内村鑑三のいう「勇ましい高尚なる生涯」すなわち「後世への最大遺物」とは、まさに中村哲のことです。その中村哲のことを、関係者への徹底取材をもとに、時代とともに描き出す、みごとな伝記が誕生しました。
【言及した本】
・山岡淳一郎『炎と水:中村哲と名もなき人たちの旅』(集英社、2026)
・中村哲『医者、井戸を掘る:アフガン旱魃との闘い』(石風社、2001)
・五木寛之『青春の門 第一部~第八部』(講談社文庫、Audible)
・内村鑑三『後世への最大遺物・デンマルク国の話』(岩波文庫、2011)
・原尞『ミステリオーソ』(ハヤカワ文庫、2005)
感想
まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!
サマリー
本放送では、アフガニスタンとパキスタンで人道支援に尽力した医師、中村哲氏の生涯を描いた山岡淳一郎氏の著書『炎と水:中村哲と名もなき人たちの旅』を紹介する。中村氏の医師としての活動から、干ばつとの闘いのために井戸を掘る事業への転換、そしてその偉業がどのように成し遂げられたのかが、関係者への徹底取材を通して明らかにされる。また、中村氏の家族背景や、内村鑑三の「勇ましい高尚なる生涯」という思想との繋がり、そして彼がアフガニスタンで直面した困難や、その死の背景についても考察する。
中村哲氏の功績と紹介される書籍
本語り、39回目です。 中村哲さんといえば、
パキスタンまたアフガニスタンで難民の救済などに尽力された日本人の一種ということで、大変有名かと思います。
もともとはパキスタンのペシャワールですね、そちらで活動していたため、ペシャワール会というのを立ち上げて、
日本で寄附を募り、当地でいろんな人を助けるという活動をされておりました。 最初は、
ハンセン死病などですね、そちらの患者を見る医者として活動していたわけなんですけれども、 大変な干ばつが襲ってきて、まずは命を助けないといけないという状況になったため、
医師としてというよりも、井戸を掘るという活動ですね。 パキスタンの隣国のアフガニスタンに赴いて井戸を掘る、そして溶水炉を作るということをして、
砂漠のような場所を緑にあふれる場所に変えたということがあります。 しかし残念ながら、2019年に共団に倒れて亡くなってしまったということまでも、よく知られているのではないかと思います。
たくさんの賞も受賞されているわけなんですけれども、中村哲さんぐらいになっていったら、賞を取ったから偉いということではなくて、
中村哲さんに賞を送ったことで、その賞の価値が上がるというほどの方なんじゃないかなというふうに思っております。
その中村さんはいくつかの本を出されておりまして、私も中村さんの地元の福岡ですね、そちらの出版社である石風社というところから出た、
医者井戸を掘るというもの、こういったものなどを過去読んだことがありまして、思いや肉性が伝わってきて、すごく感銘を受けることがありました。
書籍『炎と水』の執筆背景と意義
さて、今回紹介する本なんですけれども、
山岡淳一郎 炎と水 中村哲と名もなき人たちの旅 襲影者
こちらは、この山岡さんという作家・ジャーナリストの方が、中村哲さんと、そしてその関係者のことを徹底的に取材して、そしてまとめた中村哲の電気といえるものです。
山岡さんは、もともとは、言ってみれば中村哲さんとは一面式もない、生前に会ったこともない方なんですけれども、
その方が取材を重ねて、こういった電気を成したというのは非常に価値のあることだったんじゃないかと思いますし、またこの本自体がとっても素晴らしいものでした。
辞典や関係者の証言などというものも大変貴重で素晴らしいわけなんですけれども、適度な距離を持って、客観的な記述で持って、人物を明らかにしていくということも必要です。
また本人や関係者だと書けない、これは別に隠しているというよりも、例えばその謙遜と言いますかね、わざわざ自分で誇らしげに書かないということも含めて、本人たちでは書けないことというのもたくさんありますので、
そういった意味でこの山岡さんが、もともとは接点がないところから経緯を持って調査し、そして関係者の話を聞いてまとめ上げたこの本の意義というのも大きいし、
また大変な手だれと言いますか、この山岡さんの書きぶりというのが本当に素晴らしいんですけれども、何でもモットーとして人と時代というものを共通のテーマとして本を出されてきた方らしいですので、
時代の絡みとの中で中村哲さんの行いというものが浮かび上がってくるわけなんですね。時代に位置づけると今まで見えなかったことが見えてくるということもありますので、素晴らしい本だったなということを思うわけなんです。
中村哲氏の家族背景と影響
さて、中村哲さんは作家の日野足平の親戚ということは私はなんとなく知っていたわけなんですけれども、この本を読んで改めて遠くの親戚でなんとなく有名人がいるというレベルでは全くないということがわかってきます。
というのが、中村哲のお父さんは中村勤という人で、この人は共産党のバリバリの活動家だったらしいんですけれども、当時の特交の拷問を受けて転校するということになった人なんですけれども、
その奥さんにあたる人が秀子という人なんですが、秀子さんのお兄さんが日野足平なわけなんですね。
日野足平というのは本名を玉井勝則というわけなんですけれども、日野足平のお父さんというもの、すなわち中村哲からしたら祖父にあたる人なんですけれども、
この人が玉井勤五郎という人で、北九州若松ですね、そちらで沖中市という荷上の労働者を取りまとめる仕事をしていた玉井組というものの組長と言っていいのかな、そのトップの人なんですけれども、
その荒っぽい世界を束ねているわけなんですね。そして背中には一面入れ墨があったという形なんで、まあ言ってみれば驚愕なわけなんですね。人狂の世界とも言えるような形の人。
御賀川沿いの川筋門というね、岐阜があるわけなんですけれども、これまたね、いつきひろゆきの青春の門の世界をリアルに生きているような、そんなおじいさんだったわけなんですね。
中村哲のお母さんの秀子さんというものもなかなかのもんで、お父さんの中村勤五郎が共産党の活動家として演説しているところに惚れて、そしてまあ親の許可を得ずにね、先走って関係するというようなこともあったわけなんですけども、それでまあ結婚した。
その結婚した時にね、肩に勤む命という入れ墨を入れたっていうんですからね。これ江戸時代の優女では何とか命っていうものを彫ったっていうのは聞きますけれども、当時としてね、そんなことをやったっていうのもすごいですよね。
玉池の情熱の血筋というものですね。それを感じまして、中村哲さんは親子的な方なわけなんですけれどもね、しかしその内に秘めた強革としてのね、跪というものですかね、腹の座り方と言いますかね、それを感じてしまいますね。
そしてまたね、木の足兵がおじさんにあたるわけですけれどもね、若い頃から木の足兵の本なんかいうのをかなり読み込んでいるわけなんですね。だから木の足兵も含めた玉池の影響力っていうのが大変なものがあったということがわかります。
おじいさんは玉井勤五郎という人なんですけれども、その奥さんにあたる、すなわち中村哲からしたらおばあさんにあたる人が満というね、カタカナで満というね、書かれる人なんですけれどもね、この人もやっぱりね、大変な除血というような感じなんですね。
その満が中村哲に小さい頃からよくね、語り聞かせていたことっていうのが、弱者は率先してかばうべきこと、職業に寄せんはないこと、どんな小さな生き物の命もたっとうべきことということをね、ずっと語っていたっていうわけなんですね。
この幼少期の記憶というものもね、その後の人生に大きな影響を与えたんだろうなということがわかってきて、こういったことを明らかにしてくれている点でもね、のっけから読み応えがあるわけなんですね。
学生時代と内村鑑三の影響
中村哲さんは色々あって福岡県の小賀市にやってくるわけなんですけれども、そこで今で言うならばビジネスホテルのようなものと言いますかね、それを営むことになるわけなんですね。
そして成績の良かった中村哲さんは西南学院中学校というね、今でも福岡市にある優秀な私立の新学校に行くことになるわけなんですね。
西南中学校に行っている時の、中3の時だったらしいわけなんですけれども、おじさんの日野足平が自殺するということになってしまって、大変なショックを受けるわけなんですね。
かつ兄がいたわけなんですけど、その兄は養子だったんですね。親戚からもらい受けた養子だったわけなんですが、その兄がどうもその出自を知ったということで家出してしまうというね、この2つの大きなことがあってショックを受けるということがあった。
そして西南中というのがプロテスタント系の学校ですので、その縁もあって自らキリスト教の洗礼を受けるということになっていったわけなんですね。
ここでなるほどと思うわけなんですけれども、中村哲は内村勘蔵の後世への最大異物ですね。
こちらを愛読していたと言いますか、感銘を受けていたということがあるわけなんですね。
これは本がたいの第8回で、かばしま育夫さんの辞典を紹介したときに触れていたことなので、詳しくは言いませんので、気になる方はそちらを聞いていただければと思うわけなんですけれども、
結論を言うならば、後世への最大異物というのは勇ましい高尚なる生涯を残すことなんだ。
要するに立派な人生を生きた人というものですね。それが後世の人にとっては非常に鏡となるべき素晴らしい遺産なんだということを内村勘蔵は述べているわけなんですね。
このことに返うちから内村勘蔵は感銘を受けていたということで、本当に内村勘蔵の生き方こそが後世への最大異物だよなということを感じてしまうわけなんですね。
福岡高校時代と原涼との関係
さあそして福岡のまた有名な新学校である福岡高校という復興と言われるところに行くことになるわけなんですけれども、ここで思い出すのが原涼というミステリー作家がいますね。
沢崎という私立探偵が活躍するシリーズで有名で私も大好きな作家なんですけれども、原涼と中村哲というのが高校1年の時に同じクラスメイトだったわけなんですね。
それは原涼のエッセイ集であるミステリー要素の中で中村哲との対談なんかが収められていたことで知れたわけなんですけれども、
こちらの中村哲の物言っていうのが原涼との元同級生という気安さということもあってか、非常にざっくばらんな物言をしていて、その飾らない性格も含めて一緒に読んだら興味が引かれるものなんじゃないかなというふうに思ったりします。
福岡高校時代の話っていうのも面白いわけなんですけれども、修学旅行に行かなかったそうなんですね。
それは修学旅行に行くお金というものを使ったら、前々から行きたかった虫取りと山の登りが好きらしいんですけれども、
鹿児島の桐島から麻生までの重装というものですね、山を登っていく、それができるということが分かっていたので、修学旅行行きませんということになって、そしてそのお金でもって九州の重装ですね、それをしようとしていたわけなんです。
ただ、旅行に行くためには学割を使わないと割高になっていけないということになってしまったんで、学割を使おうと思うけど、そのためには学校に知らないといけないわけなんですけど、修学旅行に行けないのになんで学割がいるんだって話になってきますよね。
その時に中村哲がもののわかる先生にそんなことを言っていったらね、なんでなんだって言われたときにね、保養のためですみたいなことを言ったらね、まあよかろうみたいな形になったというエピソードも紹介してくれていてね、非常に印象的なエピソードですけど、
修学旅行みたいなそういった押し付けのイベントごとっていうものじゃなくて、我が道を行くという姿勢がこういう若い頃からもあるんだなということが伺えてくるわけなんです。
九州大学医学部時代と社会情勢
治療をして九州大学の医学部に入るわけなんですけれども、ここでこの山岡さんの時代と一緒に描いていくという手法が厚みを増してくるわけなんですけれども、
折首も前教頭が華やかな頃といいますか、いろんな事件があり、特に旧大は米軍の戦闘機ファントムが旧大に墜落する大変な事件があったわけなんですよね。
この時にも中村さんは父さんが共産党のかつて活動家だったということもありますので活発に活動していたそうなんですけれども、
大きな時代のうねりの中の中村哲の活動ぶりというものもね、伺えてくるわけなんですね。
この辺のことなんていうのは旧大関係の私の恩師あるいは先輩方からね、戦闘機が落ちた時は云々かんるんって話を私も聞いたことがありますので、
私の恩師世代の人たちの時代なんだなっていうことをね、ちょっと感じたりもしました。
なんだかんだで中村さんも警察員で捕まるなんてこともあったわけなんですけれども、
結構普通に書いてるんですけど、尋問でね、前歯を折られたのでそれ以降前歯は端間なんだって言いますけど、
普通に尋問で殴られっていう時代だったんだなってこともね、思ったりしますね。
いろんな恋愛事なんかも書かれているわけなんですけれども、そんな青春の日々もありながら卒業して医者になっていくわけなんですが、
海外での医療活動への志と特集会病院
変なことでね、海外の登山隊の医者としてね、ついていくっていう機会があったわけなんですね。
それが言ってみれば、海外の医者にかかることができない人たちに医療を施すっていうことを志す一つのきっかけとなる出来事があったわけなんですね。
その後、オウムターなどにね、赴任したり云々があるわけなんですけど、ここで興味深いのが特集会病院ですね。
こちらに勤めることになると。
これは総合医のトレーニングですね。内科だけとか外科だけとかじゃなくて、
いろんなものを見るためには全部受け入れるというような特集会がいいと思ってそこに行ったそうなんですけれどもね、
この特集会の話がまた熱いわけなんですよね。
これはやたら詳しいなと思ったら、どうもこの山岡さんが特集会についても本を出しているそうでね、それは詳しいなと思ったんですけど、
でもバランスを一することなくね、かつ裏側と言いますか、それも分かって、ここら辺も本書の読みどころだったなというふうに思ったりしました。
ペシャワール会設立と支援体制
すごい話なんですけれども、中村哲が後にペシャワル海を立ち上げる形になる活動を始めていくわけなんですよね。
その時に特集会が援助をしていくわけなんですけど、その援助の仕方っていうのが、
印帳借り払いという形で、死と不明金の形にするんですね。
そしてそのお金を中村哲の活動に充てると、それ最終的に7000万ぐらいに上がっていたっていうね、かなり強引なやり方なんだけど、
そのおかげで中村哲が活動できたと思うとね、こういうワイルドな時代、ワイルドな手法というものも結果的には良かったんだなと思いますので、
ルールに縛られないそういったところも、特集会の生き方というものも中村哲にはあっていたのかなということを思ったりします。
本書の中で、今ずっと中村哲さんを追っていて、その後ももちろん追っているわけなんですけどもね、
中村哲を支えた人々、あるいはその周辺の人々ですね、ずっと支えた人ももちろんいますし、また一時期深く関わって、その後は適切な距離を取った人っていうのもいるわけなんですけど、
そこら辺にもね、丁寧な取材をしていて、これもまた読みどころなんですよね。
サブタイトルに、中村哲と生なき人たちの旅と銘打っているのもそういったことなんだろうなと思いますけれどもね、ここら辺の書きぶりも見事です。
藤田千代子との関わりと国際協力
そんな中でも右腕となるような人が藤田千代子さんという方なんですが、看護師なんですけれども、元看護師と言うべきなんでしょうか。
その後はペシャワール会として、中村哲が汽車から井戸掘り、川の治水工事みたいなね、そういったことに活躍の場を移していったように、
藤田千代子さんも中村哲を支えるペシャワール会の構えとして活躍していきますので、単なる看護師に留まらない活動をしていた人なんですけれども、
この人との関わりもやっぱり丁寧に描かれております。
例えばこんなことなんですけれども、藤田さんが特集会病院の看護師だったんですけど、志願して中村の元に行きたいと。
でも藤田さんをなかなか当時の看護部長は手放してくれなかったけれどもね、なんとかようやく行くことができたという非常に高い功出しを持って行くことができたわけなんですね。
するとそのペシャワール会の当時の職者についてみると、自分の想像していた質素なものではなくて広めのゆったりしたところだったわけなんですね。
そこで中村に対してね、私はもっと質素でいい、マザーテリサだってこんなところに住んでないみたいなことを言うわけなんですね。
すると中村哲が彼女に対して、マザーテリサっていうのはカトリック教団が守ってくれるから怪我しても病気になっても看病してくれるだろうけど、
私たちは自分の身は自分で守らないといけないんだから、こういう安全で清潔な環境っていうのは必要なんだっていうことを言われて、
それは別にあなたのためじゃない、患者のためなんだっていうことなわけなんですよね。
それで納得するわけなんですね。
中村の持続的にちゃんと力を発揮するためには何が必要なのかっていうことがわかったね。
単なる奇麗事ではない、本当にそれが地元に根付く形で協力できるにはどうしたらいいかっていうことですね。
ここら辺がやっぱり国連とかを含めた国際協力っていうもののお金っていうのが、
ほとんどが国連とかの職員、8割あたり、国連あたりが吸い上げてしまって、地元には全然お金が落ちないっていうことで、
何の役にも立ってないとは言わないけれども、かなり疑問の残る国際協力をしているに対して、
現地の人たちの本当に役に立つにはどうしたらいいのかっていうことを考える中村の思考というものがよく現れているんじゃないかと思います。
用水路建設と土木技術
最終的にこの中村哲というのは井戸を掘って、井戸では枯れてしまうから用水路を作るっていうことになるわけなんですけども、
もちろんこれ素人なわけなんですよね。それを土木を一から学んで、土木を学んだ人なんかをスタッフとして招き入れてっていうことをしていくわけなんですね。
そんな中でたどり着くのが、日本の例えば最先端の土木技術って言ったら、
川を3面、下と左右と3面コンクリートで固めるっていうことがあるわけ。そんなことはアフガニスタンとかでできるわけがないわけなんですよね。
ですので、当地の人が持続可能な方法として、日本の前近代、江戸時代の土木技術というもの、そういったものを学んでいく。
特に九州のチクゴ川という川がありますけれども、その川の土木技術というものを参考にしていったら、非常にうまくいったなんていうことも丁寧に描かれているわけなんです。
タリバン統治下の状況とアフガン人の気質
元々はパキスタンで活動していたわけなんですけれども、アフガニスタンというのはもちろんこれは9.11でタリバンの云々ということもありますよね。
そういったことも、例の山岡さんの筆地で丁寧に時代背景とともに描かれているから、どのような状況で中村さんが活動していたかということも見えてくるわけなんですけれども、
タリバンというのは、昔も日本に入ってくる情報というのはネガティブな情報ばっかりだと思うわけなんですけれども、中村さんの話、あるいはこの本を読んだらちょっと見方が変わるところもあるわけなんですね。
それ何かというと、やっぱりそれ以前がアフガニスタンというのは非常に軍閥が強くて、本当にろくでもないことをするような人たちも多いところがあるわけなんですね。
盗賊みたいなというか、三賊みたいになっていますかね。そういったもんですよね。
それに対してタリバンというのはイスラムの侵略者たちといいますかね、そういった人たちが立ち上げたものですので、非常に厳格な不正は許さないというものは徹底されているので、
現地の人たちからはそれまでのいろんな抑圧といいますか、略奪とかね、殺害とか、そういったものにあっていた中でタリバンが秩序を回復したという面で歓迎されたということも描かれているわけなんですね。
ですので、日本に入ってくるような一面的な見方ではね、測り知れないことというものがここでは見えてくるわけなんですね。
で、アフガン人というのは男社会ということもあって、男気があるわけなんですね。
その男気というものを見ていくと、そこが中村哲のその例の玉井組の系譜を引くといいますか、強格としてのね、感性というものとアフガニスタンの気譜というものがね、中村哲にあったのかななんてこともね、この本を読んでいたら感じたりするものでした。
中村哲氏の死の背景と利権
そしてラストが近づいてくるとね、共団に倒れたことがわかっているから、辛いわけなんですけども、それでももちろん描いてくれているわけなんですね。
行動されているように、結局誰が犯人だったかわかっていない、諸説はあるけど真相はよくわからないということなんで、この本を読むまでは、なんで中村哲みたいなアフガニスタン人にも実際に慕われていて、アフガニスタンにいいことをした人がそこで殺されないといけないんだということを思ったわけなんですけども、
真相自体はわからないけれども、背景というのはなるほど、そうかとわかりました。
だからアフガニスタンに貢献した人なのに殺されたというよりも、アフガニスタンに貢献して非常に高潔な人だったからこそ殺されてしまうということがあったんだなというわけです。
すなわち先ほど言った軍罰もそうなんですけれどもね、利権を求めていろんな人がうごむいているわけなんですよね。
そんな中で中村哲がそれまで不毛の地だったところを緑でいっぱいにしてきたら、そこにはいろんな人がやってきて、そこの利権というものを欲しくなってくるわけなんですね。
だけどそこを中村哲が言うと非常に面白くない、中村哲のおかげでそういった環境ができたんだけど、その利権を奪おうとする人たちというのがうごむいているわけなんですね。
そんな中で結局貢献したからこそと言いますかね、また人望がありますので、それを面白く思っていない人がいるわけなんですね。
だから全く火がないのにこういう事件に巻き込まれて殺されてしまうということがあったということがわかってきますので、何ともやるせない思いが募りますけれども、
しかし中村哲自身は全く逃げずにアフガニスタンに留まり続けたということが、例の9.11から始まる戦時下でもアフガニスタンに寄り添っていたということがよくわかるものです。
中村哲氏の遺産と著作
さあ、この本はね、中村哲の発言なんかを九州弁で書いてくれてたりするのもね、豪華出身の私としてはリアリティが感じられて良いものでしたし、
そういった中村の肉声が聞こえてくるような書きぶりということも相まってなんですけれども、よく言われることなんですが、
ブッダとかキリストっていうのは自分で著作を書き残してないんですね。当時紙があったかどうかということを置いておいても、そうじゃなくて周りの人たちがその人の原稿を記録して、
それによって今我々はそういった行いを知ることができるわけなんですけれども、中村哲はそのペシャワル会のためにといいますか、やっぱり知名度を上げて寄附金を募らないといけないから、
いろんな著作を書いたりしている、あるいは講演とかをして協力を求めるためにやっているわけなんですけれども、そういうものがもしも必要なかったら、たぶん現場に行ってずっと現場にいたかった人なんだろうなということを感じるわけなんですね。
そういった意味にも今回の本というのが、自伝ではなく愛情と尊敬と情熱を持ってこういった伝記をまとめられたということは、相応しい本となっていくんじゃないかなということを深く感じた次第です。
番組情報
本語は毎週日曜日更新です。スポーティファイ、アップルポッドキャスト、オーディブルなど各プラットフォームで聞くことができます。
継続してお聞きくださる方は是非フォローをお願いします。
以上で39回目を終わります。
23:41
コメント
スクロール