1. 笑倍繁盛チャンネル
  2. #1422 批判せよ
2025-11-23 11:20

#1422 批判せよ

#1422 批判せよ

社会には「常識」と呼ばれる暗黙のルールが存在します。誰もがこれに従って生き、従わない者を「非常識」とみなす傾向があります。

しかし…常識は時に不合理なのですよね。だって個人の自由や創造性を抑圧しますから。

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繁盛チャンネルの望月まもるです。本日もよろしくお願い致します。 社会には常識と呼ばれる、暗黙のルールが存在しますよね。
誰もがこれに従って生きて、従わないものをですね、非常識と、こういう風にみなす傾向がありますね。 でもですね、常識は時に不合理なのよね。だってね、個人の自由とか、創造性とかね、クリエイティビティね、こういうものを抑圧しますからね。
本日はですね、ミシェル・フーコーの説ですね、批判的な知についてお話しします。批判的な知、知識の知ですね。
でね、ミシェル・フーコーさんはフランスの哲学者さんなんですね。思想詩家とか、作家とか、政治活動家とか、文芸評論家とか、まあいろんなことをやられている方なんですけども、
彼が説くですね、その知識の知、知はですね、誰もが当たり前と受け入れている社会の常識を疑ってですね、より自由で合理的な社会を目指さないの、目指そうよっていうね、こういう思考の姿勢ですね、これを指してるんですね。
で、まあ、いわゆるこの暗黙のルールっていうのは、これ誰もこれに従って生きてるんですけども、従わないもの非常識とかね、こう言うんですが、
でもこの不合理で、この社会では我慢が当たり前みたいなね、で、家で自由にすればいいとか、まあこう考える人が多いでしょうとね、ところがこうした考えはですね、社会はそういうものとか、変えようとしても無駄っていう諦めから生まれちゃうわけですね。
で、誰もが、誰も動かないみたいなね、特にこの諦め金強い日本ではですね、常識に疑問を呈する声が上がるとですね、お前がおかしいとかね、こういうふうに抵抗されることさえありますわね、でね、多くの人はね、実は内心息苦しいとか、もやもやするだとか、そんなことを感じてるわけですよ。
感じながらも、社会は変わらないとか、人間なんてそんなものだとか、大人はこういうもんだみたいなね、こんな感じで自分をギャッギャッギャッって抑圧してですね、しかもその諦めに慣れてですね、この適応した姿を大人になることだと、こういうふうに勘違いしてたりもするわけですよ。
こうした諦め上手な姿勢っていうのは、個人の不満をギュッと押し殺しながら、これ以上幸せになるにはどうしたらいいか、ではなくて、今以上不幸になりたくないと、こういうね、消極的な生き方に繋がるということです。
このようにね、自分の声を無視する人は他者の声、特に少数の人とか苦しむ人の声を聞くことを避けるようになりがちだと、その結果無視したり排他したりしながらですね、自分を正当化してですね、排他するんですね、で、そんなことしながら社会全体の循環とか構造とかね、創造性クリエイティビリティや共感とかこういうものが損なわれていくということなんですね。
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この不幸のですね、批判的な地は、この諦めの状態下ですね、諦めがもう当たり前になっていると、こういうものに抗う姿勢だということです。
それは社会を転覆したりね、破壊したりするものではない、違うの、既存のシステムや常識と言われているものとかね、それからあとは関係性であったりとか、それをね、より良く作り変えるための知識の地ですということなんですね。
だから常識や規則が不合理であってもさ、疑問投げかけないまんま、ただそこに存在し続けている大人が多い中ですよ、批判的な地は本当にこれで良いのかと問い続け、改良の可能性を探るわけですよ。
例えばよ、職場の時代遅れとかさ、時代遅れな規則とかね、それから非効率な監修ね、こういうものに対してもっと合理的にできないのとかね、もっとみんなにフェアになる方法ないのとか、こういうことを提案するのは破壊じゃないのよね、すごく建設的な行動なんですよね。
だからこの地はね、個々の、我々個々がですね、自分の意思や考えを発信して、各々がそれを尊重することをまず重視すると、それで実際にみんなで改善に進んでいくということができればいいわけですよ。
なぜだったらこのような発意ですね、意思を発動する発意ですよ、発意が抑圧される土壌とか、そういうシステム仕組みだとですね、組織全体の発展性が失われるんですよ、クリエイティビティも失われるんですよ、だから規則とか組織のあり方自体ですね、これを自由に議論して、より合理的で自由な形に変えていく、これからね、本当にちゃんと時代に合わせた変動の仕方ってさ、
すごく大事ですからね、進化の仕方大事ですから、変えていく流れというのは、もうまさに批判的な地の革新ということなんですね。例えば会議や会合とかでさ、いつもこうだからなんつってね、理由なく続けられる監修にね、疑問を持ってね、もっとこうしたらどうですか、みたいな、こんなやらなくてもいいじゃないですか、みたいな大体案を提案してもね、いいんですよ。
そもそも学校ですら今、ブラック拘束ってワードがあるじゃないですか、なんかこうさ、天然の髪質でね、癖毛だったりとかしたりとかね、色がちょっと薄いとかね、髪の色が薄いとかあるじゃないですか、そういう場合に自化照明を出せとか、下着の色を指定するとか、ポニーテール禁止とか、カバンにつけるキーホルダーの個数制限とか、もうなんでって思うのか、カーディガンとかセーターの禁止とかね、もうこんなのもはや人権侵害とか時代錯誤する、
好きなんですよね。だからこそ、そこに声を上げる行動っていうのが社会。社会っていうのは所属する学校であったりだとか、会社であったりだとか、お店であったりとか、そういったものも社会ですから、そういったものを少しずつ良い方向に導くということなんですね。
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で、なぜこの批判的な地位がね、必要なのかというと、日本人の多くはですね、息苦しさを感じながらも、社会はこういうものって受け入れちゃうんですね。
で、モヤモヤをですね、ギュッギュッって押し込めたりスルーしちゃったりするんですよ。例えば、過労死いられるさ、職場環境とかね、理不尽な上司との上下関係とか、そういうものに不満を抱きつつもよ、我慢するしかないって、自分殺しちゃうわけだよね。
だからもう20代の中盤以降でですね、中途採用で、私のクライアントさんのところに来るね、方たちなんかね、まずね、最初はですね、この傷ついたですね、心であったりとか、もうその植え込まれてしまったですね、社会という価値観、仕事という価値観ですね、それの解放からですよ。もう本当にあれですよ、リハビリって、もう僕はそう思ってます、本当にね。
だからもうそっからですもんね、自分殺しすぎちゃってて、もう気の毒でたまんないのよ、そういうのは。だからこういう抑圧はですね、自分の感情とか感覚とか思考とか、そういうものを麻痺させちゃうんですね。で、これどうなるかと言うと、他人に対して無関心になっちゃったり、攻撃性をね、強めたりとか、こういうものに繋がっちゃうわけですよ。
でね、またね、こんな感じで自分の声を無視する人はですね、少数の人の声とかね、他者から上がるどうにかしたいっていうね、こういう訴えを耳に入れること自体ね、とても嫌がるんですね。その結果、お互いを理解する機会が失われちゃうと。
すると、どんどんどんどん社会は硬直化しちゃいますよね。なので、耐えてきた人からするとさ、どうなるかと言うと、我慢しない、お前が悪いって、こういうことにしておかないとね、自分がこれまでやってきた苦労苦悩が報われないから、このままにしとくっていうのもあるわけでね、硬直しちゃう。だからこの批判的な地位はこの硬直、固くなってしまったものを打ち破るわけですね。
それは幸せになるんだと、なれるんだと、積極的に考える姿勢に基づくわけですね。そうじゃないとさ、これ以上不幸になりたくないっていうね、消極的な生き方になっちゃうわけでしょ。ここからやっぱり脱却するというところが批判的な地位なんですね。
例えば、誰もがですね、会議は長いのが当たり前と諦めている職場でですね、身近効率的にできないかって提案するのは批判的な地位の代表的な実践例なんですよ。たったこれだけの小さな疑問や行動がですね、常識への呪縛を解いて、より自由で生きやすい社会への一歩になるということなんですね。
で、この常識を疑うことの意義なんですけども、この疑うこと自体は簡単ではないんですね。周囲の抵抗があるんですよ。あと面倒な人だとか、うざいやつだとか、変人だとか、こういうレッテルを張られるので、それをまず恐れるの、みんな。
僕なんか変人って言うとですね、言われたらですね、それはですね、勲章みたいに思ってますけどね。お、そうかっつってね、そこら辺にいる人と違うんだなっつっていうことでですね、勲章のように思うんですけど、こういう変態はやっぱりなかなか少ないみたいなんですね。
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だからこのね、みんな恐れるとね。でもこの風光の批判的な地位はですね、誰もが声を上げられる社会を目指してますから、例えば朝の通勤ラッシュで感じるね、ストレスを仕方ないって受け入れるんじゃなくて、なぜこんな仕組みなのかなとか、改善策はないのかなっていうふうにやっぱり考えることでですね、どんどんどんどん素敵な方向に変わっていくんじゃないのというところなんですね。
だからこの批判的な地位ってのは、個人と社会の関係を見直す力なんです。だから常識を盲目的に受け入れるのではない。だから我慢するんじゃない、もやもやをするんじゃない、感情を抑圧するんじゃないんですよ。
これは本当に合理的かとか、万人に優しいかとか、もっと自由な形はないかとか、自然環境を守られてるかなとか、こういうことを問い続けてですね、自分にできる形でアクションしていくということが大事なんですね。
その一人一人の積み重ねが、我々各々の息苦しさを軽減したりとか、それから豊かで優しく、また創造的で共感的な社会を築いていくということなんですね。だから諦めではなくてですね、改良を目指す姿勢、それが風光が提唱する批判的な地の真髄だというところなんですね。
ということでですね、今日はミシェル風光の批判的な地ということについてですね、お話しさせていただきましたけども、皆さんどうでした?ブラック拘束とかありました?今頃こんなこと言ってんのとか、なんでこんなこと拘束にしてんのみたいな。これは車速にしても何にしてもですね、世の中でこれは常識だ、ルールだっていうふうに言われて、それにですね、なんかもう本当に無条件で従ってるような人たちっているじゃないですか。
それがもうあれですよ、自分で自分の人権を放棄しているような状態になりますからね、そこに対して疑問を提出ということでですね、本日も行きたいではございませんじゃないでしょうか。おかしいな、なんか最後はなっていう感じで、今日も最後まで聞いていただきありがとうございます。また明日お会いしましょう。それではバイバイ。
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