1. 笑倍繁盛チャンネル
  2. #1685 商売の初心
#1685 商売の初心
2026-08-14 11:32

#1685 商売の初心

#1685 商売の初心

日本の商売の始まり、そしてその独特の魂は、どこから来たのでしょう?

我々は商売をしていながら、その商売の歴史を知っているでしょうか?先人達の知恵や工夫の上に立っていると理解しているでしょうか?

私も改めて知りたいと思い、今回色々調べてみました。

日本は明らかに西洋のビジネスとその価値観の根底が違うのです。

辿ってみると、太古の昔、日本人が「交換する」「繋がる」という行為に込めてきた基本姿勢や魂が見えてきます。

これは単なる経済の歴史ではなく、日本人の基本姿勢や魂の歴史なのです。

では縄文時代から始めます😂

◯当チャンネルは地域密着型のご商売をされている商売人の皆様に、笑倍(商売)繁盛の「やり方」、そして心の「あり方」について、地域集客歴40年目に突入した望月まもるが、普段セミナーや講習会などでお話している内容をお伝えしております。

🟢私と直接繋がりましょう‼️
望月まもるの公式LINEはこちら⬇️
https://line.me/R/ti/p/@806bchko

◯著書
集客は地域のお客様からはじめよう
https://amzn.to/3Jgk9yT

儲けるポスティング 損するポスティング
https://amzn.to/3Yl3KNJ


◯私、望月まもるは、セミナーや講習以外にも、普段から地域密着型のご商売をされているお店さん、会社さんのサポート(集客、販促、相談、社員育成など)をしております。

◯店内や社内でのお悩み、ご相談や質問などございましたら、どうぞコメントやレターでお寄せ下さい。

#笑倍繁盛チャンネル
#望月まもる
#商売
#商売の歴史
#経営
#経営者

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:00
商売繁盛
商売繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いします。
今日から、新しいシリーズです。
我々は商売をやっているのに、商売の歴史を知っているのか、ということですね。
今日から、しばらくの間、商売にずっといましたから。
先輩たち、初先輩方が、どんな感じで、どういう商売をやられていたのか、
どういう流れがあったのか、そういうところを、たたたたたと、ご紹介しようかなという、
そういう特別放送みたいな感じにしようかなと思っております。
そもそも、日本の商売の始まりとか、その独特な魂があるなと思って、
こういうのは、どこから来たのかなと思うんですよね。
日本って、明らかに西洋のビジネスと、その価値観の根底というのが違うんですよ。
西洋のビジネス、そのまま持ってきても、何回も通用しないようになるみたいな。
最近はそうでもないですよ。
意外と簡単に、インスタントに、みたいな感じになってきたので、
だんだん変わってはきているんですけども、
でもね、というところがあって、サービス業なんかよ。
そうすると、ずっと遡って遡って遡っていくと、
太古の昔に、日本人が交換をするという、
この行為に込めてきた魂という、ここが見えてくるんですよ。
これ、単なる経済の歴史じゃなくて、日本人の魂の歴史だなというふうにも感じたわけ。
最も古い交換の記録というのは、なんと縄文時代です。
山地から遠く離れた土地で出土した黒曜石とか翡翠ですわ。
糸井川の翡翠とか聞くでしょう。
これが海を越え山を越え谷を越えと言って、運ばれていくわけだ。
でもこの時代の交換には、利益という概念がないんですよね。
これは何かというと、神様への奉納であったりとか、
部族間の有効の証とか、
それから本当に自分の地元では取れないものと交換したりとか、
あと、生き延びるための相互扶助ですね。
交換してね。根底はそこですからね。
こうやって使われてきたというふうにも言われているんですね。
商売以前に、あちこちの人たちとつながるための交換というのが、
日本の秋内の本来の出発点ということなんですね。
弥生時代になると、これ何が流行るかというと稲作なんですね。
稲作が普及すると、何が起こるかというと、
自分の土地という概念が起こったりとか、あるいは備蓄できますからね。
だから、貯めておくと食べ物に不自由しないだとか、ないと不安みたいな。
ここで不足と不安みたいなのが生まれたとも言っているんですね。
03:02
でも、同時に売るほどの余剰というのができてくるんですね。
余るというのができてくるんですね。
この余った米というのが足りないものと交換ができるわけですよ。
まだこの頃交換ですから。
だから、この余り物の交換界というのが、そもそも商売の原型になったと。
これも市という共有の場で行われたと言うんですね。
だから、人と人が自分の余ったものを全部持ってきて交換し合うわけよ。
いいね。いいよね。
これは単なる売買の場じゃなくて、単純に人が集まって、
うちはこれ余ってるよ、あんたのとこそれ余ってるの、
これくらいと、2杯とそれ1杯と交換しない、みたいなこういうことをやり合ったりとか、
当然人が集まるってことは情報が集まりますからね。
あとは各いろんな村々に住んでいた人たちの民族ですね、文化ですね、
こういったものが混じり合うという、こういう場になっていったわけですね。
だから商売というのは最初から経済行為ではあるんですけどね。
だけどもそれよりも何よりも人と人をつなぐ文化的な行為ということなんですね。
これはだから古くはシルクロードなんかにもその形跡っていうのはありますよね。
なんかこうあちこちにやっぱりバザールってやつですね、これが立っててさ、
そこでもうずっとずっと、もうこの幼少ですからね、
もうその道を通っていかないととか、オアシスがあったりだとかっていうことですからね。
それでそこを中心に、速度人だとかっていう方たちがですね、
あちこち行商人がですね、あちこち、あちこち歩き回ってですね、交換行、交換行っていうふうにやってたんですね。
だからサフランが高かったり、胡椒が高かったりとか、それを金と交換したりみたいな、
そういうものから始まってますんで、この辺はだから交換をするだとか、
人と人とがつながるっていうことはですね、なんか日本だけでもないのかなっていうふうに思います。
で、飛鳥奈良時代でございますよ。
奈良県に行きますとまだこの頃のですね、仏像なんかがですね、あちこちで見ることができますね。
だからその当時っていうことなんですけど、全く想像もつかないよね、平城京だったわけですね。
平城京に東の位置とですね、西の位置っていうね、これ朝廷の管理のもとでですね、位置がちゃんと整えられるわけですね。
これね、なぜか国家が商売を制度にしたんですね。
でね、ここでですね、ちょっと面白いことが起こるんですけども、
この制度として整えた外側でですね、ガチャガチャガチャガチャ動き始める人たちがいたと。
06:02
これはね、この位置ではなくてですね、位置の中でやるんじゃなくて、外をですね、歩いてですよ。
村から村へ物を運んで売り歩くね、行商人たちなんですね。
で、この人たちね、商人っていう身分じゃないんですよ。
ところが人々の暮らしに必要なものを届けてですね、お金、対価を受け取ってて、結構喜ばれてたんですよね。
なんかこのデリバリーみたいなもんですからね、近くまで来てくれますから。
これまだ僕が小さい時は豆腐屋が来たりだとかですね、いろんなものがですね、売り歩いてましたよ。
本当に石屋キーモンとかそんなのだけじゃなかったですよ。
なんかいろんなものがですね、近くにですね、なんかこう呼び込みしながらね、歩いてました。
歩いてたりとか、車でね、回ってることが多かったですけどね。
リアカー引いてんのもね、ちっちゃい頃は見たりもしましたけどね。
それはいわゆる行商人という方たちですね。
これがもう、アスカ奈良時代からずっとやってたんですから驚きよね。
こういう貢献をするとか、交換をするとかっていう精神がですね、この後でも日本の商人道の根っこになっていってるというところなんですね。
平安時代になるとですね、自社仏閣の自社とか貴族とかね、本当に結びついていた。
要はバッチバチにですね、年頃になってた商人の集団がいるんですね。
この商人集団がですね、神仏の御加古のもとで商売をするということが始まるわけですね。
だから結局、自社仏閣、社事仏閣の近くでですね、参道になりますんで、そのもとでですね、やっぱりお店を開くだとか。
あとは貴族と結びついてますからね、直接納めるだとかっていうようなことですね。
だからその御加古のもとなわけですから、自然にですね、でも商人の年頃になっているとはいってもですね、
この商人の集団たちはどう思うかというと、やっぱり神様とか仏様にお使いさせてもらっているんだという気持ちがありますんで、
正直とか誠実とか、こういう形で臨んでたらしいです。
知りませんよ、私は見てませんからね、本当にそうかもね、らしいです。
まあでも神様、仏様のおひざまとなんでね、当然かなと思いますけどね。
でね、こうやってね、商売と精神性みたいなものがこの時代からは結びついていくわけですね。
で、当然なんですけども、見逃せない存在というのもありましてですね、
それはですね、海鮮商人と呼ばれる人たちなんですよ、この時代は。
海の商人ですね。
で、瀬戸内海道は、日本海がね、わかりやすいんですけども、
ここをですね、海渡り歩いてですね、各地の特産品をですね、運んでたんですね。
でも当時ですからね、まだ技術力なんかないんですからね、もう命がけなわけですよ。
で、嵐の中でさ、生き残るためにはね、じゃあどうするかと言うと、
09:02
もう一緒にいる仲間信じるしかないじゃない。
そういうさ、厳しさの中でね、自然に育まれた覚悟、感覚というものもですね、備わるわけですよ。
だから、お互いに信頼なくして商売なしと、こういう概念になっていくわけですよね。
で、このようにですね、縄文から平安までのね、長い時間の中で、
日本の商売のね、なんか魂とかね、その在り方の原型みたいなものが形成されたなと思うわけですね。
だから純粋なさ、つながりのための交換っていうね、この人と人とがつながるために純粋な交換ですよね。
で、これ出発点ですよ。
で、あとは人と人とがつながるってこと、これ文化生まれますからね。
だから文化行為での位置ですね。
で、貢献と交換という飽きないのね、これ本質ですね。
これはもう本質、今でもそうですね。
それからあとはご神仏と結びついてね、誠実さっていうところですね。
正直であること、誠実であることっていうところですね。
で、あとは海鮮商人なんかのね、海を渡ってっていうさ、お互いにやっぱり仲間を信じたりだとかね、結束するっていうですね、こういうところですね。
この辺はもう全てですね、今にもつながっているのかなっていうふうに思います。
農の世界でゼア美って方がいらっしゃいますけどね、初心はするべからずって、これよく聞いたことあると思うんですけども、
日本の商売の初心というのはですね、やっぱり利益の追求ではなくてですね、人と人がつながることだったりとか、
必要なものを必要な人に届けることだったりだとか、貢献をすることだとか、喜ばれることだとか、
行為行動に誠実であることっていうですね、正直であることっていう、これがやっぱり基本的なところに備わってたりなんかするんですね。
我々の昨年の初心ルーツっていうのは、初心はするべからず、こういったところにあるのかななんていうふうにも思います。
ということで、本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。
さあ、どうですか、ざざっとお話ししましたけども、だいたい縄文や容疑から平安時代までこんな10分ぐらいです。
進んでるほうが本当はおかしいんですよ。だけどこのペースでどんどんいきますから、長いんだからね。
ということで、また明日お楽しみに。じゃあねー。
11:32

コメント

スクロール