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#1688 商人の哲学
2026-08-17 13:10

#1688 商人の哲学

#1688 商人の哲学

戦国の乱世が終わり、江戸幕府が開かれました。ここから265年にわたる平和な時代の始まりです。

戦が無くなった世で、商人たちはどうなったのでしょう?

戦乱の中で磨かれた「商売の軸」を、哲学として言語化し始めました。体で知っていたことを、言葉にする時代が来たのです。


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商売繁盛チャンネル、望月まもるです。 本日もよろしくお願いします。
さあ、商売人の歴史ということでですね、我々は商売人をしていながら、商売の歴史を知っているのか、というところでですね、私自身もですね、自分でですね、ちゃんとこの辺のおさらいをしたいと思ってですね、調べたらやっぱり面白いね。
たびたび、あのちょこちょこ、平倉だったんだ、みたいなこともですね、入ってきますんでね、なかなかこれは面白いですね。
昨日の時点でですね、戦乱の世が終わったわけですね。戦国の乱世終わってですね、いよいよ今日から江戸幕府ですよ。
ここから265年にわたる平和な時代の始まり。265年平和ってすごくない?
今が平和活動どうだっていうその見方もありますけども、このね、戦がなくなった世でですね、商売人たちはどうなっていったのかねって話なんですね。
戦乱の中で磨かれた商売の軸とか道みたいなものがあるわけですね。 こういった哲学を言語化し始めていたりもするんですね。
だから、体、空気、実践をもって知っていたことをですね、言葉にするっていう時代がようやくやってきたということですね。
江戸時代の身分制度というのは死の交渉だったんですね。商売人はですね、最も低い身分に置かれてたんですよ。
これなぜかというと、武士が刀を持っている時代ですからね。武士は殿様のために命をかけるわけでしょ?
だけども、どうなんですかって話。商売人ってのはどうなんですかっていう話なんだよね。
お金のために生きてるの?あんたは?みたいなさ、そういうことになっちゃうわけだね。
だから、お金のために生きるのは人として癒やしいっていうですね、武家社会中心の感性があったからっていうふうにも言われてるんですね。
あとですね、昨日までね、なかなかの商売人で立派だみたいな話してましたけども、街道沿いでですね、道行く人だからいいやっつってですね、
おまんじゅうの中に泥入れればいいんだみたいな、もう詐欺。そうやってですね、詐欺っぽいことをやってる奴もいたにはいたのよ。
だからね、そんなのもあったらさ、商売人一番下だみたいなところに置かれても不思議じゃなかったりするわけですね。
好きさえありゃ、チョンボするみたいな感じだったらさ、そうじゃない?
それからあとは、社事物価と年頃になってですね、ビッチビチにつながってですね、利権利益をですね、
自分たちで独占しようみたいな、こういうようなのも、死の交渉で言ったら、お前ら何も生み出してねえじゃんみたいな感じでですね、下にされちゃったりもするんですね。
今言ったようにですね、何も生み出してないでしょ、あんたらはっていう、ここのところでですね、死の交渉。
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他の人たち、死は別ですけどね、能と功はですね、生み出してましたからね。
だから一番下に置かれたなんていうことも言われてるんですけども、別の意見でですね、実はその死の交渉ってこんな明確にビッチビチにですね、上下の差なんかなかったよっていうですね、そういう説もあったりなんかするんですね。
なので、だからどうとも言えないです。本当にどうとも言えないです、この辺は。
でもまあ一応ですね、このたくましいことにですね、この低い身分がですね、逆に商売人たち強くしていったんですね。
これはどこかというと、権力で人を動かせないんだったら、身分で人を動かせないんだったら、信頼だとかお金だとか、そういったものでですね、動かしていければいいだろうというところですね。
身分的な制約っていうのが逆にですね、これはルールがあった方がサッカーも面白いわけですよ。
手使えないからファインプレーが生まれるわけでしょ、こういう感じ。
だから日本の商売人たちがですね、アイデアが豊富、豊かになっていったのは、こういう制約っていうのがですね、背後にあったからでしょうっていうふうにも思ったりなんかするわけですね。
で、一応言っておきますけども、江戸時代の江戸っていうのはですね、当時のGDPでですよ。
なんと世界2位だったそうです。1位パリよ。2位江戸。すごくない?ナイジュスよ。これなかなかすごいことですね。
で、この時代の商売って言ったらですね、この大見商人はもう外せないです。
滋賀県の琵琶湖のほとりなんですね、大見商人は。
全国を行商して歩いてた方たちなんですね。朝の布とかね、かやとかね、薬とかね。
もうこの方たちが売ってたものはね、本当に様々なんですけども、そもそものこの商売の根底に一つの哲学があって、
これが皆さんもご存知で聞いたことあると思うんですけど、三方良しですね。売り手良し、買い手良し、世間良しですね。
自分だけが儲かればいいのではなく、お客さんだけが満足すればいいっていうものでもない。
その商売が社会全体にとっていいものじゃなければ、本当の商売じゃないよっていう、こういう概念ですね。
この哲学はね、どっから来たんだって言うとですね、大見商人は先ほども言ったように行商ですから、
故郷を離れてですね、見知らぬ土地で商売するんですよ。多国飽きないって言うんですね。他の国では飽きないをすると。
これが基本なんですね。そうするとさ、自分のね、土地の縁もなければさ、血縁もなければさ、権力の後ろ盾もなければさって話でね、頼れるのはさ、自分だけじゃない。
自分の誠実さだけよ。だからこの行く先だけの街でさ、この人は信頼できるねって言うね。
こういう噂とか評判っていうのがね、次はいつ来るのって、こういう役にさ、なってくるわけですよね。
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だからこの世間良しっていうのは道徳的な理想論だけでもないんですよね。見知らぬ土地でも自分をちゃんと選んでもらう。また来てって言ってもらうためのですね、極めてね、現実的な商売人としてのね、生き方でありですね、選択肢だったわけですよね。
でね、一方ね、この頃当時の大阪商人ですね、別の形で商人道っての磨いてたんですね。大阪ってのはですね、あのやっぱりこの川なんですね。水路。この水路を用いてですね、いろんなものがですね、ガンガンガンガンこう集まってくるの、この中須があるんですけどね、そこの部分にですね、ガンガンこう集まってくるみたいな。
だからもう、それで栄えていったんですけどね。で、天下の台所と呼ばれたんですね。全国の物資が集まる商業都市だったわけですね。ここで生まれたのが調和いっていうですね、文化ですね。これは福祉募金に近い会計の仕組みなんですよね。この江戸時代の大阪商人はですね、すでにこの会計をですね、実践してたんですね。数字を正確に把握して利益損失っていうのを記録してたということですね。
で、調和いを変えるっていう言葉があるんですけども、日本ではね、古くからね、問屋とかね、小売店の間にですね、長期的な人間関係とか相互扶助のですね、信頼関係というのがずっとこう気づかれてるんですね。だからもともとね、新規参入は難しいんですよね。
で、こういう関係性ですね、その誠実な関係性を示す象徴としての、この調和いっていうですね、言葉の意味合いもあったんですね。でね、また大阪ってのはね、ノレンの文化もね、あの、あんのよね。ノレンというのは野豪ですね。野豪の象徴ね。このノレンを汚すなとかね、このノレンに傷をつけるじゃないかみたいなね、こういう感じですね。
これが商家ですね、商売やってるオタクの家訓としてですね、語り継がれてですね、一代で築いた信頼を次の世代、また次の世代にと渡していったわけですね。このようにね、商売というのは当時ですよ、自分一人のもんじゃなくてですね、過去と未来をつなぐものとかね、地域と地域をつなぐものとかね、哲学が信頼に変わって人と人とをつなぐものだとか、そういったものとしてですね。
これが商家だとかね、大御商人だとかの間に根付いてたということですね。でね、またね、前回までさ、何度も何度も登場したね、街道と山道ですね。道ですよ、道両方ともね。これもですね、江戸時代にドカンとね、花が開くんですよ。
江戸幕府はさ、5街道ですね。東海道、中専道、日光街道、御州街道、御州街道ですね。これを整備したわけですね。この道沿いに何ができるかというと宿場町が生まれるわけですよ。産金交代とかね、そういうのもありますからね。宿場町が生まれるとさ、結局、宿がないと困るんだね。ご飯食べるとこないと困るんだね。人と人が行き交うからね、いろんなお店がないと困るんですね。
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この宿場ごとにですね、これ面白いことに名物が生まれていったんですね。これが商売の文化になるわけですね。その土地、その土地、その土地ならではのっていうものですね。こういったものが生まれてくるわけですね。
東海道53都議の各宿場にはですね、それぞれの土地の商売人がいてですね、旅人を迎えたり送り出したりする中で、一期一会っていう精神性がですね、商売の現場でも実践されてたわけですね。またね、お伊勢山、伊勢神宮への参拝、お伊勢参りもですね、江戸時代、爆発的に広まるわけですよ。もうすごいですよね。
本当にね、当時のこのお伊勢参りのお話聞いてるとね、お伊勢参りだったらね、出ていいんだもんね。入出法に出ようなとかね、なんかいろいろなことをね、すごく鎖国に関してもうるさいし、もう本当に土地と土地の間をさ、関所なんかもさ、めちゃめちゃ厳しいのにさ、お伊勢参りですって言ったらどうぞみたいな感じでいいっていうもんね。
その他にお寺さんがね、身元保障で反抗をしてくれたりだとか、いろんなことをやらなくちゃ、お金もそれなりに持っていかないとダメだっていうのはありましたけどね。だからこの一生に一度なんですね、お伊勢参りはね。この一生に一度のお伊勢参りを目指してですね、全国から人々が東海道とか伊勢海道を歩いたわけですね。
だからその道中に生まれた商売のさ、数々っていうのがね、地域の産業になって文化になっていったという経緯もあるわけですよ。で、この時代ね、商売人に秋前の哲学を説いてた方っていうのはね、これ江戸時代初期なんですけどね、鈴木松さん、正しい数字の3で松さんと書くんですね。
彼は江戸時代初期の禅のお坊さんなんですね。禅寺のお坊さんなんですよ。でも元はですね、武士だったんですね。異色の経歴を持ってたんですね。でね、彼が言ってるのはね、職業即仏業って言ってですね、商売するということは仏の道を歩むことと同じだよというふうに説いたんですね。
当時仏教の世界では商売は欲深がやる行為だと。欲深だから罪を重ねてるだけなんだみたいな。こういう感じに見なされてたんですけども、松さんは真っ向から反対したんですね。反論したんですね。
農民が田んぼを耕すことも、職人が物を作ることも、商人が物を売ることも、全てはいよのため人のために働く行為だよって。この働きに誠実であることがすなわち修行だし仏教だよというふうに言ったわけですね。
結局形云々というよりは、どういう心持ち、どういう気持ちでそこに向き合っているのかっていうところが重要なんだということですね。だから松さんの言葉というのは、師の功勝の身分制度の中でですね、いやしいってね、お前いやしいなって言われてた商売人たちに勇気を与えたんですよ。
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商売に誇り持っていいんだと、商売に真剣に向き合えば人間としての修行になるんだと。こういう思想こそが後の商人道の精神的な土台になっていくわけですね。江戸時代の前期というのは、日本の商人たちは体で知っていたことを言葉にしていったなと、それまでやってきたこと、学んできたことを言葉にちゃんとしているなと思うんですね。
三方よしとか、のれんを守るとか、職業、植物業、商売は修行であると。これらは理念とかじゃなくてですね、やっぱりね、ここまで長い年月かけてですね、現場で磨かれてきた生きた哲学だったと思うんですね。
商売には哲学がセットになっているものなんですよね。だからあり方めちゃめちゃ大事でしょ。ということで本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございました。明日も江戸時代だな。江戸時代そんな簡単に終わらないからね。ということでまた明日お会いしましょう。それではバイバイ。
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