00:43
はい、こんばんは。
芸術法人シアターボンドのラジオ、第3回目でございます。私は芸術法人シアターボンド代表の
宮澤と申します。今宵もよろしくお願い申し上げます。 えーとですね、
バッタバタしております。まず最初にですね、これもういきなり乗っけから
言い訳なんですけれども、あの今日はですね、
配信だと思って
機材をですね、しっかり揃えて、今朝家を出たつもりだったんですけれども、 なぜかパソコンを持っていないというですね
第3次に先ほど気づきまして、これいつもと全然違うやり方でですね、配信を始めております。
で、ちょっと今来てくださっている方にですね、 ちょっと申し訳ない質問なんですけれども、これ私の声聞こえてますでしょうか?
大丈夫かな? 聞こえてますか?
なんか変な音とかしてませんか? もし聞こえているようでしたら、ちょっとコメントでですね、
お答えいただきたいんですけど、大丈夫かな?これ。でも、ちょっ、あ、OK出てます。 ありがとうございます。チョウビさんありがとうございます。聞こえてますね。
ありがとうございます。よかった。 あーよかった。
えーと、スタンドFMの方でもですね、別のスマホを利用してですね、 あ、聞こえてます。なおさんありがとうございます。
えー、別のスマホを使ってですね、急遽、あのー、 スタンドFMのライブ配信を回しているんですけれども、
こちらはどうかなぁ? いつもパソコンにつなげているですね、オーディオインターフェースを今日は、
えーと、スマホというか、あのー、 iPhoneに直挿してまして、それで、
これって、これでも使えるのかなっていう、 あ、ありがとうございます。えー、シアターボンドのラジオのスタンドFMの方にもですね、
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コメントをしてくださっている方がいらっしゃいまして、 こちらも聞こえてますということです。
いやー、みんなあったかいなぁ。ありがとうございます。 ありがとうございます。
よかった。聞こえてる。よし。よかったよかった。 えーとですね、これなんでここまでバタバタしているかと申しますとですね、
本日は、ちょっと、あのー、あんまり木曜日はですね、この配信があるので、 なるべく夜予定を入れないようにしてはいるんですけれども、
急遽ですね、やっぱりこれ見たいなぁと、どうしても見たくて、 もう夜公演は今日しかなくて、どうしようかなーって迷ってたお芝居をですね、
やっぱり、やっぱり見に行きますって急遽昨日ですね、 行きます!っていう風に急に言い出してですね、
それで、見に行ってしまった関係でですね、 で、こんなバタバタになってしまいましたが、
今日見たお芝居はですね、ポージュというですね、ユニットで、ポージュのボリューム2、ダウンステイトというお芝居でした。
下北沢の駅前劇場で、12月の11日木曜日、だから先週の木曜日から、今週末21日の日曜日まで公演をしている、ダウンステイトというね、お芝居ポージュ、ね。
なんです、なんですけれども、このポージュっていうのはどういうユニットかと申しますと、 これがですね、
主催がですね、演出家の稲葉かえさん、この稲葉かえさんというのは文学座の演出家ですよね。
で、それから市川花さん、ね。翻訳家の市川花さんの2人のユニットでして、
この市川花さんというのが、私とも大変親しいと言いますかね、親しくさせていただいている、翻訳家の小田島壮司さんの奥様でいらっしゃいまして、
小田島裕司さんというね、シェイクスピアの大科でございますけど、裕司さん、それからその息子さんで小田島孝司さん、ね。
で、その3代目でございますね、小田島壮司さん、ね。壮造の壮に志すと書いて壮司さんというね、翻訳がいらっしゃいまして、
私前職でですね、あの劇場の最後の演目、嵐、ザ・テンペストというのを翻訳をしていただいた、翻訳家、若き翻訳家でございますけれども、その奥様でいらっしゃいまして、
で、この市川花さんもやはり英語のですね、英米文学の翻訳家でいらっしゃいますので、翻訳家のご夫婦なんですよね。で、その実はそのお父様の小田島裕司さん、じゃない孝司さんの奥様ですから、壮司さんのお母様もやはり英米文学の翻訳家ですので、翻訳家の夫婦から生まれた
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息子さんがまた翻訳家と結婚するというですね、すごいよね。ギネスブックとかに載るんじゃないのかって、ちょっとひそかに思ってるんですけども、その奥様の市川花さんと、それから稲葉楓さんの、このお二人のユニットの第2回目の公演でございます。
まあ、このお芝居がですね、もう本当にエグい。最近の若者用語でね、エグいって言うとなんか、すごいのね、素晴らしい、すごいの上がヤバい。ヤバいね。私の世代くらいまではヤバいって言うと本当にね、あの取り返しがつかないとかね、
あのどうしようもないとか悪い意味でね、ヤバいって言ってましたけれども、今のね、その20代くらいから下の人たちになってくると、そのヤバいっていうのがもうちょっと言い表せないぐらいすごいっていうね、プラスの肯定の意味になるみたいなんですけど、その肯定でヤバいっていうのも足らなくてですね、今はね、うちの息子も言ってましたけども、
ヤバいの上にエグいっていうのがね、あるらしいんですよ。これね、こうもう去年、もう3年、4年ぐらい前からね、こう普通の表現に若者言葉になったようですけれども、いつの間にかね、だからエグい、エグみとかね、あのーほら、渋柿をこう食べた時に、うわーエグい、これちょっとエグいわーって我々言ってたと思うんですけれども、今やですね、渋柿食べてエグいって言ったらね、え、なにおいしいの?
っていう感じに捉えられるっていうね、そういう時代でございますけれども、ただ今日のお芝居はですね、本来のというか、おじさんおばさんが言うエグいの意味でエグいお芝居でした。
あの、アメリカの、これは多分かなりの郊外と申しますか、どこ、あれはどこっていう設定だったんだろうなぁ、あのね、すごくこう、イリノイ州ですから、イリノイ州の南部ですから、もうかなり偏向と言いますかね、大都市から離れた州の、ね、大都市から離れた州の南部とこう、解説には書いてありますけれども、
このイリノイ州のさらにね、かなり郊外にあるグループホームが、その、舞台でですね、そこには、だから全部で1,2、1,2,3,4,5と、ね、5人の男が共同生活をしていると、で、この5人の男は、えーと、
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あ、じゃないじゃないじゃないじゃないじゃない、4人の男ですね、フレット、ディー、ジオ、そしてフェリックスと、この4人の男が共同生活をしているんです。この4人の男、どういう男たちかと申しますと、グループホームっていうぐらいですからですね、何か問題を抱えた4人なんですけど、これが未成年者に対する性犯罪で有罪判決を受けた男4人が共同生活をしていると、
家、ね、が舞台なんですよ。だからもうその舞台設定を聞いただけですね、これは明るい芝居じゃないなっていうことは、もう予想に、予想つくと思うんですけれども、まあそのですね、えー、これは本当にエグいお芝居で、何かこう、
ね、有罪判決を受けて、何ならこの刑期をね、終えて、それで保護観察官にある4人ですから、まあちょっと日本とのね、刑法上の制度が全然違うとは思うんですけれども、とにかくこう、まあ刑期を終えて、それで社会復帰、ね、してて、共同生活をしている4人の男たちなんですが、ただまだ再犯の恐れがあるということと、それからやっぱり未成年の、
未成年者というか幼児に対する性犯罪ですので、凶悪犯罪と、まあね、じゃないですか、ね、だから、その、あしにね、よくあのアメリカ映画とかで、とかあの最近だと、ネットフリックスとかいうその、ね、えー、で見たことある方もいらっしゃると思うんですけれども、あしにですね、GPSをつけていて、いつでも保護観察官が行動を、こう、えー、取り締まれるというか、
あー、監視してるわけですよね。それで、えー、もう、あのー、ここの1丁目から2丁目、3丁目、4丁目で、ここの国道のね、あ、あのー、高速道路の向こう側までは行っちゃいけないとかいう行動制限もまずあって、だから、保護観察官の許可なしには、その、行動エリアの外には出ちゃいけないっていうね、そういう、こう、まあ、あー、生活と言いますか、ね、を送っている4人の男なんですけれども、
まあ、そこにいろんなことが起こってですね、まあまあ、あれこれ、こうね、えー、罪の意識はどうなってるんだっていうことを、それぞれが、こう、ね、えー、受け止めると言いますか、その人たちの、その男たちに、いろんな、あー、ドラマが展開していくわけなんですが、まあね、えぐい、なんかこう、それで、しかも、今回のこのポージュのね、えー、特出すべきというか、すごいなーと思ったのが、
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このね、キャスティングがものすごい良くて、ね、えー、大鷹明義さん、あ、明義さんでいいんだよね、で、あと、あの、梅本純真さん、ね、それから串田ジュニアさん、ね、えー、で、あと大橋雅宏さんというね、まあ、手だれ中の手だれですよ、あのー、進撃系ではあんまり、えー、ご縁がないというかね、あんまり進撃のプロデュース公演にはおでならないような方々ですけれども、
まあまあ、実力派も実力派ですよね、うーん、だから、で、それぞれがやっぱりこう、すごくね、えー、こういう言い方も大変語弊があるというか、こういう言い方で表現しては多分いけないと思うんですけれども、とてもチャーミングでですね、えー、人間的魅力あふれる4人なんですよ、え、だからこそ怖い、気持ち悪い、えぐいっていうね、もうね、えー、終始ですね、そのー、
登場人物たちが、どういうね、苦しみを、おー、なんていうの、こう、味わっているかとか、どういうふうにその、おー、罪をね、自分の中で、えー、消化していこうとしてるのか、罪を、い、あの、償おうというふうにしてるのかっていうのを、とうとうと語るシーンとかがあるんですけれども、それが本当にね、あ、そうかもしれないって思わせておきながら、実はですね、それは自己防衛というかね、
自己保診というか、自己肯定の、おー、気持ちが裏にね、えー、こもっているというですね、なんとも言えないこの、んーと、こう、現場というかその現状面でね、その目の前で語っている、償いの言葉は、とても、なんかこう、同意するというか、観客から見てですね、あ、そうか、そういうこともあるんだろうなと思わせておきながらですね、
保護観察官からツッコミを入れられるわけですね、で、この保護観察官役がですね、えー、桑原優子さんなんですよね、この方もね、演出家で、ね、劇作家で、で、あと役者さんでね、えー、多彩な女、ね、えー、俳優さんですけれども、まあ、まあ、アメリカの郊外ね、の、変、変境、変皮な、ね、アメリカの田舎ですよね、ん、に、えー、保安官というか保護観察官として、
えー、活躍している女性なので、まあ、ね、な、とても迫力のあるというか、えー、これを、なんていうか、男たちを圧倒するような、えー、言葉遣いと、それから態度、ね、えー、なおかつ、えー、とても頭が切れるような、強い女性というね、イメージなので、そういう、その人ね、その、保護観察官から、お前、そんなこと思ってないだろう、みたいなことを、こう問い詰められたりすると、ちょっと地金が出てきたりする、
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ような、何かね、一筋縄ではいかないですね、この、で、しかも一番、この、特徴的なのが、その、4人の男たちがね、みんなね、加害者のはずなんですよ、ね、しかも、あの、子供をね、えー、なんていうか、性的虐待を、与えた側の、おー、まあね、えー、罪人なわけですから、なんかね、こう、
のはずなんですよ、加害者のはずなんですけども、常に被害者面してるっていうね、このえぐみですよ、で、それが、とても、演技というか、その、人間的に、魅力的な俳優さんたちが、こう、演じるので、とてもそれがね、説得力があるというか、
うわー、なんかこう、うーん、それ、まあ、わかる、うーん、わかるけど、どうなの?って思ってたら、保護観察官から突っ込まれるみたいな、それでやっぱそうだよな、みたいなこと、なんか、えー、笑い事にしちゃいけないんですけども、こう、なんか少しこう、コミカルなやり取りの中に、すごくグロテスクなものが、あー、感じられるやり取りがあったりとかね、で、まあ、決定的なことがね、一つ起こって、
終わるわけですけれども、あんまりネタバラシをしたくないんですが、これね、やっぱ演劇の魅力だなというふうに一つ思ったのが、そのー、ね、えー、まあ、ラストシーンと言いますかね、うーん、まあ、ラストシーン以外にもそういうシーンたくさん出てくるんですけれども、
その、えーっと、このね、えー、フレッドっていうね、えー、一番こう、年傘が行っているというか、あのー、おじいちゃんですよね。で、えー、に、20、多分30年前くらいに、えー、音楽の先生で、音楽家でもあるんですね、このフレッドっていうのはね。で、えー、そ、おー、学校でとか、んー、学校だと思うんですけども、まあピアノ教室なのかな、わかんないけど、そこに通って、
している11歳の男の子に対して性的虐待をしたというようなフレッドっていうのと、それからDっていうの、これが梅本純真さんが演じているDというね、えー、これはあのー、おー、黒人で、しかも、えー、ミュージカル俳優、元ミュージカル俳優で、で、えー、かなり人気者っていう設定で、で、一緒に地方公演の旅回っている、うー、若い子、ね、えー、
まだ十何歳、14歳って言ったかな、っていう、若い、えー、まあ俳優さんに、こう、虐待というか、まあ一応本人としては付き合っているというふうに言ってるんですけれども、まあまあそれはね、えー、この加害者側だけの良い分であって、というような感じになるんですが、この2人がですね、穏やかな感じで、えー、
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昔ね、そのピアノを教えていて、とても可愛がっていた男の子が好きだって言ってたクッキーをこうやって食べながらですね、えー、コーヒーを飲んで、それで、えー、気持ちを落ち着け、落ち着かせようみたいな、まあ一見とても穏やかなシーンがあるんですけれども、で、こう窓からはこう、日、日、日差しのようなものがファーって、こう、入ってきてね、で、ちょっとこう、えー、カーテンがファーって揺れたりなんかして、
で、あのー、照明もとてもね、えー、自然光のような、ちょっとあんまりこう、顔を全面に明るく映さないような、いう、こう、すごくこう、自然派の、ね、えー、てん、なんかすごくこう、あ、こういう日差しなんだろうな、窓の外はこういう感じなんだろうなっていうことを想像させるような、こう、芝居芝居してない照明だったんですけれども、
なんかそれも相まってですね、で、またセットもセットで、とってもこう、温かいような感じの風合いの、おー、グループホームの、その、まあちょっとレトロな、と言いますかね、ちょっとこう、汚しの入ったというか、まあ、あー、ぬくもりのあるような、あー、こう、一室、セットになっているものですから、それも相まってですね、ぱっと見すごく穏やかな、平和、な、あー、シーンなんですけれども、
そうですよね、それで話している言葉も、あー、あの、ね、えー、大丈夫か、とかね、いたわ、いたわり合っているような、だから、おじいちゃんで、しかもその、ね、おじいちゃんは、あー、電動車椅子に乗っていて、えー、で、その、Dのほうがね、えー、元俳優で、今は、まあね、景気を得ての、その、えー、Dのほうに、こう、なんか、いろいろ心配されてですね、なんか、ちょっとこれ取ってあげようか、とか、あー、お風呂入るとか、
なんか、あの、コーヒー入れようか、とかっていうような、こう、お互いいた、あー、どうもありがとう、とか言って、もう、でもいいよ、もういいよ、あなたは、そこ座ってなさい、とかっていうような、穏やかな、ね、えー、そのシーンだけを見たら、とってもいいシーンだな、って思わせるような、平和なシーンなんですけれども、あの、いろんなドラマを経た上で、そのシーンを見るとね、こうね、改めてグロテスクというか、あー、なんていうか、もう、やりきれないというかね、
こう、何なんだ、この二人はって、もうね、こう、腹渡がにっくり返るようなね、シーンになる、なるんですよね、それがね、やっぱなんかね、お芝居の面白さというかね、こう、語っている二人とか、それから、演じられているそのシーンそのものは、とっても穏やかなのに、ちょっと見方が変わった、変わると、もう全然そんなことはないもんね、
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もう、ほんとこの二人はね、こう、罪人だしね、こんなことをやった二人なんだっていうのがわかってから、そのシーンを見ると、もうちょっと、うーわ、もう、こうなん、言葉は悪いですけど、お食事中の方は申し訳ないですが、ヘドが出るようなね、なんなんだこれは、っていうね、思わせるようなシーンだったのが、とっても印象深かったですね、
やっぱり、演劇って面白いですね、なんか、あの、今週の21日までね、日曜日まで、下北沢の駅前劇場でやっておりますので、もし、あの、ちょっとでも隙間があったらですね、ぜひ見に行った方がいいと思います、とってもいいお芝居でした、
で、これはちょっと裏話みたいなことになるんですけれども、この、ダウンステイトっていうね、作品は、まあもちろん、あの、本邦初、本邦初演と言いますかね、日本でまだ上演されたことのない作品なんですけれども、えっとね、このね、ブルース・ノリスっていう方がですね、海外での上演に関してとても厳しい作家だそうで、
えー、この、日本での上演権を得るまでに、とても時間がかかったそうなんですね、これはあの、ご本人から、市川花さんから、まあ、直接、まあ、あー、総司さんのと一緒にね、まあ、お話しする機会があったんですけども、もうね、なかなかエージェントを通してもですね、上演権が得られなかったそうなんですよね、それを、もうね、日本側のエージェントを通さずに、もう直接、直談判でですね、
2年かけて、上演権を、自らの、この、コミュニケーションで、それを得て、それで、えー、満を持しての上演だったという、そうなんですよね、でもね、これね、この作品を、もし自分がというかね、なんかその、まあ、性的虐待とか、まあ、暴力のシーンもありますし、まあ、ちょっとそういうのが苦手な方はあんま見ない方がいいと思うんですけれども、でもね、
この作品をもし自分が書いたとかね、自分が作ったとしたらですよ、ちょっと全然よくわかんない国から、よくわかんない人が、エージェントを通してやらせてくれって言われても、どういうつもりでやるの?とかね、この作品の、その、
あのー、醸し出すね、一見穏やかなシーンなんだけど、それがすごくグロテスクで、人間の業みたいなね、本性みたいなものがグワッとこう出てくる、リアルなお芝居なものですから、本当にこれ読み取れてる?ってね、ちょっと聞いてみたい感じになるのはわかる気がするんですよ、だからね、そこをよくぞね、この市川花さんは、
24:03
交渉に交渉を重ねて、いや、これはこういうシーンで、こういうふうにやろうと思ってて、で、日本の今のお芝居の現状はこうで、で、下北沢の駅前劇場というのはこういう劇場で、で、えー、こうなんですっていうようなことをね、えー、何度も何度もコンタクトを取ってですね、ようやくようやく手に入れたっていうふうにおっしゃってましたので、これもね、なかなかやっぱりお芝居にかける情熱たるやね、素晴らしいなというふうに思いましたしね。
なんかとってもいい公演でした。見られてよかったと思いました。なので、あの、パソコンを忘れるという第三次ニックヒョーはなってるわけですけども、パソコン忘れて、あわや配信が止まってしまうかもしれない状況の中ですよ、それでも見に行ってね、やっぱりよかったなって、うん、お芝居っていいよなってやっぱり思えるね、作品でしたね。
おすすめでございます。ポーシュのダウンステイト、ポージュ、ポージュですね、ポージュのダウンステイト、ポージュボリューム2ダウンステイトでございます。
でね、またね、この、あのね、美術もよかったんだよな、美術、先ほど言ったようにね、なんかすごく一見すごくね、あったかい感じの、なんかこう、こうね、イギリス、アメリカのですね、へんぴなところにポツンと立っている、なんかこう、ほこりっぽい感じの木造の建築の、なんかこう、ダイニングキッチン、キッチンはないか、
こう、リビングダイニングみたいなのが、まあずっとね、そのいっぱい飾りなわけですけども、そこ、そういう感じをね、一見とってもあったかいんだけど、実はみたいな、こう、ちょっと隠れてるところになんかちょっとある、あるっぽいなとか、ちょっとだけ不安にさせる、ね、あと壁にね、あれはもうね、いろんな風に見えると思うんですけど、壁に一筋だけですね、白いなんかね、気持ち悪い、こう、筋が入ってるんですよ。
それがね、もうなんかね、いろんなものに見えるわけですよ。なんかね、ちょっとそれが汚れなのかひびなのかもわかんないんだけど、こう、一見あったかい風、よう、ね、えー、ぬくもりのあるような壁になってる、なっていて、えー、その、ね、えー、車椅子に乗っている元、おー、音楽教師の、おー、その、えーと、おー、だから、フレット、ね、えー、が、あー、は、ひ、弾く用のというか、
ね、まあ、精神を落ち着けるために弾いてるんだとかって言っている電子ピアノが置いてあって、で、そこに、し、ちっちゃなCDラジカセが置いてあって、それでCDがファーってこう並んでいる、こうね、作り付けの、おー、棚みたいのがあって、で、えー、
27:05
なんですけども、で、ちょっと観葉植物かなんかが飾ってあって、一見こう、ね、とてもいいような、安心するような空間なんですけど、そこに、えー、一筋白いですね、なんかもじゃもじゃもじゃーっとしたですね、線が、こう、下手から上手にファーってこうね、えー、描いてあるんですよ、ねー、これもなんだかいやらしいというか、気持ち悪いというか、それをこう、ちょっと、ちょっとだけ、えー、暗示させるような、ちょっと不安感があって、ねー、こう、
不安感を、ね、煽る感じのね、えー、セットになってて、これもなかなかよかったなーというふうに思いました、えーと、美術はですね、あー、時賢一さんですね、時さんの美術でございますからね、うん、私時さんの美術好きですから、うん、よかった、うん、とってもいい芝居でした、おすすめでございます、ま、でもちょっとね、
性的な、あー、性的虐待の、その、描写みたいなものは、実際には出てこないんですけども、ただ、言葉の中にたくさん出てくるので、で、また、性犯罪者の言い分を、とうとうと喋るような、あ、芝居でございますから、えー、そういうの苦手な人はちょっとね、あれかもしれないですけど、でも、その、罪を償うとか、それから、こう、レイプね、そのー、なんていうか、そのー、
性的虐待みたいなこととか、ま、そのー、なんて言いますか、今ね、えー、演劇界でもね、いろんな、そういう、こう、案件が出てきておりますけれども、その、権力購買というかね、その、権力がある側が、あー、黙らせる、みたいな、なんかそういうもの、それから家庭の中にもそういうものありますよね、なんか、えー、不権的なもの、ね、えー、というような、えー、
ことがね、こう、リアルに、ね、ど、ただただ悪いんだ、お前は、お前らは、っていうんじゃなくて、こう、すごく、こう、曖昧な人間的な描き方をしてくるので、より、こうね、なんていうか、うわーって、こう、身につまされるっていう意味じゃない、私がね、性犯罪者なわけじゃないから、身につまされはしないんだけど、でも、なんか人間と人間の関係性の中には、そういう、こう、どうしても権力購買がついてしまい、そして、
権力を持った側が、持ってない側に対する、そういう何か、えー、物意が、とてもそういう、こう、権力を持ってない側を左右してしまうというか、縛、縛りつけてしまうというかね、こう、押し、押しつけてしまうというかね、なんか、そういうような人間と人間の関係性って、えー、ただただ、どっちが、どっちかが100%悪いとか、ね、そういうことではないんだよな、っていうところを、
怖いな、とか、不気味だな、とか、えぐいな、グロテスクだな、って思わせるような、お芝居でもありますので、なんかね、うん、やっぱこう、うん、お芝居ってこういうもんだよな、って思わせるような作品でしたので、えー、ぜひ、見に行っていただきたいと思います。ね、えー、あれ、あの、すいません、芸術法人シアター・ボンドの宮沢でございますけれども、
30:24
シアター・ボンドのラジオってこういうラジオだったっけ?違うよね。今日見てきたお芝居の話を熱っぽく語るラジオじゃないよね。まあまあ、でもね、うん、やっぱり、いやー、でもやっぱりお芝居っていいよな、っていうことでしたので、ちょっと夢中で話してしまい、えー、夢中で話してしまった結果、10時30分でございます。ね、やってもうた。またやってもうた。
えーと、で、えー、ちょっとコメントをね、えー、読ませさせていただきます。あ、なおさん聞こえてます。ありがとうございますね。で、えー、たかしたたくみさん、ありがとうございます。宮沢さん、こんばんは。えー、今日まで、えー、3日間、4ステージ、4ステージの例会でしたと。えー、民芸の、おー、文学の夕べ、えー、篠田三郎さん、柏山文江さん、某、えー、製作者を先ほど見送りしてきました。ということで、お疲れさまでした。
お疲れさまでございました。そっか、そっかそっか、文学の夕べってことはあれか、えーと、福島と仙台だけのやつかな、うん、なんか、あの、トークブロック全部でやるやつじゃないですよね、確かね。お疲れさまでございました。えーと、3日間、4ステージ、じゃあ、えー、1日だけ、昼夜公演があったのかな、うん、お疲れさまでございました。
私ね、文学の夕べはね、まだ見たことないんですけどね、もしよろしければ、あのー、えー、感想などなどもお聞かせいただければと思います。ありがとうございます。お疲れさまでーす。えーとですね、それで、えー、実はですね、私ね、ちょっと反省をね、しておりまして、というのもですね、先週の配信、皆さんね、たくさんの方にまたお聞きいただきましてですね、
先週ね、で、えー、まあね、びっくりすることにですね、先週のこのスペース配信の、おー、録音配信のね、また、この、なんていうの、おー、再生回数、ね、がですね、700回を超えているんですよ。これもまたびっくりしちゃって、で、ほら、先週は、あのー、オーディオインターフェース、
ね、ちょっと、いいものに、ヤマハ製のいいものに変えてやってみたのが原因でですね、音がめちゃくちゃ悪いっていうね、で、途中で途切れたりだとか、ね、なんだかが、ちょっと、音声配信なのに音声が悪いっていうね、最悪のコンディションの中、あー、配信を行ってしまったっていうのがね、あった。それもとても反省してるわけですよ。
33:20
ね、にも関わらず700回もね、回っちゃってまずいなぁと、それで、あのー、スタンドFMの方でもですね、録音をですね、えー、配信してるわけですよ。
ね、で、先週に関しましては、スタンドFMのライブ配信の音声も、かなりね、なにこれっていうような状態だったので、ライブアーカイブはですね、全部1回削除して、それで、えー、バックアップのために、あのー、パソコンでね、録音していた、そのボイスメモで録音していた音声を、改めてアップロードし直して、えー、したものなんですよ、あれね。
なので、音はめちゃくちゃいいんですよ。だから、本当はそのスタンドFMの方の、あー、アーカイブというか、ポッドキャストの方でお聞きいただくのが一番よーいとは思ったんですが、こちらはね、なかなかやっぱりね、なじみがないのか、難しい、やり方がめんどくさいのかわかんないですけど、全然回ってないんですよ。
正直ね。もう50回、60回ぐらいしかね、回ってないっぽいんですよ。
かたや、音声の悪い方がね、700回も回ってるっていうね。なんか、もう少しこう、音がいい方にね、で、お楽しみいただきたいなーと思いつつも、でも一番悪いのはですね、機材がうまくいってないのが一番悪いわけですから、ね。
これはもう気をつけなきゃと。で、今週は、ちゃんとね、今まで使ってた150回ね、ほぼほぼこのオーディオインターフェースとマイクセットでやったわけですから、やっぱこれに戻そうと、ね、思ったんですよ。
それで、もうね、先週からもう荷造りしてましたから、今週用にね。やっぱこれじゃダメだっつって、まあ、あの、新しくしたというか、ね、こっちの方がいいからって言って、手に入れたオーディオインターフェースがどんどんしまっちゃう、しまいこんじゃってね、うん、あの、音響機材が入ってる箱にもうね、全部もう一回収め直したりなんかして、で、今まで使ってたやつ引っ張り出してきて、で、もう、荷造り完璧にしてですね、もうね、で、なるべくコンパクトにして、
コンパクトにしてますから、もうね、A4サイズよりちっちゃいね、平べったいポーチにですね、すべての配信機材を詰め込んでですね、よし、これでこのセットを持ち出せばもうこれでOKという状態にして、ね、先週はもうそれで用意をしておいたんですよ、ね、で、今日の朝になってですよ、それはちゃんと持ち出したんですけども、肝心要のパソコンを忘れてしまったんですよ、
36:15
忘れると、やっちゃったよね、それもかなり反省点なんですけども、その機材の反省点とともにですね、もう一つ反省点は、先週のね、配信のこの交響についてというね、内容だったわけですけども、まあ抽象的で難しかったですよね、うーん、自分で何度かこの録音を聞き直してですね、
反省しました、難しい、本当に難しい、なんで交響の話をしているのに保守とそれから革新ね、政治思想の話になったのかとかね、じゃあなんで保守と革新の話からリベラルとパターナルの話になったのかみたいなね、そのね、話題話題の繋がりをですね、かなり端折ってですね、
考えたものを思い出しながら話してしまったので、これは良くないなと、やっぱりこう、ポッドキャストとかこういうラジオ配信というのは、実生活の実体験に基づいて、なんでこれを考えたのかっていうことから話さないと、誰もついてこないよっていうね、もうかなり反省したんですよ、うーん、まあ間違えたことは言ってないんですけど、
やっぱり話し方はね、ちゃんとやっぱり構成を練ってですね、まずこういうことがあって、だからこういう話をしたくて、で、この話をするためにこういうふうに調べたらこういう考え方が出てきたよみたいな、なんかそのエピソードトークにしていかないと、やっぱりね、ついてこられないよなってね、なのでお聞き苦しい、サズをお聞き苦しい配信だったかと思いますけれども、
うん、どうもすいませんでしたというね、お詫びとともにですね、今週はそんなことの、なるべくそんなことのない、なるべくって言った、ね、ほら、なるべくそんなことのないように、具体的なね、ことを言いながら、ちょっとこう難しい話を展開していきたいなというふうに思っております。
うん、でね、えっと、今回でシアターボンドのラジオ、第3回目になるんですけれども、えっと、今までの配信のね、話題をね、ちょっとこう、振り返ってというか、なんでね、こういうところまで、こんなところまで、こんな遠くまで来てしまったんだろうね、話題がね、
39:02
っていうことをやっぱりちょっとまとめ直したというか、ちょっとこう振り返って考えてみたときに、いつもね、宮沢のこの配信の中心軸はですね、やっぱり劇場なんですよね。劇場にまつわる何かってことなんですよね。
だから、で、一番最初に話したのが、まあ、劇場でね、民間劇場で20年間過ごしてね、お仕事をさせていただいたわけですから、で、その大切なね、宮沢にとってはとても大好きな劇場だったんですけども、その劇場がどうしても閉館しなければいけなかったっていうのはどういうことなんだろうっていう、まあ、そういうこう問題意識の中でこの配信を始めているので、
じゃあ、民間劇場であっても公共的なものなん、ものなんだから、何かこう、移ってはなかったのかとかね、これから民間劇場ってどういうふうになっていくんだろうとか、そういうようなことから芸術法人っていうのを作ったらどうかっていう話でね、まあ、話し始めたわけじゃないですかね。
だから、まあ、法人格をちょっと新しくするような格好でというかね、まあ、公共的なその公のね、みんながこの社会を維持していくために必要な何かそういうやり方をし、あの、事業をしている、そういう、なんていうかな、え、ちょっと待って。
【コメント】スタンドFMは音響は良いが、今日はパチパチ言ってますぞ、時々ですが。
あ、ほんとだ。すいません。パチパチ言ってる?そっか。えーっと、どうしようかな。パチパチ言ってる?あ、じゃああれかな。ちょっと音量が大きすぎんのかな。これでどうかな。これでどうですかね。
なかなかね、ほんとにPAさんが欲しい。すいません。PAさん、あの、芸術法人シアターボンドのやりたいことに共感してくださる音響に詳しい方、ぜひですね、一緒にやってください。よろしくお願いいたします。えーっと、なんだっけ。そうそう。
劇場のあれこれね。うーん、まあ、なんていうか、その、民間劇場がこの、この先社会でね、生き残っていくためには、ね、どういう風な方策が考えられるか、ね、えー、その後、ほら、第1回目の配信の後、あの、コメントでいただいてたのは、フニートさんからね、いただいてたと思うんですけれども、
えー、なんていうの、例えばJRのね、えー、駅地を、あの、走っているというか、地方もかなりね、えー、人口の少ないところを走っている電車がね、えー、もう採算が取れないからと、あの、乗車人数がもうほんとに1桁とか2桁とかで、全然鉄道として採算が取れないから廃線にしますよってね、えー、言うじゃないですか。
42:24
でも、それは民間の会社、株式会社だから経営方針の中で、これは赤字になっちゃうからもうダメだよって言って、えー、廃線にしちゃうっていうけれども、ただ、じゃあ、それの電車で生活をしていた人たちはどうす、どうするの?って言ってね、あの、車がない中で、車が運転できない人だったら、どこにも移動できなくなってしまいますよね、みたいなね。
それと同じように、民間劇場も採算が取れなくなって、そこで経営ができないよっていう風になってしまったら、もうそこで二度とお芝居が見られなくなってしまう、ね、っていうことって、えー、廃線、あの、赤字路線が廃線になるのと同じようなことなんじゃないの?っていうような、まあニュアンス、ね、で話をしていたわけですから。
なんか、やっぱり劇場が主軸というかね、劇場にまつわる何かっていうことで、えー、配信を始めております。
で、まず第一回目がそういうような、民営で劇場を続けるのって無理ゲーすぎないか?っていうような問題意識で、えー、演劇は経済活動ではなく、芸術活動、芸術創造活動なんだぜ?っていうね、えー、お金儲けとか採算だけで考えちゃうと無理、無理だよ!っていうね、理順追求型だけじゃないんだよ!っていうような、まあね。
えー、お話でございました。ね。で、えー、ほら、そんな話してたらね、今日ね、えー、今日、今日じゃないけども、SNSでね、えー、流れてきて驚いたんですけれども、新宿の東口駅前にある、シネマカリテっていうね、ミニシアターがあるんですよ。
で、これがね、だいたい10年、15年ぐらい、ね。えー、新宿武蔵野館っていう、もうかなり古いというか、もうね、戦後すぐにできたような映画館の、おー、まあサブテ、サブスクリーン的なね、なんかその、武蔵野館ではロードショーものをやって、で、えー、ミニシアター、ちょっとしたこう、シネマコンプレックス的な感じで、えー、そういうこう、ロードショーのね、
みんながこうね、えー、たい、たくさんの方が楽しむようなエンターテイメント作品をやる武蔵野館と、それからシネマカリテっていうちょっと、ちょっとね、えー、映画好きというか、そういうね、えー、あんまりこうエンターテイメント性はないけれども、今、芸術的にとてもこう魅力がある映画をセレクトして、えー、上映してくださっているっていうような、
45:14
その二段構えで、駅、新宿東口の超駅前のね、ところで映画館あったんですけれども、これが来、えーと、来年の1月をもって閉館するというニュースが出てますよね。
で、その、うん、だからやっぱり、えー、演劇の劇場だけじゃなくて、映画館だってね、ほんとに、こう、採算考えずっていうか、考えてないわけじゃないんですけどもね、もちろんね、採算も考えつつ、えー、たぶんこれは、えー、いわゆる大衆受けというか、えー、たくさんの人に受け入れられる作品ではないだろうけれども、でもやらなければいけない作品なんだとか、えー、えー、ちょっとでもね、えー、
こう、届いてくれる人が、一人でも多くの人にこれが、このメッセージが届けばいいなっていうような形で作られてる映画とかね、を、おー、自ら選んで上映するみたいなね、えー、映画館だったわけですよね。
で、くしくもこのですね、えー、シネマカリテ、カリテってどういう意味かっていうのがわたくし知らなかったんですけども、えー、閉館するニュースでね、えー、記録として撮っておいてもらいたいからって言って、絶対に今までメディアに出、出なかった、あー、そのシネマカリテの社長さんが、あー、メディアというか、あれは朝日新聞のデジタルかな、かなんかに、こう、えーっと、違うか、えーっと、えー、
あれはなんだっけ、えー、現代、で、現代かな、なんかこう、デジタル版に写真入りで出られてですね、それで、えー、シネマカリテのカリテっていうのはどういう意味かっていうと、品質という意味のフランス語なんですって言ってたんですよ、だから品質という名の劇場が潰れてしまうっていうね、なんかもうやるせないというか、
なんでそうなんだろうなーってね、やっぱりね、えー、やっぱりそれで、いや、この今年4月の終わりをもって閉館した俳優座劇場のこともやっぱり思い出しますし、うん、今年の話ですからね、今年の重大ニュース何つったら俳優座劇場ですよ、もうどう考えてもね、あたくしはね、うーん、だからねー、なんか、なんでじゃあそういう風になっちゃうんだろうなーっていうようなことから、
このラジオをやっぱり続けたいなと思って、えー、再開しているところでございますよ、ね、で、第1回は、えー、再賛成だけじゃできないよっていうような話で、その話を受けてですね、第2回目は、あー、公共ね、じゃあ公共ホール、公共劇場って言うけれどもね、これ、この公共ホール、公共劇場だったつったって、ただただね、税、税金を
48:14
こう、ただただ投入して、で、なんとかそれでやりくりをして、みたいなことだけではですね、これはなかなか難しいよと、ね、うん、で、えー、どんどんどんどん少子高齢化でですね、地方を、まあ、都市部でもそうですけれども、どんどんどんどん人口がこれ減ってってるね、状況の中で、今と同じような規模の公共事業をやり続けるなんてことは、
あー、こう、単純計算で無理なわけですから、じゃあどう、この社会に、えー、うまくフィットさせていきながら、このー、公共ホール、公共劇場を維持し続けなければ、し、維持する、し続けるため、どういう風な考え方が大切なのか、っていうことからですね、えー、ちょっと政治の話になって、で、えー、保守と革新、それからリベラルと、えー、パターナル、
っていうのは、あー、こういう考え方があって、で、えー、リベラルとパターナル、両方、両極端じゃまずいよね、っていうことから、えー、芸術の意、意義みたいなことに、話が展開していったと、ね、どうでしょうか、こういうまとめですよ、ね、だから、まあ、
劇場を中心に、その、おー、周辺にあるような考え方とか、それから、えー、これから考えといた方がいいよね、っていうことを、まあ、ご紹介しているというか、私のね、えー、気になったことを、ただ、ね、劇場にまつわるいろんなことを、おー、私の、おー、気になった順番に、ね、勝手に話させていただいていると、こういうわけでございますから、ね、えー、今後ともお付き合いいただきたいと、思うんですけど、
で、今日のお話、ね、ようやく今日の本題に、えー、配信始めて49分間経った、もうね、先が思いやられるよね、前置きとかね、長いんだよな、もう、もう、スパッと行きやがれ、スパッと、ってね、思うと思うんですけど、すいません、こういうタイプでございますから、えー、もしよろしければ、今後もご引き、えー、いただきたい、というふうに、
思っておりますけれども、そう、だからね、えー、劇場というのは、みん、民営であっても、公営であってもね、民間であっても、公共であっても、やっぱりこれ、劇場というのは、こう、一つの文化的なね、井戸、井戸みたいなもんで、えー、コモンズね、えー、というような、まあまあ、あー、ことなんじゃないかと、で、コモンズって何つったらね、あの、ほら、里山の中に、ほら、山とかがね、
51:01
林とかね、まあ、海もそうですけど、内陸の海とかね、えー、自然、みんなで、あのー、こう、維持している、うー、そのー、えー、そういう、こう、なんていうの、みんなの森、みたいな、う、ことを言いますよね、コモンズってね、うん、そう、同じように、えー、劇場っていうのは、そういう、こう、なんか、みんなでね、こうやって、公の力と、それから、あー、それぞれのね、こう、
あの、教授ね、えー、地域の、えー、力をね、結集して、えー、守るものだし、もちろん、自分たちの力でも、普段の努力で守り続けなければいけない、みんなの、おし、このものなんだよね、っていうね、だから、それには、そのー、
私はね、お金持ちだから、あー、いいけど、何万円でも、ね、えー、劇場、お、というか、お芝居を、楽しむためには、いくらでもお金が、ね、ふんだんに使えますけれども、まあね、えー、私のような、あはは、富豪ばっかりじゃないじゃないですか?って言ってね、あなた方でもね、私は、たくさんお金持ってるから楽しめるんだけど、あなた方はお金持ってないから、楽しめないのは、まあ、しょうがないよね、みたいな、そういう自由主義的な、
ね、こう、リベラルな考え方、ね、えー、こう、えー、努力が足りないだけ、から悪いんだ、みたいな、あはは、ね、そういう考え方では、もうね、えー、劇場っていうのは、守れ、守りきれないよね、っていうことなわけですよ、うん、だって、自分が稼いだ分、自分が楽しむのが、何がいけないんだよ、みたいなね、えー、ことじゃないですか、で、それは、
一見すごくね、分かりやすいし、その通りだよと、誰にも迷惑かけないでね、えー、この国の法律を犯さない、範囲であれば、自分の稼ぎで、自由に、えー、楽しむこと、娯楽を享受することに、何の問題があるんだ、っていうことも、まあ、わかる、その通りです、その通りなんですが、ただ、頑張れない人たち、ね、いるじゃないですか、ね、で、あと、お金儲けうまくできない人が、もう、たくさんいますよ、
そりゃあね、で、なんなら、そういう、大金持ちの、ボンボンたちが、政治をもう、牛耳ってるわけですから、みんな、もうね、政治を行ってる人たちは、貧乏人の気持ちなんか、わからないんですよ、もうね、ありありとその通りになってる、ね、経済の、方策も、なんか下手っぴだし、ね、それから、全然いらない、ようなものを、アメリカが言う、から言われて、買った、
買う、みたいな、ね、そういう人たちが、こうね、新自由主義の中で、だって、私たちの実力で、国会議員になってるんだし、私たちの実力で、市長だとか、県知事だとか、になってるんだから、私たちの言うことが、正しいに決まってるじゃない、みたいな、ね、自分で稼げない人たちは、自分の努力が足らないのよ、みたいな、
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感じになっ、な、なりすぎてしまうと、劇場なんていうのは全然、こうね、維持できないわけですよ、だから、リベラリズム的なね、自由主義的な発想だけでは、劇場は守れない、ね、じゃあ、かたやパターナルな考え方で、もういいと、みんなね、俺、俺が一番偉い、ね、とにかく、もうね、将軍になった、私が一番偉いんだと、ね、
だから、お前らは、このね、将軍様の、言うことを、とにかく聞けと、ね、俺が、この世を変えてやるんだから、ね、革命を起こしてね、全部、私が、の、指導のもと、この社会っていうのは、動かせばいいんだ、っていうような、考え方をパターナルと言いますけれども、
ね、かたやね、これが行きすぎちゃうと、ヒットラーとかね、それからスターリンとか、なんかそういうことになっていきますが、ただ、しかし、自由主義的なね、リベラルなさっき言った、ね、私たちは自分の努力で、これ、この位置を勝ち得ているんだから、あなた方も同じように努力すればいいじゃないと、なんで、私たちみたいにできないの、みたいな、
頑張れない人たちの言うことなんか聞かなくていいのよ、みたいな、感じの、自由主義に対して、いやいやいや、ちょっと待て待て待てと、ね、だって、この国は、最低限度の文化的な生活を、みんなね、送れる、権利があるんだと、ね、そこは、最低限度ね、整備してやろうぜ、みたいな、ね、これを決めるのは、もうもちろん俺なんだけども、
俺が決めた制度を持ってですね、これはもうやってあげようよ、みたいな、ね、だから、金持ちも、ね、貧乏人も、ね、とにかく、最低限は、そこは、維持していこうよ、ということも、まあ、言ってみれば、パターナル的な発想ですよね、実力、それぞれの実力関係ないですから、ね、お金持ちはお金持ちなりに、それから貧乏人は貧乏になりに、みんなのことを考えて、
税金を、こう、納めて、で、その税金で、それを維持していきましょうよ、ということは、まあ、パターナルな考え方になるわけですよ、だから、劇場を維持していくためには、どこか、自由主義だけではなく、パターナル、リベラルだけではなく、パターナルな考え方も、まあ、必要ですよね、と、こういうふうな話でございました、ね、
で、ただ、パターナルも行き過ぎちゃうと、もう独裁政権になっちゃうので、もし、そういうふうなものが進み過ぎちゃったら、リベラルに一旦戻さなきゃいけないわけですよ、なんか、振り子みたいなもんで、パターナルのほうまで行き過ぎちゃうと、今度は、リベラルのほうにちょっと振り子を戻さなきゃいけないので、その時に、ね、例え話として、
57:20
パターナルがエンジンで、リベラルがブレーキだったとしたら、リベラルがいきなりブレーキでね、パターナルがバーってこう、エンジンでバーってこう、すごい回転数でね、すごい速度で車がバーってこうね、走ってるところにいきなりリベラル急ブレーキ踏んだらね、これは大事故になっちゃいますので、
一旦クラッチでね、そこの動力が一回こう、この、ね、車に動力がこう、伝わらないような状態を一旦作って、で、一旦考えようと、ね、そこ、それが芸術の本来的な、その、功用というか、そこが一番大事なことなんじゃないかっていうのはね、そこに劇場と、そして、
芸術の一番やらなければいけないことがあるんじゃないかと、まあこういう話だったわけですよ、ね、で、それを受けて、じゃあ今日はどういう話をしたいかと申しますと、関係っていうね話なんですよね、関係の話って何って言ったら、ちょっとまたこれがね、若干視点を変えましてですね、
私ね、全職で進撃のね、進撃系のプロデュース講演をやっていて、まあ全国にある演劇鑑賞会の方々と、日々日々いろんなお話をね、伺ったり、お話をこちらからしたりしながら、一番こうね、どこ行っても言われてたのが、若者がいないっていうことなんですよ、ね、うん、で、
方やですね、演劇鑑賞会だけじゃなくて、別のね、お芝居を実際自分たちでプロデュースするとき、ね、どういうお客さんを集めたいかって言ったら、やっぱり、今までずっと見続けてきてくれ、くださる方に加えて、やっぱりどんどん、若年層に訴求させるような、何か手を打たなければこの先未来はないよね、みたいな話もたくさんしてまいります。
で、また、もっともっと広げて言えばですね、今あらゆる現場、ね、芸術的な現場、ね、文化的な、もう、こう、文化教室みたいな、こうね、手芸教室とかね、えー、こうなんていうの、詩吟とかね、詩吟サークルとかね、まあ、あとはほら、あの、新婦人の会とかね、うーん、あとはなんだろうな、あのー、労働組合とかね、
1:00:04
だから、あらゆる、いろんな、あと、ほらだって、県庁なのが自治会とかね、町内会とか、そういう地域の活動とかも、あらゆる場においてですね、若者がいない、若者が若者が若者が若者が若者が若者ってね、いろんなところで言われたのをね、すっごく記憶してまして、
で、現職に入ってですね、いろんな話をまたいろんな、あー、立場でし、し始めると、また若者若者ってなるわけですよ。若者どこ行ったのよってね、やっぱ思うじゃないですか、なんでね、ここまでね、こう、自分たちが魅了されているこの演劇の世界、劇場の世界ね、えー、先ほど言ったパターナルに行き過ぎても、
ダメ、じゃあどうする?って言ったら、あの、アートでね、一旦クラッチを踏んで、みたいなね、そういう社会的に見てもとてもね、意義があって役割、大切な役割になっているこの劇場とか芸術の現場に、何故若者がいないんだろうと。
これがね、やっぱ一番こう、真正面から考えなければいけないことなんじゃないかと、思い立ったわけですよ。ね。
で、ほら、まあ、やれその、高校にね、その、演劇部があるからと、じゃあ演劇部の子たちが、劇場にね、もっとね、自分たちがやるだけじゃなくて、もっとね、人の芝居を見なきゃやっぱりダメなんじゃない?とか、
まあ、あの、芸術大学にある、その、演劇学科とかね、私もそうでしたけども、ね、日本大学芸術学部演劇学科卒業ですからね、そういう大学生で演劇を学ぶとか、広く、芸術を学ぶ大学生たちね、そういう人たちに、たくさんアプローチをして、でもうね、まとまりでこうやって、呼んでね、で来てもらえばいいんじゃないかと、
まあいうような方策を取りがちなんですけれども、それもよくわかる。ね、もしかしたら有効な手立てかもしれないけれども、本質的に考えてみて、やっぱり我々のそういう演劇の客席にですね、自発的にというか、自分で選択して、この公演のチケットを何かしらの手段で買って、
それで、自発的にというかね、自分が見たいと思って見に来ている、まあ言ってみれば純粋な、じゃあね、不純なのかってことなんじゃない、そういうわけじゃない、そういうわけじゃないんだけど、呼ばれてきたやつが不純なのかって、そういう話じゃなくて、こうね、若者ってね、まあ今想定して言ってるのは20代後半から30代前半のぐらいの若者のことを言ってますけれども、
1:03:05
一番ね、進撃系、特に進撃系ね、最近の言い方で言えばストレートプレー、ストプレーね、の現場にですね、なかなかそういう年代の、まあいわゆる若者がね、いないよねと、ね、それって何、何でなんだろうと、何でここまでいい、いい芝居が今やってるのに見に来ないんだろうと、
そこに迫っていきたいと思ったわけです。
だから、これ今日も劇場の話ですから、なぜ劇場に20代後半から30代前半くらいのいわゆる若年層、若者が足を運ばないのかということを考えていきたいね。
で、ちょっと一旦お茶を飲みますよ。
うん。
でね、私ね、私もこう見えてもね、今年45歳ですけど、ね、若者だった時あるんですよ。
当たり前だよね。
若者だったんですよ、20年くらい前はね。
皆さんだってそうですよね。20年くらい前、若者でしたよね。
うん。みんな若者だったんですよ。
うん。
でね、若者だった時、芝居見てましたよね。
私見てました。
うんうん。
見てました。
うん。で、じゃあ自分がね、この20代前半から30代、20代後半から30代前半くらいの、まあまあ演劇界に一応入ってですね、若者ながらね、まあまあその制作者のまあなんていうかな、その駆け出しというか、まだ一二枚にね、慣れてないけど、なんか演劇のことをずっと考えているような若者だったわけですけども、
その時どういう考え方だったのかなあってね、ちょっとね、自分の書いたものをね、あの、振り返ろうと思って。
まあ、あのほら、前職のね、そういうこう、資料やなんかでね、自分で執筆したものに関しては、一回全部家に持って帰ってきてますから、それもいろいろと整理して処分したりなんかしなきゃいけないから、こうね、まあちょっと昔の自分が書いたものをもうちょっと振り返りつつ、だからほら、片付けてて、
あ、こんなの出てきたって読んじゃって、で片付けの時間なくなっちゃうやつね、一番ダメなやつですけども、まあまあまあ、うん。そんなようなことをちょっとやったらですね、出てきたんですよね。
それで、全国の演劇鑑賞会の人たちが読むね、冊子というか、毎年一冊出されているですね、そういうこう、鑑賞運動っていうね、タイトルの冊子があるんですよ。
これは、まあ、全国の演劇鑑賞会の、そういう、全国でどういう方向性でね、この先、鑑賞運動を展開させていけばいいのかってことを、全国12ブロックあるブロックから全国漢字っていう人たちが選出されて、ね。
1:06:21
それで、まあ、東京なり、今は神奈川ですけども、まあまあ、そこの場に、こうね、一堂に会してですね、で、全国の運動っていうのを、こう、点検しながら、新しい方針をこう考えるとか、あとは、いろんなブロックの今の状況をみんなで報告し合いながら、こういう現状の中、どういう方策を取っていけばいいんだろうみたいなことを議論する、ね。
えー、全国、うー、ね、あの、鑑賞会っていうのがありますけども、その全国鑑賞会っていうのがね、発行している、責任編集をしている、ね、1回出る、鑑賞運動というね、冊子があるんです。
で、そこにはどういうことが書いてあるかというと、その、えー、全国幹事の方々が、じゃあ、今はこの人にちょっと書いてもらおうかとか、で、毎、毎、毎号毎号テーマが決まっていて、で、進撃とは何か、みたいなやつとかね。で、あとは、こう、旅公演についてとかね、なんかいろんなテーマが毎回毎回設定されていて、で、えー、演劇鑑賞会の人たちだけじゃなくて、えー、旅を回った、あー、制作者にもですね、えー、ちょっと原稿を書いてようなんて言って。
えー、依頼をね、いただくわけですよ。うん。で、宮沢はね、都合ね、えー、1番最初に書いたやつ、それから2回目に書いたやつ、3回目書いたやつがあるから、全部で3回書いたのかな?2、4回?3回かな?まあ、まあ、書いてね、えー、全国みんなが読む、読むね、その、冊子でも、一応、宮沢もですね、依頼を受けて、もう手が震えながらね、書いた覚えが。
ありますけれども。まあまあまあ、そういうことがあったんですよね。うん。今やもう懐かしくなってきてしまいましたけれども。で、1番最初に書いたのが、確か30年、あれ、3号とかだったかな?うん。あの、1番桓末にですね、ちょっとこう橋休めコーナーみたいな、えー、旅公演ちょっといい話、みたいなね、コーナーがあって、ちょっと若手のですね、えー、今まさに現場で、えー、
制作者として回っている制作者に、えー、旅であったちょっといい話、みたいなことを書いてね、っていう感じで、まず最初にね、制作者としてはね、それにね、えー、原稿を頼まれると、そろそろ一発の進撃制作者だなー、みたいなね、こう、うん。
まあまあ、あのー、選んでもらうのがとってもね、こうなんていうか、あーい、ついに自分に回ってきたか、みたいなね、なんか嬉しさと、それからちょっと怖さと、ね、み、誰が呼んで、どんなこと言われるのか、わからないわけだからね、えー、まあまあ気合を入れて書くわけですよ。うん。で、その文章が出てきたんですよ。ね。
1:09:14
まあ若い。ね。今よりもですよ。宮沢、い、今もまあまあね、若い気持ちでいますけれども。が、ガチンコで若い。ね。本当に若い。ね、宮沢和彦。これは確かね、あれね、二十何、三十代前半か二十代後半かで書いてるんですけど、その文章が出てきたんですね。
で、えー、その中でね、えー、宮沢青年はですね、えー、どんなこと書いてたかっていうと、えー、やっぱりね、若者がいないっていう話をね、に触れてですね、えー、私は、まあね、いろいろはしょりますけど、えー、今回の、まあね、えー、最近の旅公演を回って、とっても面白いというか、心に残った言葉がありますって書いてて、で、えー、
えー、わ、なんか若者がね、えー、演劇館紹介で、少ないのよーって言ってね、どうすればいい、いいのかしらーなんてことを、よくよく聞かれるって、その時は言ってるんですけど、に、私はこう答えますと、ね、で、えー、こう答えますというか、自分がそう答えるんじゃなくて、そういう風に言われたっていう言葉を紹介してるんですけども、
宮沢さんと、ね、えー、まあ、東京よりは西の方で、えー、関西よりは東のブロックのね、あのー、有名なあの方にね、宮沢さん、人間の歳は必ずしも、小読みの歳とは限らないのよ、宮沢さん、ね、って言われましたと、ふふふふ、うん、宮沢さん、宮沢くが、くんはいけないわね、
宮沢さん、ね、人間の歳は、小読みの歳とは限らないのよ、宮沢さん、ね、ふふふ、ちょ、すっごい似てんだけど、やばいな、これ、やばい、似てんな、これ、ふふふ、って言われましたという話を、そのー、おー、鑑賞運動でね、書いてたんですよ、うん、
年は関係ない、小読みの歳は関係ないんですと、むしろ、えー、その、楽しく見続けるってことが大事なんじゃないですか、みたいなね、若輩ものながら、私はそう思いますと、私も今、20代、後半、30代前半なので、えー、まあまあ若いですと、ね、えー、けれども、しかし、えー、好きなこと、ね、えー、おし、いい、いいお芝居を、みんなで見続けようって思う気持ちが、
お、若く持ち続けることが大事なんじゃないですか、みたいなね、若輩ものながら失礼しました、みたいな、でへー、みたいなね、そんな文章ね、になってる、なってるんですけど、ね、ふふふ、うん。気持ちの持ちようですよねー、みたいなことを書いてて、だから、年なんて関係ないんですよ、ということを書いてたんです、宮沢家、ね、うん。
1:12:16
まあ確かにその通りなんだけどね わかるうんそういうことそれ大事だと思う気持ちの持ちようだし
ねえ常に若く気持ちを若く持ち続けるということは大事ですよ それはそうなんです
宮沢くん大事なんです 否定しないとってもいいことだと思いますけれども
がしかしですよ 具体的にねやっぱりとはいえとはいえですよ
若くない人たちがたくさん集まっている現場でへ 若い人をっていうのはねもっともっと切実なね気持ちの持ちようですよじゃもう
間に合わない 問題に直面してますよねってことをねやっぱり宮沢青年にもう1回言いたい
わけですよ宮沢ね今の宮沢は45歳の宮沢はね そんなこうね精神論で片付けられるようなね生優しいことじゃもうないんですよ
とね もう1回その話その問題について考えたいなと思った時に
くしくもですね 年なんて関係ない
ねって言ってるんですよ 関係ないね
ちょっと待てと 宮沢くんちょっと待てと
関係ないって年なんて関係ないってことは まあまあそのね当事者側から見て自分の年なんて関係ないですよ
っていう意味 で今その28歳ぐらいの宮沢言ってるんですけど45歳の宮沢から考え直すとですね
年なんて関係ないの関係ないのところが実はとても大事なんじゃないかと 別の意味で関係ないってことがつまりは若い人たちが入ってこられない要素の
一つになってるんじゃないかとね 45歳の宮沢考えたわけです
つまりねもう本当に単純な話ですけれども なんで今若い人たちが
ストレートプレイネストプレイね 進撃を見てないのかって言ったら関係ないからなんですよ
と思ったわけです 全然ね自分には関係ないから
劇場には来ないんですよ あんなのもしかしたらね
結構盲点かなって思ったわけですね 年なんて関係ないようじゃなくて若い子に
が 今の進撃と関係ないから来ないんですよ
1:15:01
これねー もう1回考えたいなと思ったんですねその関係ってなんだろうなって思ったんですよ
でね そのなんていうのそのよくほらえっと
芝居の推しお芝居の音お客さんで 関係者割引とか関係者席とか言うじゃないですかね
でまぁ役者さんの関係でとかねそれからまぁ制作の関係でとか 演出家の関係で舞台美術家の関係でとか関係者としてこれは
お芝居を見ますよって言うんですけれども これね
もしかしたらですけどお芝居って客席にいる人たちみんな関係者なんじゃないかと 思ったんですよね
で関係者の中でも特に直接的な関係があるか 間接的に関係がある人しか劇場には来ないんじゃないかなと思ったんですね
なぜそう思い立ったかというとだってそもそも 家劇場がもし家大きな家だとしたら
家に来る人って 基本的には家主の関係者じゃないですか
わざわざねどっかから集まってくるわけですから 関係ない人は来ないですよね
家だったらね でも劇場もしかしたらそういう
パーソナルな部分もちょっとあるんじゃないかと思って でなんで
まあまあ年いた人たちが来るばっかり来るのかって言ったらその人たちの中には 演劇と関係したいっていう欲があるからですよね
でもちろんその劇団にもに誰もね関係者がいない知り合いがいなかったとしても 出演者の中に押している人がいなかったとしても
何か自分に関係があるな自分の人生にとってこのお芝居の内容は何か関係があるなって 思ったからお芝居に来るわけですよね
だって 来るコストがものすごい高いわけですから
ただこうねスマホをなんとなく見ててで youtube 開こうと思って youtube ペーって開いて
でバーってこう流してってでまぁ気になったとこだけペってやってまぁ見て途中まで 見てつまんねーなってです
すぐね次のやつ見てみたいなそういうこう とても手軽なね芸術というかまぁそういうメディアではなくて
わざわざ電話かけたりわざわざチケットピアとかに行って 入っててもリアルでチケット
時代じゃもうないですけどねわざわざスマホでチケットピアって打ち込んで グーグル検索でグーググってですよ
1:18:09
でベッドチケットピアのサイトが出てきたら今度は p コードっていうコードをね そこでペペペって打ち込んであーこれがこれだって出てきて
で今度は日を決めるわけじゃないですかねえっと来週は確か えっとうちの息子が遠足だったから遠足
なのでこの日はお弁当作んなきゃいけないからこの前の日お弁当弁当の買い物し とかなきゃいけないでしょだから
えっとその日は夜公演は多分見に行けないからいけないというかまぁお芝居見 終わった後スーパーで買い物すればいいんだけどそうすると好きなおかずがなかなか手に
入らなくなっちゃうがここの日夜はやめとこうと だからということはでも昼公演というのはまあ今お仕事してるわけだから無理だとして
じゃあ夜公演どこみたいな風ないろんな猫ね 認知負荷というかね負荷がかかるじゃないですかねまずだって
空いてる時間を探すということってとても負荷がかかることだし なおかつわざわざお金を振り込んだりそれからコンビニに行ってねチケット
チケット代金をこうね手数料莫大な手数料を取られながらですなんですよねこれ大げさ じゃなくてね6,000円のチケットを買うためにはね
7,000円払わなきゃいけないみたいな今そういう状態ですからそういう子ね 劇場にたどり着くまでにねいろんな負荷がかかるわけですよ
でもそれをね 乗り越えてでもね
それをのチケットのわちゃわちゃを乗り越えてなおかつ 実際その日になったら今度は
行ったこともないような劇場の行き ねに行くその手段をねそれぞれ自分でね
検索したらか調べたりなんか知ってへ でね駅から歩いて15分で書いてあるけどこれ本当15分なのかなぁみたいな
ってことは一気最寄りの駅に30分前には最低でもつかなきゃってことは 最寄りの駅が何を何だこの駅はつってね
何前の何これって何番出口みたいなそういう物理的な障害もね 飼育ぐった上でようやくようやくその劇場に時間通り届いたの
たどり着くわけじゃないですかねそんなね負荷のかかるものなんてね なかなかね行かないですよそれはね
だからそういう障害や負荷を乗り越えてでも行く劇場っていうのはやっぱり自分の 人生に関係があるから言ってるわけですよ
ねだから関係というのもただお友達ですとか知り合いですっていうそういう人間関係 だけじゃなくて
なんかその抗議の音関係がないと劇場にはいかないんですよ ね
1:21:03
だからねみんな関係者なんですよ つまりはね
だから今日はこの関係とは何かって話をしようというふうにまあ思ったわけです でじゃあ
ブーブー言うことをちょっと考えたわけです そしたらねやっぱり大きいのがこのね
a 高度な情報化社会ですよここは間違いやっぱ間違いないんじゃないかと思って
ね sns それから各種 sns や後はスマートフォンというねやっぱりそこは大きいん じゃないかなと思ってそこを考えていった時に
自分に関係していることだけを追いむしろね若者たちを追いかけて でそれに夢中になりすぎてるから
本当にね関係のないものに対する冷淡さはね 我々が若者だった時よりもねより高冷淡なんじゃないかとねつまりはこう冷たい
じゃないかとでむすねね まあ自分が20代30代だった頃ね10代10代20代だった頃はそれでも
演劇を見るためには雑誌を買ってですよね シアターガイドっていう雑誌を買ってねそれも本屋さんに行かないと買えない
アマゾンなまああったけどアマゾンなんても本当にただ めちゃくちゃ本が好きな人たちだけしか使ってなかったですからね
今みたいにポチッとつって次の日届くみたいなことではなかったので基本的には本屋 さんに行って
シアターガイドってどこかなーって探してあったあったってこれをねレジに持ってて買って でペラッとめくりながらこのお芝居を誘うだなぁと思ったら
蛍光ペンで丸つけてで何月何日ってところをね こうマーカーしてですよで手帳に書き写ししてたりなんかしてたじゃないですか
皆さん思い出してくださいね あと付箋にね劇団なんとかのこんなとか公演ね何月何日何時から
どこみたいなことを付箋に書いてそれを手帳に貼ったりしてたじゃないですか ね今全部スマホですよそれはね
だから使うツールがもうまるで違っているし そもそも情報を閲覧する情報をね
探すメディアも全然もう今や違うわけですよ でスマホの一番の特徴は何つったら
集中を削ぐぐらい 常に情報が流れてきているわけですよね
1:24:04
手元に だから無関係な情報がたくさん来るわけですよ
もうほっといてもねじゃあこのすこっちのスマホのアプリをちょっとアップロード アップデートしてくださいとかね os がアップデートしますよとか
あとはアップル私はアップル信者ですから iphone のね システムの中でこのねストレージがいっぱいになってますよから始まりですよ
あとニュースアプリでも入れようもんならね ひっきりなしにニュースが来るじゃないですかで
あそこでクマが出たとかね向こうで子供が惹かれたとかねなんかそういう印酸なこと からね
全然知らない私にとって知らない大谷なんとかがホームラン打っただとかなんかね あとどっかの市長がね嘘ついてなんかあれで不祥事があっただことは何だか
なーってねいっぱいいっぱい情報が来るでしょ なのでえっと情報方になっ
なればなるほど自分にとって無関係な情報に対してとても冷淡になっていくんですよ これ当たり前だと思います自分に関係のない
情報に対してとてもねなんかね敏感になると思うんですよね でどんどんどんどんね自分が関係している情報ね
自分が追っかけている情報だけを選別し そして無関係の情報はどんどんどんどん捨てていくっていう
a この楽しみ方をね えーしてしまっているとかまあもちろんねしてしまっているじゃないですよねそういう
世界で生きているわけですから 全然知らないものとかね
基本的にあんま興味のないこととかね パッと見でつまらなそうなものに関してはそもそも視野にその情報入ってきたとしても
無関係だなすぐにね弾き飛ばしちゃえるんですよ 情報が多くなればなるほどですね
自分とあんま関係ないなと思う情報には冷淡になっていくので でほらあの皆さんティックトックとかね
これから youtube のショート動画とか あとはマッチングアプリね
一応ねこう見えてマッチングアプリもやったことありますからね宮沢ね これどういうもんなんだろうなぁと思って試しにやってみたんですけど
あのねティックトックそれから youtube のショート動画そしてマッチングアプリの音 一番の特徴何かつったらね
いらないものをどんどんスワイプしていく ねスワイプというのはシュって画面に指をシュって滑らすことをスワイプって言いますけれども
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いらないなと思ったすぐシュッシュってこう捨てる捨てる動作になるんですよ だからこのマッチングアプリだったらね
この人この人興味ないなと思ったすぐシュって捨てるわけです だから捨て続けるわけですちょっといいなと思ったらハートマークを押すとか
でもこの人にあんまり良くないなと思ったらシュってまた捨てちゃうとかっていうような ことを繰り返すあとティックトックもそうですよね
ずーっと縦縦長の1分ぐらいの動画が常に流れていて つまんねーなーと思ったらすぐぺってぺってスワイプして次の動画に
はい次って言ってはい次はい次って言ってどんどんどんどん情報を捨てて捨てて言ってるね 無関係の情報をどんどん自分から遠ざけて言ってるようなことを
24時間の間に18時間から10時間ぐらいずーっとやり続けてるわけですね 今の20代後半ぐらいの人たちっていうのはだから
じっ このね情報の取捨選択広い自分に関係する情報を拾い上げることに長けてるわけですよね
だから 価値ないなぁと思ったらもう身向きもしないね
でなおかつ あまりに無関係な情報が多いから
a
なるべく短い時間で とか短いコストね少ないコストお金をかけずに
なおかつ時間をかけずに自分のに関係する情報だけを欲しがる ね傾向になるじゃないですかこれは若者だけ立ちだけじゃないと思います
こういうふうに情報型になればなるほど
コストパフォーマンスですよねコスト費用費用に対して効果がたくさんあるようなものを 自分で取捨選択しようとすることになりますよね
それは当たり前だと思いますけれども自分宮沢だってそうだと思いますし でもそれが
こう若いうちからそういうことをなんていうのをやり続けるわけですから 価値が決まらないものとかね
この情報には価値があるのかなぁとか うーんどうかなまぁちょっと考えないとわかんないけどなんだろうなっていう
ぼんやりしたものね 価値があるのかないのかは正解がよくわからないなーっていうものがを極度に
嫌う傾向になっていくんじゃないかとこれは妄想ですけど うーんと思うんですよ
一見これは全員なんだけどもみたいな でもちょっとぼんやりするなぁみたいな
これはこうなんですあなたが求めているものはこれです ねでこれを手に入れるためにはこうしなさいみたいな
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はっきりくっきりとしたメッセージに対して大って言ってこれコスパいいじゃんってね ちょっとの時間で自分に必要なものだけをちゃんとピックアップして
結論から言ってくれてるで宮沢と対局がありますよ 結論から言わないから皆さんね
これですあなた今こう思っている方あなたにはこれが必要なんですとかね 30秒でわかる高市総理とかね
うーんあの明治維新を知りたいならこれですみたいな そういう情報ばっかりになるわけですから
うーんこれは行ってみないとわかんないぞとか まあこの人とこの人は何かのドラマに出てたっぽくて
でまぁまぁまぁ有名ちゃ有名だけどただ この本を書いた人とかまあ
演出っていう人たちの名前は知らないし 劇場も何しも来たさは行ったことないし
ホンダ劇場 六本木に何俳優座劇場たの俳優座劇場と
なっ俳優座何みたいな ふんわりしたねまだ価値が自分の中で確定してないものを極度に嫌いますよねそれは
そうですよねだってはっきりとあなたが必要なものはこれですって言ってくれない わけですから
やっぱ関係がないっていう方向方に分類されがちなんじゃないかなーって なのでね
やっぱりもっとねこう関係作りを にこう何か手を入れていかないと本当にね
ただ自分には関係のないものとして処理され続けてしまうんじゃないかと思った時にですよ ね
そういえばと思って 広報ってあるじゃないですか広報ね宣伝とか広報とかパブリシティとかいろんな
言い方ありますけれども 広報
広く 報じると書いて広報ですけれどもこれってね
これ確かね大学の時にこれ学んだなぁというのも思い出したんですけれども そもそも宣伝と広報って何が違うのつったら
宣伝はただ発信することなんですよね この
このお茶が1本150円ですね 広告を使ってね
他社のお茶よりもこのお茶の方が安くてとても美味しいですねあなたには今 喉が渇いたあなたこのお茶を
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飲んでくださいとあのお茶よりもこの茶のがいいんです ねこういうただただただ発信をするね
えっ これをは宣伝なんですけれども
広報というのはねちょっと実は毛色が違って あのね関係づくりなんですよ
これねあの ちゃんと勉強した人はねあそうそうそうそうそう知ってる知ってるって
いうことかもしれないんですけど 広報ってもともとはですねパブリックリレーションズ
っていうのの略語なんですよねで約語なんですよ でパブリックリレーションズを引き詰めてなしゴーレンじゃなくて
パブリックリレーションズの p と r の a
頭文字をとって pr っていうわけなんですよね これが広報という意味で
パブリックはわかりますよね公共的なというか公的なというかねみんなのとかね そういう意味ですよ
パブリックはね リレーションズって何かつったらこれが関係という意味なんですよ
だから 公共的に関係性をつなぐこと
ねえコミュニケーションをすることねだから実は宣伝と決定的な違いがあるのは 双方向の
営みであるとだからお知らせしたい人がお知らせしてそのフィードバックをもらって でまたそれによってまた新しいお知らせに変わってまたそれに対して反応を
もらってみたいなその双方向のね ええ
やり方を広報って言うんだとそういえば習ったなと思って思ったんですよすでねこれこれ このねえーこのこれを機にちゃんと調べとかなきゃと思ってそれでね
まあインターネットでねそれこそねいろんな記事を読んだんですよ そしたらねこれびっくりしたんですけど最近ねうん
ねえ これ
日本広報学会っていうね学会があるそうなんですよ いろんな学会あるよねほんとねよく日本広報学会
ねっていう人たちがだから広報のその研究をしている先生たちがみんなで集まってですね 日本広報学会という学会を作っていて
その学会でですね広報とはっていうね定義をしてるんですよ これがねやっぱさすがだなと思ってそのね定義もね
この学会で何年も何年も議論して練り上げていってるらしいんですよ だから今今学会で出して広報学会で出している現状の広報の定義はこれ
なんですけども もしかしたらこの先もっと変わるかもしれませんみたいなことが書いてあって
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その広報の定義をねもう1回ちゃんとね ここであの紹介したいと思うんですけれども
多様な愛あのね日本広報学会広報の定義ということで 多様なステークホルダーとの双方向コミュニケーションによって
社会的に望ましい関係を構築維持する経営機能であると これが広報であるとでこの多様なステークホルダーとのとかね
双方向コミュニケーションによってとかね 社会的に望ましい関係を構築維持するとかね
経営機能であるというねこのね4つのね 文言に対してねまたねさらにね細かくね定義付けがされているんですよね
もうねすごいなぁと思ってで 多様なステークホルダーとのはまあ相手方というかね
ステークホルダーですから多様なステークホルダーとのはね意図して 双方向コミュニケーションによってこれが手段であるとで
社会的に望ましい関係を構築維持するこれが目的であると そして経営機能であるは分類であるというように
分類されていて その多様なステークホルダーとの意味はとか
双方向コミュニケーションによっての意味はとか 社会的に望ましい関係を構築維持するとはどういうことかみたいなことがまあ説明それぞれまた説明されているわけですけれども
ここでね大事なのは 広報っていうのはねパブリック
パブリックリレーションズって言うけど パブリックってとても抽象的ですごく広いんだけど広報に関してはむしろステークホルダーっていう具体的なね
このなんていうか関係性を想定しているものなんじゃないかというわけですよね まあここまではいいですよねそして重要なのが双方向のコミュニケーションによってですから
双方向コミュニケーションとはコミュニケーションのループであり ステークホルダーに対して情報を伝達するだけでなく
ステークホルダーの意見などのフィードバックを得ることを繰り返すことを示すと 双方向コミュニケーションの過程では広報の主体による自己修正も求められると
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ねいうわけですそして社会的に望ましい関係を構築維持するというのは 本定義では目的に至る目標として社会的に望ましい関係性を上げると
でこれはステークホルダーとの信頼関係を前提に 持続可能な社会や多様性の尊重される社会にふさわしい関係を目指すと
広報において 信頼関係の構築は最重要視されるんだと
社会的に望ましい関係を形成するためには 当事者間のみの信頼関係だけでなく
多様なステークホルダーとの双方向的で倫理的なコミュニケーションが不可欠であり 変化する状態
時代の価値観に対応することが求められるとこういうふうになってるわけですよ ね
そうですね 我々というかそのね演劇をやる人たちね芝居を売る人たちねそして劇場を盛り上げたい人たちが一番やっぱり意識し
なきゃいけないのはここなんじゃないかと思うね このね
ステークホルダーがまずちょっとわかんない人のためにねちょっとステークホルダーの説明だけ ちょっとしますけど
ステークホルダーというのはこれはね三井住友カードがね 出しているね新卒生のためのビジネス用語の中から持ってきたんですけども
ね色三井住友カードもいろいろやってますけどね あのステークホルダーというのはねもうビジネス用語なんですよねそれで
企業が経営をする上で直接的または間接的に影響を受ける利害関係者のことであると で
英語のステークかけ金ね ホルダー保有する人が由来とされてて1984年に哲学書の
エドワードフリーマンが著作ストラテジック マネージメントアーステークホルダーアプローチの中で使用したのがビジネス用語として
浸透するきっかけになったと言われていますと 利害関係者というと金正的な関係があるクライアントや従業員
それから株主などが思い浮かびますがステークホルダーは 企業活動によって影響を受けるすべての相手に対して使う言葉ですと
だから利害関係者だけじゃなくて a 活動に影響を受けるすべての人のことをステークホルダーって言うんだと
言ってるわけですでそれをさっきの日本 広報学会の音定義に当てはめるとですよ
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つまりは芝居をやったり劇場を運営したりすることによって影響を受けるすべての人たち もちろん見に来る人たちも見に来ない人たちもね
ここに劇場があるよとかここで芝居やってるよということをなんとなく知る人たち とかこの劇場の前を通過する人たちとかねそういう人たちも少ない
まあ多少なりともね多くはないかもしれないけど全くゼロとも言えない範囲内で ちょっとした影響を受けるわけですよね
だからその人もステークホルダーなわけです でその人との双方向的な関係性を構築することね
そしてそのステークホルダーからとにただただ一方的に見に来い見に来い見に来いってね めっちゃいいから見に来いめっちゃいいから見に来いってね
言い続けるんじゃなくて こうね
キャッチボールみたいにどうすか いや今日今回はどうすかそうは言ってもどうすか
いやいやじゃあ次回また言ってくれるわかったじゃあ次回また言うよつってでまた日を改めて でどうどうでどうでどうですか
また言ってきたなこいつまあごめんねちょっと今日今回はみたいなねこのね 飽くなきね耐えることなきね
そのコミュニケーション キャッチボールの中で関係性を構築しそしてそのステークホルダーとの間にですね
倫理的なそして 社会的に望ましい関係性を形成し
一番最重要視されるのは信頼関係であると いうわけですね
だからねちょっとまたさっきの音テーマ設定の方の音話に戻りますけれどもじゃあ なんでね
劇場に若い子がいないのかね市民劇場演劇観賞会に若い子がいないのかというと つまりは関係性がないからですよ
信頼関係がないしでその若いことの信頼関係も気づけてない上に その若いことを一緒に
多様性
多様性 じゃないと思っても戻るよさっきの定義に戻るよ
社会的に望ましい関係性として持続可能な社会や多様性の尊重される社会にふさわしい 関係性ね
を 20代30代と結べてないから
来ないんですよ当たり前か 当たり前なんだけどでもねだからねただただ若い子いないよねーって言ってじゃあ
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ちょっと若い子が集まって学校か じゃあ学校にちょっと
言いに行こっかーっていうことだけではね ただただ若い子にとってはね不必要なね
情報がただパーンてきてでシュって シュってスワイプされているだけみたいになっちゃうとこれはね来ないんですよ
やっぱり 本当の意味での広報というのは
こう 継続的にね
こういうことを言いましちょっと言うね何か今日なんか元気ないねとかね いや実はちょっとね
進路で悩んでてみたいなあそっかじゃあ どういうところに行きたいのとかいやちょっと私ね芸術系の演劇をちょっとやって
みたいと思っていてあら演劇いいじゃないのつってね 演劇のどういうところが好きなのみたいな
私ねやっぱりねー 人前で何か話すのが好きみたいなんですよね
おいいいじゃないみたいなねちょっと変な小芝居になっちゃったけどそれでこうね お互い言い合い聞き合うね
双方向のコミュニケーションの中から ちょっとずつちょっとずつ重なり合っていくその
信頼関係というかねかもし出していく信頼関係みたいな これがないとやっぱり劇場には来ないですよ
だって若い子に立って自分らにとってもねとても大変なのに それよりももっとね
お金も時間もそして選択肢も情報もたくさん持っている 若者たちなんなわけですから
この日どうかな来てくれないかなっていうね そういうすごい障害を乗り越えてね劇場に来てもらうためにはやっぱりそれなりのですね
関係性がなければいけないんだと思うんですね ちょっと
なんかいろいろいろいろ要素をねあの 出していきましたけどとどのつまりはですね
諦めないで話をねし続けましょうよってところにまあ行き着くわけですよね でもただ関係ないから来ないんだっていうことは
もう一目瞭然なんですよそこはねもう悲しいんですけども認めた上で じゃあ関係性を作るためにどうするかっていうことをやっぱ考えていきたいなっていう
ふうに思いました ただね
ここで最後の話になりますけれどもちょっとこれはね次回にもつなげていきたいなぁと思う 話に展開させて急に展開させますけれどもね
さっきさっき再三再四に渡って私ね 今の若い子はみたいな現実を見ようよみたいな
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なんかそんなような話をねちょっとし続けてしまいましたが でもねとはいえですよやっぱりね
大事なこともあるね守り続けなきゃいけないこともあるわけです で
a あとね
お茶を飲みます もうまとまりますからねもうすぐまとまりますからもう少しお待ちくださいね
えっとね 若い子若い子ってね言うけどね
やっぱり自分たちがこう こんな現実の中でも昔からね
大切にしているその歓劇の文化というかね 劇場に行くってこういうところがいいことなんだとか
続けることが芝居見続けると全然知らない世界がこう パッと広がるとか今まで全然知らなかったことがよりね
深く知ることができるとかやっぱり芝居の魅力みたいな部分というのはずっと変わら ず
何千年も前からずっとね 人間にとっては大事な部分だったわけですよ
それはは今おい今の猫の現世を生きている我々だけじゃなくて 連綿とね
もうギリシャ時代からですよね もう言葉なんて通じませんよね何が美味しいとか何をまずいて全然
かけ離れてますよね もう何考えて生きてるかわからないです正直ね話したことないからね話せないしそんなこと
書き残されてないからわかんないんだけど でもそれでもそんなむ超大昔の人でも芝居を見て
そして楽しんでたっていう記録は残っているわけです それぐらいですね
みんなにとってはですね大事な大事なね ことなんですよ演劇を見続けるっていうのはね人間が人間であるために
結構必要なというか重要な営みでもあると思うわけです だから
何かねこうね あの
昔の人たちからね受け継いでるっていう部分もあると思うんですよ ねで何かそのご先祖様からとかっていう話になると今度はえっと私が
ね 家族を亡くした時にね
お坊さんからね急に宗教じみてきますからねお気をつけくださいね お坊さんがねいいお坊さんなんですよ若くてねいいお坊さんが
まあうちのあの祖母が亡くなった時だったんですけど
ご遺族の皆さんとあの ねえちょっとこの話を聞いてくださってお坊さんが説教をねしてくれるじゃないですか
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ね法要が終わってでまぁあのお墓に脳骨が終わってから 今日はお勤めお疲れ様でございましたとちょっと一言
私から あの仏の教えをねちょっと皆さんにお話ししたいと思いますとかって言ってこういう
ことを言ったんですよ 心から美味しいとか
嬉しいとか楽しいっていうことを感じる時 ご先祖様のことを思い出してくださいと
今あなたがそう感じられているのはご先祖様がいたからなんですと いうわけですよね
当たり前なんだけどその通りなんですよね だから何かねそこで宮沢がね思ったのは
その亡くなった人たちっていうのはこの世からね 存在そのものが消えちゃうわけじゃなくて
死者として今でもこの世の中に生きてるっていうかねもうその存在している生き てはないけどもちろん死んじゃったんだ生きてはないけれども
やっぱり存在はしてるんじゃないかなっていうかね でそのその存在があればこそ今があるみたいな
だからギリシャ悲劇の熱狂してた観客がいるから 今があってでその人たちはもう本当に何千年も前に亡くなっているわけだけども
ただなくなっているだけであって存在はし続けてるんじゃないかというふうに思った わけですよね
だから何かね 昔の人は昔の人とが今の人は今の人で今
ね昔の人たちが大切にしてし続けてきたものを今の現実に合わせるというかねちょっと こう形を変えるとかっていうことじゃなくて
常にやっぱりこうずーっと いいよねって思いをね大切にしてきたものっていうのはやっぱり次の世代に
伝えていくやっぱり義務というかね 義務って言うとちょっとねなんか重い感じになっちゃうけどでも
私は今を生きているこの世の中でもご先祖様がずっと楽しんできたものを私も楽しい と思うよっていうことっていうのは全然変なことじゃないと思うんですよね
でそれがね何か
信託というかねなんか昔の人が信じて託してきてくれているもの みたいなのって結構大事なことだし何かこうね
環境が複雑化しているからといってそれを変えてしまうとか あたらなんかねこの考えを捨ててしまうみたいなことにはやっぱりならないよなって
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ことを考えた時に ちょうどラジオを聞いててですねあの
最近よく出るなこの人ってね思うかもしれないですけど政治学者の中島武さんがですね 先週も出ましたけどねこのねラジオにもね
相当宮沢最近この中島武さんに当てられてるなーっていう状態ではありますけども 中島武さんが言うにはですよ
ちょうどねこの話をしてたんですよ 憲法もね
そのそういうもんなんじゃないかとで憲法第97条ってね まさにそのそういうようなことが書いてあるんですと
ねだから我が国の安全保障環境ね 我が国を取り巻く安全保障環境が非常に複雑化しているので憲法も見直して
新たな防衛機能を保持しなければこの先日本は云々かんぬんって言うけれども でも昔の人が
未来の日本国民へって言ってね託してきたものっていうのをそう簡単にね こうちょっとうさん臭いような
社会的に世界の 安全保障環境が云々ということだけで変えてしまっていいのだろうかというふうに
中島武さんはおっしゃってたんですけどその文脈の中で条文をね 読み上げててなるほどと思ったので
ちょっと今日の配信では最後この憲法の条文を 読み
読み返しながら終わりたいと思います 憲法第97条
この憲法が日本国民に保障する基本的人権は 人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって
これらの権利は過去いくたの試練に耐え 現在および将来の国民に対し犯すことのできない
永久の権利として信託されたものなのであると 書いてあるんですよね
これはね昔の人たちからのメッセージですよね 特に戦争でね
もうひどい目にあって二度と戦争はごめんだって思った 昔の人たちから
いくたの試練に耐えて将来の国民に信託したものなんだよって 書いてあるんですよね
これって大事なことだと思う さっき宮沢が言った通りですね
お坊さんの説教から考えたことと同じように 昔の人とか亡くなった人っていうのは
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ただ死者っていうことになっただけであって存在は残っているんじゃないかと だから劇場だってそうだと思うんですよ
その 劇場を作ろうと思った人たちがいてそれで一生懸命努力して本当に血のににじむような
努力をして劇場を作ってそれが長い間みんなの人生の中でお芝居ね 楽しむ場として維持され続けてきたんだけれども
それが 現状のというか現実の経営に何か
思想をきたして泣く泣く手放さなければいけなくなった って言うけども本当にねそれで大丈夫かと思うし
だからその 劇場に通い続ける文化とかね
演劇を大切にするこの人たちが受け継いでいくような何かそういう大事なものっていうのは やっぱりこう次世代につなげていかなければただただ
現世利弱でね今お金持ちになればいいとか 20年後にこの会社が残っていればいいじゃなくて
やっぱりつなげていかなければいけないことだし それは昔の人たちからつながっているものだから
とっても大事なことだし信託されているものなんじゃないか っていうふうにまあ思ったわけです
でまぁね あの
次この配信でもねそんなようなちょっと過去をね 総ざらいするというか
劇場って民間だときついよねーから 自由主義と
ねえだからリベラルとパターンアリズムの中にアートはあるっていう話と で今日はね関係があるなしね
広報とは何かみたいなところからその昔から お芝居を見続けている人たちっていうのは何千年も前から言ってその文化っていう
のを今お芝居を楽しんでいる人たちが次の人たちにまた 信託していく必要があるよねっていうところまで今日は来ました
ので今度はじゃあ 具体的にねお芝居の文化とかね感激する文化って
どういうふうなところでね成り立っていっ 来たのかということを少しまた掘り返してみようかなぁとこの先を思っております
ね こんな時間までご静聴ありがとうございました今日も12時まで
ほぼほぼノンストップで話してきてしまいました 8来週はですね
実は このまま行くとですね25日
2:00:03
クリスマス のがちょうど木曜日なので
まあ家族というかそのね昔の息子がいる中 こうやってまた夜な夜なねレンタルスペースに来て配信をするって多分
難しいかなぁと思いつつもでも何かちょっと せっかくこれやっぱこうやって毎週配信を始めたのでやっぱり25日
を今年最後の2025年の 最後の配信したいなぁというふうに思っておりますので
まあまた来週次の配信でお耳にかかりたいと 思います
えっとねあとなんだっけ えっと紹介しなきゃいけないことあったななんかもう一つあったな
あそうだそうだそうだえっと a ヘビーナシゴレンてね a
リスナーのことをね前はね前の配信では言って ましたけれども今回の配信ではねどういうネーミング
でいくかっていう話なんですけども 8もうあと1週間に考えさせていただきますね
えっと来週のクリスマスにじゃあ大発表ね させていただこうと思いますのでよろしくお願いしますして先週ちょっと
紹介しきれなかったんですけれども 8ヘビーヘビー元ヘビーナシゴレンで
a コンコンラジオでも毎回聞きに来てくださっている 墓またおさむさんのコメントをご紹介して今日は終わりたいと思います
かまたおさむさんいつもありがとうございます ナシゴレン終了と宮沢さんの進展とでゼックしたまま気づけばしばらく過ぎて
いました改めてお疲れ様でした 芸術法人の視点うなるものがあり興味深く思いましたと劇場についてなどしさに
飛んでいて今後の配信も楽しみです 劇場自体の構造については渋谷のような問題を常に思っていますと
いうふうにね知った激励ねえのコメントをいただきました とてもありがとうございました
そうなんですね もうねちょっとこうナシゴレンとは全然高雰囲気をまた新たにしてですね
ちょっと専門的なというかあのテーマをね きっちり絞った上であんまりランダムにね
ならずに広がりすぎずでいきたいなぁというふうに思っておりますので今後ともご 引きによろしくお願い致します
というわけで お相手は芸術法人シアターボンド代表宮沢和彦でございました
また次回の配信でお見にかかります それではおやすみなさい