#037 終わりなき研鑽の日々/『ソニー・ロリンズ伝』/本語り
2026-07-26 23:54

#037 終わりなき研鑽の日々/『ソニー・ロリンズ伝』/本語り

ジャズ界最後の巨人ソニー・ロリンズが95歳で亡くなりました。折しも発刊された邦訳『ソニー・ロリンズ伝』を読むと、幾度かのサバティカルをはさみ、生涯、吹いて吹いて吹きまくった、終わりなき研鑽の日々がうかがえます。

【言及した本】

・エイダン・レヴィ、小田中裕次訳『ソニー・ロリンズ伝』(亜紀書房、2026)

・松本俊彦『身近な薬物のはなし:タバコ・カフェイン・酒・くすり』(岩波書店、2025)

・クインシー・トループ、中山康樹訳『マイルス・デイビス自叙伝Ⅰ・Ⅱ』(宝島社文庫、1999)

・ジェイムズ・ギャビン、鈴木玲子訳『終わりなき闇:チェット・ベイカーのすべて』(河出書房新社、2006)

・エッカーマン、山下肇訳『ゲーテとの対話(中)』(岩波文庫、1969)

感想

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サマリー

ジャズ界の巨匠ソニー・ロリンズの生涯を綴った伝記『ソニー・ロリンズ伝』を紐解きながら、その音楽的探求と人生の軌跡を辿る。人種差別、ドラッグ、そして音楽への飽くなき情熱。彼は「引退」ではなく「サバティカル」を選び、ウィリアムズバーグ橋での孤独な研鑽や、心身両面での高みを目指す姿を通して、終わりなき音楽への献身を貫いた。

ソニー・ロリンズの訃報と伝記の紹介
本語り37回目です。 先日、最後のジャズジャイアントと言われるソニー・ロリンズが95歳で亡くなったという知らせが入ってまいりました。
ちょうどその少し前だったと思いますけれども、 日本語訳でソニー・ロリンズ伝というものが出ていたことも話題になっておりました。
私も気になっていたわけなんですけれども、 しかし900ページ弱のボリューム、かつ二段組なんですね。
さらに値段も7800円プラス税という形の大変なボリュームのものですので、 気になりつつも買うことは見合わせていたわけなんですけれども、
その後ね、武法が入ってきましたので、 これは今読むべき本、読みたい本だということを思って手に入れることにしました。
すなわち、レイダン・レビー著 織田中雄次訳 ソニー・ロリンズ伝 秋初望 なわけなんですね。
実際に聞いてみたら、大変なボリュームでズシッと重く、 900ページ弱で二段組っていうのはもう本当に恐ろしいもので、いわゆるドンキ本と言われるものですよね。
読み出しても詳しい詳しい、 ちょっと詳しすぎるんじゃないかというぐらい詳しい内容なんですけど、
一書きまで行きましたら、何でも著者が書いていたのは、 もともともっとあったそうなんですね。
そのボリュームとしては、戦争と平和よりは少し少ないぐらいらしいです。
ファベットの話かもしれませんけれども、 もともと58万6千字あったそうなんですけれどもね、
そこから25万字を引き、さらに編集者が7万字をカットして、 ようやくこの題材になったということなんですね。
あ、何だ、もっとあったのかってことを思うと衝撃の内容ですけれどもね、 まあね、ずっと活躍し続けた人の電気ですので、
そういった意味ではこれくらいのボリュームになるのも無理はないのかなというふうに思いました。
幼少期と父親の人種差別体験
読んでみてね、知らないことがこんなにあるのかっていうぐらいね、 教わることが多かったし、面白く読みました。
一つの人生というもの、あるいはアメリカ社会というものをね、 垣間見させてくれたなっていう感じもします。
知らなかったんですけど、ソニーロリンズのお父さんっていうのは海軍の科士官だったわけなんですね。
実直なと言いますが厳格な人で、仲間からの信頼も厚いということだったわけなんですね。
ロリンズのお兄さんはね、陸軍のお医者さんになっていたりというふうに、 兄弟もね優秀な感じなんですけれども、
ただこのロリンズが若い頃、高校生ぐらいでしたかね、 それくらいの時なんですけども、ある大変な事件が起きたそうなんですよ。
それは何かと言いますと、ロリンズのお父さんが同じ海軍仲間、 あるいはその繋がりとかでダンスパーティーを開いて、
その後、いわゆる二次会みたいなものをロリンズのお父さんの部屋でやっていたそうなんですね。
これ別に珍しいことじゃなくって、 よくやっていたことをその日もやっていたっていうことらしいんですけれども、
それがね、結局ね、白人の男女が一緒にそういう酒飲んだり、 うんぬんしているっていうことが当時の社会状況ですから、
問題になってしまったわけなんですね。 しかもそれが写真が残っているなんていうことがあったんで、問題になった。
で、軍法会議にかけられるということになったわけなんです。 かつそれが全国的なメディアにも乗って、スキャンダルとなっていたわけなんですけれどもね、
しかしロリンズのお父さんとしては何にもやましいことないので、 自己弁護を取り当ててせず、堂々とね、していたわけなんですね。
しかし、本当に世の中の偏見と周りの偽証と言っていいと思いますけれどもね、 強烈な偏見を持った人間が、そういった嘘の証言をめいたものをしていって、
結果としてどうなったかと言いますと、有罪になってしまったわけなんですね。 それで階級は最下級に降格になり、かつ除退という形になってしまったわけなんです。
ですのでロリンズのお父さんは、まず海軍刑務所で2年間を過ごし、 その後最終的にはレストランの料理になるという形になってしまったわけなんですね。
こんな強烈な人種差別の体験をロリンズの若い頃に刻み込まれていたということは、 私全く知りませんでしたのでね、そうだったのかと思いますね。
ちなみにこのお父さんのことなんですが、役所ではなく原書ですね。 原書が出た時点で、著者なんかが働きかけて応援したということもあるそうなんですけれどもね、
不当な扱いというものを訴えましたら、出版後お父さんのことはね、 名誉回復というものが図られまして、海軍から正式な謝罪とね、
未払給与の支払いというものがあったということなんですね。 お父さんの失えた時間というものを考えたら、非常にやるせない思いがしますけれども、
まあ何もないよりは良かったのかなというふうに思ったりしますし、 また本が出なかったらそういうことがなかったということも思うとね、やはりこういうことをね、
書き残していくことの大切さと言いますかね、それも感じたりしました。 役者がね、触れていたわけなんですけど、なるほどそうかと思ったわけなんですけれどもね、
ニューヨークでの音楽遍歴とドラッグの問題
他のいわゆるジャズジャイアントと言われる人たちっていうのは、マイルスもそうだし、 他の人たちもそうなんですけれどもね、
境遇はそれぞれですけれどもね、地方都市で育ってニューヨークにやってくるという スタイルが多いわけなんですけれども、ロリンズはずっとニューヨーカーなんですよね。
そういった意味でもね、なんていうか粋な男なんですけれどもね、 しかしニューヨークの治安の悪い状況と言いますかね、そういった世界も元々若い頃から知っているという状況でもあるわけなんですね。
もちろんサックスを手にするところもね、細かく描いてくれているわけなんですけれども、 当格を表していくということがあるわけなんです。
ソニーロリンズのね、ヒーローというのがコールマン・ホーキスなんですね。 近所にも住んでいたということもあって、憧れていくということがあったわけなんですけど、
そしてやっぱりね、このサックスといったらね、チャーリーパーカーなんですね。 ロリンズだけではなく、みんな憧れるという状況が当然ながらあったわけなんですね。
それでね、またどうしてもこの時代のことを語るときには欠かせなくなってくるのが、ドラッグ、ヘロインなんですよね。
ロリンズなんか、あるいはロリンズの仲間なんかも、ビー・ホリデーとかパーカーがドラッグをやっているということで、あんなにすごい演奏をするということは、
ヘロインというものは想像性に欠かせないんじゃないかということを思ってしまうわけなんですね。 だけどそういう発言してたの知らなかったんだけど、
パーカー自身はドラッグにハマっていた時期のことをね、振り返って、ラリーってもいい演奏なんかできないなってことを断言してね、
やっぱりドラッグやってる若い人たちなんかがいたらね、お前は俺から何も学んでないのかみたいなことを言っていたっていうことらしいんですよね。
パーカー自身はね、ドラッグを抜けたくてしょうがなかったわけなんだけれども、周りはね、ヘロインのおかげというふうな形でそっちにはまっていくという状況があってしまった。
もちろんそれを利用してね、ドラッグを振り付ける人々がいたっていうのはね、大前提としてあるわけなんですけれどもね、ドラッグが蔓延するという状況があったわけなんですね。
もちろんソニーロリンズもドラッグにハマっていくわけなんです。 そのコミュニティに特有ではないと思うんですけれどもね、大半がそんな風にドラッグをやっていたら、
ドラッグをやらないという人もね、もちろんいるわけで、それは何人かね、紹介してくれているわけなんですけれども、
それがね、最初やらなかったんだけど、結局ね、ドラッグをやっている人達っていうのは排他的になっちゃうんだっていうかね。
だからやっている人間だけで組むということになって、やらない奴をわざわざ同じメンバーに入れないといいますか、演奏をしない形になって、結局二流三流の相手としか組めないということになったから、
仕方なくね、ドラッグをやってハマっていくということもあったっていうことでね、なんだか悲しいシチュエーションですけど、まあそういうのっていうのはありますよね。
タバコも吸えない奴は同じ仲間に入れないなんていう状況は、昔はね、日本でもよく見られたと思いますのでね、そういうシチュエーションがあって、ジャズミュージアムといえばドラッグという状況があったようです。
ここらへんのことはね、本語の第3回でも話しました松本敏彦先生のね、略物あるいは依存に関する話というものをね、読んでみると、また違う視点からね、読めるところもあるんじゃないかなというふうに思います。
ドラッグとの葛藤と施設での治療
いい演奏をね、ロリンズはしつつも、ドラッグ付けなわけで、そうするとね、ある人の言い方として紹介されているわけなんだけど、マイルス・デイビスはね、ポンビキになり、ロリンズはスリーになりっていう形なんですね。
要するにドラッグを買うために金がいるって形になって、自分がコントロールできなくなってね、いろんなものに手を染めていくわけなんですよ。
ここらへんはマイルス・デイビスの時点なんかでもね、触れられていたような記憶がありますけれどもね、そういう状況にあると。
最終的にロリンズは、スリーに留まらずと言いますか、使ったこともない拳銃を持って、強盗をしようという状況にまでなってしまうんですけれども、幸いにしてだと思いますけれどもね、強盗未遂の状態で捕まってしまいまして、有罪ということになるわけなんですね。
そんなこんなで、ロリンズは自分でね、ドラッグを抜くためのね、施設に入っていくということがあるわけなんです。
チェット・ベーカーなんかは、それこそ以前、終わりなき闇というね、これも長いけれども素晴らしい本がありましたけれどもね、こちらを読んだら、もう生涯ジャンキーという形の生き方を、これ貫いてるっていいのかな、そういうものでしたけど、
まあジャズっていうのは不思議なもんで、それだけどチェット・ベーカーのいい演奏ができる状況なんかも書かれていたりしてね、不思議なもんで。
チェット・ベーカーってそれこそ楽譜読めないっていうこともその本読んで知りましたけれどもね、まあ関係ない何かがある部分はあるんでしょうね。
サクソフォン・コロッサスと完璧主義
さあ、そんなこんなの中で、例のサキソフォン・コロッサスというものもね、録音されていて、そのことなんかもね、非常に詳しく書かれているわけなんですけれどもね、ソニーロリンズの自意識っていうものが面白いですね。
ロリンズにサキソフォン・コロッサスのことをね、こうね、聞いてみてもね、単なる録音の一つというね、位置づけなんですよね。
あるいはこの本には書かれてなかったけど、ツイート特集なんかのね、ラジオ番組なんかを聞いていたらするに、本当はもう一つ本を加えたかったので、ああいった形の出来というものはね、全然満足していない、良くないという印象らしいんですよね。
これは別にサキソフォン・コロッサスに限らずなんですけどもね、ロリンズっていうものは録音大嫌いなんですね。
完璧主義者なんで、レコーディング大嫌いで、何か聞いたらね、とにかくね、荒が目立つということでね、自分の映像も聞き直したくないという人らしいんですね。
とにかく先に先にということね、マイリスとはまた別の形でね、次のものを見据えている人生をずっと貫いた人なんだなということを思ったりします。
サキソフォン・コロッサスいいですけどね、素晴らしいですけど、本人からしたらそんな扱いらしいです。
伝説の「サバティカル」とウィリアムズバーグ橋での研鑽
そしてそこから例の有名な引退騒動があるわけなんですけれどもね、この本に付録して一枚紙で小山清さんの文章なんかが添えられているわけなんですけれどもね、付録として。
その文章の中で小山さんが言っているわけなんですけど、ちなみに小山清さんはジャズ・トナイトのパーソナリティとしてもずっと私も聞いてきたし、
ソニー・ロリンズがいわゆる引退している時にその消息を探ってスクープのような形でその状況を伝えたということが知られる人ですけれども、
かつソニー・ロリンズがこの本に寄せた日本版の序文なんかでね、小山清のことを親友というような言い方をしておりますけど、それほどの人でしょうけれども、
その小山さんが書いているんですけれども、引退なんかしてないと言うんですね。本人の意識からしても一度も引退をするつもりなんかないし、実際してないということを言うわけなんですね。
そういう意味でね、この本の中での訳し方、原文がそうなんでしょうけれどもね、サバティカルという言い方をしているわけなんですね。
なるほど、サバティカルかと思いますね。我々の世界だと研究休暇ということになりますけれども、力を貯めてまた戻ってくるという前提ですので、
いわゆるロリンズの引退と言われるものも全部そういう意識なんだろうなということを思います。
まあともあれ、当時伝説的な話ですけれどもね、人気の絶頂にあったロリンズは突然みんなの前から姿を消している。
その時何しているかというのは分からなかったけれどもね、実際やっていたのはウィリアムズバーク橋というところですね。
その橋でずっとね、2年間ほど吹きまくって練習していたという話ですね。まあ有名な伝説ですよね。
その場合ごろに小山さんから派遣された日本人のカメラマンがその姿を捉えたというスクープがあったりしますけれどもね、そういう状況があったわけなんです。
このロリンズ伝の中でそこのことももう少し詳しく知らせてくれているので、ああそうだったんだと思うわけなんですけど、ウィリアムズバーク橋というのは治安の悪そうな橋なんですよね。
そこでまあ誰もいないからちょうどいいって形でね、吹きまくっているわけなんですけどもね、吹きまくる時間というのが1日15時間にも及ぶほど吹きまくっているわけなんですね。
本人の言葉だからまたそこが面白いんだけど、吹いている間に食事とか排泄とかっていうものが気にならないような形でね、コンディションを持っててっていう形で行ったわけなんですね。
トイレに行きたくなった時なんだけど、いわゆるタチションと言われるものをすればいいじゃないかという橋で誰もいないようなとこなんだからと思うけどね、ロリンズ伝ってはね、橋、その場所ってのは神聖なものだからそんなことはできないという形でね、トイレの旅に戻っていたんでしょうけどね。
憂いがない形で橋に行って、橋ではとにかく吹きまくっていたっていう状況があるわけなんですね。そこが神聖な場所なんだと思ったりします。
吹きまくっていたことは知っていたんだけど、それだけじゃないんですね。禁酒禁煙と言いますか、特に禁煙に励み、もうタバコはやめると。
かつ食事にも気を使うようになっていた、健康な食事をするようになっていた。それだけじゃなくて、筋トレもしているわけなんですね。
筋トレしてバリバリ励んで、実質的にボディービルダーのような体になってしまったっていうわけなんですね。
そういったフィジカルの部分だけではなくて、メンタルの部分もスピリチュアルな団体にも入ったりして、心身ともに別の高みを目指そうとしていくわけなんですね。
このスピリチュアルな傾向というものはその後もずっと続きまして、それが結果的にヨガとか日本の禅ですとか、最終的にはインドに行って瞑想するみたいな、そういったことにもつながってくるわけですね。
これももちろんロリンズの音楽には当然深く関わってくるでしょうし、フィジカル面では呼吸法なんていうものは演奏にも生きてくるという部分はあったんだろうなということを想像させますけれども、
なかなかアルバムとかを聴いている段階ではそういったスピリチュアルの部分というものは特にフォーカスされませんけれども、ロリンズの自分の意識の中では最もと言っていいほど大事な部分だったんだろうなということを感じたりします。
復帰後の音楽と新たな境地
復帰した後に橋というアルバムができるところとかですね、ここら辺までは有名ですよね。そういった状況も丁寧に描いてくれているわけなんです。
私は正直60年代ぐらいまではまだ聴いていたのはあるわけなんですけどもね、70年代80年代のロリンズのアルバムっていうものはちゃんと聞いてなかったわけなんですね。
しかし現代にこの本を読んだ威力というのを感じたわけなんですけど、サブスクリプションでね時系列でロリンズの復帰後のアルバムですよね。
この音楽を読みながらサブスクでロリンズのアルバムを流すという、いわゆるとっても贅沢な読み方聞き方をしていったわけなんですね。
そしたら目を見開かされましたよ。こんなにいい音楽があったんだというふうに思いましたね。とってもいいですよ。
新たな境地というものを本当に伝わってきて、マイルスを取り上げた回の時にも言いましたけれども、エレクトリックマイルスになったものというものですね。
その時代のものを改めてサブスクなんかで手軽に聴けるようになっていったらね、それはそれで今聴いたらとってもいいなって思うものもあったということで、
結局彼らというものは時代に合わせて変えていった部分も大きいんだけど、それはただ流行に合わせたっていうのではなくて、不意気流行ではないけれどもね、
自分の変わらない部分というものを守るために、そのためには変わり続けないといけないという形でやっていたんだなということがね、改めてこのアルバムを聴いたら思いました。
今聴いたらね、もちろんジャズなんですけれども、ジャズ云々というよりもひたすらただ良い音楽というものを追求しているなということを感じましたのでね、
ついついその中で気に入ったものなんかをね、プレイリストなんか作ってしまったぐらい良かったなというふうに思います。
ローリング・ストーンズとの共演と評価
ロリンズといったら当然ね、まずサキソフォン・コロッサスが上がるし、またソニーロリンズ・ウィズ・ザ・モダン・ジャズ・カルテットとかね、
あるいはビレッジ・ヴァンガードの夜とかね、もちろんいずれも大好きなアルバムなわけなんだけど、
そればっかりじゃないよな、そんな若い頃のものだけで自分の全てを語ってほしなかっただろうなと思いますし、
もともとレコーディングが大嫌いなロリンズからしたらね、そんなことで語られるっていうことはね、非常に面白くなかっただろうなと思いますし、
70年代、80年代の音というものをですね、聴いてこなかった私自身も非常に反省したものです。
それで言ったら、ローリング・ストーンズの中でね、サックスを吹くという形で参加したものも有名ですよね。
これ面白いのが、ロリンズ自体はそもそもローリング・ストーンズなんか知らなかったけど、話が来た時に奥さんが取り継いで、やるべきよっていうことを強く言うからね、やったそうなんですけども、
それでストーンズの音を聞いてみたけど、特に共感しなかったってことを言うんですね。
本人の発言で面白いのが、ビートルズは好きだとね、ポール・マッカートニーと非常に優秀な作曲家だって言うんだけど、
しかしストーンズは単に黒人ブルースの派生音楽じゃないかっていうことを言うんですね。
だから共感できないっていうふうな評価なわけなんですね。本人の率直な印象だと思いますけれどもね。
とはいえ、一応約束したことなんで、演奏するってことになって演奏をしたわけなんですよね。
しかし自分がサイドメンとしてね、やるっていうことにじくじたる思いがあるっていうこともあって、
結局最初はね、このアルバムが発表された時には、クレジットを入れなかったわけなんです。
誰がね、サックスを吹いてるかっていうことを入れなかったわけなんですね。
しかしやっぱストーンズですので、曲自体も評判を呼んだっていうことがあるわけなんですね。
結局アルバムを引っさげて、ツアーをしないかって話が持ちかけられたそうなんですけど、
その時のギャラっていうのが、100万ドルから300万ドルぐらいで提示があったらしいんですね。
数億円だと思いますけれどもね、ロリンズはそれはもう二度もなく断ってしまうわけなんですね。
そのことを後悔してないかっていう人がいるけどね、やったら後悔しただろう。
そんなことをした自分が許さなくて、やったら後悔しただろうってことを言うわけなんですね。
一貫してると言いますかね、そういう人なんですね。
面白いのが、ロリンズがある時ね、スーパーでね、買い物してたそうなんですね。
そしたらね、サックスが聞こえてきてね、この男は誰だ?なかなか悪くないじゃないかみたいな形で思ったらね、
ストーンズの曲で吹いてる自分だったってことがわかったなってことがあって、面白いもんですけど。
ゲイテもね、確かエッカーマンのゲイテとの対話の中で、フランス語で書いてある文章を読んでいて、
お、なかなかいいことを書いてあるなってね。
これは自分だとしてもね、こういうことを書くぞってことを思っていたら、
自分の文章の方がフランス語訳だったってことがわかって、
なんかそのことをね、思い出してしまいましたけれどもね、
ある基準に達している音っていうものは、やっぱり自分のものもそんな風に感じてしまうんだろうなってことを思ったりして、面白いもんでした。
ウィントン・マリサリスとの対決
そして歌詞知らなかったんですが、ウィントン・マリサリスと対決みたいなこともあったわけなんですね。
だけどそれはロリンズ自身は、教育という思いで一緒のステージに立つことを了承したような感じもあるわけなんですけども、
いざやろうとした。するとその当日ね、ロリンズはどうも過労ですね。
過労による高血圧で演奏中にぶっ倒れてしまったそうなんですね。
大変だってことになったけどもね、なんとかそれは大事に至らなかった。
改めてもう一回その場が設けられて演奏をやったわけなんですけれどもね、
もうそこは誰が聞いてもソニーロリンズの圧勝と言いますかね、
本人の思いでは勝負じゃないのかもしれないけれどもね、圧勝という感じだったらしいんですね。
その演奏が終わった後に、ある人がウィントン・マリサリスの楽屋を訪ねてね、
なかなか良かったじゃないかみたいなことをね、声をかけた。
その本人もロリンズの方が良かったと思ってるんでしょうけれどもね、
それでも慰めるじゃないけど、なかなか良かったじゃないかって形で声をかけたら、
ウィントン・マリサリスはソニーロリンズさ、ソニーロリンズだよってことですね。
もう何聞いてもね、ソニーロリンズさって方しか言えなかったっていうわけなんですね。
なかなか印象的なエピソードです。
で、またこれがいかにもウィントン・マリサリスがちょうどいいポジションですよね。
こういうのをやる役回りですよね、彼っていうのはね。
面白い引き立て役じゃないけど、そうなっていく。
漫画なんかでもね、こういう役回りのキャラクターって絶対いるよなって思うようなことをね、
リアルでウィントン・マリサリスがやってくれてるので、なんか嬉しいですね。
こういう人って必要だなと思ったりしました。
晩年の研鑽と音楽への姿勢
その後もね、やっぱりロリンズは進化と言いますか、研鑽と言いますか、それを止めないわけなんですけどもね、
ただ歯の状態というものがね、良くないこともあったんです。
サックスを吹く上ではね、大事なものなんだけど、
マイルス・デビスはあの例の相入れ歯だったっていう衝撃の事実もありますけれどもね、
若い頃だけど、ドラッグをやったらやっぱり歯に狂ってことはあるのかななんてことをね、
読んでて思いましたけどもね、歯の痛みなんかも堪えながらコンディションを保ちながら、
晩年に至るまで演奏を続けていたっていうことが分かってくるのもね、興味深いものでした。
60代に入った時は、練習時間は3時間から6時間に落ちていたって。
落ちていたってあなた、毎日3時間から6時間もやってんの?っていう感じですよね、60代でですよ。
かつね、70代になったら1時間から3時間、そんなにまだやってんの?って形ですよね。
ストイックさがね、尋常ではないわけですよね。それ以外の時間はね、ヨガなんかをやってたりすることも多いんでしょうけれどもね。
それこそね、いろんな話がね、ロリンズぐらいになってくると舞い込んでくるわけなんだけど、
いろんなオファーはやっぱり断っていく。特に金払いのいいオファーなんかもね、別に気にせずに断っていくわけなんですね。
あるいは逆に、そんなにお金に乗らないものでもね、やるっていうこともあると。
ロリンズは面白い方なんだけど、みんな妙に思うかもしれないけれどもね、
私はお金持ちにはなりたくないんだっていうことですね。
興味がないというよりも、なりたくないって言い方をここでしているっていうのもね、奥深いですよね。
ロリンズの生き方の奥深さっていうものが、そんな発言からもね、何を大事にしているかっていうことが垣間見えたりします。
最期の演奏とスピリチュアルな日々
ずっと歳をとっても演奏を続けてきたわけなんですけれども、対戦印象というものですよね。
サックス吹きにとってはね、致命的とも言えるかもしれませんけど、そういう病気にかかっていることがわかり、
それでもね、すぐには演奏を辞めなかったわけなんですけれどもね、ついにもう演奏を辞める時が来てしまったわけなんですね。
それからというものは、スピリチュアルな日々というものをね、奥さんを亡くしていたということもその前にあるわけなんですけれどもね、
スピリチュアルな日々を送りということになり、そしてね、この本の序文がまさに亡くなる前に寄せてくれた文章だと思いますけど、
日本版の序文としてね、寄せてくれている中に、今はね、スピリチュアルな日々を送っているんだということの文章があってね、
なんかそれもね、本章の一貫した形でね、聞き方が伝わってくるような形でね、いい本だったなというふうに思ったりしました。
伝記の読後感と番組告知
こういったね、非常に詳細で高感な電気というものを読んだらね、もともと知っていたこともあるけれども、その知っていたことの裏側は実はこうだったんだ、
そしてまた知らなかったことですよね。
特にこの70年代、80年代の魅力的な音というものを教わったことも大きくて、いろんなことを教えてくれる本だったな、
このボリュームに見合うだけの内容を感じ取れる読書体験でした。
本語は毎週日曜日更新です。
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以上で37回目を終わります。
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