というわけで今日も相談届いておりますので、ご回答いただこうと思います。
今日の相談はこちらです。
どうして同じような状況が自分に起こるんだろう。
上司も部下も子供も夫も、どうしていつも私の言うことに耳を貸してくれなくて何度も同じことをするんだろう。
はい、なんかとっても共感できますね。
特にお母様方そうだとも、本当に何と言ってもね。
子供もそうだし、すごく思ってらっしゃると思います。
この方はね、たぶん、ほぼ間違いなくこれから申し上げることはね、
それが答え?それ全然スピリチュアル番組じゃないんだけどって思われるかもしれないけど、
とりあえずちゃんと伝えてないっぽいです。
あー、こっちがやってほしいことをちゃんと伝えてない。
伝えられてないです。
だから伝えてないんだから伝わるはずがないので、
それやめてって思ってるのに、何をやめてほしいのか、なぜやめてほしいのかが伝わってないので、
それは改善されるはずがないっていうのが、実は現実的な原因というか状態なんですね。
それではスピリチュアル番組の回答にならないので。
十分、十分でも。
この方はおそらくご自分なりにちゃんと伝えてらっしゃると思うんです。
だから自分では言っても言っても周りは耳を貸してくれないし、
聞いてるようで全然届いてなくて結局同じことが起こるじゃないかってこう、
ジレンマがあるわけだからね。
じゃあこの方は自分は伝えてるつもりなのに、どうしてそれが相手に伝わらなくて、
自分にとって同じようなストレスが毎日のように起こってくるのだろうか、ここなんですね。
それで言いたいことが、自分が本当に言いたいことを言い切れないでいる原因が、
心の深いところにたくさん積もっているということなんですね。
これ前回も同じような話した気がするな。
本当は私トーマス君にこれを言いたいのに、でもトーマス君にこれ言ったら嫌われちゃうかもしれないとか、
これを言ってもどうせ私の言うことなんかわかってくれないに決まってるとか、
何かがあると言葉の選び方が甘く緩くなってしまうんですよね。
もしくは本当はあともう一文章くっつけたいんだけれども、ちょっとそれ怖いから途中でやめてしまう。
そうしたら当然のことながら本当に言いたいことが最後まで言えてないので伝わるはずがないので、
事態が改善しないということになるんですけれども、
この番組の中で探求したいのはちょっとそこのところではなくて、
なぜ言えなくなってしまっているかっていうそっちの方なんですね。
だからこの方もきっと別に上司や部下、お子様やご主人とそういう誰か特定の対象ということではなくて、
自分以外の誰かに対してもっと言うと自分自身に対しても本当は私こうしたいのよね。
本当私こういうこと今大切な人と、大切な自分と、もしくは大切なパートナーと、
こういうことまで語り尽くしたいのよっていうものがあって、
人は誰でもそういうものがあるわけだけど、それをちゃんとやれてないんだと思う。
そしてやるのが怖くなっちゃっていた過去があったはずなんです。
なのでソーダ選手も本当に同じこと言いました。
あれ、私昔こんなふうに本当はこれをわかってほしいのに、
だけど怖いから言わないで我慢しちゃうとか、本当私それをしたくないのに。
子供の頃ね、プリンが食べたいのにプリン食べたいってと、
お夕飯の時にプリン食べたいってと、今ご飯の時なんだからデザートはダメです。
ピシッなんてお母さんに言われちゃうから本当私プリンが食べたいの、
酢豚は食べたくないのって言えないみたいなことがあったと思うんですよ。
酢豚は食べなきゃいけないから食べてくださいなんだけれども、
言いたいのに言えなかったこと。
言いたいのに言ったけれども、ピシッと遮断されてしまったこと。
例えば今のね、私がたまたまプリン食べたいけど酢豚が食べたいのになーって思い切って、
ママ、私酢豚じゃなくてプリン食べたいのって言った時に私がね、母に、
ダメよ玲子、今お食事の時間なんだからちゃんと酢豚を食べなさい。
ピシッって言われると、えーーーって涙が出ちゃうわけですよね。
そうすると、悲しかった。悲しいからもう言いたいことは言わないようにしよう。
最初の習慣の一歩がついてしまう。
なのでこの方にやっていただきたいことは、
ご主人や上司や部下に分かってほしいのはどこなのかっていうのが、
共通した何かがあるんだと思うんです。
アクションとしては、書類はきちんと書いたら、
じゃあ向こうの子引き出しにしまいましょうねとか、アクションとしてはそうだったかもしれない。
でもそのアクションの中で彼女が伝えたいことは、
自分が本当にやるべきことを自分の中で納得する形で収めていきましょうね。
そういうふうにしてウィンウィンの時間を作っていきましょうね、
みたいなことを伝えたいんだとしたら、そこまで伝えないと届くはずがない。
でもそこまで伝えようとする前にピシッとやられてしまうと、
伝えたい気持ちがどんどん萎えていってしまうっていう構造があるので、
だからちょっとさかなぼってもらって、
言おうと思ったけれども言ったら怒られちゃったとか、
言って怒られたけれども、そこでこういう理由で、
今は先に酢豚を食べてちょうだいね、
そしたら大好きなプリンをもう今日は5個出してあげるくらいに言ってくれたら、
自分の心が、あ、わかった、じゃあここ頑張る、
そしたらご褒美なんだよねってワクワクの形で残ったはずなんですね。
そういうふうにしたかったのになーっていう過去をちょっと遡って、
特定していただいて、
本当はああいうことを言いたかったんだよなーっていうことがどっかに出てくると思う。
そしたら何をしてほしいかっていうと、それを言ってほしいの。
空に向けてでもいいし、トイレに向けてでもいいし、換気扇に向けてでもいいから、
トーマスね、私本当はね、
バレンタインのチョコレート、男の子が女の子って変だけど、
私が欲しかったのよ、みたいな。
でもバレンタインで女の子があげるもんだから、
そんなこと言ったらトーマスになんだお前って言われちゃうよね、
結構我慢したんだよね、みたいなことが我慢癖になっちゃうということなんですよ。
そうやって自分に習慣づけをしてるはずなので、
もしかしたらここで我慢癖がついちゃったかもしれない。
あるいは我慢癖が、もっと層が厚くなっちゃった事件はこれかもっていうのがあったら、
その時に本当はできればここまで行ってみたかったんだよねとか、
聞いてみたかったんだよねっていうことを今やらせてあげる。
そうするとちょっと心が満足するので、
その誇りは漬物石がどいてくれます。
心に漬物石が乗っかってる状態だからね。
ちっちゃい漬物石が10個乗ってたら、とりあえず1個どいてくれるだけでも、
蓋がちょっとフワって開くかもしれないから、
そうしたら言いたい言葉がフワフワフワって自然に出てくるかもしれないので、
それをやってほしい。
面白い。
うん、それやりましょう。
原体験が忘れてるけどあったりするわけですね、みんな。
ありますあります、みんなあります。
私だってめちゃめちゃありますよ。
そこを探るのが大変そうですね。
そう、そうなの。ちょっと大変だけど頑張ろう。
難しかったら自分と向き合おう。
自分で向き合いきれないところいっぱいあって、
例えば私だったらもう18年くらい生きてるからね。
どういうことですか、それ。どう突っ込めばいいんですか、それは。
18年くらい生きてるんですね。
だいぶさだよんじゃいましたけどね。
みんな10何年とか数十年生きてる。
私が40歳だとしたらね、40×365日分の日記を全部見返すって、
それはちょっと本当に大変なことだし、
実際にもう忘れちゃってること、それから思い出したくないから、
一生懸命ギュッギュッとパンダの奥の底にも出てこないようにギュッて
しまいこんじゃったものっていうのはなかなか思い出しにくいんですね。