00:00
こんばんは。
こんばんは。
こんばんは、かんすけです。
笑いがない。
笑いがないから、
お話ししようというのがあるんだけど、
時々さ、
まあ、ああいうブログ的なね、
ものとかを書いている人がいて、
いや、今日書くことがないんだよね、とかね、
別に書かなくていいんじゃないか、っていう
ことはね、
自分自身も話すことがないんだよね、っていう時は、
収録しなければいいんじゃないか、というものがあるんだけど、
なんかちょっと、書くことはないんだよね、ってね、
そういう風に口にする人の思いがちょっと今、分かった気がした。
やっぱりその、毎日毎日続けていることだから、
まあ、何と話してもいい、
途切れさせたくないというね、こともあるし、
まあ、毎日やっていることだから、
今日もなんかやらないとか、
意味関というか、
まあ、なんか毎日の、
したがさずやっている決め事だけだけどね、
なんかそういうものがあるんだなって思った。
まあ、話すことがなくても、
こういう風にね、収録を頼りにしてしまうというのは、
まあ、なんかそういう習慣的なものでね、
続けているからということがあるんだろうね、ちょっとね。
でも、こういう話すことがないときって、
家でもあるよね、家でもあるっていうか、
まあ、数時間でもあるし、
まあ、カップルでもあるし、
まあ、友達同士でもあるしね、
ああいうなんか全然話が盛り上がらないとかさ、
話題がこう降ってこないというのかな、
03:00
そういうときってあって、
そういうときは妙になんか話したいと思ってさ、
まあ、どうでもいいような話題を振るじゃん、
そうするとさ、まあ、どうでもいいような返答しか返ってこないというね、
不毛の会話になるわけだよ。
だから、話したいけどがないとかっていうときは、
あの、そこに何か会話を発生させたとしても、
何かそこから新たにね、生み出されるものもないし、
なんか知ることもないし、楽しくもないし、
ってことはさ、話さないのが、話さないのがいいんじゃないの?
人との会話というか、例えば車に乗っててさ、
なんかドライブするじゃん、
そのときの人と、いや、喋りすぎだよなっていう人と、
全く喋んないっていうさ、
そういうなんか3種類ぐらいに分かれるんだけど、
まあ、こないだの魚買いに行ったね、
おばちゃんの中で言うと、もう止まらないんだよ、話し始めると。
だから車の中で、もうずっと話しっぱなし、
そのおばちゃん家に迎えに行って、魚屋に着くまで1時間ぐらいから、
もう凄まじいよ、マシンガン道具で、
凄いんだよ、全然止まらないの。
で、その話、もう2回3回聞いたよなっていう。
もう酒飲んじゃってさ、脳がツエんだ。
おっさんのようにさ、同じ話をするんだよね、そのおばちゃんも。
で、まあね、そうか、とかそうなんだ、
一応ね、相槌を打つぐらいではあるんだけど、
自分自身がテンションがそんなに高まらない時っていうのは助かるんだよ。
一応場が埋まるみたいなものがあるから、
おばちゃんが話しかけてたりね、すれば、
一応その景観が埋まるっていうものがあって、
自分もちょっとね、動き始めてさ、
ちょっと元気になってくると話したいんだけどとかさ、
06:01
そういうものがあるじゃん。
で、もうそのおばちゃんのさ、話題を変えるタイミングをもう心得てるからさ、
おばちゃんが一連の会話をしている中で、
ちょっとこう呼吸するバグになるんだよ。
呼吸をするというか、ちょっとほんの一秒ね、話が途切れる瞬間があるんだよ。
次の話に行く。
その瞬間に関係のないというか、
俺が話したい話題が来ると、
もう100%そのおばちゃんはそっちに引っ張られていくの。
で、その話がまた始まるじゃん。
で、おばちゃんがまた話し始めると、
またその感激を塗って、
俺が全然関係ない話をポンって入れると、
またその話にさ、簡単に切り替わっていくっていうね。
その面白さがすげえあって。
まあおばちゃんがね、一方的に話している時でも、
一応俺はその合間合間にね、
自分の話したいことを入れるタイミングっていうのはもう心得てるからさ、
一応それで会話っていうのは成立するんだけど、
でもそういう時に思うのはさ、
そういう風に俺がよしよしに自分の話したい話題をポンって投げ込むじゃん。
そうするとおばちゃんは瞬時に方向をパッと変えるわけだよ。
まっすぐ走ってた道を急に右折するかのように、
さっきまであれほど熱中して話していた話題を、
パッとすぐ90度方向転換できるんだよね。
だからああいうものを見てると、
すげえ一生懸命、一生懸命っていうか楽しそうにね、
集中して話しているんだけど、
でもそのおばちゃんにとってはその程度の話題でしかないんだなって。
いつも思うの。
すごいなんかその会話をね、
俺としてそれについて深めたいとか、
なんか新たな知見みたいなものをね、もたらしてほしいとか、
そういうものはもう一切ないんだよ。
もうひたすらに自分の話したいことを言葉にしていくだけだ。
だからなんていうの、ないんだよ。
何もそこにおばちゃんが執着しているものが何一つないの。
それがすごいなと思って。
だからどんどんどんどん会話がさ、
もう直角のような角度でね、曲がっていくっていう、
そういう感じがあるんだよね。
だからやっぱり女性というか、
09:00
特にうちの周りにいるおばちゃんがいるという感じで言うと、
そういう感じのおばちゃんが多いんだよね。
だからあんまり立ち話とかね、
そういう話をしているときでも、
あんまりそのおばちゃんたちの言う言葉に、
それほど真剣になって受け止めたりね、考えたりね、
いやしなくてもいいんだなとかね、
そんなことをね、毎回思うな、そのおばちゃんの場合は。
で、一方で何も話さないっていう人もいて、
俺の同級生のおばさんが、
よくそんなことを口にしてたりしてね、
その旦那、だから俺からすると、
おばさんの旦那さんが寡黙な人なんだよね。
家にいるときは割と喋るんだよ。
でも車を運転すると、もう一切喋らないんだよね。
だからそのおじさんというのはさ、
引退する前までハイヤーの運転手をされていたんだよね。
だからああいう仕事をしているから、
まあそれがもう身についているんだろうね。
運転するときはもう一切自分からね、
なんか乗っている人に話しかけるということもしないしさ、
運転に集中するっていうさ、
そういうものがもう身についてしまっているから、
一緒になんか買い物に行くとかね、
まあなんか旅行に行くとかってね、
車で行くともう全然ね、
うちの人は話してくれないから楽しくないんだよねって、
いっつも言ってたりした。
だから中にはさ、まあドライブ中にね、
運転に集中してあんまりね、
会話できないという人もいるから、
それはそれでまたちょっと退屈なものがあるよね。
だから自然的になんか音楽を聴くとかさ、
まあ外を眺めるとかね、
それぐらいしかなくなってしまうというものがあったり、
あの、なんて言うんだろう、
あの付き合いが長かったりすれば、
あの会話がないさ、
ああいう車の転換って別になんも思わないよね、
そんなに恋しさもないし、
いやむしろいいわぐらいに思うこともあったりしてさ、
でも付き合いテーマもないとか、
まあ、なんかそんなに知り合いではないんだけどもさ、
ね、車に長時間同乗しなければいけないとかさ、
ああいう時になんか一切通わないっていうのは、
12:03
ちょっと空間が重くなるよね。
だから全くその話せないっていうのは、
それはそれで、
あの空間の重さにも耐えられないみたいなものがあるっていう、
いうのがね、あるね。
で、ちょうどいい塩梅っていうのはなんなんだろうな、
ちょうどいい塩梅って結局、
あの、会話が楽しいとかそういう風なことであれば、
まあ結果として、
お互いにとっては塩梅がいいということになるんだろうね。
ただやっぱり基本的にさ、
あのキャッチボールでないとダメだよね。
相手がそのおばちゃんみたいにさ、話す一方だと、
もうさ、キャッチボールではないからね。
やっぱりキャッチボールで話して受けて、話して受けてみたいな、
そういうものがあって、
で、しかもなんか共通する話題なのか、
なんか考え方なのか、そういうものがね、
一致するものがあれば、なんかいいよね。
時々なんか全然合わねえなっていうのもあるじゃん。
自分の考え方とか趣味とか一切もう愛入れないみたいな、
そういうこととか、
あとなんか知らないけど全部否定してくるとかね、
言えるんだよね。
まあそうすると必然的に無音になってしまう。
会話みたいなものは気になるっちゃなるけど、
ああいうなんかさ、
ファミレスみたいなところとか行くと、
隣の席で話しているものとかさ、
ああいうカフェに行くとっていうのがあって、
周りの話しているようなものが聞こえてきたりはして、
まあ時々なんか聞こえてきてしまうというか、
自分が誰かといえば、
その人との話でね、
集中してるからさ、
周りの話していることなんか入ってこないんだけど、
15:00
なんか一人でね、
待ち合わせをして待ってるとかさ、
一人でなんかそういうね、
コーヒーを飲みに行くとかさ、
そういう風にした時っていうのは、
むしろ周りのね、そういう会話、
あれさ、面白いものでさ、
あの帝国ホテルとかあるじゃん。
あの丸の内とかに。
で、あそこに、
なんていうの、
サロンっていうかコーヒーとか飲めるような、
そういうスペースがあるんだよ、1階に。
すごいゆったりできるんだよね。
椅子もちゃんとしたソファーみたいなね、
形になってたりして、
ルノワールの2段3段上みたいな、
そういう感じなの。
で、そこでよくね、
仕事の打ち合わせをする時さ、
時があったりして、
先に行って待ってたりするじゃん。
そうすると、
特に俺の印象では、
帝国ホテルが多かった印象なんだけど、
なんか怪しい人がすごい多いんだよ、あそこって。
なんか明らかにちょっと詐欺っぽいなとかね、
ちょっとなんかこっち系かな、みたいな。
そういう人が、
あのラウンジみたいなところで、
結構打ち合わせというか、
そういうものをしてるのをよく見かけたりしたの。
だから、
どういう話をしてるかっていうのは聞こえてはこないんだけど、
でもなんか、
ああいう人を騙すような時って、
場所を選びってさ、
案外大事なんじゃん。
金持ってないんだけど、
一応ああいうその一流のさ、
帝国ホテルのラウンジのようなね、
ああいうところで、
なんか色々説明されたりとかさ、
すると、
なんか信じてしまうみたいな。
その場所がもたらす、
なんか詐欺の効果みたいな。
ああいうものがさ、あると思うんで。
だから帝国ホテルあたりだとね、
結構なんかうさうさい人が多かった。
俺らがよくやってたのはね、
高校生ぐらいの時に、
あの、まあ喫茶店に行くんだよ。
そうすると、
知らないおばちゃんたちが、
まあなんかの会議会なんかでさ、
4、5人ぐらいで、
喫茶店でまあお茶をするんだよね。
で、俺ら隣に座って、
まあ赤木がさ、
それは3、4人ぐらいかな、
集まって、
18:00
タブーして、まあなんか、
いろいろ話したりしてたり。
で、そういう時によくやってた、
いたずらが、
もう俺たちが、
もう金持ちのボンボン家のようなさ、
話をずっとしてるの。
先週までさ、ちょっとなんか、
あのモルティブとかで行ってね、
もうあんまりないんだよね。
なんかオチロラ人がさ、
あんまりあそこいい土地がないって言って、
しょうがないからさ、
1億2千円ぐらいでとりあえず手付けをしてね、
とかさ、
ガリガリそうなさ、
話をしてるんだよ。
そうすると、おばちゃんたちって、
やっぱりどうしたってこうしたって、
そういう話にさ、
誘われてしまうんだよ。
もう明らかに、
俺たちのその、
おぼっちゃまトーク、
金持ちおぼっちゃまトーク、
もう利き耳を立ててるんだよね。
で、もうさ、
なんかひそひそ話、
始めたりするんだよ。
そのおばちゃんたち。
でもおばちゃんたちはさ、
耳が遠いのか知んないけどさ、
ひそひそ声なんだけど、
俺らにとってはさ、
もう大きい声なんだよね。
だからおばちゃんたちが、
話してることが聞こえてきてさ、
いやでも、
高校生ぐらいの子たちが、
それをさ、
引っ張り出すのがもう好きでね。
よくよくそんないたずらを、
してたりしたな。
というかさ、
まあなんか、
そういうおぼっちゃま学校がありそうなさ、
文教区とかさ、
ああいうあたりで、
そういうようなね、
話に沈残そうとかさ、
ああいうところのカフェで、
なんか知んねーけど高校生の子がさ、
そういう話をしてたりしたら、
説得力があるんだけど、
俺らが言うならね、
多分知ってるような喫茶店って、
下町もさ、
埋立地にあるようなさ、
しょぼくれた喫茶店がね、
そこでさ、
そんなね、
1億だ2億だの話をさ、
ガキがしてたりすることなんてさ、
ありえねえわけじゃん。
で、しかもなんか、
ねえ、
あのパン氏のやつもいるし、
ハイパーのやつもいるしさ、
そんなやんちゃなガキがさ、
そんな金持ちなんてないじゃん。
だいたいからして。
でもなんかね、
おばちゃんだち、
もう君たちじゃうと言われたりしたな。
人を騙すような、
詐欺の才能が、
あるかもしれないな。
でもこれさ、
詐欺の才能って、
21:01
俺は2つあると思って、
1つはさ、
明らかに人を騙そうと思って、
言葉にする。
そういう人いるじゃん。
で、そういう人はさ、
事前にこの人を騙そうということで、
色々とこう、
組み立てるわけだよね。
会話であるとかさ、
どういう風に説得すればとかさ、
そういうタイプの人と、
自分は、
信じてたりするんだよ。
ものすごい。
自分は信じてるし、
自分の考えとか、
自分がしてる言葉は、
正しいんだっていうね。
そういうものがある。
でもそれを人に、
なんか教えたり伝えたりすると、
それは、
あの、騙そうと思って、
のことじゃなくて、
結果として、
その人が思い込んで話している内容が、
結果としてデタラメだったから、
騙されてしまうというか、
詐欺屋みたいなさ、
そういうものってあるじゃん。
だから、
この校舎、すごい厄介だよね。
なんか相手のことを騙そうと思ってね。
自分自身は信じていて、
で、なおかつ、
その仲のいい友達とかもさ、
同じようにね、
なんか幸せになってほしいとか、
なんか利益をもたらしてほしい、
ということから、
情報とかをさ、
共有するんだけど、
でもそれが、
もう全然、
どっちにかのさ、
話でね、結果として、
詐欺屋みたいな。
ああいうなんか、
人を騙そうと思っていないんだけども、
実は、
詐欺だったみたいなさ、
結果としてね、
詐欺になってしまったということが、
一番なんか、
立ち悪いよね。
だからなんかさ、
人にその、
ある種こう、
有益な情報を、
共有するときっていうのは、
まあなんか、
自分でちゃんと、
なんていうんだろう、
まあなんかサービスなのか、
なんか物であればさ、
自分が実際使ってみて、
その上で、
これは、
ちゃんとしたものなんだということで、
共有するとかね、
あとは、
裏取りをある程度するとかね、
そういうことをしてた方が、
まあいいよね。
人に、
とか親しい人にさ、
迷惑をかけない、
ような様々な情報の
共有の仕方としてはさ、
最近、
とにかくさ、
ネットの中には数なわけじゃん、
再生数だ、インプールだ、
いいねだ、フォロワー数だっていうね、
そういうものになってしまってさ、
24:01
で、
そうなると、
まあ発信している
人の大半で、
まあその数を
求めるわけでしょ、
特にその発信力があるとか、
まあ、
戦略的に
フォロワーするとかそういうね、
影響力を持ちたいとかさ、
そういう人っていうのは、
よりその数にこだわるっていう、
ものがあったときに、
案外その人たちが
発信しているものって、
正しい情報じゃないことでもね、
案外その数字を
稼ぐということで
いくらさ、
適当な情報だったりとかね、
適当な映像
というか画像、
ああいうものを捏造してでも、
そのインプを稼ぐとかね、
再生数を稼ぐとかね、
そういうなんか、
ものになってきて
たりするんだよね。
だから、
まだ、
2年前、3年前、
もうちょい前かな、
っていうのはさ、
ある程度その数を
持っている、フォロワー数を持っているとかね、
再生数を持っている、
そういう人たちって、
ある程度その誠実に、
正確な情報をね、
共有していたという
ものがあるんだけど、
今はさ、
まあああいう
Xとかもそうなんだけども、
そのインプで金が稼げるとかね、
まあYouTubeにしろ何にしろ、
再生数がお金に結びつくとかね、
そういうものになった結果さ、
いや、再生数とかね、
まあ閲覧数とかね、
フォロワー数とか、
そういうものが稼げるのであれば、
別に正しい情報じゃなくても、
多くの人が興味を持つ
情報を発信してたりしたら、
とりあえずその数が稼げる
っていう方向に
今はなってしまったんだよね。
だからその結果、
なんか、
数が多いとかね、
フォロワー数が多いとか、
再生数が多いから、
その情報が正しいのかっていうと、
決してもうそうではないっていう。
だからよりなんか、
何をね、
軸にして判断したらいいのかっていう、
ちょっとものになってきてたりはするね。
今まではある程度、
フォロワー数が再生数が
そういうものである程度
この情報が確かなんだろうなっていう
ものだったけど、
今はもうそうではないっていうさ、
ことがね、
すごいある。
だから、
やっぱり数を
鵜呑みにしてしまって、
その数の裏にある
本物なのか偽物なのかっていう、
27:02
そういうものを
ある程度
見極められるような
軸になってくるのかもしれない。
正直わからないじゃん。
ネットにあふれている情報なんて。
これが本当なのか
これが嘘なのかなんて、
ある程度、人生経験をさ、
してきた俺でも、
いや、これ
本当かなとかって、
いうこととかね、
いや、なんとも
構えずに信じてしまうとかね、
そういうこともあるわけだから、
冷静になってとか、
その情報とかね、
そういうものが
本物か偽物か見極められるっていうのは、
案外、
たどり着くのはさ、
人間の本能的な
嗅覚というのかな、
なんかそういうところに
なってくるように
思うね。
うん。
不思議な世界だよね。
これだけ01でね、
すべてのものが、
ネットの中にあるものは01で、
作られている
ものにあるんだけど、
ただ、
その01の世界で
かわされている情報というのはさ、
最終的にそれが正しいか偽物か
っていうのは、
人間のこの他の嗅覚
とかね、
危機回避能力とかね、
そういうものでしか
分けられないみたいな、
そういうものになっていくっていうのが、
結局さ、
やっぱりその
人それぞれが持つ
能力的なもので、
やっぱり
ある程度の
情報格差的なものなのか、
危機回避能力
格差なのか、
そういうものがね、
生まれてくるっていうのがさ、
ちょっと面白いね。
だから昔からさ、
あるのが、いわゆるその
金持ちおほっちゃまの人は、
ね、
騙されやすいとかさ、
そういうようなものがあったり、
またお金がない人っていうのはさ、
それも
それが全てまた
騙しやすいとかね、
そういうものがあるんだけど、
今というか、
これからっていうのは、
そういうその、
生活の環境とか、
教育の環境で、
定義するみたいなものは
あるかもしれないけど、
教育的なものなんかで言うとさ、
AIが発達していくから、
そんなに、
今までのようなね、
さって、それほど
つかないと言うから、
割と中央値みたいな
ものがね、
30:00
より増えていくと思うんだよね。
ただ、
そういう知識的なものとかね、
そういうものは、
中央に多くの人がいっぱいいるようには、
なるかもしれないけど、
でも、
人の中にあるそういう、
本物か偽物かを
見極める、
その人間的な持つ能力、
本能的なものと言うのかな、
それはやっぱり、
ちょっと生まれもった
というね、
ものがなんか出てくるかもしれないね。
だから、
面白いよね。
結局なんかそこなんだよ、
ってことなのかな、
ってちょっと思ったりしたの。
全然深くね、
知らないんだけど、
ツバクロが復活するっていう、
ものをね、
目にして、
なんかそのプロモーションビデオみたいなやつが
アップされてたりしたの。
で、なんかぼーっと見てて、
で、まあ他のさ、
ツバクロの歴史みたいな
ものがね、
見極めされて、
見てたりしたの。
で、そうすると結構さ、
ツバクロってあのヤクルトの、
野球のね、ヤクルトの
キャラクター。
で、去年かな、
あの中に入っている人が
休止されてしまったんだよね。
すげー愛されキャラで、
ね、あの中にいる人の
ああいう様々な
アドリブが、あのツバクロ
人気をね、牽引したという
ものがあるからさ、
俺も当時、
いや、ちょっと
残念だなと思った。ドアラとのね、
いろんな構想みたいな
ものがあったりしてさ、何気にこう、
YouTubeとかでね、
リコメンドされてたりしたの
見てたからね、
ちょっと寂しいなと思ったら、
まあ、
2代目のね、ツバクロ、
まあ中に入る人がいるんだけど、
ということでまた今期
かな、ツバクロがね、
復活するっていうことなんだよ。
で、それまでの
ツバクロのまとめを見てたりするとさ、
めちゃくちゃ努力してるのね。
ツバクロってね。
最初はなんかちょっと
あの、細いキャラクターで
出てきたりしたの。
で、まあ、
いろいろ
あるんで炎上するようなこともあったりとかね。
で、何気にツバクロが
続けていたのはさ、ブログを
書いていたんだね。
まあ、毎日なのかどうなのか
まあ、かなりの頻度でね、
ブログを書いていて、
で、全部平原で
書いてあるんだよ。
で、ああいうね、神宮球場でさ、
選手と一緒に写真を撮ったりとかね。
ああいうものを
ブログに上げてたりして、
33:02
結構そのブログもさ、
人気だったりしてね。
で、また球場でもいろんなね、
パフォーマンス、選手との
掛け合いとかさ、監督とかね。
ああいうものが
面白くなったり、またドアラとのさ、
あの戦いみたいなね。
ああいうものもあったりして、
それまでなんか野球の
ああいう球団のキャラクターで言うと、
もうドアラ、
あれがもう断トツだったんだって。
で、それに追いつきを
追い越せて、うまくドアラを
利用して、まあツバクロってさ、
成り上がるみたいな、そういう
ストーリーがあるんだよ。
だから、まあいろんなね、
すげえ努力をしてるんだね。
で、話題提供すごいしてるの。
その毎年毎年さ、
ああいう野球選手のように、
年望の交渉とかさ、
球団会長だと
するんだよ、毎年毎年。
で、今年は年間で
一番嫌ですとかさ、
まあそういうものをね、発表するとかさ、
そういうものがあったりしてね。
まあ本当に
愛されたキャラクターだったりしてね。
だからそれが、
去年ね、
中の人が亡くなってしまって、
しばらくツバクロがいなくてさ、
またああいう風に復活してくれたっていうのは、
いやものすごく、
あのー、
ね、
エアフルトファンの人も
嬉しいだろうし、またね、
あの中に入っていた、将来のね、
ツバクロの人もさ、
嬉しいんじゃないかなと思って、
いやいい話だなと、
思ったりしたの。
ねえ、
あれをやっぱり見てるとさ、
いわゆるあのツバクロって、
うーん、
まあ、エアフルト球団の
まあ、
広報的な役割をしてる
わけでしょ。
まあ、エアフルトの選手を
応援してとかさ、
まあ見に来てとか、
ああいうプロモーションを、
彼がまあ担っているというものが
あるわけでしょ。
でも、やっぱりさ、
ああいうものを見ると、
まあこの間もちょっと話したんだけど、
さまざまなああいうミュージシャンとかのね、
宣伝をミュージシャン本人に
やらせてしまうというのは、
まあ今、流れとして
あるんだけど、
ちゃんとああいうその、
宣伝でキャラクターが
立つような、
そういう存在の人やね、
キャラクターがいたりしたら、
十分そのミュージシャンとかさ、
そういう人たちの
宣伝だとか告知だとかね、
そのミュージシャン本人が
しなくても、
できる仕組みづくりってさ、
やっぱりなんかできるんじゃないかな
ってすごい思うんだよね。
なんて、
エアフルトのさ、
あの選手で、
いやーちょっと人流がね、
あんまりお客さん入ってないから
見に来てくださいとかさ、
アピールしないじゃん。
そういうのはさ、
36:01
ああいうスパクロとかね、
あとエアフルトの広報とかさ、
ああいう人たちが
してるわけで、
だからそこはやっぱりね、
運用できてるわけだからさ、
同業にミュージシャン
とかもね、
ああいうやっぱりその
事務所か、
レーベルなのか、
ああいうやっぱり
一本こうね、
注目されるようなさ、
そういう宣伝的な
ことができる人なのか、
キャラクターなのか、
やっぱりいた方が
なんかいいよなって思った。
まあその、
ああいうスパクロみたいに
人気キャラクターになるまでって
もちろんすごい大変ではあるんだけど、
やっぱり今、
俺はあんまり
ミュージシャン自身が、
細かにね、
CDだ、ライブだ、
ああいうものさ、
細かに
告知していく、
宣伝していくっていうのが、
あんまり好きじゃないんだよな。
まあ俺が、
あれなのかな、
気にしすぎということもあるのかな。
今の子たちはあんまり気にならないのかね。
ああいうミュージシャンや
アイドル本人たちが、
宣伝や告知を
頻繁にするっていうことは、
ああ、それまで気にならないのかな。
俺は何かな、
ミュージシャンには、
音楽というかそういうものにね、
集中してほしいっていうのがあるな。
ああ、それで言うと、
今日なんかBTSの
あのアリランっていうね、
アルバムを
制作している
なんかドキュメンタリーみたいなものが
ネットフリーにあってさ、
スネーツから眺めてると、
結構流れてくるんだよね。
いや、あの、
ドキュメンタリー映画を見て、ああ思ったと思ったみたいな
ものがあって、
で、まあなんとあたしね、
気になってたりしたからさ、
今日ちょっと見ながらね、
あの、飯食べてたりしたの。
で、今回
3年ぶり?
3年半ぐらいで復活で、
まあ同じタイミングで
そのアリランっていうさ、
アルバムをリリースしたというね、
ものがあるんで。
で、その中の
アルバム作りであるとか、
まああの、今回の
シーンをカットされている
スイングというね、
曲を制作している、
そこら辺を、まあ
ドキュメンタリーで描いてるんだよね。
で、L.A.で
曲作りをしたりとかね、
またあの、ハイブーンのさ、
一番偉い人、
パン、
パンなんとかっていう人、
とかとね、
打ち合わせをしているような、
ああいうものもドキュメンタリーに
残されてたりして、
で、まあ多くの人が言ってたのが、
39:02
結局、あの、ハイブのその
パンっていうのが
一番偉い人と、
まあ彼らがミーティングしているし、
あそこのことをね、
ポストしている人が多かったりしたの。
で、俺も
見てみると、あ、ここ
なんだなっていうものがあって、
結局、どういうことかっていうとさ、
まあ彼らのアルバムが
アリランっていうね、
あのタイトルをつけて、
その、
なんか曲の中に、
アーリラン、アーリランっていう、
そのなんかメロディーというか、
そこを、まあかなり長くね、
割いて入れてほしいと、
ハイブの一番偉い人からすると。
でも彼らとしては、
あの、
短い方が、
聞きやすいとかね、
曲の流れ的にも
短い方がいいということで、
そこで話し合いをするんだよね。
でも、
ハイブのお偉いさんから言われると、
やっぱり彼らも断れない
わけだよ。で、結果として、
まあ、
お偉いさんが言うようにさ、アリランアリランってね、
ちょっと長めに入れるみたいな、
そういうものになったんだけど、
やっぱりああいうものを
見てると、あの、
なんて言うんだろう、
韓国としてはさ、首を上げて、
ああいうエンタメを
後押ししてるわけだよね。
助成金とかさまざまな、
彼らへの融入制度
とかね、設けて、
まあ、韓国の
一大産業として、ああいうエンタメを
海外に輸出しているという
背景が、そもそも
あるんだよね。
だから、やっぱり
BTSって言ったらさ、
ね、復活で世界に注目される
アイドル
だからね、そうした時に
このタイミングで韓国という
ものをより世界に
アピールする、宣伝する
もう絶好の
タイミングなわけだよね。
だから、
まあ、アリランというね、
韓国特有の
この、なんていうの、
フレーズというのかな、
そういうものを
タイトルにして、よりその韓国
から発信
しているんだっていうね、
ことを推してきた
っていうのは、やっぱりそういう
政治的なものがね、
あったんだなと思って、いわゆる
プロパランダ的にね、
BTSが、俺は
利用されて、このタイトル
であるとかね、
アリランというこの韓国
特有のフレーズを
ふんだんに入れ込んだとかね、
英語の
詩ではなくて、韓国語の
ね、言葉で歌う曲が
多いとかね、そういうことも
含めて、
やっぱりBTSに
乗っかって、韓国というものを
世界にアピールしていくというね、
そういうものがやっぱり背景で
42:00
あって、なんか一レベル
の問題ではなくてさ、
もう国として
そういうね、なんかお達し
が出てるんだなっていう、
その感じの
ドキュメンタリーを見てたりして、
なんか思ったら、そういうことを
多分、あの
ドキュメンタリーをね、見た人たちが
あー、
なんか無理してんじゃないのとか、
本当は嫌だったんだねとかね、
そういうポストにあふれる
っていうのは、まあそういうことか
と思ってね、
見てたりしたの。ただまあ、
あくまでもああいうふうにネトウリ
のドキュメンタリーとして
描いてたりするからさ、
あれを素直に受け止めて
いいのか、それともあれも含めて
一つの
復活までのストーリーを
描いた演出
なのかというね、そういう
ものもある
ようなっていうね、
ことでもあるね。
ああいうふうに
その、配偶の
偉いさんと対立軸をね、
描くような
ことをして、
やっぱりBTSっていうのは、
まあファンの人たち
の
思いであるとか、
そういうものを
とにかく最優先にして考えて
いくアイドルグループなんだというね、
そういうそのアピールも一方では
できたりするような
とかね、思うしね。
なかなかあの、配偶は
あの、ニュージンズとか
ミーヒージンとか
ああいう件がね、いろいろ
まあ噂としてあるからさ、
ただ俺
初めてだね、たぶん
あの、配偶の
一番偉いパンナンとか
っていう人、
あの人が、なんか
インタビューとかで答えているような
ファン姿っていうのはさ、
なんか見たことがあるんだけど、
ああいうミーティング
の場で、本当に普段の
インタビュー会議のような感じで
話しているのってさ、
なんか見たことがなかったの。
でもあのドキュメンタリー見て、
あの人のあの打ち合わせを
している時の
ああいう雰囲気を見ると、
いや、なかなか
この人には口答えできないな
っていう、そういう感じが
すごいある。
うーん、なんかね、
言いづらい。
言えたとしても、
一応BTSの彼らも
言うんだよ。
いや、そうじゃなくて、僕たちはこうやりたい
とかって言うんだけど、
でも、もうその
あの一番偉い人が
もう決めてるわけだし、
まあなんなら、
もっともっと国というね、
上の方から言われている
そんなものを感じたり
俺はしたから、そうするとさ、
45:00
もう
これでやってくれっていうのを
ある意味、力づくでもね、
やらせようみたいなさ、
そういう、なんかね、
ガブリエリカみたいな
そういうものが
一見、君たちが
考えて
決めていいんだよって
言ってるんだけど、
でもそれは、俺が言った通りに
やってくれよっていうね、
それがもうあるんだよ。
それをすごい感じた。
あのなんか言い方が
いや、本当になんかずるいな
っていうね、
俺は感じがあったりして、
だからすごいから、
こういうことで
ミニシリーズで揉めたりとかね、
ニュージーランドとかね、
ああいうものも
こういう人だから
ああいうところまで揉めたのかな
とか、そういうのをね、
思ったりした。
やっぱりね、
ちょっと
なかなか一筋縄で
いかない、説得できない。
もう自分が
考えたもの、
その目線を
もうやらせないと
納得いかないみたいな、
一見こう自由にね、
クリエイティブしていいよって言いながらも、
自分で全てコントロールしたいっていう、
そういうタイプのね、
人だったなってすごい思った。
まあ今回のね、
BTSのアリランというアルバムは、
もうだいぶ前に俺もね、
韓国のK-POPがちょっとガラパホス化してるみたいな、
話をしたんだけど、
やっぱりなんか、
そういう目の見があったんだなぁ
っていうね、
ことがあったりしたね。
まあガラパホス的というか、
うちに向けたメッセージではあるんだけども、
それが引いては外に向けたメッセージである。
で、結果として、
まあやっぱりね、
BTSのアルバムってさ、
ビルボードでね、
何週にわたって1位を取るの?
何日か。
何日かにわたって1位をね、
獲得しているとかね、
ああいうものを見ると、
まあやっぱりそれだけ影響力があるし、
韓国というね、
国からすると、
まあやっぱりああいうね、
エンタメビジネスの最大の、
なんていうの、
輸出人たちというのかな、
そういうものがあるね、
外観を稼ぐというね、
エンタメを国で後押ししていくと、
こういうことにもなるんだな、
っていうのをちょっと感じた。
なんか俺は日本でもさ、
まあ日本のね、
国でもっとああいう、
アニメ文化とかね、
漫画文化って、
あの、
後ろで提案してね、
もっともっと世界という、
ことを思ってたりしたんだけど、
48:01
ああいうエンタメの世界にさ、
そういう国のね、
さまざまな思惑みたいなものが入ってくると、
ああいう漫画や
アニメ文化に乗って、
トロポランダ的に、
日本はこうであるとかね、
こういう考えであるとかっていうのを、
ああいうそのエンタメコンテンツで
利用されかれないというね、
そういうリスクがあるんだね。
うん。
だから、
ああいうなんか韓国のものを見てると、
もっと広がってほしいとは思うんだけど、
ああいう漫画やアニメや、
ああいう映画でも何でもそうなんだけども、
ああいうエンタメの世界に国が
入ってきてしまうと、
ダメなのかもしれないね。
ああ、そういうものが
あったということをね、
思った。
だからまあ今の、
こういうね、企業レベルなのか、
アニメ会社レベルなのかとかね、
出版社レベルなのか、
そういうところで、
ある程度の自由を持ってね、
さまざまな作品が
発信できるという、
で、それが世界へという、
今の流れの方が、
ああいうBTSのドキュメンタリーを
見てるとね、
やっぱりまだその方がいいのかもしれないなって、
思ったりしたね。
なんか、
ちょっとかわいそうだなって思ったかな、
BTSのこのアリランというね、
アルバムの
制作する中での
さまざまなカットをね、
見てたりしてさ、
なんかアイドルがいて、
そのアイドルの
相方なのか
何なのかが、
ファン全員の葬式に行きたい
っていうね、まあそういうものを
インタビューの中で答えた
というね、ものを読んだりしたんだけど、
いわゆるまあその
孤独心を
防ぐとかね、まあそういうこと。
だから、
割と年齢層が上の
おじと言われる
人たちにね、多分
応援されている、支えられている
アイドルだとは思うんだけど、
何て言うんだろう。
ものすごいなんか
俺はこのファン全員の葬式に行きたい
っていう言葉に違和感を
感じてしまって、
まあ本当にそう思ってる
のかもしれないし、
でも本当に
それってできるのか
っていうね、こともあるし、
なんか
年齢を重ねてさ、
若い子に入れ込んじゃう。
おっさんとかおじいちゃんっているじゃん。
ああいうものにも似た
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なんか
ちょっと安易にそれを信じて
応援していいのか、見継いでいいのか
っていうね、なんかそういうものがあるな
って思って。ある種これ
いただきにじちゃんとやってることって
そんなに変わらないんじゃないかな
って思うんだよね。
て言うんだろう。この
こういう
アイドル系と
推しの人たちの
その絆とかね
あの本当の真の部分
っていうのはさ
俺は多分理解できないんだよ
だから引いた
目でね
見てるから、まあそういう
彼女の言葉に違和感を感じてしまうのかもしれないけど
でも
その中にいる
を知っているおじいの人たちである
とか、まあこのアイドルの彼女も
本気でそういう風に
思って、その彼女の言う言葉を
信じて繋がって応援している
っていうね、ことかもしれない
わけだよね。だから
なんて言うんだろう
信じる
というか信じる
人がいるというのは
あの
歳をとっていってね
この国になるほどそういう存在がいる
っていうのはむしろ
いいこと
だったりしてね
本当であれば
ある程度ね、そういうものっていうのは
世界は宗教みたいなものがね
そういう孤独を補ってくれる
というものがあるんだよ
日本はなかなか宗教が
あんまり根付いていない国でもあるからさ
だから
何かね、そういう信号をしているものがないと
出る存在がいないからね
だからこういうことが
そういう人たちにとってね
大事な存在になるのかもしれないな
とは思ったんだけど
まあ
わかんないな
わかんないよね
俺はどうかなと思うけど
わかんねえな
だからこないださ
アペンマーかなと見てて
その
鬱になった人の思いや
考え
ああいうものは元気な人は
理解できないっていうね
まあそんなような番組
で
まあ議論ね
交わしているものがあったりしても
で
それはね
本当にそうで
わからないんだね
ああいううつの人が
どういうメンタル
になっているのかとかね
何が本当にもうどうしようもなく
つらくてね
何が
救いになるのかっていうのが
もう全くわからないんだね
54:04
一度やったり
そういう
女性とね付き合ったことがあって
あの最初はさ
いやなんか救えるかなって
思ったの
でもね結果としては
無理だったもんね
救えないなって
思った
もう理解できないんだよ
その彼女が
落ち込んでいた
時とかね
ああいう民罪を飲むとかさ
ああいうような状態で
頭が錯乱している時に
発する言葉とかね
考え方とかね
もう全然理解が
できないの
だから
よくあのね
自分はメンタルが元気で
いやうつの人がいて
いや俺の元気でとか愛情で
ああいうね
ちょっとメンヘラ的な
とかさうつ病の人を
俺の愛で
もう回復させてやるぜ
っていうのは無能だよ
無理だよ
まあ奇跡的にね
あの
ね戻れるみたいな人も
いるかもしれないけど
基本的にはね
元気な人は
本当にああいう風に
憂鬱とかね
メンタル系のさ
悩みを持って生活している人のことは
理解できないね
それは
諦めというよりも
むしろそれが
理解だと思う
どうしたらいいのかな
とか思うよね
俺はねそういう経験をしてから
あの
そういうその
なんかメンタル的に
ちょっとね
あんまり
良くない人
だったりすると
話してればね分かるわけだから
もうそれ以上入っていく
っていうことはしなくなったね
なんか
その人との
関係がこれからね
長く付き合っていくとかさ
本当に付き合うとかね
そういうこと
になる場面であっても
何回か会えば
そういうところがあるんだな
って分かるからね
そうすると
俺はもう一線を引く
そういう経験を
一回してるから
それ以上はもう踏み込まないし
近づいて
いかない
なるべく距離を置くように
してしまう
だってもうできないもん
俺はなんか助けることも
何もできないからさ
ダメだなって
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その時にやっぱりさ
元気だった俺の
メンタルとか体までも
やっぱり調子悪くなっていくんだよね
こんなにもね
影響されてしまうんだっていう
それがすごいやった
だからああいう悩んでいる人の
ああいう本当に
パワーというのかな
ああいうものって
元気な人であっても
こうやられていくっていうね
ものがあるんだよ
だからああいうちょっと
メンタル的な
問題を抱えている人は
俺はもう
無理だっていうね
それは理解で
理解してもう近づかない
っていうね
そういう風にしたんだよね
何でも何でも
でもね
悩んでいる人とかね
助けたい人がいて
自分は
助けられる場所にいるとか
助けられるだけの心の余裕があるから
っていうね
ことで結構
手を差し伸べたり
してしまうと
逆に飲み込まれて
しまうということも
あるからね
あるかもしれないけど
自分がやられちゃうからね
自分が本当に
飲み込まれ
かねないからさ
自分の命は
自分でしか守れないというものが
あるからね
そういう人たちは
ある意味やっぱり
そういう傷ついた経験が
あるとかね
同じようにそのメンタルが
ちょっと疲弊して
そこから立ち直った人
そういう経験を
してる人とかね
そういう悩みを理解できる人
そういう人が
アドバイスをするとかね
そういうことの方が
適切なのかもしれないな
と思った
あと病人だとはって言うんだけど
病人がね
果たしてどのような役割をね
してくれるかという感じが
俺はあったりしたのよ
当時の彼女を見てたりして
その彼女もさ
やっぱり精神科みたいなところに
行ってたりしたんだけど
一応行くとさ長いんだよ
話をね色々聞いてくれるんだって
30分くらいさ話すらしいんだよ
でもさ
別にその
話を聞いてくれたからといって
病室から出てきた彼女を
見ると変わってないもんね
全然
それで帰りにはさ
たっぷりのね
薬を処方されるわけで
1:00:01
なんか民罪とかさ
安定剤とかさ
10も20も処方されるみたいなね
ものがあって
だから
いやこの精神科って
大して何か役立ってねえじゃん
っていうね
ものがあったりしたんだよね
だからまあ
医師にね相談して
とかっていうのは
よくさああいうテレビを見てたりすると
あるんだけど
なんかああいうものってさ
とりあえずそうやって
言ってれば
ああいうメディアの役割を果たして
いるっていうね
おためごかしにしか俺は過ぎないな
って毎回思うよね
だからあれが唯一
あるのだとしたらやっぱりそういう
心に傷を負った経験がある
人がそういう人
を
助けてあげるのか
寄り添ってあげるのか
そういうものでしか
なんか救える道って
ないんじゃないかな
葬式に行きたいって言ってる
まあこういう女の子もさ
そういう風に言ってくれる
彼女をね信じて
応援している
おじたちがいるのであれば
その中の人たちにしか
理解できないというさ
ものがね
悪いんだろうな
あんまり過ぎないんだよな
このちょっと弱者ビジネス
的な素組みというのかな
メンタルが弱っている人に
手を差し伸べて
そこから何かお金を
搾取していくとかね
そういうものっていうのはさ
結構いっぱいあるんだよネットの中
って本当に
いっぱいあるんで優しい言葉で
近づいてきて
で騙してお金を取っていくとかね
そういうものが
本当にね
横行してる
だからね
この弱者に寄り添うような感じ
のものって
あれはね
どれもこう酸臭く見えてしまう
というものがね
あるんだよね
まあでも
ね何かそういう
最後の方にさ
何か信じたり
自分が応援できたり
好きになれたりするような
存在がいて
まあ自分の生活がね
できて死んだ後にも
借りを残さないんだとかいうことであれば
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まあ使い切る人生っていうのも
それはそれで
本人がね
納得して
やっていることであれば
まあ俺ではね
俺がね
自分を重ねることでもないような
まあ思ったりするが
ということで
いつものことで
なんだかんだで
1時間超えのね
話をしてしまいました
今日もね
下らない話でもお付き合いいただいて
ありがとうございます
4月は何
エイブリーで
まあ4月もね
頑張っていきましょう
ということで
ありがとうございました