今回朗読するのは、
「その場の『正解』を探し続けると、自分がわからなくなる。」というエッセイです。
周りの評価や人の顔色が気になって、
自分の判断に自信が持てなくなる。
そんな経験はありませんか?
子どもたちと関わる中で、ふと気づいたこと。
そして、見失いかけていた自分を少しずつ取り戻していくお話です。
今、正解を探し続けて疲れている人に、
届いたら嬉しいです。
✍️ noteでは、ほかにもエッセイを書いています。
https://note.com/safe_hawk6284
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サマリー
職場で評価や荒探しをされる空気の中、話者は子どもの支援でも大人の顔色を見て、その場の「正解」を探し続けるようになっていました。その結果、動けなくなり、仕事の能力や過去の積み重ねまで疑うようになります。しかし、笑顔を向ける子どもたちを見て、本来見るべき相手を見失っていたことに気づきます。自分の積み重ねを信じ、嫌われることを恐れすぎず、目の前の子どもたちに向き合おうとすることで、迷いが少しずつ消えていきました。正解探しで疲れている人に、それは環境から自分を守る反応であり、自分の価値が失われたわけではないと伝えています。
その場の正解を探して萎縮する
こんにちは、ひまわりです。
ノートでは、自分の経験や人との関わりの中で感じたことをエッセイにしています。
今日お届けするのは、 その場の正解を探し続けると自分がわからなくなる、というエッセイです。
最後まで聞いていただけたら嬉しいです。 それではお聞きください。
その場の正解を探すと自分を疑い出してわからなくなる そんなことを感じた出来事があったので
今回はそのことについて書こうと思う。 人は
失敗したら責められる 裏で陰口を言われる
評価される その態度を直接向けられる
そんな経験が続くと少しずつ萎縮してしまう 萎縮すると真っ白になった頭でその場の正解を必死に探し出す
一歩動く前に 本当にこれでいい?
今求められているのはこれ?これで間違ってない? と
そっちばかりに考えが向いてしまう これで怒られない?
また陰口を言われない? そんな風にフィルターがかかってしまう
子どもの支援で大人の顔色を見ていた
最近の私は 職場の人が入れ替わり
評価や荒探しをされるような空気が強くなった環境の中で まさにそんな状態になっていた
子供の支援でも 今は前より後ろについた方がいい
今はもうこれ以上の負荷は難しい 頭では分かっている
今までの積み重ねから今やるべきことも分かっている それなのに
フィルターがかかって動けない そうすると
子供は崩れる 子供が崩れるのは一瞬だ
その結果うまくいかない うまくいかないことをまた責められる
すると あれ?私ってこんなに仕事できなかったっけ?
私ってもともと才能なかったのかな? 私が今までやってきたことは間違ってたのかな?
と 自分の今までのことまで疑い出す
自分が小さく小さくなるような感じがしていた でもそんな時も子供は変わらず
当たり前のように笑顔を向けてくれた その時ふと思った
私は誰を見ているんだろう 目の前の子供ではなく
大人ばかり見ていた 子供を見るためにここにいるはずなのに
私はいつの間にか大人の顔色を見て正解を探していた 子供に寄り添うためなのに
自分を守ることに必死になって 目の前の子供を見失っていた
自分の積み重ねを信じて迷いを手放す
別に嫌われてもいい 陰口を言う人には言わせておけばいい
私は今まで積み重ねてきた自分を信じる そしてきっと目の前の子供たちが私にとっての正解を教えてくれる
そう思ったらかかっていたフィルターが少しずつ外れていった 本来の自分が戻ってきて迷いがなくなった
私はそうやって明日も仕事に行こうと思う 今
正解探しで疲れている人へ それは安心がないから
自分を守ろうとする当たり前の行動なのかもしれない 心がそれで疲れていて
自分が小さくなるような感覚になっていても そんな自分を疑って責めないでほしい
それは環境によるものであなたの価値までなくなったわけじゃない 今苦しい人がこの文章の中で少しだけ息をつけたら
そしてほんの少しだけ 私は私でいいと思えたら
そんな場所に慣れたらいいなと思う 最後まで聞いてくださってありがとうございました
ノートでは他のエッセイも書いています よかったらそちらも読んでみてくださいね
これからも言葉を声に乗せて届けていけたらと思います それではまた
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