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2025-09-12 08:59

#1350 完璧主義と餓鬼道

#1350 完璧主義と餓鬼道

完璧主義は、一見すると高い理想や責任感の表れに見えますが…その根底には「傷つきたくない」という心の防衛機制が潜むものです。

そして…仏教の六道輪廻における「餓鬼道」と完璧主義はとてもマッチしているのです。

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笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願い致します。
完璧主義と言うと、一見すると高い理想があって、責任感もたっぷりで、
ぐいぐい突き進んで、すべてパーフェクトに、みたいな、こういう感じで見えますけども、
その根底にはですね、実はですね、心の防衛規制というものですね。
傷つきたくないというですね、こういうものがですね、実は潜在意識の中、心の奥底にですね、
潜んでたりするものなんですね。でですね、一方ガラッと変わりまして、仏教における陸道輪でですね、
6つの道と書きますけども、そこにおけるですね、餓鬼道、餓鬼道っていうのはですね、
再現ない欲望、食っても食っても満足できない、欲望がどんどんどんどん出てきてしまうみたいな、
ずっと満たされない、渇望に苦しんでいる、そういう状態のことの世界を、餓鬼道って言うんですけどね。
この餓鬼道と完璧主義っていうのがですね、すごくマッチしてるなっていうふうに思うわけですよ。
なぜかというとね、完璧主義もまたね、こうでなければならないとかね、こうであるべきだっていうね、こういう執着なんですね。
この執着がですね、自分の中で不足感とか自己否定とか、こういったものをどんどんどんどん増幅する。
もしかすると多責もあるよね。こういったものもどんどんどんどん増幅してですね、やっぱ終わりがない苦しみっていうかね、
こういうサイクルを生み出しちゃうなというふうに思うわけですよ。
でね、一方ね、このね、餓鬼道の住人はさっきも言ったように、満たされない欲望に苛まされてるんですね。
だから、たくさん食べ物を食べても食べても食べても食べても、もう決して満足できないわけですよ。
完璧主義だって同様に、完璧を求めるがあんまりですね、
でも大事なのがですね、その基準がですね、実はすごく曖昧で果てしないんですよね。
だからこそ、やってもやってもやってもやっても決して満足できないというふうになっちゃうわけですよ。
で、例えばですね、この中にある、心の中にあるものですね、ミスをしたくないとか迷惑をかけたくないとか、
こういう自分でやりたいだとか、こういう思いはですね、自分の価値を外部の評価や結果に委ねる姿勢ですね。
結局自分の評価っていうものを外部に委ねてしまう、こういうところから出てきてしまったりなんかするので、
この辺がですね、ガキ道の足りないっていう感覚とですね、重なったりもするわけなんですね。
結局人からどう思われるのかっていうことの、もう何でしょうね、奴隷になっちゃってるみたいな、そういう感じですかね。
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だからこそですよ、どんなに努力してもですね、まだ足りない、まだ足りないって感じでですね、
自己否定のループに陥っちゃったりもしがちなんですね。
で、またね、完璧主義者っていうのは、自分の不完全さっていうのは、人なんてもう全員不完全なんですからね。
もうしょうがないじゃん、今日はここのところでもうしょうがない、これでいいんだ、ベストを尽くした、OKって、こうなれればいいんだけど、そうなれない。
自分の不完全さを認められない、認めようとしない、そういう心の現れでもあったりするわけですね。
で、結局失敗や批判を避けたいがゆえにですね、完璧っていう幻想を求めるんですね。
これがね、結局ガキ道の執着っていうところにバチッとはまるんじゃないかなと思っちゃうわけですよ。
一見いいことなのよね、仕事で完璧な成果を求めたりとかさ、過剰な時間を費やしたりとかさ、これ良さげには見えんのよ。
でも他人からの評価に過敏になったりとかっていうのはね、これどうかなっていうところと、あとは現実っていうのは常に不完全だってことなんですよ。
不条理だってことなんですよ。どんどんどんどん常はないものなんですよ。
だからこそですね、そんな完全とか完璧とかっていうもの自体がですね、そもそもゴール、存在してないと、こういうことなわけですね。
だからこそ、こういう幻想を追い続けるのはね、ガキ道の苦しみを自ら味わうのと同じで、これの背景には何かって言ったらね、やっぱり100点満点取ったら偉いみたいな。
偏差値が高いところ、学校行ったら偉いとか、素晴らしいみたいな、こういう教育の方針っていうものがあるのかなと思いますよ。
この世の中はそんな点数で測れないしね、結局目視してですね、これが完璧ですみたいになるものって本当に少ないですからね、ということなんですよ。
だから言うなればですね、僕はこの教育もありますけども、ご本人っていうところに来たら、完璧主義っていうのは一見強く見えるんですけども、全然僕からは強さとは見えないんですね。
弱さの裏返しに見えるんです。傷つくことを恐れる心、これがもっともっとっていうね、過剰な欲を生んじゃうのかなって思うわけ。
自分に価値がないと、無価値観がある。価値がないっていうふうに思っていたら、ちゃんと自分でいろいろと完璧に仕上げなければやらなければ、価値が私には生まれないんだみたいな。
こういうものがあったりするから、過剰な欲っていうので埋めていこうかなというふうに思えるわけですよね。
仏教はさっきも言いましたけどね、諸行無常ですからね、全て変化して不完全だっていうふうに解かれてますんで。
だから完璧主義者っていうのはね、この真理に即してないんですよ。だから辛いんですよね。
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自分の不完全さを認めたりとか、あとは仕事にしても何にしても完璧なんかないんだよねとか、どうでもいいか、今日はここのところで。
失敗しようが何だろうが、これが答えなんだよねっていうふうに思っていけばね、心はどんどん軽くなるわけですよね。
さっきも言ったように完璧主義者は他人の評価に依存しがちなんですよ。多軸的だから辛いんですよということなんですね。
だから完璧主義が辛いんじゃなくて、多軸的だから辛いんだと。ここがすごくやっぱり大事なところなんだよね。
だから価値をですね、成果とかですね、他者の承認とかっていうものじゃなくてですね、自分にとって自分がどうであるかとても価値がある存在なのか、存在だっていうね、
自分のことをやっぱり愛すれば大抵のことはですね、解決できるっていうこの名言はありますからね。本当にその通りだと思いますよ。
この辺はですね、徹底的に日記とか内観とかでですね、自分と対話してですね、ありのままの自分、あとは本来の自分っていうものをちゃんと見つけて肯定していくというですね、
この時間を取るっていうことの方が大事かなと思う。仕事の完璧さなんて目指さないよね。こっちの方がよっぽど大事かなというふうに思います。
なぜかというとですね、完璧を求める生き癖ですね。これ生き癖なんですよ。一朝一夕に変わんないのよ。
だからね、もうちっちゃい行動から始めるしかないのよ。もう完璧を目指さない努力みたいなですね。部屋の片付けも完璧にやらない。
70%ぐらいでOK、もうこんぐらいでいいかって。気持ち悪くてもうこれでいいと言うことにするみたいな。こういうやっぱり手放しですね。
この手放しっていうことを練習していくと少しずつ完璧主義の呪縛を緩めていけるんですよ。
潔癖症なんかもこの辺なんですよね。最後はやっぱりね、失敗しても自分に対してですね、それでいいよと。
もうやらないように気をつけて、どうすればいいかってことも今わかったじゃんみたいな。こういう感じでどんどん許していくことですね。
自分を許していくっていうことなんですね。自分を許せない人っていうのは他の人にも厳しくなりますし、自分及び他人への慈悲ですね。
慈悲を育てるにはですね、やっぱりこの完璧っていうものを求めない。自分や他者の不完全さを受け入れるということで相互の関係性も楽になっていくということでございます。
ということでですね、本日はですね、完璧主義とガキ道っていうのを結びつけながらお話しさせていただきましたということで、本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。
今日も70点ぐらいでいきましょう。それではバイバイ。
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