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モテるパパにお礼はなる、ありのままに生きるラジオパーソナリティーの はやっきーです。
みなさん、こんばんは。お疲れ様です。さて、本日は4月の3日、木曜日でございます。ただいま時刻は9時半になろうか、というところでございますね。
いやー、みなさんいかがお過ごしでしょうか。 私はですね、仕事を終えてですね、
少しね、実は太鼓の関係の会合がありまして、それが終わって、今自宅の方に戻っているその社内の中からお送りしております。
はい、今日はですね、一つ話したいなというふうに思って、手放すについてちょっと話をしようかなというふうに思っております。
今日ですね、結論を言いますと、私はですね、今日、一つあることを手放してきたんですね。
僕はずっと和太鼓の活動を、かれこれ20年間続けているんですけども、その中でね、毎年地元で大きな和太鼓のイベントがあるんですね。
その同じ市内で活躍している和太鼓の団体を集めて、コンサート、ライブを開くっていうのをやってるんですね。
まあ、総勢20団体いるかいないかぐらいかな、それぐらいの団体が集まって、4時間ほどの大きなコンサート、4時間ほどをコンサートホールでがっつり演奏するっていう、そういった企画をね、させてもらってるん
ですね。
そのイベントというのが、かれこれ10年以上続いているイベントになりまして、8年目、9年目ぐらいからかな、そこから僕はその実行委員という形で携わらせていただいたんですね。
そのイベントの行事の進行という役でやらせていただいてたんです。
もともとその実行委員の中に自分の恩義のある方がいらっしゃったっていうのも、一緒にやらないかっていうふうに誘われたので、ぜひともやらせてくださいっていうふうにやってたんですね。
やっぱり地元で僕は和太鼓を本当に広げていきたいなというふうな熱量を持ってやっていたので、本当にその中に入れてもらえるだけでも単純にありがたいなというのと、
実際やってみてすごい中身の大変さっていうのをすごい感じたんですよね。
やっぱりいろんな団体をまとめることっていうのはそれだけの発言力だったりだとか、取りまとめる上での段取りだったりだとか、そういったことをすごいやらなくちゃいけなくて、
集客をどうしていこうかとか、そういうお金の予算の面でどうしていくのかということをすごい間近に見させていただいたなーっていうそんな経験だったんですね。
主としてやってくださってた方が、ちょっと病気をきっかけに辞めざるを得ない状態になってしまったんですね。
そこからそれと同じタイミングでちょうどコロナ禍に入ってしまったんです。
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もう本当に大変な状態で、それと同時に本当にこれ存続していくかどうかっていう話し合いの中で、
代表がいなくなるならもう私たちも抜けていくっていう感じで、言い方指定ですが、子さんのメンバーがもう自己委員を辞めるっていうのをどんどん言い出して、
もう次は君たちの代だからっていう形で、僕にもうやらなきゃいけないような状態でどうするよみたいな状態からコロナ禍になってしまったんで、
とりあえず今年はやめときましょうみたいな感じで、そこからコロナ禍を経てですね。
またある程度落ち着いてから回を復活するっていう形になったんですけども、
そこで一応僕も流れですよね正直。流れでもうそのままそこに残る形で自己委員にいたんです。
あれ悪いというかにやっぱ誰もいない状態で、実質続けているのが僕ともう一方、その二人だけの状態だったんですけども、
でもなんかやっぱみんなやっていきたいという話がある中で、だったらやっぱ皆さんでちょっと体制変えなきゃねっていう形で、
僕は一応声を上げてまずは土台を作っていこうという形で、代表という形で昨年勤めさせていただいたんですね。
その大きなイベントの代表なんていうことは本当に初めてで、もう祈りたくなる思いだったんですよね。
実行委員はずっと続けてたので流れみたいなのをだいたい把握してたんです。やることはだいたい測ってるから、
ただとにかく僕は一人でやることの不安、一人とか本当に少人数の中でやっていかなきゃいけないっていうすごい不安がずっとあって、
まずはそれをなくしたいっていうところだったんですよね。仲間を募りたいっていうのはあって、
同時に僕はやっぱり子育てもやっぱりあるから、こうやって夜明けなきゃいけないなんていうことになると、家庭をどうしても置き去りにしなきゃいけないという状態があるんですよね。
それもすごい罪悪感、後ろ髪引っかれるような思いがあって、そこにすごい居心地の悪さを感じていたんですね。
やっぱそこにエネルギーがうまく乗らないなーっていうのもあって、僕はそれが嫌で、もう本当に和太鼓が嫌になってた時期もあるんですよ。
自分の演奏にも身が入らないし、なんていうこともザラにあって、いやーこれはいかんなーというふうに思ったりしたんですけどね。
同時に住宅も買ってたりしたから結構自分の中ではほんと切羽詰まってるし、仕事もすごい過強で、めちゃくちゃ大変な時期だったので、本当に僕は精神的に疲れてたんだろうなっていうふうに思うんです。
そんな中で代表もやらなきゃいけない。とにかく責任責任っていうのが僕の中に押しかかってきたんですね。
去年は本当に僕そういう責任の重さっていうものにとにかく潰されそうになった。とにかく自分を追い込んでたなというふうに思うんですね。
でも僕は今これでいろいろとそういう時期かなと思って、とにかく手放すっていうことを今してるんですね。
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結果的に言うと僕は今期で和太鼓のイベントの実行委員長を退任をして、でも実行委員からもメンバーから外れさせてもらうという形で、実行委員の退任を今してきたところでございます。
引き継ぎとかもある程度しっかりして、もう大丈夫だろうなっていうふうな感覚が僕もあったので、なのでもう必然的にあとは皆さんでお任せしますということで、
すごいね、お任せしますっていうふうに言うようになってきて、ぜひお願いしますっていうことを言うようになってから、どんどん人が動いてくれるなっていうふうに感じていて、
今まで自分が感じてた不安ってやっぱり一人でいることとか、周りに頼れる人がいないかどうなんだなっていうのは改めて思ったんですよね。
僕は周りに頼るっていうことをお願いしていこうと思った時から、すごい心の安らぎというかね、すごく安心感が生まれて、
もうなんなら任せられるなっていうふうに思ったタイミングで、あとお願いしますって言って、それを皆さん、僕がそうやって言ったことを誰もとがめたりすることがなかったんですね。
本当に今までありがとうございました、お疲れ様でしたっていうふうな感じで言ってくださって、拍手で送ってくださったので、
寂しいとかそんな感覚はないんですけど、単純に嬉しかったなっていうような感覚なんですよね。
手放すっていうことで、ネガティブなことをイメージしやすいなって思うと思うんですけど、なんかね、僕はすごい今日思ったんです。
勝手に作り出してたなって僕は思ったんですよね。この手放すということがネガティブなことであるということ。
手放したことで他の人が大変になるからそれは申し訳ないっていうふうに思ったりする部分もあるかもしれないですけど、やっぱりそれって相手の裁量を自分で勝手に決めてるなっていうことに気づいて、すごい失礼なこと
だなっていうことに最近気がついたんです。
だから僕は最近結構言うんですけども、どんどん人を頼りたいなって思っていて、僕なんかにできることなんて本当は些細なことでしかないと思うんですよ。
たかたか一人の人間にできることなんて。温度を取ったりすることは全然できたりするんだけども、それでもやっぱり僕は人に助けてもらってるっていうことを改めて感謝できるなと思って。
そんなことを強く感じたんですよね、今日は。本当にいいメンバーに恵まれたなっていうふうに思えるし、僕はそういう頼れるなって思って感謝を伝えられるようになってくると、その人たちのこともすごく愛おしく思えて
きて、
こういう人たちなんかまた和太鼓で繋がれたらやっぱ楽しいんだろうなって思って。やっぱそこでやっぱご縁って生まれて、僕は明後日にまた出演が一件あるんですけど、自分の団体のね。
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その繋がりから生まれた出演なんですよね。お祭りやるので是非とも演奏してくださいませんかってそこのメンバーに誘われて出来上がった舞台なんですよ。
これねやっぱ引き寄せというか繋がり感っていうのがすごいあるなって思って、僕はそれにすごい安心しているし、すごいそこにワクワクするしめちゃくちゃ楽しみだし、なんかいい舞台にしようっていうふうにやっぱ気合
も入ってるしエネルギーが乗ってるんですよね。
だからこれをやっぱり繋がり感ってすごい大事だなって思って、それが僕は今すごい自己肯定感に繋がってるなって思うんです。
今僕は今日手放すというネガティブなことを、ネガティブだと思ってたことをしたんだけどもものすごくワクワクしてるんですね。すごく良かったなって思うし、まだまだその人たちとの繋がりをもっと持っていたい。
飲み会も1回やったんだけど、できればそこのまた打ち上げには参加したいなってことも思いながら、ちょっとメンヘラチックなことも言いますけども。
すごくね、それがなんかいいなーっていうふうに思えて、大変だったけど、やっぱりそういう意味では僕が行動したことで得られたものだなーというふうに思って、やってて良かったなーっていうことを今すごく感じて
いて、なんかほっこりと幸せな気分だなーっていうふうに思ってるんですね。
和太鼓ってね、なんかこう演奏するだけが和太鼓じゃないなと思っていて、横の繋がりもすごいあるんですよね。
なんか今日いたメンバーの中にはね、同じ地元じゃない方もいらっしゃったりするんですけど、でも和太鼓を通じてこっちに住むようになったっていう方もいらっしゃったりしたんですよ。
なんか、なんかあるのかなーって思うんですよね、この和太鼓というものに。繋がり感というのかなー、リズム感というのかなー。
いや、合流もっとしていきたいですーなんていうことをすごい若手の子たちが言ってくれていて、なんかいいなーって思ったんですよね。
そういえば僕も若い頃そんなこと思ってたなーなんてことをすごい思っていて、なんかやっぱ和太鼓でまたそういうことをやっていくのもありかなーなんて思ったりするんですよね。
前の僕収録で、和太鼓一旦手放すのもありかなっていう話もしてたんですけど、ちょっとね今揺らいじゃってるんですよね。
ただ、手放すっていう部分で言うと、なんかやっぱ自分の生活をまずは大事にするっていうことなんですね。
だから和太鼓が好きなことは僕は絶対変わりないと思うし、やっぱり今ぐらいからの生活にも絶対欠かせないものだなというふうに思ってるんですよね。
だから少し距離を置くっていうことはきっと変わらないんだろうなーと思って、僕この実行員を手放すっていうこともすごい和太鼓から距離を置くっていうことには同じ意味合いがあるんですよね。
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だからやっぱりそういう意味では自分とちゃんと向き合ってて、すごい良い経験をさせてもらった上で、今度またやっぱ違うところでもっとエネルギーを貯めて、そのエネルギーをまたこの演奏だとかイベントとかって
いうことに何か活かせることが絶対あると思っていて。
僕はこの経験をその大きな数百人規模のイベントの代表を、あの実行委員長っていうのをやらせてもらったというこの経験、これは僕絶対に自分にとっての誇らしいことだったなというふうに思うんです。
和太鼓って本当に楽しいですよ、皆さん。いい経験になると思います。ぜひともこういった話もまた聞いていただきたいなというふうに思ってますので、ぜひともいろいろとつながり感を持っていきたいなというふうに
思っている方は、ぜひとも僕の話を聞いていただけたらなというふうに思っております。
はい、今日は和太鼓について熱く語らせていただくようなそんな日でございました。はい、またねちらほらこんな話もしていきたいなというふうに思っておりますので、ぜひとも僕の方先に行っていただいた方は、いい
ね、コメントお待ちしております。
というわけで、本日のお相手は早木でした。皆さんまた明日の一日も頑張っていきましょう。お疲れ様でした。バイバイ。