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#1586 戦わなくて良いと認める勇気
2026-05-06 10:33

#1586 戦わなくて良いと認める勇気

#1586 戦わなくて良いと認める勇気

デヴィッド・ホーキンス博士の著書『パワーか、フォースか(Power vs. Force)』で提唱した「意識マップ」では、意識レベル200とされる「勇気」は、それまでの「偽りの自分(領域)」から「真実の自分(領域)」に足を進めた…人生における大きな転換点です。

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商売繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
パラパラとデビッド・ホーキンス博士が書いた、パワー&フォースの意識マップ、17段階のお話をしてきています。
私の勉強会なんかでも、自分で教科書を作ってまで、ぐいぐいと、1年かけても全然終わらないような感じでやってるんですよ。
その偽りの領域、真実の領域ってことで、これ分かれてるんですけども、意識マップはね、意識レベル200とされる勇気っていう段階なんですけども、
それまでの偽りの自分、偽りの領域から、真実の自分、領域に足を進めた、このね、始まりの段階がこの勇気なんですね。
これね、人生における大きな転換点とも言える部分なんですね。この勇気はですね、それまでのフォース、これはね、外側に振り回される強制とか我慢とかね、
プライドだとか怒りだとかね、外側に振り回されているその領域からですね、内的な力ですね、生命力ですね、自分の内側から溢れるもの、本当の自分の足で立ってですね、自分のために生きていくっていうですね、こういう領域に足を踏み入れる境界線になってるんですね。
ここから先はですね、誰かをコントロールしようとする生き方から、あるいはコントロールされちゃう生き方からですね、自らの責任で人生を切り開く生き方にシフトするんですね。
心理学的な見地から言うとですね、200未満の意識レベルは生存本能に支配された状態だ。反応反射で生きている世界なんですね。
恐怖、怒り、プライドといったからね、先ほど言った感情はですね、脳の変動体がやっぱり有意になってますから、常に周囲を敵か味方かで判断する分断の世界に生きているということなんですね。
ところが勇気のレベルに達するとですね、脳が活性化したり、前途前悪が活性化するんですね。なので客観的な自己観察っていうのが可能になってくるわけですね。
ここでは古い習慣とか防衛本能とかシャドーっていうものをちゃんと直視して、それを受け入れていく自己需要とかもしていくんですね。
間違ってはいけないのが偽りの自分をですね、倒すべき敵っていうふうに見なさないことなんですよ。
そうすると再びさ、勝ち負けの逃げるの生まれちゃいますからね。
すると反応とか反射の世界に逆戻りなもんね。
ここで勇気はですね、戦って勝つことではないです。
それは偽り時代のお話なんですね。
そうではなくて、私はこれまで怖がってたんだなと悲しかったんだなという事実をですね、ありのままに認める勇気。
そしてその今でも泣いている過去の自分、強い思い込みで縛られている自分に手を差し出す勇気なんですね。
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この意識レベル200未満の状態はですね、ハイデイガーが読くダスマンですね。
余人っていうことでですね、世の人、世界の人、その辺の人みたいな感じですね。
主体性を失って周囲に埋没している状態だということなんですね。
でも勇気の段階に入るとですね、観測者としての自分がですね、私が現実を想像しているんだなっていう認識を持ち始めるんですね。
かつては自分を縛るですね、檻とか壁だとか柵っていうふうに思っていたものがですね、
実は自分の中にあった、自分の意識が作り出した幻だったと気づき始めるからこれ起こるわけですよ。
で、この時ですね、自分の内側で起きているのは争いとか戦いではなくてですね、自己観察による崩壊なんですね。
崩れて壊れていくということですね。
心の檻とか壁とか柵なんてものはですね、偽りの自分、エゴがですね、意識的に観測されると実体がないことが明らかになるわけですね。
自分で決めてた、そうだと思い込んでただけと、このようにもうすぐ理解できるんですよ。
だから暗闇をですね、棒で叩いて追い出せるかって話なんですよ。
ただなんか明かりをつけるだけでさ、暗闇消えるじゃない。
そんな感じでですね、勇気っていうのは光なんですね。
この光がですね、偽りの自分っていうですね、幻、これを自然に解消させていくんですね。
しかしですね、この自己観察による崩壊っていうのがですね、これまでの自分が全てなくなるとか、否定の対象になるとか、こういう恐れ、恐怖に耐えられなくてですね、再び偽りの自分に戻る人も少なくないんですよ。
これはマトリックスで出てきたですね、裏切っちゃって、裏切ってみんなのことをチクっちゃうやつみたいな、そういう感じですね。
偽りの領域と真実の領域ではですね、このね、勇気っていう言葉の概念とかですね、意味とか方向性とか使い方もですね、全部変わってくるんですよということですね。
人間は定時の自分と後時の自分っていうのが存在するっていうふうにも言われてます。
定時の自分っていうのはですね、感情や思い込みの衝動反応反射なんですけども、それで生きてる自分ですね、を後時の自分ですね、観察者がちゃんと見て整えていくっていうね、この過程においてですね、摩擦が生じるのはですね、ある意味当たり前なんですね。
この摩擦っていうのは自分との戦いではなくてですね、それまで自分を守ってくれていた存在はね、これを認識する。
この人たちを認識するっていうことなんですね。
だから偽りの領域では正義が悪を滅ぼすみたいなね、完全調和が好まれてきましたけども、それはね、人を分断させたり二極化思考を強めることなんですね。
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でも真実の領域ではですね、これまで戦いに使ってたエネルギーを高い次元にさらに自分を進ませるためにですね、使えばいいだけなんですよ。
簡単、楽。
なので勇気の段階ではですね、偽りのエゴが持っていた執着する力をですね、工事の段階に、まあ要は偽りから真実の段階になったらですね、物事をやり遂げる力とか先に進む力だとか、こういったものに転換させるということですね。
なのでここはですね、自分を征服するとか自分を戦うだとか自分に勝つではなくてですね、自分を慈しみながら育成していくっていうですね、これに近い意味合いなんかも含まれるんじゃないかなというふうにも思います。
でも勇気の入り口に立つ人にとってはですね、まあ壮絶な自分の中の内戦みたいなね、内側の戦いみたいに感じられるのもこれ事実なんですよ。
なぜかというとですね、長年自分を守ってきてくれたのがですね、実は偽りの事故ですね。
仮面だったり鎧だったり壁だったり柵だったりするわけじゃない。
それをさ、脱いだり壊したりするのはですね、そこまでの自我、自分にとってですね、死を意味するんですね。
だからね、この時本人にはですね、心理的防衛本能が激しく抵抗するのは当たり前なんですよね。
だから主観としてはさ、自分の中の弱さと戦ってるっていう感覚になるのかなと思いますよね。
女神カーリーもね、それを焼き尽くせえ、殺せえっていうふうに言ってるぐらいですからね。
過激だね。
でも自分の弱さと戦ってるっていうさ、この感覚、これ持ってもしょうがないかなというふうに思いますよ。
だってさ、これがやっぱり海の苦しみなのよね。
偽りの領域から完全に抜け出すためには、この海の苦しみになるからなんですよね。
でもですね、私はね、ここでね、多くの人が脱落していくのを見てきたんです。
ある人は正向けたりとか、ある人は逃げたりとか、ある人はですね、私を悪者にするほどで偽りの自分を認めるとか、真実の自分にね、ちゃんと帰っていくっていうね、領域に行くっていうのはですね、まあ難しいみたいで。
だからそれまでのプログラムの強さですよね、生き方ですよね。
でね、またね、タイミングなんかもね、作用するのかなとも思うわけですよ。
だから、この方たちからすればですね、自分との戦いだったり、あるいはね、私との戦いなのかなというふうにもね、思うわけですよね。
戦いの中にいるうちってのはですね、まだ偽りの世界の残響ですね。
勇気に入ったとしてもですね、その、まあ残ってるんですよね。
あの、生き癖とかそういうようなものはね、だからね、この苦しみを素直にやっぱりね、受け入れる、もう降参する、降伏する、この瞬間にですね、戦いっていう感覚はですね、消滅するんですね。
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これが潔さであったりだとか、素直に正直に受け入れるっていう、こういうことになりますね。
このね、受け入れる勇気、素直に正直に誠実になると、自分に対してね、この勇気があればですね、先に行けるんですよ。
だからですね、僕はね、ここがね、蜘蛛の糸なんだなと思うわけ。
蜘蛛の糸のあのお話、ご存知です?
ねえ、あの、あれはね、実際にあるなと思うわけですよ。
ということで、ホーキング博士がね、ホーキング博士がですね、特にですね、真実の領域においての勇気っていうのはですね、本当の自分との和解とかね、で、統合の始まりなんですね。
勇気は武器を手にすることでも、誰かを責めることでもないんすよ。
攻撃することじゃないんですね。
むしろですね、自分を守るために握りしめていたものをですね、脱いだり置いたり、壊したりするために発揮するんですよね。
だから偽りの領域で分断された自分を一つにまとめて、未熟な部分も含めて、全て引き受けた時ですね、人は初めてですね、勝ち負けがない自由な世界に足踏み入れて、この世は敵がいないんだなってことに気づくわけです。
ということで、本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。
勇気の種類が変わってくるんですね、というような本日はそういう話でした。また明日お会いしましょう。バイバイ。
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