1. 人生を変えた主夫のひとりごと
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#34 宿題の答え見てもいいじゃん
2025-04-02 13:19

#34 宿題の答え見てもいいじゃん

宿題で答え見るなって絶対言わない

#コーチング
#主夫
#家事
#育児
#ありのままに生きる

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モテるパパに俺はなる。ありのままに生きるラジオパーソナリティのはやっきーです。
みなさん、こんばんは。さあ、本日は4月の2日、水曜日でございますね。
いやー、みなさんいかがお過ごしでしょうか。 さあ、えー、新年度もね、2日目となりましたけども、いやー、忙しい。
うーん、なかなかね、こう1年生がこう入ってきて、 まあ、現場バタバタとしておる感じでね、
新年度の準備も、あれやってなかった、これやってなかった、 みたいなのがね、いろいろと出てきておってですね。
まあ、いつもよりちょっと予定がずれておったりだとかしたもんですから、 なんかやっぱ、この辺ね、あのギリギリにやるのは良くないなーなということを改めて感じているはやっきーでございます。
さあ、えー、まあね、新年度が始まって、 まあ、新しい1年生、これから入学式を迎えてね、
まあ、ドキドキワクワク、そんな様子もあるんじゃないかなというふうに思うんですね。 まあ、世間では小一の壁なんていうのもあるぐらいね、
あの、1年生にとってはすごく、あの、ね、大きな出来事になる、そんな月なんじゃないかなというふうに思うんですよね。
うーん、まあ、学童もね、やっぱりあるんですよね。そういうのがね、やっぱり保育園から上がって、 まあ、最初学童に通ってくれたらそれでいいんですけど、
それこそ、入学式からそのままね、えっと、学童も一緒にいるよ、なんてことになると、なんか新しい子とか2回同時に来るみたいな状況が起こり得るわけですからね。
いや、それはね、やっぱり、うーん、なんかなかなか大変な出来事なんじゃないかなというふうに僕も思うんですよね。
子供からしたらね、もういきなり環境の変化が大きすぎますよね。 学校行って、で、その後学童も行ってって感じなんで、
まあ、そうですね、なんで、なるべくであれば、ね、少しその春休み期間中に、 まあ、学童に来ることを一応推奨はしているんですけどもね。
まあ、家庭のご都合とかでもありますから、入学式と同時に、あの、利用したいですという方もいらっしゃったりするんですよね。
まあ、今日はね、そんなあの話の流れであれなんですけども、 一番ね、僕、学童で勤めていて、保護者からの相談が多いというか要望が多いのが、
宿題なんですよね。今日はちょっとそんな宿題についてお話をしたいなぁ、なんていうふうに思っております。
まあ、あの学童保育での仕事の一つにはね、まあ仕事の一つっていうのがおかしいんですけど、やっぱ、あの世間一般でいう学童の認識として、宿題をやる場所っていうなんか認識があるらしいんですね。
で、あの僕の中でですよ、僕の中では学童保育の中で宿題をやらせなきゃいけないという決まりはないんですね、正直言って。
ただ、保護者のニーズからするとやっぱそういった願いとか、あの要望っていうのは結構たくさんあったりはするんですけど、
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一応ね、あの学童保育にも運営指針というものがありまして、まああの保育園でいう保育指針ですよね。
業務内容、どういったことが仕事として名付けられているのかっていう話したんですけども、学童保育はね、その運営指針をもとに設立をするんですが、
あのその中にですね、宿題をやらせなければいけないというような決まりは一つも書かれていないんですよね。
だから学童イコール宿題やるっていうのは、これは皆さんが多分作り出している本当にイメージなんだと思うんですね。
でもやっぱり保護者の願い、要望としてはやっぱその宿題をやらせてもらいたいっていうような、そういった要望が結構あるんですね。
で、その要望の背景にどういうものがあるかなっていうのが話としてよく上がるんですが、やっぱり共働きで、まあフルタイムで働いていて、
帰ってから親御さんがやっぱ宿題を見る時間がない。ねえ、大変ですもんね。もう働いてフルタイムで働いてね、5時過ぎになって子供迎え行ってそこからも
明日の準備やら、晩御飯してくやら、子供寝かしつけやらっていう風にやってたら、まあ宿題を見る時間なんていうのはね、なかなかないんじゃないかなという風に思うんです。
まあそういった点で、基本的には僕ら指導員も手伝える範囲でやるっていう時間は設けたりはしてるんですね。
ただこれ、子供があくまで自主的にやるということが前提でやってるものなんですよ。
で、これは僕の捉え方でもあると思うので、保護者の方にそれを押し付けるつもりは全然ないんですけども、僕は正直言って宿題をやるかやらないかは正直言ってどちらでもいいかなっていう風な、そんな捉え方なん
ですね。
で、僕のこのままために入っている人たちは教員の方が多いと思うので、教員の方が多い前でこんなこと言ってしまうのは本当に申し訳ないなという風に思うんですけども、宿題やるやらないかっていうのは僕らからしたら
その子供がなんでそれをやらないのかっていう材料にもなるんですよね。
なんか、なんでこの子は今やりたくないのかなっていうことの背景に、例えばもう今日は学校で嫌なことがあってもう疲れたからとか、当然ね、なんか運動会の練習とかが始まってくるとやっぱ体力的にもしんどいので、
学校終わってすぐ帰ってきて宿題やらなきゃいけないなんていうような状態はなかなか嫌なんですよね。
だから子供からしても結構間を取りたいっていう感覚が多分本能的にあるんだと思うんですね。
僕も自分の小学校時代に、じゃあ宿題を毎回やりたいかって、それはやりたくなかったなって思うんですよね。
中にはいるんですよ。宿題すごい楽しいとか、勉強が楽しいって言ってる子がいるので、率先して終わらせたいとか、学童で宿題を終わらせることができたら家に帰ってゲームができる、好きなことができるっていうお約束
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を保護者の中でやってたりするから、だから率先してやるっていう子、それはそれで選択肢の一つとしては全然ありかなという風に思うんです。
ただ、やらねばならない、やらなきゃべきねばっていう形になってきてしまうと、やっぱりいろんな人が苦労するんですよね。
例えば保護者の人もやらなきゃいけないものっていう風な認識でいたりすると、どうしてもなんでやってこなかったの?なんで学童でやってこなかったの?なんで学童の先生はやらせないんですか?みたいな感じでクレ
ームになってきたりするんですね。
あくまで僕は、これは僕の学童での話なんですけども、僕たちの学童では宿題をやるかやらないかに関しては基本的に子供たちの主体性、自分の考えのもとで判断をしてもらうようにしてるっていう風に伝えてるん
ですね。
ただ、もちろん宿題の時間は確保してます。その時間はみんなで一回宿題をやっちゃいましょうっていうようなそういう時間にはしてるんですが、強制はそこではしないんですね。
あくまでその時に子供たちが選択をできるような振り幅をちょっと持ってあげるっていうようなことは取っていて、やったの?やってないの?できればやった方が遊ぶだけだよみたいな感じでメリットは伝えたりはする
んですけども、でもどうしてもやりたくなかったりだとか、今はちょっと気分じゃないっていう子もやっぱりいたりするわけですよね。
気分じゃないからってことがサボりになるんじゃないか。サボるのが学童なんですよ。これね本当にね学校の先生には申し訳ないんですけど、僕の捉え方ですよ。学童とはこういうものであるっていう風な捉え方にな
っちゃうかもしれないんですけど、僕にとって学童っていうのは間を取る場所であるという風に思ってるんですね。
なので、自分、子供たちが主体性を持ってやるかやらないかっていう選択できるっていう風に自分を表現することができる。そしておやつを食べる。用意はもちろん大人がするんですけども、そのおやつを食べるか食べ
ないか、好き嫌いとかあるじゃないですか。そこは子供たちの主体性に任せるんです。苦手なものを食べてみようと思うっていう気持ちは全然受け入れますし。
友達と食べるとやっぱりね、普段食べないものを食べたいって思えるんですよ。子供たち。これは本当に面白いなと思うんですけど。家では苦手だと思っていたものが仲のいい友達が食べてた人と私もちょっと食べてみよう
かなって。これってすごいなんか子供にとってはすごい貴重な瞬間なんじゃないかなって思うんですよね。
これはね、なんか僕の捉え方にはなるんですけども、やっぱり学童っていうのは間を取るものであって、宿題をやらせなきゃいけないとか、学童でこうしなければならないっていうものは基本的にはないんじゃないかな
という風に思っているのが僕の持論なんですね。
まあそんな中で宿題、じゃあやってこなきゃいけないっていう風に捉えている方も多いと思うんですけども、その考え方もちょっとこり固まりすぎるかな、曲に寄りすぎてるんじゃないかなって思うんですよね。
で、やっぱり中には、子供の中には宿題の答えがわからないからってもうビビり泣くような子もいたりするんですよ。
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で、じゃあそれを支援員さんが教えなければいけないのか。それはまた違うんですよね。
僕ら支援員っていうのは先生じゃありませんから、やっぱり学校の先生たちがそれを教えたりだとか、それをご家庭で教えていただくっていう風には全然いいと思うんですけど、学童に関しては基本的に選択肢を子供に委ね
るようにしてるんですね。
これはうちの学童の話ですからね。だから僕はそこで、じゃあわかんないんだね、じゃあちょっと一緒に考えようか。
で、そこで答えが知りたい、もうとっとと終わらせたいっていうのは、僕なんなら答えもすぐ教えちゃうこともあります。
で、その子が自分の意思の下で考えたいとか言ってるならそれを尊重するし、なんなら答え見たいっていう子もいるんですね。
うん、そっかそっか、でもせっかくならちょっと考えてから答え見ようよみたいな感じで言うことはありますけども。
もし変な話、算数の筆算とかだって、自分で答え見るより下手したらどうせ書かなきゃいけないわけだから、自分でパパって頭で計算した方が早かったりする可能性だってあるわけじゃないですか。
そういうのを思うと自分で考えるっていうメリットも絶対あると思うんですよね。
しかも漢字だって、わかんない漢字をずっと答え見ちゃいけないって思いながら、ずっとわかんない漢字を思い出せ思い出せって言って、思い出せますかって話なんですよね。
一回忘れてしまったものなんかポーンと出てくることってなかなか少ないと思うんですよ。
じゃあそれを、なんていうのかな、答えを見るような子になってはいけないんじゃないかっていうふうに思うかもしれません。
でもそこでまず、宿題でじゃあそこまでできるようになるかなっていう話でもあると思うんですよね。
これはやっぱり、じゃあ授業にどうやっておもむくかっていうのが大事だし、もしその子が本当に日常生活から普段からすごい疲れている状態で、
学校の授業もままならない状態になっているんだとしたら、それでも答えを見るなというふうに言えるかなっていうふうに僕は思うんですよね。
だったらやっぱり子供たちも、やっぱり今の学校の生活に比併してるなっていうのはすごい学童でもすごい感じているんです。
お帰りって言ってただいまーっていうより前に子供たちだいたい一言目が疲れたなんですよね。
これね結構子供たちのリアルな声なんじゃないかなって僕は思うんですよね。
ある意味そこで僕はもうそういった声をちゃんと受け入れているので、疲れたなんて言っちゃいけないよなんてことは絶対に言わないんですね。
そうか疲れたか大変だったなぁ今日も疲れさーんっていうふうに僕は子供に対しても疲れさーんって言ってるんですよね。
学校教育を否定するわけじゃないですよ。まあ今それは仕方のないことだと思うので、ただ学童の現場だからこそ子供たちのそういったリアルな声っていうのは結構わかるんじゃないかなっていうふうに思うんですよね。
正直学校の愚痴なんかも結構学童の中では子供たちから出てきたりするんですよね。
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学校はこうあるべきだみたいなことは正直僕もあんまり子供たちには言ってないですし、そうかそうか大変だったんだねっていうふうにひたすら聞いていくっていうのはね、
すごいコーチングの技術とすごい似通ってる部分があるんじゃないかなーって思うんですよね。
これは僕コーチング学んでいて本当に今も学童の現場で使えているスキルだなーというふうに思いますんで。
あのやっぱ保育士さんだったりとかね、家庭の愚痴、家の愚痴とかね結構聞かれる、聞く時もあったりね、兄弟感がね、あの弟が嫌だとかそういう話も結構子供から上がるんですよね。
まあそれを聞いてあげることもある意味僕らの仕事なんじゃないかなーなんていうことを思っている今日この頃でございます。
はいそんな感じでね、あの学童保育について今日はお話をさせていただきました。
いろいろ賛否はあるかと思いますけども、ぜひともあの思ったこと、感じたことなどありましたらぜひともコメントの方を残していってください。
インスタグラム始めております。財布のレターもお待ちしております。インスタのDMもお待ちしておりますので、ぜひともそちらの方でも気軽にコメントの方ください。
それではここまでのお相手はハヤキでした。皆さんおやすみなさい。
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