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笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
今日はですね、100年以上前のですね、講演録ということでですね、ルドルフシュタイナーさんですね。
この方のですね、講演した記録がありまして、それをご紹介しようかなと思います。
ルドルフシュタイナーさんはですね、オーストリアの出身の哲学者なんですね。
独自の精神科学、人治学を打ち立てた人物なんですよ。
彼の活動は非常に多岐にわたってですね、シュタイナー教育というですね、これ学校だとかもあります。
農業ですね、バイオダイナミック農業、農法というものをやってますね。
建築とか芸術とか医学とか、こういった分野でですね、今なお多大な影響を与え続けてるんですね。
今日はですね、先ほども言ったように1908年に行われた講演録でですね、病気と治療と、この内容からお話ししようかなと思うんですね。
この講演ですね、彼が物質的な世界と霊的な世界、この橋渡しをね、試みたですね、まあまあこれ重要な記録なんで、
え?っていう感じのことをいっぱい言ってると思うんで、ちょっとお聞きになってほしいなと思うわけですね。
現代の医学はですね、目に見える物質的な肉体や数値化可能なデータに重きを置く傾向にありますが、
シュタイナーが提唱した視点はですね、それとは一線を画す包括的な人間観に基づいてるわけですね。
人間をね、単なるね、なんかあの炭水化物だとか有機体化合物だとかね、あの集合体とかね、そういうふうに見てないんですね。
4つの層が重なり合ってるって言うんですね。まずは物質的な肉体ですね、この見えてるところね。
で、生命力を司るエーテル体、それからあとは感情や魂、これに合うアストラル体。
で、この核心である自我ですね。この4つの総合体として捉えてるんですね。
だからこれは、何でしょうね、この解釈が難しいんだけど、霊体だとか、それからあとは意識ですからね、魂の部分があって、心、精神の部分があって、生命力の部分があって、
こういうような、これがですね、自分の体の周りにですね、このエーテル体とかアストラル体っていうのがあるというふうに言われてて、これはですね、結構有名な理論でもあります。
で、病気とは、これら4つの構成要素が本来あるべき結びつきを失って、総合の連携がですね、滞った状態を指すと言ってるんですね。
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例えば、アストラル体や自我が物質的な基盤へと正しく関与できなくなったとき、
肉体には不自然な熱や効果が固まるってことね、生じます。
シュタイナーは人間を宇宙の縮図と捉えてですね、天体の運行とか植物の成長段階と人間の内的ですね、この流れがですね、リンクしてるっていうふうに考えたんですね。
シュタイナーは病気を単に排除すべきエラーとは見なさなかったわけですね。
むしろ病気は人間が進化して精神的な成長を遂げるために必要な段階であるというふうに説いたんですね。
1908年当時の病気によって死ぬのはいいことだっていうですね、この言葉、これ言ってるんですけどね。
一見するとですね、これ衝撃的なんですけども、そのシーンはですね、病を通じて魂が浄化されて、
より高次の調和へ自分を導く転換点になるからいいんだよっていう、こういう慈しみの気持ち心、きっかけになるんだよと、そういう視点で言ってるわけですね。
これは物質界での一時的な不調というのも、霊的な視点ではですね、魂の浄化ですね、こういったものを意味するという逆説的なことを言ってたりするわけですね。
他にもですね、芸術と精神の融合ということですね。
治療というのは単に症状を抑え込むことではなく、魂が病の意味を理解して再び正しいバランスに立ち戻るための段階的な歩みなんだよと。
シュタイナーはですね、この時以下の3つの柱を統合することで、真の健康が取り戻されるっていうふうに言ってます。
一つ目は物質と精神の共鳴。薬物を用いた物理的処置を否定しませんが、その物質が持つ霊的な性質、物質的エネルギーがその人の内面にどのような影響を及ぼすかということを洞察することは求められます。
次、芸術による命の活性。色、音、あるいは言葉の響き。これはだから周波数だよね。こういったものを形にする運動芸術で硬直した体や乱れた魂に直接働きかけ、目に見えない体の部分の流れを整えます。
気の流れとか周波数調整とかこういう感じなのかなと思いますね。あとは自己教育としての治癒。患者自身が瞑想や精神的な探求を通じて自らの病の本質を内観しようと。
自動的に治療を受ける。受け身で薬くれみたいなそういう治療の受け方ではなくて、自分の精神的な力で命の輝きを取り戻そうとする姿勢。これが治癒の鍵になりますよと。これは病気と戦うとかよく言いますよね。
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そういう姿勢ではなくて、その症状は何で出たのかということを自らに自問自答していくとこういうものなんですね。なぜまたこの知恵というのが忘れられていくのかというと、昔の古代でも魂と心と肉体は一体だと言われていたわけですね。
かつての文明でも医師は同時に神官なんですね。神様と繋がる人で病を癒すということですね。魂を神聖な秩序に繋ぎ直すとこういうことでもあったわけですね。
またそのうちお話しますけども、ハワイではカクナという呼ばれる人たちは治療家だったんですね。呪文だとかハーブの処方だとかマッサージ、ロミロミっていうんですけども、こういったもので同様の治療してたんですね。
死体自身もですね、この頃の別の講演だったと思いましたけども、古代からずっと魂、心、肉体、この三味一体で診療してきたよと。ところが現代、1900年代ぐらいですね、初頭ぐらいですね。
現代は魂は忘れ去られ、心と肉体しか診療しなくなってしまったと。近い将来、医療は身体しか、肉体だけしか診療しない世が来るだろうと。こういうふうに話してですね、その主体の要件は当たったわけですよ。
今は唯物論的な科学の大統領で精神性が医学から切り離されたんですね。人間は修理可能な機械みたいな、そういうふうな扱いになってきたわけですね。この分断が定着しちゃってですね、今まで信じ込まされてるわけじゃないですか。
この理由は物質的アプローチと成果ですね。例えば感染症の克服とか外科手術の発展、この外科に関してはこれは本当に僕も認めますね。これはやっぱりあまりに劇的だったので、目に見えない領域への洞察だとか処方みたいなものがですね、非科学的みたいな感じでですね、追いやられたっていう、こういう時代もあったんですね。
またね、効率とか標準化を求めるですね、現代社会の中ではですね、各々の魂の遍歴だとかね、こんなものを考慮する医学っていうのはですね、経済的とか合理性とかで、そういうところにそぐわないということで、もうはいはいはいつって、のけられたりとか隠されたりとかね、してきたわけですね。
ところがですね、農科学の分野でもですね、近年の研究ではですね、意識が免疫系や遺伝子の発現にですね、まあ大きな影響を与えることが明らかになりつつあるんですよ。というかもう分かっていることもいっぱいあるんですよ。それもまたそのうちお話しますけどね。
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だからシュタイナーがさ、100年以上前に説いたですね、自我が物質に働きかけるっていうですね、こういう構造はですね、現代科学の最先端で再発見されてるんですね。ということなんですよ。
でね、シュタイナーの病気と治療がですね、こうやって提示していたのは、科学と精神の統合という部分もあるんですね。人は病と通じてですね、自分という存在が宇宙の大きな調和の一部であることを、ちゃんと思い出すことができるとね。
で、それは先ほども言ったように戦いによって病を克服させることではないんですね。自分の中の内なる光とかを見つけて見つめ直して、静かな静寂の中でですね、自分の命を再びですね、再調整していくとこういうことなわけですね。
現代に生きる我々はですね、物質的な治療の恩恵がありますので、それにも感謝しつつも使ったら使ったら感謝するわけですね。でも同時にね、自分の内側にあるやっぱり癒す力、自然治癒力だとかさ、そういうふうに言われてるじゃない、そういったものってさ、じゃあどうしてんだよっていうふうにも思うわけですよ。
そこ全然信じてないでね、外部の何かしらに寄りかかるような姿勢っていうのは、これはバランスが悪いかなと思うわけですね。だから自分の体の行為に耳傾けて心に静かな余白を作るようにすればですね、物質と肉体と精神がですね、ちゃんと溶け合うですね、本当の意味の健康が理解できるかなというふうにも思うわけです。
明日もですね、シュタイナーの講演からですね、ちょっとご紹介していこうかなと思っております。ということで本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。また明日お会いしましょう。それではバイバイ。