00:00
笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
我々は普段何気なく自らを指す言葉として、自分という言葉を使ってますよね。
しかしこれね、以前も前回もお話したようにですね、
自と他を切り分けてもしまうわけですよね。
またね、これはもっと大きな事実に気づけないようにするための監獄、牢屋みたいな側面もあんのかなとも思うわけですよ。
何か一つのもの、我々は一つの海みたいなものの中で、
自分だと思っているもの、波とか泡なんじゃないかっていう話を前回したと思うんですけども。
だからね、自分自らを分けるもそうですけども、我ですね、我とか。
我っていうのはエゴっていうね。
こういう言葉もまた自らの認識を特定の場所に縛り付けてて、そこから出られないようにする折りとか、
牢屋とか、こういう役割を果たしているようにも感じるわけですね。
で、じゃあ人はね、自らが定義されたものになるのかとか、
定義したものに人になってしまうのかというところなんですね。
我々はですね、生まれてから一度も自分とは何かということを疑わないで済むような仕組み、システムの中にいるんですよ。
社会的な定義としては名前ね、まずね、国籍、役割、肩書などがありますよね。
なんか桃黒ちゃんの歌で生まれていきなりね、名前つけて何者かにさせられてっていうね、
こんなようなフレーズがあるんですけども、これは他者によって定義されたものなんですよね。
またね、言語的な定義もあるんですね。
自分という言葉を使うたびに、脳は無意識ですよ。
全体から切り離された個、一つっていう、こういう概念どんどん刷り込んじゃうでしょ、自分に。
この場合さ、人は定義された枠組みに収まっちゃうんですよね。
多くの人が抱く自分探しの苦悩ってのはですね、
この与えられた定義と本来の感覚、魂的な感覚の差、本当は違うのではというね、
ズレとか差からね、生じてるのかなとも思うわけですね。
で、次にやっぱね、自分で定義しちゃうっていうのもあるんですね。
この自らを分けるという仕組みに気づいた人はですね、その境界性もですね、
どこに引くかあるいは引かないかをですね、ある程度選択もできるんですね。
私はこういう人間だと決めることは一つの制約になりますね。
でもね、誰かに決められるよりはマシよね。そういう側面あるよね。
自分に対する意味付け、意識付けをですね、自分でつけていくのは、ある意味、
クリエイティブ、想像的な行為でもあるかなと思いますからね。
03:01
で、ここで興味深いのはですね、自ら定義しようとする、その主体ですね、その自らさえも、
実は過去の記憶や概念の塊ではないかということなんですよね。
この定義しようとする内容よね、これもですね、因果の法則でですね、
これまで選択によって得た概念や価値観が種や結果となってるわけでしょ。
それで得てきてるわけですよね。
だからミルフィーユ地層のように積み上がった自分の価値観ですね、価値観としているもの。
だからここもですね、もしかすると誰かから与えられてるものだったりだとか、
そういうものである可能性は高いというか、むしろそればっかりじゃないのっていうふうにも思うわけ。
実態なんかよくわかんないのは、その表層だけ見ててもね。
だからこういう人だって決めようとしてもですね、これまでの価値観や概念がつくってるレベルなわけですから、
それが本当に自分が望むものあるべき姿なのかなんていうのも、わかったもんじゃなかったりするわけですよ。
ほらね、もう霧がなくなってきたんですよね。
ということでですね、定義保留する。定義保留しちゃおう。
誰かに定義されたものにもならない。
で、自ら定義することも手放しちゃう。
っていう時に人はどうなるのかね、ということなんですよ。
これが仏教とか哲学でいう空ですね、あるがままですね、っていうことなわけですね。
定義するってことは可能性を広げるってこともあるかもしれないですけども、限定することにもあるわけですね。
自分はこういう人です、こういうものなんですっていう定義を持つ。
1個持つたびにそれ以外の無限の可能性っていうのは捨てられちゃうわけじゃない。
だからただ保留して定義しない、カテゴライズしない、判断しない、ここなんですね。
だから自分もそうですし、誰かに対してもそうなんですけども、世の中の出来事に対しても色をつけるのをやめるんですね。
人は最初定義されたものとして出発して、意思を持って自らを定義するものになろうとするんですよ。
それはいいんですよ、そこまでね。
でも最終的には定義なんかできない、分けることができない全体っていうね、これを思い出す、そこに戻ろうとするというサイクルで生きてるんじゃないかななんていうふうにも思うわけです。
ということで本日も最後まで聞いていただきありがとうございます。
定義されたものとして生きてますか。
それとも意思を持って自らを定義するものになろうとしてなってますか。
今あなたはもしかするとそこに戻ろうとする、戻ろうとしたいっていうふうに思っているのかもしれませんね。
自分の段階を示すような一つの指標になるのかなというふうにも思います。
どこですかあなたは。
ということでまた明日バイバイ。