1. 笑倍繁盛チャンネル
  2. #1580 自分を認める事と愛する..
#1580 自分を認める事と愛する事の違い
2026-04-30 08:46

#1580 自分を認める事と愛する事の違い

#1580 自分を認める事と愛する事の違い

「自分を認める事」と「自分を愛する事」。この二つは似ているようでいて、実は異なる性質を持っています。

それは…

🟢「望月まもる」の公式LINEはこちら
https://line.me/R/ti/p/@806bchko

◯当チャンネルは地域密着型のご商売をされている商売人の皆様に、笑倍(商売)繁盛の「やり方」、そして心の「あり方」について、地域集客歴40年目に突入した望月まもるが、普段セミナーや講習会などでお話している内容をお伝えしております。

◯著書
集客は地域のお客様からはじめよう
https://amzn.to/3Jgk9yT

儲けるポスティング 損するポスティング
https://amzn.to/3Yl3KNJ


◯私、望月まもるは、セミナーや講習以外にも、普段から地域密着型のご商売をされているお店さん、会社さんのサポート(集客、販促、相談、社員育成など)をしております。

◯店内や社内でのお悩み、ご相談や質問などございましたら、どうぞコメントやレターでお寄せ下さい。

#笑倍繁盛チャンネル
#望月まもる
#罪悪感
#自己不一致
#自己正当化
#心
#感情
#精神
#意識




感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:00
笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
自分を認める事と、自分を愛する事、この二つは似ているようで、実は異なる性質を持っているんですね。
それはですね、まず自分を認めるという行為にはですね、多分にして評価のエッセンスがですね、これ含まれるわけじゃないですか。
自分の行動や成果を客観的に捉え、あるいは主観的にもいいんだけど、価値を見出そうとしているわけですね。
これだけのことができたとか、あの困難を乗り越えたってね、こういう事実に焦点を当てて、それを肯定すればですね、社会的基準を超えたりだとかですね、
誰かに勝てたらとか、自分の中に作り上げた理想の自分に対して、よし合格!みたいなね、反抗を押せるわけですよ。
目標を達成して自分で認めれば、ドーパミンも放出されてね、達成感とか自己効力感も得られる。これは事実なんですね。
ところがよ、この認めるという感覚は常に条件と隣り合わせでもあるわけですよ。
そうするとさ、できたから認めるって、こうなっちゃうわけでしょ。
そうしたらさ、できなかった時は認められないっていうですね、自分を二分する危うさ払んじゃってるんですよね。条件付きだからね。
それはね、常に自分の中に厳しい監督と選手がいるような、こんな状態なんですね。
だから自分からのですね、この厳しい眼差しがですね、ずっとね、つきまとってると、こういう感じになるわけですね。
一方でですね、自分を愛するということは、条件とか評価を完全に超越した自分との関わり方なんですね。
何をしたかではないですね。自分という存在そのものへの無条件の肯定なんですよ。
愛することは条件付きじゃありませんからね。何が優れてるかとか、優れてるとか、何かが欠けてるとか、こんな理由はいらない、無用なんですね。
むしろね、その弱さや未熟さとか失敗した自分さえもそのまま抱きしめることが、慈しみ、自分を愛することなんですね。
だから個人の栄光ですね、自我とかを超えてですね、自分の魂っていうですね、本質的な存在を温かく見守るね、力でもあるかなと思うわけですね。
評価する自分と評価される自分っていうのはさ、分離しちゃってるでしょ。そうではないですね。
だから自分を愛するっていうのはただ一つの存在っていうね、そういう調和があるわけですね。
この二つの違いをですね、補完する概念ですね、補佐する概念として自己需要っていうものがやっぱあるわけですよ。
心理学ではありのままの自分を認めるのをですね、自己需要って呼ぶんですけども、これはね、自分を愛することへの入り口になるんですね。
03:00
自分を認めようとする時ですね、私たちはついポジティブな側面だけを見ようとしがちなんですね。
それはそれでね、もちろんすっごい大事なの。自分が何者かっていうのはね、その両側面がありますからすっごい重要なんですよ。
これももちろん大事。ところがですね、本当の意味で自分を愛するためにはですね、自分の中にあるユングさんが言うシャドウ、
あと受け入れがたい部分、もうクズで、バカで、本当に単純で、こいつはもう堕落してて、何でもいい。
本当に人には言えないよみたいな、そういうドロッドロのどうしようもない部分も排除せずにですね、ここにあるなということを認めてですね、それを許す必要性があるんですね。
これはですね、自分の中に境界線引かないってことなんですよ。条件付けないってことですからね。
自分の中で平和をですね、作り上げていくためにですね、必要不可欠な工程でもあるんですね。
またね、自分を愛するっていうのは、自分という存在を宇宙などの大きな流れから預かった大切な命ですね、として慈しむということでもあるんですね。
だから自分が自分の所有物であるという感覚をですね、ポンと手放したときにですね、自分への愛はより順度を回すということなんですね。
で、とはいえですね、無条件に愛していれば自分を評価しなくてもいいのかと言うと、それぐらいまたちょっとなんかどうかなっていう感じなんですね。
なぜかというと、人が新しい一歩を踏み出すにはですね、安全基地が必要なんですよ。
どんな自分であっても、その存在価値は揺るがないよっていうですね、この無条件の自己愛、自信はですね、この安全基地に当たるわけですね。
この安全基地という土台があるからこそ、人は失敗を恐れずに未知の領域に挑戦できるんですね。
で、その挑戦の結果として得られた成果や変化をですね、客観的な視点で良くやった、素晴らしい、嬉しいって認めるからこそ、安全基地強くなるんですよ。
つまりね、小さかろうが大きかろうが、成功体系を積むことで安全基地はできるんですね。
また、安全基地があるから挑戦もできるし、認めることで安全基地がさらに強くなるという、こういう側面もあるから、実は認める部分だって必要なんですよということですね。
もしこの自分を愛するさ、この土台ですね、これね、書いたまんま認めるだけで心を満たそうとすると、それは終わりなき条件づけの競争になっちゃうわけですね。
何かできた自分は価値があるけども、できない自分は価値がないっていう思考になっちゃうでしょ。
これが常に自分を評価のステージに上げっぱなしになっちゃうんですね。すると自分で自分をそれやってますからね、心がやっぱ疲れてきて、枯渇しちゃうわけですね。
06:10
一方で、ただ自分を甘やかすだけの愛ってね、これに終始しちゃったら自分の可能性広げる機会も逃しまくりっすね。
人間には自己超越っていうですね、過去の自分、今の自分をどんどん超えていこうという本能的な欲求があるわけですね。
適切な自己評価とか認めるというね、こういったものをですね、排除しちゃうのは、自分の魂の欲求に蓋をするというところにも繋がっちゃうわけですよ。難しいですね。
どんな自分であっても愛しているという静かな海のような安心感、土台とか安全基地がありながらですね、その上でですよ、より良くあろうとか、より表現していこうとか、より行動しようとする自分を温かく認めて、ちゃんと励ましてという表現ですね。
この2つはですね、対立しているようにですね、車輪の両輪なんですよ。連動しながらですね、自分を前に運んでくれるものなんですね。
このようにですね、実は現実社会の上では、認める、愛するものもそうですけどね、認めるというものもですね、一つの成長の糧になってくるというわけですね。
自分を総括するとですね、自分を認めることはですね、点なんですよ。点、点、点、点の点ね。起点とか、始点の点ね、の評価であり、点の評価なんです。
自分を愛することは、空間を包容することなんですね。空間を丸ごと抱きかかえる、抱きしめるということなんですね。
これまでの歩みを振り返って、よく頑張ってきたねって認めてあげることは、とっても大事なんですね。
でもそれ以上にですね、今この瞬間何もまだ成し遂げていなくても、呼吸している自分そのものに、ここにいていいんだよ、それでいいんだよって微笑みかけてあげるのも、この無条件の温かさね。
こういったものもですね、自分の魂に安らぎをもたらしてくれるわけですね。
自分を愛するということはですね、自分自身の最良最高の友達となってですね、一番の理解者として、なるべく一番の理解者になってあげようということで寄り添い続けるというですね、終わりがないですね、美しい旅路だというふうに思うわけです。
ということで本日も最後まで聞いていただきありがとうございます。
今日もですね、自分の言葉に耳を傾けてあげましょうということで、また明日。バイバイ。
08:46

コメント

スクロール