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#1570 256階調と魂の帰還
2026-04-20 18:35

#1570 256階調と魂の帰還

#1570 256階調と魂の帰還

人はこの世に生を受けた瞬間、色を持たない透明な存在として誕生します。真っ白なんですよね。

で、そこから人生という時間をかけて様々な色を塗り重ね、やがてその全ての色を統合して、まばゆい純白の光へと還っていくのです。

ホーキンス論では意識は17段階と示してますが、色の場合…デジタル表現ではありますが色相の階調は256階調あります。

今日は色相階調に合わせながら、人の意識の成長についてお話いたします。

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笑倍繁盛チャンネルの望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
人はこの世に生を受けた瞬間、色を持たない、まっさら、透明な存在として誕生します。
真っ白、まっさらなんですよ。そこから、自我というものが発達していって、人生という時間をかけながらいろんな様々な色を塗り重ねていくんですね。
やがて、そのすべての色を統合して、今度どうなるかというと、最終的には眩い純白の光に帰っていくわけですね。
ホーキンス論では、パワー&フォース、意識の17段階ということで示していますけれども、
色の場合は、デジタル表現だと色相の階調って256階調あるんですよ。これアナログだともっとすごいんですね。
だから、実は魂とか意識もこれぐらい、もっと細かい段階の学びを経ながら、
白から黒、黒から各色の色相段階、それから最後にまた白に帰還するのかなというふうにも感じるわけですよ。
それは単に段階が上がるとかそういうもんではなくて、魂が無から個人の子を経て、
禅ですね、そこに繋がる、至る、我々一人一人が異なる壮大な物語、経路は違うね、経路は違うんだけれども、
結局到着するところは一緒なんじゃないかって、そんな気がするわけですね。
まず物語の始まりはゼロの段階なんですね。これ生まれたてなんですよ。
だから自我の芽生え以前の無色、透明な状態ですね。
生まれたばかりの赤ちゃんの意識にはまだ私とか世界を分ける境界線ないんですね。
神経系も未半達ですね。なので純粋な無の領域とも言えるわけですね。
そこには苦悩も執着も喜びも悲しみもないわけよ。
でも同時に自分という存在を認識する知性もまだ眠ってるんですね。
このゼロの静寂から我々は自分という色をまずつけるたびに出発するという感じなんですね。
だから生まれたてのゼロは何色でもないさ、透明な静寂でしょ。
そこから命は生きていくため、生存のために実は境界線を引き始めるんですね。
まず色相の1から30は感覚の目覚めですね。
脳幹がつかさどる原神的な感覚が動き出すんですね。
なんで世界を快とか不快ですね。
これで分けていくわけですね。
自我はまだ未熟なんですけども、命としての生存本能がですね、体を存続させようとしていくわけですね。
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だからおむつ濡れたら泣くとかさ、お腹空いたら泣くとかさ、快不快でね、ということですね。
で、31から127ぐらいでまた色相ね、31から127ぐらいで進んでいくんですけど、
これね、社会っていう染料ですね。
これ本当に何でしょうね、これで染まっちゃうんですね。
染料でせっかく真っ白なのが染まっていくわけですね。
で、これどういうふうに染まるかというと、まず偽りの自我っていうのがですね、構築されてしまうんですね。
だから我々はね、各自成長とともにですね、意識に少しずつ色がつき始めるんですね。
真っ白だった生地もね、学校とか家庭とかさ、家族とかさ、社会とかさ、
そういう外部環境から注がれるですね、しつけだったりだとか、教育だったりとか、
期待だったりとか、ルールだったりとか、社会生活を通してですね、
合わせたり我慢したり、主張したり、いじめたり、いじめられたり、いろんな染料、染粉があるんですよ。
これによってですね、それぞれ色に染まっていくんですね。
これがですね、社会生活における偽りの自我の始まり確率なんですね。
で、31からですね、まあ63の段階はですね、自我の発生なんですね。
だからこれは私のものだっていうね、所有欲とか、他者と自分を分ける自意識の芽生えですね。
透明だった意識で初めて独自の色という個性が宿るんですね。
で、この辺から意識がさ、少しずつ濁りを増していくんですね。
社会っていうシステムに適応するためにですね、我々は純粋さを犠牲にしてですね、偽りのプログラムを少しずつ上書きしていくわけですね。
で、64から80までは社会的なペルソナですね、ペルソナ仮面ですね、これを形成していきますね。
まあいい子であったりとか、有能な社員であったりとか、優等生みたいなね、こういう仮面をですね、かぶるようになっちゃうんですね。
社会の規範という染料に染まる段階なんですね。
だから色はある意味、均一化されたりもしますね。
個人の内側にある個性とか本音とか本心とか輝きみたいなものも、このペンキでですね、塗りつぶされちゃったりもするんですよ。
で、81から100の段階でですね、この執着と煩悩がだんだんだんだん肥大していくわけですね。
で、すると他社とのですね、比較、これが始まってくるんですね。
で、承認欲求とか物質的成功への執着とか、こういったものが少しずつ強まっていくんですね。
だからエゴが強まっていく段階ですね。
色は派手なんですけども、どっか独特しくてですね、意識の流れは失われてですね、固まった状態になってしまいますね。
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この256階調のうちですね、100を数える頃、100を超える頃ですね、人は自分はこういう人間だっていうですね、実は仮面を自分だっていうふうに思い込んじゃうんですね。
ペルソナを作り上げて、その作り上げたペルソナを自分だと思い込んでしまうわけですね。
ところがこの時期の色っていうのは、自ら発光する光ではないんですね。
他者の目に映る自分を意識した、どちらかというと重苦しい色だったりするわけですよ。
はい、続けます。
101から120番は、クノートノイズの方はですね、塗り重ねた色が重すぎて、自分自身の重みに耐えられなくてっていうね、こういう苦しみの段階ですね。
ストレスとか精神的不調とか、偽りの自我の限界がやってくるわけですね。
この手前で止まってる人は麻痺です。
もう麻痺しちゃってますんで、苦しむこともないですね。
苦しみから背を向けちゃったとかね、チャンスはあるんですよ。
チャンスはあったんだけども、その苦しみから背を向けちゃったみたいな人は麻痺の方向をどんどん進んでいきますね。
この進んでる人って101から120で苦しんでる人っていうのは、ある意味いいんですよ。
もうなんでこんなに苦しいんだろう、なんでこんなにつらいんだろうっていうね、ここにぶち当たるわけですからね。
肯定観念に縛られすぎてさ、いろんな可能性が閉ざされた状態ですから、苦しいわけですよ。
偽りの自我の限界ということですね。
で、121から127ですね。
これが絶望と崩壊かな、このままではいけないっていうですね、強烈な違和感ですね。
この121、127はですね、会長は暗く沈むんですね。
でもところがですね、この闇こそがですね、128から反転ですから、
これ引き起こすための、夜明けの前の真っ暗闇みたいな、こんな感じになりますかね。
この会長はですね、固定化された現実への囚われっていうものがですね、
自分の意識の流れもビタッと固着させてしまってるんですね。
頑固とか意地とかプライドとか自己正当化とか、多色とか怒り恐れがですね、
どんどん表面化してですね、苦しい状態なんです。
おめでとう、そういう感じなんですね。
で、社会生活の中の自分っていうですね、偽りのプログラム、
これが今までの人生の主導権に握ってきたわけですから、
それでストレスとか煩悩っていうようなの、色の濁りがピークに達するわけですね。
で、このね、多くの人たちはこの127までの段階で、
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自分が塗り重ねてきた色の重さですね、これに疲れ果ててですね、本来の自分を見失ってるんですね。
だからこれ、法金スロンではこの段階にいる、留まる人が全人類のなんと78%もいると、
こういうふうに説いてるわけですね。
しかし、しかしですよ、さあ、人生の折り返し128を超えたあたりからですね、
意識は大きな転換を迎えていくんです。
お待たせ、はい。
相当に求めていた色ですね、外からつけてもらう色ですね、
これを捨ててですね、内側の透明が源に帰っていく、向き直っていくっていうですね、
本来の自分への回帰というのがですね、ここから始まるわけですよ。
ただしですね、これはね、数え年で何も進めるというわけではないのね、これ。
肉体的、物理的な年齢じゃないのよね。
これ意識の成長段階なんで、気づかない人は一生気づけないし、気づく人は10代でもね、気づくのよ。
この段階ではですね、かつて自分を守るために必要だった偽りのプログラムだね、仮面だとかね、
そういったものを一個一個見つけ出して手放していく作業が始まるわけですね。
自己教育と言われてたりとか、仏教だとね、鑑賞、見る、照らすというね、段階ですね。
この段階はね、不思議なことにこれまで必死に塗り重ねてきた色をですね、捨てれば捨てるほど意識の数値って上がっていくんですよ。
偽りの領域では足すことで意識を上げてきましたね。
それが成長だというふうに信じてましたからね。
でも受け入れたり認めたり、緩めたり手放したり、すればするほどですね、暗く重かった色はですね、次第に明るさと透明度が増してきて、
だんだん軽やかなパステルカラーとか、さらに輝きを帯びた色に変わっていくわけですね。
これは個性を保ちながらも、その奥にある宇宙の法則とだんだん同期してくると、こういう感じですね。
128から220なんかそういう段階ですね。
だからそのままず始まり、128から140ですね。
これ何かって言うとですね、幸福です。
幸福、お手上げ、お手上げから始まるんですね。
自分は偽りを生きてきたという事実を認めて、お手上げ、幸福するんです。
感情の渦から一歩引いたですね、やっぱり工事の事故、もともと本来の自分がですね、目覚め始めるわけですね。
ここをきっかけに色は、なんかもう塗り固められたもう本当にですね、重い色がですね、少しずつ透明度をですね、取り戻し始めるという感じですね。
141から160はですね、プログラムの特定と解除なんですね。
結局ですね、プログラミングされちゃってますから、だからそう動いちゃうわけですね。
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脳に刻まれた自動的な反応ですよ、反射とか反応ですね。
これを客観的に観察し始めるんですね。
私は何で怒ってんだ、何で恐れてんだ、何で悲しいって思ってんだ、何で今もやっとしたんだっていう、
こういう問いを深めてってですね、以前の古いですね、神経回路、つまりプログラムをですね、意識的に切断していくんですね、変えていくということですね。
もう使わなくなる、使わなくしてしまえば切れますからということですね。
で、161から180ね、これはですね、許しと統合なんですね。
過去の自分や他者を許すんですよ、緩めるんですよ。
そうするとバラバラだったですね、意識の破片がですね、統合していったりもするんですね。
色はですね、パステル調の穏やかな輝きを放ってですね、他者との境界線がね、それまでは壁だったんですね。
それからね、だんだんだんだん柔らかい膜にね、変わっていったりしますね。
で、180から191っていうのはですね、まあまあこの辺からですね、なんでしょう、高次元の築きになってくるんでしょうね。
この私っていう個別の存在がですね、実は大きな命の流れの一部であるというこの実感ですね。
これが少しずつ強まってくるということですね。
ここに来るとね、執着が自然に剥がれ落ちていく段階でもあるわけなんですね。
で、192から255はもうあれですから、クライマックスにもうね、持ってく感じですからね。
ここはもはやもう努力なんかしないです。
意識はね、ただ自然にね、進んでいくだけ、加速していくだけ。
で、192から、だからまず210はですね、存在していること自体への深い感謝と喜びですね。
これね、ホーキンス論では500とか600ですね、愛とか平和とか、こういう次元になってきますね。
自分の意識は金色に近い光を放ち始めているという感じですね。
僕はまだわかりません。ここまでいけてないのでわかりません。
で、次211から230は静寂と無我の進化ということですね。
個人の物語ね、歴史や記憶だとかそういうことへの関心が薄れてですね、
今この瞬間の純粋な存在、自分の純粋な存在というところに暗中するようになると。
脳の活動は静まってですね、宇宙の知性と同期しているような感覚になるということですね。
で、231から250はですね、もう色はほぼ白に近づいてですね、
もはや私という視点さえも感覚さえも消えかかっていると。
で、すべてを観測してすべてを包み込む意識ということですね。
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もうこの辺になってくるとあれだろうね、もうあの社会生活しながらここに行けてる人がいたらすごいなーなんていう感じがするくらい、
これ山の中じゃないと、うーんみたいなふうにもちょっと思ったりしますね、今の私はね。
251から255は、この250に達した瞬間ですね、意識はすべての階調を内包したまんま純白になるんですね。
ゼロの透明が無知ですね、全く知らなかった無であったのに対して、255の白っていうのは全知の無なんですね。
全部知ってる上でも無なんですよ。
すべてのドラマを経験してですね、すべての色を通過したからこそ到達できる究極の機関点だというところですね。
これも真画の世界ですからね。
だから脳の自動反応や自我が作り出していた偽りのドラマですね、これ完全に捨て去ったときですね、意識はもはや特定の色彩に留まることがないわけですね。
量子的な重ね合わせの状態のようにですね、すべての可能性を含んだまま、内包したまんまですね、ただそこにある、そこにいるというですね、純粋な存在に近づいていくわけですね。
だからこのゼロから始まって128を経て255ですね、これ無から始まり葛藤してですね、葛藤していろんな色をつけてですね、それを取り去っていって光になっていくと。
かつて社会で塗り重ねた泥のような色もね、この光の中では美しいグラデーションの一部なんですよね。
だからこの256丁のですね、階調の物語が示すのはですね、自分が経験する苦しみ、64から127が決して無駄ではないということなんですね。
もし127までの濁った色の経験がなければさ、128以降の剥がしていくっていうですね、この剥がれていくっていう実感であったりとか、このプロセスがもう感動なんですよ。
もう何にせ、この経験があるから255の真っ白、白が持つ圧倒的な輝きっていうのも存在しないわけですよ。
だから0で無垢に生まれてさ、127で泥にまみれてさ、その泥を栄養にしてさ、255でさ、蓮の花を咲かせるんですよ。
これこそが魂が体と意識を通して体験したかった、この世の理科の実験の理、理の勉強なんじゃないかななんていうふうに思うわけですよ。
だから今、自分がこの長い色彩会長の、色相会長のどこに立ってたとしても、それは白に向かうための階段にいるということなんですね。
だから今の色がくすんでたとしてもさ、その色を否定しないで、でも執着もしないでですね、その次の会長に進んでいくっていうね、
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歩みを体験したくて、経験したくて、学びたくて、この世に生まれてきたんだなっていうふうに思うわけです。
ということで、本日も最後まで聞いていただきありがとうございます。
255まで説明してますけどね、256はもう上がりでしょう。
上がりっていうふうに思います。
ということで、また明日お会いしましょう。
それでは、バイバイ。
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