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2026-02-08 55:49

夜鷹な雑。映画『プラダを着た悪魔』が面白くて何度も観てしまう理由5選と伝えているメッセージ

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《雑談のおしながき》

0:00〜

オケージョンってさぁ


3:00〜

映画『プラダを着た悪魔』が面白くて何度も観てしまう理由5選と伝えているメッセージ


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00:00
こんばんは。
こんばんは。こんばんは、勘介です。
あの、オケージョン。
オケージョンってさ、何?って。
何?って思ったんだけど。
オケージョンというね、まあ言葉があって。
最近はね、なんかこのオケージョンというワードは、
例えばなんかああいうファッションとかね、
ああいうところでは割と耳にするという言葉らしくてさ。
オケージョンってなんか聞いたことあるんだけど、
普段の生活において、俺は一度たりともね、使ったことがさ、
まあないんだよね。
で、まあそのオケージョンに合わせて服をね、決めていくとか、
この服であればオケージョンの場においてはね、
着ていけるんじゃないかとか、
まあそんなようなね、感じで使われるんだけど、
あのオケージョンというのは、
今こういう風にファッション界で使われているものは、
例えば卒業式であるとか、入学式であるとか、
まあなんか、何?面談?
とかね、ああいう時に着ていけるような服を紹介するときに、
まあそういうオケージョンに合わせてみたいなね、
そういう風にね、使うらしいんだよね。
だからまあちょっとフォーマルっていうね、
言葉と混同されがちではあるんだけど、
まあまあ、近いね、言葉ではあるんだよね。
でもちゃんとした意味としてはオケージョンというのは、
まあ割とそういうような、卒業式とかそういう感じなんだけど、
フォーマルになるとその格式っていうね、
ものが出てきたりするから、
よりもう一段階、何ていうの、上に当たるというのかな、
まあそういうものがね、あったりするんだよね。
でもまあ最近ね、このオケージョンという言葉にして、
まあ使わないなって思った。
結局やっぱりさ、言葉っていろいろね、
いっぱいあるんだけど、俺が知らない言葉もいっぱいあるんだけど、
結局その使う言葉、使わない言葉、
また教えられたんだけど忘れてしまう言葉っていうものがあってね、
案外なんか自分自身もこうやって飽きずにね、
毎日配信してたりすると、結局自分のその言葉って、
03:02
だいたいそのワードとしては決まってくるなっていうね、
そんな感じがあったりするね。
まあこれが多いとそのボキャブラリーがあるっていう風にね、
言われたりするんだけど、
まあそれでもね、どうなのっていうものがあるんだけど。
ということで、こんばんは。
今日はね、プラダを着た悪魔、みかわ。
2がね、始まるということで、
2、3日前にね、プラダの2、プラダを着た悪魔の2の予告編みたいなね、
ものが公開されたんだけど、世界中でだと思うんだけどね、
すでにもう2億再生以上されているということで、
まあかなりね、注目を集めている映画だったりするんだよね。
で、プラダの2は5月の1日かな、
日本とアメリカはもう同時上映されるということで、
まあ楽しみだね。
ただ俺は映画館に行けないからね、
まあ家で見れるようになるまで待つんだけど。
でも最近、映画の公開と同じ日にね、
サブスク系のアップルじゃなくてディズニーだったかな、
それで公開するみたいだね。
で、まあそれはチケット制みたいだね。
映画を見るようにチケットを買って見るというものだったりするんだけど、
ああいう感じのものはすげえオラランクがすると助かるんだよね。
だからもしそういう家で、そういうチケット制で見れるのであれば、
もうまあ先に見たい。
そんなね、映画だったりしますね。
で、まあこの映画ももう何回見たかというのがあるんだけど、
いわゆるこういうアメリカの映画でもう何回も見たということで言うと、
トップガンとプラザを着た悪魔とダイハードとバーディングインフェルノと、
あと昔にさかなぶるとダイダッサウとかも結構何回も見てたりするな。
あと何があるかな、他にもあったような気がするんだけど、
まあ本画であるのね。
あのホイチョイ映画はもう何十回も見てるっていうものがあるんだけど、
06:00
まあそれほどやっぱり俺はこのプラザを着た悪魔がもうちょっと大好きすぎて、
今日も思い出したように見たりしたんだよね。
最初どうしようかなと思って字幕で見ようかなと思ったりしたの。
今までは字幕で見たら2回3回ぐらいで、
あとはもうだいたい吹き替えでばっかり見たりするんだよね。
まあやっぱり吹き替えの方が楽だからっていうものもあるし、
集中して見れるからっていうものもあるんだけど、
でも吹き替えだとやっぱりね、セリフの微妙なニュアンスが結構違ってたりするんだよね。
だから本当は字幕版の方がよりそのセリフの温度感であるとかね、
また実際その本人たちの生の声なわけだから、
やっぱり字幕版の方が本当はいいなと思うんだよね。
だからもう一回どこかで字幕版を見たいなって思ってたりするんだけど。
今までこの映画を見て自分自身頭の中を整理して、
何でこの映画が好きなのかとかね、何が面白いのかとか、何を描いているのかとかね、
そういう整理をしたことがあんまりなかったなっていうのはあったのね。
発信する場所がないっていうものもあるからさ。
だから今日はちょっとこの映画の話をしたいなと思って、
どういうところがこの映画の面白さは何か、何をメッセージとして描いているのかっていうね、
そんな話をしたいなと思うんだけど。
まずこの映画はね、2006年に公開された映画ですね。
で、制作費が3500万ドル。
一体いくらなんでしょう?3500万ドルって言うといくら?計算して。
そんなに予算としてはかけられていないような感じがあるのよ。
タイタミックとかね、ああいうものに比べたらっていうのはあるんだけど。
で、これを監督したのがデビッド・フランケルという監督で、現在66歳。
今までに監督した代表的な作品で言うと、
見たような見たないような素晴らしきから人生2016年とかあるんだなあ。
09:04
でもプラダを着た悪魔ぐらいしか見てないなあ、この人の監督。
で、プラダを着た悪魔2、これもこの監督がね、またやるということで、
それもすげえいいなあっていうね、ものがあるね。
で、主演がメリッド・ストリーブ、アン・ハサウェイ。
この2人がメインとなって、それ以外にもね、
サンリー・トゥイッチとか、サイモン・ベイカーとか、エミリー・ブランドとかね、出てたりするんだけど。
この面々が2でもね、全く年を感じさせないで出てくるということがすごい。
で、これさ、いきなりね、ちょっと年齢の話になるんだけど、
この最初のプラダを着た悪魔、この当時の、一応この劇中での年齢というものがね、設定としてあるんだけど、
それで言うと、メリッド・ストリーブが演じたミランダ、彼女は50代後半。
で、アン・ハサウェイ演じたアンリー、彼女は22から23歳。
で、実年齢もね、当時彼女はまだ23歳だったという。
で、エミリー・ブランド、先輩にあたるようなね、彼女。
彼女は20代半ばから後半という設定で、あとはもうハゲ頭のね、人。
ナイジェル・スタンリー・トゥイッチ、彼は40代後半から50代くらいというね、そんなような年代の設定なんだよね。
で、今回プラダを着たアテマーのツー、これが今のところ言われてるのが、あれから約20年経ったね。
そういう形で描いてたりするから、例えばメリッド・ストリーブが演じたミランダで言うと、
70代後半、台詞は80というね、年齢の設定になるし、
アンハセなんかで言うと、まあ42、3か、それくらいなんだね。
で、あのゴーズ頭のナイジェル、彼で言うとまあ60代くらいというね、役所を演じるんだよね。
だから一番の驚きは、あのメリッド・ストリーブが一番の驚き。
で、当時彼女は57歳だったりするから、現在77とか8くらいか。
まあ約80手前というね、ものではあるんだけど、予告編見るとさ、もう全く変わってないよね。
それがすごいなーっていうのもあるし、
12:04
あれだけ20年経っても、それぞれのキャラクター、演じている人たちの様子が変わっていないっていうね、
これもツールがもうヒットするだろうなっていう、そのものがね、なんか活躍されている一つの、
なんていうの、ものでもあるよなって感じるんだよ。
よくさ、まあ何年か後を描きましたとかね、歌の世界でもさ、
じゃあ俺が見ていたアイドルがね、20年後30年後に出て、いきなりじいちゃんとかばあちゃんになってたりしたらさ、
ちょっとなーみたいなものがあるように、ちょっと温度がね、下がるんだよね。
なんか見ている側の体温が下がるというのかな、そういうものがあるんだけど、
ツールの予告編を見る限りはさ、もう全然そういう、鬼みたいなね、ものがもう一切ないっていうね、
そこがもうとんでもないわっていうね、ものがあります。
で結局、なんで俺この映画にそんなに惹かれるのかなっていう風に思うと、
えーとね、1、2、3、4、5、6ぐらい、まあ大体あるんだよね。
まず一つ目がね、映画としてのパッケージング、これが本当にね、よくできている。
まあこの映画の中で描かれているのはさ、仕事、恋愛、プライド、そしてファッション。
まあこの4つの軸が大体こう、メインとしてね、描かれていたりするんだけど、
あのー、まあよくこの仕事と恋愛を描いたような映画って、もう無造無造にあるでしょ。
まあ日本のドラマにもあるんだけど、でその中でそのプライドを持っているようなキャラクターも、
まあよくいたりはするんだけど、でもこの映画、もう一度こう見直してみるとね、
そのプライド、あるでしょ、プライドとプライドの戦いでもあるっていう。
このメリリュー・ストリープとアンハサエのそれぞれがやっぱりプライドがすごくある人同士なんだよね。
だからクシキもまあ映画のね、後半の方で、あなたは私に似ているっていうね、
ああいうセリフが出るのも、やっぱりこのプライドの高い同士がね、
ああいう一つの職場で、まあ上司であり部下でありってね、
そういう設定になってたりするから、このね、前文の虎後文の狼的なプライドのぶつかり合いというものがね、
案外ありそうでなかったというね、そういうものがあったりするんだね。
でそれに加えて、このファッション、まあもちろんプラが起きた悪魔だからね、
15:04
まあファッションがさ、ストーリーの真ん中にはあるんだけど、
でもああいうその一つ一つのね、ファッションの見せ方が短いね、コマ。
あのなんかニューヨークを歩くシーンであるとか、なんか飯を食べてるシーンとかパーティーに行くシーンとかね、
全部衣装が違うわけだよ。
あれだけ全身において、ファッションを違ったものに着こなす、着替える、
あれはね、あの、かくれい主役だよ、やっぱり。
このファッション、あの衣装というものはね、このね、演出がもうほんとに最高すぎた。
うん。でそのパッケージングということで言うと、
要はこの仕事恋愛プライドファッション、この4つがどれも、
一つたりとてないがしぶにされていない、破綻していないっていうね、この構成力なんだよね。
まあ大体これを見た人は、まあそれぞれメリディストリープのプライドの高さとか、
仕事への厳しさとかね、その仕事の取り組み方を教わるとか、
そういうものがね、よく語られたりするんだけど、
うーん、俺はむしろ、あの調理人の彼の恋愛部分、
あそこをよくあれだけのそんなに尺が取れない間にね、
まあ2人のその恋の、なんていうの、グラフみたいなものが、
ちゃんとこう最初は盛り上がるようなものがあって、
で仕事にね注意していって盛り下がって、でまたエンディングに向けて上がっていくっていうね。
何気にこの2人の恋愛模様を、そんなに描く尺って多分ないんだよ。
ないんだけど、しっかりこのね、2人の恋愛の関係性、心の動きみたいなね、
そういうものをあの短い尺の中でよく表現したなっていうものがあるんだよね。
これだけね4つぐらいの大きな柱があったりすると、
どっかしらなんか手つかずというか、
いやもうちょいここ掘ってほしいのにっていうことってめちゃくちゃあるんだよ。
例えばあの、この前回に話したあやのほたちが出ていた愚か者の身分化、
あれなんかいうと、山本瑞季だっけ、
あの彼女が、まあその男をね、出会い系で誘って騙していくというものがあるんだけど、
でもあんまりその、描ききれていないというね、ものがあって、
18:00
ちょっと撮ってつけた感みたいなね、ものがやっぱりあるんだよ。
だから映画ってどうしても様々なシーンを撮ってるんだけど、
やっぱり2時間にまとめたいとかね、そういうものがあるから、
まあカットしてカットして、ああいうね尺に、でまたカットする部分もね多い。
だから多分この映画もまあ同様なカットされてというものがあるんだけど、
それをもしてあれだけのまとめ方をね、したこのね、
パッケージングの巧みさっていうものがね、ものすごいあるんだなって思った。
だからそのまあトータルとしてのね、この構成、これがもう何度見ても飽きさせないというね、ものにある。
でまたそれぞれ細かい部分でさ、何回も見るときにね、
ああこのシーンが好きだなっていうものもあるんだけども、
でも様々なああいうファッションの着こなしであるとか、つけてる小物であるとかね、
またメリル・ストリープのそのセリフの、なんかちょっとウィットに飛んだ感じとかね、
ああいうものが見るたびに毎回こう、何かしらこう発見があるっていうね、
そこもね、やっぱりこのファッションという服であるとか、アクセサリーとかね、まあ靴であるとか、
ああいうものにこだわっているからこその毎回発見があるっていうね、
そういうものも含めてやっぱりこのパッケージングがね、素晴らしい。
で二つ目はね、単なる作説ストーリーに終わらないということがあるね。
これはストーリーのその良さがある。
まあやっぱり稲田井大学生で、大学でなんか新聞をね、書いていて、
まあああいうその物書きとしてはちょっと自信がね、
あの彼女が何故か知らないけど、ああいうファッション雑誌にね、
まあ面接の機会を得る。
で、やっぱり今まではそのラモエか、あの雑誌が大好きな人とかね、
まあこのメリル・ストリープのことを尊敬している人たちが働きに来るっていうさ、
ものがね、憧れてあるんだけど、
でも彼女はメリル・ストリープのそのどれぐらいその人のね、
この界隈での力があるかっていうのも知らないし、
またファッションにも全くね、興味がないっていう。
で、ああいう彼女がそのファッションのね、世界に入っていく。
で、彼女がどんどんどんどん成長していくんだけど、
なんか最終的なゴールで言うと、割とその成功ストーリーをね、
まあ描くよなっていう、そのアメリカ映画にありがちなさ、
まあ最後はね、割と青春の旅立ちはないんだけど、
21:03
とかね、メル・ギブソンじゃなくて、
あの人のプラダを着た悪魔じゃなくて、
もう出てこないショークの人を買って、
結ばれていく、金持ちと結ばれていくとかね、
ああいうものって全部はさ、もうハッピーストーリーで終わるわけじゃん。
だから、このプラダの悪魔をずっと見てたりすると、
まあそういう成功を最後にね、思い浮かべる人が大半だと思うんだよね。
で、もうその最後まで単なるサクセスストーリーでは終わらせない。
で、また今回見直してみると、
あの最後のさ、アンハサウェイとメディール・ストリープが街でね、
彼女が車に乗り、アンハサウェイが外から手を振るみたいなシーンになるんだけど、
やっぱり今見直すと、2に続くようなね、
あそこには伏線がやっぱりあるなっていう描き方をしてるよね。
だから多分この当時のこの監督も、もう2を作るんだっていうね、
そういうものをイメージしながら、ああいうその終わらせ方というのかな、
をしたんじゃないかなと思えるほどに、
あるエンディングがさ、2に繋がっていくっていうね、感じがあったりして、
この単なるサクセスストーリーで終わらせないこのひねりがね、
もうたまらんっていうものがあるね。
で3つ目がね、アンハサウェイとメディル・ストリープ、
あとその周りにいるスタニー・トゥイッチもそうだし、
エミリー・ブランドもそうなんだけど、まあ全員が美しいというさ、
特にアンハサウェイはどうするっていうものがある。
思い返してみると、俺アンハサウェイを多分初めて知ったのもこの映画だし、
これでもう一気に一番好きな女優として、今でもずっと好きっていうことでもあるからさ、
いや、あのアンハサウェイはもうとんでもないね。
まあその様々にね、最初は田舎にね、どっかの地方の大学生みたいなさ、
デニムにね、なんかわけの分からないコートみたいなの着てさ、
カバンもさ、そこら辺のサラリーマンのおっさんが持つようなね、
ああいうカバンでさ、いきなり面接に行ってさ、
そりゃあファッション業界であんなカバン持ってる人なんかむしろいないわって、
一瞬のあってむしろエモーショナルだわみたいなさ、
24:03
そういうことかもしれないけどもね。
だからああいうそのいなたい感じの彼女がどんどんどんどんその業界に入って、
こうセースというのかな、ああいうものが磨かれていき美しくなっていく。
で、それと合わせるかのように、あのアンハサウェイという彼女自身もさ、
本当にね、もう自から綺麗になっていくっていうね、そういうものがあったりしてね、
このアンハサウェイのこの映画の中での成長もありながら、
彼女自身のその中身のね、彼女としての成長も描いているっていうね、
これがもうたまらなくいいわ。
だからよく見てるとアンハサウェイって最初はちょっとぽっちゃりしてるんだよ。
でもいろんな服を着こなすようになっていくとね、やっぱり体がシェイプされていくんだよね。
どんな服を着てもいやー似合うわみたいな。
そういうね、まあ体になっていくっていう、もうこれがね、たまらん。
マジでたまらん。
もう一つアンハサウェイで言うと、パリコレかなんかに行ってさ、
憧れのサッカーの人と外でキスをするシーンがあるんだよね。
あのシーンが俺はね、相当エロいなと思って。
なんか別途シーン以上に、あの二人のあのやりとりがすさまじくエロいんだよね。
だからあのシーンはもう何回見ても同じ感想しか出てこない。
いやこのアンハサウェイはすげえエロいなと思って。
大体なんか別途シーンでさ、ああいうふうに愛し合ってるみたいなね。
ああいうシーンにこそなんか感濃美みたいなさ、ものとかね、そういうものを感じるんだけど、
あのキスのシーンが本当にね、エロい。
あれでまたプラスね、10点加点されました。僕の中では。
で4つ目がね、ある種その日本文化にも根付いている師匠と弟子文化。
そういうまあ日本人の大好物であるようなね、設定があるからさ、
もう師匠のね、いわゆるメリデューストリートにはもう一切口答えができませんみたいな。
あなたの言うことが全て正しいんですみたいなね。
そういうその師匠弟子文化みたいなものを描いているっていうところも、
やっぱりまあもちろん世界中でね、この映画が楽しまれてはいるんだけど、
27:02
特になんか日本人からするとね、もう昔からあるこの師匠と弟子の絶対的なこのヒエラルキ文化というのかな。
で、師匠の背中を見てね、技を盗めっていうね、そういうものがこの映画の中にもあったりしてね。
だから彼女はああいうサロナンマーがさ、メリデューストリートがああいうイケマーの目を向くようなね、
ファッション業界の中でどれだけ厳しい戦いをしているのかとかね、
プライドを持ってそのファッションというものに取り組んでいるのかとかね。
そういうものを全て、あの彼女がこうしなさい、ああしなさいじゃなくて、
彼女の姿を見てあのハサゲは覚えていく、成長していくっていうね。
このね、師匠と弟子というね、こういうところもね、やっぱりなかなか日本人が好きなね、
あの見せ方というのかな、そういうものがあるよなと思った。
で5つ目はね、これが最終的にはプラダを着た悪魔というタイトルにもね、
回収されていくんだけど、やっぱりそのファッションイコールキレイっていうね、
そういう幻想とのギャップだよね。
で、なんかファッションって言うとさ、まあ色々ね、今は、
ああいう例えばなんかファッションのドキュメンタリーとかね、
デザイナーの人もいろいろ発信するから、
まあそのファッションのね厳しさとか、
まあそこの中での人間模様みたいなものが共有されてたりはするんだけど、
まだこの2006年あたりって、ある意味ああいうそのファッションの業界って、
ちょっとブラックボックス的なものがあったりしたんだよね。
まあもちろんそのファッション界外にいる人は、
あの人間のね、ドロドロした像であるとかね、
妬みであったか、ああいうものがむしろ一般のね、
社会よりもあるっていうものはさ、自覚してる人が多いんだけど、
でも片側で見るとさ、やっぱりファッション業界っていうとものすごい華やかでね、
やっぱりなんだかんだ言って、ああいう美しい人は、
みんな心も綺麗なんだみたいなさ、そういうものがあるじゃん。
だからああいうファッション業界っていうのは、ものすごくそのクリーンな世界であるとかね、
まあその憧れとなるような、まあ様々なことにおいて美を追求していくっていうね、
そういうものがね、あるというか、まああったんだよね。
でも実際はああいうふうにもうなかなかプライドがね、高い同士であるとか、
30:03
誰かが足を引っ張るとかね、でたびみたいなものもあればさ、
そういうそのある種人間の美を通しての欲望というものが渦巻いている世界だったよね。
これを描いたというところがもう最大にして、もう最高に面白いポイントだなって思った。
俺は今回見ててこの5つが、この映画が面白いっていうふうに思うのと、
まあ自分自身がね、この映画がものすごく好きだっていうね、
まあ要因がこの5つぐらいに俺はあったなって思ったなあ。
特に俺好きなのが、あの一番最初のシーンだね。
アーハサユリがさ、もうわけのわかんないアクリルのさ、
もうGUとかで売ってそうなね、セーターを着てきて、でそのベルトをね、選ぶシーンがあるんだよ。
私にはその2本のベルトが同じに見えますって言った時に、
メルリューストリープが、まあそのファッションの歴史からね、話すっていうシーンがあるんだよ。
こういうことがあって、コレクションでこういうね、ブルーというものが生まれて、
でめぐりめぐってあなたが着ているそのブルーのセーターっていうものも、
こういう歴史を経てあなたの手元に届いているのよっていうね、
まあそういうシーンがあるんだけど、もう痺れるね。
めちゃくちゃに痺れる。
あそこにこそやっぱりファッションにこだわる人たちの魂というのかな、
そういうものがもうギューってね、凝縮されているっていう感じがすごいする。
そのなんか見た目でとかね、まあ冒頭のシーンでいろいろ何気にさ、
岡田斗司夫もこのプラダを着た悪魔すげえ好きなんだよ。
で、前にこれを解説しているものをちょっと見たことがあって、
岡田斗司夫は割と冒頭のオープニングで、
ファッションAIのランウェイで勤めている人たちのモーニングのルーティンがね、
あそこがもう引き込まれるみたいなさ、話をしてたりした。
で、結局まあ人は見た目であるみたいなね、そういうことに帰結するようなさ、
まあ紹介をしてたりしたんだけど、まあそれももちろんあるんだけど、
でも俺は特にメリリー・ストリートとかね、
あのボーズ・アットマンの人とかね、あとエミリー・ブラウトとかね、
ああいう彼女たちのそのファッションの、ああいう業界の中にいて、
まあプライドももちろんそうなんだけども、
本当にそのファッションというものを、ある種のその信仰心にも似た思いでね、
33:07
日々ああいうところで仕事をしているっていう、
そのところにね、俺はもうちょっとすげえ惹かれるんだよね。
一人一人が本当にファッションというものが、
まあ言ってしまうと自分が生きている生活の中で一番最優先にあるっていうね、
そこをねファッションの高みを求めているというね、
そこを描いていることに、いやもうかっこいいわっていうね、
ものがね、あったりするんだね。
だからね、まあこの映画は面白いし、
最終的にこの映画ってどういうメッセージがね、込められているかっていうと、
俺はね、全てにおいて自分で決めるんだよっていうことをね、
言ってるんだと思うんだよ。
一番最初のアン・ハスウェイがね、
まあ一年間はああいうもうね、メリル・ストリートのさ悪魔のようなね、
人の下でとにかく一年間だけは頑張ってみるっていう、
あれもやっぱり彼女自身が決めたことでもあるでしょ。
途中でその、エミリー・ブラントに代わって、
あなたが第一秘書としてね、まあパリに一緒に行くのよっていう時も、
いや先輩を差し置いてとかね、
このエミリー・ブラントがめちゃくちゃ楽しみにしてたりしたのを知ってるからね、
悩むわけだよね、本当に私がどうこうしていいのかしらっていう。
でも行こうって決めるのもやっぱり彼女の決断だし、
でまあ最後、もうストーリーはね、多くの人が知ってるから、
まあ最後、あのガンウェイというさ、ものを辞めていき、
メリデュー・ストリートの元を離れていく。
あれもやっぱり彼女の決断なんだよね。
だからこの映画の中では、まあ何事であってもね、
自分でその決断し決め、前に進むんだっていうね。
全ての選択はあなたに全て委ねられているっていうね。
そういうことをね、この映画では描いていたりするんだろうなって思っていた。
まあ様々な、その仕事や人生のシーンでね、
こう嫌なことでも自分で決めなければいけないっていうことがあるんだけど、
でもなかなか人ってさ、こう決めきれない、流されてしまうとかね、
また外圧的なものでさ、自分が望まない道に進むとかさ、
そういうことがあるんだけど、
36:01
でもあなたの人生は、あなたが全て決めていいのよっていうね、
そういうことでもあるんだよね。
そのメッセージをね、俺はこの映画を見て感じたりした。
あとはね、まあいくつかね、
この中でガンハースは色んな服を着るんだけども、
一番好きな服があって、
服というか、トータルとしての感じで言うと、
キャスケットを被っているシーンがいくつかあるんだよ。
白いコートを着てね、グレーのキャスケットを被ったりとか、
あと白シャツに黒もちょっと胸元が開くようなセーターを着て、
確か下パンツだったと思うんだけど、
ちょっとチェック柄のキャスケットを被っている。
このキャスケットを被っているガンハーサンがもうピタイチで好き。
まあ色んなね、黒いローレスを着たりとか、
ああいう彼女に似合う服。
また最初にさ、あの坊主頭の人がさ、
こういう風にね、服をコーディネートしてくれて、
いきなり全部ね、ハイブランドで登場する。
まああのスタイルもいいんだけども、
でも俺はね、このキャスケットを被っているガンハーサンがとにかくもう、
死ぬほど可愛い。
死ぬほど好き。
なんか安い言葉だな。死ぬほど好きとかね。
キモいわ。
でもこのね、俺はキャスケットが、
いやーガンハーサンはすげー似合うなーっていう。
だから、あのファッションのシーンってさ、
瞬間的にパッパッパッパッパって出てきたりするんだけど、
でもあのキャスケットを被っているシーンだけ、
俺はもうストップモーションのようにさ、目が止まるんだよね。
ハッてさせられるっていう。
そういう感じがね、あったりするんだよね。
もう最高にね、いい映画だよ。ほんとに。
で、2に関してはね、まあ色々考察が上がってきたりするんだけど、
うーん、まあなんと話ね、そうかなっていうものもあったりしたね。
うーん、まあでも、それはね、ちょっと楽しみにしたいなーっていう。
あと結構、そのクラウド・ワキマーで、
えーと、よく言われるのが、あのラストシーンだよね。
まあファサウェイが、突然その、
まあメリル・ストリープからの電話をね、
4、6時中受けなければいけない。
その携帯を、えーと、噴水だったかな。
まあ投げて捨てる。
で、そこからメリル・ストリープの元を離れていくっていうね。
で、最後、彼女は新聞社に面接に行くんだね。
39:02
で、そこでまた、いいね、セリフがあるんだよ。
まあこれはね、ぜひ見てほしい。
あのセリフは、
あー、最後のメリル・ストリープからの、
彼女への贈り物というようなね、セリフがあるんだけど、
ここはね、ぜひ見てほしい。
で、まあ本当のね、最後のシーンで、
まあ彼女がその、メリル・ストリープの元を離れて、面接に行って、その帰り。
そこで、まあ、彼女がさ、車に乗ろうとしているところにたまたま、あの、出会うんだよね。
で、アンハストレイは、彼女にこう、微笑みながらね、手を振る。
でも、メリル・ストリープの方は、もちろん気づいているんだよ。
気づいているんだけど、気づかないフリをしながら車に乗り込む。
で、車のシーンになって、笑顔になるんだよ。
で、あそこの意味が何なのかっていうね、まあそういう色々考察があったりするんだけど、
俺はあの最後のメリル・ストリープのああいう笑顔になったっていうのは、
ああ、まあ一つは、ああいう風に、ファッションのね、業界にいて厳しさを知って、
あれだけ華やかでね、普段今までね、自分が出会えなかった人たちとも出会える。
もちろん収入もあるだろうし、その生活のね、なんかレベルみたいなものも、
あまり華やかな世界になっていった。
でもそれを捨ててっていうね、ものがあったときに、
そこにメリル・ストリープ自身は、生計の念があったんだろうなって思うの。
でも結局彼女からすると、アンハサエは似てるからさ、
私も多分彼女と同じ年齢だったりしたら、ああいう選択をしたんじゃないかしらっていう、
そのあまりにも似た思いというのかな、そういうものが湧いて出てきたから、
だから最後ね、メリル・ストリープは笑顔になったというね、ものがさ、あるんじゃないかなって思ったりしたな。
まあそんなものまで含めてね、プラダを着た、もう最高に面白いわ。
本当にもう何十回見ても飽きない。
あとあれが好きだな、あの坊主赤羽の人ね、名前がすぐ出てこないっていうのがあるんだけど。
最初さ、アンハサエがラムネに入ってきた時にね、
あの坊主赤羽の人がさ、アンハサエからお願いされてコーデをする時に、
42:00
サイズはということで6号って言うんだよ。
うちには6号の服なんてないからっていうね、そういうやりとりがあるんだけど、
彼女が本格的にあの出版社に慣れていって、
食事のシーンだったかな、パーティーのシーンだったかな。
あの坊主赤羽の人がサイズを6っていう風に呼びかけるシーンがあるんだね。
そうするとアンハサエが4号っていうシーンがあるんだけど、
このやりとりがなんかね、すげえ好きなんでね。
このセリフにも彼女の成長であるとかね、冒頭にも話した。
実際にファミリーがそれだけシェイプしていったというさ、
ものがね、まあ単なるこの記号だよね。
6号とか4号っていう服のサイズで表しているっていうことがね、
ものすごく行けたなと思って、もう大好きだね。
あのセリフの一つだったりしたね。
だからね、まあもうすぐでしょ。
5月って言ったら結構もうすぐ来るからさ、
まあその2に向けてまたこのフラが起きた悪魔を見直す人が多いと思うんだけど、
まあ人それぞれにね、この映画が好きだとか、
まあもちろん見たことがないっていう人もね、いたりすると思うんだけども、
結構ね、一番最初に、
まあ一番最初にっていう確率も少ないからあれなんだけど、
いわゆる仕事と恋愛もののね、映画とかドラマがある中でも、
これだけまあコンパクトでものすごく、
一つのなんか描けるようなね、そういうものもなく描かれているという意味では、
まずこのフラが起きた悪魔を見て、でそれから様々にね、
その仕事と恋愛を描いているようなドラマだとか映画を見ると、
割とこれが一番ベースになるようなさ、基本の基礎になるようなね、
そういう映画ではないかなって思うんだよね。
で、まあ何度も見てる人で言うと、
やっぱりね、一つ一つのその彼女の着こなすファッションであるとか、
アクセサリーであるとか、靴であるとかね、
むしろそういうところに注目してみると、
うーん、なんかこの映画の中の衣装の人とかね、
もちろん監督もそうなんだけど、
どれほどこの服選びに時間をかけて、熱量をかけていたのかっていうのが、
45:00
ほんの一瞬のシーンだってもう楽しめるっていうね、
ものがね、あるんだよね。
だからね、今一度このファッションをね、
一つ一つこう見て楽しんでいくっていうね、
そういう見方をしてもいいんじゃないかなって思う。
まあその若い世代の子たちが、
まあその仕事の取り組み方でっていうものがあるんだけど、
まあなかなか現代においてはね、
ああいうその時間関係なくさ、夜でも夜中でもね、
呼び出されるとかね、
家に帰ってまでも、
なんか彼女のメディル・ストリープの家に本を持っていくとかね、
衣装を持っていくとかね、
ああいうことを夜遅くまでしなければいけないっていうね、
ああいうことって、
まあ現代においてはさ、もうできないわけだよね。
就業時が決まってたりするわけだから、
だからある意味前時代的なね、
その仕事のああいう描き方ではあるんだけど、
でも本当にその仕事をしたい人とかね、
上を目指したいとかね、
そういう人にとっては、
なんかそういう規則みたいなものにね、
がんじがらめにされずに、
ああいうまあ言ってしまうと、
寝ないでね、仕事をするであるとか、
上司が求めるものをね、
何も疑わずに提供していくとかね、
ああいうものっていうのは、
むしろ若い時じゃないとできないっていうことでもあるんだよ。
もう年くってくると、
いや何言ってんだこの人は、
この人に言ってることってちょっとね、
理論的でもないし、
まあ単なるパオハラじゃねえかみたいな、
そういう感じでね、
聞く耳にも持てなくなるっていう状況があるから、
むしろあれっていうのは、
その経験がないとかね、
無知である、
そういう若い時代だからこそできる、
時間でもあるんだよね。
だから、
本当に俺はその上を目指したいとかね、
やりがいを求めたいとかね、
そういう人であれば、
別に修行不足なんかさ、
守んなくたってね、
いいんだよ、
そう思う。
だから俺ね、
最近すげえ思うのが、
最近例えばね、
見ているYouTuberの人でさ、
まあ一人はこの間、
ああいう風にパリコレに行ってね、
日本人のモデルで、
あそこに果敢に挑戦していった。
でも全滅してしまう。
でも、
日本にいたらさ、
もうとんでもないモデルだと思うんだよ。
もうスタイルもいいしね、
顔もいいしね、
どんな服でも着こなせるよなっていう。
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でも本場パリに行くと、
あそこに来てないっていうね、
挫折を感じるんだよね。
でも、その彼がまたすぐにね、
動画を上げていて、
実際ああいう場に行ってみてね、
いろんなことは勉強になった。
やらなければいけないことがね、
わかった。
で、また秋か、
にあるさ、
コレクションに向けて、
もう今から、何なら今日からね、
準備していくっていう、
まあそんな動画を上げてたりしたの。
で、もう一人の人は、
世界中、
いろんなね、
有名レストランであるとか、
自分がかつてお世話になったお店に、
もう一回こう行って、
そこで1ヶ月間ぐらい働くとかね、
食べ歩くとかね、
レシピを教えてもらうとかね、
そういうものを動画に上げてる人がいるの。
で、
その彼は、
多分世界中そういう風に歩き回って、
もう修行なんだよね、
彼にとってはね、
自分が、
ああ、
そういう仕事をやっていく上で、
何が必要かっていうのを、
うーん、
見極めたりとかね、
またこう、覚える、体験するっていう、
ことで、
あの年だから、
逆にこう世界中をね、
渡り歩いて、
さまざまな料理を食べたり、
さまざまな、まあ、何、
調理人の人たちと、
一緒に仕事をしてみてね、
そういう人もいれば、
あのー、
車椅子に乗っているね、
女性がいるんだよ。
で、
割とその人昔から見てたりして、
まあ、ゲームとかね、
ああいう話をよくしてる人がいるんだけど、
なかなか難病なんだよね。
最初、俺が見たときは割と元気だったりしたけど、
だんだんだんだん、
その病気が進行していってしまって、
もうちょっと目も見えない、
耳も聞こえづらい、
まあ、全く見えないということではないんだけども、
で、まあ、車椅子生活だったりするんだよね。
でも、その彼女が一人で、
えーと、今どこだったかな、
タイだったかな、
まあ、どっか、
一人で旅行して、
まあ、ライブ配信みたいなね、
ものを上げたり、
動画を上げたりしてるんだよね。
で、それがやっぱりすごいなと思って、
うーん、あの、
健康であってもさ、
自分で旅行行くのって、
なかなかやっぱり、
生き合いがいるじゃん。
でも、その彼女の場合は、
歩けないんだよ、車椅子なんだよ。
で、しかも、体調が悪くなると、
視力も落ちていく、耳も聞こえなくなる。
そんな状態でも一人でね、
そういう風に海外に行って、
まあ、自分で行きたいところに行くっていうね、
ことをやってたりするんだよね。
やっぱりなんか、
そういう人たちを見てるとさ、
あのー、
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そういう人を応援したいよなって思うんだよ。
思うし、
まあ、こういう人たちができてるのであれば、
まあ、自分も何かできるんじゃないかとかね、
そういう思いにもなってくるしね。
つまり、こう、影響されるっていうさ、
ものがあるんだよね。
だから、まあやっぱりやるやつはやるし、
やらないやつはやらない。
で、今ってなんか妙にさ、
心が病んでるとかね、
なんかいろんなものを理由にして、
働かないであるとか、
人との接触を減らすであるとか、
付き合いをなくすであるとかね、
いや、メンタルがやられちゃってどうだこうだとかね、
そういうものに溢れてたりするんだけど、
あのー、
俺に関しては、
もうそういう人は、
もうちょっといいなって、
思ってたりするところがある。
であれば、そういうふうに動いてる人、
行動している人、やってる人とかね、
そういう人を、まあ、応援するとかさ、
いい影響を受けるとかね、
そういうものにね、
もう満たされていきたいなっていう感じが、
すごいある。
ちょっとあまりにもね、
そのー、心が病むとかね、
弱っているとかね、
そういうものが、
割とネットなんか、
ちょうついてたりすると、
多いからさ、
なかなかそういうものにこう、
引きずられるみたいなね、
ところがあったりするんだけど、
でも一方ではさ、
もう明らかに前を向いて、
進んでいる人たちがいるわけだよ。
で、リアルな、
社会なんかで言うと、
もうみんなそういうね、
いろんなものを背負いながらさ、
仕事をしたりね、
子育てをしたりね、
している人たちがいるわけだよね。
であれば、
なんか俺はそういう人たちの、
なんて言うの、
応援というほど応援ができるか、
っていうものはあるんだけど、
でもそういう人たちに、
どうせなら影響をされたいなっていうね、
思うに、
ちょっと変わってきてたりする。
だからちょっとそういうふうに、
心が弱っているとかね、
疲弊している人は、
まあいくらでも、
その手を差し伸べてくれる人はさ、
世の中いっぱいいるからね。
ただ、
そういう手を差し伸べてくれる人の中には、
もう明らかに、
その人を利用してっていう人も、
すげえ多かったりするんだよね。
だからそこは、
こういう人を簡単に信じてはいけないとかね、
ちゃんと見極めなければいけないとかね、
そういうものがあったりはするからね。
ただ自分自身はそういうふうに、
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弱っている人たちを何か引き上げたいとか、
そこに共感するであるとかね、
寄り添うであるとか、
そういうことではなくて、
俺は何か前を進んでいる人、
そういう人に寄り添いたいというのかな、
応援したいというのかな、
そういうものがあるね。
それもあるでしょ、
このプラザの悪魔をね、
このタイミングで見てさ、
結局映画の中で言われている、
自分の人生だから自分で決めるんだよっていうね、
そういうものがあったりしたから、
俺の人生も別にそんなにね、
50年も100年もある人生ではないからね、
そんなに残されていない時間だとするのであれば、
じゃあどういう人たちに影響されたりね、
また自分が影響させたりとかね、
そういうものを考えたときに、
何かね、前を向いて歩いている人、
そういう人をね、
こう応援したいなって、
ということで、
今日はなんだなんだで、
プラザの北端まで終わってしまったな、
ぜひ見てください。
えーと、
アマプラだったかな、
俺が見たら、
うん、見れるので、
ぜひね、見てください。
おすすめはやっぱり自分で見た方がいいと思う。
ということで、
今日はこれでお休みなさい。
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コメント

マニラから、おはようございます。ドン前田です。マニラに来て1週間経ちましたが、風邪が治らなくてジムは休んでます。さて、プラダを来た悪魔の話が出ましたが、当時はプラダが流行ってましたね。私は、黒いナイロンみたいな素材の旅行用のバックや妻がジャケットを持ってました。私も2〜3回観たかな?最近、テレビ画面が65型と大きくなり、映画館まで行かなくても待てば観れるから良いですよね。何回も観た映画で言えば、寅さんシリーズかなぁ?映画館では絶対に字幕版ですが、自宅だと色々やりながらだから吹き替え版が多いです。Netflixのお勧め映画やドラマがあったら教えてくださいね。

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