だから最近、老人興味あるんですけど、老人というか高齢の方とかに。
それが結構知りたいんですよね、俺。どうなるんだろうって。
流動性知能、結晶性知能っていう話で聞いたことありましたっけ。
今まであった経験を組み合わせて、過去の経験で使う知能という結晶性知能は年を取った方が上がってて、
すぐ目の前のものを吸収してすぐ使うみたいなのを流動性知能って言うんですけど、それはどうとも下がっていくみたいな。
交差するみたいなのがあって。だから今までの経験量が多いほどその結晶性が活躍していく最中なんじゃないかなっていう。
宮川さんは。
確かに。今クロスしてるのかもしれないですね。
ちょうど。怖いですね。もうやめてください。
だから新しいものは何も吸収できない。何のドキュメンタリーなんですかこれ。怖いじゃないですか。やめてくださいよ。
もうこれ死ぬまでやったら、みんな人間がどうなるのか全部言語化するかもしれないですね。
実験ですね。
俺と岡田さんで人間は最後どうなるのかっていうのをずっと言語化し続ける。
暇人ですね。
暇人ですね。完全に。でもそういう実験というか、そういう感じもありますよね。
みんな年齢とかちょっと違うじゃないですか。小染はちょっと若いんで自分たちよりも。
36歳。
そう、36歳なんで10個近く違うから、ちょっと衰え感とか結晶性感とかも違うのかもしれないですよね。
ちなみに高齢者みたいな話といった時に高齢になっていったりとか、あと一番わかりやすいのが認知症になったりとかすると、
確かに。
体の感覚めちゃくちゃ鈍くなるんですよ。
そうなんですね。
鈍くなるっていうのはどんな感じなんですか?
いわゆる冷たいとかを感じにくくなるじゃなくて、
施術をする時に筋肉に感覚を入れるんですね。筋肉をつかんでそれを動かそうとしたりとかするんですけど、
本人は動かそうとしてなくても、私が触って握ってスーッと持っていくと、そっちの方に筋肉が無意識で一緒に動いてくれたりするんですよ。
勝手に動くというか。本人は動かそうとしてるわけじゃないんだけども、私が入れた感覚によって無意識で動いちゃうっていう。
そういうのをずっとやってるんですけど。
認知症の人はこの反応がめちゃくちゃ悪いんですね。
つながってないみたいな感じなんですかね。
感じれなくなるんですよね。
それこそその関係性というか筋肉と脳のやりとりが一方通行になる感じですね。
脳はずっと出力してるんですよ。
脳はずっと筋肉に対して指令出し続けてるからめっちゃ動くんですけど、筋肉から脳に上がる情報が少なくなるというか、出力と入力が関係し合わなくなっちゃう感じ。
わがまま、わがままなんですかね。
本当にわがままな感じです。やりとりがですね。
話聞かずにめちゃくちゃ言ってくるみたいな。
そうそうそうそう。
しとけこれ!みたいな。
本当そういう感じになるんですよ。
入力と出力がそれぞれ一方通行みたいな。
独立してる感じですね。
独立してる感じです。
もう話聞かない上司ですね。
でもそれって聞く話しかわからないですけど、治るっていうか聞いてもらえるようになるってこともあるんですか?
あるんですよ。
あるんだ。
それを体側から作っていって、僕が触って筋肉を反応させるって言ったんですけど、
例えば寝てる時とかは、自分の体とベッドとの間で起こってるんですけど、
それをリハビリというか治療する前は、寝てるんだけどもめっちゃ背中が力んでて、
朝起きたらバキバキですとかってなっちゃうんですよね。
それを施術をしていって、感覚に合わせて動くっていうことを、
そういうことを感覚的に教えていってあげて、脳に覚えさせていくと一緒に動けるようにもなるし、地面にも体を預けられるようになるし、
分かってやっていくと少し認知症、精神的な認知症っぽさも少し改善しますとかっていうこともあったりして、
なんとなくやり取りがしやすくなったなって。
なるほどね。
じゃあその身体的な対話が脳的な対話にも影響してるというか。
してる。すごくしてるなと思います。
それこそ高齢者じゃなくても、本当に自分の喋りたいことばっかり喋ってるおっさんとかおばちゃんとかいるじゃないですか。
はいはい。
おれ、おれです。
ふげがさんの話だよね。
やっぱ交差してますね、今ね。
ああいうおっちゃんおばちゃんは、施術してても似たようなこと起こる。
本当に全然反応しない。
でもなんかおれそれ言われたことあります。
あったときに、すごい、めちゃくちゃ預けるのが上手ですねって言われたことあります。
預けるか。
だからおまかせみたいな。
だから突っ張らないみたいな。
それは宮川さんむしろそのやりとりが上手なんですよ。
見つけられるんですよ。
多分その宮川さんその仕事的にもいろんな人とのむしろ境目がわかんなくなってっていうのって、
典型的なその感覚がむしろこう敏感な人の特徴で。
結構女性とかで鬱っぽい方だったりとか。
っていうのって体の反応めちゃくちゃ良かったりするんですよね。
受け取りすぎちゃう。
そうなんだ。
受け取りすぎちゃって、だから相手との境目とかもいろいろわかんなくなっちゃってみたいなこととかね、結構あったりして。
さっきの自分の言いたいことばっか言ってるおっちゃおばちゃんとの対局に実はある。
鬱っぽい。鬱っぽいんですかね。
鬱は多分結果です。
いろんなものを受け取りすぎちゃって、その結果精神的にダメージをくらって鬱になるっていう二次的なもので別に鬱が一方でとかね。
いろいろ受け取ってる人なんだと思います。
すごいだけよくわかるんですけど、その話やっぱりわかるし、多分俺は自己防衛機能がついてて、虚無倫とかいろいろいるんですけど、彼らが結構ね、守ってくれてますね。
いきなり無視したりしますからね、いろんなもの。
しないといけないことを急にしなくなったりとかするんで。
多分もうほら、嫌ですって。
ダメダメ!みたいな。
なんかしないじゃなくてできないでしょうね、それね。
そうそう、できなくしてくれるんでしょうね。で、それに俺はもうはいっていう感じなんでしょうね。
虚無倫は最終的に友達、最後の友達でしたね。
最後の友達でしたね、俺のね。最後の防御戦。
大親友でした。
大親友でしたね。
またのスサノオと言いますけど、彼らのことを。
そうだった。
全部ぶっ殺してくれるから、やらないといけないことを切り倒して。スサノオ。
そういう、それを僕らの業界だと出力優位とかって言うんですよ。
つまり脳から指令を出すことばっかりで入力が少なかったり、あるいは入力と出力のバランスが取れなかったり、とにかく出力一方になっちゃう。
それが高齢な方とか認知症の方とか、別に高齢じゃなくてもそういう方って言って感覚のやり取りしにくいなだったりとか。
なんかよくあるこう、
新給院とかに行ったら体、絵が描いてあって中が血管みたいなのがこうなってる絵とかあるじゃないですか。
あのイメージしましたね。
行き渡ってるわーみたいな。
なんか全体感的にもそうですし、
あとその普段の施術、リハビリ、セラピーとか。
固まってる筋肉とかひんでる筋肉って、
ここ力抜いてくださいって言ってももうほぼほぼ抜けないんですよ。
ずっと張ってるんですね。
ずっと張っちゃう。張ってるし。
スポーツとかでも苦手なスポーツやるときとかってめっちゃ体がガチガチに力入るじゃないですか。
でも力抜いてって言われてもいやいや無理ですみたいな。
確かに。
むしろ抜いてるつもりなんですけどみたいになったりするじゃないですか。
体でもそういうことが起こってて、
その凝ってる筋肉とかって結構そういう感じなんですよね。
そういう凝ってる筋肉を柔らかくするためには、
一回縮めたほうがいいんですよ。
縮める?
縮める。凝ってるから固くなってる力入ってるから筋肉的にはすでに縮んでるんですけど、
縮んでるからみんな伸ばしたくなるんですよね。
ストレッチしたりとかグリグリほぐしたりとか残したりとかそうしてるんですけど、
でも逆に一回もっと縮めちゃう。
一回もっと縮めて、ただこれはただ縮めるんじゃなくて、
ちゃんと収縮させるんですね。
筋肉として、本当に神経活動を伴って収縮、縮めるっていうことをさせてあげると、
その後緩められるようになるんですよ。
神経活動を伴って伸縮するってどういうことなんですか?
筋肉って伸びて縮んでするゴムの集まりみたいな感じなんですけど、
この筋肉一個一個にセンサーがついてるんですね。
これは伸びて縮んですることで反応するんですけど、
これを紐みたいな、ただゴムを緩める縮めるみたいにすると反応しなくって、
神経がちょっとピンって働いて筋肉がキュって縮んでっていう、
神経活動とセットで縮んだり伸びたりするっていう。
それがあると筋肉が収縮、伸び縮みしたよっていう情報が脳みそに上がって、
そうすると脳みそがまた縮めようとか緩めようみたいなことを指示出せるようになるんですよ。
だから固まってる筋肉とか力んでる筋肉って脳としては力入れてるつもりないんですよね。
だからこれ以上緩めようがないんですよ、脳みそ的には。
無意識だから。
無意識だから。だから一回縮めるっていう情報をさらに加えて入れてあげて、
そうすると脳みそがこの筋肉縮んでるなっていうことを思い出せるんで、
そうすると緩める指令を出せるんですよね。
一回こう入れてあげるみたいなことは結構大事。
確かに。なんか似たような感じありますね、機械とかでそういうのなんかね。
縮むっていうか反応が悪い時とかにカチカチカチって何回もやったりとか、
押したりしたら動くようになったりとかあるじゃないですか。
ああいうのにすごい似てますよね。
音とかも、音はちょっと感じが違うけど、ミキサーとか音を入れるやつがあるんですけど、
通電が悪くなってる時とかあるんですよ。
グリグリグリグリって回したりするとガガガガってガリって言うんですけど、
ガリガリガリって言いながら抵抗がなくなってまた音がスーッて入っていくようになったりするんですよね。
そういう機械を操作してる時とはちょっと似てる気がする。
確かに。確かに電気信号ですもんね、神経の動きも。
そうっすね。だから俺思うんですよ。
体の話もそうですし、頭の話とかもそうですし、
頭の話は結構パソコンと似てるって俺は最近ずっと思ってるし、
体もそういう機械とかと似てるけど、精神とかちょっとわかんないですけど、
なんかやっぱり面白い機械みたいですよね、人間の体とかって。
確かに。一つの構造物みたいな感じですね。
なんかそういうふうに思えてくるなーと思って、
だからみんなその構造理解みたいなことを体の面から見てみたり、
頭の面から見てみたりとか精神を見てみたりとかして、
興味あるからみんな調べたりとかいろんな反応を見てるんだけど、
結構そういうものだし、
ただのそういう塊っていうか、
そんな大したものじゃないっていうか、
そんな大したものじゃないなーってやっぱなんか、
すごい深刻化してるけどそんな大したものじゃないなーって、
結構最近よく思うなーって。
その感じわかるなー。
なんかヨッポロ触ってる人たちとかそうじゃないですか、自分たちよりもっとなって。
そんな大差ないっていうか、もちろんあるけど、
でかいとか小さいとか個体差あるけど、
許容の範囲の中じゃないですか、やっぱりある程度の。
5メートルの人間とかいないわけじゃないですか、だって。
10センチの人間もいないし。
だからまあ、なんかビサゴサかなーみたいな感じっていうか。
そうですね。
なんか人って素晴らしいとか、命とか生きてるって素晴らしいとか、
もうちょっと素晴らしいと思うんですけど、
ただの集合体であるっていう感じはなんかすごくわかって。
岡田さんがいつもそれ言ってますけどね。
そうですね、そんな感じのこと言ってますけど、小宗さんもそう感じます?
感じます。
ただその集合体になる確率がめちゃくちゃ低いから、
だからすごい素晴らしさとか美しさを感じたりするし。
でもそれってただ本当にただの結果論というか、
本当にたまたまその細胞とかいろんなものが今集まったから、
自分はただいるだけみたいな。
結果論。
結果論ですよね。
だからこそさっきの宮川さんのビサゴサだよねみたいなのも、
なんかその延長線上で体も理想的なまっすぐみたいなのがあるんですよね。
角度とか骨の向きとか角度とかも。
ちょっとずつみんな違うし。
でもこのまっすぐだと効率いいよねっていうのはあるんですけど、
なんか見た目上のまっすぐにすることが必ずしもその人にいいわけではないんですよ、当然。
確かに確かに。
姿勢の話までしてくれてましたよね、それは。
そうなった時にやっぱりその人のその結果に対して一番最適にするところを探すことが結構大事だなと思って。
本当そうだと思います。
どういきたいかみたいなのもありますよね、その人が。
まさにそう、どういきたいかっていうすごく抽象的な精神性の話とすごく密接に関わっているし、
その人の体的な個性も触らないとわかんないみたいな。
形的に写真で線が後ろにあってそれに合わせてこんなにまっすぐになりましたみたいな。
まっすぐなのは確かに効率いいことが多いんだけど、この人にとってこの形ベストとは限らないよって結構あったりして、
そこは個性と自分っていうセラピストの個性も合わせての結果的な相性でしかないなと思うし。
なるほどね、確かに。
だから結局なんか僕の最近の興味事は結構その自分らしく生きるとはっていうことだったりするんですけど、
みなさんがね、自分も含めてね。
一つ今話に近いなと思うし、センスとはみたいな話とかにも結構つながるかもしれないですけど、
めちゃくちゃな生き方してても変なことが好きでも別にいいじゃないですか。
その人が良ければって思うんですよ。
だから虫しか食わない生活しておろうが、髪を一切切らなかろうが、
それは別にその人らしければ、その人がそれが心地よければいいというか、
もちろん迷惑かけるとかかけないとかがあるかもしれないですけど、
だから最適解みたいなものがあたかもあるかのように振る舞ってますけど、
社会自体が。そんなのないじゃないですか、実際幻想だから。
だからもっとやっぱりそうなんていうか、いびつさみたいなもの。
そのいびつさっていうのの基準も、だから実際真ん中があるよりはなくて、
関係性の中にしかないじゃないですか。
いびつかどうかっていうのは、今の社会の規範みたいなのがここにあるっていうことがあるから、
ここがどこの位置にあるかだけの話っていうか。
別に真ん中に持っていく必要もないですし、
それが64だろうが91だろうが10でも別に、
10ゼロってのは多分ないんでしょうけどほとんど。
どうだっていいっていうか、
だからどうだっていいって思えるようになるかどうかが一番でかいと思ってて。
でもなんかそれめたれないとちょっとそこに行けない気がしましたね。
そうなんですよね。だからこれが私が今最も推奨したい、
スーパーメタ認知っていう概念ですけども、
概念というか手法というかなんていうことなんですけども、
やっぱなんかそれ大事だなぁと思いますよね。
今の話でちょっと勝手にセンスとは何かの答えが一個見えた気がする。
答え出した。
私の答え聞いてみたいです。
おぞねさん答え出ましたねこれ。
誘われるものな気がして。
誘い。
必然的にそうなっていくというか、
体の感覚とかでも、出力優位、さっきの自分が出力、こうやりたい、こう喋りたいみたいなこと。
これ治療でもそうで、こう動かしてやろうとか、こういう風にしてやろうってやると大体うまくいかないんですよ。
それよりも先に触った相手をいかに感じ取って、でも感じ取るんだけども、感じ取っておしまいだったら何もできないので、
感じ取りつつそっちに誘導しつつみたいなことをやっていくんですけど、
その時の感覚って相手の体にこう誘われているような感じだったりするんですよね。
じゃああくまで向こうの体の動きが主導権なんですね。
両方というか、自分が操作しているんだけども誘われているというか、そういう感じで。
あと宮本武蔵好きなんですけど、剣とかも剣を手で振ろうとしちゃダメだって言うんですよ。
剣が行きたい道を教えてくれるっていう。
すごい、もう神の領域じゃないですか、完全に。
それって多分究極的な感覚に誘われている状態だと思うんですよね。
剣の重みがあって、自分のその時の体の角度があって、こういう感じに動いたら一番スムーズに動けるよっていうのだし、
私剣だから相手もいるんで、相手もこういう風に構えてたりこういう風に動いてたりするんですか。
っていうのも感じ取りながら、一番行きたい方向に行くと結果勝てるよ。
いけますみたいな。
それってもう全ての感覚に身を委ねた結果であるみたいな。
その誘われた先に一番こうなんかベスト、ベストというかなんかそういうのが存在していて、
だから歪かどうかも多分結果論なんだなと思って。
あ、そうでしょうね。誘われた結果って。
誘われた結果、さっきの不完全とか不自然とか、
1ミリっていうのって構造的にはすごく不完全に近いんだけども、
そう腕が美しくみたいなのとかも、なんかそう誘われていった結果、
なんかそうなったものって多分美しいだろうなみたいな。
いびつかどうかじゃなくて、さっきの狙ったらダサいみたいなのも、
狙ったらやっぱダサいんだよなと思って。
なんかそうしたいなって誘われた感があった時ってなんかかっこいい気がするなみたいな。
まあそうですね。もっと言うとその人らしさがかっこいいさっていうことと繋がる時というか、
そんな感じしますよね。
だからさっきの自分が詰めていくときって自分の違和感がなくなるときって言いましたけど、
それっていうのも自分らしさと結構繋がってて、
自分のことを信じれるかどうかなんですよね、基本的に。
だから多分宮本武蔵が委ねれるってことは自分のことを信じてるんだと思うんですよ。
そしたら結局勝てるっていうイコールになる。
その自分を信じれるように鍛錬するとか、多分なんかするってことだと思うんですよね。
なんか物事というものは多分。
だから信じれるようにするために積み上げて、
自分らしさっていうものを信じ切れたときに、
何かセンスというかかっこいいみたいなものができてるみたいな気がするのかなみたいな。
だからなんかすごくわがままな人かもしれないけど、
やっぱ自分の感覚に正直な人っていうのはやっぱり高まってる人に多い気がしますね。
なんか誘われるじゃないですけど、自己信頼の先にあるみたいな感じなんですかね。
なんかこんだけやったから自分が信じれるようになるみたいなことをみんな作ってるのかな、
アスリートの人たちとの練習とかって気はしますけどね。
なんか鍛えてるものとかによって違うのかもしれないですけど。
究極に自分を信じれてるから、自分に固執しなくてよくなって、
自分の信頼の外に持っていくことができるみたいな。
かもしれないですね。
だってもう自分はほら、自分の中で精一杯やってるからですね。
だからそれが他者軸みたいなものとあるなしみたいのはもちろんあるかもしれないですけど、
でもそれってもう言い出したらキリがないから、
たぶん自分の中のベストを常に出すっていうことがいいと思ってて。
俺はそれを本気出したんかいっていうのを言ってたんですよね。
それを気づいたときがあって、前このラジオでも話したんだけど。
だからそれが2019年くらいだったかなにもう一回思い出して、
それから結構自分の中ですごく良くなっていったっていう経験があるんですけど、
本気出すの忘れてた事件みたいなのがあって。
さっきの走ってみたりとかしたときとかも全く同じなんですけど、
こんぐらい俺限界だったら走れるんだってことを知覚できたから、
もっといけるかもしれないとか、もうちょっとじゃあ行こうとかっていうのが分かるようになるじゃないですか。
だから本気を出してみないと自分のマックスって分からないんですよね。
自分のマックスをずっと出し続けることがやっぱりベストを尽くすことだし、
格好良くなっていくというか、研ぎ澄まされて自分らしくなっていくことの一つかなみたいな。
これでいいやってずっと言い出したらもう終わるというかですね。
こだわれって言ってるわけじゃないんですけど、
自分の本気みたいなやつを常に出し続けていくことが結構大切なことなんじゃないかなって、
俺はそれ以来結構思ってるんですよね。
自己信頼するための自分の経験とか感覚の中、
データベースをどれだけ築けたかみたいなのが、
信頼と比例しそうだなって感じて、
それをアップデートさせるっていうことで、
より信頼度と革新が増してる感じがしました、宮川さんは。
もしかしたら人によって違うのかもしれないですけど、
自分の個人的な感じでいくとそんな感じですね。
面白いですね。
いわゆる世の中的なセンスっていうニュアンスとすごい真逆にありそうな。
天才的とかそういうんじゃない?
違う違う。
だからなんか自分的なだけですね。
でもそれが一番俺はいいと思ってますよ。
だからその人的な最高感みたいな。
それがもし世の中に受け入れたらすごく幸せなことだし、
それを人は成功っていうのかもしれないですけど、
でも別に成功してなくても満足はするじゃないですか。
やっぱり俺それはあるんですよ。
みんながいいって思ってなくても、
俺はシマジンラジオ結構最高と思ってるんで、
最高なんですけど、
自信持って別に面白いですよってみんなに普通に言いますけど、
でも別に話長くない?とか言われる人も別にいるかもしれないけど、
それはそれでも別に嫌だと思ってて。
俺は結構最高と思ってるんで。
別にシマジンラジオマイナス意見は来てないですよ今のところ。
来てないけど、だったとしてもですね。
人気は別に最初はないですけど。
センスって本当そういうことなのかもしれないですね。
それをだからずっと続けてて、
みんなが巻き込まれてきたら、
なんかそのセンスいいって言い出すかもしれないですし、
流行りしたりもあるからですね。
さっき言ったみたいに、
現代の避けるこれがどう捉えられているかみたいなこともあるから。
だからなんか俺の持論でいくと、
僕もヒマジンラジオに定期的に混ぜてください。
いいですか。
ぜひぜひ。
ヒマジンラジオでそろそろ二巡目とか行ってもいいよねみたいな。
ゲストが結構渋滞してるんですよね。
出しててほしい人いっぱいいて。
だからヒマジンオフ会をやってて。
これ何かというと、
ヒマジンラジオのミニ版みたいな感じをやってるんですよね。
だからいろんな人が来て、
ワンオンワンで対話をしてもらう。
テーマを決めて。
それを楽しんでもらうっていう会をやってて。
面白そう。
ぜひそこにも遊びに来てください。
もう全然、全然ヒマジンじゃなくなってきてますね。
何をもってヒマというかですね。
そうですね、これ何をもってヒマというかですよ。
ヒマの定義は何だろうですよね。
絶対怒ってるんですね。
出たいって言ってる人がいるっていうわけだけでもなくて、
ただこの人絶対ヒマジンだなっていう人がやっぱりいるじゃないですか。
やっぱり紹介したいんですよ、みんなにも。
それこそそういういろんな人との対話をしながら、
対話で自分の自信を積み重ねつつ、
そういう人たちの感覚を取り入れて、
お二人はずっとセンスをアップデートしてってわけですね。
そうですかね。
みなさんは対話で、
僕は多分編集の方のアウトプットで磨かれてますね。
そうかもしれないですね。
この対話はそこにあります。
だから岡田さんは撮ったものとのまたもう一度対話をするとかってこともあるからですね。
私は収録の3倍ぐらいかけて編集やってます。
ほうなんだ。
え、じゃあ今日とかもう2時間以上話してますけどね。
6時間ぐらい。
6時間ぐらい決定するかもしれない。
でもそんな、結構適当にやってるときはもうほんとシュッて終わります。
いやいやいやいや。
面白いですよね、なんかね。
結構こういうのがあって、面白いんですけども、
でも何ですか、センスとはって言いましたけど、どうでしたか?
いや、僕的にはかなり大満足です。
本当ですか?
マスクする要素ありました?大丈夫ですか?
めちゃくちゃありました。
なんかこう、結構感覚、
僕の中では今日来る前は身体的な感覚とか、
身体的なっていうのはやっぱり個性があって、
身体性こそが個性だと思ってて、
そういう身体的な感覚がセンスだろうな、みたいなぐらいのところだったんですけど、
なんかこう、テーゼとアンチテーゼの間のバランスみたいな話とか、
関係性の中でだったりとか、
そこで動的並行みたいなのもあるし、
そこでのやりとりみたいなのもあるし、
でも最終的には、
そこで機能美なのか不完全さなのかみたいなところでいったときには、
なんか不完全さかどうかっていうのは結果論のだけであって、
自分がいかに本気でやったかだし、
その本気でやったかみたいなところっていうのは自信みたいな部分で、
じゃあその自信は何かって言ったらもう本当に圧倒的な量だったり積み重ねだったり、
それこそ自分の感覚を信じれるみたいなところだったり、
そこでぐるっと回って、
なんかすごいセンスっていうものの改造度がめちゃくちゃ上がった感じがします。
最高のまとめでしたね。
すごい。
まとめ上手ですもんね、いつもね。
まとめニストとしてやっぱちょっとこう、
ひまじんに加入してもらいたいですね、まとめニストとして。
まとめニストとして。
毎回最後だけ出てきてもらってまとめてもらう。
今日どうでしたみたいな。
今日はですね、漢字好評みたいな感じで。
漢字ですね、漢字。
いや面白い。
でもなんかほら今日多分結構聞いた人は体のことすげー詳しくておもれーなって多分思ったと思うんですけど、
小舟市のお店というかやってらっしゃるところをちょっとご紹介してください。
神奈川県の相模原市っていうところで、
橋本駅の近くでやってます。
橋本駅側のリニアが通る予定の。
そこで農作中のリハビリもやってるんですけど、
腰痛とかみたいな生態もやってますし、
それがアスリートとか、
あとは最近はダンサーとかそういうアーティスト系の人たちも多いようになってて。
サポートしたりとか。
やっぱりそれってこう多分、
ただマッサージをしてほぐすじゃ足りない人たちが来てるのかなと思うんですよね。
正解を求めるんじゃなくってその人の個性を最大化するみたいな
マッサージをやっているので、
そういう感じでやってます。
なるほど。
結構ね、多分行ってみたいなと思う人、リスナーの方でもいらっしゃると思うんでね。
ぜひね。セラピコさんですかね。
セラピコって検索すれば出てきて。
じゃあピッカー裏にホームページ貼っておきますね。
ありがとうございます。
わっちり。
いやー今日はなんか話足りない感もありますけど、
ちょっとなんかパート2やってもいいかもしれないですね、今度ね。
新体制、宮沢さん来てますからね、新体制今年。
来てますよ今。
なんかあのオフラインでもしたいですね。
なんかこうトークイベントみたいなやつとかね。
いいですね。
面白そうですよね。
今年はなんかそういうのもやっていきたいですね。
ぜひその時は。