1. 邦楽ぬ。《夜鷹なオトナの音楽談話》
  2. 夜鷹な雑。ドラマ『不毛地帯』..
2026-03-19 1:02:39

夜鷹な雑。ドラマ『不毛地帯』を観終えて今の思い。そして、何でAmazonの置き配反対側に置くのってこと

1 Comment

《雑談のおしながき》

0:00〜

何で、Amazonの置き配反対に置くの


5:00〜

ドラマ『不毛地帯』を観ました


11:00〜

テレビ各局のドラマづくりの違い


23:00〜

ドラマで描くということは暴挙である


30:00〜

大人の存在感とは


41:00〜

根底にある共通言語

山下達郎『蒼氓』

https://youtu.be/lWWmEmyXsAQ?si=X9ImJbTQd6mmsqU5


54:00〜

不毛地帯の不毛は何を示しているのか


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感想

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00:01
こんばんは、こんばんは、こんばんは。
勘介です。
置き配は、反対側に置くの。
Amazonの置き配ってさ、
本当に忍びのように置いていくからさ、わからないんだよね。
だから、アレクサとかさ、ああいうものがあると、
一応なんか、置き配、配達、今日配達しますとかさ、
配達されましたとかさ、一応アナウンスをしてくれるから、
それで置き配が届いたっていうのを知るんだよね。
それを聞き逃したりすると、
家にいるんだけども、1時間も2時間もね、
荷物が3日先に置かれたままみたいなね、
そういうことがあるから、
一応Amazonの荷物が届く日というのは、
気をつけて、なるべくチェックするようにはしてるんで、
今日もさ、荷物が配達されましたっていう風にアナウンスされて、
玄関を開けると、ないんだよね、荷物が。
で、いつもだと玄関を開けて、
その開けたすぐ足元に大体置いてあるんだけど、
いや、届いてないじゃん。
反対側を見たら、
いわゆる町番町津貝。
あっち側の方なんだね。
あっち側に荷物が置いてあって、
いや、これはわざと反対側に置いてるんですかみたいなものがあるんだけど、
あれがたまにあるんだよね。
10回に1回、10回に1回は大げさだな。
今までには2、3回ぐらいあったりして、
大体開けたら足元にあるわけじゃん。
でも、その扉が開かない、反対側に空いて置いてあるっていうのは、
何の影響があるんだろうなと思って。
一応その気配だから、
玄関を開けるときの邪魔にならないようにという心配りなのか、
03:05
単純に扉が開く側が反対だと思ったのか、
もしくは、今日も荷物がいっぱいあるからね、
もうイライラしちゃってほんのり嫌がらせしちゃうかということで反対側に置いてあるのかわからないけどさ。
あれがすげえ謎なんだよな。
推察するに、俺はあんまり配達に慣れていない人、
アマゾンの配達を始めて間もない人とかがやってるから、
置き場所が今一つわかっていないというのかな。
むしろ親切心から入り口に入るときに邪魔にならないようにということで、
反対側にというね。
そういう感じなのかなって思ったんですが、
あまり置き場所が、家にいない人が外から入ってきたときにっていうね、
そういうものが共通認識としてあるからさ。
だから反対側なのかなって。
思ったんでね。
しました。
小さい男だよ。
こんなさ、玄関の空いた先に置くとか反対側に置かれたからどうだろうなくてさ。
いや、すげえ小さいなと思って。
あまりにもね、自分の小ささが塩塩のパー状態です。
ここ2,3日、3日くらいかけて寝止めに踏み落ちた泥がね。
それを見てたりしたの。
全19羽あるから、なかなか一日、
何かしながらとか、夜寝る前にとか、相変わらずトイレで見てたりしたんだけど、
これがまあ面白いね。
あの原作は柳崎豊子さんが1973年から78年までね、
サンデー毎日に連載されていた小説。
それを元にね、ドラマ化したもので、今までにもね、何回かあるんだね。
えーと、映画漫画で言うと1976年に東宝で映画化されて、主演が流井達也、山形勲、北王子、桐山、そうそうたる面々だね。
06:04
で、次が1979年に毎日放送制作でTBS系列でドラマ。
これはね、平見喜次郎、山本陽子、池上錦子、中村敦夫とかね、和歌山富桜とかね。
この時は主役で生き正しい、これを平見喜次郎がやってたりしたんだ。
で、そこから月日は2009年、富士テレビでね、開局50周年ドラマということで制作されましたね。
文化庁芸術祭参加作品、キャッチコピーはむき出しの人間たち。
良いと思うけどこのキャッチコピーはどうなんだろう、お礼はあってないんじゃないかなって思うけどな。
むき出しの人間たちという感じは全くないな。
で、主役がね、唐沢俊明。
そして、小雪、和久井恵美、遠藤圭一とかね。
ギバちゃんとか出てるんだけど。
久しぶりに見たっていうのがね、原田よしお。
もうね、原田よしお大好きだったりしたからさ。
久しぶりに原田よしおのね、青年のね、あの元気な姿を見て。
原田よしおって、2011年に亡くなってるんだね、71歳。
何で亡くなったの、肺炎か。
2011年だから、この不毛地帯、これが放送されたのは2009年だから放送されて、2年後に亡くなってしまってたりしたんだね。
原田よしおは、一つは声がね、松田裕作にも似た低音の声と、
あと俺ね、原田よしおで印象的なのが、田村雅一のドラマだった。
田村雅一じゃないかな。
なんかホスト役をやっているね、あのドラマがあったりしたの、原田よしおが。
で、あのホスト役が、何ていうの、俺が当時イメージするような一般的なホストではないんだよね。
何ていうの、大人の演じ気味があるホストというのかな。
09:04
ちょっと俺の頭の中に当時あったホスト像とは違う、そういうキャラクターを演じてたりして、
それがすごい子供ながらに違和感があって妙に記憶に残るというね。
そんなものがあったりしたんだけど、原田よしおを久しぶりに見ると、
いや、どこまで行ってもやっぱりかっこいいなっていうね、ものだった。
で、不毛地帯というドラマは、第二次世界大戦中のシベリア、
ヨクリューか、あそこで11年間ヨクリューされていた日本兵の中に、
辛澤利明とかね、いたりしたんだね。
で、戦争があって日本に戻ってきて、原田よしおが経営する商社に入社するんだね。
で、原田よしおが経営している商社というのは、いわゆる財閥系ではないからね。
なかなかそんなに力もあるわけでもない、資金力もあるわけでもないっていうね。
そういうものを、生き正しというね、主人公を辛澤利明が演じるんだけど、
彼がシベリア、ヨクリューから帰ってきて、そこに就職して、
で、どんどんどんどん様々なビジネスを、難関を越え、いろんな人たち、ライバルみたいなね、
商社があるんだけど、そこと戦いながら、何て言うんだろうな、
成り上がっていくというのかな、ある意味花鳥島工作的なね、
ああいうものがあるドラマなんだけど、
面白いのは面白いんだよ。もう3日間で全19話あるから、
1日6話7話ぐらい見るわけじゃん。
東海では見てなくて1.5倍で全部見てたりしたんだけど、
まずね、最初に思うのは、思ったのは、第1話目あたりを見てて思ったのは、
富士テレビなんだなっていうことをまず最初に思ったりした。
ものすごく重たいテーマをね、特に冒頭あたりなんか描いてたりするんだけど、
やっぱりNHKのレンドラーであるとか、例えばドラマのTBSとかね、
12:00
ああいうところが制作するものと、やっぱり富士テレビが作るというのか、
富士テレビ用にということになると、やっぱりちょっとね、軽いんだね。
軽く感じるの。重量感がないというのかな。
すげえ重々しいシーンで、過酷なシーンではあるんだけど、
その予算がどうこうとかね、そういうものではなくて、
根本的にそれぞれのテレビ局が持つドラマ作りのノウハウの継承というのかな、
そういうものがあってね、やっぱりドラマはやっぱりカラーがあるよね。
日テレのカラー、TBSのカラー、富士テレビのカラー、テレ朝のカラーって、
それぞれにあって、俺ね、一番自分に合わないのが、
いまだにそれは変わらないんだけど、もう昔からさ、
テレ朝のドラマが本当に肌に合わないんだよね。
どんなに視聴率がいいとか、どんなに面白いって言ったとしても、
テレ朝のドラマってなんか羽ばらないものがある。
テレ朝のドラマはね、やっぱり俺のイメージは、
2時間サスペンスものみたいなものがあって、
割と気軽にライト層に向けた奥様たちに向けたというか、
おば様たちに向けたというか、そういう系のドラマが多いんだよね。
だから、あまりテレ朝のドラマって、どれを見ても深みがないんだよね。
その代わり、ライトにつけられているから、さらっと楽しめるっていうね。
割とそういう系の感じがあるんだよね。
だからまさに白い巨頭さ、テレ朝で、
V6の岡田かん、彼がやったりしたものがあるんだけど、
破格に、やっぱりあの白い巨頭の重厚感とかね、
もうみじんもないんだよね。
だからテレ朝が作るとそんな感じがあるし、
日テレはね、どっちかに振り切る感じがある。
ものすごいシリアスに振り切るか、ものすごく笑いに振り切るかっていう、
その振り幅がね、日テレのドラマはすごいあるっていう、
そんな印象がある。
だから、両方に振り切ってるから、
中途半端なものがない分だけ、
逆にそのテレ朝を楽しんでいるようなライト層は、
逆になんか日テレのドラマにはハマりにくいみたいな、
そういうものがある。
でもハマった時は日テレのドラマが面白いものがいっぱいある。
15:01
で、TBSはもう昔からドラマのTBSだから、
いわゆるお茶の間ドラマというのかな。
人間模様系のドラマを描かせたらもう機械中みたいな。
だからどうかちょっとわからないんだけど、
俺の印象としてはTBSであんまり刑事ドラマとかで、
ああいうものって少ないんじゃないかな。
あんまり印象がないんだよな。
トニーとマツ、あれのフジテレビ、日テレ、
ちょっと忘れたけどTBSではなかったりしたっけ。
だから割とTBSはもう昔から、
お茶の間で家族で楽しめるようなホームドラマ的なものがね、
やっぱりうまいんだよね。
だからすげえ、舞台はそんなに別に広げないでね。
ムー一族とかさ、テダルチカンダロイとみたいなね、
あそこら辺から続くような、舞台は小さいんだけど、
そこでの人間模様というか、
ああいうドラマを作らせたらもう機械中みたいな。
そういうものがあるね。
フジテレビはもう本当に、
今は変わっているのかどうか分からないけど、
やっぱり基本ターゲットは若い人向けで、
ライトに楽しめる、もうトレンディーの、
あの感じをまだ未だに引きずっている、そんな感じがあるね。
だからものすごく、
深みというよりはキャッチーさがあるというのが特徴だったりするんだね。
NHKは視聴率だというものにこだわらないと言われるんだけど、
視聴率にこだわってはいるからね、あれなんだけど、
やっぱりスポンサーがないんだけ、
自局でものすごいテーマ性を持って作れるという、
そのチャレンジなドラマ、
そういうものが多い。
そういうチャレンジした結果、
あんまり民放にあるようなスポンサーを頷かせるようなね、
出演人というのかな、今売れている俳優陣とかね、話題のとかね、
そういうキャスティングではなくて、
ある意味これからとかね、まだ日の目を浴びてないようなね、
そういうようなキャスティングで、割と演技の実力重視みたいな、
そういう選び方とかね、ドラマ作りをするから、
18:00
ものすごいキャッチーさとかね、目を引くというものがないんだけど、
でも良質なドラマが多いのが、
NHK、まあまあそんな感じがあるんで、
だからこのフジテレビでの部門自体も、
俺はそんなフジテレビのやっぱり軽さというのかな、
ないとさみたいなものを、用心用心に感じながら見た。
だからこれはもしね、TBSとかで作ってたり、NHKあたりで作ってたりしたら、
いやもっと重厚なものになったな、という感じはすごいある。
ただまあそういう重厚な重さみたいなものを差し引いたとしても、
価格に面白かったりした。本当にね、もう最高に面白いね。
やっぱり、なんていうの、こういうビジネス系はさ、
あのおっさんとかはもう、ダメだよね。やられてしまうよね。
俺やっぱりドラマはさ、こういうビジネス系のものって、
まあその、なんだっけ、ハンザワランキーとかね、ああいうものも、
そうだしまだTBSやってるようなさ、日曜劇場でやるようなね、
ああいうビジネス系のものっていうのはもう価格に大好きなんだね。
だからもうこういう、勝者者であるとかさ、株がどうしたとかさ、
ああいうもののドラマはまあ、なんていうの、日本ドラマだけに限らず、
まあ韓国ドラマでもいいし、洋画的なものでもいいんだけど、
こういうちょっとビジネス系のものは、とにかくもう大好物すぎるっていうね、
ものがあるんだよね。
でもこういうドラマってさ、やっぱりなんか今回の不毛地帯見てても思うんだけど、
映画みたいな尺2時間とか3時間、それで描き切るにはあまりにもやっぱりね、
ストーリーを描き切れないというものがあるから、やっぱりこういうビジネス系のものはさ、
ドラマでじゃあ10はあります、20はありますみたいな、
そういうものじゃないと、やっぱり描き切れないものが随所にあるんよなっていうことも思う。
例えばこれがまあ映画になったとして、まあ一番最初のやつは映画だったりするから、
まあ逆にどういうふうになっているのかなっていうことで興味持ったりはしたんだけど、
やっぱりドラマじゃないとというものがあるな、だから半沢南京あたりもさ、
あれもやっぱり映画になったりしたらちょっと淡白でね、なかなか満足させられないというか、
21:04
妙にその映画の場合は盛り上がるシーンというものを短いスパンで持っていかなければならないみたいなものがあるからね、
そこに至るまでっていうのが、やっぱりビジネス系のドラマって成功するとか負けるにしろ、
そこに行くまでとかそこにたどり着くまでのそのストーリーが面白いんだよね。
今回の不毛地帯漫画でいうと一番最初は戦闘機の開発に伴うような話だったりとか、
石油を発掘してとかね、自動車産業を動向するとかね、
ああいうものって要所要所ライバルとなるような勝者との戦いではあるんだけど、
やっぱりその戦っているシーン、最後のその成功だ失敗だっていうのは、
あえて言っちゃうともう一瞬で終わるからさ、
あの戦っているシーンとか大変なシーンをどれだけ描けるかっていうものがあるんだね。
そうした時に映画で2時間くらいの尺になってしまうと、
そこに登場する人物像みたいなものも描ききれないだろうし、
その成功だ失敗だに行くまでのストーリーというものもかなりコンパクトにしなければいけないというね、
縛りが出てきてしまうから、
だからこういうビジネス系っていうのは映画とかそういうものには向かないんだろうなみたいなものがあるね。
で、次に思うのは、
ドラマの話というよりもその周辺の話になってしまうんだけど、
今ハパって見ている冬の春の中、
一方ではドラマの世界にはそういうドラマがあって、
こういう不毛地帯みたいな壮大なスケールを描いたドラマもあったりするんだよね。
で、これってそもそも比べることがおかしいんだろうなっていう風には思うんだけど、
自分の中ではどっちが好きでどっちが面白いとかね、
そういう明確なものはあるんだよね。
だからこういうエンタメと言われるドラマであれ、映画であれ、小説であれさ、
人間の一生の中にはさ、もうこういうものには描ききれないことの方が圧倒的に多いわけでしょ。
でもこういうエンタメで何か表現するって言ったときは、
あるその一部しか切り取れないし、その一部にしかスポットを当てられないっていうものがあるからね。
24:00
そのスポットの当て方でさ、どういう映画になるのかどういうドラマになるのかっていうのが、
こんなにも天と地のような差があるんだなっていうことも思うんだよね。
このエンタメにおける映画やドラマが表現できるものの、
ある種の限界ということでもね、あるなーっていうことをつくづく思うんだよね。
だから仮に俺の一生を描いたとしても、
じゃあ俺のどこを切り取るか、またどこのアングルからスポットを当てるかによって、
全然話が違うわけでしょ。
でもそういう決めをしないと、描けないわけだよね。
だからやっぱりそこにはこういう何か、
エンタメとして様々なものを制作していくときの、
ある種の限界っていうものを思うんだよね。
やっぱりその人それぞれの人生は常に360度のアングルがあって、
その人の感情とかその周りにいた人たちの感情とか思いとかって、
やっぱり全てを描き切るということはできないから、
やっぱりどっかしらにアングルを決めて、
見せないとダメなんだっていうね。
そうしたときに、なんか綺麗にも表現できるし、ものすごく汚くも表現できるし、
本当のその人の本位じゃないものをアングルを変えただけで、
違う捉わり方をして描くということもできるわけでしょ。
だからそれって監督であれ、脚本家であれ、
その人の好きなようにアングルを決めてストーリー作りができてしまうというね。
ある種そういう傍聴でもあるんじゃないかなって思ったりした。
だからあれなんだろうね、例えばさ、
昔のね、こういう仮想の人であればまだいいんだけど、
実際にさ、生きてた人をドラマ化するとかってあるわけでしょ。
NHKのタイヤとかさ。
ああいうときって、やっぱりまだ生きてる人をドラマにするっていうのは難しいんだよね。
要はその人がまだ生きてるから、その人は毎日毎日360度のアングルで
27:04
いろんな思いを巡らせながら生きているわけだよ。
でもその生きている人をモチーフにしてこういうドラマや映画にしたときって、
どっか傾ったスポットで切り取らないと表現できないから、
それって本当にその人の何十分の一なのか何千分の一なのか、
そういうものでしかないっていう。
で、その何千分の一か何万分の一か、切り取ったものが表現されて、
それでその人の印象が決められていくっていうものがあるからさ。
だから現存して生きている人をドラマにする、映画にするっていうことっていうのは、
やっぱり作り手側の儲けでしかないっていう感じがあるよね。
その監督や脚本家の人が生きている人を勝手にいいように改編して描くわけでしょ。
ただ亡くなった人であればさ、もちろんその人の歴史や史実みたいなものを基にして描くとは思うんだけど、
でもやっぱりそういう亡くなった人を語り継ぐとか、実際に知っているっていう人がいないから、
ある意味その作り手側の想像の中で、いくらでも好きなようにアングルを決めて描けるっていう、
そういう意味では傍聴ではなくて、むしろロマンなのか夢なのか、そういうものがあるよなって思う。
だからあんまり生きている人を描くっていうのを、こういうエンタメの中ではあんまりしないっていうのはね、
そういうことがあるのかなと思ったりするね。
だから劇団ひとりがたけしの映画を作ったりとかさ、ああいうものもあるんだけど、
やっぱり何か降り落ちないものがあったりしたいもんね。
楽しめるのは楽しめるんだけど、でもまだBとたけしは生きているわけだし、
Bとたけしは日々いろんな考えを発信しているわけだから、
ああいう映画としてね、ひとつのアングルから決められたBとたけし像みたいなものを、
今生きている人で固定化して描いてしまうっていうのは、やっぱりちょっと傍聴に似たものがあるんだろうな。
このドラマというものはさ、本当に面白いよね。
その切り取り方、どこにスポットを当てるか、それによって全く表現する世界観、内容というものがこんなにも違うというね。
30:08
それがやっぱりこういうドラマや映画、アニメとかもそうなんだろうね、小説とかね、
そういう面白さもあるんだろうなっていうことを思ったな。
あとはやっぱり今のプラスラインの情けなさというのかな、
そういう世界を知らないからっていうことだけなのかもしれないんだけど、
やっぱりこの日本のためにとかね、戦後復興の中で日本をより豊かにしていくんだとか、
そういうものを持ちながら仕事をしている人たちって、
なんかこの昭和の40年代くらいで描いてたりするんだけど、いっぱいいたよなっていう感じがすごいあるんだよね。
で、まだまだ戦争の思いを持ちながらとかね、
そういうものをずっと心に留めながら仕事をしている人たちっていうのが、
もう40代あたりって現役で30代中盤とか40代50代くらいの一番働き盛りの人たちが
この日本を牽引していたという時代でもあって、
こういう不毛地帯を見てしまうと、
今の現代のYouTubeで40代50代のおっさんたちが、
俺、金持ってるの?とかね、
そういう感じで金を持ってない人たちを見下ろす感じであるとか、
自分たちの欲徳しか考えていないああいう無様な姿とかね、
ああいうものに紛れてしまうと、
この不毛地帯を見ると、あまりに大人の持つ感覚のギャップ、
今って本当に子供、子供してねえかっていうものがあまりにもありすぎるんだよね。
本当に今の40代50代60代、幼稚すぎるわっていうものがあってね。
それは多分YouTubeとか、こういうインフルエンサーと呼ばれる人たちだけだと思ってたりするんだよ。
本当のところはこういう、今でも現役の消費者マンであるとかね、
ああいう官僚とか、ああいう人たちっていうのは、
日本の国益とかを考えながら、日々こういう厳しい現場で働いてる人は、
俺が知らないというだけで、いっぱいいると思うんだよね。
33:04
でもここら辺の40年代ぐらいっていうのは、
全員が全員そういうようなね、単純に幸せになりたい、豊かになりたい。
家庭もあり、家庭を幸せにするとか豊かにするということであれば、
やっぱり日本が豊かにならなければとかね、
敗戦の思いみたいなものを持って世界で戦う人もいっぱいいたというさ、
そういうものがあったりしたね。
本当に大人が当たり前なんだけど、大人が大人でいたっていうね、
そういうものがすごいあるんだよね。
本当にね、もう情けない。
俺自身も情けない大人となって、すごく思わせられるような、
そんな作品になったりしたね。
まさに今のこのアメリカとイランのね、戦争で石油が滞る滞らないみたいなね、
そういうものを描いてたりして、
まさにイランとの石油の国交みたいな、
ああいうものがこの不毛地帯の採用のテーマとして描かれてたりして、
いやすげえタイムリーなんだなと思いながら見てね、
いろんなその、やっぱりなぜ日本がね、戦争に走っていったのかというね、
そういうこともやっぱりこの燃料問題というものがあったっていうね、
だからやっぱり日本は安定供給できるようなね、
ああいう石油のライフライン的なものを持たなければいけないっていう、
そういうものを描いているものがあったりして、
やっぱり当時もそういう流れっていうのがあってね、
本当に昭和49年だと思うんだけど、オイルショックね、
うちのお母ちゃんがもう何かしらトイレ止めれば買いに走ってみたいでさ、
まあそういうものがあったりして、今もちょっとそれの時代に似たものがね、
あったりするわけでしょ、まあガソリン代が上がるとかさ、
まあトイレットペーパーがなくなるかどうかっていうのはあるかもしれない、
ナプタリンだっけ、あれがね、なかなかもう手に入らなくなるから、
ビニール袋がなくなるとかね、何がなくなるかっていうものがあるんだけど、
その本当に必要な業界では、そのなくなることでの、
うーん、厳しさとかね、他にどうしなければいけないかとかね、
そういうものを真剣に考えていかなければいけないんだけど、
でも例えば身近なところで言うとさ、食品のトレイとかね、
ビニール袋とかね、ああいうものって、
いやむしろなくすにはちょうどいいきっかけなんじゃないかっていうことも思うよね、
36:02
だって、あの発泡スチロールのトレイとかさ、
俺毎回思うもんね、いやいらねえんだけどって、
ビニール袋にただ入っておくだけでいいんだよ肉なんて。
昔はね、家で買うと、木だか紙だか、
あれに包んで200gとか300gって持ち帰ってたわけでしょ。
買い物の袋もビニール袋じゃなくて、
カボを持って買いに行ってたわけじゃん。
で、そこにおばちゃんたちはさ、
ボンボンボンボン投げ込んで帰ってきたわけでしょ。
だからああいう発泡トレイとかビニール袋とか、
むしろさ、うんじゃないの、いいきっかけなんじゃない?
別にいらねえっていう。
いくらでもさ、手前で用意しとけばさ、買えるわけだからさ。
だからそういう意味で、ナフタルン人だよね。
ちょっと違うかな。
あれがなくなったとかね、足りないっていうのは、
そういう分野においてはちょうどいい機械だなって思ったりはした。
それが医療の世界とかね、ああいう世界では困るっていうものがあるんだけどね。
でも昔はさ、ああいうものは大事だよね。
もう何年も生きてたりしたからさ。
いや、ガキではないで、いくらでも買い物の仕方とかね、
それに代わる代用品っていうものはあるんだから、
今はあまりにも便利になりすぎているっていうことがあるからね。
ちょうどいいんじゃないかなって思うんだよな。
だがこの不毛地帯というのは、本当に戦後、
復興の時代からオイルショックになる、
昭和の40年代くらいかな、そこら辺を描いてたりして、
やっぱりこういう俺たちの先輩や先祖となる人たちが、
これだけやっぱり頑張ってね、日本を復興してくれて、
今こういう世界的に見てもさ、豊かな国と言われているわけだよ。
何なら骨抜きにされて、働かなくてもいいでしょ、
自分が良ければいいでしょとか、世界の一つだけの花でいいでしょみたいなね、
そういうものがちょっと蔓延してしまってさ、
時々その個人個人として突出した人が出るんだけど、
でもまとまって日本人として戦うんだっていう、
戦争で戦うとかそういうことではなくてね、
様々なこういう企業であるとか文化であるとかね、
そういうもので世界に打って出ていくんだっていった時には、
39:01
やっぱり相対的にはなんか弱いのかなって思ったりはしてしまうね。
その一部ね、じゃあ大谷がとかさ、なんかいるわけで、
でもそれは一部であって、相対的に見た時には、
やっぱりこの昭和のね、戦後復興時代であるとか40年代くらいの
日本人のこういうサラリーマンの人たちであっても、
本当にもう戦っていたなっていう、
それがすごいあるよね。
だからこういう人たちが今のこういう時代の日本を見た時に、
どういう風に思うのかなとかね、思うんだよね。
まあ多分自分たちがすごいね、戦争を経験して、
こういう時代をね、経験してきてさ、
これだけ平和になっている日本を見てね、
いやそれでいいんだ、良かったって言ってくれるとは思うんだけどね。
でもなんかそれを、何て言うんだろう、
当たり障りのない言葉として受け取ってしまうだけではね、
なんかいけないんじゃないかなとは思うんだよね。
こういう人たちが命がけで作ってきた時代を経てね、
今こういう農弁流れに生きれる日本になってたりして、
それだけに甘えているっていうのがさ、
果たしてどうなのかっていうものをものすごく気に付けられたというのかな、
そういうものが俺はあったりしたな。
最高に面白いね。
要はああいう様々なビジネスのシーンでさ、
ライバル勝者とかね、他の国とかとさ、
仕事の中で競い合うみたいなシーンがもう何個もあるんだけど、
そこであの勝った時の喜びっぷりっていうのはさ、
WBCでさ、日本が勝利した時のような、
ああいう歓声が俺は自然と上がったもんね。
いややったわって思わず声を出してたりしたもんね。
それはやっぱりいいよね。
だからもう今はさ、もう何か嫌なんだけど、
20代ぐらいの時ってさ、
俺本当に胃が痛くなるような仕事をすげえしたいなって思ってた頃があった。
いやもう胃がキリキリ痛くなった。
よく聞くでしょ、それだけまあいろんなプレッシャーとか責任を負わされてみたいなさ、
42:00
そういうものがあって飯も食べれないしみたいな。
で、胃がキリキリ痛いから息薬飲んじゃうみたいな。
ああいうものになんか知んないけどすげえ憧れて、
いや俺も胃がキリキリ痛くなるような仕事したいわとかね、
思ってたりしたんだけど、もう食い放題で焼肉食っちゃうわとか。
そんな感じでしかなかったな、20代ぐらいの時は。
戦争体験というものがものすごく大きいよね。
ここら辺の時代を生きてきた人たちっていうのは、
ああいう戦争で日本を信じて敗戦したっていうのはさ、
この現代に生きている俺らでは多分想像できないようなね、
敗北感であるとかね、挫折であるとかね、
そういうものを多くの人が持ったと思うんだよ。
戦争が終わって良かったと思う人もたくさんいただろうしね。
ただそれでもやっぱり日本は負けたんだというものでさ、
生き承知していく人もいれば、
いやここから海外に打って出て戦っていくんだというね、
そういう踏んどしをまた二方を締め直すみたいなね、
そういう人もいっぱいいたりはしたんだけど、
やっぱりそこには常に国という存在があってね、
負けたからこそ負けない日本であるとか、
負けない企業であるとか、日本を豊かにっていうね、
そういうものが多くの人の心の根底にはあるっていう、
そういう感じになるんだね。
だからそれが根っこにあるから、
何て言うんだろうな、
なんかブレないというのかな、ブレない軸が、
まあ日本を豊かにするとかね、
引いてはということで言うとね、
家族をとかそういうものをどんどんどんどん階層を深めていった、
そこにはやっぱり豊かに日本にしたいというね、
そういうものが多くの人の心にあるから、
なんかいろんなその覚悟とかね、考え方とかね、
そういうものが、
なんかみんな共通言語的にあってブレがないというのかな、
そのまとまるというね、力がすごいあったんだろうなって思ったりしてね。
やっぱり現代はどうしてもその個人個人というか、
45:02
個人を優先した結果、
なかなかその根底にある共通言語的なものがないからさ、
ないのかなって思ったりするんだけど、
そうでもないのかな、
コロナウイルスの時に外出自粛要請が出て、
時々俺山下達郎の総合のMVを見るのね、
あれがまさにコロナで外出自粛要請がされて、
これだけもう何千万人の人が生きてる東京都からさ、
人がぱったり消えたんだよね。
あの渋谷の交差点でさえ誰一人歩いていない、
銀座で新宿であれ誰も歩いていないっていうね、
それを山下達郎の総合のMVの中では記録として残してあるんだよね。
あれを見ると俺はめちゃくちゃ胸が締め付けられるの。
こんな大変な時があってね、みんなその恐怖に怯えて、
それぞれの人たちがコロナというものと戦っていた記録がね、
あの総合というMVに残されてたりするから、
あの当時思い出すと、いやみんな本当によく頑張ったよなっていうね、
乗り切ったよなっていうね、そういう思いになってしまうんだよね。
だからさ、なんかまあその共通言語的なものがないかもしれないんだけど、
でもああいう風に大変だっていう時とか、
日本は災害国でもあるから、じゃあ災害があった時って、
やっぱり日本人って結集してまとまってまたこう再生していくとかね、
向き合っていくとかね、そういうことができる人種なわけだよね。
だからなんか、案外その共通言語となるようなものはなかったとしても、
いざという時はまとまったりね、助け合うことができる国民なんだろうなっていうことは、
ああいう時代を見るとね、思ったりはするよね。
だからさ、時代はさ、移ろいながらも、ああいう戦争で戦ってきた人たちも、
戦後の復興で戦ってきた人たちも、
そういう人たちから生まれて、次の時代を作ってきて、
またその次の時代を担う若い人たちが出てきて、
48:05
つながっているわけだよね。
だからその時々で様々な価値観というのは変化していったりするんだけど、
日本人の根本にある様々な考え方というか、
ああ、人とのつながりみたいなものっていうのは、
本当に進化を問われる時には、何ら変わっていないのかもしれないね。
こういう風に、複合地帯のように、世界と戦うみたいなこういうものっていうのは、
今の時代でもあるんだろうな、今の時代にある勝者であるとか、
さまざまな企業があっても、世界のどこかと戦うんだとか、
そういう思いはあるんだろうな。
一気に40年前、50年くらい前の設定のドラマとかを、
こういう複合地帯とかを見てしまうと、
あまりにも今の時代との違いを感じて、
今の時代ってすごい弱いよなとか、大人が情けないよなとか思うんだけど、
でもそれは一足跳びに、タイムスリップして40年前、50年前を
こういうドラマとして見てるから、今とのギャップみたいなものが感じれるという。
でもこの人生って言うとさ、そんな一足跳びで戻れることはないわけでしょ。
昨日があり、一昨日があり、一ヶ月前がありっていう。
連続しているわけだよね。
だから、ポンって一足跳びに戻ったときは、
今の時代を見てなんかなって思うんだけど、
でもやっぱり続いてきて変化しているわけだから、
そうなるべくしてなったということでもあるんだろうね。
昔の一部を切り取って、今の切り取ったこの一瞬と比較するということは、
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さほど意味がないのかもしれないね。
何事においても。
すべては全部連続してつながっているものだからね。
どうというか、この時代のこのドラマを見て、今の大人がやっぱり情けないって思ってしまうのは、
この時代を切り取っているドラマを見たから、今のこの瞬間と比較してそう思うだけであって、
またこれが少し前だったりすると、また違う思いになるんだろうね。
そういう意味で。だからやっぱり切り取り方なんだよな。
取るつもりね。
だからやっぱりさ、こういうエンタメがすべて、
本当にある一部分を切り取るしかできないわけだから、
それがすべてを表現しているとかね、
そういうものとして受け取って信じてしまうとか見てしまうとか、
それと今を比べてとかね、
その方に出ている人と自分の周りと自分を比べてしまうというのは、
そこには意味がないのかもしれないね。
だって全部じゃないわけじゃん。本当に一部分だけだから。
今の俺は360度あるし、今の世の中も300…
この時代の大人はすごくて、今の時代の大人はすごくないっていうのはちょっと確かにあれかもしれないね。
ちょっと短絡的に比較しすぎているかもしれないね。
そういう意味ではね。
原油問題とかでさ、どうやって日本に輸入してくるんだというところで戦っている人たちはね、
大勢いると思うからさ、そういうのを知らないだけだからね。
俺なんかからするとさ。
雲落ちたいというタイトルがまた素晴らしいな。本当に。
本当にこれはすごい。これはちょっと深いわ。
このタイトルの意味が、雲落ちたいという意味が。
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何が不毛なのかという、その人生の問いかけでしょ。
もしかしたらこの唐沢敏明が演じた生き正しいという人の人生は不毛だったのかもしれないし、
自分が戦っているこの勝者というのかな、そういうビジネスの場所が不毛だったのか、
それともやっぱり、この彼の大きく影響しているシベリア流されている地位が不毛なのか、
いろんなところにこの不毛というワードがかかっていたりするように思えたのね、俺は。
ちょっと、一筋縄では行かないぞという、なんて言うんだろうな。
ここに出ている、焼きどころね、社長にしろ、
またけの千豊が演じている焼きどころや、唐沢敏明が演じている焼きどころや、
小雪とかね、あと奥さんが演じている。
奥さんとかはそうなのではないかもしれないけど、
特にこの勝者で働いている人たち全てにおいて、
子供の頃に大変よくできましたみたいなスタンプってもらうじゃん。
そういうスタンプがあったのだとしたら、
ここに出ている全ての焼きどころ、
あのサラリーマンの人たち全てね、
みんなに不毛というスタンプを押せてしまうものがあるな。
すげえ一生懸命人生をとして戦っている姿を描いているんだけど、
でもなんか不毛っていう、不意味ではないんだけど、
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なんか不毛っていうものを突きつけたくなるものがある。
それが問いになっているんだよ。
これだけサラリーマンで世界中問いもあって一生懸命戦って仕事をしているんだけど、
でもそれはあなたの人生とかあなたの家族にとって本当にそれが必要なのか、
有益なのか、全ての物事を蹴散らしてまで優先すべきことなのか、
そういう問いとして不毛っていうスタンプを突きつけたくなるという、
そういうものがあるのかな。
不毛地帯というタイトルがちょっと一筋縄では行かないで、
やっぱりちょっと山崎豊子は半端ないな。
この人の書く原作というか小説は半端ない。
やっぱりこの戦中戦を生きてきた人でないと表現できないもの。
これから生まれて20代の人が山崎豊子に憧れて彼女みたいな小説を書くって言ったら、
それは所詮フィクションでしかないわけでしょ。
でも山崎豊子ってやっぱり現代系から書いてるからさ、
その書いてることはフィクションであったとしても、
でも全ては経験したり体験してきたことを元に書いてあるから、
そこには圧倒的に見てきた、経験してきたという重さがあるんだよね。
でもこれが20代、30代でこれから出てきた小説家の人が彼女に憧れて書いた時とか、
やっぱりそれは全てフィクションになってしまうから、
またそれは新しい才能が生まれて面白いものを生み出すっていうこともあるよな。
結局あるよ。続いてるんだもん。
ずっとこの日本人としての歴史観であるとか、
こういう彼女が残してきた小説であるとか、
こういうドラマというものを見たというものをずっと日本人は残して継続してきて、
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今の若い人たちにもつながっているわけだからね。
書けないとかそういうことはないんだろうな。
またそれはそれで新しい才能が生まれて、
また山崎という子とは違うね。
こういう壮大なビジネスものが見てみたいなって思ったりするが、
これで終わっちゃったな、話が。
とにかく不毛自体が半端なく面白かった。
もう最高に面白かったね。
ネトフリに開薬祭っていうものがあるんだけど、
ネトフリの場合って開薬してもすぐ見れなくなるわけではなくて、
一応契約してから1ヶ月間かな、30日かな、
それは満了するまで見れるので、
とりあえずもう日本負けながら開薬したいって手続きした人も、
契約日によってまだ見れる状態にある人の方が多いと思うんだね。
WBCで目当てで入った人なんかに言うと。
だからまだその見れる期間であれば、
ネトフリでこういう不毛自体とか、
あとはネトフリで制作したようなドラマっていっぱいあるからさ、
自伝誌とかね、プロレス女子プロのやつとかさ、
全画監督とかね、
ネトフリ原作のドラマがあるから、
そういうのを見て、
残った時間を楽しんでみてもいいんではないかなっていうものがあるね。
特にネトフリで作っているドラマには、
ハズレがないよ。
大体面白いからね。
そういうのを見てから大会してもいいんではないでしょうか。
ということで、今日は不毛自体をがっつり見てしまったので、
その話に終止しました。
ということで、おやすみなさい。
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コメント

マニラから、おはようございます。ドン前田です。テレビ局によるドラマの違いの話が出ましたね。私も賛同です。最近は、海外にいるので日本のドラマは観ませんが昔のドラマですが、NHKの山田太一シリーズの鶴田浩二主演の「男たちの旅路」は、最高でした。NHKらしい真面目さがあり深い内容でした。観ていた当時は私も若かった事もあり、年上の俳優が主演という事も感じ方が違っていたのかもしれないです。最近は、みんな主演者が若いから物足りなさを感じる場合もあるように感じます。Netflixなんかで韓国ドラマや映画を観ると、俳優をあまり知らないから先入観無く観れるのも良いかもです。Netflixで言えば、最近ハマっていて、もうすぐシーズン7の終盤にきているアメリカドラマのグッドドクターを観ています。自閉症の外科医の青年の話で、日本や韓国でもリメイクされたようですね。原油問題では、フィリピンの軽油がかなりの値上がりで円安もありますが、日本円に換算して、リッター260円超えですよ。日本より高いでしょう?早くイラン戦争終わらないと大変な事になりそうです。

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