00:04
笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。さあ、アドラー心理学で言うですね、自己重要ですね、自分の、まあいかに、こんなにどうしようもないひどい人間なのかと、私はなんてどうしようもないクズなんだと、これを、それからですね、いや、そうはいったってこういう素晴らしい部分も持ってるよねってね、こういうところですね、これをもう両方ともバツンと抱きしめてですね、それでも私は私なんだと、
すべて認めて、許して、抱きしめて、自分として生きると、こういうような境地に達することができるわけですよね。
今まで流されたりとか、振り回されたりとか、隠したりとか、嘘ついたりとか、不誠実に生きてきた自分がストンと、地に落ちて、ようやく落ち着くということなんですね。
落ちて着くのよ。この落ちた場所こそがですね、自分の立ち位置だと、本来の自分の立っている場所である、立つべき場所だったんだなということに気がつくわけですね。
で、するとですね、他の誰にもならなくていいんだと、私は私のままでいいんだと、ようやく気づけるわけですよね。
ようやく気づけたからこそですね、その立ったところで根が生れるんですね。
今までさ、軽薄だったからさ、ふらふらふらふらね、漂うしかなくて、あっちに振り回され、こっちにね、流されてみたいな。
人の評価であったりとか顔色であったりだとかね、資産であったりお金であったりだとか、肩書きであったりとか、こんなものにね、つまんないものにこうやって振り回されてみたいな。
こういって漂うしかなかったんですけども、それがバツンと落ちてついて、ようやく晴れるようになった根っこなんですよね。
神聖性ですね。今までも何度もお話してますけども、本来の自分、神聖性に戻ったときにですね、私という存在から9つの根っこが出てくるわけですね。
で、わっと、張り出してくるのですよ。じゃあそれはどういう根っこかというとですね、まず1個目が心の根っこですね。
これは精神性であったりとか感情の基盤になる根っこですね。
で、感情って言ってもですね、頭に来た間とかね、うれしいだとかうれしいだとか、そういうのではないですね。
即時的なそういったものではない感情になってきますね、これはね。
精神性の根っこになりますから、継続性が出てくるということですね。
なぜかというと、本来の私の位置にポンと落ちてついたときにはですね、自分はどうなっていきたいかっていうことがですね、
03:04
誰からの目線だとかそんなことも全く関係なく自分の中から湧き出してきますので、
持続性、継続性があるものが、何かしらが出てくるということなので、だから精神性っていうものがですね、ここで出てきますね。
あとは下の根ですね。下の根っていうのは言葉とか表現の基盤になりますね。
何でしょうね、Aさんがホニャララって言ったらホニャララですよね、Bさんがペケペケって言ったらペケペケですよねみたいな、
二枚舌三枚舌みたいな、合わせてペラペラペラペラ喋ってみたりだとか、
それからあとはこんなふうに思わせないと、僕をこういうふうに思わせないと、私はこう思われたいからこう言おうみたいな、
そういう言葉とか表現ではありません。これはそういうことではありません。
何か喋れなかった人が落ちてついたらいきなり喋り出すみたいなことありますからね。
自分の言葉っていうのはですね、喉が開くっていう言い方ありますけどね、
今までどんだけ言えなかったんだ、どんだけ喋れなかった、どんだけ人のこと気にしてたんだっていうね、
そんぐらいですね、ペラペラペラペラと何も気にしなくなったらですね、喋り出す人いますからね、これが舌の根ですね。
息の根はですね、息の根を止めるとか言うでしょ、生きる力、生きようとする力ですね、これの基盤ですね。
なので、生きようとしますからね、自分の健康とか自分の体ですね、自分の命ですね、
それに対してですね、ちゃんと保全してですね、保全したりだと、要は良い状態をちゃんと保とうっていうことをやってき始めますよね。
だからあとはちゃんと生きようとしてきますからね。
その生きるためにいろんなことをですね、やり始めたり、知識とかをね、得始めたりだとかってこともこの辺つながってきますね。
だから息の根ですね、いのちの根ですね、息の根とはちょっと違う、いのちの根というのは生命力の基盤ですからね、生命力ですからね。
だからこれはね直感的にあれなんですけどね、変なとこ行っちゃうとね、生命力マジで奪われますよ、みたいなところもありますね。
あとはですね、自分の生命力っていうのはロウソクの火みたいなものですからね、このロウソクの火をですね、ちゃんと燃やしていくだとかね、
それをしっかりと流れていくだとか、それからあとはここには情熱みたいなものもね、実は入ってたりするんですよ。
もともとこの情熱っていうのはですね、どこかというとですね、やっぱりこの生命力のところから走ってますからね。
こういったものがようやく発動するんじゃないの?みたいな基盤ですね、この根っこが出てきますね。
あとは志の根ですね、これはどういうことかというと、自分の意思とか信念とかね、これが哲学美学ってところにもつながってきますけども、自分の中のね、こういうのが基盤になってきますね。
06:02
これが継続性がある自分の人生をオリジナルにちゃんと進めてくれるものの一つになってきますね。
だから義の根ですね。義っていうのは義理の義ですよ。これは誠実さの基盤ですね。
人は誰でもですね、誠実性を持ってます。それは本心性ですね。本性性ですね。
自分の本来のある姿にね、本来あるべき姿のところにですね、ちゃんと戻った時にはですね、ちゃんとこの誠実さというものがですね、自分に対しても人に対しても生まれてくるということですね。
その基盤が、その根っこがバーっと生えてくるということですね。
だから故に愛の根ですね。これはもう慈愛とか絆とか誰かとのつながりだとか、そういったものの基盤ですね。
だから知の根ですね。知っていうのは知識の知ですね。だから知識や知恵ですね。
これの基盤になってきますよね。先に進めようってんだからね。何も知らないなってことに気づきますからね。
だからちゃんと得ていこう。知識を得ていこうっていうふうになりますね。
ですから魂の根ですね。これようやくですね、やっぱりね、この自分、本来の自分にちゃんと立ち帰った時にはですね、自分の使命を思い出したりだとか、自分のミッションを思い出したりとか、課題を思い出したりとか、それからあと魂の約束がありますからね。
こういう約束を思い出したりだとか、思い出さないにしてもそちらの方向に向けてですね、ちゃんと動いてくるようになるんですけども、その基盤、その根っこが生え出すということですね。
というふうに感じですね。根っこってのはですね、自分の基盤なんですよ。基礎なんですよね。だからフラフラフラフラですね、あちこち流れているうちはですね、根なんて生えないんです。
勇気がいりますよ。落ちるってことはですね、いろんなことをさ、認めなきゃいけないじゃない。いろんなことをさ、受け入れなきゃいけないじゃない。
何かしらさ、それどうなんだろうっていうさ、嫌だなってことに立ち向かわなきゃいけないじゃない。これ必要かもしれないんだけど、捨てなきゃいけないかもしれないじゃない。
なんかだるいこと始めなきゃいけないかもしれないじゃん。そういうのを素直に認めなきゃいけないじゃない。手放したりとかさ、いろんな勇気が必要なんですよ。
今までの自分を許してみたり、誰かを許してみたりだとか、そういうものをですね、全部ですね、やり出すには勇気がいるんです。でも勇気を持って落ちるんですよ。落ちるから落ちてつくんです。
落ちてつくからやっと根を生やすって、なんて私はダメなやつだ、ひどいやつだ、どうしようもないと。でもそれは全部私なんだなと。
私はそれだけじゃないよって。素晴らしい部分もいっぱい持ってるよって。みんな抱きしめて、私は私と生きていくんだよって。こういうふうに思えるから、この根っこがですね、わーっと生えてきて、この根っこは相互にリンクしながら、根は生れば生るほどどうなるかというと幹が育つんですね。枝葉も伸ばすわけですよね。
09:09
本来の自分にこうやって戻れてこそですね、まあ人はこうやって根を生れるし、その時ですね、森を見てですね、ああ、いろんな木があるんだなと。ようやく誰かになろうとしなくなるし、誰かの評価も気にしなくなるし、肩書きなんて別にいらねえなっていうふうにも思うようになれるし、自分の時間、つまり人生を、あとは自分をですね、大切に扱うようになれるから、
自分以外の誰かも同じように大切に扱うようになれていくと、こういうことなわけですね。ということでですね、本日はですね、勇気を持って落ちろと、落ちてつくから落ち着くんだと、落ち着くから根が生れるんだと、根っこは9つ出てくるよと、こういうお話をいたしましたということで、本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。
えー、落ちてしまえ。じゃあね、また明日。