#031 嫌われ者出身でも年商10億の社長になるまで
2026-07-16 37:42

#031 嫌われ者出身でも年商10億の社長になるまで

今回のテーマは「白石慶次は、なぜ非認知能力にこだわるのか」

嫌われ者だった白石さんが非認知能力と出会い、多くの人の人生を変えるようになるまでのストーリーを紐解きます。

大きな転機は27歳の時でした。


▼ホスト

白石慶次(株式会社OnLine代表取締役)

https://linktr.ee/shiraishikeiji

トンツカタン森本


▼番組公式X

https://x.com/otona_hininchi

#大人の非認知能力


▼株式会社OnLineについて

https://recurrent-edu.jp/


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サマリー

今回のエピソードでは、株式会社OnLine代表取締役の白石慶次氏が、どのようにして年商10億円を超える社長になったのか、その半生と非認知能力へのこだわりが深掘りされました。白石氏は幼少期、姉に甘やかされて育ちましたが、野球コーチとの出会いをきっかけに、人として尊重されることの重要性を学びました。しかし、中学時代には野球での挫折や人間関係の悩みから「嫌われ者」状態となり、高校・大学時代はギャンブルやモーニング娘。に現実逃避する日々を送りました。27歳でのセミナー参加が人生の大きな転機となり、行動することの重要性を痛感。この経験から、自身の「巨像の自分」を捨て、行動できる自分へと変化を遂げました。その後、企業研修講師として独立するも当初は苦労しましたが、アルバイトでの営業経験で成果を出し、その経験を糧に挑戦を続け、現在の成功に至りました。白石氏にとって非認知能力とは「人生を修正する力」であり、誰もが持つズレに気づき、修正していくことで人生をより良くできると語っています。

白石氏の現在と過去の振り返り
皆さんこんにちは、とんつかたん森本です。 皆さんこんにちは、株式会社オンラインの白石です。
学校では教えてくれない見えない力の授業、大人の非認知能力、今回のテーマは、白石慶次はなぜ非認知能力にこだわるのかでございます。
お〜。 はい。
まあ今までね、もう30回ほどやらせてもらってますけども、この番組。
まあ白石さんの人生を深掘るみたいな回は今までなかったですよね。
はい。
非認知能力これぐらい大事なんだよとか、こういった目から鱗な情報みたいなことは白石さんからたくさんお教えいただいてますが、
白石さんのパーソナルな部分で言うと、例えば嫌われ村の出身ですとかよくおっしゃいますし、
で、なんかちょっと非認知能力の話になって、それをご家庭、例えば奥様と紐付けた時どうなんですか?
なんて言うと、途端に限れが悪くなるなど、まあそういったかわいらしい部分は知ってるんですけども、
人生スケールではまだ、白石さんのことをそこまで知れてないということで、今回はそれをちょっとお伺いしたいなと。
嬉しいですね。前回ですね、ももちさんの自意識過剰話、自意識過剰かどうかわかりませんけども、
使わせていただきましたけども、今回ちょっと私に使っていただけるということで、
普段すごい特徴のね、特徴のすごいあわれる方々を手玉にとって、
手玉にとってのイメージはないんですけど私はね。
そんな森本さんに人生を深掘りしていただけるなんて、贅沢極まりございません。
とんでもございません。気になるところばかりでございますので、今日はよろしくお願いいたします。
改めまして、とんつかたん森本です。
株式会社オンラインの白石です。
やっていきたいと思いますけども、まずは白石さんの現在の実績というのをまとめていただきました。
5000名を超える卒業生がいるビジネススクールを12年運営。
大学との共同研究で非認知能力の研究やメタ認知能力を測れるアセスメントツールの開発を進めている。
この辺もこの前ね、教えいただいた情報でございます。
ちょっとこれ正確に言いますと、このメタ認知を測定するアセスメントツールの開発に関しては、大学とは実際今やっていなくて、その元となる研究を大学と一緒にやっている。
正確に言うと、そういう感じであります。
この辺ね、大事なところでございます。正確に言わないと。
もうどんどん補足していってください。
ありがとうございます。
プロスポーツ選手のメンタルトレーニングにも関わっていまして、現在年少10億円を超える会社を経営されている。
ちょっと知らないところがございまして、メンタルトレーニングにも関わっているし、10億円の会社を経営されている方なんですか?
そうなんですが、これも正確にお伝えすると、10億を超えたことがあります。
おー、なるほど。
なので、現在は10億に届いていません。
ごめんなさい、そこまで厳密じゃなくてもいいですよ。
ちゃんとやっぱり言っておかないと、今怖いですからね。
ちょっとでも嘘があると、それを全部めくられますんで。
もう僕は、そういうめくられる部分をゼロでいきたいんですよ。
もう全カードオープンでいきたいってことなんですね。
そうなんですよ。ちょっと守りたくないんですよ。
年少10億円を超える会社を経営しているっていうのは、別に事実じゃないですか。
そういった歳があった会社っていう意味ではね。
別にそこまで。
でも人っていろんな会社にしちゃうんで。
これ長くなりそうだぞ、今日。
幼少期から野球との出会い
では、非認知能力としらいしさんどう出会ったのかっていうのを踏まえてね。
この幼少期から順に伺っていきたいなという。
私48ですけど大丈夫ですかね。
もちろんでございますよ。いくらでも喋りましょう今日は。
じゃあゼロ歳からいける。
ゼロからいける。ゼロから語ることがある。
ゼロ歳ですね、私ですね。姉姉私っていう。
三人兄弟で。
三人兄弟の末っ子長男、しらいし家待望の長男で、大変甘やかされて育ちました。
なので後から大変な思いをしましたね。
甘やかされることによってその後大変だったことが。
自分のことを自分でやらないといけないってことを知らずに育っちゃったんですよね。
全部周りがね。
そうなんですよ。
お姉さまたちもかわいがってくれてっていう。
王子様みたいな感じで育ったんですね。
ゼロ歳から保育園に放り込まれ、両親共働きだったんで。
ゼロ歳から保育園に通ってるっていうような形でございました。
ゼロ歳から。
そうなんですよ。
じゃあ割と周りには同じような年齢の子たちと一緒に一応育つ機会はあったけども、
家だとだいぶ甘やかされてっていうことだったんですね。
そうなんです。
そっからどうですか、熱中したことがあったりとかありますか。
普通に山遊びとか釣りとかザリガニ捕りとか。
結構アウトドアなんですよ。
そうなんですよ。
私は電車とか車、そういったものには機械系にはあまり興味が持てなくて、
どっちかというと虫とか動物。
自然系だ。
自然系の、多分文系なんでしょうね。
多分わかんないですけど、そういった形で結構自然にの中で遊ぶタイプでした。
甘やかされるイメージと自然派みたいなのがあんまりリンクしないっすね。
そうですか。
ちょっと野生児っぽい感覚。
そこまではないと思いますけどね。
なるほど。甘やかされてる中でのアウトドアみたいな。
家ではそうだったっていう。
そういうことですね。
どうですか、少年時代、今でも印象に残ってることはありますか。
ありがとうございます。
そうですね、僕野球をやっていたんですけれども、
野球が好きでクラブチームに入っていたんですが、
そこのコーチとの出会いが後の人生にすごく影響を与えたなというふうに思っていて、
藤岡コーチっていうコーチがいらっしゃったんですね。
警察官の方だったんですけれども、いろんなコーチがいる中で、
藤岡コーチだけは子供たちと会話をするときに、
しゃがんで目線をちゃんと高さを合わせて会話をしてくれていたんですね。
その行動としての特徴はそういったところなんですけれども、
それ以上に人としてちゃんと一人一人を尊重されている、
すごくそういうふうに丁寧に扱われたっていう、
人として扱われたっていう体験がものすごく残ってるんですよ。
要は子供扱いじゃない扱い方をされたのがすごい印象的だったということなんですね。
そうなんです。なんかいっぱいわちゃわちゃ子供たちっていっぱいいるわけですよね。
そこを一対他で雑に扱うんじゃなくて、
一対他なんだけど、一対一をたくさん作ってるんですよ。
それを子供ながらに理解ができていて、
ものすごく記憶といいますか、思い出に残っていて、
野球の具体的な技術を教えてもらったみたいなことは全く覚えてないんだけれども、
この人、他の大人と全然違うなっていう。
プロ野球選手になりたかったんですけども、
プロ野球選手になれなかったら野球のコーチになろうって思ったぐらい、
だいぶ衝撃だったんですね。
そのぐらい影響を受けたんですよね。
その時、白石少年は、なんかこの人違うなっていうところまでは感じてたと思うんですけど、
それってその当時からある程度、この人はしゃがんで目線を合わせてくれるな、
一対一で話してくれるな、みたいなところまで感じ取ってたんですか?
いや、どうでしょう。
子供の直感みたいなところだったんですかね。
そこまで言語化はさすがにできてなかったと思うんですけど、
ちゃんと一人の人間として扱ってもらえたなっていう。
多分、あまりそういう関わりをそれまでの人生、そんな長くないけど10歳ぐらいのもんだと思うんですが、
そういう関わりをたぶんされたことがなかったと思うんですよね。
親父は昭和の猛烈サラリーマンみたいな感じだったんで、
ほとんど家にいなかったし、たまに家にいたら酔っ払ってるみたいな感じで、
どっちかというと怖い親父だったんで、
大人の男性とちゃんとそうやって関わらせてもらうのはなかったんです。
そのギャップもすごく大きくて余計に入ってたのかもしれないです。
プラA級選手になりたいっていう中で、
コーチにもなりたいかもっていう新たな夢が芽生えるぐらいの出会いだったということですよね。
今思えば、種がしっかりとその時に植え付けられた人と関わるっていうスタンスですよね。
姿勢みたいなものを見せて教えてもらったなって、
それは今もものすごく生きてるっていうのは実感としてありますね。
ちょっとだけこの非認知能力との出会いのきっかけにもなるんですかね。
非認知能力的にいくと多分尊重っていう言葉だと思うんですよ。
尊重だったり重要受け入れてもらう側の方ですね。
なんとなく伝わりますかね。
伝わりますよ。
子供と接する上でそういう人っていうのは大きく人生を変えるね。
要因なんだなと思いますけども。
中学・高校・大学時代の挫折と現実逃避
その野球は中学までやられてたんですかね。
そうなんですよね。
中学ではですね、クラブチーム。
部活ではなくて公式のボールを扱うクラブチームに行ったんですけども。
そこでですね、大きく挫折をしたんですよね。
環境の変化に適応できなかったですね。今思えば。
環境の変化というのは。
例えば道具がまず全部重たくなるんですよね。
スパイクもグローブもバットもボールも。
成長痛とかもあったと思うんですけど。
当時情報ってあんまなかったんで。
自分の体がおかしくなっているのに。
いろんなことがわかんなくて相談もできなかったんですね。
うまくいかなかったし。
そもそもですね、クラブチームの先輩たちがヤンキーばっかだったんですよ。
公式の野球のクラブチームがヤンキーばっかだったんですか。
今だったら考えられないんですが。
当時結構そういう場所だったんで。
ヤンキーとか漫画の世界でしか見たことない人たちが実物現れて。
体もでかいんですねやっぱりね。
怖くて全く対処できなかったです。
野球どころじゃなかったんですよね。
ヤンキーの人たちはちゃんと野球もやりつつなんですか。
一応やってましたね。
一応やるんだ。
一応やってますけど。
理不尽な当時の上下関係のかつヤンキーっていう。
それは嫌になるな。
野球どころじゃなかったっていうのもあったし。
学校に目を移すと坊主頭だったんで。
女の子と会話するのが変な芽生えが。
思春期だな。
そこもうまく適応できない中で。
あいつはうざいって言ってたぜみたいな事件があったみたいな話を前にしたと思うんですけれども。
あれ何の回でしたっけ。
シャープ4とか結構早めのところだったと思うんですが。
親友だと思っている人からそうじゃない友達からね。
親友はお前のことねうざいって言ってたぜみたいなことをまた聞きをしてしまう。
中学時代でしたっけ。
そうですそうです。
そういうことも重なって。
とにかく自分の居場所がなくなってしまうっていう中学時代なんですよね。
結構最悪の時期だったんですか。
マイナスが重なって重なってみたいな。
中学生は本当にきつかったですね。
そうか。
野球はもうそこで辞めちゃうんですか。
そうですね3年間はちゃんとやるんですが。
ちゃんとやるんですね。
やりましたけど高校に行った時に福大大堀高校って野球がまあまあこれも前話だと思うんですけど。
強い学校に入っちゃったんでここで野球やったら3年間ねレギュラーどころかベンチにも入れないって形ですっぱり辞めちゃったんですが。
でも言うてもそれまでの人生僕の人生野球しかなかったんですよね。
そのど真ん中の野球をあっさり辞めてしまったってことをそのから27歳までずっと後悔して挑戦しときゃよかったなみたいな後悔を引きずりながら暗黒期ね高校大学と進んでいく。
ただ中学よりはマシだったです。
そうですか。
というのが高校生になると行動範囲広がるじゃないですか。
でパチンコ競馬そういったギャンブル。
現実逃避できる手段に出会えたし。
小金持ってたんですよ勝ってたんで。
あれね昔当時は。
あんまり聞かないパターン。
ちゃんと真面目にやれば勝てたんですよね。
今はちょっとわかんないですけど。
データとかで。
そうそうちゃんとやればいけたんで。
なるほど。
なんかそうやって自分を保つことが何とかできてたんですよね。
そういうことか。
じゃあそこが割と心の拠り所だったんですね。
そういう時ご家族とかとはどんな関係だったんですか。
覚えてないですけれどもそんな親密な感じではないですね。
年頃ですしね。
今でもなんかよその家族見ると仲いいなとか親しいなとか感じるぐらいうち結構子が強いですね。
そうなんですね。
それはお姉さまたちもそうなんですか。
そうですそうです。
ぼんと正月しか会わないっていう感じですし。
そうですか。
近くに住んでるんですよ。
ですけどそんな感じだったりとかはしますね。
そうなんだ。
じゃあそういったちょっと高校大学あたりで充実してないわけではないけど
なんかちょっと心のもやつきはありつつ。
かなりありますねやっぱり。
ありましたか。
野球というど真ん中がなくなったんでやりたいことが見つからなかったですよね。
その時ってなんかやりたいこと探さなきゃなみたいな思いはあったんですか。
そうですね探さなきゃなというよりも見つからないなもう諦めてた感じですね。
ないなっていう。
ちょっともう背けざるを得ないというか。
そうですねで友達とかが楽しそうにしてると何がそんなに楽しいんだろうってだいぶ病んでるでしょ。
冷めて病んでみたいなことですよね。
そんな感じだった。
でも一緒になって笑ってるんですよ僕も一応輪に入って。
別にその同じグループにはいるけども全然表面上は仲良しであるけど内心。
そうですそうです。
ちょっと冷めた部分はあった。
心から笑えてないっていう状態でしたね。
そのたかんな時期にそれって結構つらいものはありますよね。
そうなんですよね。
でもみんながみんな夢あるわけじゃないじゃないですか周りの人たちも。
それで何か安心したりとかなかったんですか。
逆なんですよ。それでよく笑えるなお前は。
なるほどね。
俺はここにいるべきじゃないみたいな。
そっか。
そんな感じで。
変に意識が高い自分もいるしかといってその吐け口がないまま。
現実はここなんですよ。
ギャンブルで正月を重ね続ける日々。
やるせないっすねなんか。
きつかったっすね今思えばやっぱり。
そういうことか。
27歳の転機:セミナーでの気づき
他は何かあったんですかギャンブル以外でちょっとこの熱中したものハマってたもの。
大学4年の時に就職が決まって社会に出るのが嫌すぎたんです。
大人になりたくなさすぎてモーニング娘。にちょっとだけハマってました。
そうなんですね。
ちょっとだけ短い多分ね7ヶ月ぐらいだと思います。
いいですね詳細ですね半年って言わないところがいい。
7ヶ月ぐらい。
でも深くハマりました。
そうですか。
その間と友達と2人でいろんなライブ全国に追っかけて。
全国みんなやっぱりマニアの人たち。
そうですね。
どこに行っても会うんです。
なんか負けたくないっていう変な。
その意識なんですね。
同じファン同士でもいっぱい。
敵です敵。
現場行きたいみたいな。
敵。
敵なんだ。
なんかそのどこでも会うから仲良くなって今も定期的にご飯行くんですよって話かと思いきや。
今みたいな推しみたいな感じの仲いい感じじゃないですよ当時はまだ。
そうなんだ。
白石さん以外もそういうマインドだったんですか?
いやわかんないです会話してないから。
妄想です。
そっか会話してないってことはもしかしたらちょっと転演してたのかもしれないですね。
で社会人になりまして。
そうなんですよ。
その時にはモーニング娘。の7ヶ月間が終わってますよねもちろん。
そうなんですよこれがね本当に皆さんになかなか信じてもらえないんですが私すっぱりとギャンブルもモーニング娘。も全部綺麗に卒業してるんです。
ギャンブルもですか。
そうなんですすっぱりと。
そうですか。
すごいですよね自分で言うのもなんですけど。
確かにでもどうなんだろうそのデータで小さく勝ってる人だから多分その真にはハマってはないというか依存してしまう手前で。
なるほどなるほど多分あるかもしれないですね。
論理的に向き合ってたんでしょうねギャンブルと。
そうですね多分本当に現実で負けっぱなしだったんでギャンブル勝てるんで多分そっちにはまってただけでお金とかじゃなかったんだと思うんですよね。
依存が。
勝つという経験。
そうですそうです。
で社会人になったらもう社会人としてビジネスパーソンとして勝つってことを決めていたわけです。
なるほど。
だからギャンブルとかやってる場合じゃないって感じで仕事に全振りするっていう形で社会人のキャリアをスタートしたっていう感じですね。
なるほどもうそっちに重きを置くからまあそれ以外はそんな時間ないよということで集中していくわけですけども。
そうなんですよ。
どうでしたかその社会人始めてみて。
それがですね私ですね小さい会社だったんですけれども同期が8名ぐらいいて再介入者だったんです。
そんなのあるんですか再介入者って。
保欠で繰り上がりで泣いてもらったって言うことが後からねまあこれ話すと長くなるんであるんですがいろんなことがあって後からそれがわかったんです。
あれ俺周りの7人言葉悪いですけどこんな奴らって見下してるわけですよ。
ヤバいでしょこれ。
そうですねそれ関棚に言ってくれんのは。
よく見れば大学4年間ギャンブルしかしてないわけですよ。
それはそうだよねって当たり前じゃないですか。
なんでこいつらと思っちゃったんですかその時って。
いやわかんないですけどずっと自分は特別だっていうのがあったわけですよ。
やっぱりその幼少期の。
たぶん育ちの問題じゃないかなと思うんですよね。
なるほどなあ。
出来合いされて育つのって素敵なことじゃないですか本来は。
本来はですね。
でもそういう思いがやっぱり芽生えるのは芽生えますよね。
だから巨像の自分が入社1年目とんでもなく高いところにたぶんあったんだと思うんですよね。
で補欠でなんとか入れてそっからはどうなんですか。
一生懸命仕事頑張ってきましたが前も言ったかもしれませんがやっぱり嫌われてさら嫌われますよねこんな感じだと。
それもう出ちゃってたんですかね態度に。
いや出てたんでしょうね。
そうか。
モームスを追ってる時代にファンの人ともし仲良くなるとかできてたらちょっと変わってたかもしれないですよね。
ずっと敵対称してしまうみたいな。
たぶんずっと箱の中にいたんだと思うんですよね。
みんなが邪魔者みたいな感じでずっと深い箱に入ってたんじゃないかなと。
そこが居心地よかったんでしょうね。
たぶんですねそんな感じでした。
前番組でも話していただきましたがとあるきっかけでセミナーに行かれるんですよね。
27歳の時にうちのダイザブロー君っていう後輩がいたんですが
彼が9ヶ月間僕のことを諦めずにシャシャさんこんなとこでSEやってる人じゃないですよみたいな感じで
最後しょうがないなお前はそこまでだ言ってやるよみたいなかっこ悪い感じで。
なんで諦めなかったんだろうな。
いや本当ですよね。
不思議でしょうがないんですけどね。
でも奥底の魅力に気づいてたんでしょうね。
今でも関係ありますからねやっぱりダイザブローとは。
そうなんですよ。
だからそこは白石さんの持ってるものが嫌いと光ってたんでしょうね。
かもしれないですね。
そのセミナーの中で僕はですね人生が一番大きく変わる体験をしたんですけれども
そのセミナーのコンテンツで変わったんじゃないんですよ。
どういうことかというと何日間かある中であるプログラムで
感想を発表してくださいという場面があったんです。
この感想を発表する場面はとてつもなく価値が大きいですと。
今後の人生においてとんでもなく大きな価値が得られるんで
ぜひ皆さんこのチャンスを積極的に取りに来てくださいみたいな
そういうセットアップが講師からされたんですね。
参加者は私を含めて97名。
97名のうちすごく覚えてるんで。
多分喋ったのは十数名。
20はないと思うんですよね。
そのセットアップを聞いたとき私何を思ったかというと
この俺は
この俺は
スペシャル白石は
特別な存在である私は
当然その喋れるでしょうと機会を得られるだろうと。
だって特別な場所なんだもんと。
価値が得られる一番大事な席。
座って当然でしょうと。
席が与えられて当然だという世界に住んでるんですよ。
97人いるんですけど
椅子にずらっと座ってるんですが
私最後列一番後ろの席に座っていたんですよ。
じゃあ誰から行きますかみたいな。
手を挙げてくださいみたいな感じで手を挙げるわけです。
私一番後ろから
全力で手を挙げてるんですね。
当然前の方の人たちもみんな手を挙げるわけです。
当たらないんです。
次の方当たりません。
次の方当たりませんってことがずっと繰り返されてくるんです。
やばいぞやばいぞと。
しかも孔子が途中からね
孔子から当てるんじゃなくて
喋った人が当てましょうみたいな
そういうシステムが途中で変わったんです。
待て待て待て待てって。
孔子は俺のこと知ってるはずだと。
すごい世界に住んでるんで
認識されてるはずだって思って。
やばいでしょ。
だから当ててもらえるはずだと思ってたんですけど
受講生が指名するシステムに変わっちゃったんで
あれやばいってなったんですね。
このまま普通に手を挙げてたら当たらんぞと。
でも時間もなくなってきて
孔子もそろそろ終わりますよという感じで
どんどん焦ってきてるんですね。
僕はすごいことを思いついたんです。
よしこの人が喋り終わって
次の人って言われたら
手を挙げる時に声を出して立ち上がろうと。
これやったら絶対当ててもらえるぞと。
目立ちますもんね。
思いついたんです。
じゃあ次の人って言われたんです。
手挙げて。
はい。
現実は手を挙げるだけなんです。
できないな。
出なかった声が立ち上がれなかった。
できない。
だってそんなことして
もし当てられなかったら
恥ずかしいですね。
恥ずかしいでしょ。
あいつなにこんなに張り切って。
思われたら地獄じゃないですかね。
恥ずかしいんですよ。
だからできないんです。
もう最後の人かもしれないと。
もし次のチャンスがあったら
手を挙げて立ち上がろうって決めたんです。
なんでかっていうと
俺は小学生の頃のキラキラした俺を
取り戻すんだっていう
決断をして
実はそのセミナーに参加してたんです。
なるほど。
口だけのカッコ悪い人を見下している
こんなカッコ悪い自分を捨てて
変えようという意識はあったんですね。
取り戻そうです。
取り戻す。
あくまで取り戻すなんですね。
小学校の頃のキラキラした
自分を取り戻そうと。
そうかそうか。
そんなコミットメントをして
参加したんです。
セミナーに。
いやいや本当は参加したかったんだけど
参加がないんです9ヶ月間我慢して。
そのチャンスが来たんです。
昔の俺だったらできるよなって
ずっと葛藤してるんです。
じゃあ次の人って言われたんです。
出ない。
出ないんです。
出ないんだ。
手は挙げてて
背もピーンと背筋伸びてるんだけど
お尻が浮かばないんです。
声も出ないんです。
直前までは行けるんですね。
そうなんですよ。
あとはもうお尻浮かして
声出すだけなのに。
それができないんです。
もうね
なんともずっと葛藤し続けてるわけですね。
話なんて聞いてないんです。
でももし次行けって
行けチャンスがあったら
俺は行くぞってまた決めてるんです。
深く。
こんなんじゃ帰れないからと。
なんと次の人って来たんです。
来ましたチャンス。
行け。
出ない。
出ないんです。
ここで大変なことが言うんです。
何が起きたかというと
隣に座っていた女の子が
お願いしますって声を出して
立ち上がったんです。
嘘。
僕が待って思ってた
想像してた考えたことを
こいつは取り上がったんですよ。
取り上がったというか
別に共有してたわけじゃないんで
その子はその子なりに考えて
実行に移したしない人と違って。
そしたらその子ちゃんと当てられたんです。
で、僕今でもそのシーン忘れないんですけど
カツカツカツカツ舞台に歩いていく姿が
僕も目に焼き付いてるんです。
本来は自分だったはずの
その映像が。
で、僕ねその時何を分かったかというと
これが行動する人間と
行動せずに頭で考えてるだけの
口だけの人間の違いが
とてつもなく大きな差なんだってことを
もうねリアルに
まざまざと見せつけられたんです。
途中まで全く同じルートなはずなのに。
この別れ道がこんなにも差が開くんだ。
こんなにもとてつもない差があるんだって
分かったんです。
俺はすごいことに気づいたぞと。
すごい価値を得たと。
高男子みたいになってますけど。
とんでもない価値を得たと。
やっぱ参加してよかったと。
俺が考えてることはやっぱり正しいんだと。
あとは簡単。
行動すれば成功するんだ。
俺はすごいことを学んだぞ。
これポジティブに捉えられるの素敵ですね。
必死に自分に言い聞かせてるんです。
なるほど。
でも分かってるんですよ。
あれちょっと待てよと。
俺やってねえぞと。
これ何も変わってねえぞと。
そっか両方あるんだ。
この葛藤をしながら
本当はどうしたいと思ったんですよ。
この女の子が喋ってるときに
もし本当に次があったらどうする?
絶対行こうと思ったんです。
でも次行くって
もっと最悪なことが起きるんですよ。
なぜかというとみんな真似するじゃないですか。
なるほど。
これ真似して
そもそも俺が思いついたことなのに。
選挙者ではないかもしれないですけど
確かに思いついてましたよ。
真似したって思われるじゃないですか。
しかもそれで当たらなかったらどうなるんだみたいな。
より恥ずかしいですね。
パクった上に無視されるみたいな。
そんな葛藤をしながらも
じゃあ本当に最後次の人って言われて
お願いしますっていけたんです。
いけた素晴らしい。
その時周りにもやっぱり同じように
お願いしますって立ち上がった人たちいっぱいいたんですけど
私それは当ててもらって
その場を取ることができたんです。
素晴らしい。
これが私の人生が変わった瞬間です。
なるほど。
行動する。恥をかく。
たぶんあの瞬間に私
自意識過剰の自分を捨てられたんだと思うんですよ。
素晴らしい。
でもわかんない。
もし当たらなかったら
もっとひどくなってたかもしれない。
本当別れ道でしたね。
それは本当にわかんないですけど
しかもそれが同じ日でよかったですよね。
同じ時間内に発想したこと
できなかったこと
それを取られてしまったこと
反省したこと
それを反省を生かしてもう1回できたことが
同じ空間、時間で
めちゃくちゃ短い時間で
行えたっていうのはかなりの収穫ですよね。
すごい体験をさせてもらったんですよ。
これが何歳の時ですか?
27です。
先ほどおっしゃってた27歳だ。
そうなんですよ。
全部吹っ切れたわけですね。
全部吹っ切れました。
じゃあもう明確なターニングポイントが
明確にですね。
その日にあったということなんですね。
その機会に恥をかけるように
どんどん行動できる
そんな自分自身になれたんですよね。
素晴らしい。
独立後の苦労と挑戦、非認知能力への思い
これ先越されたあの女性は
その後面識あったりするんですか?
全くないです。
顔も覚えてないです。
顔も覚えてない。
ただ歩いてるあの姿は
めちゃくちゃ今でも
足音すら思い出せるくらいの
スローモーションに目立つ。
本当に。
ですよね。
こんな差を。
そっちの話も聞きたいですけどね。
本当にそんな感じだったんですよね。
もうあれが全てでしたね。
っていうのがあって
どんどん前向きにもなれたし
小学生の自分を取り戻せた
っていうのもあるということでございますけども
そっから白石さん30歳で独立
そうですね。
企業研修講師としてのキャリアを
スタートさせる
ということなんですけども
その時はどうだったんですか?
そうですねそこの時ね
全然うまくいかなくて
借金まみれで
それはもうだってセールスとか
販売とかやったことないんで
講師として
なんかうまい喋りができたら
仕事来るんじゃないか
ちょっと頭足りなかったです
認知力が足りなかったかもしれないですね
最初は何もわからないですからね
うまく喋れたら
なんとかなるだろうと思ってしまいますよね
そうなんですよ
お金どうしようもないから
本当にアルバイトとかしてて
某山田電機っていうところがあるんですか
某じゃないですよ
マッサージシェアを販売するアルバイトをしてて
私結構売れてまして
素晴らしいですね
すごい多分人生で初めて
成果が出たんですよ
ああそこで
そう
ものすごく嬉しくて
正社員にならないかみたいな
某山田電機じゃなくて
メーカーさんの方から
営業のね
社員にならないかみたいなオファーいただけて
すごい認められた感じがして
涙が出たんですよ
へえ
本当に
これまでやってきたことが
間違ってなかったみたいなこと
初めて確認できたような感じがしたんですね
お金なかったんで
正社員になれるっていうのは
すごい魅力的なオファーだったんですけど
そこを踏みとどまることができたんですね
それは何かっていうと
これで正社員に戻ったら
高校の時に野球をやらないって決めた
あの時の自分から
何も成長してないじゃないか
って思ったんです
つまり挑戦をちゃんとやりきってない
のに諦めちゃう
これ俺偉そうにセミナーに行って
人生変わったとか言ってたけど
何も変わってないなんか
っていうところで
なんとかそこで踏みとどまって
独立という道をやり遂げることができて
今に繋がってるっていう感じですよね
野球挫折したのもまた
ここで生きてくるわけですね
そうですね
大事なんだな全部
さあというわけで
今ねビジネススクール非認知能力の研究
繋がっていくんですけども
どうですか白石さん
何でこの非認知能力を
ここまで社会に広げたい
っていう思いがあるんですか
そうですね
やっぱりですね一生懸命学んで
くださっていたりとか
一生懸命生きてる方
真面目に一生懸命生きてる方
すごく多いと思うし
ほとんどはそうだと思うんですよね
そういった方々が
ちゃんと結果を出せる
成果
現実的に人生が良くなる
みたいなところって
価値観とか性格とか
そういったものを変えずに
ちゃんと能力を高めていく
ことで
ちゃんとそういった
現実的な成果を
手にしていくことができる
ってことがやっぱり
わかってきましたんで
これは本当にね
広めていきたいな
っていう形で
そういった思いで
またやってるっていうところですよね
ありのままの自分を変えなくても
ちょっと考え方変えるだけで
好転することがあるよ
というのを伝えていきたい
ということですね
そうなんですよ
じゃあ最後に
ちょっとまとめていただきたいんですけど
白石さんにとって
非認知能力とは何ですか
そうですね
難しいんですが
一言で言うと
人生を修正する力
なんじゃないかなと思って
私もあの瞬間で
修正ができたと思うんですよね
なので人って
誰でもズレるんですよね
ズレることは仕方ないんですが
そもそもやっぱり
ズレに気づくこと
気づけないと修正できないし
気づけば
何度でも修正することに
挑戦トライしていくことができますので
非認知能力というのは
人生を修正していく力
なんじゃないかな
というふうに思ってます
なるほど
説得力がすごいです
ありがとうございます
本人が
ちょっとあまり良くない方向に
進んでいったのを
ズレまくってましたからね
修正したという
この実績があるからこそね
広めていきたいということでございました
リスナーからのメッセージとエンディング
さあそろそろエンディングでございます
こうして改めて
深井さんの人生
なんか要所要所でね
こういった場面があったんだよ
みたいなの聞いてましたけど
全部つなぎ合わせると
こういった挫折があって
その挫折をちゃんと
後の糧にして
今の深井さんがあるんだな
というふうに思いましたね
さあそしてメッセージいただいております
ラジオネーム
主に妻に頭が上がりませんさん
接骨院整体院経営者の方です
私は整体院を経営しているのですが
シャープQ巨像の自分というテーマが
非常に印象的で
内容をスライドにまとめて
スタッフ向けに共有しました
すると先日記録が伸びずに悩んでいる
高校生アスリートの保護者の方から
娘が大会が怖い
試合に出たくないと言っていると
相談を受けました
その際スタッフから
この子はまさに巨像の自分に
苦しんでいるのではないか
という意見が出て
放送内容を元に関わらせていただいたところ
見事に問題解決へとつながりました
後日お母様からも娘への接し方や
声のかけ方が分かりましたと
喜びのご報告をいただき
私たち自身も大きな学びを得ることができました
さらにこの一連の出来事がきっかけとなり
新たな仕事の契約にもつながりました
ただ番組を聞いただけではなく
実際の現場で結果として
現れたことに驚いています
本当に素晴らしい学びをありがとうございます
めちゃくちゃ嬉しいですね
すごいですねこれめっちゃ嬉しいですね
鳥肌立つぐらい
素敵なメールいただきました
ちょっとこれお金払ってもらわないといけないやつですね
なんてこと言うの
ビダンで終わらせてくださいよ本当に
ビジネス寄与するんだろうねこれ
白井さんなりの照れ隠しだとは思いたいですけども
また修正しなきゃいけなくないですか
そうですね修正しないといけないですね
さあというわけでこの番組では
リスナーの皆さんからのメッセージ募集しております
我々への質問や感想
番組を聞いて気になることがありましたら
概要欄のメッセージフォームからお送りください
今後番組の中でご紹介していきます
そして番組について投稿するときのハッシュタグは
ハッシュタグ大人の非認知能力をつけて投稿してください
というわけで以上ここまでのお相手は
とんつかたん森本と
株式会社オンラインの白石でした
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