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笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
この2月、3月は、私の勉強会で、映画のマトリックスとか、アニメの鬼滅の刃などを参考にしながら、この世の仕組みだとか、人の感情だとか、こういったことについてお話ししてたんですけども、
鬼滅の刃には鬼が出てきますね。 これって何のモチーフなんですかね。
悪者だ!って一刀両断して、いいものなのかなと。
鬼滅の刃が世界的にヒットした背景には、炭治郎が見せる、鬼への愛も大きかったはずなんですね。
鬼にも人間だった時があってさ、その際にとっても不眠な人生を歩んでいたり、とっても悲しく切ない出来事があったりしたからこそ、鬼になったわけですよ。
だから鬼は余裕を失い、自精神、理性が壊れた姿の象徴なんですよね。
時間や経済的理由なども重なってさ、心の余裕をなくしてさ、理性が働かなければ働かないほどさ、人は人出なし、魔物とか鬼、人出なしというのは魔物とか鬼ですから、こういうものになっちゃうわけですね。
鬼になって人を食べれば食べるほど強くなるという、こういう設定だったわけですけども、これ現実社会に当てはめるとどうなのかなと言うと、まずは搾取、奪うことかなと思いますね。
何を奪うか、食うかというと、他人のリソースですね、時間とかさ、労力とかさ、精神とかさ、お金とかさ、命とか健康を一方的に奪うことですよね。
暴力を振るう人とか、誰かを不当に働かせてその成果を独り占めする人たちとか、特に金銭的な成果を奪う側は物質的に強大になってきますからね。
で、自分の承認欲求を満たすために誰かを攻撃したりとか、優越感に浸るために誰かを落としめたりする行為も鬼だなと、搾取だなと思いますわね。
自分が強くなるために他者を道具として利用するというマインドは、まさに人を喰らって階級を上げる鬼の姿そのものだなと、だからいいねを増やそうとさ、エゴムを増大するしね。
で、次に冷徹さ、冷酷さというのを増やしていくわけですね。鬼は人を食うときに相手の人生や痛みに一切共感しないんですね。
人の場合、共感というブレーキですね、これあるんですけども、これ外して合理性とか欲望だけで動いちゃう。
他人の痛みを無視するっていうね、こういう人ほど非常の決断を下して利益を得やすいものですよね。
しかしそれは人間としての得とか繋がりとかそういったものを捨てた孤独でいびつな強さだなっていうふうに思うわけですよ。
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で、最後に依存とエゴをですね、兄弟にしていくわけですね。
鬼が人を食い続けるのは、そうしなければ存在維持できないとか、あるいは鬼仏寺無惨様に認められなきゃとかね、もっと強くなりたいというですね、この渇き、渇きがあるからですね。
渇いてるんです、もうずっと。これは現代における過剰な承認欲求とか依存症に近いなというふうにも思うわけですね。
でもね、鬼はかつての自分を守ろうとした心の防衛規制っていうものから始まってるんですよ。
ということはですね、自分の中の鬼をさ、悪者にしたりね、退治したり切り捨てようとするのは自虐越えなんじゃないの?みたいにも思うわけ。
だからそこまででっかくなっちゃう前にね、何かできないのかっていうふうに思うわけですよ。
多くの鬼はあまりに過酷な現実から自分自身のね、心とか存在を守るために人間であることを捨ててるわけですよ。
これを心理学的にね、捉え直すとですね、自己防衛の極端な形なんですね。
だから、自分の中にある醜い部分とか攻撃性を無理やり捨てようとすることは、自分の一部を否定することになっちゃうわけでしょ。
だから鬼はね、大抵ね、人間時代のことを忘れてますよね。
でね、守りたかった大切な記憶すら忘れてしまってますよね。
だからね、鬼になるということは、傷ついた自分をですね、切り離したり押し込めたり蓋をする行為なんですよ。
そういうことをやるから鬼になっていくわけですね。
だからね、鬼っていうのは自己分離なんですね。
自己分離するから、自己不一致ですね。
するから鬼は誕生しちゃうわけですね。
またね、自分の中の鬼、負の感情ですね、マイナスの感情を悪者にしてね、抑え込もうとすればするほどですね、
そのエネルギーは内側でどんどんどんどん歪んでいくんですね。
で、いつかは制御不能な形でね、暴発するんですよ。
だから心理学者のユングはですね、自分が認めたくない、あるいは忘れたことにしたり押し込めてしまった心、感情をですね、シャドウと説いたんですね。
で、人は成長の過程でですね、親や社会からですね、いい子、正しい人などを求められるでしょう。
でも怒りとか悲しみとかの感情とか、本心とか本音とか言いたいこととか、大切だと思っていることとか、
また時と場合によってさ、強烈な才能とか情熱とかでもね、そんなものもさ、その時の自分にとってこれは不都合だなっていうふうに感じた場合ですね、
この無意識の底にですね、キュッキュッって押し込めちゃうんですね。
これが心の防衛規制なんですよ。
で、ユングは同時にですね、シャドウと戦ったらダメだよって、シャドウは自分だからっていうふうにも言ってるわけですね。
今ですね、アニメは日本を代表する産業に発展してますけども、一昔前にはですね、例えばイラストなんとかいても食ってけないと親に言われたもんですよね。
音楽もね、結構楽器とかね、槍玉に上がりがちだったわけですよ。
だからこうね、例えば強烈な才能、情熱っていうものがあったとしてもさ、食ってけないんだからやめろみたいな、そうかみたいなことを思いがちだったわけですよね。
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だからこうね、相手が求める人物像とかその場にあった人物像ですね、それを作ってそれをですね、演じたとしてもですね、決してそれは自分の望み通りでは言い切れないわけですね。
誰かに求められた人物像を演じようとすればするほどですね、その背後にあるシャドウはどんどん肥大するわけ、大きくなるわけ。
だからユングはね、さっきも言いました。シャドウを無視したり戦うと大きくなるよって、それを抑えちゃいけないんだよ、戦っちゃいけないんだよっていうふうに説いてるんでね。
だから抑圧すればするほど反動で大きくなっちゃってですね、鬼になっちゃうわけですよ。
だから自分の中の鬼は退治しちゃいけないの、自分だから。
だから自分の中の鬼、鬼ってのは負の感情とか余裕のなさとかこういったものに気づいたときですね、それをいけないものとかダメなものとして叩きつぶそうとするとですね、心はさらに余裕を失って鬼は強くなっちゃうんですね。
だからこそまずはですね、自分を守ろうとしてくれてありがとうって声をかけてあげたりとか、当時はね、その方法鬼になることしかなかったけど、今は別の守り方があるよと理性の側から話しかけてあげたりとか、
で、今まで何回もお話してきましたけども、インナーチャイルドですね、その奥にある泣いてる子供ですよ、過去の自分を抱きしめながらね、当時の言い分をね、いっぱい言ってあげるの、聞いてあげるんですよ。
ね、またね、実際に犯罪者としてね、逮捕されてしまう人たちもみんなですね、子供時代ってのがあったわけですね、全員無垢な存在だったにもかかわらずさ、育てられ方や環境でね、やむなく鬼になったのかなって思うわけ。
自分の未来に夢も希望もなくて、今というその瞬間をただ耐え抜くだけでね、つらかろうともきつかろうとも誰にも守ってもらえなかったと、こうだった場合どうなんだって話なんですよ。
だからね、炭治郎が言ってたようにさ、鬼は決して悪者ではなくてね、とっても悲しい生き物なんですよ。
もし救いがあったのであれば、上限下限だとか、それ以外の鬼たちも決して鬼にはなんなかったんじゃないのっていうふうに思うわけ。
だからこそね、彼らを自分とは無関係な悪として切り捨てるのではなくてですね、一歩間違えれば自分もそうなっていたかもしれない存在と、こういうふうに想像してみるわけですよ。
で、その背景にある社会的な余裕のなさをね、もう想像してですね、おのおのが自分ができ得ることをするの、それが我々が鬼にならないとか、あるいは一人でも鬼をこの世に出さないための一本なんじゃないのかなっていうふうに思うわけです。
ということでね、明日はですね、今日お話したこのユングの格言をね、ご紹介しながらですね、お話しいたしますので、どうぞお楽しみにしててください。
ということで本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。また明日お会いしましょう。それでは。