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しょうべい繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
たまにお話ししてますけども、僕はですね、毎日毎日録音してですね、収録をして出しているわけではなくてですね、結構まとめ撮りをしてるんですね。
まとめ撮りをするもんですからですね、30日分40日分とかいう感じですね、ストックするんですよ。
そのストックをしてですね、かつですね、そこにですね、なんかいろいろと文を入れたりなんだりだって言ってですね、一応その日時を指定してですね、
配信予約っていうような、こういう感じのことをやってるんですけどね、その前にですよ、その前にですね、ああ、こんな話してえなと、
この話したいな、これちょっとしゃべりたいみたいな、こういうのをですね、スマホのノートとかにですね、いつもまとめてるんですね。
移動時間にそれを書いてたりだとかですね、台本みたいなもんですね、こういうことしゃべろ、みたいな感じですね、書いてたりだとか、あるいはですね、僕は勉強会だとか研修やってますからね、
そこの中でですね、お話したことをちょん切ってですね、これしゃべる、そういえばしゃべってないからしゃべろう、みたいなね、こういうことだったり、これやってるんですけども、
このね、リアルタイムではないんですよね、リアルタイムではないのと同時にですね、このね、台本作ってる、台本、脚本、一応ですね、この内容をしゃべりたいな、つって一応用意するじゃない、すんげえ長くなるやつがあるんですよ、中にね、
たまにあるでしょ、昨日とかもそうじゃないかな、20分くらいあるんじゃないかな、3分くらいで終わるやつもあれば20分くらいあるやつとかね、あるんですけども、このね、やっぱね、長いやつっていうのはですね、たびたびですね、ちょっと後にしとくか、収録のね、この時間上ですね、後にしとくか、みたいなことを思ったりなんかもするわけなんだけどもですね、
でもやっぱりこれ話したいしな、つってですね、満を持してですね、ここに入れ込んで、ここに入れ込んで、みたいなことをやりながらですね、日々を回したりなんかするわけなんですけども、今日もね、その中のね、一つでですね、前々からね、お話ししたいなとは思っていたんですけども、ちょっとね、伸ばし伸ばしにしてきたやつがあるんですけども、ホーキンス論ってやつですね、パワー&フォースっていう、これたびたびですね、僕の収録の中でもですね、
出てきてるお話なんですけど、ホーキンスさんという方がですね、パワー&フォースっていう本を出してまして、その中でですね、17段階で意識の階層っていうのを分けててですね、この意識の階層だとこういうね、世界の見え方をして、こういうね、心の状態でこんな感じの幸福度なんだよ、みたいな、それをこうね、段階的にですね、分けて説明してくださっている、そういうですね、結構これ分かりやすいんですよ。
これ分かりやすくて、大きなね、大枠として偽りの領域と真実の領域、だからこれがパワー&フォースなんですけどね、偽りの領域ってのはつまりですね、仮初めの自分であったりとか流されている自分であったり、他人軸の自分ですね、他人軸の自分でいるうちは偽りの状態で苦しいですよと厳しいですよと、こういうことを指しているんですね。
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真実の領域っていうのはようやくですね、自分軸、本心性の世界の中でですね、生きているようやく自分の人生を歩み出しましたねっていう、そういう領域になるんですね。
で、この割合というのが、偽りの領域で生きている人が全世界の中で78%、真実の領域の人が22%、えー俺は真実だよ、私は真実の領域だって、大体この話を聞くとみんなそういうこと思うんですけど、本読んでください。
本読んでください。本当に読んでください。その中でですね、結構やっぱりこれは風の時代云々というのもそうなんですけど、僕もですね、やっぱりこの数年前からですね、これはセミナーにしても勉強会にしても研修にしてもですね、結構これ強めにお話してたことなんですけども、過剰過度な恐れや不安はマジでいらないんですよ。
これを持っているとですね、本当に次の領域、次の時代には結構ですね、これが重しになってですね、もうこれ以上飛べないよとか、これ以上もう進めないよっていうようなものになってしまう存在だから、これは早く解放しようね、解放しようね、その代表としてインナーチャイルドとか被害者意識だとか罪悪感だとか、こういったお話を結構重め、強めにですね、してきたんですね。
だって飛びたくたって飛べないよ、重りがあったらっていうこういう話なんですね。
なんですけども、ここに関してですね、ホーキンスさんがですね、これ恐れというものが当然ですけども、先ほどの偽りの状態ですね、偽りの段階の中にバチンと入ってはいるんですよ。
その偽りの領域にいるうちはですね、結局、自分として生きられないということになりますからね、そこの領域の中でですね、完全にこの恐れの領域っていうものがこれございましてですね、この恐れ、でもこの恐れっていうのは何なのかというと、結局解決してない何かがあったら、あるからやっぱり怖かったりだとかね、その恐れが悲しみと、実はまた紐づいてたりだとかね、
それがあるから怒りになったりとかね、こういうふうにしていきますからね、だからそちらのやっぱりマイナスの感情がですね、すごく揺れ動いちゃったりだとか、それがね、表にどんどんあったりだとか、それが日々ですね、自分の頭を占有している場合っていうのはやっぱり偽りの領域なんですよね。
だからその中で、ホウキンス的恐怖っていうところでですね、ホウキンスさんが恐怖に対してどういうことを言っているのかっていうのをですね、今日はですね、ちょっとお話ししたいかなというふうに思っております。
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まず危険に対して恐怖を抱くっていうのは健全なんですよ。これは当たり前なんですよね。当たり前なんですよ。だって、安全欲求っていうのが本能にありますからね。だから危険は恐怖イコール当たり前。当たり前です。
ところがですね、その恐怖もね、もう細分化されたりだとか、それいらないじゃないっていうことも実はあったりとかするんですけども、そんな余計なことまで抱えてるから先に進めないってのもあるんですね。
で、ホウキンスさんね、世界のほとんどは恐怖に支配されていると。それは人間のやむを得ないことの行動の厳選でもあると。
敵に対する恐怖とか、追いや死に対する恐怖とか、拒否されることへの恐怖など、数多くの社会的恐怖がほとんどの人々の生活における基本的な動機づけになってますと。
でもこのレベルから見てるとね、世間は罠とか脅威の危険でいっぱいに見えちゃうんだよということですね。
で、恐怖は全体主義国家が市民をコントロールするため、ここ面白いですよ、好んで用いる制度ですっていう表現してるんですね。
使ってるんだってことですよね。
そして不安は主に経済を巧みに操る手法ですと。
で、メディアと広告は市場声優率を増加させるために恐怖を持ちますと。
こう言ってですね、だからまんまと載せられちゃうんだってことです。
恐怖と不安を持っている人はですね、この辺に国家であったりだとか経済であったりとかメディアであったり広告であったりに載せられちゃうんだってことなんですよ。
だから恐怖とか過剰の恐怖だとか持ってない方がいいですよってのはそこなんですね。
で次、恐怖が持つ性質は人間の想像力同様に限界がありません。
人間が一旦恐怖に取り憑かれると世の中にある全ての事象が恐怖に見え、その餌食になります。
例えば、関係を失うことの怯えは嫉妬になる、慢性的な高いストレスを引き起こす、こういったことに繋がるわけですね。
恐怖の重いというのは他人が常に自分を批判しているというね、こういう妄想を抱いたりとかあるいは防衛的な神経症を生み出します。
またそれは伝染性もあるのでマスコミなんか使ったもんだったら簡単に社会全体に蔓延します。
恐怖は個性の成長を制限しちゃうんだ。
また個性にそのまま根付いてしまう場合もあるんだよとこういうふうに言ってるわけですよ。
やばくないですか。
使われてですね、まんまとですね、乗っちゃうということだし、それが個性の中にビチッと根付いちゃうんだということなんですよね。
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で、ホーキース論ではですね、一応これ段階で指してますからね、次の段階、次の段階というふうになるんですけども、この恐怖の段階の上に上昇するっていうのはエネルギーがそこそこいるんですよね。
だからこの抑圧されている人ですね、例えば感情の抑圧をしているだとか、自分の思っていることを言えないだとか、恐怖によってだいたい言えませんからね。
言えなかったら抑圧しちゃいますからね。
この抑圧されている人ってのは大抵ですよ、ここなんです。
誰かの助けなくしてはより高いレベルに達することはできないと明言してるんですね。
これそうだと思います。
だって他の視点がないからね。
恐怖にもう追いかぶされてるわけですからね。
他の視点がないし、他の考え方ができないし。
他の、要はあれなんだよね。
それより上にいる人に助言してもらえない限り、そこから抜け出すのは無理なんですよ。
これよくわかります。
なので恐怖に取り憑かれている人はそこから解放されたいがために、
自分の恐怖を征服したかのように見える強いリーダーを求める傾向、依存なんですね。
依存しちゃうんですよね。
それで騙されると絶望を感じる、当たり前ですよね。
だからここすごく大事なとこなんですけど、
でも見誤るんだよな、大抵な。
恐怖を征服したかのように見える強いリーダー、恐怖を征服したリーダーにどっちなのかってのが分かりづらいんですよ。
だからですね、そこを見誤っちゃうってことですね。
で、恐怖というのはつまり拒絶ですね、失敗ですね。
不確実性、挑戦、老化し、喪失、見知らぬ人、世の中の出来事とか目に入る全てが恐怖の対象になっちゃうということなんですね。
だから恐怖にいる人は不安、警戒、未知への恐れが特徴です。
で、この中に出てきましたね。
失敗への不安とか拒絶への恐れ、将来への心配。
恐怖を避ける意識に日々を支配されちゃうんですね。
だから行動を制限しちゃいます。
で、恐怖は脅迫観念に変わりますので、世界が怖く見えちゃいます。
で、故に過度な恐怖は自己成長の障害になっていくということですね。
で、これらの方は著名人、有名人に異常なほどやっぱり惹かれて、その人と接手を持つことがステータスになったりとかね。
あとは自ら権威主義の奴隷となって、スペックを重視するあまりですね。
心で繋がる人間性を軽視したり壊したりとかしますね。
だってわかんないんだもん、それが。まだその領域に行ってないからね。
かつですね、どうなっていくかと言うと、タイパーとかコスパーとか公術とか能力主義だとか勝ち負けだとか、そういうことにこだわりますね。
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マーケティングとか政治とかね、そこに関わる人がですね、しばしば直面する環状の一形態だと、こういうふうにホーキンスさんは言っております。
ということでですね、ホーキンスさんがお話しているですね、この恐怖ってのは、これ過度な恐怖ってこととか余計な恐怖ってことで、以前ラジオでもお話ししましたけども、我々の脳みそっていうのはですね、狩猟濃厚時代からアップデートされてないんですよ。
それで、危険に対して恐怖を抱くというのは、安全欲求からすると正当なことなんですよ。正当なことなんですけども、錯誤しているということですね。
余計なことですね、今は命を取られないようなことも命を取られるかのようにですね、錯誤しながらですね、恐怖を抱いているという、ここの部分もありますから、
なんかやっぱりね、冷静に自分が抱いている恐怖の正体を見てみてほしいなっていうのは、個人的には思ったりなんかしますねということで、本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。
ツラツラとこんな話もしてみたいなって言ってですね、脚本の中にですね、ノートの中に書いてたものをですね、今日もお話しいたしましたということで、また明日会いましょう。ということで、さよなら、バイバイ。