#033 認知の歪んだ人物を視点にすえたマインド・トリップ小説/『春にして君を離れ』/本語り
2026-06-28 20:00

#033 認知の歪んだ人物を視点にすえたマインド・トリップ小説/『春にして君を離れ』/本語り

アガサ・クリスティーが別名で発表した小説。認知の歪んだ人物を視点にすえて、ほとんどマインド・トリップで小説を展開させる離れ業。これはまぎれもないイギリス文学です。

【言及した本】

・アガサ・クリスティー、廣野由美子訳『春にして君を離れ』(光文社古典新訳文庫、2026)

・アガサ・クリスティー、青木久恵訳『そして誰もいなくなった』(クリスティー文庫、2010)

・アガサ・クリスティー、加島祥造訳『ナイルに死す』(Audible)

・ジョージ・エリオット、廣野由美子訳『ミドル・マーチ 1~4』(光文社古典新訳文庫、2019-21)

・モーム、行方昭夫訳『お菓子とビール』(岩波文庫、2011)

・カズオ・イシグロ、土屋政雄訳『日の名残り』(ハヤカワepi文庫、2001)

ダンテ、平川祐弘訳『神曲 地獄篇』(河出文庫、2008)

感想

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本語り33回目です。 アガサ・クリスティといえば、ミステリーの女王といわれる超有名作家ではありますけれども、私自身がミステリーをそんなに通ってきてなかったということもありまして、そして誰もいなくなっただったかな。
非常に若い頃に一回読んだことがあって、なるほどと思ったことはあるんですけれども、そこから特にね、ハマって読むということはなかったです。
しかしなんですけれども、また例によってと言いますか、オーディブルという音声を聞くものがありますけれども、こちらでいろいろと小説等を聞いておりますと、なかなか面白いもので、実際に手にとって本の形で読む小説と耳で聞く小説というものは好みが変わってくるもので、
やはり私としては本で読むのがメインのスタイルとしておりますが、耳で聞くものに関したら、あまり真面目なものと言ったらいいんでしょうかね。
詩作に吹けるようなタイプと言いますか、そういった小説よりも純粋に面白いと言いますかね、ストーリーテリングの巧みな作品というものの方がやはり聞いていてね、楽しいというふうな状況になってきました。
そうなってくると、やはりこれまで制していなかったミステリーというもの、特にこのアガサクリティというものが気になってくるわけで、それでアガサクリティの最初はナイルニシスですね、まあたまたまなんですけれども、それを聞きましたらポアロシリーズですよね。
これが面白くてですね、まあ今更そんなこと言うなって話なんですけれども、ポアロという人物自体にも引き付けられると言いますかね、そもそもミステリーをそんなに積極的に読んでないということもありますので、
謎解きがもちろん楽しくはあるんですけれども、それよりも人物模様と言いますか、そこに引き付けられるという形になっていったわけなんです。
そしてオーディブルに入っているポアロシリーズですね、そちらに関しては大半は入っているものだけですので、もしかしたら本の形では別のものもあるかもしれませんけれどもね、大半楽しんで聞くということがありました。
もう一つの有名シリーズであるミス・マープルですね、こちらの方は一つ聞いてみようと思ったんですけど、ちょっと田舎のプライバシーの無さと言いますか、そこら辺がちょっと引っかかってしまって、純粋に楽しむ心境ではなかったので、あるいは本で読んだりしたらね、実際はもっと面白いものがあると思うんですが、まだ聞いてないという状況になっております。
その程度のアガサ・クリスティを読んだと言いますか、聞いた経験しかなかったわけなんですけれども、今日紹介したいのは、アガサ・クリスティ、ヒロノユミコ役、春にして君を離れ、公文社古典新約文庫です。
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さあこちら、そのアガサ・クリスティなんですけれども、公文社古典新約文庫から最近出たばっかりのものですね。役者のヒロノユミコさんといえば、同じこの公文社古典新約文庫でまず思い浮かべるのが、ミドルマーチですよね。
ヒロノ先生のおかげで読むことができたジョージ・エリオットの名作なわけなんですけれども、4冊ありますけれどもね、観光が待ち遠しい形で続編を待ち望んでいたということがあります。
仮想本というね、忘れられない人物がいましてね、今でも思い出したらいろんな感情が湧き上がってくるようなものなんですけれども、ちょっとミドルマーチについても話したら長くなるので、そこは割愛しますけれども、そちらも名作、名役でした。
そのヒロノ先生がアガサ・クリスティ、しかもこの春にして君を離れというね、何でもこの作品というのは当初は別の名前で書いていたけれども、ある段階で実は作者はアガサ・クリスティだったんだというふうに判明したというふうな、そういった作品らしいわけなんですね。
こちらをわざわざ訳しているということは気になるなということを思いましたので、そちらで手に取って読んでみました。
紛れもないイギリス文学といいますかね、ミステリーとかアガサ・クリスティとかいろんな前提条件の芯でこれを読んだら、見事なイギリス文学の名作なんじゃないかなというふうなことを思うような読み足といいますかね、非常に簡単しました。
こんな作品があったんだなという感じで、こういったものをね、こういうラインナップの中で紹介していくというのは、公文社古典新約文庫の面目薬師だなというふうな印象も持ちました。
さあどういう作品かといいますと、主人公がジョーン・スキューダ・モアというね、女性なんですけれども、この人はロンドン郊外のクレイミンスターというところに住んでいる人なんですが、
夫が事務弁護士という形で、比較的裕福なですかね、階級的には別に貴族じゃないので高くはないんでしょうけれども、ローアミドルその辺りでしょうかね、割と裕福な暮らしをしている人というふうな設定です。
両妻健忘、辞任しているという感じですね。3人の子供に恵まれて、夫も堅実に働いていてというね、そういったミドルクラスの日々を暮らしているという印象です。
乗っけからその人物がバグダットにいるわけなんですね。バグダットに次女ですね。長男、長女、次女といるわけなんですけれども、次女がバグダットにおりまして、ちょっと具合が悪くなっていったんで、その見舞いに訪れたんですね。
そのキロとして陸路でもって帰ろうとしていたときになんですけれども、レストハウスというのが会員宿泊所みたいな形のものらしいんですけれども、そちらで休憩とかしていたときに、あれってね、もうこれ冒頭のところなんですけれどもね、ブランチというね、昔の同級生を認めるわけなんですね。
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で、そのブランチというのは、学校時代の同級生なんですけれども、非常に美しい女性だったと言ったらいいんでしょうかね。みんなの人気者だった人なわけなんですけれどもね、見た瞬間にね、昔の輝きがないという風な感じの印象を持ってしまうんですね。
お互い認め合うという形で気がついて話が始まるわけなんですけれどもね、昔の輝きがないという印象ですね。まさにこれ印象というところがポイントだと思うんですけれども、それは覆ることもなく、あるいはもっと上書きされると言いますかね。話を聞いてみると、学校卒業してからの人生というのが、男性と付き合っては別れ、付き合っては別れということをね、繰り返していくということなんですね。
一方、自分というのは夫がいて、3人の子供に恵まれ、堅実な暮らしと言いますか、何不自由ない暮らしをしていて、自分はまだ彼女に比べたら若いみたいな、そんな風な印象を自分で持つわけなんですけれども、ここら辺のね、冒頭のこの大師的な描き方をジョンの視点から描いているんですけどね、ここでもう乗っけからなんて言うんでしょうね、印象付けられるのが、なんちゅう俗物なんだってことなんですね、このジョンというのは。
全くしょうもない女だなという形の印象を私が持つわけなんですね。肩にはまった評価軸でしかね、人を見られないという形なんですね。でもこの始まり方が面白くて、ブランチというのも非常にね、逆に文学的に魅力的なもので、ここでね、僕なんかイギリス文学のいろんな作家のことを思い浮かべて、例えばこれモームなんかもね、こういうシチュエーションやりそうだなと思ってね。
そして仮にモームだったら、それこそお菓子とビールなんかの読み味、印象が残っているわけなんですけど、それだったらブランチのいわば節だらなところもある魅力っていうものをね、奔放さっていうものをね、もっと明確に出していって、大師的にね、そしてだんだんそっちに惹かれていくスタンスって言いますかね、それも描いてくれそうだなっていうような始まりなわけなんですよね。
ちょっとワクワクするような魅力的な始まりなわけなんですよ。だけどね、ここからがそうなるのかと思うんですけど、この小説内のブランチの登場ここだけなんですよね。実際に出会って話を云々するっていうのはね、ここだけなんですよ。
それどころかなんですけど、この後、ジョーンというのはロンドンの郊外のね、クレイミンスターっていうところに帰ろうとするのに陸路を取ろうとするので、車で行ったらちょっとなんか遅れたりして、予定通りの鉄道にはね、乗れなかったりするわけなんですね。
すると鉄道駅の近くにあるね、やはりここもレストハウスにね、泊まって、まあそういう意味では異色と言いますかね、そこは足りてて、持ってきた本なんかもあるので、次に列車が来るのが何日後っていう形ですので、ぽっかりと時間が空いちゃうわけなんですね。
そこで予期せぬ形で空白の時間というのができてしまったという形になるわけなんです。結局ここがね、陸の孤島じゃないけれどもね、密室なんですよね。そこの使用人みたいな人でしょうかね、そことはやりとりを簡単にするけれどもね、先ほど登場したブランチをはじめ、自分の家族とかも含めてね、誰にも基本的に会わないわけなんですよ。
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しかし小説は展開していく。じゃあどうやって展開するかっていうと、ジョーンがブランチはああだったなあっていうことを思って、そこから芋づるしきにああだった、こうだったって思っていったり、あるいはそのバグダッドで会った娘のこと、あるいは長男のこと、もちろんそして夫ロドニーのこととかね、長女のことなんかをね、折に触れ何かのきっかけ、実際の出来事のちょっとしたきっかけ、あるいはその連想の中からまたさらに思い出して、そういえばあれもああだったって形でね、
どんどんどんどんね、いわば意識の流れ的な形も取りながらね、いろんなことを連想していくわけなんですね。このジョーンの頭の中だけの話っていうもので、過去のシーンっていうものがどんどん浮かび上がってきて、あの時ああだったっていうようなことの試作に付けていくわけなんですね。
これは非常に魅力的な展開で、こんな作り方もね、階層の形を取るっていう小説はもちろん少なくないわけなんですけれどもね、実際の登場人物を出さずに一人の試作の中で思い浮かべていくっていうスタイル。
しかも、ある意味密室状態にしておいて、試作が過去にあった出来事っていうのは何も変わってないわけなんですよね。だけどその勝ちづけと言いますかね、意味づけと言いますかね、それをジョーンの中でどんどんどんどん変化させていくっていうところがね、めちゃくちゃ面白かったですね。
言ってみればこれは内政という言い方、あるいはもっと宗教的なと言いますかね、内観と言ったらいいんでしょうかね、それまで知りたくないからあえて見逃してきた出来事っていうものにね、心を向けていくっていう時間が季節して訪れてきたっていう状況なわけなんですね。
素晴らしいですね、この設定が。そんな中で書きぶりが見事なんですけどもね、最初ね、俗物と思っていた、まぁ俗物であることには変わりないと思うんですけど、ジョーンなんですけどね、だんだんだんだんこいつはね、いやモンスターじゃないかっていう気がするわけなんですね。
というのが、認知の歪みがすごいんですよ。でもね、これ、我々読者っていうのはジョーンの視点で読んでるわけなんだけど、その認知が歪んでるのをどうやって表現してるかっていうと、会話っていうのは流石に歪ましてないと言いますか、会話文はこう言ってるっていう形で、過去の会話ね、夫とか子供とかの会話とか、その時どうしたっていうものに関してはね、事実として書いてるわけなんですけどもね、
それに対するジョーンの勝ちづけ、あの時はああだっていう認識が歪んでるわけなんですよね。いやそれはそう取らんだろうっていうことを、あえてミスリードしていることをこっちにまた分からせると言いますか、あれこの人何言ってんの?っていう感じなんですね。
これはまた思い出すのが、カズオイ・シュグロがね、日の名残なんか代表的ですけれどもね、信頼できない和謝っていう手法を用いますよね。あれと同じ手法とも言いますか、ジョーンの言ってることはまあ信用できんわけなんですね。だけど会話で言っていることっていうのは、いやそんなふうには取れないだろうっていうことを積み重ねていくわけなんですね。
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そうすると、あれちょっとこの人変だなっていうことがじわじわじわじわ聞いてきて、そんな中でこの変な視点のジョーンですね、認知が歪んでいるジョーンの認知というものが、だんだんだんだんそれをね、日々が経っていく中で、あれ、実はあれはこういうことなんじゃないかっていうことがね、気がついていく。
それは言ってみれば、先ほどもちょっと触れましたけどね、本当は心の底ではわかっていたはずなのに、自分を偽って、それをあえて見逃してきた、知りたくないからこそね、蓋をしてきたっていう部分がね、開いていくわけなんですね。
レストハウスを動かずして、記憶が書き換えられていく過程っていうのは非常にスリリングでした。ある時にレストハウスからちょっと離れて砂漠のようなところで、あれレストハウスを見失った、迷ってしまったっていうことがね、まさにこの自分の心の迷いなんていうところともね、シンクロしたりしてね、ダンテの新曲の始まりなんかもね、迷ったっていうことを思い浮かべたりしちゃいましたけどもね、
そういう重層的な描き方っていうものもね、何か深みがありました。そんな中で思い出してくるのが、女学校時代の先生であるギルベ先生っていう人がいるわけなんですけど、その人の教えっていうものをね、思い出す。印象的だったから覚えていたんだけど、それによって人生を過ごしてきたわけじゃないわけなんだけど、やっぱね、このその先生が自分のことを見抜いていた言葉っていうのがあるわけなんですよ。
どういう言葉かっていうと、さて最後に一言、先生が若い頃のジョーンに対して言ったんですね。さて最後に一言、安易な考え方はしないこと。ジョーン、物事を表面的に受け取るだけではダメ。それが一番楽で、そうすればつらい思いをしなくていいからといって。人生は生きるためのものであって、上辺を飾るためのものではないの。それから自分に満足しすぎないこと。
このセリフっていうものがもう、これからの人生に対して送ったその言葉の教訓が全く効いてない人生を送ってしまったことが、今はようやく気が付いて、はっとね、自分をね、振り返られられないという形でね、初めてその真意がわかるみたいな使い方もね、言ってみればその記憶の中にしかギルベ先生出てこないわけなんですけど、見事な登場人物になっているわけなんですね。
そんなこんなのをコントラストとしてと言いますかね、認知が歪んでいることもあるんですけども、全くこのジョーンというのは見下げた人物のような印象と言いつつね、そんなこと言うけれどもね、読者自身も私含めてそんな立派じゃないから、あれ、ジョーンが認知が歪んでいるとか言うけど、自分はどうなんだって思わされる、迫ってくるものもあるわけなんですね。
ジョーンはバカだな、自分はそうでもないのにとか言っているけど、お前は本当にそうなのかと問いかけられているような、あなただって同じように何気なく自分は安全圏において云々しているつもりでいるけど、それは意図的に何かにね、蓋をしているだけなんじゃないのっていうことをね、迫ってくるようなものなんで、あんまりそのジョーンがどうこうって言える立場じゃないわけなんですけども、ともあれ、ジョーンとの対比として夫がやたらとね、立派に歪みようのない会話においても行動においてもね、
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慕われていると言いますかね、非常に立派に思えてくるわけなんですね。例えば子供にもね、大変慕われていたりして、あるいは夫が犯罪に手を染めてしまった妻というのがいるわけなんですけど、それデズリーシャーストンという人物なんですけど、その人のね、行いというものに対して、ジョーンは偏見を持ってね、シャーストンの夫婦に対しては見るわけなんですけどもね、しかしロドニーは全然そんなこともなくね、思いやる心というものを持っているというのを描かれていたりするわけなんですね。
ジョーンに比べてこんな立派な夫って形になるわけなんですけども、ここでね、一方で私が感じてしまうのが、ロドニーがこんなに立派っていうのは、もともと立派だったかもしれないけれどもね、このジョーンと一緒にいたおかげでね、能力を開発されたんじゃないかっていうかね、忍耐力というか、この世の不条理と言いますかね、それを知ってこういうふうに仕上がっていったのかなーなんてこともちょっと一方では思ったりするわけなんですけど、
またね、そう思いながらさらにもう一歩言うならば、ロドニー自身がどう考えているかわかんないなってね、所詮はこの認知の歪んだジョーンがまた反省して、ロドニーはあんな立派だったのにって形でね、その行動を肯定していくわけなんだけど、反省する前も反省した後も含めて、ロドニー自身どう考えていたかわかったもんじゃないぞということはちょっと思ったりするわけなんですよね。
ここら辺でね、あの本当に認識を通って終わるという方法もあるっちゃあるんでしょうけれどもね、それは取らないわけなんですね。これ関心するわけなんです。書くんですよね。そして結局、そんな心の中のね、出来事っていうもの、劇的な変化っていうものを遂げた後に、列車はね、また来ますので、列車に乗ると。
そしてずっとね、中東からヨーロッパ大陸を通り、そしてね、ロンドンに帰ってくるということになってくるわけなんですね。そしてこのクレイミンスターについてのラストっていうものをしっかり描くところがね、なるほどここまでちゃんと書くんだというふうに感心しますね。そこに僕が抱いた、いやロドニー自身がどう考えているかわかんないよっていうところをね、ちゃんと描いてるんですね。
それはまあさすがにここではね、言いませんけれどもね、最後の一部までズバッとね、持ってくるような表現で、そこも唸ってしまったわけなんだけど、抽象的に言うならば、旅という、あるいはレストハウスというね、非日常の中で得た、そこで展開されていたジョーンの視点っていうものから日常に戻っていくわけなんですね。
そして非日常から日常へ、でジョーン視点からロドニー視点へっていう形、すなわち閉じた空想の世界からもっとね客観性のある視点というものを最後に持ってくる形でね、締めるので、私のその抱いていたどうなんだって思いは解消されたわけなんだけど、周到な伏線というものが貼られていて、
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それはロドニーが折りんふえて発していた発言の中にあったんだっていうことがわかってきて、うーんというふうに唸ってしまうようなラストだったわけなんですね。
いやいや、アガサクリスティ、まあもちろんこのミステリーの手法というのはね、この作品でも12文に発揮されているわけなんですけれどもね、たまたまかもしれませんけれどもね、私が今回の話の中で例に挙げたモームとか、あるいはカズオイシグロっていうのはやっぱりイギリス文学なんですよね。
やっぱりイギリス文学的な書きぶりっていうもの、ちょっとまあ今回は直接的にどうって言いませんけど、例えばイーブリンウォーの雰囲気なんかも感じるところもあったりしましたんで、ああなんかイギリス文学読んだなっていうふうな読み味です。
ミステリーというカテゴリーでもって分けていたら、私なんかはこれを読むことが遅れたどころか、もしかしたら最終的に読まなかったかもしれないという状況だった中に、
公文社古典新約文庫がね、ラインナップで出してくれたおかげでね、春にして君を離れ、これはねシェイクスペアのソネットが元にあって、それ自体もねこの作中で非常に効いているわけなんですけれどもね、この作品を知ることができましたんで、大満足の読書だったということができます。
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以上で33回目を終わります。
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