なるほどね。
僕が子供の頃、アルプスの少女ハイジってアニメがありまして。
あったよ。
ハイジがですね、「わー白パンだー!」って言うんですよ。なんかお屋敷とかに、僕もおる覚えですけど、お屋敷とかに行くと、
あれか。
おじいさんのとこでは食べられなかった。
ハルカじゃなくて、クララだ。
そうそうそう。なんで急に和風な名前になったんですか。クララね。
クララちゃんだ。クララちゃんだよ。
クララちゃん。
クララちゃんのお家じゃないの。
良いお家だもん。
要は町に来て、高原にいたハイジが町に来て。もうあのストーリーの組み立てが全然分かんない。なんで町に行くことになったんだろう。
クララじゃないの?
なんかあるんですよ。
クララちゃんのお家で働くことになったんじゃないの?分かんないけど。
そう。ヤキと遊んでたのにね、クララちゃんのお家に行って。
で、白パンを見たの。
白パンを見たときに、「わー白パンだー!」ってハイジが喜ぶシーンが妙に。
で、手を出すとしたら、「はしゃないぺし!」って叩かれるみたいな。妙に覚えてて。
何のこっちゃって思ったんすよね。子供の頃。
ああ、そういうことね。
でも多分田舎のヤキとかと戯れてる頃は、なんか茶色い固いパンしか。
あのなんていうの。全粉粒みたいなやつね。
そう。でもその方が体には。
じゃあクララってさ、もしかしてさ、後で歩けるじゃない。白パンばっか食べてたからじゃないの?
カッケ?
カッケじゃないと思う。絶対カッケじゃないと思うけど。カッケではないけど。
あれ後に立ったよね。クララが立ったっていうのがあったよね。
クララが立ったってありますね。もう逆にそれしか覚えてない。もうそのシーンしかフィーちゃん。
ちょっと今度ね、ハイジをね、全編通して見る機会が今度僕に来るのかわかんないですけど、どういう経緯でクララが立ったまで行ったのかね。
しかもクララはさ、立った時羊の山にいるよね。だからお家じゃないんだよね。
そう。そう。
だからあれですよ。僕のもう今の点と点を繋いだだけの推測ですけど、白パンばっかりで体にも良くないし、食生活でカッケでもそうだし、あとほら怖いね。周りの大人に囲まれてストレスフルな。
萎縮した。
萎縮した。精神的にも負荷が高い環境にいたのに、自然体のハイジと出会い、その彼女の故郷である大自然に囲まれた時にメンタルブロックが外れて食べた。
それでちょうど出てきたのは絶対に前風流のパンダだから、それも食べ。
そういうことなのかもしれない。
そういうことだ。それでクララが立ったと。
でもメンタル的なものはあるでしょうね。
あるでしょう。
あのシーンだけ見たら、だって本当はもう肉体的には立てるはずなのに、メンタルブロックがあって立てなかったっていう。
そうだよ。クララは立たないことで何かを守ってたんだもん。
多分そうですよね。
立たないことで自分の中にあるクララ、本来のクララを守っていたわけよ。
急にスイッチ入ったのね。
波いる大人たちからさ、守ってたわけ。
そうですよね。自分は無力である。守られる存在であるっていうことをPRしたくて、アピールしたくて。
守られる存在じゃないよ。守るために立たなかったんだよ。
自分をね。
守られる存在じゃない。自分を守るために立たないという選択をしてたんだよ。
立たなければ行動を取らなくて済むし、責任も生じないし、立った以上は本当に文字通り独り立ちしてね。
そうだよ。それにだよ。あの時代の話だからね。クララお嬢様立ったりすると、じゃあお嫁に行かせましょうみたいな話になるわけだよ。
そしたらまた一社会人としてのいろんな選択をしていかなきゃいけないわけだよ。
大富豪とね。ついにされたりするわけだ。
ついにされた。
それが。
もう動物じゃないんだから。ついにね。
ついにされてね。
そうそうそう。だからそれから我が身を守るために立たないという選択を無意識のうちにしてたわけだよ。
そうか。そうかもしれない。
それがハイジのところに行ってた。自然に触れて、ああそういうことなんだと。ここでは恐ろしがることはないんだというのがわかって、ブロックが外れ立ったと。
クララが立ったと。
だからそういう、そうか、同じ日本人で近い地域住んでてすらあるちっちゃいことは、カルチャーショックは。
あるある。他のお家に行った時そうじゃない?
お家。
お家。お友達のお家の呼ばれした時にさ、家ってさ、結局すごい保守的でさ、閉鎖的じゃない?
だからその家でどんなご飯の食べ方してるかとかさ、どんな、とかって言うのってさ、また違うじゃない?他の家とは。
まあそうですね。
よそのお家のお宅にさ、お邪魔した時にさ、少なからずない?カルチャーショック。
ありますね。
うん。
お母さんは、僕一応言うて客人ですよ。なんだけど、まあその僕の友達の息子ね、そのお母さんの息子と僕と3人でご飯食べる時に、左手でお箸使って食べてねって言われて。
なんでなんで。
え、なんで?なんで?みたいな。で、あ、わかりました。そういうもんなの?って言って。
で、食べながら、え、なんでですか?ってポロッ食べながら聞いたら、頭が良くなるから。
えええええ。
えええええ。どういうこっちゃ?みたいな。それで、その息子はどうして?って思ったら右手で食ってるから、どういうこっちゃ?みたいな。
なんで客人の俺にそれを教養すんだ?って思って。
わからん。
不思議なお母さんだなって思ったりとかありましたけど。
文化ね。
文化というか、そういうことを急に言うキャラがあって、お母さんはね。文化じゃないかもしれない。
私ね、いろいろあるけど、よそのお宅にお邪魔して。
ええええって思ったの?
今思い出したのはね、餃子なんだけど。うちは、うちの母は、餃子を作ったらフライパンで焼いてたんよ。
で、焼き上がったらお皿に乗っけて、はい餃子よって出す。そういうイメージだったんだけど。
そこのうちは、すごい大判のホットプレートに、もう隙間がないくらい餃子を、もう百何個というくらいビーッチリ並べてるんだよね。
そこでお水をファットかけて、蓋をして、いっぺんに焼くんよ。その餃子を。それでその日は餃子しかない。
なるほど。
もうなんか、よく拝見するとご飯さえ食べてない。今日は餃子だよって。餃子しかない。だってもういっぺんにさ。
それはすごいな。
その大判のホットプレートに全部百何個くらい焼けるわけだから。で、ふっと見るとさ、第2弾の餃子が構えてるわけだよ。
で、もうただひたすら餃子を食べる。という、お家に行って、わあすっごいなあって。
すごいね、それは。
オオヨスバルしか美味しかったけど、いやこれはうちにはないぞって思って。
確かに。餃子のみ食べる日。
餃子のみ。しかももう半端ない数をホットプレートでいっぺんに焼く。
それは確かに。やったことないわ。
なかなか異文化でしょ。
うん、異文化ですね。まああれじゃないですかね、やっぱ。餃子の日よって言って、みんなそれホットプレートで焼くこと自体も、それ自体がイベントというかね、わあっていう晴れの場なの。
特別な日よ。
特別な日ですよね。
今日は餃子だっていう。
でもその、なんかおうち独特のそういうね、なんかおうちの中のローカルイベントみたいなのありますよね。
あるね、面白いですよね。ありそうありそう。
だから、そっか、そういう。
その餃子。
人ん家行くとそれはあるな。
あるある。あとこれは前も話したと思うけど。
広与さん?
広与ちゃん。近所に住んでた一つ二つ上のお姉ちゃん家なんだけどさ。広与ちゃん家に行ったんだよ。
そしたら広与ちゃんがさ、作ってくれるって言ってさ、後で言えばインスタントラーメンを作ってくれたんよ。
で、私と弟が行ってたんだけど、それをさ、一杯のインスタントラーメンを二人ですすらしてもらってさ、広与ちゃんもすすってから三人ですすってさ、こんなおいしいものがあるんだって大感激して。弟と。
いやこれはもうママに教えてあげようって言うんで、広与ちゃんに頼み込んで袋をもらってさ、そのインスタントラーメンの。
それでママに教えてあげようって言ってお家へ帰って、ママにママママって広与ちゃん家でこんなおいしいものをもらったんだよ、お家でも買ってって言って、もう大激怒された。
うちの母親ちょっとそういうところがさ、ピリついた人でさ、インスタントラーメンとかさ、一切食べさせてくれなかったって。知らなかった小学校2年生まで。世の中のインスタントラーメンっていうもの。
だからさ、せっかく自分が全て100%手作りで、外で買ってくるお惣菜さえも使わずに育ててきたのに、よそに行ってインスタントラーメンなんか食ってきやがったっていう、彼女のアイデンティティー土台みたいなものをぶち壊したわけよ。激怒だったよ、すっごい怒って。
激怒なんだ。涙散らしながら怒ってたもん。どこで食べたのーって。こんな毒をーって。
毒ね、毒まで言っちゃったんだ。
それで袋をパーンと捨ててさ、もうわけわかんない私と弟。わけわかんない。もうとにかく縮まって、ごめんなさい、ごめんなさいって言うしかないっていう出来事。
もうちょっと経ってから、あれはインスタントラーメンというものだと。今はもう頻繁に愛用させてもらってますわ。
でもほんとそういう異文化だったね、あれも衝撃的な。
人って結局、自分が信じる拠り所で動くわけですよ。やっぱ自分が手間暇かけて作ったご飯を食べさせて、それが子供の体だっていいんだって。
インスタントラーメンがね、別に体に悪いかって言ったら、そうとも言い切れない部分もある。
彼女の中ではということよ。
自分の中で信じていることの正義ではそこの、当然食べ物なんてそんな、食べ物ですらないでしょ。
NGだったわけ。
NGっていう文化。
完璧なる自分の支配下にいた子供たちが、うっかり目を離したら、それを食ったということに、もう本当に嫌だったんだろうね。
文化って意味で言うと、どんなとこでもようのとおりで問わず、親が子に同じ文化を伝えたのに、子は見聞を広めて、違うものを持って帰ってきて、いさかいを起きるなんてことは絶対あるし、
この浮世で生きている以上、高学校で勝手にどっか行くわけだから、そんなこと絶対起きるんですけどね。
だからそこでね、うちはキリシタンなのにクリスチャンなのにこんなものを持って帰ってきてとか、逆もね、仏教徒なのにキリシタンなんかの会合に行きやがってとかね、なんかいっぱいあるんですよ、そういうのもね。
そういうさ、親が作ってる世界を子供がね、最初は従うしかないよね。だって力がないから。
でもある程度力がついてきたら、それを乗り越え、もしくは破り、壊していくわけじゃない。それが親子なんだろうね。
それが上手いことを壊しきらん、乗り越えきらんとなると、やっぱり子供の方がちょっとね、大変なのかもしれないよ、生きづらくなるのかもしれない。
やっぱりこう、子供のことを守るようで支配したりとか、自分の同じ文化を押しつけちゃうみたいな親御さんっていうのは、もしかするとその親にも似たようなことされてきたのかもしれないけど、
どっかでそこを乗り越えて、あ、子供は子供で、もう子供の文化があるんだっていう感じかな。そういうとこまで行けたらね、あ、私は私であるけど、あんたあんたでなんかあるのねってなれたらね。
でもね、ただね、そうだからといって、じゃあ子供の思うようにやりたいようにっていうふうにするのも私違うと思ってて、子供は破って出ていく必要があるのよ。
親のちょっと圧があって、そんなことやっちゃダメだとか、これは間違ってるとか、お前そんな甘いんじゃないというのを破って、自分の力で壊して出ていくからいいのよ。
最初っから親がすごいさ、神話的でね、なんでもいいよって、あんたのやりたいことなんでもやれそうだそうだって、やったらこれはこれでダメだと思うよ。
その葛藤があって、破って巣を蹴っ飛ばして出ていくからこそだと思う。
だから親はね、そういう意味ではね、最初っから物分かりのいい親にならずに、ある程度ね、ある程度親としての賀を張ったほうがいいと私は思うね。
なるほどね。まあそれ世の中で言ったら親以外にもいろんなふうに、いろんなところから圧をかけられるわけですよね。
そういうことそういうこと。
壁とかね。
ただ親もその引き際を知らんといかんよ。
もちろんね。
だからそれは相手が二十歳になろうがさ、三十になろうがさ、そうじゃないってぐちゃぐちゃ言うようではいかんなんだけど、でもある程度までね、見極めて引くところまでは戦ったほうがいい。
うちの母はそこ長かったな。三十いくつになっても僕に就職の情報があるからってこう紙を送ってきたりとかね。今からでも就職のこの会社どうよとか言ってきた。
いやいやいやいや。もう三十運載で職歴、会社員歴ない人間を雇うんだろうこの会社はみたいな。なんかちっちゃい会社ならまだしもね、結構なビッグネームの会社。
ビッグネーム。
いやそんなないよってね。引かない人だななんて思いましたけどね。うちのお母さんは言い出すと聞かない人なんでね。言い出すと聞かないが何十年レベルになる人なんですけど。
長引く人もいるね。
引き際はね、皆さんは見極めて。聞いてらっしゃるのは親御さんの方がいたらね。いつかそういう時来るのかななんて思っていただいたりということですけども。