通じ合える感覚の科学的根拠
笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
誰かと会話をしていて、この人、私のこと本当にわかってくれてるなぁ、とか、
なんか話し合うぞ、とか、こういう感じる瞬間ってありますよね。
我々は、日常の中で言葉を通じた通じ合いというのを、直感的に感じ取っているんですけども、
実はその感覚の裏側には、単なる偶然ではない、目に見えない仕組みがあるんですね。
例えば、息がぴったり合う時とか、私たちの脳内では驚くべき現象が起きているんですね。
神経科学の研究によると、親しい友人とか、初対面でも強く惹かれ合う人同士は、
情報を処理する脳の構造そのものが似ている傾向があると、これわかっているんですね。
これを相動性、ホモフィリーという四分ですけども、
例えるなら同じ周波数を持つ二つの音叉ですね。
こういう感じなんですね。
片方の音叉を叩いてブーンと振動させると、直接触れていなくても、もう片方の音叉も同じ音を立てて触れ始めるでしょう。
これを共鳴と呼んでいますけれども、我々の脳もよく似ているんですよと、
このように同じような構造や処理の仕方を備えた脳を持つ相手とは、
最初から同じ波長で世界を捉えているため、多くの説明を必要としないんですね。
そのまま深い理解という名前の音がお互い鳴り響き合うんですね。
脳のレイヤーが似通っているから話も早いわけですよ。
脳幹同期と量子もつれ
さらに興味深いのは、会話が深まるにつれて発生する脳幹動機、インターブレインシンクロニーという現象があるんですね。
物語を語る側と聞く側の脳波を測定すると、特定の領域においてまるで鏡を見ているかのように、
ほぼ同一の活動パターンが描かれることが証明されているんですね。
我々が分かってもらえたと感じるとき、物理的な境界を越えて、
二つの脳は一つの大きなシステムとして機能し合っているということなんですね。
この脳の動機をさらに広い視点でも捉えると、
量子力学における量子もつれという概念が浮かんでいくと思うんですけども、
かつて密接に関わった粒子同士は、たとえどれほど遠く離れていても、
一方が変化すればもう一方も瞬時に変化するという不思議な性質を持っていたりするわけですね。
例えば娘がインナーチャイルドを解放すると、
同じ細胞を持つ父親のインナーチャイルドも解放されると言われるのもこの辺なのかなと思うわけですね。
誰かと心を通わせたとき、我々は言葉による情報のやり取りだけではなくて、
目に見えないエネルギーのレベルで相互に影響を与え合っているのかもしれないんですね。
脳幹動機は単なる神経細胞の発火現象というミクロな出来事ではない。
2人の間に流れる場そのものが調和した結果であるとも解釈できますね。
だから時間とか空間の制約を超えてよ、
魂の深い部分で動機が起きているからこそさ、
理屈を超えた安心感とか中足感とか面白いとか楽しいとか満足だとか、
いろんなものを感じるのかもしれないよねということだね。
真の対話とエネルギー体の調和
マルティン・プーパーという思想家の私と汝という本では、
相手を単なるもの、それとして客観的に観察するのではなくて、
心からの敬意を持って汝として向かい合うとき、
そこに真の対話が生まれるよと説いているんですね。
相手と脳を同期させている状態というのは、
まさに私と汝の境界が溶け合って、
共通の精神的空間にいる状態なんじゃないのって思えるのよ。
人間は肉体だけじゃなくて、
感情を司るアストラル体とか生命力を司るエーテル体とか、
人自覚ではそういうのを持っていると言われているんですよ。
相手との会話が弾むときというのは、
それは脳という物質的な組織が動いているだけじゃなくて、
他にも工事のエネルギー体が調和していると、
こんなことも言われています、実際に。
一つの大きな調和的オーラですね。
相手のオーラと自分のオーラが一体化しているから、
この場が共有できるみたいなふうにも言われているんですよね。
相手の言葉がすっと胸に落ちるのは、
相手のエネルギーがこちらの魂に優しく浸透して、
内側から温めているというときなのかなと思います。
これも過剰過度な警戒感を持っているような、
まだ自分を解放していない人、
自分を偽っている人なんかはこの辺はわからないですね。
自分を守る方に必死だから、
この領域にはまだ行けないのかなというふうに思います。
他者と繋がる脳の設計と同期の恩恵
最新の脳科学では、人間の脳はそもそもですよ。
そもそもよ、ここ驚き、最新だよ。
他者とつながる脳を前提に設計されていると考えられているんですね。
これはソーシャルブレイ、社会的脳というふうに呼んでいますけれども、
我々の脳は孤独を避けて誰かと同期することで、
精神的な安定を得る仕組みにそもそもなっているということなんですね。
だから、脳間同期が起きているときは、脳内はオキシトシンと呼ばれる、
絆を強める物質が分泌されやすくなって、
ストレスが軽減されることもわかっちゃうんですね。
つまり、わかってもらえたとか、そうそう、その通りとか、
うわ、気が合うとか、いや、わかるわかる、
これは飲んで飲んで飲んでみたいな、
これは多ければ多いほど満足感を得るわけですね。
これは多ければ多いほど脳が安全で信頼できるつながりを得たと判断しているわけですよ。
こういう状況が脳内では起こることもわかっているわけですね。
非同期の状態と成長の機会
でも一方で、これほど心地いい同期がある反面、どうも話が噛み合わない。
脳が反発し合っているように感じる瞬間あります。
ところが、この非同期の状態も人の成長には欠かせない大切な要素なの。
心理学的な視点で見たら、自分とは全く異なる周波数を持つ相手との出会いは、
自分自身の限界を知ったりとか、新しい視点を取り入れるための貴重なきっかけになるわけでしょう。
先ほども言ったように、特に精神が未熟な若者の場合、
成熟してたっかんした大人の脳とすぐに同期なんかできるわけがない。
自分の足りなさとか至らなさとか、相手との差とか、何を言っているんだろうとか、
こういうことをいろいろともじもじもじもじもじと考えたり感じたりするから、
逆に成長意欲も湧くというものなわけですよ。
そもそも全てのモンスターが同じ周波数で、常にみんなが同期しちゃったら、
この世界は一つの音しか鳴らない単調な場所になっちゃってつまらないでしょ、それも。
全員がたっかんしていたり、違う考え方がない世界も、味気ないっちゃ味気ないですよ。
だから、またあえてこの人は分かり合えないと、一定の距離を保つのって大事なんですよ。
相手とか自分を独立した存在として尊重するということにもつながるわけですから。
だから自分以外の他者は絶対的な他者なんですね。
完全に理解することは不可能です。
だからこそですけれども、そんな状況でもこちらから歩み寄ろうとか、
相手を知ろうとか、相手を尊重しようとか、こういうことをやっていれば、
真摯な対話が可能になったりとか、そこに価値が宿ったりとかするわけですよね。
だから初めは動機しなかった不器用なコミュニケーションでも、
努力していけばちゃんと築き上げられて、相互理解とか信頼っていうものを、
ここにちゃんと築くことはできるんですよ。
それは自然に起きる動機とはまた違った、やっぱり時間をかけた素晴らしさ、
美しい動機というふうに言えるのかなと思いますね。
デジタル時代におけるコミュニケーションの課題
現代はデジタル技術が進歩して、直接会わなくても情報やりとりはできますよね。
ところが画面越しの文字情報だけでは、この繊細な脳幹動機は起こりにくいと言われているんですね。
同じ場で相手の体温を感じて、同じ空気を吸って、
微細な表情の変化を読み取り合って、話をして、
これで相手と脳は結ばれていくわけですね。
だから誰かと話してて、この人めっちゃわかるって満たされた気持ちになった時ですね、
それは単なる個人的感想ではなくて、他者と響き合おうとか、
結ばれようとか、結ばれたとか、同期したとか、
こういう不思議で温かい力が働いた結果なんですよ。
だからSNSで繋がった気になっているなんていうのは、本当に気になっているだけであって、
実際にはどうかなっていう感じですね。
このようにわかり合えるという喜びは、
脳という目に見えないミクロな世界での電気信号の合致からですね、
なんかこの宇宙の調和ですね、それにも似た真っ黒な共鳴まで、
いろんな美しさが重なっているなあなんていうふうに思いますね。
響き合う存在としての人間
だから我々はみんな自分一人で完結する孤立した存在ではないんですね。
誰かの波長を受け取ったり、
自分の波長も誰かに届けながら存在しているわけですよ。
だから今日も誰かと今吐いている脳が同じ音で響き合っているんだな、
同期しているんだななんて感じられる一日を迎えてくださいということで、
最後まで聞いていただきありがとうございました。
また明日お会いしましょう。
それではバイバイ。