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笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
会社とか組織の中で、何らかの不備や予期せぬ事態が起きたとき、その原因をどこに求めるか。
え?全部社員のせい?という組織は、自らの寿命を決定づけてしまいません、そういうお話ですね。
社会心理学には、基本的貴族錯誤という概念があるんですよ。
これは、他人の行動や結果の原因を考える際、その人の関わる状況の影響を過小評価して、
性格や能力といった、何か目に見える、何となくの思い込みみたいな、そういう要因を課題評価してしまう心理的な偏りのことなんですね。
例えば、市場が急激に変動したという、この状況によってプロジェクトが停滞した場合なんかは、
バランスよく健全な視点があれば、この状況下でどう動くべきだったか、こういうことを検討できるんですよ。
ところが、責任転換が状態化している組織では、どうなるかというと、担当者の実力が足りないからだとか、危機管理意識が低いからだとか、
この原因を個人のせいにするんですね。
人事担当者が採用の際に、何で若者が入社しないんだと言って、現在の日本の状況を分かっていない上司がキャキャキャキャと騒ぐんですけれども、
これは日本の若者がそもそも減っているんだということを知れよという、たったこれだけなんです。
だから、私からすればその上司がいる、会社がこれからどうなんだという、そっちな話なんですよ。
このように、外部要因を無視して個人を責める行為というのは、安易な解決策に過ぎないわけですよ。
複雑な事象を誰かのせいにして、脳みそは一時的に理解したつもりになって、自分が安心感を得たいかためにそういうふうにやっているんだと、そういうことなわけですよ。
これは非常に未熟ということです。
お次、人間は安心を感じているときこそ、脳は柔軟な思考とか想像的な解決策を生み出せるんですね。
ところが、さっきのように失敗に対して石投げられるとか吊るされるとか、そんな恐怖がある場所でどうなるかというと脳みそが萎縮するんですよ。
心理的安全性が欠如しちゃうからですね。
これ、エドモンドソン教授の研究というのがあるんですけどね。
心理的安全性が低い職場では、ミスを隠蔽し、新しい調整を避けるようになると明確に結論づけているんですね。
失敗を怠慢として処理し合う組織は、社員は新しい学びを得たりとか、自分の脳みその更新とか成長とか、そういうものを避けて、
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今までの形を守ることに全力集中するわけですよね。
これは社員の生物学的な進化、それから会社の成長、これを自分たちで止めている状態なわけですね。
人間は成長の過程で必ず未知との遭遇を経験するわけですよ。
未知の事象をすべての基地、今までわかっている責任論みたいな、こういうことで片付けるのは、
おじさんおばさんたちは、てめえの知っていることだけがすべてかって、なんでだろうみたいな、ここなんですけども、
これで若者をさばいちゃったりすると、その人たちの精神的な成長だとか、組織としての成長だとか、
こういったものを全部否定しまくっているということになっちゃうわけですよ。
でも、なんで組織はこんな責任を求めるのかというと、個人に責任転嫁するのかというと、
組織維持する側からすれば、すべてを不可抗力で片付けちゃうと、今度は無力感が蔓延するリスクもあるんですよ。
何が起きても運が悪かったね、なんて済ませちゃうと、改善意欲が失われちゃったりとか、
規律が崩壊するんじゃないかなんていう恐怖もあったりするわけですね。
だけど、ちゃんとした組織っていうのは、しっかりやっている組織っていうのは、線引きが極めて明確なの。
じゃあ何の線引きっていうと、一番、怠慢だったかどうか。
やるべきことを意図的にしなかったね、こいつはと。こういうことですね。
2番目、過失ですね。過失っていうのは、おいおい注意すれば防げたミスだなって、ヒューマンエラーってやつですね。
3番目、不可抗力ですね。
現時点の知見では、予測とか回避とかが不能だったっしょ、これ自己支障、災難でしょって、こういうやつですね。
この3つ、この3つを識別できる、論理的かつ中立な基準よ、これが組織にあるかどうかなんですよ。
これがあればこそ、人は不可抗力に対して怯えることなんかなくてさ、怠慢とか過失にね、これ集中して、これを正すことをすればいいだけですから、ということなんですね。
なので、全てを実力って言葉で一括りにするのはね、乱暴なんですね。
組織の姿勢があるわけですから。
もし、この重要な仕分けをしていない、客観的基準を設けていないということだったら、その企業は社員育成を放棄して、人を大切にしていないと言えます。
こんな会社にいる人は、すぐ辞めたほうがいい。辞めよう。
ということですね。
仏教なんかでも、理不尽な苦難に対して、お前の信心が足りないからだって攻める教えよりもよ、苦難を共に見つめて、そこから何を学ぶのかということを解く教えのほうが、結果として多くの人の心を救ってきたんですよ。
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組織も一緒なんです。
不可抗力をさ、個人の責任に返還する文化なんていうのは、短期的には個人の自制を促しているように見えるけれども、実際にはその組織の未来を潰しているんですよね。
社員定着率が悪い会社とか、人が離れていく会社というのは、決して仕事の内容が厳しいからだけではないんですね。
自分の存在とか努力とかが、自分ではコントロールできない外部要因、つまりこういう理不尽な理由ですよ。
こういうことによって、ばんばん否定されていくからなんですね。
それに耐えられないから、やめるんですよ。
失敗を罪として裁く社風というのは、おそらくこの先、長く保てないなと思いますね。
そんな時代じゃないから、それを分かっていないというのがまずいから。
不確実な世界を社員と共に歩むために、会社は皆様とどのような関係を築いていけばいいのかということなんですね。
失敗しても次があるよって励ましてもらえたりとか、自分尊重してもらえたりとか、意見聞いてもらえたりとか、任せてもらえたりとか、安心できたりとか、
ちゃんと意見を言う時に耳傾けてもらえるとか、それを採用してみようみたいな、こういう社風があるかどうか。
この辺、実践している会社だったら、社員はちゃんと集まると思いますよ。
でも、球体依然としているようなスタイルだと、やっぱり残っていけない時代なんじゃないの?というふうに思います。
ということで、本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。
社員の皆様は、会社は選べますんで、給料とかそんなんで選ぶんじゃないのね。
もうちょっと多角的に俯瞰して、いろんな角度から自分が成長できるかどうか、自分が成長できないかだったら、いくらお金をもらったってつまんないよ、結局のところ。
自分が好きかどうかっていうこともありますけども、やっぱり社風ってすごく大事です。
文化ですからね。その会社が作ってきた文化ですから。
だから、社員の方はその社風、文化を見てですね、選択する、選ぶというですね、そんな視点も僕はすごく大事なんじゃないかなと思います。
ということで、また明日お会いしましょう。
それではバイバイ。