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2024-06-24 02:20

#148【青空文庫】声

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宮本百合子「声」

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Miyamoto Yuriko title:the voice

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声、宮本由里子。ある若い女が、真心を込めて一人の男を愛した。そして結婚し三年たった。けれどもある日、その若い女は、
ああ、苦しい苦しい。かわいい人、私はあなたがかわいいのよ。けれども苦しくて息がつけない。
と泣きながら、男のそばから逃げ出してしまった。逃げはしたが、女は他に恋した男があったのではない。
彼女は生まれた親の家へ戻った。そして黙って二粒の涙をこぼし、かぶりを振り、やがて寂しく微笑んで縁側に座った。
朝目を覚ますと、一日中月の出る夜になっても、女はいつも同じ縁の柱に寄っている。母親は不思議に思い、娘に、
お前、どうしていつもそこにいるの。家へお入りな、と言った。娘は微笑した。
しかし翌日も、その柱からは離れなかった。柱には縦に深く一本割れ目がついていた。
女はきっとその裂け目に耳を押しつけていた。それを母親は知らない。
彼女はそうやって耳をつけ、柱の奥から、かつて自分の恋をした、今も可愛い男の声を聞いていたのだ。
自分を抱いて名を呼ぶ声。向かい合って座り、朝や夜、種々の物語をした、その懐かしい声を聞いていたのだ。
02:20

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