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芸術法人シアターボンドのラジオ No.04 批評のはなし
2025-12-26 2:01:24

芸術法人シアターボンドのラジオ No.04 批評のはなし

No.04 批評のはなし、そして2025年まとめ。

なぜ演劇界隈の「タコツボ」化は加速する一方なのでしょう?
有識者や栄誉ある演劇賞の受賞者ですら、
すこしだけ異なる小ジャンルのことはまるで知りません。
せっかく劇場に来てみたけれどわかりにくい……。
一因にあるのは「批評」のあり方のような気がする。
そんな話です。

そして、
今年4月に閉館した大切な劇場のことにも少しだけ触れながら、公共と民間、過去と現在の対話、などなどを軸に2025年を振り返ります。

お待たせいたしました!
#斉藤憐 #劇作は愉し #上海バンスキング
お詫びと訂正
2025年のまとめ
あるスピーチのこと「プライベートな劇場」
界隈は小さなムラ社会の集合体
歴史の文脈の中にあるということ
「稽古」とは


https://twitter.com/i/spaces/1gqxvrVljngxB
---
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https://stand.fm/channels/64505c2b0b5e6b2d87773523

感想

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00:00
ですけども、これね、結構ね、優れたサービスと言いますかね。
あ、始まりました。芸術法人シアターボンドのラジオ、本日もやって参りたいと思います。
本日は2025年12月の25日、木曜日。
本日は大変お待たせしたことにですね、22時45分、
46分ぐらいからの配信をスタートさせていただきました。
本日の配信もですね、もう今日はですね、手短にですね、もうやりたいと思いますよ。
いつもね、1時間半だって言ってて、結局2時間やってますからね、最近はね。
それもどうかと思うわけですよ、我ながらね。
まあでもね、もう皆さんお気づきだと思いますけども、
宮澤はね、なんかね、話したいことが多いんですよ。
毎週毎週のようにですね。
なんかいろんなことを考えてはですね、
アウトプットって言うんですね、最近こういうのね、やりたいんでございますよ。
とはいえですよ。ね。
やっぱ生活もありますからね。
これどっちを大切にするなんて言ったら、もう比べ物にならないくらい生活なわけじゃないですか。
それは当たり前なんですけれども。
でもね、そんな中でもやっぱり毎週毎週やっていきたい。ね。
もうヘビーナシゴレンの時代からですよね。
2022年9月の1日から丸3年間ですね、毎週配信を行ってきておりますのでですね。
もうなんかその、あれになっちゃったね。
サイクルになっちゃったんですよ。
だからね、まあまあまあこれは続けていきたいと思いますし、
できる限りですね。
今週考えたこと、皆さんと一緒に考えたいことみたいなのをね、
やっぱり続けていきたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
本日が4回目。
ケジソウジンシアターボンドのラジオ4回目になっておりますけれども、
とりあえず本日でですね、2025年の配信は終わりということでね。
今年最後の、2025年最後の配信にしたいなというふうに思っております。
コメントいただいております。ありがとうございます。
高橋忠邦さん、ありがとうございます。
あれ、コメントがない。消しちゃったのかな。
ありがとうございます。待たせたなって確か書いちゃったと思います。
ありがとうございます。
それから田中ハヤトさんからもですね、いつものコメントいただいております。
毎回毎回ありがとうございます。
03:01
紹介できる時とできない時とあって申し訳ございません。
本日の田中ハヤトさんのコメント。
本日は何の日?誕生日編ということで、本日は劇作家斉藤錬さんの誕生日ですと。
斉藤さんといえばもうお分かりですね。
黒川の劇団ではおたじみグレイクリスマスの作者でもありますと。
今年は名古屋演劇、名古屋演館霊会で当日運営、あ、当日運営じゃない。運営担当。
私と縁があるM越しで久々に見れるだけでテンションMAXということで。
M越し?M越し?M越しって何?
何だろう?M芸?運営担当。私と縁のあるM越し。ごめんなさい。ちょっと分かんなくてすみません。
M越し?M越え?何だろうな。名古屋で見られるってことなのかな。
黒川の劇団、民芸の。
ちなみに今名古屋演館の忘年会参加の寄党に聞いています。寄党で聞いています。
ありがとうございます。そうなんですよね。
今日は斉藤錬さんの誕生日。
斉藤錬さんといえばですね、1960年代から後半から70年代にかけて
大活躍をされた日本を代表する劇作家の一人であります。
もちろん最近だと、劇団民芸が全国公演をしておりますグレイクリスマスという作品でおなじみかと思いますけれども、
実は宮沢にとってはとってもですね、この斉藤錬さんというのはもうご本人とは残念ながらお目にかかれなかったんですけれども、
とても憧れの劇作家というか演劇人の一人でありまして、
後進と言いますかね、
劇作家を育成することに対してもものすごく問題意識を持っていらっしゃる方で、
劇作家協会の理事さんをずっと親になっていてですね、劇作家協会が主導で行っております。今でも続けておりますけれども、
劇作家を養成する、
劇作家講座でしたっけ、というのの講師をずっと長年親になっていて、
その講演録などなどを収録した本をですね、2冊ほど出しております。
その中でもですね、2冊ある中の2冊目の方ですね、
06:05
劇作は楽しいという本がございまして、
これがね、もうね、
演劇を志す当時の、20年くらい前のね、
キッズバチ、演劇キッズバチ、全員買いましたよね。
辞書みたいなね、厚さのね、
劇作の、
斉藤蓮さんが劇作に向き合うための哲学みたいなね、
何を思って劇作をし、そして劇作をしている時は何を考えて、どういうことを大切にしながら親になっているかということをですね、厚く語っている名著でございます。
これ残念ながらですね、新刊本ではもう手に入らなくなっておりますが、まだまだ古本屋の市場ではですね、安価にお求めいただけるような状況ではあると思いますので、
ぜひですね、グレークリスマスの演劇鑑賞会の皆さんはですね、
グレークリスマスの礼会をお迎えになる前の方もお迎えになった後の方もですね、
ちょっとですね、劇作は楽しいよね、ご一読いただけると、また斉藤蓮さんの作品というのはどういう哲学の中で書かれているのかというのがですね、
こと細かに書いておりますので、
お読みになれるといいかと思います。
あのね、私大好きなんですよ。
ね、斉藤蓮さん。それで、やっぱりですね、
もちろんグレークリスマスもいいんですけれども、
特に劇団ミンゲーのグレークリスマスもいいですし、
あとは俳優座劇場、プロデュースではないんですけども、俳優座劇場で行われたですね、
グレークリスマスもあったんですよ。
これもとても良くてですね、あのゴンドウという役ですね、
岡本健一さんがミンゲーではやってるのかな、ゴンドウという役はですね、
たしか清水秋彦さんが親になった、
あれはたしかグレークリスマスを上演する会みたいなね、
ちょっとあの上演委員会みたいな感じで、
いろんな方が関わって親になってたと思うんですけれども、
たしか劇団俳優座、当時の制作部長の山崎紀夫さんがプロデューサーになって、
親になってたと思うんだけどな、
あれはもうとっても良かったんですよね。
もちろんグレークリスマスも進撃系のね、進撃界隈、最近の言い方でね、
進撃界隈の方から見れば斉藤蓮さんといえばグレークリスマスなのかもしれませんが、
やっぱりね、私にとって斉藤蓮さんといえばですね、
09:02
もうね、誰もがそうだよねって言うと思いますけれども、
チャンハイバンスキングですね。
オンシアター自由劇場に描き下ろされた作品で、
演出は串田和義さんで、主演と言いますかね、
主要な中心の役をやったのが吉田英子さん。
これもですね、古い話になりますと、
同じ作品からね、
原劇の close up が出たんですけれども、
斉藤さんは、
初々しい作品としてなんていうか 、
会場の中に立着しているような、
雰囲気になる職人な Zenbu で、
あの地方によってはね今でも覚えてるよあの作品って言ってね 記憶に残っている方もたくさんいらっしゃる作品だと思います
私もですね 実はその高校大学に入ったぐらいの頃ですね
串田和義さん大好きで
あの あの当時はね
NHK BS 衛星放送
なんて言います?衛星BS 第1
え、なんだっけな
衛星第1とか第2とか言ってたと思うんですけども
第2 衛星第2放送だったかな
で劇場中継っていうね番組があって毎週毎週ですね いろんな劇団のいろんなお芝居の
収録したビデオですね 毎週放送してくださっている良心的な番組がありまして
私そこで初めてですね テレビで初めて上海バンスキングを知りましてですね
それでとても感動してですね
で確かその放送ではですね 演劇評論家で朝日の演劇の演劇記者というか
朝日文化部の朝日新聞文化部の記者だった 千田昭彦さんというね方がいらっしゃいますけど
その方がナビゲーターになってですね 今から考えるとめちゃくちゃ豪華だったと思うんですけども
まずですね お芝居に入る前にということでですね
千田昭彦さんがメインのパーソナリティのような形で その劇団のその今日放送するこの
上海バンスキングではということでですね 確か串田さんと吉田英子さんとお呼びしてですね
12:02
簡単な30分間ぐらい簡単なトークがあって それで見どころみたいなところとか思い出話とかを話して
それで本編に入ってで本編が終わってから それも確かあんまりカットしてなかった
フルレンジだったと思うんですよね 2時間は多分あれ半ぐらいあったと思うんですけども
それ終わってからまたそのもちろん生じゃないですけども
アフタートークみたいな感じでまたちょっとトークの時間があって じゃあ次の衛星劇場で会いましょうみたいな感じで
毎週毎週ねそういう放送があったと思います そこでね初めて見てなんだこれはってすごく感動してですね
で串田さんの著作だとかそれから 斉藤蓮さんの劇作集とかを読み漁りですよ
こういう考え方する方面白いなーっていうふうに思ってたら偶然ですね 私が学んでいたですね
一大芸術学部日本大学芸術学部演劇学科のですね
え 客員講師としてですね来年から串田和義が来るようなんて言われてうわーってなったね
1年生2年生の頃だったかな1年生の時はいなかったです2年生の時に客員の その非常期講師1年間をやりになって3年生の時に教授になったのかな
客員教授かなってで 直接ですね串田和義さんからいろんなその演劇論と言いますか
演劇の どういうところが面白いんだとかね演出ってこういうことをやらなきゃいけないんだよとか
いう話を直接訓導を得たわけですよ なんかとってもその運命的なものを感じましたしその時にもですね串田さんは
斉藤蓮さんのことについてもねたくさんいろんなここではちょっと言えないような話とかも含めて
蓮さんはねこういうあれでねとかっていう話もいろいろと聞かせいただいたって言うね こともありますのでなんかねなんかすごくね
こうあったこともないし面識もないんですけれども なんかね近い存在っていうような印象があります
勝手にですよもちろんね でその劇作は楽しいという作品というかその
劇作家を養成する教科書のような本なんですけどその中でいろんなことがね 辞書みたいな厚さなのでいろんなことがあの語られているんですが
そんな中でもですね私すごくね印象深いのが やっぱりねこれあの
確かスタニースラフスキーの言葉でもあったかと思うんですけども 大きな役小さな役って言うね
15:01
ことについて主役とか脇役とかって言いますけれども 根本的に大きな役も小さい役もないんだよってね
いう話から私はこの一人一人をね 書く時にとってもねどんなに小さな役というかもう一つ
セリフがあるかないかっていうねいわゆる早くであったとしても その
キャラクターというか人物に対してとても愛情を持って書くんだと言っていました その
やっぱり人間をですね描くのが劇作なわけですから そこに優劣をつけるというか劇を進行させるためだけの役なんていうのは絶対に
書いてはならないっていうようなことを実例を述べてですね 例えばこういう作家のこういう役っていうのはとってもちっちゃな役なのにものすごく背景が描かれていて
ねあのこういうことをね大事にしなきゃいけないんだ みたいなことが書いてあったのすごく印象深く覚えております
確かに上海ワンスキングの中でもですね ちょっとしか出てこなくてメインのストーリーには
全然絡まないね役が出てくるんですけども最後にね ポソッとね怖いことを言い残すね中国人の役があるんですが
確かにヤンさんって言ったかな ちょっとちゃんと手元に資料がないのでうろ覚えで話しているので後で間違えたら修正していただきたいんですけど 確かにヤンさんって役だったと思うんですけども
えっていうようなことを最後に残す役があったりしてね サイトレーサーの描くその一人一人の人物像っていうのはねものすごく深くね
書いてあるんですよねとかねあとねもう一つなんだけどね 若い頃は
とにかく良い作品それから良い芸術作品 をとにかく何でもいいからとにかくいろんな芸術作品に触れなさいと
じゃないとまあ年取ってからね自分が働くようになってからではもう遅いと やっぱり20代から30代でちゃんとしたものに触れておかないと
これねー 確かね
これ今言ったら炎上するのかな 炎上するような言い方になっちゃうんですもんこれサイトレーサーが書き残してたと思うので
言っちゃいますけども いいとね
例えばね 手近なものばっかり見ていて良質なものを知ったかこのレベルの高いもの
ね完成度の高いものっていうのを知らずに友達同士のお芝居ばっか見合っててそれでいい とか悪いとか言ってる姿っていうのは俺に言わせればですね
18:00
あのマクドナルドかモスバーガーかどっちが美味しいかって言ってるようなもんだ みたいなネタしか書いてあったと思う
今これ言ったら炎上もんですけども いやでもねつまりファストフード対ファストフードでね
どっちも美味しいわけじゃないですかどっちも味が濃くてどっちも油濃くてね で美味しいよ人間が美味しいようにできてるわけですけれども
それだけではその本当にね手間暇かけてですねいろんなその 食材を
腕に寄りをかけたプロのね料理人が料理したものっていうのの美味しさっていうのは わからないまんまになっちゃうんだと
だからお芝居でも音楽でも映画でも絵画でも その手近なものだけで収まってはいけないんだね
いうような触れ幅を持たないと 劇作家たるもの何もかけないんだと言うようなことを確か言ってたような気がするな
そんなわけでですね私もこんなうる覚えになっちゃったのでもう1回こうね 今まだねそんなにこう旅公演がこれからありますとか言うね
状況でもないのでもう1回劇作家は劇作は楽しいね もう1回手に取ってこの年末年始にでもちょっとね広い読みでもしようかなというふうに思いました
斎藤レンさんね 今日誕生日だったんですねおめでとうございました
コメントいただいてますありがとうございます
たかくみさんありがとうございます M芸は来春初めの霊界です
霊界作品のですねラインナップを画像で貼り付けてくださってますありがとうございます これは東北ブロックのですね
福島演劇館紹介の年間ラインナップだと思うんですけど 来年2月にグレークリスマスが来るんですね
それから4月が栄光の愛の愛の参加ピアフ これは
栗原小牧さんですね その後全身座参照ダユーね全身座の参照ダユーいいよなぁ
7月がジンゲームはこれせってますね 6月霊界の次が7月霊界になるんですね
加藤健一事務所の加藤健一さんとそれから 竹下景光さんの二人芝居ジンゲームね
演出家が小笠原京さんですからね これは私と私がとても敬愛している演出家の一人でございますけれども
ジンゲーム面白いと思うんですよ 9月いよいよ劇団ドラですね
斉藤博紀 梨五蓮の仲間でしたけれども
21:04
泣くな研修員これが9月ですね 11月にマグノリアの花たち劇団NLTと続くと
なので東北ブロックは9月11月と 梨五蓮梨五蓮あっ違う違う違う7月ですね
7月の加藤健一事務所から7 9 11と梨五蓮梨五蓮梨五蓮なんだね
おもろいね 他にそういうブロックあるんですかね
いいね 梨五蓮の市川さんから始まって
来年の秋は梨五蓮月間ということで 市川さん斉藤博紀そしてNLTの仲山さんで締めるとね
いうラインナップになってですね面白い 東北ブロック見に行っちゃうかなありがとうございます
それから同じく高橋たたくみさん ありがとうございます
上海バンスキングの映画版も演劇館紹介で 地元映画館で上映いたしましたとのこと
えーそうなんですね そうそう映画版もあるんですよね
確か映画版は2つバージョンがあって
ほらあの 仁義なき戦いのなんだっけ
の人 映画監督のとかあとほら 蒲田行進局とかね映画監督
日本の代表映画監督なんでしたっけ
えーと もうググりますよ
仁義なき
監督 仁義なき深作錦二さん
深作錦二さんですよね 深作錦二さんが監督をされた
上海バンスキングがあるんですよ 映画版でね確か
で その後ですねあの
そう 串田さんご自身が映画化されたバージョンも確かあって
で 何かやっぱりその1980年代前半
ぐらいかな 70年代後半から80年代ぐらいにかけては
割と今よりもですね劇団というかお芝居と それから映画日本映画の世界でとってもこうなんか距離が近いというか
あの 作品も役者さんもいろいろと行き来が
あったんですよね まあまあその
あ出てきた1984年の 映画版上海バンスキング
深作錦二監督ね 作品もありますしその後ですね
24:04
串田さんバージョンも確かあって両方とも見比べると面白いですよね まあ上海バンスキングもう1回見たいですよね
確かシアター国運が 一旦これあの工事に入りますようの時に一度
吉田秀子さんで国運でやりましたよね俺確かあれ 見に行ったと思うんだよなぁ
今でもね あのレコードバージョンね
レコードというかその上海バンスキングの劇中華で出てくる曲がとても人気を博して それで
そう やったんですよね
日記を博してレコード化したんですよね そうそれでレコードを持ってますよ私
あとは cd も持ってますしレコードも cd もそしてあの アップルミュージックでね確かね
買った覚えがありますね 同じものなんですけどねそれで割と
ipad アイポッドね昔の ipod でずっと上海バンスキングを聞いてた覚えがあります
いい曲なんですよね ありがとうございます
をコメントがたくさん来ている 今日はコメントたくさんいただいてますねありがとうございます
たかしたたくみさん 串田さんバージョンの映画でした
霊界の素晴らしさから映画を 霊界の素晴らしさから映画を上映いたしましたとのことですそうですか
田中さん ありがとう m 腰は日本橋にあるエチゴ
はっはっは なるほどねそういうことねわかりましたかりました
三越劇場ね m 芸が m 腰に入ってことね
ありがとうございます 三越劇場もいい劇場ですよねちょっとこうコンパクトでであの
舞台舞台上の空間がかなり狭いんですよね あそこではそんなに大掛かりなことはできないですけどもでも劇場そのものがねもう重要文化
材ですしなんかすごくコーデコラティブなあれは何帳って言うんですかね r r ヌーボーなのか
あるでこなのかとにかく劇場の壁面とかにすごい 超劇場の超度がですねものすごいですねなんかこう
対象ロマンを感じるような何かね作りになってますよねあれ
一度行ったことない方は行かれたらいいかと思いますけれども とってもいい劇場ですねありがとうございます
8コメント以上かなはいありがとうございます 8ですねあとですねコメントじゃないんですけども実は先週の配信ナンバー3の
27:11
8を配信でですね冒頭にですね私あの ポッシュ
ポージュ
もうあやふやかよっ すいません
ね名前を覚えたりするのがもうねダンもうね もともと苦手なんですけどね
それにはをかけ漢字が読めないっていうねもうね いうことなんですよそれであのポージュでしたね
の a ダウンステイトっていう作品がとってもね直前で見て面白かったのでそれについて ねとってもね
面白かったよっていうことをねもう熱っぽくね語ってしまったわけですけれども あとねー
残念なことに皆さんですね あの
名前をね読み間違えているって言う大変恥ずかししたよ しておりましてこれねー
本当にねー こういうの指摘するされるのってめっちゃ
恥ずかしいですよねもうやっちまったなぁ宮沢って感じの 笑い事じゃないんですけども大変ご迷惑をおかけしております
この場を借りて鎮瀟いたしますね
ブーブー 訂正してお詫びいたします
とねえっとそのね指摘をいただいているコメントを今探しているのだが出てこない
うーんとねー 役者さんの名前とねそれからねあの
翻訳者の名前をね言い間違えているって言うねー ことだったんですよ
えっとこれが オリ
によりポストでやってくれたんだっけ違うかあれどこへどこだ えどこだ
ブーブー ええどこだ
8 a と色なんかコメントって難しいですよねなんかどこに帰ってくれたんだか後で 探しにくい
この変な構造ね うーんやっぱりハッシュタグ作ろうかなぁ
でもハッシュタグ作ってもなかなかハッシュタグつけてくれる人もねー 足りなかったりでしたからね
8あ宮沢のアカウントに入れてくれたのかなぁね
8ですね
そうあのねポーズ10っていう グループというかユニットというかねの第2回公演のダウンステイトっていう作品を見てからの配信
30:00
になったので 興奮さめあらぬ中でこういうところがこういうふうに面白かったようなんてね
結構30分ぐらいね勢いに任せて語ってしまったんですけれども 詳しくはね先週の配信のあれを
あのね a アーカイブを
聞きいただきたいんですけれどもその中でですねこれ デジタルタトゥーだよね
ブーブー a あのねー
まずね翻訳カーの名前お名前なんですけれども えっと小田島奏さんの奥様のね
市川花さんって宮沢言ってたんですけどこれね間違いです 私ね個人的なことですけども
小田島奏さんと市川さんのね結婚式にね 呼んでいただいてね結婚披露宴に出て
出てたんですよだから間違いでまさか間違えてると思わなかったんですけども 市川花さんではなく正しくは市川奈々さんが
正しいお名前でございました市川えっとねえ 花
稼働のか中華のかねと書いて花 花一文字で奈々さんとお読みするようです
お詫びして訂正いたします それからですね出演者のお名前を一人ねえっとね読めなかったんですよ
ポール10分をググるよ
ブーブー 田園ダウンステイの
公式ホームページもうないのこれ a これ違う キューブかこれはキューブだ
えっとポール10のアカウントを見て それで市川花さんじゃなくて奈々さんねが正しいお名前です
奈々さんで8 出演者でですね
えっと えーっと
大鷹さんですね大鷹 大鷹
大鷹 宮沢ねこのね大鷹さんの名前をね
明るいに良いと書いて秋吉かなって言ってたんですけど これもね正しくはですね大鷹明さん
明治の名義良いと書いてこの2文字で秋田さんとお呼びするようです お詫びして訂正いたしますどうもすいませんでした
33:06
大鷹明さん大鷹明さんとそれから市川奈々さんが正しい 読み方でございました大変失礼いたしました
人の名前って難しいですねもうねもういろんな あの読みの
可能性を考えてしまうので何かで間違えちゃうんですよ すいませんでした
異語気をつけますがえっともしですねよろしければ お名前の振り金などですね
読める人 宮沢で読めない人もいます
えっ 書いていただけると助かります
ありがとうございますすいませんでした あ田中早人さんありがとうございます
名古屋円館は来年のラインナップはということですね 名古屋円館中部北陸ブロックの来年のラインナップは1月がイッツホーリーズ
2月が黒川かっこ社長が来られます そうですか黒川の白川ですね
黒川白川ですね5月が吉祥寺劇 何で伏せるんだろうなぁこの田中さんは何で伏せるの
まあいいや5月が吉祥寺で7月が劇団1980 劇団1980は伏せないんだね
で秋5月と7月が逆かもそして秋 青年座と俳優座劇場プロデュースが来ますということです
そうなんですよねそうそう秋の俳優座劇場 プロデュースはですね
聖なる炎という作品が例外に入ります 何を書くそうですねこれは私が企画した作品でございます
もうね面白いですよもうね面白いです ぜひお楽しみいただきたいと思いますね
あんまりにいろいろ言うとねいろんなことに定食するので何も語れないんです けれどもお楽しみくださいという気持ちだけはお伝えいたしますありがとうございます
8 それでですねいよいよ本日の
メインテーマに入りたいと思いますが まずですね本日のテーマは批評の話
そして2025年まとめというね 配信なわけですけれども
あ8待って a スタンド fm にも
コメントが入ってますねありがとうございますタンド fm コメントありがとうございます 珍しいですね
8はに増産まだ劇団てあるんやなぁ ありますよ頑張ってますよみんな劇団
36:04
頑張ってますよいいお芝居ばたくさんやってますよ うんはに増産もぜひ劇場にお越しください
いい芝居たくさんありますから 宜しくお願いいたします
さてですね 8
まず2025年のまとめからですね簡単に話したいと思います 皆さん2025年あと数日です
知らない間にもうあと 今日がクリスマスね
シュワスは25日になってもうあと30分もすれば 26日になりますよ
ってことは26この上けば順調にいけば26 272820分
3031ねもう一週間ないですから
しません本当に 早かったですよね
あの私のね大好きなねー 時事芸人のプチカシマさんがね必ずね
あの9月に入ったら年末って いう
あの夏休みが終わったらもう年末ってね 毎年のように警鐘を鳴らしてくださいますけども
まさしくその通りでほんとねー 今から考えるとね9月に入ってから今までがね
秒でしたよね秒
秒で過ぎましたよね
なんかね早かったなぁ ここまで来ると早かったなぁと思いますけれども
まあ でもね早かったなぁとかって一応言っちゃいましたけどもね
ただ まあでで宮沢にとってみればですね
例年この私ねこの初めてこの配信ラジオを聞いてくださっているという方がね いらっしゃると思いますので言いますけれども私ね
1980年生まれなんですよね 1980年1月29日生まれなんですよね
来月の終わりに誕生日ですからね 20じゃねー
46になるんですけども 45なんですよまだね
でこの45年間ねいろんなことはあったじゃないですか 知らねえよってことだと思うんですけど
皆さんもね今まで生きてきた中でもいろんなことあったと思うんですよ 特にね2025年だってねいろんなことあったと思うんですよ
ね でもね私にとっての2025年ね本当にね
激動の年だったんですよ こんな年なかなかないよっていうぐらい
ものすごいいろんな変化がねありました でね1月もうね遠い昔のようなね気持ちに今なっておりますけれども
39:06
今年の2025年1月はですね さようなら俳優座劇場公演のシリーズが始まって
1月は音楽劇我が町の再演というね これでね2025年幕を開けたんですよ
もうね 2024年の年末
にはもう稽古がね進む 絶賛進行中で2025年に入ってねもうすぐに本番みたいな
感じだったんですよね なんかもうお正月年末年始の間もなんかこう
ねさようなら俳優座劇場のシリーズが始まってしまったっていうようなね なんか気持ちだったんですけども
でその1月公演音楽劇我が町が終わって で
走行している間に今度は最終公演 嵐ザーテンペストの売り出し日ですよ
2月が売り出し日だったんで 1月に芝居はもう次の芝居のチケットの発売日売り出し日があって
それで 走行しているうちに本番でほらやっぱり最終公演でしたからね
まああのお客さんたくさん来てくださったんですよね で最終公演に向けていろんなその用意ね
この稽古とかそれから 広報活動においてもですね
まあいろんなところに訪問して最終公演なのでぜひ取り上げてくださいとかね 見に来てくださいとかいろんな劇団いや劇団じゃないいろんな団体も回りましたし
いろんな新聞社もね今までね正直お目にかかったことないような 記者さんなどにもですね
コンタクトを取りましてアポを取りましてそれでお伺いしてですね 最後俳優座劇場70年
1954年会場でしたから
71年目
え?わかんなくなっちゃった?もう
71年の幕をね
これこの公演が最終公演になりますからーって言って 幕を閉じたっていうようなね
閉じるんですよっていうような作品だったものですからもうね 何十年ぶりに来るお客さんとかもねたくさんいらっしゃったし
初めて最初で最後なんですけど来ましたみたいなねお客さんとかもいて
なんかやっぱり今まで経験した 作品もね一本一本ものすごく大事だし
いろんな気づきや学び出会いがあったわけですけども 特にプロデュース公演ですからもうこの芝居が終わってしまったらもしかしたらもう二度とね
42:10
一緒にお芝居できなくなるかもしれないっていうようなことを毎回毎回やってきておりますので
私がやらせていただいた作品一本一本にはですね そういうこう
出会いと別れみたいなものが全部ねセットでねちょっと涙ぐんできたんだ どうした宮沢
なんかいろんなね思いがね一本一本にはね 込められているし今でもねなんか思い出すとあんなことこんなことあったなーって感じになるんですけども
それに輪をかけてですねやっぱり劇場最後だよっていうのは ちょっともうね
まあ我が町の頃からもうそうでしたけどね うーんそれかもうら今日もうね我が町と言わずですよ
我が町の前だから2024年の秋でしたね 確か10月公演だったかな
あれあのほら 夜の来訪者という作品がね
秋にあってそれでその後旅公演に出ましたけれどもあの頃からもうすでに何かその うわぁ最後だっていうような気持ちがフツフツとね
あと何本あの芝あの劇場でできるんだっけあと何日 あの劇場にいられるんだっけとかね
いうようなことをたくさん考えるような日々が始まってそれがいよいよ最後になりますよ と
いうのが始まり 確かあれが4月ですからね
1月に我が町があってで終わって2月 チケットの売り出しからまた始まって稽古開始があったり
稽古の中でもいろんなことがあって まあ
いよいよ本番した本番迎えて 本番も10日間しかなかったですよね
確か楽美が4 4月の19日が楽美だったので
そうだったそれで そうそうで楽美ね先週楽の日はもう長万円のお客さんの中で
ね大変大きな拍手をいただいてカーテンコールダブルカーテンコール でトリプルになるときに
やっぱりねああこれ思い出すと泣けてくるんですけれどもね 私もプロデューサーとして
舞台に呼ばれましてですねなんか 涙しながら
これを申し上げたというのこともありましたけどねまあそんなこともあった あれはもうね一生門の宝物だと思ってね今でもね
鮮明に記憶しておりますけれどもそれが終わって4月の19日20日ときて でね確かね劇場の退去日がね4月の終わりが退去
45:08
よだから a 西向く侍だから4月の30日が最本当のお別れ
ということでですね 劇場にお別れをいたしましてから
5月の1日からいもうカットインカットアウトでね 埼玉県越谷市の方に
転勤ということになりまして
ん でまぁいろんなことがあってアーダ
あれやこれがねまぁまぁぼやかしますけどもまぁまぁいろいろありましたよねそれはある じゃないですか人はそれぞれいろんな問題や楽しさを抱えながらね
生きているわけですけれども なんだそれ
まあいろいろなってそれでまぁあの 株式会社俳優座劇場退職するというね
11月に対し退職しましたのでまぁ 5月から始まって約半年間ね
いろんなことがあってで退職ということになって で
11月ですよ
早かったのだから5月の1日から 始まって
で次の音今あの働かせていただいている 株式会社シアターワークショップというところで働いておりますけど
そこのお仕事が始まったのが11月の17日が 初出勤の日だったので
10だから 5月の1日から
腰がやに行ってやめて で11月の17日
それで確か11月
10月11月はですねもうあの今までお世話になった人たち全員に会ってですね 今までありがとうございましたこれからもよろしく
お願いしますっていう話をね一言でお目にかかってしたいなって思って で
残念ながら全部を回れなかったというかそれは無理それはさすがにねもう 本当の気持ちを言えばですよもうね今まで旅に回ったことのあるね
各地方の演技館紹介や 旅には回ったことなかったけれどもいつかは回ってみたいと思ってましたあのところ
含めてね全部を回りたかったんですけれども ちょっとさすがに経済力も時間もねなくてですね
あとガソリンも高いし みたいなねもうバイクでね全部こうアンギアしたいなぁと思ったんですけど
48:00
なかなかそういうわけにも行かずですね まああの後始末と申しますかお仕事の受け渡しね
というのもありましたのでね
うん まあちょこちょこ東京に帰ってはいろんなやり取りをしてということもありましたしね
あとお役所に何かも行ったりなんかしなきゃいけないかったですし あともちろんその間に間にもお芝居をね見てね
もう 毎月行われる
木の組み合いをせだってね毎月毎月行ってたので
行きましたしね
うまく芝居見てそれでまたバイクで走り出して みんなと目にかかってありがとうって言ったりこれからもよろしくって言ったりしながら
旅 トラさんのように旅から旅でバイクで旅してね楽すっごく楽しかったですけどもこういう
ことやりなかったなぁね 思ってたのでそれがまあ実現できたのも嬉しかったですし
あとやっぱりねあのみんなあったかいですよ なんかねうんなんかその所属事務所というか所属劇団と我々っていうような形で
付き合ってるじゃなくて宮沢君と付き合い 出たわけですから個人人と人とで付き合ってたんだよっていうことをね
改めてねいろんな方に言っていただけたっていうのはね なんか嬉しかったしね
まあ 言い方とても難しいんですけれどもとはいえやっぱりそのね
全職の職このねお芝居や職場があるからいきなり宮沢ですって言ってね あのであったとてねこういうふうにはならないことはならないわけですけれども
カットはいえですよじゃあその俳優座劇場の宮沢ですって いうだけっていうかね俳優座劇場と付き合ってるわけじゃないよっていうことところがね
やっぱり大事だというかそういうところを大事にしたいなと 一人生の喜びなんじゃないかーみたいなことをね大げさですけども
毎日感じるねいい日々を送らせていただいてですよ これが10月11月ですから
5月5月から始まって 567っても暑い暑いなってね今年の夏も暑かったので
であと途中体壊したりねー それからねー
あんまり色色々セキュララに語るつもりはないですけれどもちょっとね 精神的に参ってしまって
ちょっと外に出られなくなったりいいと思ったまあまああったりなかったりがあったので なーっと気づいたらもうやめるってなってそれでもうね
51:00
宮沢のねーなんかねー 個性なのかなこれは性格なのかなよくわかんないですけども
悩むんですよとにかくうわぁつってどうしようつって なんかもうすごくネガティブなことばっか考えるんですよもうね
でねそのネガティブがぺってあるある瞬間に終わるんですよ そうするとね
なんか自分でも信じられない行動力が出るって言うね すごいスピードが出るっていうか
ずって止まってこうアイドリングというかずーっとぶーって言ってて全然 一回エンジンがプツッと途切れてまたプシューン
ヒャヒャヒャってエンジンをかけ直して でまたブーって言ってて
で、暖機が終わったところでいきなりブワーン ブワーンって走り出すみたいな
もう頭がバイクだよね なもんですからね
なんか 停滞したというかちょっと立ち止まった何か月間かがあって
それで自分でもなんかびっくりするような行動力が出て
でも 次のところペッと決まってすぐもうそっちに
移れる算段をしてみたいなね こともありましたね
なんかそして今ですよ なんかねでもねそんな中でもねやっぱりね思い出したように言うわけじゃないですけど
そんな中でどんだけ立ち止まったりね ちょっと無理かな外に出るの難しいなって思うような時でも
お芝居はね見続けたんですよね それもなんか良かったっていうかねそれが一つの何か
支えになってたなーっていうこともありますし あとは前職の時にもですね
福島演劇館紹介の方にお招きいただいてね ちょっと宮沢の劇場の話聞かせてくれよと言われたり
それからその前はね鶴岡市民劇場ね 総会にねお呼びいただいてそれで
演劇館紹介と劇団のことをね 何か話してっていうのでじゃあサークルって何ってことをちょっと話しますよみたいなことで
2時間お時間いただいて話したりね なんかね
あとはほらあの去年のこれは秋だったかなワセダンの 演劇博物館が主催するシンポジウムにお呼ばれしてみたり
あとはあの朝日新聞とかそれから あれは
悲劇、喜劇かとかね あとはあのほら
朝日新聞、悲劇、喜劇 あとほらあれだ新聞赤旗のね 日曜版に原稿書いてくれって言われたりしてね
54:08
書くとかね だから書くとか発言するとか講演するとかね
講演というのはおしゃべりね お芝居の講演じゃなくてしゃべくり講演をするとか
なんかそういうことも 最後の方にはあったので
なんかそれとそれとの楽さみたいなね こともまああったんでしょうけれども何かね
それによってこう 元気づけられてきたっていうねこともやっぱあったのかなぁというふうに思いますね
やっぱりこう 演劇っていうのはなんか
うまくあんまりうまく言えないですけども そうなぁ
なしごれんっていうね あの毎週毎週のこうやってラジオ配信もありましたから
ラジオ配信を毎週やりながら人と話してね
バカ話もありましたしちょっと難しい話もありましたけれども こうやって話し合う中で非常にこの
癒されるっていうのも違うんだよな なんかこう生きている実感みたいなものをね
その時間だけはこう味わえるみたいなこともあったので 宮沢にとってすごく心の支えになってたっていうのもありましたし
劇場に行けば劇場に行ったで もちろん知り合いが出てるとか
前に一緒にお芝居でタビ公演行った役者さんが 出演されてるってことももちろんありましたし
あとは 客席に知ってる役者さんとか知ってる演出家知ってるスタッフね
知ってる方がたくさん あと演劇館紹介の方とかもいっぱいいるので
どうも久しぶりですとかね あともちろん制作の先輩に
じゃあこれ終わった後反省会だって言ってね 一緒に飲ませていただいたりっていうこともあったし
それがなかったとしても何か劇場に行って みんなで一つの作品を見るっていうことが
非常に社会とつながることというか 大事なことだなと思ったんですよね
なんか やっぱりお芝居を見に行くっていうのは
先週もこの話しましたけれども 少し労力のいることですから
ただワンクリックしてそれでサブスクで話題の海外ドラマが すぐに再生できるっていうのとは違って
わざわざそこに行って 全然知らない人たちと一緒にこのお芝居を見るっていうね
その行為全体がですね なんかそれだけでもうね
社会に参加しているみたいな気持ちになるんだろうなと思ったんですよね
57:05
全然 社会に参加しているって言いながらも ただ見てるだけなんですけども
でもね 何か人と人とのつながりを実感できるというか
そういう場って本当大事だろうなというふうに だんだん思ってきたんですよね
だから なんかね やっぱり一人ぼっちで家にいてね
何もなくて 何も用事がなくて 家にぼーっといる人
それから ちょっとしんどいんだけども外に出て お芝居だけ見に行こうっていうのでは
やっぱり全然こう 生きてる実感っていうのが違うし
なんかやっぱり大勢の人たちの中に混じって 同じものを見るっていうことの大切さって
やっぱりあるなというふうに思うんですよね
なので そんなに大げさなことじゃないんですけれども
ちょっとね 一人ぼっちで寂しいなぁの時は
別に誰かお友達がいるわけじゃなくても 気になった芝居見に行くのって結構いいと思うんですよね
だから そんなことも ひとつの宮沢の心の支えになりましたよっていう話でございますよ
だんだん本題に入りたいんですけども
今日はね スタートがちょっと遅くなって申し訳なかった
今ちょうど1時間回ったところなんですけれどもね
もうちょっと手間近にパカッといきますけれども
そんなわけでね あっという間でもあり
たくさんのいろんな乱光芸 乱起流もあるし
かと思えば途中バーっと虹が出たりするような
なんかね 変化に富んだ1年間だったわけですけれども
なのでね じゃあなんで乱光芸になったかっていうのは
もう言わずと知れたですけれども
六本木のね 真ん中にあった演劇専用劇場 専用でもないですけどね
演劇陣の手で作った演劇のための劇場
もちろん舞台芸術のための劇場 俳優座劇場がですね
4月をもって閉館するというのがですね
やっぱり今年の宮沢にとっても大きな大きな大きな出来事でございました
でね その話はもういろんなところで書いたし
いろんな方にいろんな話を聞いていただいてるので
もう多くは語らないですけど
そんな中ですよ
同じ港区内にですね
実は2020 これ7年11月のオープンなんですけれども
1:00:04
浜松町っていうところがございます
静岡県の浜松市じゃないですよ
宮沢さんじゃないですよ
宮沢さんじゃないですよ
そっちの浜松じゃないですよ
東京都港区にね
浜松町ってところがございます
これ山手線の駅でもありますし
あとね 有名なところ
有名でもないかな
飛行機よく乗られる方はですね
だいたい浜松町で東京モノレールに乗り換えると思うんですけれども
まあまあ東京にとっては
一つの大きなターミナルになっている都市でございますよ
浜松町ってところがございます
そこがですね 駅前がですね
もうね 超大規模なですね
再開発を今しておりまして
ワールドトレードセンター
ニューヨークにあったワールドトレードセンターは
2011年9月11日
世界同時多発テロでね
航空機が突っ込むというような
テロがね 大変投げかわしい事件がありましたけれども
東京にもワールドトレードセンターというのがありまして
そこを中心とするエリアがですね
中規模な密集商業地帯だったものが
全部回収になってですね
高密度なですね 高層ビルがね
次々と今建っておりまして
その一角にですね
港芸術センタームームという名前に
先になったようですけれども
700名?600名くらいだったかな
ちょうど舞台芸術をね
大勢で楽しむには最適のですね
スペースの港芸術センターというのがね
オープンするんですよ
これはもう完全にこの公共ホールでございます
港区ってね
港区女子とか言うじゃないですか
おねだりするやつ
お金持ちの親父に若い子がキャピキャピしながら
おねだりするイメージ
港区女子
そういうイメージじゃないですか 港区って
何なんだか知らないけど
とにかくめちゃくちゃ稼いでるやつが
すごい高層ビルにある
タワーマンションを買ってね
それで港区女子をはべらせて
あんまり品のいいイメージが今やないじゃないですか
もともとは全然違ったと思うんですよ
1:03:00
だってアザブだって六本木だってね
昔は文化の街だったし
私ねこれ言われてとても嬉しかったです
俳優座が港区というか
港区六本木という文化都市を作ったんだ
っていうようなことをね
お医者さんに言われたことあるんですよ
あそこはいい劇場ですよねってね
予防接種を打ちに行った
お医者さんに言われたことありますけれども
もともとはですね
アメリカ大使館を中心とするですね
結構広いエリアにですね
アメリカ軍の駐屯地がね
ドドンと六本木周辺にはあるので
アメリカンミリタリーの人たちがですね
わが物顔と言いますか
歩いてる街でもあります
何を隠そう
俳優座劇場の1階にね
今でも営業中ですけれども
ハブというね
イングリッシュパブがございますけれども
あそこでね
わいわいわいわい
いつもね騒ぐね
アメリカ人が大きな
超もうね
すっごい形のいいね
白人男性のグループがね
毎回毎回
毎日のようにあそこでね
騒いでるんですけども
あの方たちみんなね
アメリカ軍の人たちなんですって
なので
映画じゃない
英語の勉強したければ
ハブに行ってね
アメリカ軍の人たちと飲むとね
英語の勉強になるよ
言われてた時もありまして
今はどうか知らないですけども
行ってないのでね
わかんないですけど
なので
アメリカの街でもあるんですよ
ほぼほぼ
港区の都内でも珍しいね
中東地がある区ですからね
なんかその人的文化的な交流
国際交流があるような
区でもあるんですけれども
なんかね
そんなにこの舞台芸術を
振興すると言いますか
盛り上げるようなイメージがない中
ドドンとですね
浜松城に新しい
劇場がオープンするんですよ
もう多くは語りませんけれどね
片谷六本木の劇場
民間劇場がなくなり
片谷港区立のホールがオープンすると
なんかね
そういう時代なんだなって
ちょっと思いましたね
なんかそこでほら
なんていうのかな
民間と公共と手を組んでね
もともと港区内に70年間も続く
皆さんに
1:06:00
莫大な人数の人たちに
愛される劇場があるんだけど
それはそれでね
民間の頑張りが足らなかったのかな
何なのか分かんないけど
とにかくなくなっちゃって
片谷全然知らないところで
同じ港区内に新しい劇場ができると
税限定できると
なんかね
そういう時代なんですね
っていうようなことがまず一つ
それからですね
それとはあんまり関係ないんですけども
でも同じような話で
あるね
これは新聞記者さんにね
聞いた話なんです
ちょっとねこの前お芝居見に行ったら
偶然その記者さんとお目にかかりましたよね
ああお久しぶりですなって言って
それでちょっとね
ちょっとだけお話しする時間があったので
思い出しながら
あんなことこんなことありましたね
みたいな
あの時はこうでしたねありがとうございました
みたいなこれからはこんなことになってますので
引き続きよろしくお願いします
みたいな
ああそうでしたね
なんていうようなことで
ちょっと縁側で話すみたいな感じでね
話したんですけれども
そこで聞いた話がですね
あのね
これは文部科学大臣かなんか
あれ違うか総務大臣
なんかわかんない
大臣からね表彰されるほどね
栄誉のあるね
超超ベテランプロデューサーね
文化芸術に精通する
ベテランのねプロデューサーが
あるね制作発表のような場においてね
スピーチをしたんだと
それでどんなスピーチだったかっていうのにね
スピーチの内容にね
その記者さんものすごく憤慨されてて
宮沢さんちょっと聞いてくださいよつって
どうしたんですかつったら
そのね中川さんプロデューサー知ってます?
知ってますよ
名前だけは知ってますよつって
それでこれまでスピーチをね取材しに行ったんですよ
どうですかつって
どんなスピーチだったのかつってね
冒頭にですね
俳優座というプライベートな劇場がと来たわけですよ
だって言うんですよ
俳優座というプライベートな劇場が
今年閉館したと
そういう時代なんですねみたいな
枕言葉のようにその発言があったんだと
まあ私は呆れましたねと言ってました
俳優座劇場というプライベートな劇場が
というところがね
とってもね激励に触れたんだとね
あそこだって劇団俳優座の持ち物でも
専用劇場でもないですよねと
なんだこのプライベートな劇場は
その言い草はと
なんでそんなこと
そんなに栄誉ある人がね
俳優座劇場のことを知らないんだと
あそこは開かれた劇場だろうと
1:09:00
パブリックな劇場だろうと
なんだプライベートな劇場はと
まあそういうふうに憤慨されてて
なるほどと
そこまで俳優座劇場のことをね
大切に思ってくださっている記者さんにも感謝だし
まずはね内容はどういう意図で
そういう話をしたのかはね
わからないですけれども
ただやっぱりそういう公的なスピーチの場において
俳優座劇場のね
名前を出してくださったこと自身には
もう私はねその一員ではないですけれども
やっぱり長年あそこの劇場にいた人間としてはですね
なんか嬉しかったし
感謝すべきことだなというふうに聞いたんですけれどもね
プライベートな劇場という認識ね
つまりは劇団俳優座の専用の劇場だという認識がね
何かやっぱりその
記者さんもおっしゃってましたけれども
表面的なというか
俳優座劇場っていう名前からすれば
確かに劇団俳優座の専用劇場な感じ
プライベートな劇場な感じしますよね
だから
ベテランプロデューサーの方も
俳優座劇場がなくなるよ
閉館するよっていうニュースは知ってて
俳優座劇場って言うくらいだから
俳優座の劇場なんだろうなっていう
うっすらした感じで言ったんだろうなと
つまりはタコツボ家というかね
同じ演劇界というか
同じ舞台芸術の仲間というか
同じ界隈ですよね
今で言うね
若い子が言う界隈の人たち
人にも関わらず
全然それぞれのね
それぞれっていうのは
その方が俳優座劇場の歴史を知らないし
私も名前は知ってるけども
そのプロデューサーの来歴や
そのプロデューサーが
昔いたと言われている
その劇団というか
劇団じゃないけど
その組織のことについても
あんまりよく知ってないから
つまりは同じ舞台芸術
文化芸術の世界にいながら
全然認識が違う
人的交流もなければ
何かそういうね
同じ歴史を歩んできてないというか
要するに共通認識
共通の世界観みたいなものがないんだな
っていうのを改めて感じた
っていうのが一つ
プライベートっていう言葉には
実は二重の意味合いがあるな
というふうに思ったんです
でもまず記者さんがおっしゃるように
1:12:02
あそこプライベートの劇場じゃないけど
なんであなたぐらいの方まで
そんなことも知らないのよ
今女言葉で言ってますけど
性別はちょっと低色するというかね
その方の名誉のために
あえて女言葉にしてますけど
どちらかは言いません
それがあったんですよ
そうかな確かにそうだなって
たこつぼかだなって
それでその新聞記者さんは
そういうたこつぼかみたいになるのが
とても嫌だしおかしいと思うから
そうじゃないように
どれだけできる
そのために何ができるかってことを
いつも考えながら記事書いてるんですよ
なんて言うから
これからもよろしくお願いします
いい記者さんだなというふうに思ったわけですけど
ただしその記者さんには言いませんでしたけれども
プライベートっていう言葉には
もう一つ意味合いがあって
パブリックに対するプライベート
つまりは公共ホールに対する
民間劇場っていうのも
プライベート劇場っていう
プライベートシアターって言うんですよね
パブリックシアター
プライベートシアター
というので
もしかしたらですよ
その重鎮と言われて
重鎮と言われてないか
重鎮ではないな
あの人重鎮ではない
まあでもこのほどと言いますかね
ある大臣から表彰されるぐらい
功績を上げたプロデューサーの方なので
なんかその
民間劇場っていう意味を込めて
プライベートな劇場が
って言ったのかもしれないなって
後々ねやっぱ考えたんですよ
まさかねその人がね
俳優座の
俳優座劇場を単なる
劇団専用劇場だとは思うまいと
よく撮って
良い方に撮って
プライベートで
民間劇場かなっていう意味も
あったんですけどね
でもねとはいえですよ
やっぱり
その人本当に
最終公演だけでも見に来てくれたのかな
といえば疑問だし
確か見に来てないと思いますし
チケットをね人知れず買って
人知れず見に来てくださったのだったら
まあありがたいことではあるんですけれども
私はね
認知はしておりませんから
やっぱり
いっちょ神みたいなことでね
1:15:01
そうやって言われても問題もあるし
やっぱりさっきの港芸術センタームームは
俳優座劇場がつぶれた港区に
新しくできる公共ホールっていう意味でもね
それからプライベートの劇場が
っていう言い方もね
何かこうね分断というかね
演劇界、界隈の中にもね
何かちょっとずつちょっとずつね
村、ちっちゃな村みたいなね
ちっちゃな村社会の集合体なんじゃないか
みたいなね
ところがね
何だか非常にね
感じられるこれ出来事だったんですよ
でね
じゃあそれを解決するためにはね
どんなことが考えられるんだろうと
これはね
この言い慣れてねえなまた
芸術法人シアターボンドに課せられたね
一つのね
課題だなって勝手に思ってるんですけど
それ以上にですね
それってどういうふうに解決すればいいんだろう
っていうのを考えることが
引いてはですね
今までお芝居っていうものに
触れてない人たちにとっても
何かこう
全体像をね
把握できるっていうのは
とっても大事なことだと思うんですよね
ジャンルというか
その方やミュージカルみたいなものがあって
方や芸術的なお芝居というか
その作品があってみたいな
で全部がいろんな人的交流があって
前には前このミュージカルに出てたかと思ったら
次は100人のね
ちっちゃな劇場で
一人芝居をやりますみたいなね
なんかそういうこう
より人的な文化的な
このつなぐ
ぶつかり合い
ぶつかり栄光
なんかね
もっともっとね
開かれていいんじゃないかな
っていう気持ちになってきたんですよ
でまたそのすべてのね
小グループとか
狭いその
ちっちゃな村社会の集合体みたいな状態になっている
今ね
どういうふうに解決するかっていうのはね
一つの大きなその
解決策というものが
つまりは批評なんじゃないかと
この商業演劇
それから非商業演劇ね
あとは伝統芸能としての演劇ね
新劇ね
1:18:00
小劇場ね
いろんなこう
ちっちゃな村
ちっちゃい村が
あるじゃないですか
そこを十方無尽に
渡り歩ける
渡り合うっていうのがなんかあるかな
あんまり上品な言葉じゃないかわからないですけど
まあいろんなところに行っては
いろんなその人にインタビューを取り
そして社会の後期と言われる
ものに発表していくというような
その
新聞記者とか
それから批評家っていうかね
とっても大事な存在なんじゃないかと
いうように思ったわけですよ
ただね
その
結構ね
まあ
よくね宮沢も
新聞記者さんとね
たくさんいろんな新聞記者さんと
いろんなお話をね
させていただいているので
よくよくこれはね
我が事のように身に染みているわけですけれども
まあ誰も新聞読まない時代が
今来てるわけですから
これねあのね
有意識問題なんですよね
あの文化欄で演劇の劇評が乗るね
文化欄のまあ乏しいこと
これはもうね
本当に演劇というか進撃のね
まあ
まあ
衰退とまでは言えないかもしれないですけど
ただそのかつてのね
映画を極めた進撃ブームの時代を考えればですよ
引き比べてみればですよ
まあねどんどんどんどん規模が小さくなってきている
進撃界隈においてですよ
やっぱりね
批評されることね
そしてその批評が関係ないね
今まで進撃とあんま関係ない人の目に触れるということ
そしてまた逆にですよ
同じ批評家が
先週は進撃のことを書いてたけども
今週は衝撃状のことを書いている
そしてその次は歌舞伎のことを書いている
同じ筆でいろんな村を渡り歩いてね
書いてくださることというのがとっても大事なことだと思いますし
そもそもですね
やっぱりねそれぞれの村にはね
それぞれの歴史というものが多分あるんだと思うんですよ
でもしかしたらその歴史というものは
1:21:02
同時進行的にですね
重なり合っているような気がするんですよね
具体的に言いますけれども
日本文化史みたいなね
教科書的に言えばですよ
やっぱりこの元禄歌舞伎があってですよ
でね
市川断十郎
吉沢歩め
小野焼九五郎
市川さだんじ
いろんな一枚看板がドーンと
映画を極めた
江戸の
江戸で一日に落ちる金が三千両あると
千両は宇和賀氏
門千両は吉原
残りの千両は歌舞伎小屋だった
芝居小屋だった
というような時代があったわけじゃないですか
津田寿の時代
NHK大河ドラマ
何でしたっけ
見てないから分かんないけど
津田寿の時代ね
花々しく描かれたことでしょう
そんな時代があって
2050年続いた江戸幕府も
いよいよ腐敗して
明治維新がありまして
そこで演劇改良運動があってね
そこで
布告強兵
脱は乳黄
の中で演劇文化も輸入して
新しい演劇やってみようぜ
国主導で演劇改良運動やってみたら
全然うまくいかなかった
歌舞伎役者さんを使って
西洋風のお芝居をやってみようか
全然うまくいかないから
今度は素人の人を連れてきて
それでお芝居作ってみようか
全然うまくいかない
なんだこれ
ことになって
失意の中にいた
幼い香るの前に
赤い公爵と言われている
ひじかたよしさんが現れて
そこで先生もう一回
お芝居やりましょうよ
演劇のため
未来のため
民衆のため
築地衝撃場を作って
それが新劇の始まり
時代が下って1960年代に入りますと
今度は新劇が腐敗した
1:24:00
もっともっとお芝居って
自由であるべきだと
教養主義
権威主義に落ち込んでしまって
そんな中でお芝居なんて
いいお芝居なんてできないんだよ
もっとリアルに行こうぜ
もっと情念だとか
パッションだとか
それから劇場に閉じこもってたら
ダメなんだと
劇場空間以外のところを
劇場にするんだと
アングラ衝撃場運動
没効してきて
通志で
ずっと連綿と
元禄の昔から
それよりも前から
室町や鎌倉あたりから
ずっと日本の演劇っていうのは
いろんな形
それから演出などなど
思想などなど
いろいろ変動しながら
いろんなお芝居が続いているんだ
大きな流れ
歴史っていうものがあって
その大前提みたいなことがある中で
今進撃は何を描いているか
どういう芝居を作っているか
っていうのを
批評していくっていうことが
引いては
なるほどと
今我々が目にしているこの芝居は
歴史の縦軸の中にあるんだ
連続性の中にあるんだ
みたいなことが
また一つ大きな演劇を見る喜びになっていく
っていうようなことがないんですよね
今ね
これは本当に有識ことで
その
なんでそういうふうになっていくかというと
みんながね
発言できるようになった
SNSの話ですよ
これまたね
みんなが手軽に
いろんな発言をね
できるようになったから
とも言えると思うんですよ
またいろんな原因はあると思うんですけれども
まあまあ言ってみれば
そういうふうに
みんなが自由に
いつでもね
いくらでも
レビューがかける時代だから
別にお金を払ってね
プロが書いたね
演劇票なんて別になくてもね
なんとなくね
あの芝居はいい芝居だったとか
この芝居はそうでもなかったとか
わかるっていうね
メディアとしての
メディアの編成という意味での
批評の必要性がどんどん
1:27:03
薄れてきた
嫌に感じるっていう面もあるんじゃないかと思うんですよね
だからまあ
それよしよしだよねって思うわけです
だからなんか
Amazonのね
カスタマーレビューみたいな感じで
あれ買ったらよかったよとか
あれ買ったけどあんまり使えなかったよとか
そういうような感じで
あの芝居あの人がかっこよかったよとか
こういう演出が面白かったよとか
どんどん書いてもらいたいですし
どんどんみんなとそういうものを
共有していくべきだと
これは思うわけですし
その口コミみたいなことが
演劇のお客さんをどんどんどんどん広げていく
きっかけにはなるはずなんですけども
ただしですよ
これね非常に危険だなというふうにも思うわけです
あのね
これあの演劇に限ったことじゃないような気もするんですよね
その
ちょっと言うのが難しいんですけども
なんか
うん
文脈の中にあるというか
さっきザーッと言いましたけれども
その歴史の変遷の中に
にも演劇はあって
演劇見るとですね
まず感情が動きますから
うわー泣いたとかね
めっちゃ笑ったとか
怒ったとかね
腹立たしかったとかね
まあその描いているテーマがものすごくこうなんかね
自分にとってハレーションがあったとかね
なんかその一本一本のね
感想っていうのはね
まずはあるべきだし
それはすごくこう言葉を尽くして
いろんな表現の仕方で
いろんな人がね
同じ作品に対していろいろ語っていくべきだと思うんですよ
それはそうなんですけれども
それとは別にですね
長いその劇団の歴史の中でとか
もっともっとレンジを広くというかね
視野を広く置いてですね
明治維新で始まったこの西洋演劇が
いかに日本の我が国の文化の中で受容されてきたか
どれだけ自分のものにしてきたかっていうね
歴史の中にあるとか
じゃあその歴史性の中に作っている人たちの
その考えがどういうふうに変化してきたのかとか
その変化の中で
1:30:01
今この劇団は何を考えているのかね
ある劇団がこういう芝居をやって
時を同じくして
全然違うバックグラウンドを持っている劇団が
同じようなテーマで全然違うやり方でお芝居をやったんだと
この2つを引き比べることによって
歴史性を感じる
つまりは進撃系の劇団はこういうふうにやってきたけれども
衝撃状況の劇団はこういうふうに
同じテーマをこういうふうに描いたよねとか
っていうのをわかりやすく
かつリアルに描けるっていうのは
やっぱりプロのそれを生業にする
批評家の仕事だと思うわけです
これはなかなか進撃の観客の人
それから衝撃状の観客の人っていうのは
それを横断することがなかなか難しいわけですよね
それは情報がなかなか入ってこないだとか
そもそも選手の話じゃないですけど関係がないので
あんまり見ようとは思っていないね
もちろんそれぞれお互い
進撃ってこういう芝居やってるっぽいよとか
うっすらね
衝撃状でもこういうのはうっすら
歌舞伎でもこういうことはうっすら
みたいなことはあるにせよ
全部を見て歴史性の中でそれを論じる
表現をちゃんと客観的に分析し
そして引き比べる
そしてそれを分かりやすく
解像度高く言葉にできる人っていうのは
なかなかいなくて
それが失われてしまうと
じゃあ芸術家たちがどんな文脈で
お芝居を作ろうと思ったのか
この作品に向き合ったのか
この古い例えばチェイホフの
桜の園っていうのをやりますといったときに
じゃあなんで今桜の園を
この2025年
もうそろそろ終わりになりますけども
この2025年でやろうと思ったのか
じゃあ桜の園っていう作品は
そもそもチェイホフが何を思って書いたのか
で 初演のときはロシアで
どれだけ工業的にも
それから表現的にも成功したのか
コンスタンチン・スタニス・ラフスキーというのは
どういう演出を初演でしたのかっていうことを
歴史の連続性の中で
文脈として語らないと
本当の意味での
この芸術作品っていうのは
楽しめないんじゃないかと
ただただ1回1回の情緒だけでは
1:33:01
ちょっとまだ楽しみが
一方的というか部分的というか
感じがするわけですよ
で くしくも桜の園を例に出したのは
チェイホフの桜の園についてという
本がございます
これはね 宇野…
田中駿さん聞いてますか
宇野十一先生が書いた大著 名著なんでございますけれども
あの本すごいんですよ
あのね 一つのね
セリフに対してね ものすごいね
このね まずはこの文脈の中で
このセリフはどういう意味で書かれているのかっていうことを
何パターンかに比べて書いてあった上に
当時のロシアの状況ではとかね
それからスタニス・ラフスキーが残している言葉ではとかね
チェイホフは多分こういうふうに思ってたんじゃないか
みたいなことを
絶望的だとか 例えばね
絶望的だと言ったっていうところに
すごい数の客注みたいな感じで
分析してある本があるんですよ
なんかね そういうふうに
なんかこの
1回1回 1本1本の芝居を
さも消費するかのように
見て楽しんで はい終わり
まあ良かったよねとか
いろんな見方があって面白かったねとか
さあじゃあ次の霊界は 次の作品は
っていう風になるんじゃなくて
今この劇団は何を思ってこの作品を作ったんだろう
じゃあこの作品があるから
多分次発表されているこの作品に
つながっているのではないかと
じゃあ同じ作品をもしやるんだとして
この前発表されてましたけども
加藤圭一事務所がね
花咲チェリーやるんですね今度ね
文学座の山本一子さんとやるらしいんですけども
これにもびっくりしたんですが
文学座の当たり狂言の1本でございますけれども
花咲チェリーね
じゃあ何で今加藤圭一事務所は
花咲チェリーをやるのか
じゃあ文学座がね やってたね
北村和夫さんがやってた
花咲チェリーはどうだったのか
じゃあそもそも花咲チェリーって
どういう作品なのか
じゃあこの花咲チェリーの前には
この作家が何の作品を下敷きに
この作品を書いているのか
これ当然やっぱり
1:36:02
アーサー・ミラーのセールスマンの死とかが
あるわけですけれども
じゃあセールスマンの死は
何を下敷きにまた書かれているのか
って言ったら一歩先に行くわけじゃないですか
だからそういうふうに
歴史の縦軸を論じ
そして何をやって何をやらないのか
芸術的な表現というのは
無数に選択肢がある中の一つを
選択されているわけですから
じゃあ桜の園に戻ると
桜の園っていう園を表現するときに
桜があるわけですけれども
じゃあその桜をどう表現するのか
無数にあるわけじゃないですか
桜の表現の仕方っていうのはね
だからこういう表現にしたっていうことは
別の表現は捨てたっていうことでもあるわけだから
じゃあなぜこういう演出
こういう表現にしたのか
じゃあ何でこのセリフはカットしたのかとかね
何でこれをやらなかったのかってことも含めて
評価するね
批評するっていうことが
いろんなちっちゃなムラムラに別れてしまった
バラバラになってしまった演劇界隈っていうのを
つなげしめる唯一にして無二の手段なんじゃないか
これが本当に大事なことなんじゃないかと思うし
言葉になってそれが文字になって記録されることによって
今度は次またお芝居をやろうとされている方々に
の参照項になるはずなんですよ
でね
SNSのいいところはすごくこうね
ツイッターやフェイスブックね
TikTok、インスタグラムなどなどありますけれども
その
なんていうのかな
なんか情緒的というか
面白かった
感じたことね
考えるのは感じろじゃないですけど
ブルーズリーじゃないですけども
感覚的なことをとっても
芸術を楽しむためには大事にしている風潮が
ものすごく強まっている
それも大事なんですけど
それ以上に
なんていうかこの感性じゃなくて理性でね
芸術を楽しむってこともやっぱり大事で
これはね車の両輪じゃないですけど
両方なんじゃないかなと思って
大事にするべきはね
1:39:02
だからこそその批評ということがね
これからものすごく大事になっていくんじゃないかなと
思いますし
この先お芝居をやろうと思った
やりたいと思った人たちへの
大きな信託になるんじゃないかと
この先
このじゃあ例えば
チェイホフの桜の園をやりたいよって言った時に
今我々には宇野住吉さんの
チェイホフの桜の園についてがありますし
あと二永幸夫さんが演出した桜の園の写真集やなんかも
出ておりますよね確かね
片屋宇野住吉さんがいて
片屋二永幸夫さんがいてっていうような
資料のようなもの
それから
ビデオみたいなものも
映像みたいなものも多分ある
けれども
観客のというか見た人の
反応ね
見た人の批評みたいなものっていうのは
これはねなかなかね
この先残っていかないような状態になってるんですよ
もちろんSNSや
ノートブログみたいなもので
書いていらっしゃる方
たくさんいるし
それってめちゃくちゃ大事なことでもあるんですけれども
批評を成り割にする人たちの文章っていうのは
また全然違いますからね
その歴史性の中で
それを引き比べて
言葉にしておく
っていうことのね
この大事さっていうのを身にしめて感じますし
だからどんどん
たこつぼかたこつぼかになっていってしまってるのではないかと
これは演劇批評家のせいにするわけじゃなくて
評論家のせいにするわけじゃなくて
そもそも観客側が批評っていうことを
あんまり大切にしなくなってきてる
そもそも批評なんか別に読まなくても
ネタバレやだしみたいなね
批評なんて読まなくても
芝居面白きゃいいじゃんみたいな
なんとなくそこら辺のね
観客側の意識の変化みたいなもの
ものすごくあるなと思うんですよね
ただね
演劇における批評で
一番難しいのは
やっぱりお芝居が一家制というか
一回制だからなんですよね
ここだけはね
宿命というか難しい
どういうことかというと
絵画とか映画
音楽もそうです
ほぼそのものが
1:42:00
記録されるメディア・芸術であれば
比較ができるんですよね
演劇批評
演劇評論やってみようと
宇野住吉さんの演出どうだったの?
そこでね
宇野住吉さんが描く桜の園
舞台で再生されればね
もう一回見ればいいわけですよ
いたこじゃないですけどね
もにゃもにゃもにゃもにゃもにゃもにゃ
やった
あの時は誰が出てたんでしょうね
鈴木みずほさんとか出てたんでしょうね
田上さんとか出てたのかな
分かんないですけど
滝沢雄三さんとか出てたんでしょうね
奈良岡さんも多分若手で出てたのかな
分かんないですけど
はい、どうぞって言ったら
劇場にふわーってね
その人たちが現れてね
目の前でやってくれればね
ふむふむなるほどって言って
二永さんのね
埼玉芸術劇場のショーホールで見ましたけど
違うな
虎君だったかな
原田美恵子さんと
原秀子さんと
松本典子さん
松本典子さんが確か
3人姉妹かこれ
ちょっとぐちゃぐちゃになっちゃった
二永さんのチェーホフ
桜の園をどうぞって言ったらやってくれればね
さっき宇野重吉さんの演出と
二永さんの演出でね
一挙手一投足をね
比べてね、なるほど
まず空間の作り方が違うねみたいな
やっぱりプロセニアマーチでやるチェーホフいいよねとか
いやいやいややっぱり二永さんみたいに馬蹄型のね
スラストステージっていうのかな
対面式でね
やるチェーホフもなかなか味があるよねみたいな
なるほど、今見てこうやって比べてみると
全然違うよねみたいな
演出の方向性が全然違うからだねとか
比べられるんですよね、比較できる
だからこそ分析ができる
科学的な分析ができるわけですね
けれどもしかしお芝居は
始まって終わったら消えてしまうんですよね
ここが難しい
歴史性だとかって言うけども
やっぱり見てないと言えないんですよね
ずっと見続けてないと
あの宇野重吉のね、見た見た
見たし、二永さんののも見た見た
あとね、日大芸術学部の学生さんが
1:45:01
やったのも見たし
桜の園だけで多分20回ぐらい見てるっていうような人だったら
さっき宮沢が言ったように
歴史性、縦軸の中で
比較検討ができて
評論ができるけれども
見て、見られないんだわ、今からだと
だってさっきの
映画と芝居の話じゃないですけども
十二人の怒れる男っていう作品ありますけども
ヘンリー・フォンダの映画、白黒のね
あれもね、ヘンリー・フォンダの映画の後
ジャック・レモンがね、テレビ映画でカラーでやってるんですよ
それでその後
篤井康隆がね
十二人の怒れる男たちっていうね
レーゼドラマとしてね
レーゼドラマってのは読み物としての
読むことを前提に、上演を前提にじゃなくて
読むことを前提に書かれた曲があって
みんな大好き、三谷幸喜のですね
十二人の優しい日本人っていうのがあって
これもお芝居の台本が残っていて
その後、映画化されて、映画にもなっていて
で、その後今度は
ロシア版のですね、十二人の怒れる男っていうのがね
映画であるんですよ
あるし、で今度は
金沢の方で、これ見たいんですけども
金沢の方で
西川信弘大先生がですね
西川信弘さんが
十二人の怒れる女たちっていうのをね
金沢芸術村の
なんかそういう
劇団でですね、親になるって
この前チラシを見たんですけれども
ほどほど左翼にですね、いろんなバージョン
いろんな演出、いろんな本案作品があって
それがね、結構ね
短期間でギュってしてればね
十二人もそんなにギュってしてないけど
でもバーっといろんな作品を
もし見られたらですよ
なるほど、ここのセリフを
こういう風に変えたんだとか
このセリフは変えなかったんだとか
で、じゃあこの民主主義っていうのは
アメリカのその
バイシーン制度における民主主義っていうのは
それをロシア版ではそういう風に解釈したのか
とかね、優しい日本人では
そこをこういう風に笑い飛ばしたんだとかっていうような
表現ができる
批評ができると
いう風に思いますし、それが一つの
歴史的な演劇を
繋いでいく一つの
大切な記録、アーカイブになっていくんだろうな
という風に思います
ですから今回の批評の話はね
1:48:01
何でこういう話をしたかというと
第一回目のシアターボンドでは
劇場の話、あと渋谷の話して
その後公共の話をして
関係性の話をしたんですけれども
じゃあその関係性をね
どういう風に作っていくか
っていうのを最大のですね
唯一にして最大の武器はですね
我々は
過去に繋がっているんだっていうことを
アピールするべき
ちょっと抽象的になっちゃいましたけれども
我々のこの
感激するという行為は
今に始まったことじゃなくて
何千年にも及んで
人間が大切にしてきた
大事な営みなんだっていうことを
リアルに、そして
理性的に、論理的にね
分かりやすく、リアルにね
リアルに2回言ったね今ね
語っていくこと
それが記録に残っていることが
とっても大事なことなんだろうなと
いう風に思ったわけです
そろそろ時間になりますので
終わらせていただきます
12時半、40分になっちゃったね
こんな時間まで、クリスマスの夜なのに
こんな時間まで来てくださってありがとうございます
本日の結論といたしましては
EHK
歴史の話しては必ずみんな言う話ですけれども
EHK
っていう人がいますけれども
歴史とは何かっていうことをね
表現する中で、歴史とは
過去と現在の尽きることのない対話であると
いう風な言葉を残しておりますけれども
つまり
歴史っていうのは
現在から過去をね
呼び起こした時に初めて
歴史っていうのが現れる
歴史ってのが常にずっと繋がって流れているわけじゃなくて
今、じゃあこれからお芝居をしようかなって思った時に
前やってた人ってどうやってたんだろうとか
前やってて見た人どう思ったんだろう
っていうことを
書物でとか記録でね
見られること
そして見て、自分がやろうとしてたこととか
これから
自分が発想したことが
なんと貧困だったのかと
過去との対話の中で
なるほどそういうことがあったんだってことを
呼び起こして
対話し続けることによって
歴史っていうのは紡がれていくんじゃないかと
1:51:03
いうように思ったわけです
そんな話をしててね
気づいたのがですね
私はもうその半分
そこから抜け出してしまったのでね
我々っていうのもちょっと語弊があるのかもしれないですけど
お芝居を作る人たちが
大切にしている言葉の一つにですね
稽古というのがあります
稽古、お稽古ね
投資稽古とか子貸し稽古
衣装付き投資稽古とかね
いろんな稽古がございます
つまりはリハーサルのことなんですけれども
稽古ってね
改めて考えるとね
割と変な言葉なんですよ
どういうことかというと
これから宮沢演出による
演劇
宮沢十二幕
一幕十二景
宮沢っていうのを上演いたしますと
このね
演出家の宮沢さんです
どうも宮沢です
劇作家の宮沢です
顔合わせが始まるんですよ
お芝居作る初日ですよ
主演俳優の宮沢さん
宮沢役の宮沢さんです
どうも宮沢です
顔合わせが始まって
読み合わせ稽古始まるんですよ
でもね稽古ってね
思い浮かべていただきたいんですけども
習い事のことですよね
そもそもね
なんかこのおっしょうさんとかね
例えばお花の稽古
シャミセンの稽古
ピアノの稽古
みんなお稽古事ってあるじゃないですか
それは何かというと
スペシャリストの人たちに
月謝を払ってですね
そのやり方を教わって
それを常に常にやっていく
お歌の稽古
いろんな稽古がございますけれども
教えてもらうことの稽古
そもそも稽古って言いますよ
踊りの稽古とかね
なんでお芝居リハーサルのことをね
わざわざ稽古って言うのかと
別に誰かから教わる時間じゃないんですよ
お芝居を作る稽古って
そうじゃなくて
演出家の先生からね
やり方を毎日毎日教わってね
はいわかりましたって言って
言われた通りにやることが稽古じゃないんですよ
1:54:03
もしそういういわゆる
お稽古事の稽古をやっている劇団が
もし今あったとしたら
たぶんね全然面白くない芝居になると思います
お芝居の作り方ってそうじゃないから
むしろなんかこう
試す場っていうかね
私はこの役をこういう風に思ったから
今日はこういう風にやってみますって言ったら
演出家が前から見てて
そういう方向性じゃなくてもっと違う方向性はどうですかって言われて
わかりましたじゃあちょっと違う言い方考えてみますって言って
いろんな方向性を探っていきながら
徐々に徐々にチューニングしていくというかね
一つの大きなまとまりに仕上げていくっていうのが
稽古なわけですけども
これってお稽古事の稽古じゃないんですよね
だからなんかね言葉が変なんじゃないかってね
ちょっと思ったんですけれども
いや待て宮沢くんとそうじゃないって
さっきの話に戻りますけれども
お芝居を作ること
そのものがすでに
歴史の中にあるというか
過去と現在の対話の中にあるんじゃないかと思って
つまりシェイクスピアの作品とかチェフフの作品とかね
100年以上前に書かれた作品を
今またねお芝居にするわけですから
もちろん過去の言葉との対話になるわけですよ
過去のチェフフが生きた時代の人は
こういう風な話し方してたのかなとか
それを今の我々が演じる時には
どういう風に演じればいいんだろうとか
いやそもそもそんなチェフフの時代のことは
一旦置いて今起こっている
現代社会の中で
こういう内容の作品を作るとしては
どういう表現になるのかとかね
いろんなアプローチの中で
チェフフの桜の園を作ろうとするわけですから
なんかその
古来何流ね
宮沢流演劇ってのがあって
宮沢流創始班の
奥義宮沢っていうね
技をね稽古場でね
稽古するわけじゃないんですよ
でもねでも稽古って言い続けているのは
なんかこう
昔のものと
引き比べて考えるっていう意味を
大切にしてるからなんじゃないかなって
思ったんですね
稽古ってそもそも稽ってちょっと難しい字ですよね
のぎ編に
ぐじゃって書いて日って書いて
日曜日の日って書くみたいな
ぐじゃぐじゃっていう字に
古いって書きますよね
1:57:00
それで2文字で稽古って書きますけれども
この古いっていうのは古いのまんまなんですけど
こののぎ編に
ぐじゃぐじゃって書くこの字
この字はですねそもそもですね
引き比べる比べて考えるっていう
意味があるそうなんですよ
だからつまりはね
今まさにリハーサルをしている
劇団ね創造団体たくさんいますけれども
これはねただ今思いつきで
やったものをただこうやって
アレンジしたりセッションしたり
してるだけじゃなくて
本当はというか
本来はというか
やっぱり大切にしたいのは
古いものとの対話
過去との対話の中で
新しいものを作り出す
昔はこういうやり方をしたけれども
今はこういうやり方をするだとか
現代をね
表現したいと思っても
現代劇ばっかりやるわけじゃなくて
古い作品を現代の中で
作るっていうことはつまりは
古いものを
と今のものを
引き比べて考えない限り
考えが生み出されないというか
ちょっと上手く言えないですけれども
だから
演劇を作る人たちがね
稽古って言い続けているのは
もしかしたらそういうものを大切にしたいよな
っていう思いの中で
それはやってるのかもしれないという話でございます
今日のところは
ここら辺でまとめておきたいと思いますけれども
だから
この稽古とかね
それから古い価値観を大切にする
区内に古い劇場があるのに
それは潰して
潰してというかほっといて
新しいものを今度はスクラップアンドビルドで作る
っていう冒頭の話
もしかしたらね
ちょっと繋がっているんじゃないか
っていうような
無理矢理まとめますけれども
古いもの今あるものを大切にするためには
じゃあ一体どうすればいいのか
みたいなことを年明け2026年の
このシアターボンドの中でまた
話していきたいなというふうに
今は思っております
またね来年
このシアターボンドのラジオは
2:00:01
続けてまいりたいと思っておりますので
2025年ありがとう
2025年辛かったぜ
2025年いろんなことがありました
でも
最後の配信もできたので
よしとしますかというところで
終わりたいと思います
長らく聞いてくださって本当にありがとうございました
ヘビーナシゴレンに
習ってですね
この配信のリスナーも
ヘビーボンドにしたいと思います
引き続き皆さんヘビーボンド
こんな時間まで聞いてくださった皆さん
ヘビーボンドに認定いたします
ありがとうございます
というわけでお相手は
芸術法人シアターボンド代表の宮沢でございました
また来年
次の配信で
お耳にかかりたいと思います
それでは良いお年をお迎えください
一年間聞いてくださって本当にありがとうございました
おやすみなさい
02:01:24

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