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笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。 本日もよろしくお願いします。
まあ、縄文時代から左遷国時代だとかね、江戸時代に入って、これ商売人のですね、歴史をですね、ずっと今お話してますけども、我々商売をやってるけども、商売のね、歴史ちゃんと分かってんのかっていうことでですね、あのダダダとこう駆け抜けるですね、今ちょうどそのシリーズ最中でございますけども、ちょうどですね、今ですね、江戸時代にね、
もう江戸時代も長いからね、江戸時代もいろんなことあったからね、あの、今お話してますけどね、三宝よし、未商人ですね、職業、植物業、鈴木翔さん先生ですね、で、実の商人は先も立ち我も立つだとかね、まあこれは石田バイガン先生ですけどね、で、まあ僕はね、こんなに本当にね、崇高だったのかって思ってるんですよ。
うめえって言ってね、そんなことないだろうってね、現実にはですね、江戸の商売というのがどうかと言うと、やっぱね泥臭くてね、たくましくてね、ずいぶん怪しいものもいっぱいあったんですよ、そもそもですね、幕府は市の交渉っていう身分制度を設けたんですね、で、商売人は最下層です、最下層ね、ものを作らないだろう、お前らはとね、右から左に流してお金を取るとかね、お金のために生きる癒やしい人たちと言うことですからね、
武士は誉れ高いね、生き方をしている人たちっていうね、最高峰だったんですけどね、で、農民は汗を流して米を作ってね、野菜を作って、で、職人は手を動かしてものを作るけども、商売に何やってるんだって、何作ってんだって言う、こういう下げ隅がですね、当時の社会にはね、強くあったわけですね、で、またね、お金のために動く、働くのは癒やしいぞと、人として、あの魂が本当にあの、
すすで汚れてるぞっていう、こういう価値観ですね、これはですね、武士道の製品ですね、貧しくても清くっていうですね、こういう美徳とする文化とも深く結びついてたわけですね、で、お金を欲しがることは恥ずかしいことだっていう擦り込みはですね、日本人のお金の複雑な感情とか概念としてね、今だって続いてるかなというふうにも思うわけですね、でも冒頭でお話したようにですね、江戸時代のね、商売人たちね、もっとたくさんの人たちが、
たくましくてしたたかでですね、怪しいんですよ、身分が低くてもさ、ぶっちゃけ財力はですね、武士をはるかに超えてたんですね、江戸時代の江戸なんかすごいですよ、だからお金に困った武士がですね、結局どうしたかというと、頭下げて商売人からお金借りてたんですね、身分は上だけど財布は空っぽっていう武士とですね、
身分は下だけどもお金いっぱい、蔵は満杯っていう商売人っていうですね、この逆転現象がですね、江戸の街のあちこちで起きてたんですね、で商売人たちは表向きには腰を低くして武士にね、従いながらも裏ではですね、お侍さんもお金がなければうちに頭下げに来るんだよみたいなね、こんな感じで北朝鮮だかもしんないよね、でここから本題なんですけどね、
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前回の放送でエチゴ映画がですね、現金かけ値なしっていうのを販売革命として打ち出したというふうにね、小札売りっていうことですね、言いましたけども、でもこれは裏返すとさ、それまでの商売っていうのはかけ値ありだったんですね、当然だったんですね、同じ品物のお客さんによって値段変えてみたりとかね、してたっていうことですね、であと値段交渉っていうのはね、商売当然だったんですよね、で大阪もさ、今だいぶねその辺収まってきたけども、
僕若い頃なんかはね、あらかじめ高めの値段ですよね、だからそのまんま払うなんてことまずなくて、値引き交渉っていうのが普通、そんでその値引き交渉をしてですね、どんぐらい安く買ったかっていうのを大阪の女性たちは自慢しあってましたからね、でも逆に言ったら値段交渉ができるってことは、商売で言ったら騙しの恩賞っていうね、そういう側面もあるよね、
お客さんによって値段変わっちゃうからっていうことですね、だからまあ、市の交渉の際はですね、商売人たちっていうのは自分たちでも、まあ騙してる我々は一番下でも仕方ないかみたいなね、こういうふうに思ってたっていう説もありますからね、でね、この騙しなんですけどね、すごいのがあってですね、見せ物小屋商売ってやつなんですけどね、江戸の盛り場ですね、浅草だとかそういうところにはまあいろんなですね、見せ物小屋が立ち並ぶんですけども、
そうなんですよ、世にも珍しい蛇女、三分足の犬とか、南蛮から来た不思議な石とか、すごいわけですね、だいたいこの多くはもちろんね、巧みな仕掛けだとか、作り物だとか、和術によるデタラメとか、インチキばっかだったんですよね、ところがですね、これポイントなんですけどね、江戸の人たちはですね、それを知りながら楽しんでたっていうですね、こういう節もあるんですね、
騙される方も悪いっていうね、江戸っ子の生きの姿勢がですね、騙しやインチキ商売を支えてたって言うんですからね、これなんとも大らかだなと思うわけですね、あの落語の時蕎麦ってご存知ですか、あの蕎麦屋にさ、蕎麦代のね、16万をね、支払うときにね、一つ、二つ、三つってこう数えながらですね、途中で今何時だいって聞いてですね、九つって答えさせてね、
そこから10、11って言って俺らの少なく払ったんだっていうね、それを聞いた別の男がそれはいいアイディアだって真似してですね、逆に蕎麦屋の店主にですね、何時か聞かれてですね、多く答えて支払うっていうことなんですけど、だからこういう詐欺とかいたずらみたいなね、この小賢しさ、小ずるさみたいなのを江戸の人たちはですね、笑って楽しんでたんですよ、とにかくばっかでーみたいな感じですよね、
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ね、悪いことっていうのは知ってんだけどもね、うまくやれたら痛快だしね、逆に返されて面白いやーとか、あとはその大らかよね、その見せ物小屋のお話なんかもそうですけどね、まあいいよまあいいよってどうせインチキだよ、インチキかかってやっかーみたいなぐらいの感じでね、余興だ余興だーみたいな感じで楽しんでたなっていうね、こういうコミカルな部分があるわけですね、
でね、他にもですね、その日暮らしっていうことなんですけど、江戸はね、良い腰の金は持たねえっていうですね、それが意気だっていう、こういうのがあったんですね、だから稼いだお金はですね、そのまんま払う、もう使っちゃうんですよ、でもね、これおもろいのはですね、なんで使うのって、なんで貯金もしないで使い切っちゃうのってバカだねって思うでしょ、違うんですよ、今みたいな感じでですね、
自分で老後の貯金をしないとみたいな、これ何かと言ったら不安があるからですよね、そうですよね、で自分で準備しなきゃみたいな、江戸時代違うんですよ、寿命が短かったっていうのもあるんですけども、基本的にはお互い様の精神なんですね、だから餅つもたれつですからね、具合が悪くなったら誰かが面倒を見てくれるし、ご飯も食べさせてくれるんですね、これは近くにいるですね、人たちがみんなですね、
持ち寄ってお互いにそれやってくれるっていうのが当然だったわけですね、だから相互扶助助け合いっていうのは当たり前だったから、良い場所の金を持たねえ、使え使えってやってたんですね、あとはやっぱりその天下の回り者、金は天下の回り者、金は天下の回り者っていうですね、そういう概念もすごかったんですね、だから自分の手元に置くよりはやっぱりその循環させろと、循環させてなんぼなんだみたいなね、
こういう、これすごく本質的なところなんですよ、本当にね、だってこれが自然の節理だもん、自然って循環してるからね、どこかに溜まるみたいなことってないですからね、だからその日暮らしの人たちも結構多くてですね、これがね、なかなかね、おもろいんすね、江戸の町人の多くはですね、長屋に住むね、棒手振りっていうですね、商売人ばっかりなんですね、天秤棒を担いでさ、
今日は豆腐売ったりとか、明日は金魚売ったりとかね、あさって風鈴とかね、違うものを売るんすよ、季節とか気分とか何が売れそうかとか、それだけで動く、かなり即興的なね、商売をやられてる方が結構多かったんですね、だからもう事業計画もマーケット分析もブランディングもなんもないんすよ、私は江戸時代の商売一覧が掲載されてる本持ってんだけど、それマジで面白くって、何これっていうの結構乗っかってるんですけども、
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耳かき一本持って町に立ってですよ、耳かきしないかねって声かけて、耳かきしないかね、耳かきしないかねって言ってる商売も紹介されてましたから、もうなんだと、いまいちダメだとすぐ辞めるらしいですけどね、で売れたら今日の酒代になると、売れなかったらまた明日考えりゃいいやみたいな、
酔い腰の金をもたれぞと、明日は明日の風が吹くぞと、なんとも呑気で微笑ましい大らかな人たちの商売が江戸の経済を底辺で支えてたんですね、ここには実は素晴らしい知識と知恵、工夫もあったんですね、先ほど言った棒手振りたちは声が商売道具なんですよ、
え?って思うでしょ、豆腐へ豆腐、金魚へ金魚、サウダケへサウダケとか、こういうのでこの声でですね、お、金魚が来た、豆腐が来た、風鈴が来た、こう来るわけですね、お客さんが寄ってくるわけですよ、
この売り声なんですけども、単なる売り工場ではないですね、売り工場っていうのは例えば、釜の油をですね、筑波産のですね、釜の油をちょっとつけてってやつですね、刀で手をちょっと切ってですね、釜から出た油をですね、釜ってあれだよ、カエルね、カエルに鏡を囲んだら油が出てきて、その油をですね、軟鋼にしてそれを塗るとですね、
刀で傷つけた血がすぐ止まって傷も治るみたいな、これあれですけどね、詐欺なんですけどね、こういうふうな感じでですね、これ売り工場なんですね、この売り工場とはちょっと違うんですね、江戸の季節の声なんですね、街の声、人の声ということでですね、この人の声がですね、そのまんま季節の風物詩になったりとかね、何屋さんが来たっていうね、知らせになったりとかっていうことなんですね、金魚売りの声で夏を感じてさ、
焼き芋売りの声でさ、秋とか冬を感じるわけだよ、この商売の声っていうのが江戸の街の音の文化ですね、これを作っていたわけですね、だから広告費もないし、ホームページもないし、SNSもないのよ、この時に声一つよ、声一つ、金魚へ金魚、こういう声一つでさ、お客さんが引き付けた商売人たちは、本能的にやっぱり僕はね、伝えることの本質っていうのをちゃんと知ってたんだな、
というふうにも思うわけですね、それ以外にですね、当時は広め屋さんという方がですね、いらっしゃってですね、街頭でですね、今で言うチラシですね、そういったものを巻き散らすっていうのもやってたし、ポスティングみたいなこともやってましたしね、それから後は鎮堂屋さんのね、原型みたいなものもですね、江戸時代かな、には始まったりもしてましたからね、
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だから広告っていうことに関して言えば、そのぐらいの時代からですね、実は現金かけ値なしのね、あのあたりのお話なんかも広告とセットですからね、チラシを作ってですね、街頭で配ったりだとか、ポスティングしたりだとか、っていうことをやってたんですね、
まあでもね、片屋の耳かき一本持って、耳はかかんかないっつって言うのも一緒ですから、もうぐっちゃぐちゃ見せ物小屋つって、ぐっちゃぐちゃ誠実な人もいればさ、ズル賢いのもいれば悪いのもいたりとかさ、崇高な哲学もあればさ、その日暮らしの即興みたいなものもあってさ、このカオスなんですよ、このカオスっていうのを全部まるっきりこうね、飲み込んでですね、まあいいじゃないの、っていうふうに言ってたんですよ、
そういうふうになってたのが、江戸なんですね、江戸商売の真実なんですね、で、この混沌の中からやっぱり長続きしてる人たちっていうのは、誠実さを貫いた方たちっていうのがやっぱり長く残ったりとか、のれんをね、次の世代に渡すぞっていうことで渡せたりとかもするわけですね、まあ日本にはさ、他国のね、歴史をしのぐほどですね、長年営業してる老舗が多いのもですね、あのね、こういうね、背景があったからだという、今日はそんなお話でございました、
ということで、どう考えてみたらさ、そんな難しく考えないでさ、耳かき一本持っただけでさ、耳かき屋っていうふうにさ、もう言えちゃうんだからさ、みたいなね、あのね、すっごいね、クソ真面目に考えないでですね、もっとやっぱり気楽に考えていくっていうことも、リラックスして、頭ね、緩めて、商売考えていくってことも大事なんですよ、ということで、また明日お会いしましょう、それではバイバイ