00:00
こんばんは。今日は曲の話をしていきます。 その曲が椎名林檎『NIPPON』という曲です。この曲は2014年ブラジルワールドカップの開催にあたり、
NHKからね、そのサッカー関連の曲に使いたいということで、オファーがありました。 ただ、
NHK側からのオファー、それを受けて制作されたこの『NIPPON』という楽曲。 かなりね、この当時物議をかもすというね、ものがありました。
昨日改めてこの曲を聴いていて、どうしてもそこらへんの物議をかもした内容であるとか、この『NIPPON』という曲に込めた椎名林檎の思い、
またね、ここに描かれている歌詞、それらをね、考察して紐解いてみたいなということで、この曲の話を今日はしていきます。
まずこの2014年という年、 ブラジルでワールドカップが開催されました。日本はザックジャパンということでね、日本代表を率いで
ワールドカップに出場しました。 ただ、予選敗退でした。
0勝2敗1分けというね、いいグループ、決勝に行けるんじゃないかなというふうに思えたね。 グループに入れたにもかかわらず、0勝2敗1分けということでね、予選敗退となりました。
ちなみに2014年の優勝国はドイツ、決勝はドイツ対アルゼンチンで延長のせい、ドイツが勝つというね、そういう試合結果だったりしましたね。
で、この年にNHKからワールドカップ、そしてサッカー関連の番組の中で使えるような楽曲というものをね、椎名林檎にオファーしました。
その時にNHK側からのオファーにあったのは、1つ目がサッカー日本代表、男子女子を応援する曲にしてほしい。
で、2つ目がイメージカラーの青という言葉を入れてほしい。 で、3つ目が群青日和のテンポやコード感が理想であるという、そんなふうにね、発注をされました。
で、まぁ後に椎名林檎も語っていたのは、本当に大変だったという、もう悩みに悩んで制作した1曲で、ものすごく苦労したという、そんな言葉を残していたりします。
まあ、えてしてこういうクライアントからのオファーを受けて作る楽曲という難しさはね、どのミュージシャンも頭を悩ますところではあるんだけども、
これだけの才能を持ったね、椎名林檎にとっても、やっぱりこの曲を作るにあたっては相当苦労したというものがね、ありました。
しかし、こうしたね、NHK側からのオファー、それをもとに椎名林檎が書いた曲というものがさ、リリースされると、当時の週刊朝日がね、この曲について記事にしました。
03:02
この曲で歌われているフレーズの中に、混じり気のない青というフレーズがあって、それは純潔性を強調しているんじゃないかとかね、
詩をイメージさせるような歌詞が特高体を思わせるとかね、またPVの中で日本国旗をバックに歌う姿が受け入れしすぎているんじゃないかという、
そういうね、記事を書き起こしたんだよね。で、やっぱりこのね、朝日だなというものがあって、こうしたエンタメの世界にもこのY曲して、
楽曲をね、記事として取り上げていくというものがあって、まあ相変わらずの朝日だなという印象ではあるんだけどもね、
当時俺はこの記事のことも知らないし、もう純粋に日本の代表選手たちを鼓舞するような曲だなということで、大好きな一曲で毎日ね、聴いていた時期もありました。
そしてこの記事を受けてね、後にシーナリンゴがスイッチという雑誌のインタビューの中でね、答えています。
諸外国の方々が過去の不幸な出来事を踏まえて何かを問うているなら耳を傾けるべき話もあるかもしれないが、
日本人から右寄り云々と言われたのが侵害。それらの批判は上げ足を取られたと理解するほかない。
趣味志向の煽りや、個々の美意識の違いなどという話を踏まえた上でも、自分は誰かを酷するものを書こうとはしても、
誰かに謝って危害を食われるようなものを書いたつもりはないというふうにね、答えているの。
また不謹慎だと言われた死という言葉。これについても答えていて、死は生と同じくみんな平等に与えられるもので、
勝負どころにせよ、今しかないという局面にせよ、死の匂いを感じさせる瞬間は日常にもある。
ここを逃すなら死んだ方がマシという誇りや、負けた後のことまで考えていられないという決心の覚悟をそのまま
移し取りたかっただけ、というふうにもね、答えているんだよね。
これを読んで、俺自身もね、まあこの死なりんごの言葉に
迷いもなければ、この曲を制作する上においてね、
彼女自身が戦争を肯定しているわけでも美化しているわけでもない。
ただただ日本代表をね、拳を応援するために制作された、そういう曲だったね。
何らその右翼的な思想を持ってね、制作されたものとは、どうしても思えないんだよね。
だから、マシなりんごとしてはこうしたNHKのね、サッカー日本代表を応援する曲にしてほしい。
そしてイメージカラーの青という言葉を入れてほしい。
これをね、ある種忠実に守って表現した楽曲にしか過ぎないんだよね。
だから彼女の中には、ものすごいね、その右的思考があるとか、
06:04
左的思想をね、反目するであるとか、そういうことはね、ほとんどないんじゃないかなっていうふうに思うんだよね。
その彼女のいつも歌っている曲とかね、またあのブラジルのオリンピックの閉会式でプロデュースした、
ああいう演出的なもの、そういったものが、ものすごく日本を強調している、その国旗みたいなものをね、モチーフにしている曲、題材のものがね、
多いから、あんにその右的思想の持ち主のミュージシャンではないかというふうに見られがちではあるんだけども、
普段の彼女のね、様々な振る舞いとかね、曲とかね、そういうものを見ていると、決してね、もう思いっきり右に偏っているという、そういうミュージシャンではなくて、
キャラクターとして、日本をね、歌い、日本を美しく、またね、日本の良い点、悪い点、そういったものを楽曲に落とし込むというのが、
彼女の作り出した、生み出したね、キャラクターにあるんだろうなって思うんだよね。
もともと、やっぱり彼女はさ、新宿歌舞伎町の女王みたいな形で出てきて、あれも、98年組という、もう、
数多いるね、ライバルの中との違いを、差別化を図るために、ああいうキャラクターを作り発信してきたという、やっぱり背景があるからさ、
俺はどうしてもね、あのデビュー当時のシーナリングって、なんか新宿とか歌舞伎町の女王という割には、
俺はあんまりそういう感じは受けなかったんだよね。むしろなんか、うぐいすなり感みたいなものがあって、
もっとなんかローカルに根差してドロドロしている雰囲気というのかな、そういうものだったんだよね。
新宿って言うても、東京以外の人たちが集まるようなね、町でもあったから、もうちょいあの当時のシーナリングには、
俺はなんか、この東京とかね、そこら辺のこうローカル感みたいなものがね、あって、そのなんかある種の、
うーん、ちょっと病んだ感じというものがね、今となれば、新宿イコール東横海岸みたいなものがあってさ、
闇系みたいなものと直結するイメージがあるんだけども、
あのシーナリングが出た時代の新宿歌舞伎町っていうのは、病んでいるというよりも、
もうちょいなんか、怖い街というのかな、そういうイメージの方が強かったりしてね、
もっともっとそのローカルに根差して、うぐいすなりみたいな、そういう俺はイメージがね、あったりしましたね。
だから、シーナリングというミュージシャンというか、シーナリングは俺はアーティストという言葉がね、ものすごく似合う一人だと思うんだけども、
09:09
本当に自分のキャラクターを演出して、ペルソナを作ってね、新宿の女王から始まり、
今や日本を描くようなね、ああいう純日本人みたいな、ああいうキャラクターに編成していったっていうのも、
やっぱり彼女の中で生き残りをかけて、こういうキャラクターを作っていく、こういうペルソナを作っていくということの結果であってね、
ずっと彼女がね、受け入れしていって、その象徴であるみたいなね、ことというのはね、
俺はちょっと見方としては違うんじゃないかなっていう、あくまでも音楽というこういうエンタメの世界においての彼女の表現方法の一つであって、
決してね、そういうなんか根深くてぶっとい思想を持ってね、こういったものを表現しているというふうにはね、どうしても思えないんだよね。
まあそんなような背景がね、当時あったという曲でした。
そしてね、まあこの曲についてね、話をしたいんだけども、
まずなんといっても、もうイントロのリズムから入りの歌詞。
もうここまででシーナリングワールドはね、一つ完結していると言ってもいいね。
入り、これはもう本当に見事だなって思う。
ドラムのね、ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドパーっていうラッパーの音が入っていくっていう。
この一機火星にね、もう出陣していくぞ、戦いに行くぞっていうね。
そういうこの背中を押されるようなね、この入りがね、もうシーナリングワールド、まずスタート。
そしてそこからのね、この彼女の巧みな言葉遊び、表現というものがね、
もうこの冒頭のフレーズにね、ふんだんに織り込められていたりするんだよね。
それが劣等臭いきれっていうね、フレーズがあるの。
この劣等というのはもちろん日本劣等のことを表現しているんだけども、
臭いきれというね、言葉、この言葉の持つ意味というのはさ、
脱の猛暑の中でこう草むらが高音多湿になっている様、それを臭いきれっていう風にね、言うんだね。
だから日本中がこのワールドカップで熱く盛り上がるっていう、
それを劣等臭いきれっていう風にね、表現していたりするんだね。
また、このね、臭いきれっていうね、言葉って夏の季語にもなっているからさ、
そこら辺までね、ちゃんと考えているという。
ワールドカップ開催の時期が6月7月だったりもしたからね、
そういうところまでもこのファーストフレーズで入れ込んでいるという、
このね、シーナリンゴのこの巧みだね。
ワードセンスというかな、ワード選びというものがね、
12:02
際立つ、もう冒頭から入っていくというものになっています。
そしてね、次に俺が気になったフレーズというのが、
時の声が聞こえている、気づわしく祝福しているっていう風にね、歌っていくの。
この一連のフレーズっていうのはさ、サッカーの会場の様子をね、切り取って表現しているんだよね。
この時の声という言葉なんだけども、時間の時というね、あの時ではないんだよね。
要は戦国ドラマとかによく出てくるような勝鬨を上げるっていうものあるじゃん。
おーとかわーとかっていう。
あと東京住みの人だと多分わかると思うんだけども、
あの築地にある勝鬨橋とかね。
あの築地というね、文字を使うんだね。
この築地という漢字どういう意味があるかというと、
一斉にああいうね、戦いの戦場において選手たちが四季をこぶすために声を上げるっていう、
そういうものを築地という風に言うんだね。
だから勝鬨というものはさ、勝った時に全員が声を上げてその勝利をね、祝うという、
そういうものにあるんだけど、この築地の声が聞こえている、
気づわしく祝福しているっていう。
これはまさにさ、あのワールドカップの会場で選手たちがピッチに上がっていく。
その時に会場に来ているサポーターたちがさ、
あの選手たちをね、大歓声で迎え入れる。
あの一瞬をこの時の声が聞こえている、気づわしく祝福しているっていう風に歌うわけだよね。
そしてね、このフレーズに続いていくのがさ、
俺はこの曲の中で一番大好きなフレーズだったりするんだけども、
今日までの晴れと気の往来に蓄えた財産をさあ使う時っていう風にね、続いていくの。
このね、晴れと気という実にね、生きたワードを使うなっていう風に思うんだよね。
晴れっていうのはさ、特別な日のことを言うんだよ。
気っていうのは平凡な日々のことをね、言うの。
つまり選手たちにとってはさ、練習している日々っていうのは気の日なんだよね。
で、晴れというのがこのワールドカップの舞台にあるという、この晴れと気というものをね、
選手たちの普段のその練習風景、試合に挑む時のあの特別な日をね、晴れと気という風にね、表現するあたりはね、
いやもう参ったっていうね、ものがありますね。
で、蓄えた財産っていうのは今までの練習してきた積み重ねをね、その試合に全てぶち込んで勝利を勝ち取っていくんだという、そういうものがね、描かれているというさ。
とにかくこの晴れと気というね、これをこういう楽曲の中に落とし込むっていうことが、
もうこのシーナリンゴワールドと言ってもね、もう過言ではないよね。
晴れっていうのは特別な日だからよく晴れ木ってあるじゃん。あれがまさにこの晴れというね、言葉から来ているものだったりするんだね。
15:02
そしてこの歌詞の中でも何度となく出てくるのが、混じり気のない気高い青、何よりも熱く静かな炎さっていう、
これはもう日本のそのブルーというね、チームカラーをモチーフにしてね、歌っているという、燃える闘志をね、選手たちが秘めている、
そういうね、様子というものがもう何度となく歌われている。
そしてラストフレーズ前にさ、俺はこの曲の中でシーナリンゴが一番なんか表現したかったフレーズなんじゃないかなというふうに思うのが、
ああまた不意に接近している淡い死の匂いで、この瞬間がなお一層鮮明に生えている。
刻み込んでいるあの世界へ持っていくさ。死状の人生、死状の絶景っていうふうにね、
歌うの。この一連のフレーズこそがさ、彼女がね、あのスイッチという雑誌のインタビューで答えていた、
もうここを逃したら死んだ方がマシっていうね、そういう誇りとか負けた後のことまで考えられないっていうね、
決死の覚悟、それをね、描いたそのフレーズになるんだよね。
だからね、思うのはさ、こう死を覚悟してね、挑む場面で平凡に生きている人であってもね、
やっぱり様々にね、生きていく中で必ず経験することがあるんだよね。
だからよくさ、芸人の人たちが舞台の上で死にたいっていうふうに口にするんだけども、
やっぱりそれだけの決意を持って取り組んでいた場所で死に耐えるっていうことはさ、
実際にはね、叶わないものではあるんだけども、そういう思いで様々な仕事に取り組んでいく、
生きがいを持ってね、日々を過ごしているっていう人はね、多いんじゃないかなっていう。
だからね、この曲を改めて全体をね、こう通して歌詞をね、じっくり紐解いていくと、
もう純粋にシーナリングは、まずね、NHKからのオファー、それを忠実に表現したに過ぎない曲なんだなーっていうことを思うんだね。
やっぱりこのサッカー日本代表の選手たちを応援し鼓舞する曲、それというものがもう随所に表現されていて、
サッカーの選手たちがピッチに上がっていくものであるとか、会場の様子であるとか、
サッカー選手たちの4年に1度というね、ワールドカップ、そこに挑む時の気持ち、そういうものを単にね、表現しているにしか過ぎず、
これをね、歪曲して切り取って、いやこれがなんか日本国旗がとかね、受け入れがしすぎているんじゃないかっていう受け止め方はね、
それはあまりにもね、稚拙すぎるよなって思ってしまうんだよね。
そしてね、やっぱりこの曲を聴いて思うのはさ、日本人がんばれっていうね、そういう思いにさせられてしまうよね。
18:06
俺が好きな漫画にさ、サラリーマキキン太郎っていうね、漫画があって、その漫画のセリフにさ、
日本人はね、自信があるからどんな困難な場面においても、笑っていることができるんだっていうね、そういうセリフがあるんだね。
俺これがすごい好きで、日本人ってさ、世界に行ってもすごい穏やかな人種として見られている。
で、なんかヘラヘラしていて、うんでもなければすんでもない、はっきりね、物事を答えない、明確にしないっていうね、
そういうふうに言われることが多いんだけども、でもそういう常にね、どんな困難な状況においても笑顔でいられるっていうのは、
もう日本人がね、持っている自信の現れでもあるんだよ。またね、どんな困難な前であっても、大きな災害に何回も何回も会ってきたとしても、
必ずね、また立ち上がっていくというさ、そういうね、根気強さを持ったね、国民であるんだよね。
だからね、いろんな人がさ、叱り顔で、いやもう日本はダメだ終わったとかね、諸外国はこんな良い面があるんだけど日本は全然そうなっていないじゃないかとか、
いろいろ言うんだけども、でも発動的にさ、そういうね、ペラペラペラペラ言っている人たちよりもさ、日常淡々とね、真面目に生活している生活者の人たちの方が大多数なんだよ。
毎朝毎朝朝早い時間から起きてね、仕事の準備をしたり、子供に食事を作って仕事に行くとかね、また満員電車に乗ってさ、
牛牛の中、暑い夏の日でも寒い冬の日でもさ、あの満員電車に乗って会社に行って勤め上げて、またね、9時や10時に帰ってくるっていうさ、そういうね日々をね、真面目に生きている人たちの方がね、多いんだよ。
で、そういう人たちこそ、俺は本当にかっこいいと思うしね、そういう人たちが日々ね、暮らしている、そういう日本に生まれたことをね、俺はなんか誇りに思うし、それこそがやっぱり日本人はね、自信を持ってもいいというさ、ものに至るんだよね。
だからね、毎回俺はこの曲を聴くたびに、本当にシーナリングにね、もう尻を叩かれて、いやお前しっかりしろよっていう風にね、そんな風に言われている感じがね、してなりません。
そしてね、最後に、この曲にはさ、2023年にライブの映像が公開されていたりするんだよね。彼女の25周年の全国ツアー、シーナリングとキャスターと知る諸行無常っていうさ、ライブ映像が公式からね、YouTubeに残っていたりするんだけど、その中のこの彼女が歌う緑州という曲から日本というね、この曲の流れ。
これがもう本当にね、神がかっていた。あんまりあいに使いたくない言葉ではあるんだけども、本当にね、神がかっていて、もう女神のようにね、見えた。そういうね、パフォーマンスだったりしました。
21:14
特にこの日本を歌う彼女の姿はさ、決起というものと感動という、ある種こう相反するものがさ、ないまぜになっていて、結局もう演者もそうだし、あの会場にいたオーディエンスもそうなんだけども、みんなで最後、もうね、大ガズムに達するという、そういう風に言っても過言じゃない、あの最後の盛り上がりがね、すごいんだよね。
だからね、見る人によってはシーナリングのパフォーマンスにものすごい、ある種のエロス、そういう瞬間を見てね、興奮する人多いんじゃないでしょうか。
俺もね、その一人だったりするんだけども、特にね、あのバックに日本国旗がこう上がっていくシーン、それを背景に彼女がね、ギターを早弾きするシーンがあるんだよ。少しこう足を開き気味にして、ギターをかき鳴らしているし、とにかくね、あのシーン、あの手の動き、指の動き、途方もなくね、エロい。
俺はある種の彼女のG行為をね、見せられているんじゃないかと思えるほどにね、ものすごいあそこにね、エロスを感じるんだよ。
たぶん、それもね、彼女はわかっているんだよね。本当にここら辺の見せ方というかね、あの何かこう乗り移った感みたいなね、もうなんか、あの日本を歌うシーナリングの姿にはね、オイランの姿さえ重なる、そんな瞬間が数多かったりしたんだよね。
で、こう早弾きするじゃん。で、早弾きしている中でバックのさ、ギターの人に、もう声は聞こえないよ。もっともっとっていう風に呟いているシーンが一瞬あるんだよ。もうあのさ、早弾きして、自分でG行為をしているかのような瞬間に、もっともっとって、目を細めてね、言うあのシーンって、もうちょっとね、感動ビデオ。
ライブの感動ビデオを見ているかのようなね、錯覚に陥るというさ、もうええでしょっていうね、PL滝状態になるわけだよ。でもね、そこではまだ終わりません。今度はね、少し開き気味にして、早弾きしていたその姿から、すくって足を閉じてね、直立するようになって、今度はさ、唸るようにね、ラストパートを歌い上げていくんだよ。
あれは、もうね、あのー、リンゴ様、許してくださいっていう、そういうね、思いになってしまう。俺がAVで見過ぎなのかもしれないんだけども、よくさ、AVの中で、男の人がさ、果てた後もね、まだ攻め続ける女性がいたりするじゃん。
24:08
ああいう感覚にもね、似たものがある。要は、あのさ、ギターを早弾きしているところで、もっともっとっていうところで、もう一つね、足しているんだよ。そしてここで終わりじゃなくて、まだね、シーナリンゴが唸り歌い続ける姿にさ、いやもう勘弁してください、もうやめてくださいっていうね、そういう言葉がね、自然と出てくるような、そんなパフォーマンスをしているんだね。
いやもう、たまらんっていうさ、ものがね、正直ある。変態ですか俺。変態で言ったら俺よりもね、たぶんシーナリンゴの方がかなりの変態だと思うよ。なんかドSの部分もあるし、ドMの部分もあるし。
でもこのシーナリンゴのある種、この色気のある変態性というものがさ、彼女最大の魅力だと思うんだよね。だからね、ぜひ皆さん、この日本のギターの早弾きのシーン、あの瞬間でね、みんな焦点しましょう。
きもいか。せっかくシーナリンゴのさ、曲をこうね、美しく伝えたいなと思ったのに、最後はね、いつも通り雑談ライクな下ネタトークになってしまいました。申し訳ございません、シーナリンゴファンの皆様。
ということでね、今日はこのシーナリンゴのリポーン、これをね、改めて聞いて、どうしてもね、この曲について話したくなったという背中を押されて、今日はこの話題にしてみました。
そしてこの方角ヌではお便りお待ちしております。感想など概要欄に貼ってある方角ヌの色々、そこから送りやすい方法でお便りください。
またね、LINEの方でもオープンチャットを開設していて、その時々に聞いていいなぁと思う曲をね、共有していたりもするので、そちらへの参加もお待ちしております。
ということで、今日はこの辺でお休みなさい。