00:11
NPO法人 世界被爆者展がお送りする
いのちのハーモニー
いのちのハーモニーでは、自然と調和し、多彩な命がハーモニーを奏でる、母なる地球の新しい文明の創造に向けて、命の視点から世界を変えていこうとする人たちをゲストにお迎えし、自由に語っていただきます。
進行は森下美穂と
安財尚人です。
この番組は、NPO法人 世界被爆者展がお送りします。
今日のゲストは、アースデイ新州実行委員長の倉知英子さんです。
子供時代を中国上海で過ごした倉知さんは、多文化共生社会への関心を深め、デジタルから環境へと関心を広げ、昨年長野県松本市に移住しました。
そんな生い立ちや、今年立ち上げるアースデイ新州のことなどを伺います。倉知さん、よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
倉知さんは、上海育ちなんですね。
父の仕事の影響で、家族全員で中国の上海に行くことになりました。
4歳から小学校卒業する前までなので、約7年間ぐらい上海にいました。
上海時代、どんなことを感じたんですか?
まず、子供を大事にする国ではあるかなと思っていて、
特に日本人なので珍しかったのか、すごくよくしてもらった経験もありますが、
常に日本人としてマイノリティの世界観で生きてきたというところであったりとか、
30年ぐらい昔の中国、経済成長する前ぐらいの時期だったので、
貧富の差がすごく激しかったりとか、
同い年なのに物売りをしているとかを目にしながら育ったり、
戦争の爪痕ではないですけども、戦争はもうしてない日本ですが、
過去にあったことみたいなところをずっと言われ続けるような、
私は戦争を起こしてないんだけども、
やっぱり起こした人だよね、みたいな形で言われることもあったりとか、
なので、戦争というのも終わったように見えて、
ずっと残り続けるものなのかな、みたいなところを感じた。
結構、今の活動であったりとか、
今日お呼びいただいたそのアースデイみたいなところにも、
この現体験というところがすごく響いているのかなというふうには自分では思っております。
03:02
その後も留学とかでいろいろ経験されてますよね。
私は上海に日本人学校にいたんですけど、
やはり日本にいる学校と日本人学校ってやっぱり違う部分があって、
なんか日本にいてもあんまり溶け込めなかったりとか、
やはり自分の経験したこととか、興味関心とかが、
なかなか日本の学校の子たちと共通点がなかなか探せなかったりとかして、
日本に帰ってきても結構マイノリティだなというふうに思いながら、
そんなのもあって、多文化環境で生活もしたいとか、
いろんな観点で学べるような大学に行ったっていうのが流れになっておりまして、
そこでいろんな築きとか学んだことをベースに、
カナダとかマレーシアとか行って、
半分楽しみながらちゃんと勉強もしたかなっていう感じですかね。
学生時代は結構越境と共生みたいなところをテーマに、
当時そんなことを思って活動したわけじゃないんですけど、
今となってまとめると、
なんか越境と共生みたいなワードが当たりはまるかなというふうに思っておりまして、
メインは国際関係、社会構造みたいなところを取り扱いながら、
3年生4年生になると社会学みたいなところで少しソフト面ですよね。
アイデンティティーとか文化とか宗教みたいなところを勉強してきまして、
カナダでは難民を受け入れる支援みたいなところ、
インターンシップとして入りまして、難民を受け入れる側の体制とか、
政策とかが含め、本当に現場で言うと、
日本でいう公民館みたいなところがコミュニティの中核になっていくんですけども、
公民館の運営みたいなことをしながら、難民として受け入れられた人たちが、
地元の社会とか文化とか言語に慣れていくような支援をしたりとか、
それを経て難民の部分から少し外れて、
今度はマレーシアの過去過人のどういう編成でマレーシアに移り住んできて、
そこでどういうふうに生活をして土着の文化と競争をしているのか、
みたいなところをレポートに求めたというような形ですね。
なのでここでは、違いっていうことをどうなくしていくかというかは、
違いがある前提でどうやって関係を作っていくのかとか、
みんなが住みやすい、ここでの話の環境と言うと国とか地域になっていくと思うんですけど、
そういうところに興味があって、実際に見て自分で学んでいくってことをしたかなというふうに思っております。
そこからアースデー進出へつながる道ってのはどんな感じだったんでしょう?
社会人になってからアースデーと出会いまして、
難民の受け入れとか影響した人たちの社会変容みたいなところに興味がありつつも、
06:05
それを仕事にする術が当時なくて、
どういうふうにそれをNPOとかNGO以外に会社っていう組織でできる場所がなかったので、
どうしようかなって悩んで、
当時マーケティングっていうものを活用して、
社会課題をビジネスで解決すると言っている会社に入社しまして、
最初はバリバリデジタルとかウェブサイトとか、
マーケティングど真ん中、資本主義ど真ん中みたいなことをやっていたんですけども、
このスキルとこのお金の回し方が、
お金があるところとか大きな資本に回っていくわけではなくて、
困っているところとか、社会課題と言われているところを解決するところに力を使えたらすごくいいんじゃないかなというふうに思って、
それをできるための手段みたいなところをいろいろ考えたときに、
アースデーっていう空間ってすごくいいなと思ったのと、
自分が海外で育ったりとか感じたことみたいなところが、
環境と平和みたいなところがつながる、
しかもそれも資金高くなくみんなが参加できるみたいなところが、
すごく自分に合った場所だなというふうに思い描いて、
ちょくちょくとお手伝いしたりとか、そこに関わりを持ってきたのかなというふうに思っております。
アースデー新集は具体的にどんなことをされようとしているんですか?
アースデー新集は環境とかサスナビティとか、
いろんな声の聞こえみたいなところを特別なものじゃなくて、
みんなで共有できるような場所っていうのを作っていきたいなというふうに思っているので、
それだけじゃなくて、さらにそれを新集でする理由みたいなところで言うと、
新集の中でずっと培ってきたフードであったりとか文化とか社会を
共に共有できる場所作りがしたいなというふうに思っているので、
フェスという形で今年の9月頃に開催しようかなというふうに思っております。
フェスだけではなくて、今後はユースネットって言って、
若者たちが集まって自分たちの社会を変えていくみたいなところを
一緒に作っていくような場所作りであったりとか、
私たちがアースデー新集をメインでやっていくというよりかは、
私たちがやったプロセスみたいなものを一つ学びとして、
長野県内にいろんなアースデーが作っていけたらいいなと思っているので、
そういったところのサポートとか、どんどんコミュニティの場を広げていけたらいいなというふうに思っています。
ノリクラだけともすごく縁があるんですよね。
松本に移住してきたきっかけっていうのが、
ノリクラっていうところでして、これはまたいろんな縁があるんですけども、
松本市が脱炭素先行地域として手を挙げて、先行地域として活動していたときに、
旧安住エリアを中心に計画をねっていまして、
そこでいろいろ活動が始まっていくということで、
参画できる組織とか団体に手を挙げて参加して、
09:02
ノリクラと出会ったんですね。
最初は元々環境系の仕事もしていたので、
自然エネルギーってどうやって作るんだろうとか、
作っていくときの地域での合意形成みたいなところってどういうふうなのかなみたいな感じのイメージできたんですけども、
実際に行ってみると、国立公園でもあって、
すごい自然豊かなってのはみんなそうだと思うんですが、
彼らの暮らしの中に、我々が常に追い求めているというか、
実現していきたい循環とか、教授の知恵みたいなのがすごく息づいていて、
そういったものが田舎っていうとちょっと古いとかイメージがあると思うんですけども、
そうではなくて、我々がこれからの時代を生き抜くための必要な知恵であったりとか、
一緒のものがあるんじゃないかなと思って、
そういった暮らしっていうものをいろんな人に体験してもらったりとか、
それを一つ学ぶとして持ち帰って、自分たちの暮らしを少しずつクリエイティブにしていくような、
そんな活動ができたらいいなと思って、
ノリクラを一つテーマに松本に来て、
今はノリクラの活動もしながら、
松本市でコミュニティマネジャーとして、
いろんな人たちと一緒に競争ディレクターっぽい感じで、
仕事をさせてもらったりとか、活動をしております。
私たちアンスデイ役がたけって言って、
4月に川のゴミ拾いをするんですけども、
イベントもいいんですけど、アクションとして、
アンスデイでみんなで行動しようっていうふうに呼びかけているので、
ぜひ4月、新州の方でもゴミ拾いしていただけたらなってちょっと思いました。
ぜひそれ、コラボしてやりましょうよ。
同じタイミングでやってたんだけど、新州でも、
それをやったよっていうのが一つ面白いと思うので、
ぜひ一緒にやりましょう。
それでは最後に1曲お聴きいただきます。
倉谷さん、曲の紹介をお願いします。
ユーザースターの感謝です。
この曲はですね、日頃伝えきれない感謝を歌っている曲でして、
私も日々忙しい中、
いろんな人からいろんなものを受け取っているんですけども、
なかなかそれを受け取りきれなかったりとか、
感謝を伝えられないことも多分足りてないなと思っているので、
この曲で感謝の気持ちを届けたいなというふうに思ってこの曲にしました。
倉谷さん、ありがとうございました。
ありがとうございました。
この番組はNPO法人世界被爆者展がお送りしました。
では、みなさんまた来週。ごきげんよう。