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こんばんは、ナンバオサブです。よろしくお願いします。 Good evening, I'm Nambao Sabu. Nice to meet you.
今日はね、残すということについてちょっと考えたいなぁと思いまして。 Today, I'd liketo think about what to leave behind.
あの、このナンバオサブという人はね、カースタイリングの編集長。 This Nambao Sabuis the editor-in-chief of car styling.
で、もともとはスバルでデザイン、それをね、やられていた方ですね。 He was originallya designer at Subaru.
で、このナンバオサブさんと中村志郎さんと、あと千葉匠さんというね、あともう一人、加藤哲也という。These four guys, Nambao Sabu, Nakamura Shiro, andChiba Takumi, and another guy, Tetsuya Kato.
この4人で、カーオブザイヤーのデザインに関してのトークをね、上げているという動画があって、Well, there was a video of the four of themtalking about the design of the Car of the Year.
まあ、それをね、見ていたの。 Well, I watched it.
それがすごい面白くて、要はここにいる4名というか、まあ3名、視界振興役の方以外というのはさ。 Itwas really interesting, and there were only fouror three people here.
今までにその実際、車を作っていく現場の中で、そのカーデザインというものをね、担当してきたメンメンなんだよね。 So far, I've been in charge of the cardesign at the site where the car is actually beingmade.
だから、その車のデザインについての話をいろいろされていて、 I've been told a lotabout the design of the car.
ああ、なんかわかるなっていうこともあれば、そういうことを考えながら車のデザインってするんだなとかね。Oh, well, sometimes I don't understand it, but Ithink about it and design the car.
そういうものがすごいなんか面白くて見てたの。 So I was watching itbecause it was really interesting.
で、昨日かな。昨日はこう、お風呂に入りながらさ、えーと、村上隆、画家で村上隆と、 Andyesterday, I was taking a bath, and I was talkingwith Takashi Murakami, the painter,
あと山田玲司、漫画家の人と、やっともう一人3人でこうね、対談しているようなものがあったの。 andReiji Yamada, the cartoonist.
で、それは、今の美術大学とかに漫画学部という、そういうものがなんでないんだっていうね、そういう話をしてたりしたんだよね。 And he was talking about why there isno such thing as a manga department at an artuniversity.
で、確かに漫画ってね、これだけ、もう漫画にしろアニメにしろ、世界を圧倒的にリードしているのは日本にもかかわらず、 And it's true that manga, whether it'smanga or anime, leads the world overwhelmingly,
でもさ、体系化して教えるようなね、そういう教育というか学校というかそういうものがなぜないんだっていう。 だから大学とかね、まあその公立の学校とかそういうところにも漫画学部という、そういうものをこう作っていきたいんだよねっていうね、話をしているの。
で、くしけもそういう村上隆と山田玲司とか今回のカワオブザイヤーのデザイナーの人たちのものを見てみて思うことは、何か、物事を残したいのであれば、賢くないと、頭が良くないとならないっていうね、そういうことなんだなって思って。
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まあその頭の良さっていうのは、いろいろあれど、まあ平たく言うと、ある程度ちゃんとね、教育レベルが高い学校に行くとか、勉強できる環境が整えられているとか、またそれを教える先生や教授、そういう人たちが優秀であるとかね、まあそういうことがあって。
で、結局そういうところで何か習うと、まあ少なからず世間一般で言われているような、まあ頭が良いというね、そういう人に、まあなれる可能性があるんだろうなって思って。
で、ここをもうしばらく、自分自身はこういう何かね、世の中に残すものや残してきたこととかさ、あるのかなと思って。
で、例えばこれがさ、その自分自身に子供がいたりしたら、少なからずもうそこに、もうね、子供を残したっていう、こう自分が関わり影響させた人としてね、子供がいるっていう、それがまあ一番、その何か、今後の未来に自分という存在を残した証になるものがあるんだけども、子供がいない俺にとってはさ、
何か残せるものってあるのかなっていう、その残すっていうことに、なんかこう少しね、こだわりを持って、こうせっかく何かね、配信をしているわけだから、残すものをこう作ってみたいとかね、残すに値するだけのものをなんか発信したいなとかね、まあそんなことをぼんやり考えることが多いんだね。
で、結局、その村上隆と山田玲司とかね、彼らのそういう対談みたいなものを見ていると、やっぱりああいう漫画や美術というものを真剣に取り組んで、まあ未だにそれを生業としている。
で、ああいう人たちと、じゃあ俺自身も今こうね、例えばデザインであるとか企画であるとか、そういうところに身を置いて、なんか村上隆とかそういう人たちと同じようなとかで似たような発想ができるかっていうと、できないんだよね。
要は村上隆とかって、やっぱり未来を考えている。その日本における漫画の素晴らしさというものをちゃんと体系化して、未来にアカデミックに残していくことが絶対に必要であるっていう、要はその漫画を含めた美術の世界の未来というものを考えているんだね。
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だからそういうその学校で教えるような学部を作るとかね、そういうような発想になる。まあもう一方であとその商業的にっていう側面もね、村上隆の場合は特に何かあるんじゃないかなとは思うんだけども。
でもまあ仮に商業的な目の見があったとしても、ああいう漫画というものを伝承していく、体系化していくっていうことは、俺も絶対あった方がいいなって思うので。
で一方、自分に振り返った時に、自分がそういう商品企画とかそういうものをやってきて、それに関してさ、なんか体系化して学校を作って教えて伝承していくとかっていう、そういう発想にさ、ならないんだよね。
この違いが何かというと、俺は思ったのは、バカか利口かっていう。要は頭がいいか悪いかっていうね、違いであるんじゃないかなって思ったの。
頭が良ければ、もうちょいいろいろその思考の幅が広がるというのは、いろんなものを考えて作り上げていく。考えて物事を発信していけるっていう。
でも俺みたいなバカっていうのはさ、それができないんだよね。要は目の前にある現象や物事を見て、それを理論立てて何か紐解いていくとか発信していくとかそういうことではなくて、
もう見たまんま。見たまんまなんだけども、かろうじて自分の中にある直感的な感性とかそういうもので、これはどういうふうに感じて、これはどんなものを伝えているんだと。そういうものを理解するっていうだけであって、
理論立てるものができないんだね。ロジックを組んでという思考にならないんだよね。だからどうしても目の前のもので終わってしまう。もうちょいその先である未来。
だから何か物事を残していく上においては、やっぱりこの頭が良い悪いっていうことはあるんじゃないかなっていう。だからそういうものの中でさ、頭が悪くてもいろいろ物事を残している、名前を残している人いっぱいいるじゃないかって言うんだけど、
そんなものはさ、本当に0.00何パーセントの世界であって、確率的なもので言うと、やっぱりね、頭が良い人、それなりの教育を受けてきた人とかね、そういう知識なのか、そういうものを豊富に持っている、そういう環境で勉強してきた人とかね、
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やっぱりそういう人の中から、歴史や時代に残るものを作ってきた、生み出してきたっていう人の方がさ、やっぱり圧倒的に多いわけだよね。だからね、頭が悪いっていうのは残せないんだな。
その時代に消費されていくだけの生き方しかできないし、そういうものしか選べないっていうね、そういうことがあるんじゃないかなって思ったの。だからまあよくね、勉強しなさいとかさ、親は言ってきたところがあるし、実際その自分たちのその老いたちの中で勉強してきたから、
それが社会に出て、まあやっぱり良かったとかね、いい仕事ができたとか、そういうものがあるから、それを子供に伝えていくっていうものがあるんだろうけど、やっぱりね、先人たちの言葉にはさ、間違いがないんだよね。
もう何度となく話すんだけど、ああいう先人たちの言葉をちゃんと自分なりに受け止めて、消化して、その言葉を信じて生きていけば、そんなに大外れだね、人生にはならない。でもどうしてもね、自分なりにとか自分らしくっていう、そういうものを選ぶから、間違えたり失敗したりということがあるんだけど。
まあそれがあるから成長があるということでもあるんだけど、結果としてはやっぱり先人たちのああいうね、もう何百年何千年という経験や知恵の中で生み出されてきた言葉や考えって、やっぱり大外れはしないよね。
だからまあやっぱりそういうものを知っている人からの教えとかね、そういうものに溢れている学びの環境とかね、そういうところに身を置くということが大事で。
そのためにはまあ今の日本だけに限らずね、世界でもそうなんだけども、やっぱりそういう人たちが集まっている学校や大学に進学して身につけていく、吸収していくっていうことがね、大事だったよね。
だから物事を残していくっていう時には、頭が良くないとならないっていうね。
それをね、こういう村上隆とかね、あとこのカワオブザイヤーのデザイナーの人たちのね、ものを見て、よりなんか思うんだね。
そういう人たちと比べてしまうのがあれなんだけども、比べてね、自分の今こういうね、ものを考えた時に、やっぱりね、バカなんだね。
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そこまで考えが及ばない、残したいという思いはあるんだけど、何をどういう風に、どういう理由でとかね、どういうロジックだからそういうものが残せるんだとか、そこまでにさ、たどり着けないっていうね、じりじりしたものがあるね。
まあこれは、やっぱりね、バカなんだよ。いろいろ俺が生まれ育ってきた環境において、バカなんだと思うんだよね。
まあそのバカを後悔しているということもないし、そういうバカに囲まれた環境の中で生きてきて、そういう知り合いや友人がいっぱいいてさ、それがね、やはり後悔しているっていうことは全くないんだけども、ただ、なんかね、残したいっていう風に考えた時には、やっぱり頭がいい方がいいなって思ったの。
で、やっぱり勉強とさ、学問って違うと思うんだよね。だから勉強はさせられるもの。要は子供の時に、必要だから学校に行って教わるとかね、教えられるとかね、そういうものが勉強であって。
で、学問って自分自身が興味を持って能動的に学習していく、知っていくっていう、そういうものがね、学問だろうなっていう。だから学問の勉強っていうのはもう全然違うものであって、本当であれば学問というものにね、もっともっと触れてきた方が良かったんだろうなって思うんだね。
で、この学問っていう意味ではさ、今回のこういうCOW OF THE YEARのデザイナーの人たちの対談みたいなものを見ていてもそうだし、村上隆のものを見ていてもそうなんだけども、もう最高のさ、興味を持つきっかけっていうものがね、めちゃくちゃ今、YouTube、それに限らずTikTokでもネットでもいいんだけども、めちゃくちゃ溢れているよね。
だって俺が20代とか、それぐらいの時に、こういう車のメーカーでデザインをしている人たちの言葉とか、またこういう美術家の人たちの言葉って、まあよっぽどそういう世界が好きとかね、そういうものに興味を持っている人であれば、なんか雑誌で読むとか本で読むとか、そういうものあったりしてよ。
でも、ぼやーんって生きていてさ、あの当時はさ、電車の中でね、少年ジャンプ読んでいました、モーニング読んでいました、まあかろうじてなんか誰かの小説読んでいましたっていう、そんな平凡だね、毎日送っていたお礼のような人間がさ、こういうデザイナーの人たちやこういう美術家の人たちの言葉やね、考え方に触れる機会って、まあほとんどなかったわけだよね。
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それが今は、まあYouTubeだーっとぼやーんと見ていても、レコメンドされてそれを見るきっかけがある。で、そもそもそういう映像が残されている。で、それはまあYouTubeというものがある限り、まあそのチャンネルを運営しているところが削除しない限りは残り続けていくわけだよね。
この凄さがあるよね。だからYouTubeとかこういうネットに溢れているものって、学問として何かこれを学びたいとか興味を持つっていうきっかけ作りにおいては、もう最高のツールだよね。
で、そのきっかけがあって、例えばじゃあ車のデザインに興味を持った。で、それに関してもっともっと掘り下げて知っていきたいって言ったら、いっぱいあるわけだよ。YouTubeにもあるし、まあ例えばネットでブログ的に残している人もいるし、それは実際デザインの現場で仕事をされてきた人のブログとかもあるし、またそこからこうねデザインの本に行くとか、そういうものまでもさ、こう掘り下げていける。
で、それがしかも容易に家にいながらにしてポテチ食いながら掘り下げていけるっていう。このね、学問に興味を持つきっかけや知識を掘っていくきっかけにあるっていう、このネットというものはさ、その意味ではものすごい革新的なテクノロジーだと思うんだね。
10代の時にいい学校に行くとかね、いい大学に行くっていうのは、俺としては思うのは、大学に進学することの意味とかね、専門の勉強したいから行くとかさ、そういうものもあるんだけども、なんで大学に行ったほうがいいか。
なんで名前があるような大学に進学したほうがいいかっていうと、社会に出てからの人脈なんだね。要は社会に出てからのほうが圧倒的に人生が長いからさ、いい大学や名前がある大学にいれば、社会に出てからのその人脈がさ、ものすごいその様々な仕事における中での人の繋がりをいっぱい可能性があるというか、仕事がしやすくなるとか、
そういう人脈がさ、ものすごい豊富にあるっていうのかな。それがあるんだね。だからああいう大学に行く意味っていうのは、自分が社会に出たときにいかにその人脈がいい繋がりを持っている人たちと繋がり仕事が貫通できるのかとかね、そういうところにあるからさ。
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だから、まあ大学って言って何勉強するんかなとかわかんないのであれば、俺はめちゃくちゃ大学の間にこうあるしね、遊んで友達を作るとかね、友人を作るとかね、そういうものにさ、時間をかけてもいいんじゃないかなって思うんだよね。
だからまあ10,20代ぐらいの時の大学とかね、そういうものは、そういう人脈作りのために行くというものが、むしろなんか大半を占めてもいいんじゃないかなって思うの。
で、これがさ、すごい社会に出て、社会経験をしてさ、でもやっぱりもう一回なんか大学に行きたいっていう人いるじゃん。俺自身もなんかもう昔からそんなことはよく考えていた。
なんか社会に出て、もう一回大学とかね、ああいうところに行って勉強したいなとかね、物事をもっともっと深く知るようなね、物が欲しいなとかね、思ったことがすごいあった。
で、俺がやっぱり20代とか30代ぐらいの時って、何か物事を掘り下げていくためにはさ、ないんだね。きっかけもなければそういう場所もほとんどない。もう本当にそれに取り組んでいたらね、そういう場所は見つけられたかもしれないけど、でもそこまでに至らなかったんだろうね。
あんまりなかったんだよ。だから何か掘り下げて知るっていうことであれば、雑誌とかを読んで興味を持って、その興味がテレビなのかラジオなのか、または本なのか。で、売られている本がなければ図書館に行って調べるとか、そういうことでしかないんだよ。で、それにはめちゃくちゃ労力と時間を使うわけだよね。
いや、知りたい物事の本が売ってない。そしたら調べる方法ってないわけだよね。その出版社に電話するとか、そういうことでしか調べられない。でも今あったネットでカチカチカチャーってやればすぐ出てくる。何ならそのサンプルを少し読めたりもするわけだよね。
だからこのね、誰か物事を掘り下げていく時って、俺の時はそういう環境がね、あんまりないんだよね。手軽にできないというのかな。そういうものがあったりして。だからね、昔からそういう社会に出て学校に行きたいなって思うことはいくどとなくあったの。
で、金ちゃんともそうだね。60だか70になって、また大学に行って勉強しているっていう、ああいうものを見ていてもさ、いや本当にすげえいいなって思うんだね。
で、そういう社会経験をしてまた学校に入り直すっていうのは、これに関してはさ、もう勉強じゃないんだよね。もう学問になっているんだよね。要は自分が労働的にこれを勉強したいから、そういう学校にもう一回通い始めるっていうことって、もう学問なんだよ。
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だから学問で、自分がすごい興味を持ったものに、労働的に自分が働いて勉強していくっていうことがね、学問にあって、学問の方がより自分の地肉になるっていうね、ものがあるんだよね。
だから、こういう教育とか学校って、もう大学生くらいまでは、そこそこいい大学とかを目指すっていうのは一つ、俺もあっていいと思う。そのいい大学を目指すっていうのは、将来社会に出たときに人脈のためにいい大学に行くっていうことが一つの成果なのか、目標にあるっていうことであってもいい。
社会に出てからもう一回学び直すっていうね、その方がむしろ本当の自分の地肉になるような学問というものを手に入れられるっていうことが絶対あるんだよね。
だからね、長い人生の中においてはさ、勉強じゃなくて学問を身につけていく、教わっていくっていうね、そういうものの方がやっぱりいいし、そういう学問を手に入れると、きっと何か未来に自分の何か残していけるというものを発見できるんだと思うんだよ。
だからそのためにはね、やっぱり頭が良くなるっていうことがあるんだよね。
なんかね、それ思ったら、でもね、結局一周回るじゃん。一周回って、一番何の言葉が響くかっていうと、Aちゃんなんだよ。
やるやつはやるし、やらないやつはやらないっていうね、この言葉にすべて帰結するんだよね。やるやつはやって残せる。やらないやつはやらないままに、その時代に消費されて死んでいくっていうだけにしか過ぎないっていうね。
結局ね、あのAちゃんの言葉にさ、一周回って戻ってくるっていうものがね、あるね。
なんかね、ちょっと今回はこの残すということを自分なりに考えて、まだ本当にまとまりきれていないというものがあるんだけど、せっかくこういうふうに配信しているのであれば、未来に残せるものっていう発信がしたいなって思ったの。
で、その時に別に、自分の名前を残したいわけじゃないんだよ。要は、かんすけとかほうがくのとか、自分の本名とかね、あるけども、その名前を残したいのではなくて、今この時代を生きていて、その中で自分のその考え方とかね、なんか感じたものであるとか、その時代の中に生きていたというものを残したい。
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それが100年後、200年後であっても、何かしらそこにこう、俺が残したものに影響してくれる人がいたりとか、何か興味を持つきっかけになるであるとか、そういうものであればいいだけで、名前を残したいわけじゃないんだよ。
だから、読み人知らずみたいなことでいいんだよ。それをね、最近ね、よくそういうことを考えるのがね、多いですね。
ちなみに一番最初に、ダンバー・オサムという名前を一番最初に口にしたんだけど、この人さ、カー・オブ・ザイヤーのデザイナーの中でね、話をしていく中で、何か一番イケオジなんだよ。
いい感じだなぁと思って。だいたいなんか俺がイケオジだなっていうふうに感じてしまう人はさ、いい感じのその白髪というかな、銀髪というのかな、ああいう人が多いんだね。
このナンバー・オサムさんという方もいい感じの白髪具合でね、なんかその温厚な感じ、優しい感じとか、人の話を聞いている時の、あのちゃんと人の話を聞いている感というのかな、感じゃないな。
人の話を聞いている。要はさ、年取ると人の話聞かないじゃん。食い込みに話していくじゃん。じゃなくて、ちゃんとその人の話を聞いて受け止めて自分の考えを話すっていう、この当たり前のことがものすごく大割りでできている人で、ああこういう人っていいなとかね、こういう人であればなんか一緒に仕事ができたりするんだろうなとかね。
そんなことをね、こう感じさせてくれる、佇まいみたいなものがあってね、ああこのナンバー・オサムさんという方はちょっといいなーって思ったというね、ことなんだけどね。
だからこういうカーデザイナーの人もやっぱり自分が仕事をしてきた中でいろんな車をデザインされて、それがまあ残っていくよね。この車のデザインをしたのはナンバー・オサムという人であるとかさ。そういうものがね、やりたいな。
一応俺自身も商品企画をしてきたりゲームを作ってきたから、そこにクレジットとして名前があるにはあるんだけど、でもそれが本当に自分が満足して作ってこれたかっていうと、そうではないものの方が圧倒的に多いんだよね。別に芸術作品を作っているわけではないから。
やっぱりクライアントから発注があって、そのクライアントの意向をもとに商品企画とかね、そういうものをしてきた仕事だったりしたからさ。だから本当に自分の思いを100%そこに入れ込んでやってきたというものではないからさ。
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ジレンマとしては自分の名前があるにはあるんだけど、でもこれって俺がやってきたものではないよなっていうものがさ、どこかしらにあるんだよね。じゃなくてなんか自分が作ったとか、そういうものが100%織り込めるもの、それを作ってみたい、どこしたいっていうね、ものがありますね。
ということで、相も変わらずまとまりがないっちゃないんだけども、残すということを考えたいなと思ったので、今日はこんな話をしてみました。
ちなみにジョゾーの前の前澤さんが、これからはお金ではなくて株を配りますっていうね、ポストをしていて、彼が株&っていうものを立ち上げるんだよね。これがちょっと面白いなと思って見てます。
とりあえず参加というか申し込んでみようかなとは思ってる。株&ってどういうものかっていうとさ、インフラ、電気、ガス、モバイル通信、ネット回線、ウォーターサーバー、ふるさと納税、今はこの6つが、6つって毎月毎月支払うわけだよね。
例えば電気代を支払う。そうすると、仮に電気代が1万円だとするじゃん。で、この株&というところを通して電気代を支払うと、1万円支払ったうちの何パーセントか、そのポイントみたいにさ、株券が発行されるというものなんだよね。
で、要はこのポイントを株で発行するってどういうことをやりたいかっていうと、要は未公開株を発行して、例えばこの株&がさ、上場するとするじゃん。そうすると何百倍何千倍になるわけだよ。要は毎月毎月普通にその電気代ガス代を払っていく。
で、これは当たり前のように電気会社やガス会社に支払われるわけだよね。でもその中からこの株&というところから株が発行される。未公開株が発行される。で、この株&がまあ何年?3年?最短であれば3年とかさ、まあ5年なのか10年なのかかけて上場したときに、その未公開株が何十倍何百倍何千倍の価値を持っているね。可能性があるっていう。
これがこの株&というさ、まあ新しい試みをしてるんだよね。で、これ純粋に何か未公開株を買っていく投資をするっていうことであれば、ちょっとうさぎ臭さとかね、リスが感じるんだけど、基本的にこういうインフラの代金を払って、それでポイントとして株がもらえるのであれば、別にそんなに痛みはないじゃん。
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単に毎月払っているものは株&を通すだけで未公開株がもらえるわけだからね。その意味では、まあなんか最悪株&が潰れちゃってインフラがなんか停止したとするじゃん。料金未納でさ、止まっちゃったとする。
それぐらいのものでもいいのであれば、例えばガス代金だけなんか株&を通して支払いをしてもいいかなって思ってね。今はちょっとやってみようかなって思ってる。でもまあこれはいろいろね、あの超えなければならないものがあると思うのは、結局株もらったとしてもさ、その未公開株が本当に俺のものですよって、その証明する方法ってあるのかなとかね。
結局株&が飛んでしまったら、まあそのポイントとして未公開株をもらったとしても、結局落点があってさ、落点のポイント毎月毎月引き落とされてもらいました。でも落点がなくなったらそのポイントパーですっていう、そういうことと一緒だからさ。
まあうまく正解点していればその未公開株をポイントでもらって、その未公開株がポイントのようにしてもらって、それが上場したときに何百倍何千倍になるっていう夢がね、あるからね。
あとその実際上場したときに証券会社をかませないと取引ができないわけだから、じゃあその未公開株でもらったとて証券会社とかを通してのことではないわけだからさ、それってじゃあどうなるのとかね。
まあいろいろハードルはあるんだけどもね。ただなんか発想としては面白いなと思って、とりあえずね、やってみようと思います。
実際俺はさ、この未公開株ですごい爆発的に儲けたというか、夢があるっていうのは目の当たりにしてるからさ。
俺が勤めていたところもさ、やっぱりその上場する前に未公開株を社員の人たちに何株か渡すんだよね。
でその役付けの人であれば一般の社員の人よりも多い株数をこう分け与えられた。で結局上場するじゃん。
そしたら会社からタダでもらったような未公開株なんだけど、上場した途端にさ、その1株が何百万という価値に変わるんだよね。
だから社員であれば2株か3株ぐらいだったりしたんだけど、それでもいきなりやっぱり100何万ぐらいの値がついたからさ、一気に200万300万資産が増えましたみたいな状態になる。
そんなその未公開株の夢というかそういうものは目の当たりにしてるからさ、ちょっとねこの前沢さんがね今やろうとしているこの株安度というのはね、ちょっと注目して見てますね。
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ちなみに俺はその自分のいた会社がね上場してっていうその未公開株の夢は目の前では見てたんだけどその前に転職してしまってその恩恵はね受けられませんでした。
そういう意味ではさ俺も全く運を持っていないね人生なのかなって思ってます。
ということで今日はこの辺でおやすみなさい。