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僧侶が語る仏教とお寺の真実
2026-04-05 24:02

僧侶が語る仏教とお寺の真実

No.066🎧お釈迦様はなぜ家族を捨てた?「平等」を求める仏道の真髄





数字の「6」にまつわる意外な話から、番組は仏教の深淵へ。お釈迦様が妻子を捨ててまで求めたものは、全ての人を「平等」に救う道でした。家族を持つことで生まれる「区別」から離れ、真の救済を目指したお釈迦様の覚悟は、現代の私たちが抱える人間関係の悩みや生きづらさにも通じます。
ぜひ最後までお聴きくださいね。





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🎧今週のハイライト🎧






  • 数字「6」に隠された意外な物語とは?!




  • 見た目と内面、人を見る本当の基準。




  • お釈迦様が妻子を捨てた本当の理由。




  • 「平等」と「家族愛」の深いジレンマ。




  • なぜ人は特定の人を優先してしまうのか?




  • 現代の悩みに効く仏教の教えの本質。




  • 日本のお寺が抱える、意外な「病」




  • 台湾仏教から学ぶ、本来の信仰の姿。




  • 布施が社会を変える驚きの循環。




  • 「特別」を手放し、心を解き放つ道。





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Chapters






  1. - オープニング:ハト組ホームルームの紹介




  2. - 数字「6」にまつわる不思議な話と初恋




  3. - 顔か魂か?人を見極める本当の基準




  4. - お釈迦様が家族を捨てた衝撃の理由




  5. - なぜ「家族」が「平等」の妨げになるのか?




  6. - 台湾仏教から学ぶ、本来の「お寺」の姿




  7. - 日本のお寺が抱える「家業化」の深い課題




  8. - 信仰が離れる?お寺が「家」になった時




  9. - 僧侶が語る、仏教界の「本音」と未来




  10. - あなたの意見は?リスナーへの問いかけ





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今週も最後までお聴きいただきありがとうございました。
この番組は、人生に花を咲かせるPODCAST番組をお届けするLifebloom.funの制作でお送りいたしました。





 

感想

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サマリー

このエピソードでは、数字の「6」にまつわる個人的な話から始まり、人の見た目と内面のどちらを重視するかという議論へと展開します。僧侶であるみおゆうさんは、お釈迦様が家族を捨てたのは、すべての人を平等に救うためであり、家族を持つことで生まれる「区別」を避けるためだったと解説します。また、日本の寺院が「家業化」している現状を批判し、台湾仏教の僧侶が財産や家族を持たず、地域社会に貢献する姿と比較。日本の寺院が信仰から離れ、お布施が個人の家に入るという誤解を招いていると指摘し、寺院本来のオープンなあり方と僧侶の生き方を見直す必要性を訴えます。

オープニングと数字「6」の話題
ハト組ホームルーム
ハト組ホームルーム出席を取ります。みおゆうさん、そして私、ヒューガー大介。
このハト組ホームルームは、カフェで私、マジシャンでインプロパイザーのヒューガー大介と、そして僧侶で看護師でいらっしゃいます玉桶みおゆうさんが、
二人、ゆるゆるゆるゆると語るのをですね、ポロポロポロポロと聞き漏らす?漏れてきた話題を拾っていただいてですね。
こんなこと話してるんだ、この二人。っていうふうにね、ほのぼのしていただく、そんなポッドキャストでございます。
66回目の収録でございますけれども、ゾロ目ですね。
みおゆうさん、6です。
6が好きってさっき言ってた、みおゆうさん。
6、みんな好きなんじゃない?
みんな好きか、6は知らないけど。
僕も好きですけどね、6。
でも理由があって、中学校の頃ね、ものすごいかっこいい大好きな先輩がいた。いうならば、あれが私の初恋だったかもしれない。
その先輩のお誕生日が6月6日だったんだよね。
6月6日ね。
で、みんなにダミアンとか言われてて。悪魔だよ。
悪魔のね、悪魔の誕生日。6ってだから西洋的には、
あんまり良くないんだね。
そうらしいですね。
初恋と人を見極める基準
でもね、その6月6日のね、そのかっこいい初恋の君、本当にダミアンみたいな人だった。
どういうことですか?何?見た目が?
見た目が?
性格。
性格が?どういう?ちょっと待って、性格がダミアンみたいってなんですか?
なんかいい意味で尖がってた。
どこが好きだったんですか?
顔。
顔?
やっぱりあのね、さっき収録前に、これを聞いてるリスナーのお知り合いの方からね、
テゴスさんの件ですよ。
その日の方が好きだという話が、何回か前にありましたけど妙優さんが。
ファンクラブにも入ってコンサートも行ったみたいな。
そうなんです。
その時妙優さんの声がもう聞いたことないくらいピンク色だったと。
コメントいただいたと。
良くないね。
良くない。
はしたない。
今もちょっと鳴ってましたよ。
はしたないね。
どこが好きなんですか?顔って言った時の。
良くない。
もうまるでね、何か私がね、人を容姿で判断しているようなね、ことを言うけれども大さん。
私は人の魂を見てますよ。
本当ですか?ちょっとわざとらしい空気出てましたけど。
まあもちろんね、顔も一つの、なんて言うんでしょう。
よく人は顔じゃないとか、いや見た目も大事だとか、いろんな議論があるけれども、
言うてね、内面とか考え方、習慣も表に出てはくるわけですよ。
うん、確かに。
だから決して顔で判断することが別に悪いとは僕も全然思わないし、
言い方の問題。
言い方ね。
顔っていう時のハートマークついてる感じがね。
良くない。
良くなくはないんですけど、
意外性があって面白いなと僕は思ってますよ。
やっぱり神言集の僧侶であり、特度した、そして看護師であり、
いろんな方に頼りにされる存在である妙優さんが、
一個人としてそういう目持ってるっていうのは僕は非常にキュートだと捉えてます。
いつもダイさんはカバーが上手で、ありがとうございます。
お釈迦様が家族を捨てた理由と「平等」の追求
カバーしてるつもりないですけど。
本当に?ここで今神言集なんて言ってね、
うちの上のお歴々からね、出すなって、その名前を出すなお前はって言われるかもしれません。
そんなことない。
だってね、空海商人だって一人の人間でもあったわけじゃないですか、絶対に。
もちろんそうですよ。
もうこの世に100%の完璧超人、聖人はいないわけで。
いや、もちろんそうだよね。
方々不手の誤り。
そうね、こないだね、ごめんね話し切っちゃって。
こないだ空海さんの話だけど、ある本を読んだの。新しい説ですよ。
たぶん我が宗の上のお歴々は、全員こんなものは邪道だって言うと思うけれども、
一人の女性をどうやらものすごく頼りに愛していたらしいと。
そこへ日産してね、意見を聞いたり、お話をしたりしながら対応を成し遂げたんではないかというのを、
歴史的な検証をもとにお書きになったという本を読んだんだよね。
それが小説に片足突っ込んでいるのか、全くの歴史的な史実があるのかっていうのはちょっと不明なんだけど、そこまで読み切れなかったんだけど。
そういうのを見るとね、もしそれが本当にそういうことがあったんではないかなというのって、今ダイさんが言ったみたいな空海様だってね、人間であったんだっていう感じはするよね。
実際に本当かどうかまだわからないってことですかね。空海商人が奥さんがいたりしたとか女性を。
奥さんがいたわけじゃない。恋したっていた女性がいたんではないかっていうことだけ。本当上から怒られるわ。
すごい素人目線なこと聞いていいですか。仏道の世界でいわゆる、今は現実的には奥様がいらっしゃったりご家族いる方たくさんいらっしゃる日本にはいると思うんですけど、
基本的には仏道の本流ではそういうことはなしですよ。恋愛とか結婚なんてもってのほかだみたいになってるじゃないですか。
それって単純にお釈迦様が女嫌いだったりとかしたっていうことが影響してるのかなって。
女嫌いだったの?そんなことはね、あの方奥様もいて。
いたけど、生まれた息子に邪魔者みたいな名前つけたりとか、障害だっけ。
あのね、私も会ったことないのでね、お釈迦様にね。
まだちょっとお友達になってないので、直接に本当のところどうだったのかっていうのはわかんないです。
わかんないけど、どうしてそういうふうに奥さんを捨て、子供を捨て、要は一人ということになったのかなっていうのを想像するにね。
生きとし生けるものを平等に見ようとするじゃない、お釈迦様は。
でも、我が子がいたり、我が妻がいたら、もうそこでダメだと思わない?
平等にはできないってことか。
だって、もし我が妻とさ、よその女の人がさ、同じように困ってたとするよ。ものすごくね。
ちょっと妻に待っとけって言えないような状態の困り方、命に関わるような。
どっち助けますかって言ったら妻助けるでしょ。
そこにもうさ区別が生まれちゃうのよ。どうしたって。子供にしたってそう。
だから家族、家族以外になって、そこにかける愛情とか目線とか、全部変わっちゃうと思わない?
で、そういうふうなものを持ちながらだよ。自分の中で。これだけは守るぞみたいなものを持ちながら、人の前に立ってね。
生きとし生け物はみんな平等だとかね。すべてのものがね、そうやって宗教無常の中で生きていく、だ、みたいなことを言ったときにさ、おいおいおい、待てよ待てよって。
その中で特別なものがあるじゃないって、あなた持ってるじゃないっていうのをお釈迦様という人はね、人に言われるから嫌だったんじゃなくて、
己が許せなかったんだと思う。そういうものを持つことをね。己が許せなかった。だから捨てて出本したんだと思うんだよ。
で、これってきっとそうだったんじゃないかなと思うのはさ、我がことに。ごみにもならないような、のみよりもちっちゃいような我がことになっちゃうんだけど、自分も子供持ってるじゃない。
そうしたときにやっぱり子供ってゆいいつむにになっちゃうもん。でしょ。大災害が起きましたって。世の中全身がバーっとさ、揺れました。いうときにさ、我が子を救いたくなるもん。でしょ。
そこを多分お釈迦様ほどの方になると、そうではないと思ったんだと思うな。
実際にそれを自分が実践できてる人って、なかなか難しいですよね。一個人としては、家庭を持ったりすることによって精神的にも安定したり経済的にも安定したり。
だからそれは言うなればさ、普通だな。
普通ですよね。
だからメシアにはならないでしょ。なれないし。だから分をわきまえて、自分は普通に生活をするんだという分をわきまえてやればいいんじゃない。
それ悪いことでもないし。ただその中からそういうのを持っていながらね、隠し持ってだ。隠し持ってそして世の中的にはメシアのようにね、世界が全部が幸せになるといいみたいなことを言うのは、そういう嘘はつきたくないと思ったんじゃない。お釈迦様は。
台湾仏教に見る本来の寺の姿
なるほどなるほど、そういうことか。だからね、別に今こう実際ご家族を持っていらっしゃる僧侶の方が、なんだお前って言う必要はもちろんないし、その方々その方々で。そうでもない?
いやそこからはもう私波紋されるから言えないですけども。
いやいや、もちろん。だってご家族をね、持たれてから出家される方もたくさんいらっしゃるわけだし、実際にまあね、こう、もう当然時の流れだって何千年もね、こう経て人の解釈もそれぞれがそれぞれの国とか文化で解釈してってね、変えていって。だからもはや元々の何かとは変質してるのは仕方ないというか、当然そうなるもの。他の宗教だってそうだと思うんですよね。
ただね、私が比較できるのは台湾しか知らないけど、台湾のお坊さんたちっていまだに再帯しないんですよ。結婚しない。二相さんたちも全員結婚してないし、もちろん家も持ってない。要するにこう、三がのようなところで共同生活をしながらやってるのね。
つまり財産も持たない。家族も持たない。本当に仏の道に経営してる人たちなのよ。台湾のお坊さんたちって。で、どんな状態になってるかっていうと、ものすごくみんなそういうお坊さんたちを尊敬してるし、信じてるし、そしてその形の一つとして、気持ちの一つとしてお伏せをする。すごいものすごい莫大なお伏せが集まるわけ。
台湾の考え方として、お伏せをする徳を積む。徳を積むと現世が良くなるっていう現世利益の考え方もあれば、林寝天章をわりと信じてる方々だから、来世よく生まれるために今の今回の人生の中で徳を積むっていう。徳を積むのの一つの形ね。一つの形がお伏せをする汽車っていうことになって、それを熱心にやるわけよ。
だからものすごいお金がちゃんと集まって、そのことによって福祉事業とか人助けとかをだーっと回してるのね。
この間も台湾に行った時に、柳山寺っていう有名なお寺があるんだけれども、そこのところに大体夕方の時4時くらいかな、お寺でわーっと土俵があって、その時に境内にもわんさか人が集まって、みんなお経を読んでるの。神徒さんじゃないんだよ。
一般の方々が。
でも毎日来るんだろうね。習わぬ経を覚えて、そしてもしくは少しお勉強されて、お経をわーっと大合唱ですよ。
もう日本では見たことのない光景。
その後、あっちからもこっちからもボランティアの方々が出てきて、お弁当を配るわけ。
全部それはただで配布だよ。日本でも炊き出しやってらっしゃるけれども。
でもそれが結局何で回ってるかっていうと、そこのお寺に皆さんが記写するお布施を、でそのお布施をそこで回すっていうことがさ、成り立ってるわけ。
でもなんでそれがね、そんなにもきちんとできるのかっていうと、そのお寺のおさというか、納めている方々である僧侶が、本当に仏の道に起家してるからじゃない。
日本だとさ、お寺ってその人の家みたいになっちゃってるじゃない。
だからさ、みんなさ後取りができないとか言ってさ、一生懸命結婚して男の子を産んで、これで安泰ですね、後取りができたとか言ってるじゃない。
そういうものじゃないんだよ、本来お寺って。
みんなのものであって、その時に一番優秀であり一番人徳が高いというものが選ばれて、そこの住職になって、みんなでお寺を盛り立てて、その住職が引退とかなくなるってことになったら、その次からやはりあいつだろうという、次はあいつだろうという人が選ばれてくる。
別に息子でもなんでもない、後取りでもなんでもないのよ。
血縁関係である必要はもともとないわけですよね。
でもそれがそう今のように編成してしまうとね、家じゃない、ただの。
日本のお寺が抱える「家業化」の課題
で、お伏せをするっていうことがさ、見えづらくない?仏に届くんじゃなくて、あの家に入るんだよなみたいな。
で、住職がうっかりベンツなんか乗ってるとさ、あれって、私のお伏せ、あのバックミライになっちゃった?みたいな。なるじゃない。
なるほどね。
そういう誤解を招かせるような作りになっちゃってると思う。当然離れるよね、みんな。当然離れるよ。
だからもっと、何か今仏教がどうのこうのとかね、みんながお伏せをしないとかね、言うんだったらね、ちょっと別な見方をした方がいいなと。
自分の生き方ですよ、僧侶のあり方。それがNGなんじゃないのかなって思ってるよ。
でもね、まあ寺も持たないし、私自身も子供持って、遅くから出家した身だからね、こんなことは全然言えないんですよ。
言っちゃいけないと思ってるけど、ほらここね、鳩組ホームルームだし、さほど500人、600人、7000人が聞いてるわけじゃないから。
なんで急に結果が上がったんでしょうね。まあまあまあ、でも今の話って、明夕さん立場だからこそ言えることだと思いますよ。
左様でござる。
本当にそう。
そう、もうね、その脈々たる流れの中に乗っちゃってる人。だから生まれて生まれ落ちた時からお前は次期住職になるんだぞっていう風になってるわけじゃない。
そういうところはね、本当にねわからない。これ言わないし、もしかしたらわかってないのかもしれないよ。
まあね、疑問にすら思わないのか、考えてもねどうしようもないのか、いろいろあると思うんですけど。
明夕さんはお寺を持っていらっしゃるわけでもないし、先ほどご自分でおっしゃったようにね、遅くからっていうこともあるから、
まあなんでしょうね、それこそ考えてってどうしようもないっていう立場にいらっしゃる方もたくさん、もうお前はそういうものだから。
唯一の後継ぎであり、継ぎなさい。そして自然と回るからとか言われて、そうなんだって言ってね、なられた方も。
でね、一つ気持ち悪い話があってね、ここも本当に、ミーミー、台湾語で言うと秘密、ミーミーなんだけどね。
お寺のお家の中を垣間見ることがあるじゃない。いろいろな機会でね。
その時にね、もうね、いわゆる住職がその家の中で絶対的なトップなのよ。バチカンのあの方みたい。
だからもう奥様も子供たちも住職って呼んでるわけよ。
で住職の言うことがもう正しくて、とにかく全てが住職を中心に回るわけよ。
昔の日本の課長制度みたいなものなのかな。
で、そんな風に家の中でさ、大事に大事にさ、あがめ立て祭る的になっている方がですよ。
ね、ね、ね、主上のね、苦しみをね、分かりますか?
確かにね、そう思うと。
もう家に帰ったら床にも座らずに、座ろうと思ったら座布団が出てきて、お茶が出てきて、はい、お食事が出てきて、
お世話をされてさ、んって顎を動かしたら物が動くような状況になっててさ、
それで生まれたわ息子はさ、直住職ってことでさ、みんなから言うなれば大事に大事にされてさ、
何不自由なく育って、まあお釈迦様もそうだったんだけどね。
でもその状態で主上を救えますか?
お釈迦様は無理だと思ったから出たんだよ。
無理だとここにいては。
そう。
絶対分からない。
分からない。こんなんではない。違うと思ったから全部持ってた。
お金も持ってたし、地位も持ってたし、奥さんも子供も持ってたの全部捨てたんですよ。
それで初めてお釈迦様になったんだよ。
でしょ?
寺のあり方と新しい信仰の形
ね、なんか話してるとさ、常々思ってるんだけど、なんか腹立つよね。
でもね、それって何度も言うけど、さっきも言ったけど、妙優さん立場だから言えたことですよ。
いや、言えたっていうか知ってるからこそ言えたことというか、言う資格があるないって話ではなくてね。
僕らにとっては知らない世界ある種。
全くお寺の中ってブラックボックスというか何が起きてるか、まあ外見はね、分かっても。
実際ね、お寺で生きている人たちの世界は分からない。
そこがそもそもおかしいの。だって家だからそれは。
家ってさ閉鎖的なものでさ、みんな分かんないじゃない。
でも本来お寺って家じゃないんだよ。
中で起こってることとか中でやってることはオープンじゃなきゃダメなわけじゃない。
だからこそみんなが入ってくるわけじゃない。
今家になっちゃってるから、中で何やってるか分かんないもんねみたいになってる人には人来ないよ。
なんかこう、無責任に今ふと思ったことは、
妙優さんはじめ、別にお寺を持ってないっていう僧侶の方たくさんいらっしゃるわけじゃないですか。
そういう方々こそ、なんか寺のネオ寺みたいな、なんか新しい形のね。
まあ鳩組ホームルームも一種のその緩い一つの本当にごく一部の形なのかもしれないけど。
教会って言うじゃないですか、チャーチのね。
あれも僕もクリスチャンではないんだけど、
ギリスト教の教義があってバイブルがあって、そして神父さんがいて、
それを信じたい人がそこに集まればどんな場所でも教会になるわけじゃないですか。
建物が教会ではなく、もしくは制度が教会ではないのかもしれない。
そこに信じるものと信じたい人が集まってくれば教会になるっていうことだとしたら、
寺だって別に家である必要なくて。
だから鳩組ホームルームも一種の寺なのかもしれない。
確かに。
僕は寺を手伝っていたということを自覚なかったですけど、でもそうじゃないですか。
寺っていう、多分日本の仏教入ってきてもう千何百年経ってる。
1500年以上ですよね。1500年くらいかな。
ところで日本の政治とか異性者の都合とか、いろんなものも加味されて今の形になってるような気がするんですよ。
役所的なポジションでもあったりしたわけだし、既得権益みたいなものも特に江戸時代くらいまで残ってたと思うから、
お寺さんって言ったらもうみんなに尊敬されてね。
落語なんかでも和尚さんって言ったら和尚さんって言うだけでもう尊敬される行き地引きみたいなね。
街のご意見版だったり、お医者さん的な側面もあったわけじゃないですか。
そういう時代の名残がまだ残ってるだけっていうところもあると思うので、
なんか一つね、また今の令和の時代に解体するとは違うけど、新しい角度からそういうものを見直すっていう人がもっといてもいいのかななんて外から見て思います。
本当そうなのよ。なんだかんだ言ってさ、寺を持っている人はさ、寺持ちじゃない僧侶のことはさ、なんとなく小バカにしてるしね。
そうなんだ。そういうのもあるんだ。すごいですね。僧侶の世界。
自分の徳がどうのじゃなくて、何年続いている寺ということにも、そこに自分の評価が乗っちゃっててさ。
段下が何人いるとか、大きなお寺だとかさ、そういうことがそのまま自分の評価になってるみたいなさ。
そういうのをハロー効果って言うんですよね。
そうなんだ。
五行が指してて、その意向を借りてね、その人本人がすごいように見えるっていう。
どんな世界でもあることですけどね。私の○○会社の社員が、私○○っていう事務所に入ってるんだ。
いっぱいありますよ。寺でもあるんでしょうけどね。
エンディングとリスナーへの問いかけ
今回芽生さんいつも出だしがピンク色だったのに。
本当にどうしてこんな急転直下なの。
どこまで使えるんだろう今回の内容ってね。逆にいっそノンカットで流してもいいんじゃないかくらいのこともありますけど。
でも本当にね、ある種僕は知らない世界のことを聞けて興味深かったなと思っておりますが、皆さんはいかがお過ごしでしょうかっていうのは最初で言うべきだ。
いかがお思いでしょうか。今の内容ね。
本当に僕はね、そうなんだって。逆にみおゆさんに聞いてみたかったことの一つではありましたので。
実際問題知らないことばっかり、なかなか知れないことばっかりだったりしたのでね。
皆様もいかがお思いになったかは、是非ハトグミホームルームのお便りフォームがございますので、感想を何ぞ。
私もこんな風に思ってましたとか、実は私うちがお寺ですとかね。
そういう方もね、もしいらっしゃったら、私も知人に、僕の仲良くしているお仲間にもね、お寺の娘さんがおりますけれども。
なんか皆さんそういう方はね、ぜひお便りお寄せいただければと思っております。
ということで第66回お届けいたしました。またお会いしましょう。さよなら。
今週も最後までお聞きいただきありがとうございました。お聞きのアプリで番組のフォローとレビューをお願いいたします。
概要欄にありますリンクからお便りやハトグミホームルームオンラインへの参加表明も受け付けております。
お気軽にご連絡ください。それではまたお耳にかかりましょう。ご機嫌よう。さようなら。
この番組は人生に花を咲かせるポッドキャスト番組をお届けするライフブルーム.ファンがお送りいたしました。
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