《雑談のおしながき》
iモードとFOMAが終了にともない思い出語りに終始します
iモードが27年の歴史に幕】創設者が語る
「ケータイ革命」の舞台裏 出演:松永真理 榎啓一 夏野剛
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感想
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00:00
こんばんは、こんばんは。
寛之助です。
こんばんは。
4月になりました。
4月の1日とともに、また一つ時代の幕が降りました。
FOMA、3G、iモード、サービス終了。
とうとうね、終わってしまいました。
まだね、今は4月の1日に日付が変わって、今1時10分くらい前ではあるんだけど、
一応まだアンテナは立っているようで、アディショナルタイム状態。
それがどういう風になるのかというのをね、見届けたいなと思ったんだけど、
一応噂では朝方の4時くらいまでつながるような状態にはあるということらしいので、
さすがに4時までは見てられないなという感じがあります。
だから一応これを話している、今このタイミングではまだね、
一応フォーマーがつながるような状態にあったりするという。
こないだのさ、NHKの第2アレもね、停破し、そして今日はフォーマー3Gが停破するという。
もうこれはね、本当にこの時代の流れの中で、
こういうものが次々に終わっていくんだなという、それを感じざるを得ない。
あれだね、ついこないだも民放系の4Kの放送、テレビの。
あれも確か終了したよね。
だからこういろいろね、こういう電波系のインフラを使ったね、こういう放送であるとか、
そういうものが次々に終了していくというさ、
まあ本当に節目となるようなね、2026年になっているなという感じをね、
必死と感じざるを得ないというのがあるな。
こないだのNHK第2アレの停破に関しては、それほど思いではないんだけど、
時報の音がね、あまりにも人が亡くなっていく、ああいうものにも似たものがあって、
03:00
ちょっとね、込み上げるものがあるんだけど、
iモードやフォーマーの終了ということでは、
今のところなんかそういうね、胸が痛むとかそういうものはないんだよな。
で、この3G終了にあたってさ、ニコニコでね、
このiモードを立ち上げたキーとなる3人が決まって話をするというのがあって、
元ね、ドコモにいた榎木圭一というね、
この人は、このiモードにおけるプロデュース的な立ち位置で、
取りまとめ役な存在で、ドコモの社員という人だったでしたね。
で、もう一人が松永真理という、
まあこの人は、リクルートから来てね、
いわゆるデザインであるとか、反則であるとか、
そういうところにね、尽力したという人でしたね。
で、まあなすの、現在のね、ニコニコドワンゴの代表家のなすのたけし。
あとは、もう一人は、ニコニコの取締役のぺりたという人がいるんだけど、
彼はemojiの開発者として名前が残されていたりもして、
まあこの4人が最後のね、この3Gの停破にあたって、
まあいろんなiモードの開発当初の話とかね、
サービスインしてからもいろんな話をするというのがあって、
すごい面白かったな、俺は。
あのー、自分自身はさ、
この1996年あたりからね、仕事が変わっていったという時期でもあって、
それまでが、あのー、まあおもちゃとかね、
あのー、コンシューマーキー、ああいうスーパーギバルとかさ、
まあプレステとかね、プレステはもう出てたりしたかね、
ちょっと曖昧になるんだけど、
まあいろんな、そういうコンシューマーキーのね、ゲーム、
そういうものの、あのー、開発をね、してたりして、
でー、1996年だ、7年だ、PHSとかね、
あとポケット、メールだっけ、
あのメール専用の10円メール送れる、
あそこらへんが出てきたあたりから、
いわゆるこういう、なんていうの、携帯で動画とかさ、
06:02
そういうものの企画開発に、
あのー、完全にこう仕事がシフトしていったという、
まあ時代の流れだってね、
そういう仕事が増えてきたという、
まあそんな時期もあって、
で、この1999年2月の22日、
iモードのね、初号機F501、
これが発売されると、もうそっからもう一気にね、
あの、iモードのアプリ開発というのかな、
コンテンツ開発、もうそれが、
もうほとんど俺の仕事の7割とか8割とか占める、
そんな状態になっていったというね、
だから2010年くらいまでっていうのは、
本当に自分自身もあんまりその時代の記憶がないぐらいね、
忙しく、もうほとんどそのiモードに関わるようなね、
仕事とかさ、携帯に関わるようなね、
仕事とかそういうものをしていた時期で、
あの、もう一番仕事が忙しかったピークでもあり、
何気に一番、あの、何て言うんだろうな、
充実していた、そんなね、淡い青春時代のようなね、
ものが、まあこのiモードというサービスがね、
あったりしたんだよね。
だからそれが1999年だから27年間でね、
とうとう終わってしまうという、
まあフォーマー自体の回線はもう完全に使えないんだけど、
まあiモードっていうのはね、
夏の方も言ってたりしたんだけど、
iモードは終了ではない。
iモード自体は今のDメニューっていうね、
ああいうものに全ての、
あの、このテンスフォルバイザーみたいな、
ああいう人たちももうそのまま移行しているというね、
モノガンダラーを。
まあ名前は変わったとはいえ、
一応iモードのああいうものは今のDチャンネルに引き継がれているから、
いや、iモード終了っていうのはあんまりちょっと正しくないんだよね、
とね、そんな話をしていたりしたね。
まあただ、いわゆるああいう、
そのiモードメニューから入って何かをね、
するとか、そういうものがもうないというさ、
ものだったりして、
やっぱちょっと、
何か引っ張り出せば引っ張り出せる記憶は多分あるんだけど、
あまりにいっぱいありすぎて、
で、なおさら忙しさにね、
考察されているものもあるから、
09:00
あんまりその鮮明に記憶していないというね、
まあそんなものもあるんだけど、
まあただね、こういうタイミングもあるからちょっと、
いろいろね、夏が過ぎる感じで、
このiモードとか、
まあ当時のね、
7Kの話をちょっとしたいなと思う。
で、今日ね、すげえその、
まあキーとなる3人、4人か、
の話を聞いてて、
あのすごい面白くてさ、
俺があのiモードとかね、
真っ只中でね、
まあコンテンツ開発をしていた、
そのもっと手前にはさ、
もちろんああいうそのNTTドコモというね、
ああいう携帯専用の会社ができて、
まあ最初はああいう何、
あのでかいさ、
トランシーバーみたいなさ、
ああいうものから始まって、
で、
まあピッチじゃなくて、
10円メールか、
10円メールで、
ああいうその、
柄系となんかキーボードみたいなものをつなげれば、
メールのやり取りができるとか、
まあポスペがとかね、
ああいうものから始まって、
で、
それが1997年ぐらいなんだよね、
確か。
で、
その2年後の99年にiモード。
で、
本当はね、
1998年の12月にね、
サービスインするはずだったんだけど、
まあ開発がこれ、
まあバグがもう全然取れないということで、
99年のね、
2月22日に、
サービスインということで、
まあこれは当時の松永真理というね、
彼女が、
あの、
まあ9999というね、
並び2222というね、
これにこだわって、
もうどうしてもその日じゃないとダメっていうね、
そういうことで、
まあ、
その日にね、
このiモードが発表されるというね、
ものだったんだって。
で、
まあ当時はね、
この2月22日に記者会見みたいなものを開くと、
もう全然来ないんだって。
記者が。
もう7人か、
8人ぐらいしか来なくて、
で、
ほとんど記事にもならないというね、
状態で、
で、
それにさ、
あの、
松永真理がブチ切れて、
いやありえない。
ありえないわこんな記者会見。
なんでこんな、
ね、
これから見ないようになっていくような、
このiモードというサービス、
そういうものがこんな、
こんな小さい記事にしかならないのはおかしいだよーって、
大騒ぎして、
もう1回再度ね、
あの、
ドグモで会見を仕切り直す。
で、
その時に広瀬良子を呼んで、
まあ彼女をiモードのあのCMキャラクターに立てた。
そうすると、
もう記者が、
なんか500人ぐらいが来てね、
もう大盛り上がりになるというね、
12:00
まあそういうものが、
あったというね、
ことのようなんだね。
だから、
やっぱりなんかiモードといえば、
広瀬良子というね、
そういう印象が、
俺なんかすげー、
あるもんね。
で、今日もその、
パンフレットをね、
あのー、
紹介してたりしたんだけど、
あ、そういえばこのパンフレットすげー、
すげーよく見てたなーっていう、
そのパンフレットの中に、
まあiモードの紹介とかね、
あのー、
使い方とか、
あのー、
画面のフローみたいなものとかさ、
ああいうものがまとめられているね、
パンフが、
まあ配布されるんだよ。
テントにもあるんだけど。
で、それに広瀬良子と、
後ろに、
なんて言ったかな、
庵野なんとかっていうね、
男の俳優。
その人が起用されてたりして、
で、一方で、
まあどこまで配布するようなね、
ああいうiモードを、
わかりやすく解説しているものを、
こうなんか比較するようなものがあったんだよ。
そうすると、
広瀬良子を使っている、
そのパンフっていうのは、
松永マリ。
彼女が、
まあディレクションしたらしいんだよね。
だから、やっぱり洗練されてるんだよ。
デザインも、
いいしね、
あのiのマークのデザインであるとか、
入れ方とか、
今見ても、
いや確かにこのデザインいいな、
っていう、
ものがある。
でも一方で、
NTTが使ったものっていうのは、
やっぱりなんか、
ああいうさ、
役所で作るようなね、
資料のようになっていて、
こんなにもやっぱり、
差があるんだなと思って。
だからそういう意味では、
この夏野であるとか、
まあこの松永マリ、
彼女たちを、
このドコモの合いものの立ち上げに、
引き入れたというね、
これはもう、
ものすごい大きいことだったというね、
ことがあるんだよね。
で、いろいろ、
なんか話を聞いていくと、
本当に、
あの夏野がやったことって、
相当大きいんだなと思って。
特に、
あの、
iモードの開発によってはさ、
まあ最初、
あのなんだっけな、
バップじゃなくてなんだっけな、
なんか他の言語でね、
まあプログラムを書かせようみたいな、
まあそういう案があったりしたの。
でも夏野が、
もう絶対これはHTMLで、
開発させないと、
まあいろんなところからね、
まあ参入できないという、
そういうものがあって、
もう絶対HTMLで書かせないとダメなんだ、
ということで、
押し切ったんだよね。
で、それがやっぱりこう、
そうして、
まあいろんな企業が参入しやすくなって、
あれだけiモードのコンデンスが活用になるという、
そういうものがあったりしてさ、
だからコンパクトHTMLか、
あれで、
まあ当時はね、
プログラムを書かせていたという、
それもやっぱり夏野が、
どうしてもHTMLなんだというね、
そういうものがあって、
HTMLで書かせた。
あとはまあいろんなその、
15:00
お財布形態の構想であるとかさ、
あの、
まあ最初にやっぱり、
あのiモードの中で、
銀行のね、
なんか決済みたいなもの、
ああいうものを絶対に入れないと、
このiモードという新規サービスが、
他のプロバイダーにね、
信用してもらえないんだ、
ということがあって、
とにかくそういう銀行系をね、
誘致したみたいな、
そういう話もあって、
だから結局、銀行大手のね、
銀行がまあiモードのサービスに
参入すると、
銀行がサービスに参入するなら、
安心できるんだということで、
他のね、
いろんな企業が参入してくるというさ、
そういうその仕掛けみたいなものも、
やっぱり夏野がね、
中心になって動いていたというものがあって、
だからなんか、
まあ当時からね、
この夏野という人は、
iモードの申し子みたいなね、
生みの親みたいな風に言われていたりして、
まあ今になっていろいろね、
その当時の話を聞くと、
やっぱりこの夏野という人が、
iモードにね、
もたらしたものは、
ものすごく大きかったかなという、
それをね、
すごい思ったりした。
あとね、
なんかいろいろ話している中で
面白かったのが、
フェリカの話とか面白かったな、
なんかフェリカでね、
まあ今はさ、
ああいうJRでスイカか、
ああいうその立地決済的なものがあるじゃん。
で、ああいうものが、
まあ当初はもうひとはあったらしいんだよね、
なんかBプランとかなんか、
で、そういうものがあったんだけど、
ある日そのJRの方から、
スイカをね、
もう日本中の駅に全部設置したいと、
で、それは先行していたBプランじゃなくて、
Cプラン的な、
そのああいう非接触型の決済のね、
方法だったりしたんだよね。
で、まあそれをね、
ああいう携帯にね、
取り入れる取り入れないみたいなもので、
実は何気に裏で動いていたのが、
あのソニーのさ、
えーと、
名前が出てこない。
いでいさんの後の社長、
その人が、
まあそういうね、
まあ夏のと誰かソニーの人が話している、
そういう情報を聞きつけて、
まあやっぱり対応が早くてさ、
あのヘリカってソニーの技術だからね、
やっぱりそれをああいうね、
あのどの携帯に入れてもらうということで、
そういうさまそのソニーの代表の人がね、
動いて、まあ価格面の交渉をしていくんだよ。
で、本当は2500円くらいって言われてたのかな、当初。
18:02
その必要な部材というか。
で、それがまあソニーの社長と、
まあ夏野が話をしてね、
やると、もう価格がさ、
一気に670円とか80円とか、
なかなかしそこら辺の数字までさ、
まあ彼が話してたりして、
まあそこら辺までグッとね、落ちたんだよね。
で、お互いに利用者をして、
で、ああいう7系にヘリカがあるので、
結果としてああいうね、
駅でスイカの海通過できるっていう、
ああいうものがね、搭載されたという、
まあそんなような話もあったりして、
いやすげえ、このスピード感がね、
当時のそのソニーにはものすごいあったしね、
まあテクノロジーというか技術面もね、
やっぱりあのヘリカって、
ものすごいこう先進的な技術で、
そのなんていうの、エラーが少ないんだよ。
他のああいう非接触型の、
さまざまなああいうものと比べても。
だから頭一つ二つ飛び抜けてるんだけど、
なかなかヘリカってね、海外でさ、使われないんだよね。
やっぱり他の非接触型のそういうものがあるから、
そこに負けてしまうという。
ただ技術としてはもうああいうものの中では、
ソニーのヘリカがもう圧倒的にピカイチなんだよ。
そこら辺がやっぱりね、
日本がなかなかうまくいかないというね、
なんか流れがあるんだなって思ったりした。
あとね面白かったのが、
なんかシェアの話をしてて、
当時俺もやってたときに、
ざっくりパナソニックがね、
一番人気あるというふうには聞いてたりしたんだよ。
でも結構ね、そのシェアってもう格段に違くて、
第一位がやっぱりパナソニックなんだって。
でパナソニックのシェアが5割。
でついでNECと三菱。
これが大体2割ぐらいずつ。
で残りの1割をソニーとかね、
ソニーエレクションとか、あと富士通。
富士通もシェアとしては一番、
ペゲなんだよね。
ただ松下のシェアが、
そんなに大きいんだっていうものがあって、
でそれを象徴してるのがさ、
このiモードのサービスインのときに、
一番最初に出た機種って、
F-501で、富士通なんだよね。
でそっから何ヶ月後だろう?
に次に出てきたのが2機種あって、
三菱とNECなんだよ。
で松下はさ、おっとり刀で、
まだ出さないんだよね。
で松下はやっぱりそれだけシェアを持ってるから、
21:01
そんなに先行して機種を出さなくてもいいんだっていうね。
そういうなんかものがあるらしくて、
夏野も松下さんはいつもなんか遅いんだよねっていう、
やっぱりシェアがあるせいなのか、
いつも他でいろいろ試して、
でそっからいろいろ改良して、
後脱資してくるみたいな、
そんなことを話してたりしてさ。
確かに俺も当時、
iモードの開発やってたりすると、
まあ大体発売される1ヶ月とか1ヶ月半くらい前にね、
その次に出る携帯が来るんだよ。
そうすると、確かに松下とソニー系のもの、
ソニーエレクションとか、
ああいうところの端末は、
あんまり来ないんだよね。
大体来るのは三菱とNNC、
三菱が一番なんか印象にあるな。
三菱と富士通かな。
中でも俺は三菱がとにかく早いからね、
端末を開発して、
そういうコンテンツ開発をしてるところに貸し出してくれるみたいな。
そんな印象がすごくあるな。
どうなのか三菱って早いんだなみたいな。
そんな印象があったりしてね。
松下って振り返ると確かにね、
なんか後を入れてくるんだよ。
もう新たな機種が発売されたり、
もう俺らが開発してるコンテンツがサービスインしてるんだけど、
サービスインしたちょっと経ってからね、
松下の機種が来てチェックをするみたいな。
そんな感じになったりした。
だからそれにはそういう理由があったんだなと思ったりして。
あとはあれが面白かったな。
あの絵文字についてが面白くて、
やっぱりあの柄系でさ、
ものすごいコンテンツというか、
メールであるとかね、
ああいうもので交流を深めていく上で、
やっぱり一番大きく影響していたのって、
あの絵文字にあるじゃん。
で、この絵文字を今ニコニコの取り締まり役の栗田という人がね、
デザインとかあそこら辺の開発に携わったというものがあるんだけど、
あのこれが俺今日初めて知って、
この絵文字をさ、
あのいわゆるドットでね、
制作していたのって、
あの青木純という人で、
建築家の人なんだよね。
で、この人って、
まあこのアイボード立ち上げの松田がまり、
24:02
彼の旦那さんだった人なんだよね、たぶん。
そんなような話をしてたりしたから、
ああ、彼女の旦那なんだと思って、
だから結局当時はもうスケジュールが全くないからね、
そういうドット絵師みたいな人に頼めないというものがあったから、
建築やってる人であれば、
まあキャボとか使うからね。
で、当時、
家に帰って、
彼女と一緒に絵文字を作るみたいな、
そういうことをしていたという話をしてた。
で、この絵文字ってさ、
当時、
あの、なんか、
栗田がね、
うんこの絵文字を入れたいと。
で、
このプロデューサーというのかな、
鳥肌とおみがこの絵の木さんにね、
あの、プレゼンすると、
いや、さすがにうんちはね、
品を書くからダメだっていうね、
ことで断られた。
だから初期の、
ああいうアイモードの絵文字の中にはね、
うんちばっかりになって、
で、今あるのは、
ああいうAUとかさ、
まあ当時のJコンとかね、
ああいうところの絵文字と合体したから、
だから今は絵文字にうんこマークがね、
あるという、
そういうことらしいので。
で、あともうひとつ絵文字で
面白いなと思ったのが、
あの、アイフォンがね、
まあ日本でも発売されるという、
アイフォン3Gか、
このタイミングで、
まあ孫さんがジョブズに会いに行くわけでね、
その時に、
もう絶対、あの、絵文字をね、
入れてくれと。
そうしないと、もう日本ではね、
絶対もう売れないんだっていう、
そういうね、プレゼンをしたらしいんだよ。
で、当時のジョブズって、
もう絵文字否定派なんだよね。
いや、ジャップのさ、
絵文字なんがさっぱり俺には分からないわ、
みたいな。
そんな感じだったらしくて、
いや、アイフォンに絵文字は似合わないというね、
ことではあったんだけど、
まあでもそういう孫さんがね、
力強くプレゼンした結果、
まあ最初のアイフォンから、
まあ日本のね、端末だけなのかな、
まあ諸外国も同じだったのかな。
アイフォンでも、
まあ絵文字が使えるようになったっていうのは、
そういう孫さんが、
まあなんとかジョブズをね、
説得したという、
そういうことがね、あるっていう話も
ちょっと面白かったな。
うーん、いや何気に、
このアイモードのさ、
立ち上げの時っていうのは、
いろんな人がいろんな、
ねえ、場面で、
こう戦っていたというね、
あとなんかGIFの話もしてて、
あの、
アイモードがサービスインする、
何年か前かなんかに、
あのGIFってさ、
あの、何画像の、
フォーマット、
GIFとかさ、
27:00
えーと、JPEGとかさ、
あるんだよ、何種類か。
で、GIFを使って、アイモードの場合は、
画像をね、
そのGIFデータでというものだったんだけど、
なんかそういう、
なんかトラブルがあって、
権利関係で、いやGIF使えねえよ、
っていうことになったらしいんだって。
で、その話を聞いて、
確かになんかあの、
1990年代とか、
2000年代の頭に、
GIFがさ、
あのネットの中でもさ、
やっぱ使っちゃいけないんだみたいな、
そういうものが、
確かになんかあったなと思って、
俺も忘れていた記憶はさ、
ちょっとほんのり呼び起こされたりしてね、
そんな一大騒動があったのをね、
ちょっと思い出したりしてね、
懐かしいなとかね、
思った。
あと、
開発でいうとさ、
さっきのアイモードの場合って、
コンパクトHTMLで、
まあ開発をするんだよね。
で、
その時に、
もうEGFとかさ、
J-Home、
なんか忘れたけど、
アイモードと同じようなものが
もう始まってたりして、
例えば、
アイモード用にコンテンツ作るじゃん。
そうすると、
簡単にEGFとかJ-Homeに
移行できないんだよ。
で、
一番移行できないのがEGFだろ。
AUの。
あれだけがもう全然なんか、
プログラム言語が違うんだよ。
だからもう書き換えなくちゃいけないんだよね。
で、J-Homeは、
まだコンパクトHTMLを
ちょっとだけ手乗せれば、
流用しやすいというものがあって、
当時は、
そのEGF用のコンテンツというのを、
もうちゃんと
そのスケジュールのね、
中に入れとかないと、
いや、同じ時期にサービスインできない
ということが本当に良かった。
で、バグもまた違うからさ、
出るところが、
アイモードで出ているバグと
EGFで出ているバグって、
同じところじゃないことが
もう多いんだよ。だからそのバグフィッチするのも、
いや、すげえ大変でね。
もうEGFだけはもう
作んねえでくれっていうのはね、
当時はもうものすごいあった。
俺もそう思ったし、
プログラマーからしても、
いやもうAUだけはもうちょっと
勘弁してくださいっていう、
そういうものがね、
常にあったりした。
あとこういうもので言うと、
懐かしく思ったのが、
Javaとかね、フラッシュが
ああいうアイモードでも
使えるようになってきて、
あの、
毎回俺プログラマーに言われてたのが、
じゃあこれJavaで
動かせばいいじゃん
とかって言うと、
いや、Javaですか?
Javascriptですか?って
聞いてくんだよ。
それが、いや同じJavaじゃねえかっていうね。
俺はそんな感じになったりしたんだけど、
30:00
でも、
大体多くの人はさ、
いやこれJavaで作ったんですって言うと、
本当のJavaで書いたのが、
Javascriptで書いたのが、
もう全く違うんだよあれって。
いわゆるなんていうの、
Javaっていうのは、
ああいうその、
なんていうの、
もう単独の
独立したアプリとして、
プログラムを組む時は、
Javaっていうね、
言語でプログラムを組むんだよ。
だからスタンダードオンで
動かすための
言語。
で、Javascriptっていうのが、
いわゆるそのああいう
ウェブ上、ホームページ上で
動くようなね、ああいうもののことを
Javascriptって言うんだよ。
だから、
ああいうその、
ブラウザ上でなんか
動かしたりとかね、
ああいうものの時は、Javaって言うんだけど、
それは正確に言うと、
Javascript。で、プログラムで、
単独で
動かしたいプログラム、
みたいなものを作る時は、
あの、まあJavaというね、
言語になるんだよ。
だからJavaなんだけど、
全く別物なんだよあれって。
だからよくプログラマーとかさ、
まあ開発の現場において、
いやこれJavaで書いてよとかさ、
Javaで書いたんですよとかって、
言われるんだけど、
Javaって言うと、
同じじゃないっていうね、
それがもう、
よく俺も言われた。
いや俺、どっちなんですかって言われた。
だからJavascript
っていうのは、またちょっと
違うけど、ちょっとFlashとか、
ああいうなんか類のものに近いかもしれないね。
だからまあFlashとか、
ああいうJavascriptで
動かせるようなね、
モードでできるようになると、
また格段に今度Flashゲームとかさ、
ああいうJavaで動かすようなね、
コンテンツみたいなものが、
次々に出ていくという、
まあそんなものもあったりしてね。
そういえばこのJavaで俺すげえ
プログラマーに指摘されてたなとかね、
思い出したりしたね。
あと今日なんか、
あの3人か4人か、
話しているもの聞いて、
なんか俺も一緒に仕事したような
人の名前が出てきたりしてさ、
いや懐かしいなと思って
調べてみると、
なかなか、
なかなかね、
なかなかのところの、
なかなかの代表になってたりして、
ああそうかと思って、
なんでこんなに大きく
ついてしまったんだろうみたいなさ、
思うのがあったりした。
いやでもなんかね、
ああそうか元気にしてるんだなと思って。
でなんかね、
ちょっと懐かしく携帯を眺めていて、
まあやっぱり一番最初の
iモードの
33:00
搭載端末と言われると、
まあこのF-501だよね。
もうこれはもう、
すぐさま
買ったもんね。
まあストレート型の富士通端末で、
まあここら辺のね、なんかデザインっていうのは、
あのー
このマツダがあまり、彼女が
相当色とかね、
デザインとかね、ああいうものに
こだわったということで、
ストレート型だと結構デザインとしては、
俺の中では
5本の指に入るくらい美しい。
あとあの思い出すのは、
AU KDDIか、
あのーなんだっけ、
インフォバーじゃなくて、
四角い
角々のボタン、タイルみたいなさ、
ああいうデザインの携帯だったじゃん。
ストレート型で。
あれがストレート型な
あの中で俺は一番
デザインが綺麗だなと思うんだけど、
まああれが
ちょっと雑貨的なものであれば、
このMのゴーマディっていうのはちょっと
ものすごいね、
未来感を感じさせてくれる端末で、
もう一番最初にね、
これが
iモードなんだっていうね、
そういうものを
イメージ付けれる
このデザインとしては、
もう大成功だと
思うよ。
本当にもうめちゃくちゃこれ
未来感でたもん。
いやこんなかっこいい携帯が
世の中にあるんだみたいな
ものがあったもんね。
で、それから三菱が出たり、
NECが出るんだけど、
このNECの折り畳みはさ、
当時俺は
めちゃくちゃこれダサいなって
思ってたの。
当時そういう企画畑だからさ、
こういう折り畳みを
持ってる人ってだいたい
営業の人が多かったの、当時。
で、漏れなく
一緒に働いてた営業の人も
これを持ってたりして、
それを見るために
なんでダサい
使ってるんだって
いつも思ってた。
でもそれが時代を経て、
もう完全に二つ折りがね、
市民権を得るという。
それはもう一にも二にも画面が
大きく撮れるからというね。
もうiモードに最適だという。
そういうことで、まあ
最終的なNECというか、
こういう二つ折りがね、
変わっていくというものがあったんだけど、
まあ出始めの頃は、この
Nの携帯はもう
全然受け付けなかったな、俺は。
あと、
これも懐かしいな。
ソニーから出たセンタージョブ
ダイヤル
SO503i
というね、ちょっとなんていうの
丸っこいんだよ、デザインが。
丸くて、
で、センタージョブで
苦力で苦力でね、
ダイヤルみたいなものが付いてて、
いや、なんで画期的なんだと思ったの。
文字入力するときに、
36:01
あのダイヤルで、文字というか
ワードを選べるというね、
今まではさ、
十字キーでポチポチポチポチ
やらなくちゃいけないものが、
あのダイヤルでというのがね、
画期的すぎた。
で、こっから割とこのダイヤル式であるとか、
こういうセンターダイヤル式の
三菱にあるような、
ちょっとダイヤル風なんだけど、
上下でね、
移動できるみたいな、
そういうものが増えていったという、
そんな背景があったりしたね。
記憶しているものだと、これで見るとね、
そうだね。
まあ、いろいろフォーマシリーズというのが
出てきたよね。
2003年ぐらいかな。
画期の21なんちゃらかんちゃらとか。
当時の
フォーマは、いわゆる
なんかね、まだ
回線が弱いみたいなね、
そういうものがあって、
ムーバーというね、
ものが
あったな。
だから俺、なかなか
すぐそのフォーマに移行するということは
当時なかったね。
で、ましてや
フォーマ用の端末が
どれもなんかデザイン的に
なんかダサいっていう、
そういうものがあったりしたね。
だからしばらくムーバーを使っていたという、
そんな感じがあったね。
こんなのあったな。
リスト持ってるんだっけ。
なんか腕につけれるさ。
ものあったね。
懐かしいね、これとかね。
もうこれ。
もうこれだな。
俺は
このガラケー時代の中で
最高のね、
デザインのものだと思っているのは
ソニーエリクソンの
SO505IS。
このね、
リボルバー式の回転で
クルッと回すっていう。
これがもう
最強だね。
ガラケーの中でこれがもうナンバーワンだと思っている。
あの、デザイン
という面においては。
もうね、かっこよすぎた。
まあ今のその
スマホにも通じるようなさ、
まあ大型の画面がね、
あって、
で、それをクルッと回すと
あのダイヤルがね、出てくるという
機構になって、
このリボルバー式のデザインの
美しさ足るよというものがあるね。
もう
ガラケーの中では、俺はもう
ナンバーワン。いまだにこれはまだね、
持ってたりするぐらい。
で、それからあれだね、
あのフォーマ系が出てきて、
このT-90シリーズとかね、
そこら辺に
俺は移行していったように
覚えてるの。
マス下系に行った。
あとこれもすごい
使ってたね。
えーっと、
超小型のムーヴァ
39:00
プレミニカ。
これもすごい
使ってたね。
もう本当にどれぐらい?
高さは10センチぐらいかな。
幅が
5センチぐらい。
めちゃくちゃ小さいの。
もうなくしちゃうわよっていう。
そういう感じのね。
端末だったりして。
これは俺は車に積んでおいて、
なんか車専用の
電話としてね、
よく使ってたりした。
だからもう車に置きっぱなしみたいな。
そんな形態だったりしたね。
これはもう何気に
大好き。
これもデザインとしてはもう
価格にいいね。
近未来感があって、
もう大好きなデザインだったりしたな。
あとまあ
モトローラーとかね。
あったし。
機器の方はあんまりないな。
っていう意味であの
F系の携帯が懐かしいな。
この
F505も懐かしいね。
指紋認証初搭載っていうのは
なかったな。
Fって
ものすごい
優れてたりしてさ。
いわゆるなんていうの?
裏モードがあるんだよ。
電話帳とか
メールとか
ああいうものが
裏設定できる
みたいな
モードがあるの。
それを今日も夏の
話してたりしたんだけど
なんでああいう裏設定
的なね。裏設定というか
裏モードがあるね。
端末を作ろうかと思ったか
っていう話は
浮気をするために
っていうものを
言ってたくらいで
いわゆる
当時ってさ、ないわけだよ。
ロックとか今みたいにスマホにないから
開けたら見られちゃうんだよね。
そうすると
そういう裏モード的な
ものがあると
持っている
本人しか見れない
裏サイト的なものがね
設定できるんだよ。
それがものすごい
浮気できてて
一目でわからないようになってるの。
例えばなんか
アンテナのマークが
いつもは例えば緑なんだけど
裏の設定の方の
メールに
着信があったりすると
アンテナが赤くなるとかね。
微妙にその人しか
わからないような
通知みたいな
設定できたりするの。
で、写真とか
ああいうものも
暗証番号とかね
そういうものを入れないとアクセスできないとかね。
そういうものがあったりして
いや、これはもう
めちゃくちゃ画期的だ
42:01
と思って
俺もすぐFにした。
俺はそういう使い方で
Fにしたんじゃないんだよ。
自分の当時このセキュリティ意識が
高いから
大事な情報というのは
一人見られてはいけないと
そういう
そういう思いで
Fをね、使ってたりしたね。
あとさ、この
F系の柄系でさ
もう何か知んないけど
当時ワンセグが
乗り始めたじゃん。
後半の方になると
そうすると
テレビを見る用の柄系が出てくるんだよ。
で、どれほど
ワンセグが見やすく
できるかというね
競争になって
特にすごかったのが富士通の端末で
ガシャンと引き出して
クンと引っ張りながら
寝かせると
置いたまま横画面で
ワンセグが見れる
柄系とかね
またなんか画面を
パコンと裏返して
今のスマホのようにさ
横画面にして
テレビが見やすいとかね
ああいうギミックワンセグ柄系が
すごい出てきたという
これがちょっとワンセグ時代になって
またなんか一段二段
ギミック具合というものが
進化したという
そういうものがあったりしたね
懐かしいね
フォーマルN900Aの
アークラインだったな
当時
ちょっと流れるような
アークライン
それまでの
出始めの頃の
Nのようなさ
ダサ目じゃなくて
ちょっと洗練された
アークラインを用いて
差別化にあったりしたのも
思い出したな
デザインは綺麗だったりはしたんだけど
あんまり
ダメだね
ハマるものは俺はなかったな
SO505iというのは
ディスクジョブで呼ぶんだね
円盤式の
ダイヤルも
くるくる回すような
ああいうものが搭載されたりして
画期的すぎたわ
やっぱり
SO505iSがね
最高に
かっこいいね
さっきのAUはこれだね
AUデザインプロジェクト初号機
インフォ版
これがデザイン的には
ストレート型では
一番綺麗だなって
難しいね
UKのG1シリーズも
45:03
良かったんだよな
W42CAというやつ
当時は
番号ポータビリティ
簡単に会社を
変えるというのができなかったりしたんだよ
番号も
引き継げないんだよね
1回どこも何処も
完全に解約して
AUに申し込むとかしないとダメだから
番号がさ
強制的に変えられてしまうんだよ
だから
AUのG1とかっこいいわ
使いたいわって
思うんだけど
番号が変わっちゃうから
もうAU使えないみたいな
そういうとんでもない
今となってはさ
あまりにもとんでもない
縛りがね
当時はすごい
タフネス系の携帯の
G1は使いたかったりしたな
懐かしいので言うと
スライド型とかも
使ってたりしたよね
やっぱりさ
柄系はさ
夢がすごいあったよな
本当に
毎回毎回さ
どんなデザインで出てくるんだ
これも当時懐かしいな
P-900で
カスタムジャケットで
一番表の面
あれを
自分で好きなデザインができる
要はアクリル板で
間に
デザインしたとか
印刷した紙を入れて
パチンとアクリル板で止めるみたいな
そういう柄系があったりしたね
これはなんか
妙に覚えてるな
懐かしいな
ドコモのソニーエリクソンの
SO902i
WPプラス
完全防水の
柄系
これも小さいんだよ
水の中に入れても大丈夫
っていうものがあって
これも持ってたりしたな
これも大好きな端末だったんだ
ソニーエリクソン系はさ
頭一つ二つ
飛び抜けてるよね
デザインが
あと好きだったのが
あれが好きだったんだね
パナソニックの
48:02
P503IS
これが
好きだったりしたな
これもちょっと
メカチックな
ランダムチックな
通常の二つ折り
当時この
SO503i
とかさ
ちょっとヌメーっとしたデザイン
あの時にちょっと男心
くすぐるようなね
中二病患あふれるような
パナソニックの503iSか
っていうのがあったりしたんだけど
これも当時は
すげー喜んで使ってた
ドタバタになってしまったんだけど
これだけ
あれではね
27年が
続けてくれていた
ということが偉いな
と思うんだね
他のAUにしもさ
ソフト番組にしもさ
この3Gの回線で
もう2年前3年くらい前に
停波してね
もう4Gな5Gなにこうしてるんだけど
ドコモはもう最後の最後まで
ついさっきまでね
一応3Gが使えるように
してくれていたというね
ものがあって
やっぱりその国民のインフラを
ちゃんと責任持ってね
最後まで使えるように
続けていたということがね
偉いなと思ったり
はしたし
まあやっぱり
iモードっていうのはさ
本当に
夏もねもう再三に
渡り言ってたんだけど
明らかにあの時代の
iモードっていうのはさ
圧倒的に世界をリードしてたし
iPhoneに
変わるようなね
iモード文化というか
テクノロジーというか
ああいうものがね
世界でもという
夢をさ
描けた
テクノロジーであるんだよね
ただまあ
それが色々ちょっとやっぱり
ガラパフォースでね
抑え込んでしまったというか
利権絡みとかそういうものもあるとは思うんだけど
まあでもどうなんだろうな
iモードが
世界でといったとしても
果たしてリードできていたか
というと
ちょっと難しい感じもあるね
iPhoneが出てきた衝撃
まあその前の
iPodが出てさ
ああいう風に
デジタルで
音楽を持つ外でも聞けるようになる
というあそこから
51:00
いや音楽は聞けて
電話もかけれて
で写真も撮れて画像も
送れてみたいな
ああいうものに進化していった
っていうのは
ジョーズはねかなりiモードを参考にした
というものがあるんだけど
さっきかという
あれでもあるかもしれないな
まあiモードが
世界に向けて
ねえちゃんとうまい仕掛けで
やっていたりしたらもしかしたら
iPhoneは
なかったかもしれないですよ
まあiモードが
ガラコンゴスで終わったから
こういうねiPhoneが出て
Androidが出て今のこういう
世界戦ことでもあるからね
果たしてまあ
iモードがある程度世界に出て
勝負したとしても
やっぱりちょっと駆逐されていく
運命に
あったんじゃないかなと思うんだが
結局
まあiモードってさ
あの
ビジネスモデル的なものが
だいたい囲い込み
なんだよねせめてね
まあそのiモードという
仕組みの中で
まあ
課金がどう残るのとかね
アプリがどう残るのとかね
そういうもの
でのビジネスモデルだから
まあそこに
iモードを通してパケット通信をしてもらって
言ってたのは
アプリでいろいろ課金してもらうじゃん
ああいう売り上げよりも
圧倒的にその通信にかけた
パケット
のお金
料金
メールのやり取りであるとかアプリの中で
データをやり取りするじゃん
せめてパケット料がかかってたりしたでしょ
でパケ地にみたいなさ
ああいうものがあるぐらいで
ああいうそのビジネスモデル的には
パケット通信で
売り上げをね
かなりの大部分を
あの
大きな売り上げとして
あの
というね
ものがあるんだよね
だからああいうその
パケット前提で世界に出て
パケットでどうのこうのっていう
世界線は
ああやっぱり世界に出ていったとしても
うまくはいかなかったんだろうな
だからインフラはこういうね
まあある程度
お金をね低額で払えば誰しもが
使えるという
そういうものに乗ってああいうアプリのね
戦力というものが
あるからさ別にアプリは
パケットで
儲けようというビジネスモデル
ではないでしょ
まあああいうその
iTunesで曲を買ってもらうとか
まあ今はサブスクで
とかさああいうものがあるし
まあなんだなんだで言って
アプリってハードメーカーでもあるからね
その端末や
54:01
ああいうものを売ってという
ものがさ収入源の
やっぱり大きい
割合を占めてたりするからさ
でまあアプリもね
囲い込み的なものは
あるにはあるんだけど
でも今年あたりからさまあいろいろ
ヨーロッパから規制があったりして
まあデフォルトのブラウザーはね
今まではサファリしかダメだったんだけど
必ず
どのブラウザーを使いますかみたいなね
総理選択肢を入れないとダメ
とかさあとアップルが
なんだアプリか
ああいうものもアップルも
アプリストア以外でも
購入してダウンロードできるように
ね開放してるとかね
ちょっと流れとしてはね
囲い込み系から割と
開かれた
ものになってきたりするからさ
まあどうしたってこうしたって
囲い込み系でやってる限りには
ある程度いいんだけど
今の時代の流れとしては
やっぱりちょっと厳しいんだろうな
ああいうPS5
とか見ててもそうなんだけど
今ああいうゲームってさ
あの
PS5というよりは
Steamでね
やるという人が
なんか体感としては
増えてきてるように思うんだよね
結局PS5って
ああいうコンシューマー機で
あれを使わないと
できないっていうねものがあるんだけど
Steamの場合はさ
Windowsであれば
どこのパソコンでもいいわけじゃん
デブでもいいしデブボーでもいいし
ああいう明らかに売ってるようなね
自分で組み立てる系の
パソコンでもいいという
そういうものがあるからさ
今のそのプラットフォームとして
プラットフォームというか
ハードとしては縛りがないんだよね
だからまあ広がりを
見せているということもあるから
なかなかいろんな
こういうネットのようなビジネスモデルで
囲い込み系で
その中で
収益を上げていくという
仕組みは
今の時代にはあってないのかな
って思うよね
そうすると
あの時代にね
世界に出ていったとして
まあ5年10年は
持つかもしれないけど
それ以降は
なかなか勝負としてはね厳しいものになって
いったんじゃないかな
とは思うかな
まあこれだけね
あのガジェット好きのさ
俺とかねそういう人たちを
この
1990年代末期から
まあ現在にもね
引き続きそうだと思うのにも
楽しませてくれる
こういうガジェットであるとかね
57:01
こういうサービスであるとかね
全てというか
まあ割と
多くはね
このiモードから始まっている
特にこの
スマホであるとかね
手に持って何かできるようなね
コンテンツっていうのは
やっぱりiモードから始まっていると
言っても過言ではないからさ
まあその原点であるね
ものをこう
体感できたり
まあその真っ只中でね
いろいろこう仕事ができたりしたっていうのは
振り返ってみたら
大変ではあったんだけど
ものすごい
楽しい時間だったなっていうね
もうなんか
死んじゃう前のおじいちゃんみたいな
そんな感じになってしまったんだけど
まあただやっぱり
自分にとってはね
このiモードとかフォーマとか
まあ本当に思い出がね
強いサービスであり
まあさまざまな
柄系であったりしたからね
まあこの
2026年の4月の1日
まあ3月の31日か
で
この3Gがね
完全に停破してしまうという
ちょっとそれはね
寂しすぎるわという
ということで
俺とね同じような世代の方がいたら
あのどんなね
柄系やこのiモード
思い出がねあったりしますでしょうか
ぜひね
あの
なんか
懐かしいなって思ってくれる方がいたら
ぜひお便りとかね
お持ちしてます
ということで
今日もこの辺でおやすみなさい
58:48
コメント
マニラから、おはようございます。ドン前田です。ガラケーの歴史的無い話が出ましてジムのトレッドミルをやりながら懐かしく聴いてました。私が一番最初に携帯電話を持ったのは、父の経営していた会社ではなく、当時前妻の父親の会社の非常勤役員もしていたので、その会社から報酬をもらうのではなく携帯電話を持たせてもらったツーカーの携帯電話でした。その後、離婚して新たに父の会社で契約したドコモの携帯電話でした。パナソニック製でアンテナが出るスタイルでした。当時は、クラッチバックから携帯電話のアンテナを出すのが流行りでしたよ。スーツは、肩幅広めで、タック付きのスラックスのイタリアンスタイル?でした。その後、iモードになり、やはりパナソニック製の二つ折り携帯電話を数台使ってから、スマホになり最初にサムソン製を使いましたが、その後にiPhone6からずっとiPhoneです。今使っているのはiPhone14と15です。日本用、フィリピン用の2台持ちです。そろそろ14を変えようかと思っています。
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