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通り魔 田中幸太郎
休暴の頃であった。 江戸の山の手に住んでいる侍の一人が、
傍日の夕暮れ、便所へ行って手を洗っていると、 蝶酢鉢の下の波瀾の間から、
気味の悪い紫色をした小さな顔が、ニュッと出た。 その侍は胆力が座っていたので、別に驚きもせずに、
おかしなものが出たな。 と平気な顔をしていると、その顔はすぐ消えて亡くなった。
で、侍は静かに部屋に入っていると、 間もなく右隣りの屋敷が騒がしくなった。
何事だろうと思って耳を傾けていると、玄関口へ走り込んできて、 大声に怒鳴るように言うものがある。
侍が出て行って見ると、それは隣家の忠言であった。
うちの棚が急に気が違って、化け物だ化け物だと言って、 奥様も坊ちゃまも聞きました。どうか早く来てください。
と慌てて言った。 隣家の主人は通り間を見て、発狂したのであった。
