあって話したいとかってなっても、
我慢させられるみたいなのがあって、
これ面倒くせえと思って。
今後、
彼とは一緒にラジオやってるっていうのもそうだし、
最近山梨の方に半移住してて、
NPOを一緒にやっていこうみたいなので、
自分ももっとゴリゴリ今度からコミッチするねみたいな話をしてて、
その辺の打ち合わせをしたいけども、
ラジオっていうコンテンツを撮ってるっていうのはね、
逆に足枷になるんじゃない?と思って。
普段話せなくなるぐらいだったら、
ラジオを今までの形でやめて、
思いついたことを今後もしやるときは、
二人で話しててこれおもろいなと思って、
誰かにもこれ共有したいと思ったときだけ、
ラジオを撮ったりとかして、
限定リンクで聞かせたい人に聞かせるみたいな、
本当に留守番電話のちょっと不特定多数番みたいなものって、
捉えたほうが本質的なんじゃない?っていうことを思ったりとかして、
めちゃめちゃあれですけど、
ツールとしての自己活用とマインドセット
要は使いようだなと思ったりとかして、
自分自身もある種ツールだって考えたら、
本当にあれですけど、かなりラディカルですけど、
自分の時間とか自分の体とか、
可動域みたいなものをどう使うかっていうのは、
今後重要になってくるなと思ったりとかして、
AIだったりとか一緒に製作をするみたいなのの中で、
どれだけ自分の時間を減らしていけるかっていうか、
自分じゃなくてもいいもの、
基本自分じゃなくていいって思うマインドセットっていうのは、
着々と育ってきたみたいな感じがあって、楽しいですね。
そんな感じです。ありがとうございます。
10:01

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