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とても辛いことが起こった時こそ「問いかける」
2025-10-28 15:19

とても辛いことが起こった時こそ「問いかける」

何か起こったらすぐに答えを探すとか、出すのではなくて、問いかける。これはなに?これは誰のもの?こんな選択した?そして、置いておく。焦らない。ただ感じる。自分がどう感じるのか。それが人生。
自分でやってみて、感覚として腑に落ちました
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こんにちは。今日はですね、アクセスコンシャスネスの問いかけについてお話したいと思うんですよね。
これはもうずっとね、学んできたことなんですけど、その学びとして今日は発信するんじゃなくて、自分の人生にね、使ってみるっていうのをすると、すごくこう、感じる、腑に落ちる、もう感覚としてわかるっていう感じになるんですよね。
頭で理屈でわかっても、結局は何にも現実変わらないんで、私は自分の人生に使ってるんですね。それっていうのは普段ね、日常生活であってもあんまり変化はわかんないんですよ。
大きくわかるのは、めちゃくちゃ辛いことがあった時。その時ってやっぱりちょっとパニックになったり、不安になったり、どってエネルギーも落ちるし、落ち込むじゃないですか。そういう時に使うんですよ。
で、私がね、今そんなに辛いことがないので、楽しく問いかけっていうのはずっとやってたんですけど、実はちょっとね、え?っていう、まだそんなことある?っていうような、ちょっとショックなことがあって。
ショックっていうかね、ちょっとした傷つきじゃなくてね、ちょっとなんでこんな絶望的な、なんでこんなひどいことにならなあかんの?っていうようなことがちょっとあって、何なんだろうなと思ってね、ちょっとかなり落ち込んでたんですよ。
で、なんかもう人にちょっと言うのもためらうぐらいの言いたくないなっていう、ちょっと落ち込んでたことがあったんですね。その時に問いかけるんですよ。これ誰のもの?自分にあったんですよ。
こんな苦しみは私のものかと、こんなに辛いのは私のものかっていうのをね、問う、そして放っておくんですよね。答えを出すんじゃなくて、これ誰のもの?って。で、これどうしたい?っていうね、答え出さずに。
そしたらこういつかね、ああもうこれじゃあ嫌だったら卒業しましょうか?とかね、そういうふうにこう自然に流れで変わっていくんですよ。っていうことなんですよね。
これ焦らずにこの問いかけをできるようになると、やっぱり人生何が起こっても、なんかこういちいち悩んだりとか、現実にばーって翻弄されることがなくなるってことですね。
それが目覚めとか気づきの人っていうことなんですよ。それだけなんですよ。スピリチュアルがどうとか、不思議な力を持ってるんじゃなくて、ただ気づいてるだけっていう。
これはね、ちょっと私ね、あの、ちょっとね自分の本音をインスタに出したんですよね。そうしたら心配してこうメッセージをくださる方がいて、その方もアクセスを学んでてね。
カズ子さん、この問いかけですねって。カズ子さんだったらわかると思うんですけど、みたいな感じで言ってくれた人、そうやなと思って。これね、私こんだけサロンやって発信してるのに、自分に嫌なことが起こった時に忘れるんよね。
03:18
どうしよう最悪ってやっぱ思っちゃうよね。何のためにやってきたんやっていうね。人にはね、言えるのに、そういう時は問いかけてくださいねって言ってるのに、自分に怒った時、あのすぐに使えないというね。
これは人間あるあるで、多くのアクセスバージョンしている人たち、いろんな人たちもみんなそれやってますよ。自分の人生はもうやっぱりどうにもならないっていうね。全部その手術者の人とかが完璧なわけじゃなくて、みんな同じ人間で、嫌なこともあれば辛いこともあるんですよ。
その時にいかにこう学んできたことを使えるかやなと思ってて、私はもう本当に使いまくってるんですね。でね、今日すっごい、そういうことかーっていう気づきに達したんですよね。
あのね、これちょっと言いたいわ、言語化できたんですよ。私タフティーの発信をずっとしてたんですよね。この世界はすべて自分が作った映像であるっていう考え方なんですよ。で、アクセスもやっぱり同じことを言ってるんですよね。
外側から何か来るものじゃない。あなたに起こる出来事はないっていう言葉があるんですよ。これなんのこっちゃって最初思って。いやー出来事いっぱいあるやんみたいな。そうじゃなくて、あなたの内側が映し出している映像なんですよってこと。
で、これが分かると、自分で決めればいいだけやんってなるでしょ。ああじゃあもうこんな苦しまんでもね、なんでこんな見なあかんのじゃなくて、天罰なんで受けなあかんのじゃなくて、その天罰とかもないし、誰かがこう無理やりねこう紐で引っ張って見せつけてるわけでもなくて、自分が選択してそれを見てるんですよね。
そのことに気づくと、だってもう選択し直したらいいだけなんでね。行きやすくなるっていう、それが言いたいだけなんですよね。
で、理屈としてはこうやってね、私が言葉にして説明できてるのに、やっぱり自分の人生にね、こう完全に取り込めてなかったんですよ。
で、ああ今問いかけかと思って、何これはと、これ誰のものと、なぜこんなことが起こるってやってたんですね、問いかけを。
で、こうピカッとで今日ね、なるほどっていう、なんていうのかな、感覚として分かったところがあるんですよ。
えっとね、その悲しみ、ちょっと例えで言わせてくださいね。ものすごくこう大事な人が死んだとかね、亡くなったとか急に亡くなったとか、そういうことが起こったとしましょうよ。
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最悪不幸のどん底、私は孤独、寂しい、もうそんなネガティブな感情がいっぱい起こるじゃないですか。
よくドラマとかでね、なんで死んだの、私を残して、みたいな、私は不幸のもう世界中で一番不幸みたいになるっていうね。
これは自分を良い悪いでジャッジして、悪い人生、もう不幸な人生、どん底、もう闇だ、みたいなね、とこを自分で決めてるんですよね、先に実は。
で、目の前にそういうものが現れたっていうことなんですけど、死っていうものをテーマにしたらちょっとあれかな、難しいよね。
死っていうものの捉え方もね、やっぱりこう死ぬなんてそんな、という執着で死なないでをやると、悪いものみたいなね、死が。
悲しいもの、最悪なものみたいなね。
で、またこう死に方とかもいろいろあるじゃないですか。
なんかこう幸せにね、こう寿命全うして、みんな笑顔で家族に包まれて、あの世に旅立ったみたいな、お疲れ様でした、ありがとうの死みたいなね。
いろいろあるわけで、死が全て悪いもの、怖いもの、不幸なものではないじゃないですか。
それを込め付けたような人間、自分なんですよね。
っていうことなんですよ。
もう死イコールありがとうに変えられたら、別にそれは孤独でも不幸なことでもないよっていう、そういうことです。
ちょっとね、死を言ったらちょっと重くなるから、何にしようかな、別れにしましょうか、じゃあね。
好きな人から別れを言われた、これもね。
いろんな恋愛の別れ方を見てても、やっぱ円満に別れる人もいるじゃないですか。
でもなんか、もう別れが絶望みたいな。
彼を失ったら私は一人ぼっち、不幸のどん底最悪、もう30前で結婚したかったのに、といろいろあるじゃないですか。
勝手にくっつけてるだけで、30前に別れたからもう世界で一番不幸なんだって自分が張ってるだけなんですよ。
それはただの別れであるっていうことなんですよね。
ただ別れを経験したっていう、その時に自分は何を感じるかっていうことでね。
ただそれだけっていうふうに思えたら、すべてこう映画として見れたらね、別に翻弄されることはないでしょっていう話なんですよね。
これね、こうやって言ってるけど、今こう聞いてる皆さんも、何かが起こった時に、うわー最悪どうしよう、お金取られたとかね、財布なくなったとか、
もうなんか夫がむちゃくちゃなことしてるとかね、いろいろ怒ったり悲しんだり喚いたりしてるじゃないですか。
09:08
その時に問いかけて、なかなか思い出せないんですけど、思い出せたらね、これは何?これは私の現実?とか、これはどう作り直す?っていうね、
ちょっと落ち着いて一歩引いてね、問いかけてみたら、見てる映像に切り替わるんですよ。
それで私今日できたんですよ。気づきますかね、私の違い。今までの発信と今日からの発信の違い。
私気づいたんですよ。すごい悲しい、これ何なんやろうと思ったけど、結局はそのドラマとかでも悲しいドラマ見ますよね。
私よく見るんですけどね、悲しいドラマとか、サスペンスとかね、それはただ別に悲しいの見たくて見てるわけで、
フリンとかもまあ見たくて見てるわけで、そのドラマね。
で別にこう、見終わった、面白いドラマあった。
はい次って言ってまた違うドラマを見るわけでしょ。今度はほのぼのした可愛らしい話とか。
それと一緒で人生も切り替えて、はい感じ切った、はい次っていうのをやればいいだけなんですよ、実は。実はそうなんですよ。
だからそのジャッジしないとかね、決めつけないとかね、
なんかこう外側から降り注がれたものと思い込まないとかね、
あなたに起こる出来事なんか何もないんですって言われてるんですよ、アクセスではね。
それどういう意味なんやとずっと思ってたんですけど、
天から降り注ぐ何か出来事ではないんですよね。
自分が作ってるんですよ、なんか突然何かが起こってる気するじゃないですか。
でもねこう落ち着いて深呼吸して、
ふーってこう自分の内側に戻ると、あーなるほどなと。
これをどう捉えるかだけやなっていう。
で感じ切って、悲しいんだな、私起こるんだな、
あーこんなに落ち込むんだな、はいわかりました、
はい最後までやりました、もう苦しかった、はい卒業っていうのをね。
それをやっていけばいいっていうだけだけのことなんですよ。
だけのこと、どんなに残酷なことでも。
で私ねこれが出来たんですよね。
あの残酷なドラマとかもあるじゃないですか、悲惨なとか。
それもやっぱ最後まで見ますよね。
あーそういうことが言いたかったんかーまで。
そういうことが言いたかったんかーまで見る。
見ないと映画とかドラマは、途中でやめたらね。
なんかもうちょっといやー怖いし、もう見るの嫌ーってことでやめたら、
何も得られないまま終わるじゃないですか。
もう見てないのと一緒っていうか、それは。
12:01
それはだから人生も一緒なんですよ。
途中で全部やめて逃げてたら、なんか生きてないのと一緒みたいな感じ。
うん、一個ずつやり切って、あーそういうことかー気づく。
経験して経験して、怒ったり泣いたり怖いと思ったり、
あー危なかったーとか、あ、結構私勇気があるんやなーとか、
結構私強いんやなーとか、あ、私下手れなんやなーとか。
そこで自分というものに気づいて、自分を知るたびなだけ。
いろんな経験をして。
っていうところに気づいたら、あ、こういう経験きたんやなーってバラエティに飛んでるわけでね、この地球っていうのは。
楽しいこともあれば、地獄な経験をさせてもらえるって感じかな。
病気とか震災とか、暴力とかね、別れとかなんだかんだ、ネガティブな経験をさせてもらえるって感じなんですよね。
それしたときにどう感じるか自分だけ。
ほんでもうわーっていっぱい泣いたとかね、
なんかそれを楽しんだとか、サイコパスだったとか、すごい感情豊かで優しい人間だったとかね、
自分そうなんだ、以上なんですよね。
ただ私は今自分を知ってるんですよ、これ、経験して。
ほんでね、私のここ最近というかあった出来事で、自分が感じたことっていうのは、
本当に私はね、純粋で素直で、自分で言うのもあれですけど優しい人間なんだなと思ったんですよね。
そして強くて、責任感がある、勇気がある、覚悟を決められる、すごい信念があるというようなね、
自分で客観的に自分のことを見て、すごい素敵な人間やなと思うんですよね。
そこに気づけたとかになるんですよ。
その逆にね、すごいアホやなとかね、しょぼいなとかポンコツやなと思うときもあるんですよ。
それはそれで、それなだけっていうことでね、そうなんやなっていうね、
そうかそうか、すぐ疲れるんやなとかね、あんまり働きたくないのかなとか、
お金に執着はしてないんだなとかね、気づいていくだけ。
淡々とそれを気づいていくだけ。
それが人生なんですよ。
自分ってこうなんだな、はい以上、はいカズ子の人生おしまいみたいな。
だから悪説でいうところの、あなたに起こる出来事はない。
この意味っていうのは、あなたはあなたの人生は自分の手で作って、自分で映像を作って、
自分というものを知っていく旅なだけっていうね。
ちょっとね、もっとあるんですけど、長くなるんで、ちょっと今日は、
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すっごい嫌なことがあったら、これ誰のもの?って問いかける。
でもそれは経験することによって、自分を知るっていう旅なんですよっていうお話です。
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